01. 10月 2014 · (205) 序曲の作り方:グリンカの場合 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

ヴェーバーの《魔弾の射手》のように((41) 涼しくなる(?!)音楽参照)、グリンカの《ルスランとリュドミラ》序曲にもオペラ本体の旋律が使われています。どれがどんな場面からの旋律か、ご存知ですか。

まず、序曲の終盤に出てくる全音音階の下降型。ロシア音楽ではグリンカ以降、悪の力の象徴として使われるのでしたね((123) 《白鳥の湖》の物語を音楽で説明するには?参照)。キエフ大公の娘リュドミラが、騎士ルスランとまさに結婚しようしている第1幕で使われる音型です。父王と別れるのが悲しいとリュドミラがカヴァティーナを歌った後、急にまっ暗に。悪い小人チェルノモールが来て、姫をさらって行くときに鳴り響きます(動画の 0:27 くらいから。上記(123)の譜例2Bの部分)。

次は、のびのびとした序曲の第2主題。これは、第2幕第3場のルスランのアリア(直訳すると「おお荒れ野よ、誰が死者の骨をまき散らしたのか」)の一部。ライバル2人とともに、リュドミラを取りもどしに出かけたルスラン。かつての戦いで打ち捨てられた武具や死者の骨がころがる荒れ地で歌います(第2主題の旋律は、1:27 くらいから)。

最後に、最も印象的な序曲の第1主題。これは、第5幕フィナーレの音楽です。チェルノモールは破ったものの、リュドミラは魔術で眠らされたまま。でも、良い魔法使いフィンがくれた魔法の指輪のおかげで、ルスランは彼女を目覚めさせることができました。めでたしめでたしの場面で、序曲の序奏部を含む第1主題が戻ってきます。オペラの1番最初と1番最後に同じ音楽を置いて、枠組みにしたのですね。フィナーレでは、これを伴奏に大合唱。主旋律は、2分音符と4分音符が主体(序曲冒頭タータタのリズムなど)なので、歌う人たちは速くても平気(動画の2:47くらいから)。

この動画(ゲルギエフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団、1995年)のテンポ、2分音符がおよそ188! 序曲も速いですが(指定された2分音符140を目標に練習している私、呆然)、さらにパワーアップしています。ルスランのアリアもフィナーレの合唱も歌詞がわからないのですが、雰囲気を味わってください。おまけとして、同じ公演の序曲の動画も上げておきますね(始まるのは 2:24 くらいです)。

06. 3月 2013 · (123) 《白鳥の湖》の物語を音楽で説明するには? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

《白鳥の湖》のストーリーを説明するためにチャイコフスキーが用いたのは、登場人物と調性を結びつける((122)「音楽の悪魔」参照)だけではありません。今回は、2つの音型とその意味について書きます。

1つ目は、悪の力を表す音型。譜例1は、組曲の第1曲目《情景》、白鳥の主題の後半。虚しく助けを求めるように少しずつ上行しながら、次第に断片的になっていく主旋律に対して、低音はファ#、ミ、レ、ド、シ♭、ソ#、ファ#と、悲劇に引きずり込むように静かに不気味に下降しています。各音の間はすべて半音2つずつの全音音階。半音が存在しないので、導音から主音(社長秘書と社長。(79) ドレミは階級社会?参照)に解決して落ち着くことができません。特殊な音階です。この全音音階の下行形が、悪の力の象徴1。グリンカ以来のロシア音楽の伝統です。

譜例1:チャイコフスキー《情景》の全音音階

譜例1:チャイコフスキー《白鳥の湖》の全音音階(《情景》)

探してみたら、グリンカのオペラ《ルスランとリュドミラ》序曲で見つけました。皆で一目散に走っているような第1主題と、のびのびとした第2主題がチェロによって再現された後、ファゴットやトロンボーン、低弦が2分音符の下行全音音階を奏しています(譜例2A)。実はこれ、新郎ルスランの目の前で新婦リュドミラがさらわれる場面で使われる、悪い魔法使いチェルノモールの動機の予示(譜例2B)。まさしく悪の力ですね。ボロディンの《イーゴリ公》序曲にも、最後に Animato になる16小節前から、トロンボーンとヴィオラ、チェロのパートに下行全音音階があります。

