21. 12月 2016 · (299) クリスマスに聴きたい音楽 part 9  はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

聖フィル♥コラム12月恒例、クリスマスに聴きたい音楽その9は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハのクリスマス・オラトリオ BWV 248です。バロック音楽好きのオケ奏者には(もちろんバロック音楽好きに限らず)、1番人気の名曲でしょう。お待たせしました!

オラトリオはイタリア語で「祈祷所」の意味。「宗教的または道徳的な性格を持つ劇的な物語を、独唱・合唱・管弦楽のために作曲した作品」をオラトリオと呼び、「舞台装置、衣装、演技などを伴わず純粋に音楽的に演奏されるのが通例」です1。クリスマスに聴きたい音楽で最初に取り上げたヘンデルの《メサイア》は、英語のオラトリオの例ですね((6) part 1 参照)。

確かにバッハのクリスマス・オラトリオも、上記2つの条件を満たします。でも、オラトリオという名前にもかかわらず実際は、ルター派プロテスタント礼拝のための教会カンタータ集。コンサートやCDで一続きに聴くことが多いと思いますが、本来は分けて演奏されるべき6つのカンタータです。

なぜ6回分?? 教会暦では、クリスマスから1月6日エピファニー(不思議な星に導かれてベツレヘムに来た東方三博士が、イエスに礼拝した日。ルター派プロテスタントでは、顕現日 けんげんび)までの間を、降誕節と呼びます。この間、教会カンタータが必要な日が6回あったのですね。それぞれの内容は:

  1. 降誕節第1祝日(12月25日)用:主の降誕
  2. 降誕節第2祝日(12月26日)用:羊飼いへの告知
  3. 降誕節第3祝日(12月24日)用:羊飼いの礼拝
  4. 1月1日用:主の割礼と命名
  5. 新年の第1主日(日曜日)用:東方三博士の旅
  6. エピファニー(1月6日)用:東方三博士の礼拝

各カンタータは、曲数やレチタティーヴォ((102) 話すように歌うレチタティーヴォ参照)コラールなどの構成だけではなく、調や伴奏楽器の編成も異なります。もっとも編成が大きいのは、クリスマス第1祝日と第3祝日用で、トランペット3、ティンパニ、フルート2、オーボエ2(持ち替えでオーボエ・ダモーレも)、ヴァイオリン2、ヴィオラ、通奏低音((132) 楽譜どおりに演奏しても足りない場合参照)。もっとも編成が小さいのは第1主日用で、オーボエ・ダモーレ2、ヴァイオリン2、ヴィオラ、通奏低音です。もっとも曲数が多いのはクリスマス第2祝日用で、器楽のみのシンフォニーア(礼拝音楽の幕開けを告げる音楽ですね。(16)「交響曲」は開幕ベル参照)を含む14曲。

先日教会暦の説明をしたら、「クリスマス・オラトリオの謎が解けた」と感謝されました。クリスマスが終わった途端に新年の準備が始まる日本で暮らしていると、年明け6日のエピファニーまでクリスマスが続くなんて想像できないのも無理ありません。クリスマスではなくエピファニーにプレゼントをもらう国もありましたよね((217) クリスマスとは何か参照)。

ちなみに、クリスマス・シーズンである降誕節は、12月25日(正確には24日の日没)から始まり、エピファニー前日に終わるのだそうです2。だから、クリスマスからエピファニーまでを指すのに「クリスマスの12日 Ttwelve Days of Christmas」なのですね。皆さま、どうぞ楽しいクリスマスを。

  1. 服部幸三「オラトリオ」『音楽大事典1』平凡社、1981年、345ページ。
  2. 八木谷涼子『キリスト教歳時記』平凡社新書、2003年、42ページ。
10. 8月 2016 · (288) ライプツィヒとバッハ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

ドイツのライプツィヒと言われて思い浮かべる作曲家は? 1835年にゲヴァントハウス管弦楽団の常任指揮者になった、メンデルスゾーン? 長くライプツィヒで活動したシューマン? ライプツィヒ生まれのヴァーグナー? 縁の作曲家は多いのですが、ヨハン・ゼバスティアン・バッハも忘れないでください。1750年に没するまでの後半生を、ライプツィヒで過ごしました。

