10. 4月 2013 · (128) ロマン派の協奏曲:「作り付け」カデンツァ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

第8回定期で演奏するチャイコフスキーのピアノ協奏曲と、第6回定演で取り上げたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。今回は、協奏曲に登場するカデンツァを、ロマン派と古典派で比較してみましょう。その前にまず、カデンツァとは何か。以下の説明の中で正しくないはどれでしょう。

    1. オーケストラの伴奏無しで、ソリストが自由に技巧を発揮する部分
    2. 協奏曲だけに使われる
    3. 古典派時代に成立した
    4. 楽章の最後に置かれる
    5. 本来、即興で演奏された

正しくないのは2と3。ソリストが華やかな名人芸を披露するカデンツァは、協奏曲だけではなく、オペラのアリアにおいても重要です。またカデンツァは、古典派より前のバロック時代((27) 音楽史の時代区分参照)の協奏曲やオペラでも使われました。カデンツァは、4のように楽章の最後、正確にはソナタ形式の再現部の最後に置かれ、その後に終結部が続きます。ただ、展開部と再現部の間に置かれた、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のような例外もあります。

本題に戻りましょう。2曲のカデンツァの違いは? チャイコフスキーもベートーヴェンも、第1楽章の終わりにカデンツァがあります。場所は同じですが、中身は大違い。ベートーヴェンがヴァイオリン協奏曲の独奏パート譜に書いたのは、フェルマータとトリルの記号付きのミの2分音符だけ(譜例1)。中身は作っていません。一方、チャイコフスキーのカデンツァは、チャイコフスキー本人の作。

譜例1:ベートーヴェン作曲ヴァイオリン協奏曲第1楽章カデンツァ

譜例1:ベートーヴェン作曲ヴァイオリン協奏曲第1楽章カデンツァ

ここで重要なのが5。カデンツァはもともと、即興で演奏するものでした(多くの場合、ソリストは予め考えておいたのでしょうけれど)。ベートーヴェンは、基本的に自分で独奏するために作ったピアノ協奏曲では、自作のカデンツァを残しています。ヴァイオリン協奏曲は、独奏者にお任せして自分では書きませんでしたが、これを編曲して作ったピアノ協奏曲には、カデンツァが4種類も残されているそうです。

重要なのは、誰かがこれらのピアノ協奏曲を独奏する場合、ベートーヴェンが作ったカデンツァを弾いても弾かなくてもどちらでも良いこと。現在ではほとんどの場合、彼のカデンツァが使われますが、ソリスト自身が作ったカデンツァでも、他の誰かが作ったカデンツァでも構わないのです。

でも、ロマン派の時代になると、作曲家はカデンツァも自分で作曲してしまうようになります。ソリストはこの「作り付け」を、そのまま弾かなければなりません。気に入らないからと自分で作ったり、難しいからと変更したり省略したりしてはダメ(そのようなケースも稀にあったようですが)。

もともとソリストが自由に演奏するものだったカデンツァ。古典派時代でも、どれを使うかはソリストに任されていたのに、ロマン派になると作曲家が全て作るようになったのはなぜでしょうか。作曲家と演奏家の分業が進んだことが理由の1つ。自由に即興する部分だからと、何でも好き勝手に弾いて良いわけではなく、それぞれの協奏曲に合うカデンツァでなければなりません。曲中の主要主題やその一部(動機)を展開しながら、自分が持つ高度なテクニックと豊かな音楽性を示すことができる個性的なカデンツァを作るなんて、作曲の素人には難し過ぎます。

さらに大きな理由は、作曲家が自分の作品の創作を、たとえ一部でも他人に委ねることをきらうようになったこと。曲に合わないカデンツァを付けて弾かれたら、作品の統一感が無くなりますし、全体のバランスも崩れてしまいます。リスクを回避するために、作曲家が自分で作品を完成させるようになったのです。実は古典派のベートーヴェンも、最後のピアノ協奏曲に、カデンツァは入れずに楽譜どおりに弾けと書き込んでいます。彼も、自分で全てをコントロールした協奏曲を作りたくなったのでしょう。モーツァルトが、亡くなる年に作ったクラリネット協奏曲のどの楽章にもカデンツァを置かなかったのも、同じ理由からかもしれません。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の序奏のように、本来の場所ではないものの、ソリストのみが技巧的で装飾的な演奏を繰り広げる部分もカデンツァと呼ばれます。協奏曲以外でも同様。《くるみ割り人形》の中の《花のワルツ》序奏の最後、ロマンティックなハープ・ソロもカデンツァです。

03. 4月 2013 · (127) ロマン派の協奏曲:なぜすぐソロが加わるか はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

今回の定期で演奏するチャイコフスキーのピアノ協奏曲を、前々回の定演で取り上げたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と比べてみましょう。独奏楽器以外の相違点は? 最初に気づくのは、チャイコフスキーではホルンのイントロの後、5小節目からピアノが大活躍を始めることではないでしょうか。ベートーヴェンでは、ヴァイオリンが登場するまで延々待たされたのに。

協奏曲で使われるソナタ形式は、二重提示が特徴でしたね((73) 協奏曲のソナタ形式参照)。古典派を代表する作曲家ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、ソロ楽器が加わる前にオーケストラだけで演奏される第1提示部と、ソリストも加わって演奏される第2提示部を持つ、この基本タイプ。

でもロマン派になると、チャイコフスキーのように「お待たせしない」タイプが増えます。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲やグリーグのピアノ協奏曲、以前、聖フィルで演奏したメンデルスゾーンのピアノ協奏曲やブルッフのヴァイオリン協奏曲も、独奏楽器がすぐに加わりました。この変化の理由は明らか。待ちきれないから。

前座(第1提示部)をなるべくコンパクトに作るにしても、2つの主題を提示してハイおしまいというわけにはいきません。主題は1回提示するより繰り返した方が印象に残るし(主題の「確保」と言います)、2つの主題をつなぐ「経過部」や提示部を締めくくる「コデッタ」も必要。これら、最低限のパーツを提示するだけでも、それなりの時間が必要です。