譜例2:グリンカ《ルスランとリュドミラ》の全音音階(A:序曲、B:第1幕)

譜例2:グリンカ《ルスランとリュドミラ》の全音音階(A:序曲、B:第1幕)

もう1つは、バレエ(および組曲)終曲の「死の動機」。間違いに気づいた王子が絶望するオデットのところに駆けつける冒頭の雄大な旋律は、すぐにオーボエによる白鳥の主題に。アレグロで1拍目を欠いたシンコペーションの伴奏が、アジタート(急き込んで)の雰囲気を作ります。「音楽の悪魔」3全音の和音が併置され、白鳥の主題はだんだん細切れになって切迫。もう1度初めから、白鳥の主題が白鳥の調ロ短調で高らかと奏され、さらに同主調のロ長調に。強拍を3等分する「死の動機」は、ここで登場(譜例3)。幻想序曲《ロメオとジュリエット》の終結部でも、同じリズム型がティンパニによって不気味に奏されます2

同じリズム型は、《白鳥の湖》第2幕第2曲で「悪魔の動機」としても使われました3。トランペットとトロンボーンが唐突に奏する譜例4は、王子とオデットの語らいを邪魔しに来る、フクロウに身を変えた悪魔ロートバルトの象徴です。音型だけではなく、調も悪魔の調へ短調と関係が深いハ長調で始まります(ヘ短調の属音から始まる長調)。

人物や事象、観念と音楽を結びつけてストーリーを表す手法は、ヴァーグナーらのオペラで多用されました。バレエ音楽でもアダンの《ジゼル》(1841初演)やドリーブの《コッペリア》(1870)などに見られ、チャイコフスキーは帝室劇場の図書館からスコアを借りて研究したそうです。交響曲やオペラの手法、フランス・バレエやロシア音楽の伝統なども取り入れ、登場人物の内面を描き出した《白鳥の湖》。でも、残念ながら評判は良くありませんでした。

譜例3:《白鳥の湖》終曲「死の動機」。譜例4:第2幕「悪魔の動機」

譜例3:《白鳥の湖》終曲「死の動機」。譜例4:第2幕「悪魔の動機」

  1. 森垣桂一『音楽之友社ミニチュア・スコア』の解説、x ページ。正確には、調の2番目の音が半音低くなった「ナポリの2度」(この場合はド#→ド)が含まれる下行全音音階が、悪の力の象徴です。譜例1はスコアの xi ページ、譜例3は xvi ページの譜例をもとに作りました。
  2. 森垣氏は幻想序曲《ハムレット》終結部のティンパニ・パートもあげていますが、これは弱拍が3等分されたリズムです。
  3. 小倉重夫「チャイコフスキー《白鳥の湖》」『名曲解説全集5』音楽之友社、1980、189ページ。
14. 4月 2011 · (24) 川畠成道先生のアンコール曲 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , , , ,

第4回聖フィル定期演奏会にご来場くださったみなさま、どうもありがとうございました。お楽しみいただけましたでしょうか。川畠先生のブルッフ、素晴らしかったですね。でも、その後のアンコールも圧巻でした。曲目は、イザイ作曲「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番作品27−3《バラード》」。実は私、「イザイ=有名なヴァイオリニストで難しいヴァイオリン曲を作った人」程度しか知りませんでしたので、さっそく調べてみました。

ベルギー生まれのウジェーヌ・イザイ(1858〜1931)は、《蝶々夫人》を作ったプッチーニと同い年。他にエルガー(イザイより1つ年上で、3年長生きした)、ドビュッシー(4つ下)、リヒャルト・シュトラウス(6つ下)、シベリウス(7つ下)らが同世代です。歌劇場指揮者であった父にヴァイオリンを教わり、その後ヴィェニャフスキ(1835〜80)やヴュータン(1820〜81)に学びました。フランクが最初の結婚のプレゼントとして、ヴァイオリン・ソナタを献呈したことでも有名です(1886)1

