24. 7月 2013 · (143) オーケストラの起源 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

管・弦・打楽器が一定の秩序に基づいて一緒に音楽を奏でるオーケストラ。用語は古代ギリシア劇の「円形舞踏場オルケストラ」に由来します((29) オーケストラは「踊り場」だった参照)が、オーケストラ音楽の出発点は?

全てはここから始まった!と言えるような、唯一無二の起点というわけではありませんが、モンテヴェルディの《オルフェオ》が出発点の1つであることは間違いありません。1607年(バロック時代の初め)に北イタリアのマントヴァで初演された、最初期のオペラの傑作で、オペラの(実質的な)出発点。その伴奏アンサンブルがオーケストラの出発点と考えられる理由は、以下の3点。

第1は楽器編成。図1は、1609年に出版された《オルフェオ》スコアの楽器リストとそれを3つに分類したもの。ずいぶんいろいろな楽器が必要です1。キタローネ(ネックがすごく長い大型リュート)など、現在使われていない楽器の名も。

図1:モンテヴェルディ作曲オペラ《オルフェオ》の楽器リスト

図1:モンテヴェルディ《オルフェオ》の楽器リスト(クリックで拡大します)

オペラの歌唱を伴奏する通奏低音楽器((132) 楽譜どおりに演奏しても足りない場合参照)もさまざま。伴奏楽器を変えて、登場人物を描き分けているからです。たとえば、竪琴の名手オルフェオにはハープや柔らかい音のする木管オルガンを用いる一方、冥府の番人カロンテには耳障りな音がするレガール(金属リードのオルガン)が使われます。弦楽器の数や管楽器の種類も多いですね。トロンボーン((44) 神の楽器? トロンボーン(2)参照)やコルネット(現在のコルネットとは異なる、円錐形の木管楽器)は冥界、リコーダーは地上の場面と、管楽器も描き分けに加わります。

しかも、楽器や数が楽譜に指定されています。これが2つ目の理由。当時の器楽は主に即興(踊りの伴奏など)か、声楽の代わりや支えとして使われていました。どんな楽器を使うか、どのパートを担当するかは、奏者に任されていたのです。《オルフェオ》は、ジョヴァンニ・ガブリエーリの《弱と強のソナタ》などとともに、楽器が指定された最初期の例です。

そして第3の理由は、オペラにおいて器楽曲が重要な役割を果たしていること。たとえば、幕が上がる前に奏される《トッカータ》。五声部の最上声にクラリーノ(高音域のトランペット)が指定された華やかなファンファーレ風の曲は、マントヴァ侯爵らが入場し、席に着く間に奏される音楽です2。でも、現実と異なる時間の始まりを告げるオペラの序曲と捉えても、違和感はありません。楽器名は書かれていません(し、上記の楽器リストにも含まれていません)が、ティンパニのような打楽器が一緒に奏されたことは間違いないでしょう。《トッカータ》に続いて音楽の神が歌うプロローグの、間奏として何度も繰り返される《リトルネッロ》は、第2幕や第5幕でも奏されます。冒頭の音楽が戻って来ることで共通の雰囲気を醸し出し、まとまり感を与えています。

前回((141) やかましかった!参照)のオペラ指揮の話を読んで、オペラとオーケストラは大きく異なるジャンルなのにと思われた方もおられたでしょう。しかし、オーケストラの起源(の1つ)はオペラの器楽伴奏アンサンブルですし、交響曲の直接の先祖(の1つ)はシンフォニーア(イタリア風序曲)と呼ばれるオペラ序曲((18) 赤ちゃん交響曲誕生まで参照)。オーケストラはオペラに多くを負っているのです。

  1. 1615年に再版されたスコアより。内容は1609年出版の初版と変わりません。
  2. 石多正男『交響曲の生涯』東京書籍、2006年、38ページ。
11. 6月 2013 · (137) 実はいろいろ!《フィガロ》序曲のボウイング はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

前回調べた《フィガロの結婚》映像10種類の、序曲冒頭のボウイング。モーツァルトが書いたスラーを変更し、2小節一弓にした4種類の映像((136) 《フィガロ》序曲のボウイング参照)の中に、少し変わったものもありました。バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(1999)は、1小節目ダウン、23アップの後、4567と4小節一弓でダウン。一方、メータ指揮フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団(2003)では、休符のたびに少しずつ弓を戻しながらも、7小節間全部ダウン。