しかも、ほとんどのパーツは真打ち登場後の第2提示部で繰り返されます。ソロ楽器の魅力を示すための新しい旋律が加わり、今度は第2主題以降が新しい調で提示されるものの、主調が長調の場合は転調先も長調。コントラストはそれほどはっきりしません。さらに、これらの各パーツは再現部で再々登場するのです。同じようなことを何度も繰り返さなくても、真打ち登場の第2提示部からで十分、前座部分は端折ろう!と考えるのは、ごく自然な流れ。こうして、たくさんの「お待たせしない」協奏曲が作られました。

表1:主調が長調のときの協奏ソナタ形式(ソナタ形式との比較)(73) 表1再録

表1((73) 表1再録):主調が長調のときの協奏ソナタ形式(ソナタ形式との比較)

表1のように、第1提示部が省略されると、協奏(風)ソナタ形式は普通の(?!)ソナタ形式に逆戻り。チャイコフスキーのピアノ協奏曲は、交響曲と同じソナタ形式で作られています。もちろんロマン派の時代でも、ショパンのピアノ協奏曲や、聖フィルで取り上げたドヴォルジャークのチェロ協奏曲のように、第1提示部を持つ協奏(風)ソナタ形式で作られる場合もあります。

あれれ、古典派の協奏曲の中にもソロ楽器がすぐに加わるものがあるよと気づかれた方、鋭い! ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番はピアノ独奏で始まりますし、第5番(《皇帝》)も、オケの主和音の後、すぐにピアノの華やかなアルペジオ(分散和音)が入ります。モーツァルトにも、オーケストラとピアノの対話で始まる K. 271(《ジュノム》)がありますね。でも、これらは二重提示1。冒頭からソロが加わるものの、その後にオケだけの第1提示部が続きます。秩序やバランスが尊重された古典派時代には、反復も楽曲構成上の大事な要素でした。

  1. 2主題が2回ずつ提示されることを二重提示と言う場合もありますが、ここでは、オーケストラだけの第1提示部と独奏楽器が加わった第2提示部を持つことを二重提示として書いています。
14. 2月 2013 · (120) チャイコフスキ―のピアノ協奏曲はなぜ変ロ短調か はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

告白しますが、私、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の調性がなぜ変ロ短調なのか、つい最近までず〜っと悩んでいました。ホルンのユニゾンによるオープニングは確かに変ロ短調。でも、ピアノの分厚い和音「じゃん! じゃん!! じゃん!!!」にのせて、ヴァイオリンとチェロが朗々と、モルト・マエストーソ(非常に堂々と)の旋律(譜例1)を奏でる部分、どう考えても短調ではありませんよね。変ロ短調の平行調((77) 近い調、遠い調参照)、変ニ長調です。ソナタ形式で作られた曲の調性って、序奏ではなく主部の調で決まるのに、どうして変ロ短調なの?

4月の第8回定期演奏会のためにこの曲を練習してみて、ようやく謎が解けました。ものすごく印象的なため、第1主題と思い込んでいたこのマエストーソ旋律、再現されないのです。ピアノが「じゃじゃん! じゃじゃん!! じゃじゃん!!!」と付点リズムの和音を添える部分は、冒頭の「じゃん! じゃん!! じゃん!!!」部分の繰り返し。まだ序奏の続きです。

主部、すなわち提示部は、4拍子アレグロ・コン・スピリト(快速に、生気に満ちて)に変わったところから。3連符の3つ目が休みの「たらっ、たらっ、たらっ、たらっ」のリズムでピアノによって示される第1主題(ウクライナの盲目の歌手の歌)は変ロ短調で、これがこの協奏曲の主調になります。

でもチャイコフスキー、わざと勘違いさせるように作っています。序奏部は通常、主部よりも遅いことが多いのに、この曲では主部だけでなく序奏部もアレグロ。まあ、序奏部ではアレグロの後に「ノン・トロッポ(あまりはなはだしくなく)」と続くし、音楽の雰囲気も重いのですが、主部とのテンポのコントラストが小さいため、境い目がはっきり感じられません。それに、序奏部が長い。小節数で楽章全体の1/6近くを占めます。しかもその存在感! 重厚かつピアニスティックな独奏パートには(ミニ・)カデンツァまで置かれて、まだ導入部分であることを忘れてしまいます。

それにしても、第1主題の印象を薄くしてしまうほど圧倒的なマエストーソ旋律、第1楽章の冒頭だけなんてもったいなーい! と思ったら、この序奏主題の「痕跡」が、他の部分に残されているとも考えられるのですね。「痕跡」のうちの1つは、激しいロンド主題が躍動する終楽章の中の、おおらかで叙情的な旋律(譜例2)1。序奏主題と類似性が見られるというのです。

譜例1と譜例2の旋律、似ているでしょうか。共通点と言えば、どちらも3拍子であることと、8分音符が目立つことくらい。旋律の作りや輪郭は、特に似ていませんよね。でも、旋律の性格、つまり滔々と流れる雄大な感じは共通しています。印象的な譜例1の序奏主題、そのままの形では戻って来ないものの、譜例2のように形を変えて終楽章に回帰するという解釈、なるほどと納得させられました。この旋律は最後に変ロ長調で勝利の凱歌のように歌い上げられ、クライマックスを形成するのです。

introT1

譜例1:チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 序奏主題

finalT1

譜例2:同上 終楽章 叙情的な主題

  1. Wiley, Roland John, “Tchaikovsky” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25. Macmillan, 2001, p. 150。彼はその他に、構造(その後の主題も導入部を備えていること)と、調(全楽章を通じて、叙情的な主題は同じ変ニ長調で現れる)への「痕跡」をあげています。
21. 3月 2012 · (73) 協奏曲のソナタ形式 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の最初って、とてもユニークですよね。ティンパニの、主音レのトントントントンに続いて、オーボエ、クラリネット、ファゴットが、静かに優しく第1主題を奏でます。このピアノ&ドルチェ(&木管)は、普通は「ようこそ」の第2主題のために、取っておかれる組み合わせ((72)参照)1。ベートーヴェンさん、定型から微妙にはずして始めましたが、続きはどうでしょうか。今回はソナタ形式の考え方シリーズ ③ として、この第1楽章を例に、協奏曲のソナタ形式について説明します。