図1:ライプツィヒ

図1:ライプツィヒ

ケーテン公の宮廷楽長から、ライプツィヒ市主要教会のひとつトーマス教会のカントルに転職。社会的地位はカントルより宮廷楽長(カペルマイスター)の方が上。さらに、前任者ヨハン・クーナウ(1660〜1722)の死去に伴い、ライプツィヒ市参事会が後任の第1候補にしたのはゲオルク・フィリップ・テレマン(1681〜1767)、第2はクリストフ・グラウプナー(1683〜1760)でした。2人が辞退したため、3番目のバッハがカントルに。

トーマスカントルの職務は2種類。ひとつは、トーマス教会付属学校で教えること。バッハは音楽は自分で教えましたが、ラテン語の授業は自費で代理を雇っていました。もうひとつは、ライプツィヒ市の音楽監督。礼拝における教会カンタータの演奏の他、結婚式や葬式などにも音楽を提供しました。

1723年5月末にライプツィヒに移ったあと、バッハは初めの6年間に、教会暦5年分の教会カンタータを作ったようです(激務に関しては (159) バッハの一週間参照)。カンタータは1年間で約60曲必要ですから、5年分でおよそ300曲1!!!(散逸が惜しまれますね)。カンタータの他に、《ヨハネ受難曲》(1724)や《マタイ受難曲》(1727)も作曲。1729年以降は、コレギウム・ムジクムの活動を精力的に行いました。

私事で恐縮ですが、一昨年夏のボストン、昨夏のロンドンとフィレンツェ、今春のローマとパリ((271) ヴァティカン図書館で調査してきた!!参照)に続いて、今夏はライプツィヒで資料研究をしてきます((249) 今と同じ?! 16世紀の楽譜参照。研究費をいただけるのは今年度が最後)。短い滞在ですが、州立図書館で写本調査をしながら、バッハやメンデルスゾーンが暮らした街を目に焼き付けたいと思います。ライプツィヒの後、ブリュッセルとコペンハーゲンの王立図書館でも資料調査するため、聖フィル❤コラムは3週続けてお休みさせていただきます。みなさま、どうぞ良い夏をお過ごしください。

  1. Stauffer, George B., ‘Leipzig,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 14, Macmillan, 2001, p. 314.
06. 1月 2016 · (266) ジルベスターが大晦日を意味するわけ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

明けましておめでとうございます。今回の年末年始は、曜日の関係でちょっと慌ただしい感じでしたね。2016年がみなさまにとってよい年でありますように。6年目に入った聖フィル♥コラム、今年もよろしくお願いいたします。

新年最初のコラムなのに、年末のお話です。最近「ジルベスター・コンサート」という言葉を聞くようになりました。大晦日に行われる音楽会のことで、途中で新年を迎える年越しコンサートの場合も。「ジルベスターはドイツ語で大晦日のこと」と説明されます。もちろん正しいのですが、本当はもう少し説明が必要。12月31日は聖ジルベスターの日。だから、ジルベスターが大晦日を意味するようになったのです。

聖ジルヴェスター1世(Silvester I、ラテン語読みでシルウェステル1世)は、4世紀のローマ教皇(在位314〜335年)。コンスタンティヌス1世(272〜337)に洗礼を施したという伝説があります。このコンスタンティヌス1世は、313年のミラノ勅令でキリスト教を公認したローマ帝国皇帝でしたね(図1参照1)。

図1:教皇シルウェステル1世とコンスタンティヌス1世のモザイク画(1247年、ローマのサンティ・クアットロ・コロナーティ聖堂内サン・シルヴェストロ礼拝堂)

