03. 9月 2013 · (149) カデンツを感じるということ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

オケの練習中に「ここのカデンツを書き込んで」とか「ここはカデンツだからとび込まないで」と言われることがありますね。みなさん、カデンツの役目や意味をご存知かなあと、以前から密かに心配していたのですが、たまたま覗き込んだ近くのパート譜のカデンツの書き込みが、ずれていることに気づきました。オーケストラではほとんどの奏者が音を1つしか弾いていませんから、和音の移り変わりに関わるカデンツを感じるのは、難しいですよね。

カデンツ Kadenz は「終止」あるいは「終止形」を意味するドイツ語。ラテン語のカデーレ cadere(落ちる)に由来するのは、グレゴリオ聖歌の旋律の最後が、順次進行で終止音まで下降して終わることが多かったからと考えられます1

まず「終止」の定義から。音楽の流れを締めくくることですが、「単に音が中断するとか音の継続が止むことではなく(中略)終結の感じを起こさせ、満足感を与えるもの」でなければなりません2。「カデンツとは音楽に『落ち』をつけること」3。曲の最後だけではなく途中にも使われ、音楽の段落を作ります。

「終止」するための一定の型が、「終止形(終止法)」。ハ長調でレファソシの属7の和音から主和音ミソドへ進む、V7→I の型を考えてみましょう。まず、導音シは、半音上の主音ドに進みたい。主和音に移ることで、望みが叶って安定します。さらに、7の和音は不協和音。主和音に移ることで、ソとファがぶつかっている緊張状態が解消・安定し、一段落。これが終止です。

この V7→I のカデンツを使っているのが、小学校などの式で「起立→礼→着席」(「気をつけ→礼→直れ」?)するときの3つの和音。1つ目と3つ目は主和音、真ん中が属7。もしも、最後の和音が鳴らなければ、頭を下げたままの不安定な状態が続きます。主和音で頭を上げて、一段落。

この「(気をつけ→)礼→着席」のパターンのように低音がソ→ドと動くと、強い終止感が得られます。ベートーヴェンのように何度も繰り返す人もいますが(《運命》第1楽章最後の12小節間に、ソ→ドの V→I が8回!)、普通は大きな区切りにしか使いません。聖フィルが次回の定演で演奏するハイドンの第88番交響曲の第1楽章提示部(アレグロに変わってから繰り返し記号まで)90小節弱には8回(だと思います)。どこにあるかわかりますか。

まとめ:カデンツを感じるとは、属7を含む属和音から主和音へ移った安定を感じること。低音パートに注目。特に(その調の)「ソ→ド」の動きを捜してください。ソは、音楽的に不安定で緊張している属和音、続くドは、安定した主和音の一部です。音楽は、主和音に到達して一段落。

2つの和音は性格が大きく異なりますから、移るのにはそれなりのエネルギー(心の準備)が必要。属和音は、いわばギシギシ揺れる吊り橋。スリル満点で楽しいけれど、確固たる向こう岸(主和音)に渡って安心したい。あまり勢い良く岸に飛び移ろうとすると、吊り橋が揺れて渡りにくくなりますから、狙いを定めて、落ち着いて踏み出してください。岸に上がったら一安心。揺れる吊り橋、おもしろかったなと思い出しながら、ほっと一息です。進んで行くと、また次の吊り橋が見えて来るでしょう。

  1. Rockstro, Dyson/ Drabkin, Powers/ Rushton, “Cadence” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 4. Macmillan, 2001, p. 780.
  2. 渡鏡子「終止」『音楽大事典3』平凡社、1982、1105ページ。
  3. 久保田慶一『音楽用語ものしり事典』アルテスパブリッシング、2010、カバー。
09. 5月 2012 · (80) 音楽における解決 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

ドレミは階級社会?で、D→Tの進行によりドミナント和音が持つ緊張が解消されることを、「解決」(以下「 」を省略)と言うと書きました。導音が主音に進むと、旋律的に確かに解決感を得られます。でも、音楽における解決は、本来、不協和音から協和音に進むことです。

たとえば、属和音ソシレの上に3度をもう1つ重ねた、属7(V7)の和音ソシレファ。一番下のソと一番上のファが作る7度は不協和音程なので、不協和音です。このソシレファから主和音ドミソに進むとき、導音シが主音ドに半音上行すると同時に、不協和の原因ファがミに半音下行し、不協和が解消されます。これが解決。属7もドミナント和音ですが、トニカ和音に安定しようとする力が、属和音ソシレよりも強くなります。

トニカ和音として、ドミソの代わりにラドミ(VI)を使うこともあります。ラドミでも、属7ソシレファの中の導音シが主音ドに、不協和なファがミに進めます。ただ、Iに解決するのと比べて終わった感じが弱いので、V→VIの進行は偽終止と呼ばれます(考えてみるとひどい名前ですね。ちなみにV→Iは完全終止)。

V7からIやVIに解決するたびに、音楽が同じように安定するわけではありません。たとえば、ベートーヴェンの交響曲第1番ハ長調第1楽章の冒頭部(譜例1)。1小節目に響くドミソシ♭の和音は、ヘ長調の属7。3拍目のファラドで、ヘ長調のIへ解決(①)。2小節目ソシレファは、主調ハ長調の属7。3拍目ラドミで、VIへ解決(②)。3小節目のレファ♯ラドは、ト長調の属7(主調ハ長調の属調の5度なので、ドッペルドミナントと呼ばれます)。4小節目のソシレで、ト長調のIに解決(③)。

譜例1:ベートーヴェン作曲交響曲第1番第1楽章冒頭(クリックで拡大します)

でも、①②③はいずれも終わった感じは強くありません。②は偽終止ですし、①と③は主調に解決しないからです(①のヘ長調も③のト長調も、主調ハ長調の下属調と属調ですからとても近い調なのですが。(77) 近い調、遠い調参照)。4小節目のソシレはハ長調のVなので、この後いよいよ主調の主和音が出るのかと期待すると……。6小節目で初めて登場するIの和音は、ドミソではなくミソド(第一転回形)。低音楽器がドではなくミを弾いているので、やはり安定感は今一歩です。8小節目でようやくドミソが響きますが、すぐに他の和音へ。結局、12小節間の序奏部の中で、ドミソはこのたった2拍だけ。

主和音を意図的に避け続け、不安定なままアレグロの主部になだれ込むと、ようやくドミソ。主和音にしっかり解決すると、今までを埋め合わせるように、あるいは目的地に達した開放感を楽しむように、そのまま5小節。ベートーヴェンは、音楽における緊張をうまくコントロールして、解決への期待を高めました。主部に対して序奏部全体が、主和音に解決するドミナント和音のような役割を果たしています。

主和音で始まって主和音で終わるのがお約束の古典派時代。不協和音が協和音に進み、緊張が解ける解決はとても大切でした。メロディーの区切りだけではなく、しっかり安定する解決と、終わった感じが弱い解決が、響きにおける読点や句読点として使われています。ロマン派の時代になると不協和音が頻繁に用いられるようになり、しかも(トニカ和音に進まない属7によって、遂げられない愛を表現する《トリスタン》のように)解決は厳格に行われなくなりました。