古典派の協奏曲も交響曲も、ソナタ形式の本質は変わりません。提示部・展開部・再現部の3部分構成。2つの主題が提示され、再現されます。転調する先も同じ。この協奏曲はニ長調(レから始まる明るい感じの調。ファとドに♯)ですから、5度上のイ長調(ラから始まる明るい感じの調。ファとドとソに♯)に転調し、またニ長調に戻って終わるはずです。

ただ、提示部に違いがあります。古典派の協奏曲は通常、まずオーケストラだけが始めて大切な素材をひと通り提示し、その後ソロが加わって、もう一度最初からやり直しします。協奏曲に使われるソナタ形式(協奏ソナタ形式、あるいは協奏風ソナタ形式と呼ばれます)は、この二重提示が特徴。初めから2つありますから、交響曲のように提示部を繰り返す必要はありません。

第1主題と第2主題は、両方の提示部で提示されます。ポイントは第2主題。オーケストラだけで演奏する第1提示部ではそのまま主調で提示され、ソリストが加わった後の第2提示部で初めて、転調した調で提示されます(表1参照)。第2提示部は主調で始めるのがお約束。その前に転調してしまうと、主調に戻すために第1提示部が長くなってしまうのです。協奏曲の第1提示部はいわば前座ですから、コンパクトな方がベター(この部分を序奏とみなす解説もあります)。

表1:主調が長調のときの協奏ソナタ形式(ソナタ形式との比較)

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の第1楽章を、この協奏ソナタ形式の図式と比べてみましょう。第1提示部の第1主題と第2主題は、両方とも主調のニ長調。(72)の譜例1は、この第1提示部をスキャンしたものでした。独奏ヴァイオリンが加わり、ニ長調の第1主題を、1オクターヴ高い音域で装飾を加えながら演奏します。クラリネットとファゴットが 第2主題を演奏するときは、さきほどのファ♯ソラではなく、ド♯レミと始まります(スコアでは、クラリネットはA管、ファゴットはテノール記号なのでちょっと混乱しますが、約束どおりイ長調に転調しています)。

展開部の後、第1主題の「ただいま」はニ長調に戻り、独奏ヴァイオリンも含めた全奏(トゥッティ)のフォルティッシモで再現されます。本来の第1主題の提示の仕方です。第2主題は、再びクラリネットとファゴットが、第1提示部と同じファ♯ソラのニ長調で再現。カデンツァ(ソリストが、伴奏無しで本来は即興で演奏する部分)の後、第2主題も使いながら楽章が締めくくられます。主題間のコントラストは弱く、驚かされる和音や調があちこちで使われているものの、ベートーヴェンは(珍しく)2つの主題を、全て規則どおりの調で提示&再現しています2

もちろん、提示部や再現部は、2つの主題だけで構成されるわけではありません。多くの協奏曲では第2提示部に、ソリストの技巧や音楽性を見せるための新しい旋律が加わります。弾いていても聴いていても、いろいろな要素が気になるのは当然。でも、慣れるまでは最も大切な2つの主題に集中し、出るべき調で出ているかを意識することをお薦めします。

また、反復記号が使われない協奏曲では、展開部の開始部分を見つけるのは難しいですよね。いつの間にか雰囲気が変わっていたと感じられれば、十分です。ちなみにこの曲の展開部は、イ長調から、フェイントでいきなり遠いヘ長調に転じる224小節(練習番号E)から。提示部で使われた素材が、めまぐるしい転調とともに展開されます。

  1. ベートーヴェンはピアノ協奏曲第1番の第1楽章も、静かに始めています。
  2. ベートーヴェンはピアノ協奏曲の第1楽章では、1番から5番までの全てにおいて、本来の調からどこかはずしてあります。19世紀にはこのように、ソナタ形式の基本形が様々に変形されます。
14. 3月 2012 · (72) 第2主題は「ようこそ」の気持ちで はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

ソナタ形式ってなんだか偉そうに聞こえますが、(66) 再現部は「ただいま」の気持ちでで書いたように、実はとてもシンプル。提示部・展開部・再現部の3部分構成です。序奏部が付いても良いし、ベートーヴェン以降は最後にコーダが加わって4部分に。大切なのは、調のコントラストでしたね。始まりの調(主調)から5度上(あるいは3度上)の調に転調し、主調に戻って終わります。

ソナタ形式の考え方シリーズ②は、主題について。通常、第1主題と第2主題の2つが使われます。提示部は2主題が提示される部分、再現部は2主題が再現される部分です。主題と調の関係を、表1にあげます。

図1:ソナタ形式

表1:ソナタ形式

もともと、ソナタ形式で重要なのは調のコントラストでしたから、主題は1つでも構いませんでした。でも、転調した先で新しい旋律が出ると、冒頭とのコントラストが際立ち、弾く楽しみや聴く楽しみが増えます。その新しさを強調するため、第2主題は多くの場合、冒頭の第1主題と対照的に作られました。

たとえば、強弱(フォルテ ⇔ ピアノ)、音型(細かく忙しく ⇔ ゆったりと)、表情(堂々と ⇔ やさしく)、アーティキュレーション(スタッカートでするどく ⇔ スラーでレガートに)、楽器編成(オーケストラ全体 ⇔ ソロや1種類の楽器)、音域などを変えられますね。前回、提示部を「よろしくお願いします!」と書いたのは、第1主題はたいてい、オーケストラ全体がフォルテで弾くように指定されているため。一方、第2主題は、少数の楽器が受け持つことが多いので、それ以外の人は「ようこそ」と迎えてあげてください1

展開部を経て再現部。提示部と異なり、ここでは第1主題だけではなく第2主題も、主調で再現されます2。ソナタ形式の基本はこれだけ。弾きながら以下の4つを意識できれば、あなたはもう、ソナタ形式のエキスパート!

