白いチェロ・ケースとともに、聖フィルとの2回目の練習に颯爽と現われた藤森先生。聖光学院弦楽オーケストラ部の生徒さんたちが見守る中で行われた、ドボコンの合わせのみならず、なんとその後、《未完成》の練習にもつきあってくださいました。1列目で静かに穏やかにチェロを弾かれただけなのに、その圧倒的存在感安定感安心感!
ずうずうしくも練習後のインタビューをお願いしたところ、快く受けてくださいました。学校の食堂で、団員からの質問を交えながらお話を伺っていたら、途中で食堂を閉める時間になり、最後は立ち話に。藤森先生、お疲れのところ本当に申しわけありませんでした。
——最初に、共演させていただくドボコンについて伺います。この曲の魅力は何でしょうか?
藤森亮一先生(以下敬称略) ソロはもちろんですが、なんと言ってもオーケストラのパートが充実していて、弾きごたえがあることです。その分、ソロにかぶりやすいので(オケとソロの)バランスが難しいのですが、(聖フィルでは)マエストロがうまく整理をしてくださるので、弾きやすいですね。チェロはふくよかな音色を持ち、音域も広い機能的な楽器ですが、音の通りが良くない。ソロを弾くときはそのへんを考えて、たとえ p と指示されていても実際には f で弾くこともあります。
——ドボコンのここが好きというところは?
藤森 (間髪入れず)ホルン! 1楽章(第1提示部)第2主題や、2楽章の3本のハーモニーなど、素晴らしいですね。独奏チェロでは、旋律と伴奏の分担を交代したりするオーケストラとの絡みが好きです。
——逆に、ここが難しいというところは?
藤森 音楽的に弾こうとすることから生まれる難しさがあります。楽器の都合で、ソロはイン・テンポで弾くのがとても難しいけれど、間を空けずにすっと続く方が音楽的だという箇所ですね。たとえば3楽章の185小節。オケは前の小節でクレッシェンドしてそのまま入りたいのに、ソロに跳躍があるのです(ソリストとオケ奏者と両方なさる藤森先生ならではのコメントです)。
——先ほどの《未完成》は、ずいぶん控えめにお弾きになっている感じでしたが。
藤森 いえ、あれでもいつもより大きめに弾きました。特に1楽章のオープニングは、本当はもっと静かです。
——N響やいろいろな室内楽でお忙しい毎日ですが、どのように練習なさるのですか?
藤森 オケで難しい新曲を演奏するときなどは、予め楽譜を見てどの部分の練習がどれくらい必要かを見きわめ、本番から逆算してさらいます。朝、N響の練習場へ早めに行って、練習することもあります。複数のプログラムを平行して準備しなければならないことが多いのですが、難しいものが2つ続いていても、どうしても差し迫った方が気になってしまって。実は、来週のメシアン(N響定期のトゥランガリラ交響曲)の後に、プレヴィンが作曲したトリオの日本初演(ピアノは作曲者本人)が控えていて、準備が大変です……。
——貴重なお時間を、本当にありがとうございます。次に、楽器について伺います。ラ・クァルティーナ演奏会ではストラディヴァリウスをお使いでしたね。
藤森 あれは日本音楽財団に返してしまったので、楽器は1台だけです。弓は折れたのを使っています(通りかかったコンミスさんが「藤森先生、よく弓を折られるんですよ。」えーっ?!!)。ケースに入れている2本とも、弾いている時に折れました。20年くらい使い慣れて気に入っている方は、先が飛んじゃった。くさびでつないだけれど、やはりちょっと調子が良くない。もう1本はまっ二つに折れたわけではなかったので、にかわで着けてひもを巻いて使っています。2本の弓を、用途によって使い分けるということはありません。弦は切れるまでそのままですが、室内楽やオケで1日10時間くらい弾くことも多いので、頻繁に切れてしまいます。弓の毛もすぐにすり減ってしまうので、2本の弓を毎月毛替えしてもらっています。使っている弦はごくスタンダードに、上2本がラーセン、下2本はスピロコアのタングステン巻です(企業秘密を教えてくださってありがとうございます!)。
——チェロを始める前の音楽経験は?
