03. 6月 2015 · (239) opus, WoO, Hess:ベートーヴェンの作品番号 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

ベートーヴェンが作曲した4つのトロンボーンのための《3つのエクヴァーレ WoO 30》をご紹介したら((238)「塔の音楽」)、「WoO って何?」「大文字 O と小文字 o の組み合わせはなぜ?」と質問されました。これはドイツ語で「作品番号の無い作品」を意味する Werke ohne Opuszahl の頭文字。英語なら work without opus number です。ドイツ語では、名詞を大文字で書き始めるのでしたね。これもついダブリュー・オー・オーと読みたくなりますが、ドイツ語ですからヴェー・オー・オー。

ベートーヴェンの作品番号で最も良く使われるのは、もちろん op.。 ラテン語で「作品」を意味する opus(オプス、英語読みするとオーパス)の省略形です。出版社が番号をつけるときに使われます。ですから出版順で、必ずしも作曲順ではありません。

ベートーヴェンは、「一貫性をもって作品番号を付けた最初の作曲家」1。主要な作品に自分で番号を付け、出版しました。いくつかの死後出版も含め、op. は138番(序曲《レオノーレ》第1番)まで。op. 1 の 3つのピアノ・トリオ(1795) のように複数の作品を含む番号もあるので、138番までで172曲分。

かなり多くの作品が出版されたベートーヴェンですが、未出版の作品もたくさん! この未出版=「opus 番号の無い作品」用の番号が、WoO 番号。ゲオルク・キンスキー(1882〜1951)が収集した資料をハンス・ハルム(1898〜1965)がまとめて出版した、いわゆるキンスキー=ハルムの『ベートーヴェン主題目録』(1955)で、WoO 1から205まで整理されました。この中には有名な《バガテル》イ短調 WoO 59も。えっ、そんな曲知らないって?! 別名《エリーゼのために》。ピアノ初心者あこがれのこの曲も、生前は出版されませんでした。

この opus と WoO の他に Hess 番号もあります。ヴィリー・ヘス(1906〜97)が1957年に『旧全集に含まれない作品目録』(1957)を出版。キンスキー=ハルムの WoO 番号1〜205と、その補遺 Anh. 1〜18(Anh. については (237) 参照のこと)とは別に、opus 番号の無い作品を整理。断片的な作品も含め、Hess 番号は1〜335まで。他に、疑わしい作品および偽作を収めた補遺が Hess A 1〜66。キンスキー=ハルムの WoO と重複するものは WoO 番号を使いますが、重複しないものは Hess 番号で示します。

opus、WoO、Hess、キンスキー=ハルムの補遺、ヘスの補遺。ベートーヴェンの作品番号、ややこし過ぎ!などと怒っている場合ではありません。目録化してくれた先人たちに感謝!です。

  1. 大村典子「作品番号」『音楽大事典2』平凡社、1982、967ページ。
20. 5月 2015 · (237) BWV Anh. の Anh とは?:バッハの作品番号 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

先日、「モテット《全地よ、主に向かって喜びの声をあげよ》BWV Anh.160」という曲目中の Anh. って何?と質問されました。Anh. は Anhang の略。英語なら appendix。補遺、付録という意味です。いったい何のおまけ?

BWV は、J. S. バッハの作品番号ですね。ビー・ダブリュー・ヴイとつい英語式に読んでしまいますが、ドイツ語の頭文字ですから、本来はベー・ヴェー・ファオと読むべきでしょう。ヴォルフガンク・シュミーダーが1950年(=バッハの没後200年)に出版した、『Bach Werke Verzeichnis(バッハ作品目録)』によります。BWV番号は、バッハ作品の演奏や研究の際に世界中で使われています。

シュミーダーはバッハの数多い作品をジャンル毎にまとめて目録化し、1から1080まで通し番号を付けました。声楽曲から始まります。BWV1〜224:カンタータ、BWV225〜231:モテット、BWV232〜243:ミサ曲とマニフィカト、BWV244〜249:受難曲とオラトリオという具合。器楽曲の最初はオルガン曲で、BWV525〜771。その後(BWV772〜994)にオルガン以外の鍵盤楽器(チェンバロなど)の曲が続くので、ピアノの初〜中級者の必須レパートリーであるインヴェンションには、意外に早い番号(BWV772〜786)が付いていますね。協奏曲や管弦楽曲は、最後の方の BWV1000番代(BWV1046〜51:ブランデンブルク協奏曲、BWV1066〜69:管弦楽組曲)。

