11. 6月 2013 · (137) 実はいろいろ!《フィガロ》序曲のボウイング はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

前回調べた《フィガロの結婚》映像10種類の、序曲冒頭のボウイング。モーツァルトが書いたスラーを変更し、2小節一弓にした4種類の映像((136) 《フィガロ》序曲のボウイング参照)の中に、少し変わったものもありました。バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(1999)は、1小節目ダウン、23アップの後、4567と4小節一弓でダウン。一方、メータ指揮フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団(2003)では、休符のたびに少しずつ弓を戻しながらも、7小節間全部ダウン。

へぇ〜、モーツァルトがせっかく書いたのに! スラーがかなり露骨に無視されているのに驚いて、動画も調べてみました。前回映像で確認した10種類と、それ以外にボウイングがわかる8種類の YouTube 動画の結果をまとめたのが表1。1番上の数字:小節数、2段目:冒頭のファースト・ヴァイオリン自筆譜。↓:ダウン、↑:アップ、黒字:前回調べた映像、灰色字:今回の動画、録画年の*:オペラではなく演奏会。

表1:《フィガロ》序曲第1主題のボウイング

表1:《フィガロ》序曲第1主題のボウイング(クリックで拡大します)

タイプ1(自筆譜のまま)が多いのは予想通りですが、「どこのオケでもこう弾いている」と言われたタイプ2以外にも、計4種類のボウイングが見つかりました。タイプ3のバレンボイム「1↓ 23↑ 4567↓」(休符までそのまま、休符で方向転換のパターンですね)は結構多く、その前半を一弓にしたのがタイプ4、前半を分けたのがタイプ5、先ほどの全部ダウンがタイプ6。

多様なボウイングが生じた理由は? テンポとの相関関係がはっきりしないのは、既に書いたとおり。次に考えられるのはエネルギー問題。作曲家が書いたボウイングは尊重されるべきですが(コン・マス経験者であればなおさら)、背に腹は代えられない。この先まだまだ長いから(《フィガロ》は2時間半以上かかります)、序曲は省エネ仕様であるほどベター。最も楽なボウイングを探しているうちに多種になった……? また、音量問題も考えられます。曲は静かに始まりますから、1小節ずつちまちま方向転換しなくても、いえ方向転換しないほうが弾きやすい……?

旋律は、低いレやド♯から始まって、少しずつ上行して3小節目でラ、4小節目で最高音シに達し、今度は少しずつ下降。6小節目で下のラまで下がってから出発点と同じレに戻って終わり。最初に pp がついているだけで他に強弱記号は書かれていませんが、フレーズの輪郭を考えると、「123↑ 4567↓」のタイプ4も(いきなりアップで始まるので驚かされますが)理に叶っているかもしれません。

図1:《フィガロ》自筆譜3ページ22〜24小節

図1:《フィガロ》自筆譜3ページ22〜24小節

よく見ると、複数のボウイングが使われている演奏も。たとえばアッバード&ベルリン・フィルでは、提示部2回目は1小節ずつのタイプ1ですが、再現部2回目のボウイングは4と5、6と7小節が2小節一弓(いずれもコントラバス・パート)。提示部&再現部の1回目は見えませんが、8小節フレーズに変形される再現部の2回目のみ、2小節一弓も使っているのでしょう。

レヴァイン&メトでは、パートによってボウイングが異なります。外側に座っているヴァイオリン1、2はタイプ4ですが、内側のヴィオラとチェロはタイプ1。ここ以外のボウイングもときどき異なっています。どうせピットの中は、お客さんから見えないし(?!)。 でも、適当に弾いているわけでもなさそう。2種類に統一(統二?)されているようです(http://youtu.be/M7Q7iTq9Li8)。

実は、モーツァルトの自筆譜にも不統一が! このフレーズを3回書いている(再現部の1回目は、ダ・カーポで省略)中で1カ所だけ、他と異なる3小節続きのスラーがあるのです。提示部2回目、チェロ・バスの最後(図1の最下段参照)。でも、他のスラーはすべて1小節ずつ。同じ場所のファースト・ヴァイオリンも1小節ずつ。モーツァルト、思わずペンが滑った?!