イザイの作品では、今回のアンコール曲を含む「6つの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ(1924)」の演奏機会が多いようです。6曲はそれぞれ別の、当時の著名なヴァイオリニストに捧げられました。作曲のきっかけはもちろん、 J. S. バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」。バッハは3曲のソナタを、緩-急-緩-急の4楽章から成る教会ソナタ型に、3曲のパルティータ(この場合は「組曲」の意味)のうちの2曲を、アルマンド-クーラント-サラバンド-ジーグの組曲定型に(有名な第2番のシャコンヌは、これらに続く第5楽章)、残る1曲をガヴォットやメヌエットなどを含むフランス風の組曲に作りました。

イザイはかなり自由に、しかしバッハを強く意識しながら作曲しています。シゲティに捧げられた第1番はグラーヴェ(=緩)で始まりアレグロ(=急)で終わる4楽章構成ですし、クライスラーに捧げられた第4番には、アルマンドとサラバンドが含まれます。ティボーに捧げられた第2番のように、バッハのパルティータ第3番のプレリュードがそのまま引用される曲もありますし、対位法的な書法もあちこちに使われています。

川畠先生が弾かれた第3番《バラード》は、ルーマニア生まれのエネスク(エネスコ)に捧げられました。バラードは、14、15世紀フランスで作られた世俗声楽曲の形式ですが、ロマン派時代、物語に触発された自由な形式の器楽作品も指すようになりました(ショパンの4曲のバラードが代表例です)。

曲は、レチタティーヴォ風にと指示された序奏で静かに始まります。ここでは「ら-し-#ど-#れ-ふぁ-そ」の全音音階が多用され、調性感はあいまいです。古典派モーツァルトとベートーヴェン+ロマン派ブルッフという演奏会のアンコールに、20世紀の響きを持つ曲を選ばれた川畠先生の、絶妙のバランス感覚に感服! 3拍子アレグロの主部に入ると、鋭い付点リズムを含んだ主旋律が、かなり明確なニ短調の主調で現れます。複数の弦を同時に弾く重音奏法が多用されるのみならず、複雑に絡み合った旋律と伴奏の弾き分け(無伴奏ですから、1つのヴァイオリンで両方担当しなければなりません)も要求されます。最後は主旋律の音型も用いながら、次第にテンポを上げていきます。

ソナタの中にバラードを収めることも、その1楽章だけでソナタを構成することも、通常は絶対に有り得ません。しかし、音楽に強い物語性が感じられ、しかもしっかりと完結しているために、イザイの意表をついたネーミング&構成には説得力があります。非常に雄弁な音楽を作り出すことが出来る川畠先生に、ふさわしい曲だと感じました。

余談ですが、寺田寅彦が随筆の中でイザイについて触れていると、団員の chezUe さんが教えてくださいました。著名な地球物理学者であり、漱石門下として多数の随筆を残した寺田寅彦は、ヴァイオリンを弾く音楽好きだったそうです。

バイオリンやセロをひいてよい音を出すのはなかなかむつかしいものである。(中略)たとえばイザイの持っていたバイオリンはブリジが低くて弦が指板にすれすれになっていた、他人が少し強くひこうとすると弦が指板にぶつかって困ったが、イザイはこれでやすやすと驚くべき強大なよい音を出したそうである。(後略)2

  1. ショーソンの《詩曲(ポエム)》などを初演しました。ビルゼ楽団(ベルリン・フィルの前身)のコンサート・マスター(1879〜62)、ブリュッセル音楽院教授(1886〜98)、シンシナティ交響楽団の指揮者(1917〜22)などを務めています。
  2. 小宮豊隆編、寺田寅彦随筆集第3巻より「『手首』の問題」、岩波文庫、1948。このようなわずかな記述を記憶しておられた chezUe さん、さすがですね。