      • 提示部第1主題:「よろしく」
      • 提示部第2主題:「ようこそ」(転調しているので、臨時記号付き)
      • 再現部第1主題:「ただいま」
      • 再現部第2主題:「ようこそ」(今度は主調)

古典派の器楽曲の第1楽章は、ほとんどこのパターン。ソナタ形式を覚えると、交響曲やソナタを聴いたり弾いたりするのが、とても楽に、また楽しくなります。この先どうなるのか、だいたい予想できるからです。第1主題が主調で戻って来たら、「ただいま」「おかえり」の再現部。折り返し地点を過ぎ、終点が見えて来ます。作曲家たちが作りやすいパターンは、奏者や聴衆にもわかりやすいパターンなのです。

さらに、この基本パターンを覚えると、それからはずれた部分にも気づくようになります。たとえば、今回取り上げるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。譜例1を見ると、2つの主題は、どちらも二分音符と四分音符を中心に、上がって降りるラインを描いています。しかも、どちらも最初は、フルート以外の木管によって弱音でなめらかに提示されます。つまり、どちらも「ようこそ」的で、主題間のコントラストはあまり感じられません。ベートーヴェンは、当時の人々が期待したソナタ形式の基本パターンを、微妙に避けていますね。次回は、この協奏曲のソナタ形式について、もう少し詳しく見てみましょう。

譜例1:ベートーヴェン作曲ヴァイオリン協奏曲第1楽章の2つの主題(主調部分、冒頭4小節)

  1. 以前は、第1主題が「男性的」、第2主題は「女性的」と形容されることが多かったのですが、最近はあまり言わなくなりました。
  2. 再現部の第2主題が主調で再現されない形(表1中の*)については、改めて書きます。
11. 10月 2011 · (50) 藤森亮一先生 特別インタビュー はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

白いチェロ・ケースとともに、聖フィルとの2回目の練習に颯爽と現われた藤森先生。聖光学院弦楽オーケストラ部の生徒さんたちが見守る中で行われた、ドボコンの合わせのみならず、なんとその後、《未完成》の練習にもつきあってくださいました。1列目で静かに穏やかにチェロを弾かれただけなのに、その圧倒的存在感安定感安心感!

ずうずうしくも練習後のインタビューをお願いしたところ、快く受けてくださいました。学校の食堂で、団員からの質問を交えながらお話を伺っていたら、途中で食堂を閉める時間になり、最後は立ち話に。藤森先生、お疲れのところ本当に申しわけありませんでした1

——最初に、共演させていただくドボコンについて伺います。この曲の魅力は何でしょうか?

藤森亮一先生(以下敬称略) ソロはもちろんですが、なんと言ってもオーケストラのパートが充実していて、弾きごたえがあることです。その分、ソロにかぶりやすいので(オケとソロの)バランスが難しいのですが、(聖フィルでは)マエストロがうまく整理をしてくださるので、弾きやすいですね。チェロはふくよかな音色を持ち、音域も広い機能的な楽器ですが、音の通りが良くない。ソロを弾くときはそのへんを考えて、たとえ p と指示されていても実際には f で弾くこともあります。

——ドボコンのここが好きというところは?

藤森 (間髪入れず)ホルン! 1楽章(第1提示部)第2主題や、2楽章の3本のハーモニーなど、素晴らしいですね。独奏チェロでは、旋律と伴奏の分担を交代したりするオーケストラとの絡みが好きです。

——逆に、ここが難しいというところは?

藤森 音楽的に弾こうとすることから生まれる難しさがあります。楽器の都合で、ソロはイン・テンポで弾くのがとても難しいけれど、間を空けずにすっと続く方が音楽的だという箇所ですね。たとえば3楽章の185小節。オケは前の小節でクレッシェンドしてそのまま入りたいのに、ソロに跳躍があるのです(ソリストとオケ奏者と両方なさる藤森先生ならではのコメントです)。

——先ほどの《未完成》は、ずいぶん控えめにお弾きになっている感じでしたが。

藤森 いえ、あれでもいつもより大きめに弾きました。特に1楽章のオープニングは、本当はもっと静かです。

——N響やいろいろな室内楽でお忙しい毎日ですが、どのように練習なさるのですか?

藤森 オケで難しい新曲を演奏するときなどは、予め楽譜を見てどの部分の練習がどれくらい必要かを見きわめ、本番から逆算してさらいます。朝、N響の練習場へ早めに行って、練習することもあります。複数のプログラムを平行して準備しなければならないことが多いのですが、難しいものが2つ続いていても、どうしても差し迫った方が気になってしまって。実は、来週のメシアン(N響定期のトゥランガリラ交響曲)の後に、プレヴィンが作曲したトリオの日本初演(ピアノは作曲者本人)が控えていて、準備が大変です……。

——貴重なお時間を、本当にありがとうございます。次に、楽器について伺います。ラ・クァルティーナ演奏会ではストラディヴァリウスをお使いでしたね。

藤森 あれは日本音楽財団に返してしまったので、楽器は1台だけです。弓は折れたのを使っています(通りかかったコンミスさんが「藤森先生、よく弓を折られるんですよ。」えーっ?!!)。ケースに入れている2本とも、弾いている時に折れました。20年くらい使い慣れて気に入っている方は、先が飛んじゃった。くさびでつないだけれど、やはりちょっと調子が良くない。もう1本はまっ二つに折れたわけではなかったので、にかわで着けてひもを巻いて使っています。2本の弓を、用途によって使い分けるということはありません。弦は切れるまでそのままですが、室内楽やオケで1日10時間くらい弾くことも多いので、頻繁に切れてしまいます。弓の毛もすぐにすり減ってしまうので、2本の弓を毎月毛替えしてもらっています。使っている弦はごくスタンダードに、上2本がラーセン、下2本はスピロコアのタングステン巻です(企業秘密を教えてくださってありがとうございます!)。

——チェロを始める前の音楽経験は?

藤森 3歳の時にピアノを習わせてみたけれど、椅子に座ると泣いて固まってしまうのでやめたそうです(自分では覚えていません)。その後は学校で習う音楽だけでしたが、中学校の音楽教師だった父が、家で歌ったりクラシックのレコードをかけたりするのを聞きながら育ちました。

——11歳でチェロを始められたきっかけは?