へぇ〜、モーツァルトがせっかく書いたのに! スラーがかなり露骨に無視されているのに驚いて、動画も調べてみました。前回映像で確認した10種類と、それ以外にボウイングがわかる8種類の YouTube 動画の結果をまとめたのが表1。1番上の数字:小節数、2段目:冒頭のファースト・ヴァイオリン自筆譜。↓:ダウン、↑:アップ、黒字:前回調べた映像、灰色字:今回の動画、録画年の*:オペラではなく演奏会。

表1:《フィガロ》序曲第1主題のボウイング

表1:《フィガロ》序曲第1主題のボウイング(クリックで拡大します)

タイプ1(自筆譜のまま)が多いのは予想通りですが、「どこのオケでもこう弾いている」と言われたタイプ2以外にも、計4種類のボウイングが見つかりました。タイプ3のバレンボイム「1↓ 23↑ 4567↓」(休符までそのまま、休符で方向転換のパターンですね)は結構多く、その前半を一弓にしたのがタイプ4、前半を分けたのがタイプ5、先ほどの全部ダウンがタイプ6。

多様なボウイングが生じた理由は? テンポとの相関関係がはっきりしないのは、既に書いたとおり。次に考えられるのはエネルギー問題。作曲家が書いたボウイングは尊重されるべきですが(コン・マス経験者であればなおさら)、背に腹は代えられない。この先まだまだ長いから(《フィガロ》は2時間半以上かかります)、序曲は省エネ仕様であるほどベター。最も楽なボウイングを探しているうちに多種になった……? また、音量問題も考えられます。曲は静かに始まりますから、1小節ずつちまちま方向転換しなくても、いえ方向転換しないほうが弾きやすい……?

旋律は、低いレやド♯から始まって、少しずつ上行して3小節目でラ、4小節目で最高音シに達し、今度は少しずつ下降。6小節目で下のラまで下がってから出発点と同じレに戻って終わり。最初に pp がついているだけで他に強弱記号は書かれていませんが、フレーズの輪郭を考えると、「123↑ 4567↓」のタイプ4も(いきなりアップで始まるので驚かされますが)理に叶っているかもしれません。

図1:《フィガロ》自筆譜3ページ22〜24小節

図1:《フィガロ》自筆譜3ページ22〜24小節

よく見ると、複数のボウイングが使われている演奏も。たとえばアッバード&ベルリン・フィルでは、提示部2回目は1小節ずつのタイプ1ですが、再現部2回目のボウイングは4と5、6と7小節が2小節一弓(いずれもコントラバス・パート)。提示部&再現部の1回目は見えませんが、8小節フレーズに変形される再現部の2回目のみ、2小節一弓も使っているのでしょう。

レヴァイン&メトでは、パートによってボウイングが異なります。外側に座っているヴァイオリン1、2はタイプ4ですが、内側のヴィオラとチェロはタイプ1。ここ以外のボウイングもときどき異なっています。どうせピットの中は、お客さんから見えないし(?!)。 でも、適当に弾いているわけでもなさそう。2種類に統一(統二?)されているようです(http://youtu.be/M7Q7iTq9Li8)。

実は、モーツァルトの自筆譜にも不統一が! このフレーズを3回書いている(再現部の1回目は、ダ・カーポで省略)中で1カ所だけ、他と異なる3小節続きのスラーがあるのです。提示部2回目、チェロ・バスの最後(図1の最下段参照)。でも、他のスラーはすべて1小節ずつ。同じ場所のファースト・ヴァイオリンも1小節ずつ。モーツァルト、思わずペンが滑った?!

06. 6月 2013 · (136) 《フィガロ》序曲のボウイング はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

次回の定演曲の1つ、モーツァルトの歌劇《フィガロの結婚》序曲。ソナタ形式で作られたこの曲の冒頭、弦楽器のユニゾンによる第1主題を楽譜どおりにさらって行った(私、弦楽器を担当しています)ら、ボウイングを直されました。1小節ごとにアップ、ダウンせず、2・3小節目(「れどれみふぁみふぁそらそらそら」まで)、4・5小節目、6・7小節目は一弓。パート・リーダーに「どこのオケでもこう弾いている」というような説明をされ、心の中でえーっ!?!

