18. 5月 2011 · (29) オーケストラは「踊り場」だった !? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

アマ・オケ奏者のための音楽史第2回は、古代ギリシアについてです。実際の音の響きはわからないものの、西洋音楽史において古代は、「音楽」という言葉やその概念を考える上でとても重要な時代(……とは理解しつつ、中世から講義を始めることが多い私)。実は、オーケストラという言葉の由来も、古代ギリシアまで遡るのです。

アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスに代表されるギリシア悲劇や、アリストパネスのギリシア喜劇は、台詞が交わされるのではなく歌い踊られる、オペラのような音楽劇でした(古代ギリシア劇を復興する中でオペラが生まれたのですから、当然です。(28) バロック時代はなぜ1750年までか参照)。コロスと呼ばれる合唱隊が配置され、劇の進行に応じて彼らが歌ったり踊ったりする円形スペースの名前が、オルケストラだったのです。

図1  古代ギリシアの劇場

野外劇場は多くの場合、山の斜面を利用してすり鉢型に作られました。テアトロンと呼ばれる観覧席がとり囲むのが、円形の舞踏場オルケストラ。初めは、オルケストラの向こうに、衣装替えなどのためのスケネと呼ばれる楽屋のような建物があるだけでしたが、やがて俳優たちが演技するスペースを広げるため、プロスケニオン(「スケネの前」という意味)と呼ばれる舞台が設けられ、オルケストラは舞台と客席のあいだに位置することになりました(右図1参照1)。

時代は下って、1637年ヴェネツィアに史上初の公開オペラ劇場サン・カッシアーノが建てられたとき、歌を支える楽器奏者のためのスペースは舞台と客席のあいだに置かれ、古代ギリシアにならってオルケストラと呼ばれました。その言葉がやがて、ここで演奏する合奏団を指すようになったのです。ジャン=ジャック・ルソーが音楽辞典(1754)の中で、オーケストラを「合奏団員全体の集合」と定義していることから、18世紀半ばには現在の意味が一般的になっていたようです2。既にお気づきだと思いますが、コロスはコーラス、テアトロンはシアター、スケネーはシーン(場面)の語源になりました。

  1. 片桐功「古代ギリシア」『はじめての音楽史』音楽之友社、2009、17ページ。
  2. 上野大輔「オーケストラ」『音楽通論』久保田慶一編、アルテス、2009。
13. 5月 2011 · (28) バロック時代はなぜ1750年までか? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

今回は、いつもコラムを編集してくださるつぶ担さんの「(27) 音楽史の時代区分の中で、バロック時代の終わりだけきっかり1750年までなのはなぜ?」という鋭い質問を取り上げます。確かに、16世紀末から18世紀半ばまでと書くべきだったかもしれませんが、あえて数字を書いたのは、私自身がバロック時代(の目安)を1600年から1750年までと習ったからです。

単に切りが良い数字というだけではありません。1600年は、楽譜が現存する最古のオペラ、ペーリとカッチーニ共作による《エウリディーチェ》が上演された年です。一方1750年は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの没年。以前はバロック時代を、この時代(とは限りませんが)の最重要ジャンルであるオペラが成立した年から、この時代最大の作曲家の死までの、150年としていたのです。

現在では、バロック時代の開始をもう少し早めて考えます。オペラは1600年に突然出来上がったわけではないからです。16世紀後半にフィレンツェで、カメラータと呼ばれる知識人たちのグループ(上述のペーリやカッチーニ、地動説で有名なガリレオ・ガリレイの父で歌手のヴィンチェンツォ・ガリレイなどが属していました)が、古代ギリシア劇の復興を目指して、より効果的な音楽表現を探求した結果、オペラが誕生しました1。その試行錯誤の期間も、バロック時代に含めるべきだと考えるようになったのです。

1750年の方はどうでしょうか。たとえば、なぜヘンデルでなくてバッハの没年なのか。バッハとヘンデルは同じ1685年生まれですが、生前は、ローカル作曲家バッハよりも、国際的に活躍したヘンデルの方がずっと有名でした。ちなみに、ヘンデルが亡くなったのは1759年です(区切りに使うには、ちょっと半端ですか?)2。また、バッハは1737年、弟子だった音楽批評家シャイベに「あまりに技巧的で、誇張され混乱した芸術」と、声楽曲を痛烈に批判されました。このエピソードからも、時代は移り変わりつつあったことがうかがえます。

  1. ルネサンスはフランス語で再生という意味ですが、建築や彫刻とは異なり音楽には、再生すべき古代ギリシア・ローマ時代の「音」がありません。そのため、音楽史においてルネサンスという語を使うことが疑問視されたこともありました。しかし、古代の音楽理論を研究していますし、他の文芸と同様に人文主義的な考え方を土台にしています。
  2.  2人は晩年、同じ眼科医ジョン・テイラーに受けた手術がいずれも失敗に終わり、失明しました。