図1:教皇シルウェステル1世とコンスタンティヌス1世

亡くなった12月31日が、聖ジルヴェスター1世の記念日。キリスト教の聖人は、それぞれ特定の日と結びつけられています。たとえば、6月24日は洗礼者ヨハネの日でしたね((242) 真夏じゃなかった!? 《真夏の夜の夢》参照)。イエス・キリストに洗礼を施し、後にヘロデ王に捉えられて(サロメの望みによって)斬首される、あのヨハネを記念する日です。《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第2幕冒頭の歌詞「Johannistag」はヨハネ祭と訳されますが、直訳するとヨハネの日。同様に、12月31日は聖ジルヴェスターの日。だから、大晦日をジルヴェスターの日と言い換えられるのです。

ただ、聖人にはいくつかのランクがあり、記念日もそれに対応します。洗礼者ヨハネとは異なり、聖ジルヴェスターは重要度が低い聖人で、彼の日は記念しても記念しなくても良いという任意の記念日。たまたまそれが大晦日だったおかげで、最近急に、ヨーロッパから遠く離れた日本でまで名前が知られるようになって、聖ジルヴェスターご本人が1番驚いているかもしれません。

  1. ローマのサンティ・クアットロ・コロナーティ聖堂内サン・シルヴェストロ礼拝堂、1247年。
24. 6月 2015 · (242) 真夏じゃなかった!?《真夏の夜の夢》 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

1826年に作曲された、メンデルスゾーンの演奏会用序曲《真夏の夜の夢》((167) 演奏会用序曲と交響詩参照)。序曲のお約束であるソナタ形式の枠組みの中で、シェイクスピアの喜劇の世界、森のざわめきや楽し気な妖精たちなどを描いています。完成時、メンデルスゾーンは17歳でした。結婚行進曲を含む12曲の劇付随音楽は、16年後の1843年にプロイセン王の依頼で作られたもの。

ところで、メンデルスゾーンがこの序曲に付けたタイトルは《Ein Sommernachtstraum》。直訳すると「1つの夏の夜の夢」。真夏という言葉は使われていないことをご存知ですか? 作曲のきっかけとなったのは、1826年に彼が読んだ、シュレーゲルとティークによるシェイクスピアのドイツ語訳1。そのタイトルが《Ein Sommernachtstraum》。真夏ではなくただの(!?)夏。

もちろんシェイクスピアの戯曲のタイトルは《A Midsummer Night’s Dream》ですから、こちらは真夏!と言いたいところですが……。midsummer には真夏、盛夏という意味だけではなく、夏至のころという意味も。Midsummer(’s) Dayと大文字なら、今日6月24日の、洗礼者ヨハネの誕生日の祝日のこと。ヴァーグナーの《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第3幕で歌合戦が行われる、あのヨハネ祭です。

ヨーロッパ各地で古くから行われた、季節を祝う異教の祭、夏至祭。その前夜には、跋扈する悪魔や魔女たちから身を守るためにかがり火が焚かれました。聖人と結びつけられてキリスト教の祝日になった後も、祝日前夜に採取した薬草には特別な薬効があると信じられるなど、超自然なことと結びつけられています2。妖精たちが活躍する戯曲の背景として、夏至前夜はうってつけ。

ただ、夏至を意味するタイトルにも関わらず、夏至ではなく5月1日の五月祭を背景にしているという説も古くからあります3。理由は「5月の祭典 the Rites of May を祝うために起きた」というシーシアスの台詞。五月祭前夜は「ヴァルプルギスの夜」。魔女たちが宴(サバト)を開くとされた夜(ベルリオーズの《幻想交響曲》終楽章の舞台)ですから、こちらも妖精たちがいたずらするお芝居に合います。

いつのことか劇中に記されていないため、6月末か5月初めか、研究者たちの結論は出ていません。でも、いずれにしろ真夏のストーリーではないことは確か。少なくともメンデルスゾーンの序曲は、彼が付けたタイトルである《夏の夜の夢》と呼ぶべきですね。でも、習慣でつい《真夏の……》と言いかけてしまう私。反省。

