14. 9月 2016 · (290) 標題「ロマンティッシェ(ロマンティック)」について はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

インターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア」。必要な情報を手軽に得られるので、私もよく閲覧します。しかし、以前から指摘しているように、少なくとも西洋音楽関係の記事(article)に関しては、注意が必要ですよ。例えば、ブルックナーの交響曲第4番。概要に続く「副題について」という部分に:

副題は原語では「Die Romantische」である。しかしこの副題は出版されている譜面には添えられていない点に注意しなければならず、ブルックナー自身が「Die Romantische」という標題を付けたかは分からない。(以下略)

でも実際には、《ロマンティッシェ》という形容詞はブルックナー自身が、1874年の初稿の段階からすでに用いているのです(譜例1参照)。なぜウィキペディアには逆が書いてあるのかな??

譜例1:ブルックナー:交響曲第4番終楽章1874年稿自筆譜(A-Wn, Mus.Hs.6082)タイトルページ

譜例1:ブルックナー:交響曲第4番1874年稿自筆譜(A-Wn, Mus.Hs.6082)タイトルページ

この第4番交響曲でブルックナーが表そうとしたことの手がかりは、「ロマンティックな」という形容詞だけではありません。例えば、1878年にこの曲を改訂する際、ブルックナーが評論家タッペルトに宛てた10月9日付の手紙によると1

私は今第4、ロマンティッシェ交響曲(1、2、4楽章)を、まったく新しく、そして短く書き直しました。これでこの曲は十分な効果を発揮することでしょう。新しいスケルツォだけはまだ出来ていません。これは狩を描写します。またトリオは、狩人たちの前で食事の間に演じられる舞曲を示すものです。

興味深いのは、作曲後かなりたった1890年に、ブルックナーがパウル・ハイゼに宛てた手紙の中の記述。他の人の空想による解釈ではなく作曲者本人が、「ロマンティッシェ」の内容を具体的に説明しているのです(12月22日付)2

ロマンティッシェ第4交響曲は、第1楽章では町の庁舎から一日の始まりを告げるホルンが意図されています。それから生活が展開されます。歌謡的な楽段のテーマは、シジュウカラの「ツィツィペー」という鳴き声です。第2楽章は、歌、祈り、小夜曲。第3は狩りと、トリオでは森での昼食の間に手回し風琴が奏される様子を[描いています]3

音楽との結びつきは明らか。第1楽章のシジュウカラの鳴き声は、ヴァイオリンによる第2主題の対旋律((280) 主題が3つII? ブルックナーのソナタ形式参照)。ウィリアムソンによると第2楽章の3つは4

  • 歌:3小節目からのチェロの第1主題
  • 祈り:練習番号B(25小節)からの弦楽器のコラール風部分
  • 小夜曲:練習番号C(51小節)からのヴィオラの第2主題((285) ヴィオラの出番!!参照)5

このような標題的な要素はいずれも、この「ロマンティッシェ」交響曲の雰囲気や状況と矛盾せず、解釈の助けとなっています。また、ブルックナーが第3楽章スケルツォを作曲する前に、その標題について触れている(上記1つ目の引用)ことも重要。標題は、曲が完成してから後付されるものではなく、予め定められそれに沿って作曲されるものだからです。全体の内容を示す説明は添えられていないものの、第4番交響曲は標題音楽に近い性格を持っていると言えます。

最近のアマチュア演奏会のプログラム解説は、ネットの情報を使ったものが多いようですが、西洋音楽に関してはウイキペディア日本語版は要注意。ネットの情報を使うなら、最低限、署名入りのものを6。来週のコラムは、都合によりお休みさせていただきます。