06. 6月 2013 · (136) 《フィガロ》序曲のボウイング はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

次回の定演曲の1つ、モーツァルトの歌劇《フィガロの結婚》序曲。ソナタ形式で作られたこの曲の冒頭、弦楽器のユニゾンによる第1主題を楽譜どおりにさらって行った(私、弦楽器を担当しています)ら、ボウイングを直されました。1小節ごとにアップ、ダウンせず、2・3小節目(「れどれみふぁみふぁそらそらそら」まで)、4・5小節目、6・7小節目は一弓。パート・リーダーに「どこのオケでもこう弾いている」というような説明をされ、心の中でえーっ!?!

モーツァルトはヴァイオニストでした。ウィーンでは主にピアニストとして生計を立てましたが、ザルツブルク時代は宮廷楽団で、1769年11月14日から無給の、72年8月21日から有給のコンサート・マスターを勤めていました。だから、彼が書く弦楽器パートは自然で、あまり無理がありません(リストやシューマンと大違い! モーツァルトの弦楽器パートが簡単だという意味ではありませんので念のため)。

図1:《フィガロの結婚》序曲冒頭、モーツァルトの自筆譜

図1:《フィガロの結婚》自筆譜第1ページ(クリックで拡大します)

まず、自筆譜を確認(図1参照)1。12段五線紙の1番上がファースト・ヴァイオリン、1番下がチェロ、バスです2。モーツァルトのスラーは1小節ずつ。弦楽器はスラーの切れ目で弓を返しますから、1小節目ダウン、2小節目アップ、3小節目ダウンという具合に弾くことになります。旧全集も新全集も自筆譜どおり。

次に、ボウイングを確認。勤務先の音大図書館所蔵の映像を調べてみました。幕が上がる前だから、オーケストラが映っているだろうと思ったのですが、《フィガロ》の LD・DVD 計14種類のうち、4つはボウイングがわかりませんでした。オーケストラ以外が映っていたり(序曲をバックに舞台上でパントマイムが始まるものなど)、オケは映っているものの、第1主題の部分は4回(提示部2回、再現部2回)とも、指揮者の顔や管楽器が映っていたり3。でも、残り10種類のボウイングはばっちり。パート・リーダーが言うように、自筆譜のスラーを無視して2小節目から2小節一弓で弾いているものも、たくさんありました:

  1. ショルティ指揮パリ国立歌劇場管弦楽団(録画年1980)
  2. アッバード指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団(1991)
  3. バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(1999)
  4. メータ指揮フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団(2003)

一方、モーツァルトが書いたスラーに従って、1小節ごとに弓を上げ下げしていたのは:

  1. ベーム指揮ウィーン・フィル(1966)
  2. エストマン指揮ドロットニングホルム宮廷劇場(1981)
  3. ゲーザ指揮コーミッシュ・オーパー・ベルリン(1986)
  4. ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ(1994)
  5. ハイティンク指揮ロンドン・フィル(1994)
  6. アーノンクール指揮チューリッヒ歌劇場(1996)

オリジナル楽器を使う団体や古楽系の指揮者はともかく、ベームの1966年ザルツブルク音楽祭ライブ録画も1小節ずつ。ある時期にボウイングが変わったわけではないのですね。テンポもあまり関係無いようです。上記6つのうち5つまでが、2分音符142〜1484。でも、2小節一弓の上記4人も2分音符144〜148で、変わりません5

スラーは、ボウイングの一弓、管楽器ではブレス無しの一息で演奏する記号として使われるときと、フレージングを示す記号として使われるときがあります。後者の場合、一弓・一息で演奏するにはフレーズが長過ぎて、途中で切らなければならないこともしばしばですが、この第1主題でモーツァルトが書いたスラーは、フレージングを示すものではありませんよね。わざわざ1小節ずつのボウイングを指定したのに、他のオケもそうしているからと変更してしまって、モーツァルトががっかりしないかな?? (137)に続く。