  1. ウィッタカー、W. ギリス、「メンデルスゾーン:《真夏の夜の夢》序曲 作品21」オイレンブルク・ポケット・スコア(1974)解説、沼野雄司訳、全音楽譜出版、2005、iiiページ。
  2. 八木谷涼子『キリスト教歳時記』平凡社新書、2003、166ページ。
  3. 上記スコア解説で、ウィッタカーは「春の五月祭を背景にしている」と書いています。
01. 4月 2015 · (231) 1年中で1番特別な1週間 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

聖光学院がある横浜も私が住む東京の郊外も、桜が満開です。まだ咲いていない地域や、桜が無い地域で読んでくださっている方には申し訳ないのですが、まさに春爛漫。だから、今週は1年中で1番特別?! いえいえ、キリスト教徒にとってのお話。次の日曜日4月5日は、十字架にかけられて亡くなったイエスの蘇りを祝うイースター(復活祭。東方教会では4月12日)。その前の1週間だからです。

イースター前の40日間は、レント。日本語では、カトリックとルター派プロテスタントが40日間を意味する四旬節、聖公会が節制を意味する大斎(たいさい)節と呼びます。「イエスが荒野で過ごした40日間の苦しみを分ち合うため」節食・断食を行い改悛する期間です1。この断食期間の前に、好きなものを好きなだけ飲み食いして楽しもう!という世俗のお祭りが、カーニバル(謝肉祭)。

イースター1週間前の日曜日(枝の主日)に始まるレントの最終週が、聖週間(ルター派プロテスタントでは聖週、聖公会では受難週)。「十字架に磔にされたイエス・キリストの受難と死を悼み、その喪に服し、悔恨するための1週間」です2。イエスの最後の晩餐を記念するのが、聖木曜日。ピラトの裁判後、イエスがゴルゴタの丘で十字架にかけられて亡くなったことを記念するのが聖金曜日。聖書によると、午後3時頃に息を引き取り、埋葬されます。聖土曜日にイエスは墓の中で安息し、日曜日に復活。

クラシック音楽ファンにとって、聖週間と言えば受難曲でしょう。ヨハン・ゼバスティアン・バッハの《ヨハネ受難曲》(1824年)、《マタイ受難曲》(1827年初演が定説)は、それぞれ新約聖書のヨハネによる福音書とマタイによる福音書の中の、イエスの受難と死に関する記述を元に構成されています。いずれも聖金曜日の晩課のために作られたものですから、4月3日の日没後に聴く曲ということになります。

ただし、これは2015年だけの話。イースターは年によって日付が変わるのです。「春分の次の満月後の最初の日曜日」というすごい(と思いませんか?!)決め方は、325年の第1回ニケア公会議以来。満月と曜日のタイミングにより、最も早ければ3月22日、遅ければ4月25日と1ヶ月以上も前後します。子どもたちがイースター・エッグ・ハンティングをする楽しい日なのに、クリスマス(やハロウィーン)のように日本に根付かないのは、移動祝祭日のわかりにくさも大きな原因でしょう(西欧でも同じことなのですが)。

というわけで、関東以南で春たけなわのこの時期に聖週間が重なったのは偶然。桜満開の時期に、1番特別な1週間が来るとは限りません。昨年のイースターは4月20日でしたし、来年2016年は3月27日です。

  1. 八木谷涼子『キリスト教歳時記』平凡社新書、2003、108ページ。
  2. 前掲書、119ページ。
24. 12月 2014 · (217) クリスマスとは何か はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags:

クリスマスはキリストの誕生を祝う日で、12月25日。ごちそうやケーキを食べたり、プレゼントを交換する楽しい日ですね。クリスマスは英語で「キリストのミサ(Christ’s Mass)」の意味。中世イギリスの「Crīstesmæsse」が語源と考えられています。日本では、12月25日が終わるとすぐにお正月モードに切り替えですが、欧米のクリスマスは1月6日のエピファニーまで。エピファニー(カトリックでは主の公現、ルター派プロテスタントと聖公会では顕現日、中国語で主顕節)は、東方からベツレヘムを訪れた3人の博士に、幼子イエスが姿を現したことを祝う日。聖書には人数は書かれていないのですが、3つの贈り物(黄金・乳香・没薬)に対応させた3人が定説です。