  1. 根岸一美「ブルックナーの交響曲における標題性」根岸一美&渡辺裕編『ブルックナー/マーラー事典』東京書籍、1998、280ページ。
  2. 前掲書、281ページ。これとよく似た標題内容が、1884年12月8日付でヘルマン・レーヴィ宛てにも書かれているそうです。
  3. 文中の手回し風琴については、(291) 《ロマンティッシェ》第3楽章トリオの「手回し風琴」とは?をご覧ください。2016/9/28 追記。
  4. Williamson, John, ‘Programme symphony and absolute music, Williamson, John, ed., The Camgridge Companion to Bruckner. Cambridge University Press, 2004, p.113.
  5. ウィキペディア日本語版のように、この楽章をロンド形式と捉えることもできますが、私はむしろソナタ形式に近いと考えます。どちらの形式にも当てはめない解釈もあります。
  6. 私パレストリーナのプロフィールは、(0) 聖フィル♥コラム始めますに入れてあります。

マーラーの交響曲の変な(!?)ポイントについて書きながら((169) (170))、マーラーよりももっとずっと変てこりんな、いえ大胆で独創的な交響曲についてまだきちんと書いていないことを思い出しました。それは《幻想交響曲》。すでに何度か触れているので一部重複しますが、この曲についてまとめてみます。

フランスの作曲家エクトル・ベルリオーズが1830年に作りました。遅いテンポの序奏部付きアレグロ、ワルツ、緩徐楽章、マーチ、フィナーレの5楽章構成とか、コーラングレや Es管クラリネットの持ち替えとか、ハープが2台必要とか、ティンパニ奏者は4人も必要とか、そういうことはちょっと脇に置いて。

変てこりんなポイントその1は、ひとつの旋律が形を変えながら全ての楽章に現われ、全体を統一していること。ロマン派音楽で盛んに使われる循環形式の、出発点ですね。ポイントその2は、この曲が「ある芸術家の生涯におけるエピソード」であり(副題)、それを説明する標題(プログラム)がついていること(=標題音楽。英語ではプログラム・ミュージック)。「失恋して絶望した若い芸術家がアヘンを飲んで自殺を図るが死に切れず、奇怪な夢をみる」というような曲全体の標題だけではなく、楽章ごとの標題も(ベルリオーズは標題を何度も改訂し、《幻想》が演奏される時はパンフレットとして印刷しました)。

詳細に書かれた標題を音楽で表現するのに重要なのが、ポイントその1の循環する旋律。しかし、ただ何度も戻って来るだけではありません。この旋律は、芸術家が崇拝している女性の幻影「イデー・フィクス idée fixe(固定楽想)。ポイントその3です。第1楽章の初出ではチャーミングでエレガントな旋律が、終楽章の魔女たちの宴では、装飾音がごちゃごちゃ加えられ、甲高いEs管クラリネットが担当するグロテスクな旋律に。ポイントその1とその2は、いずれもベートーヴェンが先駆ですが(前者は《運命》、後者は《田園》)、ポイントその3の、旋律に特定の意味を持たせるのは交響曲では新しい試み!

ベルリオーズがこのような変てこりんな、いえ大胆で独創的な交響曲を作った直接の発端は、1827年9月11日に見た、イギリスのシェイクスピア劇団による《ハムレット》公演。オフィーリア役のハリエット・スミッソンに一目惚れしただけではありません。全くわからない英語による上演であったにもかかわらず、ベルリオーズはシェイクスピア劇のもつ壮大さ、崇高さ、劇的構想の豊かさに衝撃を受けました。

もうひとつ重要なのは、1828年3月に初めて、ベートーヴェンの第3番と第5番の交響曲を聴いたこと(アブネック指揮パリ音楽院演奏協会)。それまで声楽中心だった彼の音楽世界(ベルリオーズが音楽の道に進むきっかけとなったのはオペラ((103) ベルリオーズの人生を変えた音楽参照)。1830年にローマ大賞を受賞するまで26年から毎年、課題曲として作っていたのはカンタータでした)。それが、器楽の持つポテンシャルに気づいたことで、大きく広がります。