作品の中には、帰属がはっきりしないものもあります。シュミーダーは、疑作や断片、楽譜が失われた作品、誤ってバッハ作とされた他人の作品などを Anhang 補遺に整理しました。有名(?!)な例が、BWV Anh.114のメヌエット ト長調。『アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集』に記入され、バッハのメヌエットとして親しまれてきた「レーソラシドレーソッソ」ですが、1979年になって、バッハの友人でドレスデンのオルガニストであったクリスティアン・ペッツォルト(1677〜1733)の作と判明。コラム冒頭のモテットBWV Anh.160 は、バッハとテレマンが作った楽章を集めた曲でした。

バッハ作品目録の1番最後は、彼の未完の大作《フーガの技法》BWV1080だと思っていたら……。1990年に出版された目録の改訂版には、1950年以降の研究によってバッハの真作と認められた曲が、1080の後に追加されています。1985年にイエール大学所蔵の古文書中に確認されたオルガンのためのノイマイスター・コラール(BWV1090〜1120、ただし1096を除く)や、2005年5月17日にヴァイマールで自筆譜が発見された、ソプラノと弦楽器、通奏低音のためのアリア《すべては神とともにあり》BWV1127など。

現時点での最後は、BWV 1128。2008年3月15日に、ライプツィヒのオークションに出された品の中から発見された、オルガン・コラール《主が私たちのそばに立ってくださらなければ》に付けられました。研究が進み偽作であることや真の作曲者が判明する曲がある一方で、死後250年以上過ぎてもまだ新たな真作が見つかるのですから、ワクワクしますね。

06. 11月 2013 · (158) ハイドンの交響曲は106曲! はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

ハイドンの交響曲は全部で104曲と思っている方、多いですね。小さなことに目くじら立てるなと言われそうですが、やはり気になります。ハイドンが最後に作曲したのは、《ロンドン》というニックネームの104番。でも、これは総数ではありません。ハイドンの交響曲は、初期のコラム((15) 交響曲の成長期)で言及したように、全部で106曲です。

この勘違い、モーツァルトの交響曲とよく似ています。19世紀にケッヘルがナンバリングしたモーツァルトの交響曲番号は未だに広く使われていて(最新のケッヘル目録第6版ではこの番号を除いていますが)、最後に作曲したのは確かに41番《ジュピター》。でも、欠番もありますし、ケッヘル没後に見つかった真作交響曲もあります。総数はおよそ50曲でしたね((14) モーツァルトが作った交響曲はいくつ?参照)。

ハイドンの作品目録(器楽曲は1957年出版)を作ったホーボーケン(大感謝!)が交響曲につけた番号は、H I:1から108まで。そのうち1~104は、実は1908年にブライトコップ社から刊行されたハイドン旧全集の、マンディツェフスキーがつけた番号をそのまま踏襲しています。ホーボーケンが加えたのは、残りの105~108番。

108から除外されるのは、105番と106番。105番は協奏交響曲。18世紀に流行した、複数の独奏者を持つ協奏曲(バロック時代のコンチェルト・グロッソにあたります)で、現在は協奏曲に含めます。一方106番は、第1楽章しか現存しません(1769年に作られたオペラ《漁師の娘たち》の序曲として作曲されたと考えられています1)。

それでは、107番と108番が旧全集から漏れた理由は? 107番は変ロ長調 3楽章構成。1762年以前に作曲された初期の交響曲。ハイドンの交響曲Aと呼ばれます。管楽器パート(オーボエ2とファゴット2)を取り除いた形で、1764年に弦楽四重奏曲作品1の5として出版されたのが混乱のもと。ハイドン存命中に作られたエルスラー目録(ジャンル別。ハイドンの写譜屋ヨハン・エルスラーが、1805年に作製)に弦楽四重奏として記載され、ホーボーケンも弦楽四重奏のカテゴリー(III)の5番に(現在、H III:5は欠番)2

108番は、同じく変ロ長調で1765年以前に作曲されました。こちらはハイドンの交響曲B。オーボエ2、ファゴット1、ホルン2と弦の編成です。1769年にパリで交響曲として出版され、しかもエルスラー目録の交響曲の項に記載されていました。旧全集に納められなかった理由はわかりません。

ところで、モーツァルトの交響曲数が研究者によってまちまちなのに対して、ハイドンの交響曲数はどの資料でも106曲。信頼度が高くない(少なくとも西洋音楽史に関しては)ウィキペディア日本語版にも、106曲と出ています。