日本では子どもにクリスマス・プレゼントをくれるのはサンタクロースで、もらうのはクリスマスの朝。でもイタリアでは、子どもがプレゼントをもらうのはエピファニーの朝、プレゼントをくれるのは魔女のベファーナです。レスピーギの交響詩《ローマの祭》第4部は、そのうれしい日の前夜のお祭り騒ぎを描いたもの。日本では《主顕祭》などと意訳されますが、原題は《ベファーナ La Befana》。

聖書には、イエスが生まれた日に関する記述はありません。羊の番をしながら野宿していた羊飼いに天使が降誕を告げたのですから、夜に外で過ごせるほど暖かい時期だったはず。それなのに、寒い12月25日になったのはなぜ? この日は冬至の日とされていて、275年、ローマ皇帝アウレリアヌスが「不滅の太陽の誕生日」と定めました。313年のキリスト教公認後、これがキリストの誕生を祝う祭に移行していったと考えられます1。フランス語でクリスマスを意味するノエル(Noël)、スペイン語のナビダ(Navidad)、イタリア語のナターレ(Natale)などはいずれも、誕生日を意味するラテン語 natalis が語源ですが、12月25日はイエス・キリストの誕生日ではありません。誕生を記念する日なのです。

現在、私たちが耳にするほとんどの音楽のルーツは、グレゴリオ聖歌。キリストが生まれなければキリスト教も生まれず、キリスト教が生まれなければグレゴリオ聖歌も生まれず、クラシック音楽も生まれなかった、はず。西洋音楽を聴いたり演奏したりする方は、信じるかどうかはさておき、クリスマスの時期だけでもキリスト教について考えてみてくださいね。みなさま、どうぞ楽しいクリスマスを!

  1. 八木谷涼子『キリスト教歳時記』平凡社新書、2003、40。金澤正剛『キリスト教と音楽』音楽之友社、2007、34。
01. 1月 2014 · (166) おめでたい(!?)音楽 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

新年あけましておめでとうございます。2014年がみなさまにとってよい年でありますように。4年目に入った聖フィル♥コラム。4月に第10回演奏会を迎える聖フィルともども、どうぞよろしくお願いいたします。

毎年書いているように、新年用のクラシック音楽ってあまりありません。クリスマス用の音楽とは大違いです。クラシック音楽の土壌であるキリスト教の暦では、アドヴェント第1日曜日が新しい年の始まり((56) アドヴェントと音楽参照)。1月1日は、イエス・キリスト生誕8日目「割礼の祝日」でした((62) 新年と音程参照)。それで今回は、新年とは直接関係が無くても何かおめでたい音楽をご紹介したいと考えました。思いついたのが、ショスタコーヴィチの《祝典序曲》。

華やかなファンファーレの序奏の後、クラリネットによる動きのある第1主題(0:47)。ホルンとチェロの幅広い第2主題(2:00)が属調で続きます。第1主題の再現はコンパクト(3:15)。第2主題の再現の1回目には、第1主題のような性格をもつ対旋律が加わります(3:33)。冒頭のファンファーレが戻った後(4:46)、コーダは第2主題の変形で一気に駆け抜けます(この演奏は、コーダ以外もかなり速いですが)。3管編成、チューバ以外の金管を倍管にするオプションも。

スターリン体制下で、社会主義レアリスムの音楽を作ることを求められたショスタコーヴィチ(1906〜75)。1936年のプラウダ批判には、伝統的な形式や内容を持つ交響曲第5番、1948年のジダーノフ批判には、スターリンの植林事業を「よいしょ」するオラトリオ《森の歌》などを書いて名誉を回復したことは、よく知られています。《祝典序曲》op.96 は、10月革命30周年のために作曲されました。初演は7年後の1954年11月6日、同革命37周年記念演奏会。わかりやすい音楽を求められ続けて、ここまで突き抜けてしまったかという感じ?! 厳かで改まった日本のお正月にはそぐわないかもしれませんが、晴れ晴れとしていて、何か良いことが起こりそうな気持ちがしてきます。