藤森 これもはっきりは覚えていないのですが、学研の月刊誌「学習」に、パブロ・カザルスの伝記が載っていたんですよ。それと、家にあったチェロのレコードを聴いて、これはいいなと思ったからでしょうか。小学校5年生の終わりにチェロをやりたいと自分から頼み、6年生からやらせてもらいました(下線筆者)。

——練習をさぼることはありませんでしたか? 他にもやりたいことがたくさんある時期だと思いますが。

藤森 練習がいやということは全然無かったですね。もちろん遊びたかったけれど、音楽が好きだったので。ただ、中学1年から毎週、京都から東京までレッスンに通ったため、吹奏楽部に入部できませんでした。いろいろな楽器をやりたかったのですが(やはり、本人が上手くなりたいと思わないとだめなんですね。子どもに楽器を習わせている親としてため息……。気をとり直して)。

——カラオケがお好きと伺ったのですが、レパートリーは?

藤森 チェロを始めるまでテレビっ子でしたので、歌謡曲(なつかしい言葉!)を毎日聞いて、歌ったり踊ったりしていました。郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹の新御三家や、山口百恵、桜田淳子の時代で、今も車の中で聞いています。カラオケで歌うのはサザンの桑田さんとかチューブの前田さんなど。女子で好きなのは今井美樹さん。

——体調管理のために注意されていることは何ですか?

藤森 チェロを習い始めるまで運動していました。剣道は段を持っていますし、水泳もかなり速いですよ(すごい! だから、スリムなのに筋肉質でたくましい体型なのですね)。今は、オケでチェロを弾くことが運動みたいなものです。それと、肉ばかりではなく野菜を食べるとか、1日30品目など種類を多く食べるようにするとか、食事に気をつかっています。

——最後に、アマ奏者である聖フィル・メンバーに、何かアドヴァイスをお願いします。

藤森 (かなりお考えになったあげく)練習の始めに必ず弾くルーティンを作ったら良いと思います。長いものでなく、たとえば30秒くらいでも。バッター・ボックスに入る時などに、毎回同じことをする野球選手がいますよね。私も、楽器を出すたびにする、自分の調弦法と最初に必ず弾くスケールのルーティンがあります。全部で1分くらいですが、楽器をひととおり動かしてみるのです(次の合わせの前や、本番前にも弾かれるそうです。みなさん、注目!)。チェロはケースから出すだけでも面倒ですが、忙しくて練習するのが難しいときも、ケースを開けて30秒のルーティンを毎日弾くだけで違うと思います。そういうつきあい方をしてみたらいかがでしょうか。

練習中は寡黙で近寄り難い方かと思ったのですが、とても気さくにあれこれ教えてくださった藤森先生。お忙しい中、インタビューにお答えくださいまして、本当にありがとうございました。弦楽器のプロでいらっしゃるのに、歌謡曲やカラオケがお好きという意外な一面(音楽学関係者でも、カラオケ好きは聞いたことがありません)のほかに、録音用の古いデジカメをさりげなくチェックなさるなど、ラ・クァルティーナ演奏会のプログラムに書かれていた「メカ好き」の一面も、垣間見ることができました。

今回のインタビューで最も印象に残ったのは、藤森先生が聖フィル・メンバーのためのアドヴァイスを、時間をかけて考えてくださったこと。プロの音楽家はアマとは異なった次元にいるのですから、アマのためのアドヴァイスは答えに窮する質問だったのですね。しかし先生は通り一遍の答えではなく、私たちのためになることを一生懸命に探してくださいました。その誠実さは、先生が作るドボコンの音楽にも現れています。

演奏会まで残すところわずかですが、私たち聖フィルは、藤森先生の音楽を受けとめ、それに応える準備を整えておかなければと改めて思いました。

  1. このコラム執筆のためにお世話になった方々に、お礼申し上げます。たくさんの質問に答えてくださった藤森先生、原稿チェックや連絡のためにお世話になった sonorous Ryoichi Fujimori Official Website さん(http://www.vc-fujimori.jp/ 本文中のコンサート情報もこちらからご覧いただけます)、情報を提供してくださった chezUedさん、どうもありがとうございました。質問の順番は変えているのもあります。
20. 7月 2011 · (38) ドボコンを読み解く試み その2 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

(36) ドボコンに込められた想いを読み解くを読んだ方から、初演で指揮したドヴォルジャークは、引用について楽団員に明かしたのだろうかと尋ねられました。プライベートな「裏事情」がこれほど知れ渡ってしまったのはなぜ? ドヴォルジャークのヨゼフィーナへの初恋や、《ひとりにして》が彼女のお気に入りだったことは、実は家族から聞き取りをもとにシュウレクが1954年に書いた伝記が源だそうです1

ドボコン第2楽章と第3楽章における《ひとりにして》の引用について、もう少し考えてみたいと思います。

「病気で臥せっている、寂しい」というヨゼフィーナの手紙(1894年11月26日付)を受け取ってから、第1楽章を完成させ(12月12日)第2楽章に取りかかるまで、ドヴォルジャークは引用について考える時間が十分あったはずです。第2楽章での《ひとりにして》は、molto espressivo と指示された独奏チェロによる引用も、独奏チェロが装飾を加えながら木管楽器とともに繰り返す2度目の引用も、全体の中にごく自然に溶け込んでいます2

一方第3楽章の引用は、コーダ(=結尾部)改訂の際に加えられました。ヨゼフィーナが亡くなったのが1895年5月27日で、改訂が終わったのは6月6日。このため、改訂はしばしばヨゼフィーナの死がきっかけと説明されます。

しかし Smaczny(この名前の発音がわからなくて、カタカナ書きに出来ません……)は、いずれにしろコーダを書き直す必要があったと述べています3。第1楽章の堂々とした第1提示部(独奏チェロが加わるまでの部分)がポイントであるこの協奏曲に、初稿の40小節のコーダはものたりなく感じられたはずだからです。改訂後のコーダは95小節。この拡大のおかげで終楽章は、先立つ2つの楽章の規模と荘重さにふさわしく締めくくられています。

コーダにおける第1楽章第1主題の引用と、独奏ヴァイオリンによる《ひとりにして》長調版の引用はわかりやすいのですが、その後に、この2つを組み合わせた引用があることをご存知ですか。《ひとりにして》の旋律は、冒頭のオクターヴ跳躍を除くと、どんどん下降していきます(譜例1参照)。したがって、485小節目から独奏チェロが奏でる下降の音型も、《ひとりにして》の変形とみなすことができますし、これを支える弦楽器の音型は、第1楽章第1主題の変形ですね(譜例2参照)4