でも、ハイドンが交響曲とみなしていたのは、この106曲(当時は協奏交響曲も交響曲の範疇に入っていたので、正確には107曲)だけではなかったはず。エルスラー目録も、当時まだ交響曲というジャンルが確立していなかった状況を反映しています。たとえばフルート1、オーボエ2、ホルン2、ヴァイオリン2と通奏低音のためのスケルツァンド(H II:6)が、シンフォニーアとして記入されていましたし、交響曲グループの最初には、オペラ《薬剤師》(H XXVIII:3)の序曲が記載されていました3

それにしても、モーツァルトにしてもハイドンにしても、一度流布してしまった情報を修正するのは難しいですね。マンディツェフスキーは作曲年代順に番号をつけたのですが、その後の研究で年代が修正された交響曲も少なくありません。というわけで、ハイドンの交響曲総数は106曲(面倒ならいっそ「100曲以上」とでも)、番号は作曲年代順ではないということを、どうぞお忘れなく。

  1. Webster, James, “Haydn.” The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol.11, Macmillan, 2001, p. 232.
  2. ウィーン宮廷作曲家だったヴァーゲンザイル(1715〜77)の作とする資料もあります。
  3. 大宮真琴『新版ハイドン』音楽之友社、1981、p. 173。
01. 12月 2011 · (57) ヨハン・シュトラウスは人気者 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

聖フィルは先週、第4回聖光音楽祭でヨハン・シュトラウスの作品を演奏しました。「ワルツの父」ヨハン・シュトラウス1世の《ラデツキー行進曲》op. 228と、「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世(=1世の長男)の《取り壊しポルカ》op. 269。父の曲も子の曲も、作品番号が200番台ですよ。すごいですね!

こう書くと、200くらいでどうしてすごいのと不思議に思う方がいらっしゃるでしょう。モーツァルトのケッヘル番号は600を超えるし、ヨハン・ゼバスティアンのバッハ作品番号も1000を超えます。シューベルトのドイッチュ番号も1000近く。でも、これらは作品目録番号。その作曲家の作品カタログを作るために、研究者が一定の規則に従って作品を並べた順番を示す数字ですから、すべての曲に番号がつけられています。一方op.は、楽譜を出版した際の番号。出版されなかった曲にはop.番号はありません。

シュトラウスの作品表を計算してみると、父は全作品の9割以上、息子も9割近くの楽譜が出版されています1。しかもほとんどが初演の年の出版です。2世のop. 番号はなんとop. 479まで! 番号無しで出版されたものを加えると500曲以上になります。

これって、すごいことですよ。楽譜を出せば必ず売れたということですから。彼らの音楽はそれだけ人気があったのですね。

オーケストレーションの見事さと美しく親しみやすいメロディーは、同時代のヴァーグナーやブラームスからも、高く評価されています。また、イタリア独立運動を鎮圧したラデツキー将軍の凱旋祝賀会用マーチや、ウィーンを囲んでいた城壁の取り壊し工事に由来するポルカなど、常にタイムリーでウィットに富んだ作品を提供し続けたのも人気の理由です。

それにしても、ウィーンにはいつも出版譜を買ってくれるダンス用オーケストラが、そんなにたくさんあったの ?? と思ったら、違いました。父子が作曲したワルツやポルカは、オーケストラ・スコアではなく、まずピアノ独奏用の楽譜として出版されたのです。ヨハン・シュトラウスの新作を、家でピアノで弾いて楽しみたい人がたくさんいたということですね。もちろん多くの作品は、ピアノ連弾やヴァイオリン独奏(ピアノ伴奏付き)用、オーケストラ用としても出版されました2

図1は、ヨハン・シュトラウス2世がイギリスへ演奏旅行した際に作曲した、イギリスの民謡に基づくワルツ《コヴェント・ガーデンの思い出》op. 329(ウィーン、Spina社、1868)のピアノ譜の表紙。1867年に彼はここで、63回のプロムナード・コンサートを指揮したそうです。ヴァイオリンを左手に弓で指揮する彼の姿が、右側の舞台上に見えますね。