オリジナルはイ長調ですが、私にとって《祝典序曲》といえば変ロ長調。高校の部活で吹奏楽用アレンジを演奏したことを、なつかしく思い出します。ファンファーレの1番最初は、自作のピアノ曲の転用。娘ガリーナのために作曲した《子どもたちのノート》op.69 の最終第7曲《誕生日》の冒頭部(と最後の部分)です(4:56〜)1。誕生日も革命記念日も、1年に1度のお祝いですものね。

  1. Dmitri Shostakovich, 2nd ed., Sikoroski 2011 (http://media.sikorski.de/media/files/1/12/190/249/336/7496/schostakowitsch_werkverzeichnis.pdf), p. 129. 《誕生日》のみ、1945年5月30日完成。上掲書、p.121。動画のタイトルは「子どもの練習帳」ですが、上掲書のタイトルに寄ります。
03. 1月 2012 · (62) 新年と音程 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

みなさま、どのような新年をお迎えでしょうか。すべての人にとって、2012年が昨年より良い年となりますように!

今回は「新年と音程」という不思議なタイトルですが、この2つがどのように結び付くのか、ご説明しましょう。私たちにとって1月1日=新年ですが、西欧では6世紀以来、1月1日はイエスの割礼記念日として祝われました。旧約聖書(創世記17)に書かれたように、ユダヤ教徒の男子は生後8日目に割礼を受けるからです1

また、かつてローマ・カトリック教会では、1月1日にクリスマスの「オクターヴ」の典礼を行っていたそうです。「オクターヴ」はラテン語で8番目という意味の octavus に由来し、8日間その祝日を記念すること。つまり1月1日は、クリスマスを祝う最終日に当たっていたのです2

この8日目という数え方、おもしろいと思いませんか? クリスマス当日から数えるのです。日本では、12月25日に赤ちゃんが生まれたら、1月1日(の夜)はお七夜ですよね。これで思い出したのが、音程の数え方です。

音程とは、2つの音の高さの隔り。たとえばドとその隣の隣のミの音程は3度、ドとソの音程は5度、ドと次のドの音程は8度=1オクターヴです。音楽に携わる者にとっては常識ですが、一般の方には、「ドから隣のレまで行って 1 ではなくドにいるときに既に 1 なので、ドとレの関係は2度」と説明しなければなりません。同じ高さのドとドの関係を1度と呼ぶためだろうかなどと思っていたのですが、1月1日をクリスマスから8日目=オクターヴと数えるのと同じ! 音程だけ特別というわけではありませんでした。ユダヤ教の地域や南ヨーロッパでこのような数え方をするようです。

「風が吹くと桶屋が儲かる」風タイトルの説明はこれくらいで。新年を祝うために作られた西洋音楽はあまりありません((9)(10)参照)が、日本音楽が専門の友人に尋ねたら、たちどころにお正月にちなむ長唄《初子の日》《若菜摘》を教えてくれました3。長唄とは、劇場音楽として歌舞伎とともに発展した、三味線の伴奏による声楽。街に箏の音が満ちるこの時期、日本の伝統文化も忘れないでください。今年も、聖フィル♥コラムをよろしくお願いいたします。

  1. カトリックでは、1931年にピウス11世が1月1日を神の母聖マリアの祭日に変更するまで、主の御割礼の祝日と呼ばれていました。
  2. 八木谷涼子『キリスト教歳時記』(平凡社新書、2003)、56-8ページ。西暦で新年が1月1日になったのはヨーロッパでは16世紀以降、イングランドでは1752年のことだそうです。
  3. austin787さんの情報に感謝いたします。
23. 11月 2011 · (56) アドヴェントと音楽 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