譜例1 第3楽章469小節アウフタクト〜

譜例1 第3楽章コーダ《ひとりにして》の引用(469小節アウフタクト〜)

譜例2 第3楽章485小節〜

譜例2 第3楽章コーダ、第1楽章第1主題と《ひとりにして》を組み合わせた回想(485小節〜)

カザルスが「最後の呼吸の瞬間––英雄の死の描写」と解釈したという、独奏チェロの動き(492小節、譜例2の x )が ppで締めくくられた後、アンダンテ・マエストーソ ff の中でトロンボーンが奏でるのは、第3楽章主題の拡大型5。アレグロ・ヴィーヴォでファースト・ヴァイオリンが奏でるのは同じく縮小型です。終楽章のコーダで来し方を振り返る、循環形式によるみごとな結末です。

ドヴォルジャークが、この曲の委嘱者であるヴィハンが終楽章用に書いたカデンツァを強く拒否したというエピソードも、ヨゼフィーナへの想いと結びつける解説書が多いようですが、練りに練った構成を崩されたくなかったからと考えるべきでしょう。プライベートな要素もさりげなく折り込みつつ、それを普遍化するのに成功しているところも、ドボコンが名曲とされる所以ではないでしょうか。

  1. Šourek, Otakar. Život a dílo Antonín Dvořáka (The Life and Works of Antonín Dvořak), vol. 1: 1841-1877 (Prague, 1954).
  2. 第2楽章の引用について、(36)のコラムで、ドヴォルジャークがより率直な第5連の意味を念頭においたのではないかと書いたのは、これら2回の引用の性格があまりに異なるため、普通であれば当然であるはずの1回目の引用が第2連、2回目が第5連の意味を暗示するとは考えにくいと思うからです。
  3. Smaczny, Dvořák: Cello Concerto, Cambridge Univ. Press, 1999, pp. 40-41. 彼は、ドヴォルジャークが完全に音楽的な理由から(つまりヨゼフィーナの死とは無関係に)コーダの改訂を考えていた可能性もあると指摘しています。
  4. この2つの旋律を組み合わせた部分を、Smaczny は「もしもヨゼフィーナへの愛が受け入れられていた場合のドヴォルジャークの人生を想像させる」と評しています(同書 p. 83)が、私にはちょっと飛躍し過ぎのように思われます。この部分は、ヴァイオリン独奏による引用が与える特別な印象を、和らげていますね。
  5. 同書 p. 84.
06. 7月 2011 · (36) ドボコンに込められた想いを読み解く はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

ドヴォルジャークのチェロ協奏曲(以下ドボコン)には、彼の歌曲《ひとりにして》が使われています。アメリカで、妻アンナの姉ヨゼフィーナが重病と聞いた彼は、ドボコン第2楽章の中でヨゼフィーナが好きだった《ひとりにして》の旋律を引用しました1。これを奏でる独奏チェロは、molto espressivo(非常に表情豊かに)と指示されています(譜例1参照)。

第2楽章43小節目アウフタクトから独奏チェロ

譜例1 第2楽章 43小節目アウフタクト〜

ヨゼフィーナが1895年5月に亡くなった後、彼は第3楽章コーダを変更。ここでも《ひとりにして》を引用するように書き直しました。ドヴォルジャークは若い頃、女優の卵だったヨゼフィーナに片思いしていたのだそうです。ドボコン解説でよく紹介されるエピソードです。

“Lasst mich allein” というタイトルは、確かに「私をひとりにして」という意味ですが、いったいどんな歌曲なのだろうかと、以前から不思議に思っていました。まさか、好きだとうちあける男の人に対して、放っておいてと拒絶する女性の心情を歌った曲ではないですよね(もしもそんな内容だったとしたら、それを引用するなんてドヴォルジャーク、自虐的過ぎますから)。というわけで、この歌曲について調べてみました。

《ひとりにして》は、1887年末からわずか2週間ほどで作曲された『4つの歌』op. 82 (B. 157) の第1曲。女流詩人オティリエ・マリブロック=シュティーレルによるドイツ語の詩(各4行5連)には、彼を想い焦がれる乙女心が描かれています(下に全訳をあげました)2。「ひとりにして」欲しいのは、「彼の面影を夢に見られるように、彼の面影と共にいられるように」という理由でした。納得!

ドヴォルジャークは最後の第5連を繰り返すことで前半3連、後半3連の構成にし、かなり抑制のきいた音楽を付けています。人知れず燃える想いを象徴するような、静かな分散和音の短い前奏に導かれて、第1連はsotto voceで(声をひそめて)歌い出されます。次第にクレッシェンドして高揚しますが、すぐに引いていきます。

冒頭よりさらに静かな pp で第2連が始まります(pp でこのオクターヴ跳躍を歌うのは、すごく難しそうですね)。前半の旋律は、第1連と同じ。ただ、ロ長調だった第1連に対し、第2連はロ短調です。後半は少しずつ音高も音量も上がり、ff の最高音で歌われる「allein」が前半のクライマックスになります。第3連の旋律線も、それまでと同様に順次進行を多用しながらゆるやかな弧を描き、最後は瞑想するように lasst mich allein を3回繰り返しながら ppp まで静まって一段落。後半3連は、前半3連と同じ音楽で歌われ、まるで祈るようなピアノの後奏が、静かな余韻を残します。

ドボコン第2楽章で引用されるのは、短調に転じた第2連前半の旋律です3。ここで歌われている歌詞は:

私をひとりにしておいて! あなたたちの騒々しい言葉で
私の胸のうちの平安を乱さないで

ふむふむ……。同じ旋律が使われる第5連の歌詞は(譜例2参照):

私をひとりで夢見させたままにして!
彼は私を愛していると言ったのよ! 深い静けさを私に残したままにしておいて

こちらかな。ドヴォルジャークは昔好きだった女性と、彼女が好きだった曲の中の主人公をオーバーラップさせ、他の人にはわからない彼女の熱烈な愛の独白を、独奏チェロで再現させたのではないでしょうか(作曲家の特権ですね)4

《一人にして》39小節アウフタクトから

譜例2 《ひとりにして》39小節アウフタクト〜(クリックすると拡大します)