  1. Wolfgang Amadeus Mozart: Le Nozze di Figaro, K. 492, Facsimile of the Autograph Score,  Introductory Essay by Norbert Miller, Musicological Introduction by Dexter Edge. The Packard Humanities Institute, 2007.
  2. 2段目以降はヴァイオリンII、ヴィオラ、フルートI、II、オーボエ(1段で)I&II、A管クラリネットI&II、D管ホルンI&II、ファゴットI&II、D管トランペットI&II、ティンパニ。(35) モーツァルトのホルン協奏曲も参照のこと。
  3. 前者はペッペーノ指揮ロイヤル・オペラ・ハウス・オーケストラ(録画年2006)など。後者はプリッチャード指揮ロンドン・フィル(1973)など。
  4. 第2主題が出るまでの時間を計って、計算しました。
  5. アーノンクールだけは、2分音符126くらいで指揮しています。これについては改めて書きたいと思います。
29. 12月 2011 · (61) 楽譜どおりに演奏してはいけない場合:バロック音楽の付点リズム はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

私たちにとって楽譜とは、書き付けられた作曲家の意図を、そのとおりに再現すべきもの。でも、例外もあります。今回は、楽譜どおりの演奏が正しくない場合についてです。

譜例1は、(59) でご紹介したコレッリのクリスマス・コンチェルトの原典版スコア1。フラットが1つ足りない調号や2つ並んだ拍子記号など、現代の書き方と違っていておもしろいですね。これを見ながら、 (59) でもご紹介した動画を聴いてみてください。楽譜と違うところがあります。

譜例1 コレッリ:コンチェルト・グロッソ op. 6-8、原典版、冒頭ソロ声部

譜例1 コレッリ:コンチェルト・グロッソ op. 6-8、原典版、冒頭ソロ声部

まず、ピッチが違いますね。バロック時代は、現在に比べて低いピッチで楽器を演奏していました(バロック・ピッチについては、改めて書くつもりです)。他には? 3小節目に注意して聴いてみてください。最後の八分音符が、八分音符の長さよりも短く演奏されています。これは、わざとそう弾いているのです。

バロック時代の音楽には、楽譜どおりに演奏すべきではない場合があります。その代表例が、クラヴサン(=フランス語でチェンバロ)音楽で用いられる、イネガル(=不均等)奏法。同じ長さの音符、たとえば八分音符が6つ記されていても、譜例2の下声のように長短または短長を付けて不均等に演奏します。

譜例2 付点とイネガル奏法

譜例2 付点とイネガル奏法

その影響で、「付点の音型では、長い音符をより長く、短い音符をより短く弾く」という習慣がありました。譜例2では、上声と下声が同時に最後の音を出すべきだからです2。付点の代わりにタイや休符が使われていても構いません。譜例1の3小節目は、八分休符で音を切らずにそのまま前の音を延ばしていると、譜例2の上声と同じ形になります。複付点の記譜法が知られていなかったこの時代。付点を複付点のように演奏するのは常識でしたから、説明を加える必要もありませんでした。

楽譜どおりに弾く時代になると、このような伝統は途絶えてしまいました。しかし、17、18世紀に記された音楽理論書や教育書の研究によって、当時の演奏実態が解明できます。最近では、この動画のようなオリジナル楽器を使う団体に限らず、現代楽器のオーケストラやアンサンブルでも、作曲家が生きた時代の演奏習慣を研究し、それを取り入れて演奏する団体が増えて来ました。音楽学者として、嬉しく思います。

バロック音楽の演奏法は例外も多く複雑ですが、ご興味がある方はまず、18世紀の「3奏法」と呼ばれるクヴァンツの『フルート奏法』(1752)、C. P. E. バッハの『クラヴィーア奏法』(1753 & 1762)、L. モーツァルトの『ヴァイオリン奏法』(1756)をご覧ください。いずれも日本語訳が出ています3

  1. Corelli: Concerti Grossi for 2 Violins, Violoncello, Strings and Basso continuo, op. 6/1-12, New Urtext Edition. Eulenburug, 1997, p. 176。初版(1714)を主要資料にしています。
  2. このような下声が無くても、同様に奏されます。ウヴェルチュールの冒頭では、付点音符で記されていても、実際には複付点以上の長さで演奏されることもありました。
  3. 付点の奏法についても、『フルート奏法試論』(シンフォニア、1976)51-2ページ、『正しいクラヴィーア奏法』(全音、2,000)第1部131-2ページ、『バイオリン奏法』(全音、1974)29-30ページで述べられています。