ベートーヴェンへの敬意の表明だったはずなのに、このような変てこりんな、いえ、大胆で独創的な交響曲になってしまった理由は? いろいろ考えられますが、たとえば交響曲では用いられなかったハープや鐘、コーラングレは、オペラでは以前から用いられていました。また、ベルリオーズは音楽を、表現力豊かで劇的な芸術と考えていて、《幻想》も「ベートーヴェンの交響曲の枠組みの中に、劇的および詩的なアイディアをうまく入れ込もうとした慎重で意図的な試み」と捉えることができます1。それに、《幻想》だけではなくご本人も、かなりエキセントリックな性格だったようですね。

  1.  Macdonald, Hugh, ‘Berlioz,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 3, Macmillan, 2001, 387.
19. 10月 2012 · (103) ベルリオーズの人生を変えた音楽 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

劇団の看板女優に恋をして、想いが叶えられなかった経験を《幻想交響曲》にしたベルリオーズ(1803〜69)。ロマン派時代にたくさん作られる「標題音楽」の出発点となったこの作品の作曲・初演は、1830年。ベートーヴェンの死のわずか3年後に、このような独創的な音楽が作られたことに、驚かされます(ドイツ音楽とは異なる、フランス音楽の伝統の上に生み出された曲ではありますが)。

エクトル・ベルリオーズは、フランス南部の小村ラ・コート=サンタンドレの、何代も続く旧家の長男として生まれました。父は高名な医者。エクトルも1821年、医学部に通うためにパリに出ます。ところが、もともと医学が嫌いだった彼はオペラ座通いを始め、ついには医学を捨て、音楽の道に進んでしまいます。

いったいベルリオーズは、オペラ座で誰のオペラを見たのでしょう? オーベールやマイヤベーアらがフランス独特の新しい「グランド・オペラ」を作るのは、1830年頃以降のこと。20年代に上演されていたのは、サリエリ、サッキーニ、メユール、スポンティーニ、ボワエルデューらのオペラでした。ベルリオーズは、初期の大規模作品の参考にしています1

でも、彼が深い感銘を受けて心の底から崇拝し続けたのは、グルック。聖フィル第3回定演で《オーリドのイフィジェニー(アウリスのイフィゲニア)》序曲を演奏した、あのグルックです。《幻想交響曲》の斬新さと、とっさに結び付きませんね。でも、1822年にグルックのオペラを抜き書きした楽譜が残されているそうです。

ベルリオーズが生まれて初めて見たオペラのうちの1つが、グルックの《トーリドのイフィジェニー》(1779年、オペラ座で初演)。ギリシア軍の総大将アガメムノン王は、狩りの女神ディアーナの怒りをかったため、順風が吹かず、アウリス(フランス語でオーリド)の港から出陣できません。怒りを鎮めるために、自分の娘イフィジェニーを生贄にするのが《オーリド》のストーリー。《トーリド》はその後日譚で、イフィジェニーはタウリス(フランス語でトーリド)にあるディアーナ神殿の祭司長として生きていて、生贄として連れて来られた弟オレストと再会します。

最近、《トーリドのイフィジェニー》をビデオで見ました2。彼の「オペラ改革」の理念が最も良く表された作品と言われるとおり、歌い手の名人芸を聴かせるイタリア・オペラとはかなり趣が異なります。イフィジェニーは、オレストか彼の親友ピラードのいずれかを生贄に選ばなくてはならず、しかも選んだ方のオレストが自分の弟であることが判明するという緊迫感が、ドラマの推進力。3人が室内で生と死について歌い交わす地味な内容ですが、情感あふれる歌詞とシンプルな音楽が緊密に結びついています。

《トーリド》をはじめとするグルックのオペラに魅せられなければ、両親と不仲になることもなく、送金を減らされ(時に止められ)て貧乏暮らしをすることもなかったベルリオーズ。でも、もし彼がそのまま医者になっていたら、コラムが2つも3つも書けるほど斬新な《幻想交響曲》は作られず、リスト(《幻想》の初演も聴いています)やヴァーグナーらに影響を与えることも無かったでしょう。グルックは、ベルリオーズの人生だけではなく、西洋音楽の歴史も変えたと言えますね。