一方、彼女の死後に書き直した第3楽章コーダでは、第1節(第4節)の長調の旋律が引用されます(468小節〜)。「私にひとりで夢を見させて」という歌曲の冒頭部分を、ヨゼフィーナの言葉としてもう一度思い起こしているのでしょう。ヴァイオリンの独奏にしたのは、「ひとりで」を象徴するためですよね5

チェコ語で歌われた《ひとりにして》、しみじみ素敵です6。ヨゼフィーナを失った悲しみ、彼女の友情に対する感謝、思い出をドボコンに織り込んた小さな喜びなど、ドヴォルジャークの様々な想いを想像してしまいます。

ひとりにして Lasst mich allein

Op. 82 (B. 157), no. 1(Malybrok-Stieler 詩、nyanKo.iwa 訳)

私にたったひとりで夢を見させて、
私の心の恍惚を妨げないで、
私が彼を見てからというもの心に満ちている
すべての幸せ、苦しみをそのまま放っておいて!

私をひとりにしておいて!
私がどこにいても彼の姿を見、彼の声を聞けるように
あなたたちの騒々しい言葉でこの胸の平安を乱さないで!
私を光り輝く彼の面影と二人っきりにしておいて!

私の心を満たす魔法について、訊かないで!
彼の愛、ただ私だけ、私ひとりだけに向けられた愛のおかげで
私が感じているこの上ない幸せは
あなたたちにはどうせわからない。

焼け付くような苦しみ、燃え盛る魅力の
重荷と共に、私を置き去りにして、
そして私の哀れな心よ、あなたをあなたたちに押しつぶして欲しい。
私の心よ、あなたはひとりぼっちで、愛する人から受け取ったものを耐えるのよ。

私をひとりにして、夢を見させておいて!
彼は私を愛していると言ったのよ! この言葉が私にもたらした深い静けさを、
言葉と切り離して私に残したままにしておいて!
憧れのあまり、魂は焦がれ消えゆきそう。

  1. ドヴォルジャークは若い頃、ヴィオラ奏者の収入を補うために2人にピアノを教えていました。
  2. 歌詞を的確に訳してくださった nyanKo.iwa さんに、心から感謝します。
  3. 全音出版のミニチュア・スコアでは、冒頭第1連(長調)の旋律が譜例に使われています。
  4. 追記(2011/07/11):これについては改めて書きたいと思います。
  5. このような個人的な含みを考慮に入れなくても、このコーダ部分は、先の楽章を回想しながら締めくくる循環形式と解釈できます(循環形式については、改めて書きます)。本人も公には「フィナーレはだんだんとディミヌエンドで終わります――第1楽章と第2楽章を思い出しながら」と語っています。
  6. チェコ語版の楽譜は、《孤独な私の魂に》というタイトルで『ドヴォルジャーク声楽作品集』(匂坂恭子編、全音楽譜出版社、1995年)に収められています。
29. 6月 2011 · (35) モーツァルトのホルン協奏曲 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

モーツァルトの協奏曲の中で、鍵盤楽器、ヴァイオリンに次いで多いのは、ホルンのための作品です。1862年のケッヘルの主題目録では、アレグロ2つだけで第2楽章を欠くニ長調が第1番、完成作3つ(いずれも変ホ長調)が2〜4番とナンバリングされました(他に楽章の断片が3つ存在)。しかし現在では、2番→4番→3番→1番の順序で成立したと判明しています1

演奏機会が多い第3番 K.447 は、充実した内容や、特殊な楽器編成(オーボエとホルンの代わりに、クラリネットとファゴットが2本ずつ)から、後期の作品と考えるのが自然です。ところがこの曲は、モーツァルトが1784年2月から亡くなるまで、詳細に書き込んでいた全自作品目録((23) 意外に几帳面だった(!?)モーツァルト参照)に、記入されていません。そのためケッヘルは、目録を書き始める直前の作品と考え、1783年5月27日の日付入りの自筆譜が残る第2番 K.417 の次にしました。

近年、モーツァルトの筆跡研究から1787年成立説が浮上し、それが五線紙の研究によって裏付けられました。この曲の自筆譜と同じ五線紙は、1787年に作曲された《ドン・ジョヴァンニ》だけにしか、使われていなかったのです2。様式研究だけで作品の成立年代を推定するのは、危険なことも多いのですが(もしもベートーヴェンの第3番と第4番の交響曲の作曲年代がわからなかったとしたら、普通は、規模が大きく複雑な3番《エロイカ》の方が、後に作られたと思いますよね)、この曲は推定と実際が一致した例です。モーツァルトが目録に記入しなかった理由は、謎のままです3

4曲のホルン協奏曲はいずれも、ザルツブルク宮廷楽団のホルン奏者だったイグナーツ・ロイトゲープのために作曲されたようです(モーツァルトはライトゲープとも綴っています。その後ウィーンに移り、チーズ商をしながら演奏を続けました)。ヴォルフガンクより20歳以上も年上ですが、2人がとても親しかったことが、第2番の自筆譜の「ろば、牡牛、馬鹿のライトゲープを憐れむ」という表題?献呈辞?や、第1番の終楽章スケッチの「静かに……君、ろば君、元気を出して」と始まる長い書き込みから窺えます。

第4番 K.495 の自筆譜にはふざけた書き込みは見られないものの、黒、青、赤、緑のインクが使われています(図1参照)4。校訂者ギーグリングのように、色の使い分けによって細かいニュアンスを伝えようとしたのではないかと考える研究者もいますが……。上から独奏ホルン、ヴァイオリンI、II、ヴィオラ、オーボエI、II(空白は休みの部分)、ホルン(1段でIとII。独奏ホルン用とともに、変ホ調用に記譜)、一番下がチェロ、バスのパート。当時の標準的なスコアの書き方です。

Hr Concerto

図1 モーツァルトの自筆譜(ホルン協奏曲第4番 K. 495 第2楽章ロマンツァ最終ページ)