今年(2011年)の場合、11月27日がクリスマスから遡って4つ目の日曜日。キリスト教の新年が始まる、アドヴェント第1主日です1。この日からクリスマスまでがアドヴェント。聖光学院がその教えに基づくカトリックでは、待降節と訳します2。ろうそくを4本立てたアドヴェント・リース(アドヴェント第1主日には1本、第2主日には2本というように、灯りを点けるろうそくを増やしていく)やクリスマス・ツリーなどを用意し、主イエスの降誕に備えて心の準備をする期間です。クラシック音楽は様々な形でキリスト教と密接に結びついていますが、今回はアドヴェントと音楽について考えてみました。

イースター(復活祭)前の受難の季節レント(カトリックでは四旬節)と同様、アドヴェントも悔い改めや節制の期間です3。アドヴェント第2主日以降、カトリック教会の礼拝では、華やかに神を讃えるグローリアやアレルヤを歌いません。ルター派教会でも、この3週間は礼拝でカンタータを使いませんから、バッハも一息つくことができたはずです(バッハの教会カンタータについては改めて書きます)。

(22)《運命》交響曲の初演で触れたように、《運命》や《田園》が公開初演されたアン・デア・ウィーン劇場での1808年12月22日のベートーヴェンの演奏会も、アドヴェントと関係があります。ほとんどの日に複数の劇場でオペラや芝居が上演されていたウィーン。でも、レントの期間とアドヴェントのうち12月16日から24日までは、1777年の勅令で公演が禁止されていたのです。

演奏会を開くなら、この期間が狙い目。劇場も借りやすいし、仕事が休みのオーケストラ奏者たちを雇うこともできます。なにより、多くのお客さんを見込むことができます。

ただ、寒い! ベートーヴェンの有力なパトロンの1人ロプコヴィツ侯爵のボックス席で聴いていた、作曲家で文筆家ヨハン・フリードリヒ・ライヒャルトは、この演奏会について以下のように記しています。

われわれは物凄い寒さのなかを6時半から10時半まで耐え忍び……(中略)多くの演奏間違いがわれわれの忍耐心をひどく苛立たせはしたものの、私にはこの極めて温厚で思いやりのある[ロプコヴィツ]侯と同じように、コンサートがすべて終わる前にその席を立つことはできませんでした。(中略)歌手とオーケストラはまったくの寄せ集めで、この難曲揃いの演奏曲目の完全なリハーサルは一度たりともすることができなかったのです。(中略)この厳しい寒さでは、この美人 [独唱をしたキリツキー嬢] が今日は歌うよりも震えていることの方が多かったからといって、彼女を恨むわけにはいかないでしょう。われわれだって狭いボックス席で毛皮とマントにくるまりながら震えていたのですから。(中略)ベートーヴェンが神聖なる芸術的熱心さのあまり聴衆や場所のことを考えないで、[合唱幻想] 曲を途中で止めさせ、最初からもう1度やり直すよう叫んでしまったから……私が彼の友人たちともどもいかに困惑したか、おわかりでしょう。あの瞬間、もっと前に会場を出る勇気を持っていたなら、と思いましたよ(後略)4

劇場が閉まっているアドヴェント最後の期間は、演奏会が目白押し。同じ日にはブルク劇場で、ハイドンの作品による、音楽家未亡人協会のためのチャリティー・コンサートも行われています。「是非とも聴きたかった」とベートーヴェンの演奏会を選んだライヒャルト、大変でしたね。

  1. キリスト教の主の日は日曜日。ギリシア正教会など、新年が異なる教会もあります。
  2. ルター派教会も待降節。英国国教会(聖公会)では降臨節。正確には、11月30日かそれに最も近い日曜日の、前日土曜日の日没からアドヴェントが始まります。
  3. 英国国教会では大斎節。
  4. 「神聖なる強情さが生む誤解」『ベートーヴェン全集5』(講談社、1998)、154〜6ページ。予定ではミルダーが歌うはずだったのですが、ベートーヴェンが原因の口論のために出演を拒否し、急遽、キリツキーが代わりに歌いました。失敗したのは寒さのせいもありますが、実力と経験の無さが主原因でした。