  1. 以下、Macdonald, ‘Berlioz,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 3, Macmillan, 2001, pp. 385-6 に基づきます。
  2. kuko-cell さんの提供に感謝いたします。
27. 3月 2012 · (74) ミステリアス、《レ・プレ》 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

今回の演奏会は、少し不思議な雰囲気の曲、リストの交響詩《ラマルティーヌの『詩的瞑想』によるレ・プレリュード》で始まります。作曲者がちょっと(結構??)変わった人だったことは、(67)ミステリアス、リストでご紹介しました。今回は、作品がちょっと(結構??)変わっていることについて書きます。

まず、タイトル。交響詩とは、リストが創始したオーケストラ音楽の新しいジャンル。交響曲と違い、1楽章構成が普通です。風景や物語、絵画など、音楽以外のものと深く関連した標題音楽の一分野で、作者の意図を示す標題(プログラム)が添えられることもあります。

プレリュード、すなわち前奏曲は、バッハの「前奏曲とフーガ」やヴァーグナーの「第1幕への前奏曲」のように、何かの曲の前に置かれる音楽。ところがこの《レ・プレ》には、後に続く曲はありません。しかも、その前には、フランス語の単数の定冠詞「ル」ではなく、複数の定冠詞「レ」がついています。交響詩《前奏曲たち》ってどういうこと??

出版スコアには「わたしたちの人生は、死が最初の厳かな音を歌い始めるというその未知なる歌への、一連の前奏曲以外の何物であろうか」と始まる、フランス語の序文が印刷されています。これが、《レ・プレ》の標題。持って回った言い方ですが、「人は、生まれた瞬間から死へ向かって進んでいるから、生とは、死に至る過程における(様々な)前奏曲に他ならない」ということ。人生を描いた音楽とも考えられます(序文と音楽の関係については、(75) 《レ・プレ》とソナタ形式をお読みください)。

曲は、弦楽器によるドの音のピッツィカートで始まります。弱音で、譜例1を見るとわかるように、4拍子の3拍目。小節の前半には、音がありません。それを2回繰り返した後、同じドからユニゾンで、そろそろと動き出します。これも2拍目から。

譜例1:リスト作曲交響詩《レ・プレリュード》冒頭部分

譜例1:リスト作曲交響詩《レ・プレリュード》冒頭部分

この旋律から浮かび上がるのは、ラドミソの響き。ドミソならばハ長調の主和音として落ち着くのに、付加音ラによって、どこへ向かうのかあいまいです。実際に響く最初の和音は、6小節目のラドミで、これも2拍目からです。8小節目でようやく、1拍目にミソシの和音が鳴り、次の小節でラド♯ミに達して一区切り。フェルマータ付き休符の後、レのピッツィカートからほぼ同じ動きが、長2度上で繰り返されます。その後も、休みやタイによって拍節感がうまくかわされたまま、不安定な響き(減七の和音と言います)が続きます。属七の和音ソシレファが響くのが29小節目。主調ハ長調の主和音ドミソが登場するのは、35小節目のアレグロ・マエストーソです。

古典派の音楽とは異なり、ロマン派の音楽は主和音で始まるとは限りません(むしろ、主和音で始めるのはダサイそうです1)。でも、拍節や響きの方向性をあいまいにしたまま、ここまでひっぱるのはなかなか新鮮。時代を先取りしたリストならではです。

この冒頭は、人生の始まりである誕生を描いているのでしょうか。ここの新奇さが、《レ・プレ》を異質に感じさせる大きな要因のひとつ。でも、この不安定で神秘的な開始のおかげで、ようやく確立したハ長調の主調がいかにも頼もしく、マエストーソ(荘厳な)の主題が際立って印象的に聴こえますね。

  1. 分析を含め、作曲がご専門のhus-RyISKWさんのコメントに感謝します。