  1. (33) シューベルトの未完成交響曲たちで、《未完成》交響曲のナンバリングの混乱についてを書いていたとき、ホルン協奏曲のケースが頭に浮かびました。4曲中3曲が同じ調ですから、もしもナンバリングが正しい順番に変更されていたら、とても面倒なことになっていたでしょう。ケッヘルがつけたジャンル別の旧番号が広く知られているために、未だに「モーツァルトの交響曲は41曲」と思われたりする側面はあるものの((14) モーツァルトが作った交響曲はいくつ?参照)、ナンバリングを変更せず、必要な場合は旧番号をかっこに入れて表記するシステムに感謝!です。
  2. 渡辺千栄子「協奏曲」『モーツァルト事典』、東京書籍、1991。
  3. 1797年という、不思議な日付(モーツァルトの死の6年後)が記入された自筆譜が存在する、第1番ニ長調 K.412/514 (386b)も、推定成立年が大きく変わりました。ミステリーのような研究プロセスは、別の機会にご紹介したいと思います。
  4. Mozart Neue Ausgabe sämtlicher Werke 14-5, ed by Giegling, Bärenreiter, 1987, p. XXIII。Ars_longa氏のご協力に感謝します。
21. 3月 2011 · (19) 独り立ちする「交響曲」 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , , ,

17世紀の末に、ウヴェルチュール(フランス風序曲)と対をなすような形でオペラの序曲として誕生した「交響曲」シンフォニーア。オペラやコンサートの開幕を告げる曲にすぎなかった「交響曲」が、ようやく演奏会のメイン・プログラムに昇格する時がやってまいりました。ドイツ人ヴァイオリニストにして目先の利く興行師、ヨハン・ペーター・ザロモン(1745〜1815)がロンドンで行った「ザロモン・コンサート」が、その転換点と考えられます。

ザロモンは、約30年間勤めたエステルハージ家の契約から自由になったハイドンをロンドンに迎え、1791年と翌年に、新作交響曲6曲(93〜98番)を含む彼の作品を中心に据えた、各12回の予約演奏会を開催します。1794年と翌年には、ハイドンの第2期ザロモン交響曲と呼ばれる99〜104番の初演を含む、21回の予約演奏会が行われました。

これらの演奏会は「二部にわかれ、第二部のはじめにハイドンの大序曲、すなわち交響曲が演奏された。この順序は、全部のザロモン演奏会を通じてつねに守られた。これは、遅刻者たちも席に着いて場内がすっかり落ち着いてから、心ゆくまで交響曲を聴かせようという配慮にもとづくものであった」1

メイン・プログラムの一部として真ん中に据えられたとは言え、交響曲は第2部の「序曲」。その後に、独唱や協奏曲が続きます2。しかし、ロンドンの聴衆がハイドンの交響曲を、コンサート最大の呼び物と考えていたのは、第1期最初のザロモン演奏会を報じる新聞記事からも明らかです。

ハイドンによる新しい大序曲(交響曲第96番)は、最大の喝采を浴び(中略)、聴衆は魅了され、満場の希望によって、第2楽章がアンコールされた。つぎに第3楽章をもう一度繰り返すよう熱心に求められた。(後略)3

イギリスでは、庶民も聴くことができる公開コンサートが17世紀末に一般化し、ロンドンはパリと並ぶ音楽の先進地でした。聴衆の耳も、肥えていたことでしょう。会場のハノーヴァー・スクエア・ルーム(1773年〜75年建設)は、800人以上を収容できました4。また、ザロモンが率いたオーケストラは総勢約40名と規模が大きく、表現力も優れていたと思われます。

もちろんハイドンも、聴衆が「ソリストのいない協奏曲」である交響曲を楽しめるように、コンサート・マスターのザロモンを始め、管楽器奏者の独奏をあちこちに織り込んだり、突然の転調やゲネラル・パウゼ、予想を裏切る強弱変化など、ウィットに富む音楽作りを心がけています5。「交響曲を聴きに音楽会へ行く」という発想の大転換は、このような様々な条件が整って初めて可能になったのです。

余談ですが、先の新聞評が示す当時の演奏習慣についても述べておきます。現代の演奏会では、アンコール用の小曲を別に用意するのが慣例ですが、実は、「もう一度」というアンコール(仏語)の語源が示すように、聴衆が気に入ったプログラムの一部を、再び演奏するのが本来の形でした。

ちなみに、聴衆は音楽が気に入ると、曲が終わらなくても拍手することもありました。モーツァルトは父レオポルトに宛てて、《パリ》交響曲初演の際、第1楽章の途中に聴衆のために用意した「しかけ」が、拍手喝采を浴びたと書いています(この「しかけ」がどの部分を指すのかは不明)。後にメンデルスゾーンは、楽章が終わるたびに起こる拍手を嫌って、全楽章が連続して演奏されるヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲を書きましたが、たしかにロマン派の協奏曲の多くは、第1楽章が終わると拍手したくなりますよね。この、楽章間に拍手する習慣は、20世紀になっても残っていたそうです。

  1. 大宮真琴『ハイドン新版』音楽之友社、1981、125ページ。たとえば、聖フィルが第1回定期演奏会で取り上げた、ハイドンの交響曲第100番《軍隊》の初演時のプログラム(1794年第8回ザロモン予約演奏会。3月31日午後8:00開演、ハノーヴァー・スクエア・ルーム)は、以下のとおりでした。

    第1部
    1. 交響曲(プレイエル、1757〜1831)
    2. 男声歌手のアリア
    3. 弦楽四重奏曲(ハイドン)
    4. 女声歌手の独唱
    5. ハープ協奏曲

    第2部
    1. 交響曲《軍隊》(ハイドン)
    2. 男声歌手の独唱
    3. ヴァイオリン協奏曲(ヴィオッティ、1755〜1824)
    4. 女声歌手の独唱

  2. この第1部と第2部を交響曲で始める形は、ベートーヴェンが《運命》交響曲を初演する際も引き継がれます。これについては、また改めて書きます。
  3. 1791年3月12日付けダイアリー紙。大宮、前掲書、126ページ。
  4. 石多正男『交響曲の生涯』東京書籍、2006年、86ページ。
  5. 実はこの「ソリストのいない協奏曲」(独奏楽器群なしの、伴奏楽器群だけによる協奏曲という意味で「リピエノ・コンチェルト」と呼びます)も、交響曲成立への重要な源の1つです。