モーツァルトはヴァイオニストでした。ウィーンでは主にピアニストとして生計を立てましたが、ザルツブルク時代は宮廷楽団で、1769年11月14日から無給の、72年8月21日から有給のコンサート・マスターを勤めていました。だから、彼が書く弦楽器パートは自然で、あまり無理がありません(リストやシューマンと大違い! モーツァルトの弦楽器パートが簡単だという意味ではありませんので念のため)。

図1:《フィガロの結婚》序曲冒頭、モーツァルトの自筆譜

図1:《フィガロの結婚》自筆譜第1ページ(クリックで拡大します)

まず、自筆譜を確認(図1参照)1。12段五線紙の1番上がファースト・ヴァイオリン、1番下がチェロ、バスです2。モーツァルトのスラーは1小節ずつ。弦楽器はスラーの切れ目で弓を返しますから、1小節目ダウン、2小節目アップ、3小節目ダウンという具合に弾くことになります。旧全集も新全集も自筆譜どおり。

次に、ボウイングを確認。勤務先の音大図書館所蔵の映像を調べてみました。幕が上がる前だから、オーケストラが映っているだろうと思ったのですが、《フィガロ》の LD・DVD 計14種類のうち、4つはボウイングがわかりませんでした。オーケストラ以外が映っていたり(序曲をバックに舞台上でパントマイムが始まるものなど)、オケは映っているものの、第1主題の部分は4回(提示部2回、再現部2回)とも、指揮者の顔や管楽器が映っていたり3。でも、残り10種類のボウイングはばっちり。パート・リーダーが言うように、自筆譜のスラーを無視して2小節目から2小節一弓で弾いているものも、たくさんありました:

  1. ショルティ指揮パリ国立歌劇場管弦楽団(録画年1980)
  2. アッバード指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団(1991)
  3. バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(1999)
  4. メータ指揮フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団(2003)

一方、モーツァルトが書いたスラーに従って、1小節ごとに弓を上げ下げしていたのは:

  1. ベーム指揮ウィーン・フィル(1966)
  2. エストマン指揮ドロットニングホルム宮廷劇場(1981)
  3. ゲーザ指揮コーミッシュ・オーパー・ベルリン(1986)
  4. ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ(1994)
  5. ハイティンク指揮ロンドン・フィル(1994)
  6. アーノンクール指揮チューリッヒ歌劇場(1996)

オリジナル楽器を使う団体や古楽系の指揮者はともかく、ベームの1966年ザルツブルク音楽祭ライブ録画も1小節ずつ。ある時期にボウイングが変わったわけではないのですね。テンポもあまり関係無いようです。上記6つのうち5つまでが、2分音符142〜1484。でも、2小節一弓の上記4人も2分音符144〜148で、変わりません5

スラーは、ボウイングの一弓、管楽器ではブレス無しの一息で演奏する記号として使われるときと、フレージングを示す記号として使われるときがあります。後者の場合、一弓・一息で演奏するにはフレーズが長過ぎて、途中で切らなければならないこともしばしばですが、この第1主題でモーツァルトが書いたスラーは、フレージングを示すものではありませんよね。わざわざ1小節ずつのボウイングを指定したのに、他のオケもそうしているからと変更してしまって、モーツァルトががっかりしないかな?? (137)に続く。

  1. Wolfgang Amadeus Mozart: Le Nozze di Figaro, K. 492, Facsimile of the Autograph Score,  Introductory Essay by Norbert Miller, Musicological Introduction by Dexter Edge. The Packard Humanities Institute, 2007.
  2. 2段目以降はヴァイオリンII、ヴィオラ、フルートI、II、オーボエ(1段で)I&II、A管クラリネットI&II、D管ホルンI&II、ファゴットI&II、D管トランペットI&II、ティンパニ。(35) モーツァルトのホルン協奏曲も参照のこと。
  3. 前者はペッペーノ指揮ロイヤル・オペラ・ハウス・オーケストラ(録画年2006)など。後者はプリッチャード指揮ロンドン・フィル(1973)など。
  4. 第2主題が出るまでの時間を計って、計算しました。
  5. アーノンクールだけは、2分音符126くらいで指揮しています。これについては改めて書きたいと思います。
21. 8月 2012 · (95) 怖い (?!) 音楽 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

残暑が厳しいですね。昨年の《魔弾の射手》狼谷の場 ((41) 涼しくなる (?!) 音楽参照)に続き、今年も遅ればせながら納涼特集を。今回のストーリーは:ある男が女の部屋に忍び込んで騒がれ、助けにきた父親を殺してしまう。墓地で高笑いしていたら、自分が殺した男の大理石像が話し出す。ふざけてディナーに招待したら、石像が本当にやってきて悔い改めよと迫る。断固拒否したら、地獄に引きずり込まれてしまった……。