藤森 3歳の時にピアノを習わせてみたけれど、椅子に座ると泣いて固まってしまうのでやめたそうです(自分では覚えていません)。その後は学校で習う音楽だけでしたが、中学校の音楽教師だった父が、家で歌ったりクラシックのレコードをかけたりするのを聞きながら育ちました。
——11歳でチェロを始められたきっかけは?
藤森 これもはっきりは覚えていないのですが、学研の月刊誌「学習」に、パブロ・カザルスの伝記が載っていたんですよ。それと、家にあったチェロのレコードを聴いて、これはいいなと思ったからでしょうか。小学校5年生の終わりにチェロをやりたいと自分から頼み、6年生からやらせてもらいました(下線筆者)。
——練習をさぼることはありませんでしたか? 他にもやりたいことがたくさんある時期だと思いますが。
藤森 練習がいやということは全然無かったですね。もちろん遊びたかったけれど、音楽が好きだったので。ただ、中学1年から毎週、京都から東京までレッスンに通ったため、吹奏楽部に入部できませんでした。いろいろな楽器をやりたかったのですが(やはり、本人が上手くなりたいと思わないとだめなんですね。子どもに楽器を習わせている親としてため息……。気をとり直して)。
——カラオケがお好きと伺ったのですが、レパートリーは?
藤森 チェロを始めるまでテレビっ子でしたので、歌謡曲(なつかしい言葉!)を毎日聞いて、歌ったり踊ったりしていました。郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹の新御三家や、山口百恵、桜田淳子の時代で、今も車の中で聞いています。カラオケで歌うのはサザンの桑田さんとかチューブの前田さんなど。女子で好きなのは今井美樹さん。
——体調管理のために注意されていることは何ですか?
藤森 チェロを習い始めるまで運動していました。剣道は段を持っていますし、水泳もかなり速いですよ(すごい! だから、スリムなのに筋肉質でたくましい体型なのですね)。今は、オケでチェロを弾くことが運動みたいなものです。それと、肉ばかりではなく野菜を食べるとか、1日30品目など種類を多く食べるようにするとか、食事に気をつかっています。
——最後に、アマ奏者である聖フィル・メンバーに、何かアドヴァイスをお願いします。
藤森 (かなりお考えになったあげく)練習の始めに必ず弾くルーティンを作ったら良いと思います。長いものでなく、たとえば30秒くらいでも。バッター・ボックスに入る時などに、毎回同じことをする野球選手がいますよね。私も、楽器を出すたびにする、自分の調弦法と最初に必ず弾くスケールのルーティンがあります。全部で1分くらいですが、楽器をひととおり動かしてみるのです(次の合わせの前や、本番前にも弾かれるそうです。みなさん、注目!)。チェロはケースから出すだけでも面倒ですが、忙しくて練習するのが難しいときも、ケースを開けて30秒のルーティンを毎日弾くだけで違うと思います。そういうつきあい方をしてみたらいかがでしょうか。
練習中は寡黙で近寄り難い方かと思ったのですが、とても気さくにあれこれ教えてくださった藤森先生。お忙しい中、インタビューにお答えくださいまして、本当にありがとうございました。弦楽器のプロでいらっしゃるのに、歌謡曲やカラオケがお好きという意外な一面(音楽学関係者でも、カラオケ好きは聞いたことがありません)のほかに、録音用の古いデジカメをさりげなくチェックなさるなど、ラ・クァルティーナ演奏会のプログラムに書かれていた「メカ好き」の一面も、垣間見ることができました。
今回のインタビューで最も印象に残ったのは、藤森先生が聖フィル・メンバーのためのアドヴァイスを、時間をかけて考えてくださったこと。プロの音楽家はアマとは異なった次元にいるのですから、アマのためのアドヴァイスは答えに窮する質問だったのですね。しかし先生は通り一遍の答えではなく、私たちのためになることを一生懸命に探してくださいました。その誠実さは、先生が作るドボコンの音楽にも現れています。
演奏会まで残すところわずかですが、私たち聖フィルは、藤森先生の音楽を受けとめ、それに応える準備を整えておかなければと改めて思いました。