これ、ロレンツォ・ダ・ポンテとモーツァルトが作った「2幕のドランマ・ジョコーソ《罰せられた放蕩者あるいはドン・ジョヴァンニ》」です。動かないはずの石像がディナーに招かれてうなずくあたりは、まだコミカル。でも、石像が約束どおりに現れ、改心を承知しない女たらしの手を決して離さないなんて、ホラーそのもの。そして、モーツァルトがこの第2幕第15場につけた音楽! 怖いですよ〜(下の動画参照)。

全楽器が強奏でニ短調の和音を2つ(この動画は、前の場面の最後の和音で始まっていますが)。石像が歩くようなゆっくりした付点のリズム(0:18)を伴奏に、石像(バス)が「お前はわしを招いてくれたな、それでわしはやってきた」と朗々と歌い始めます1。シンコペーションが続く音型(0:35)をバックに、「そんなこと思いもしなかった、でもできるだけのことはしよう!」と答えるドン・ジョヴァンニ(バリトン)。3つずつ同音連打する16分音符(0:54)は、机の下に隠れた従者レポレッロの震えを表わしているようです。

石像の「天上の食べ物を食べているものは人間の食べ物を食べはしない」という台詞(1:10)は、大きな跳躍と臨時記号が多用された不自然な旋律で歌われます。これに続く「やむにやまれぬ望みがわしをこの世に導いてきたのだ!」の伴奏では、ヴァイオリンとフル―トが、クレッシェンドしながら上がり弱音で下がる、16分音符の音階パターン(1:35)を繰り返します。しかも、不安を煽るようにパターンの開始音が1音ずつ上昇。

あれれ、どこかで聴いたような……。そうです。今回の定演で取り上げるこのオペラの序曲は、石像の登場シーンの音楽を使っているのです。全楽器の強奏によるニ短調の和音2つで始まり(石像シーンの1つ目の和音は、序曲の主和音と異なりますが)、石像の歩みのような付点型、ドン・ジョヴァンニが石像に歌いかける時に使われるシンコペーション、レポレッロの震えのような細かい3つずつの同音連打、クレッシェンドしたと思うと静まる不気味な音階パターンなども登場します。《魔弾の射手》(1821)の序曲にみられるような本編の音楽の先取りで、この時代の序曲としてもモーツァルトの序曲としても、例外的な作りです。

でも、この恐ろし気な序奏部分が終わると、ニ長調モルト・アレグロの主部。何事もなかったように軽快な音楽が「楽しいオペラが始まりますよ」と告げて、序曲が終わります。一方、石像シーンはまだまだ続きます。

同音反復とオクターヴ跳躍のメロディーを少しずつ高い音で繰り返しながら、「わしと食事をしにくるか?」と迫る石像(2:55)。ドン・ジョヴァンニは改心を拒否。「そら」と手を差し出し、石像の手の冷たさに驚いて「ああ!」と叫ぶ小節(4:43)から、さらに緊迫度が増します。超自然的存在である石像が歌う小節だけ演奏していたトロンボーンが、ドン・ジョヴァンニの伴奏にも加わります((44) 神の楽器? トロンボーン part 2参照)。さすがの彼も、石像の不気味さにひるんだということでしょうか。

「悔い改めるのだ!」「いやだ!」の応酬。「もう時間が無いのだ」と石像が歌った後、音楽はアレグロに(5:36)。ヴァイオリンがシンコペーションと急速な下行音階をくりかえす中、男たちが暗い声で「お前の罪にくらべればすべては無にひとしい。来るのだ。もっと悪い災いがある!」(5:49)と歌い、ドン・ジョヴァンニは「なんという地獄だ! なんという恐怖だ!」と苦しみながら(5:58)落ちていきます。

使われている音型や和音はシンプルなのに、この圧倒的な劇的緊張感! モーツァルトってすごい……。この《ドン・ジョヴァンニ》、恐怖をリアルに描いた最初の音楽と言えるかもしれませんね。

  1. 歌詞の日本語訳は、チャンパイ&ホラント編『モーツァルト:ドン・ジョヴァンニ』、音楽之友社、1988のリブレット対訳(海老沢敏訳)を使いました。