図1 ヨハン・シュトラウス2世:《コヴェント・ガーデンの思い出》ピアノ独奏楽譜の表紙

図1 ヨハン・シュトラウス2世:《コヴェント・ガーデンの思い出》ピアノ独奏楽譜の表紙3

  1. Peter KempによるNew Grove Dictionary of Music, 2nd edition, vol. 24(Macmillan, 2001)の作品表(父がpp. 477-78、子がpp. 483-87)を数えました。父は、番号付きで出版された作品がop. 251までで、番号無しで出版された曲が8曲。一方、出版されずに手稿譜で残されている作品は25曲です。息子は、番号付きで出版された作品が op. 479までで、番号無しで出版された作品が33曲、ロシアで出版された作品が10曲。18あるオペレッタ、オペラ、バレエ作品も、番号無しで出版されています。一方、出版されなかった作品13曲と、出版されずに失われた作品61曲が、リストアップされていました。
  2. 劇作品も、ほとんどがオーケストラ用ではなくいわゆるピアノ・ヴォーアル・スコアの形で出版されました。
  3. 同上、481ページより。
22. 6月 2011 · (34) ドイチュ番号について はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

前回のシューベルトの未完成交響曲たち を読んで、混乱しているナンバリングだけではなく、ドイッチュ番号とやらも省いてシンプルにしちゃったら?とか、ラテン語で「作品」を意味する opus(オープス、英語読みではオーパス、複数形は opera)の略の op. なら知っているけれど、Dって何?と考えた方、いませんでしたか? たしかにアマ・オケの普通のレパートリーなら、「シューベルト:交響曲ロ短調《未完成》」方式で、曲を区別できます1。でも、不可能な場合もあるのです。

たとえばヴィヴァルディの「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」は、現存するものだけでも30曲以上。作曲家本人がつけた番号……なんて、ありゃしません。ジャンル別番号は、大作曲家の中ではベートーヴェンが《エロイカ》出版の際、交響曲だけの通し番号である第3番と記したのが最初(彼にとって、交響曲というジャンルが特別なものであったことの現れですね)2。ヴィヴァルディの約100年後の話です。

これらのニ長調協奏曲の中には、op. 3, no. 9 という番号をもつ曲もあります。これは、1711年に出版された、ヴァイオリン協奏曲集作品3『調和の霊感』の9曲目ということです3。17、18世紀にソナタなどの器楽曲を6曲、あるいは12曲まとめて出版する際には、op. 1 のような作品番号がつけられました。

ただ、出版社が番号をつけることが多かったため、同じ曲なのに出版社によって異なる番号がつけられたり、違う曲に同じ番号がつけられるような混乱も生じました。出版されなかった曲(こちらの方が大多数です)には、当然ながら番号がありません。ベートーヴェン以降の作曲家が自作に番号をつけるようになってからも、出版順にすることが多く、作曲の順序が反映されないことと、全ての作品が網羅されないという問題点は、変わりませんでした。

話をシューベルトに戻しましょう。彼が短い生涯で作った1,000近い曲を研究して作曲年代順に並べ、ドイッチュ番号(D)を与えた主題総目録(1951)を作ってくれたのが、オーストリアの音楽学者ドイッチュ。「全作品」を「一定の規則に従って」並べたというのがポイントです。シューベルトの場合、ピアノのための4つの即興曲op. 90や《魔王》op. 1のような、出版されて作品番号を持つ曲はごくごくわずかです(しかも、作曲年代と作品番号は一致しません)から、特定の曲を探したりある曲を同定するときに、D番号は欠かせません。また、数字から、だいたいの作曲時期を類推することもできます。膨大なデータを手作業で整理してくれたドイッチュさんに感謝! 演奏会のチラシやプログラムなどには、正式名称の一部としてD番号もお忘れなく。

このような番号は、作品番号ではなく作品目録番号と呼ばれます。表1に、主な作品目録番号の略号をまとめました4

[表1 主な作品目録番号の略号]
作曲家 略号 編纂者 番号のつけ方
ヴィヴァルディ RV リオム ジャンル別、調性順、通し番号
J. S. バッハ BWV シュミーダー ジャンル別、通し番号(宗教→世俗)
ヘンデル HWV バーゼルト ジャンル別、通し番号(舞台→声楽→器楽)
ハイドン Hob. ホーボーケン ジャンル別、それぞれ1から
モーツァルト K. またはKV ケッヘル 年代順、通し番号(K6版まで改訂)
シューベルト D ドイッチュ 年代順、通し番号
リスト S. サール ジャンル別、通し番号(舞台→声楽→器楽)
  1. 実は聖フィルでも、「誰も作品番号で識別しないから必要無し」と、第2回定演までのチラシやプログラムの曲目表記は、この方式でした。在京のプロ・オケの中にも、この方式を採用しているところがあります。
  2. 石多正男『交響曲の生涯』東京書籍、2006年、276ページ。
  3.  J. S. バッハは、後にこの曲をチェンバロ協奏曲(という名のチェンバロ独奏曲。BWV 972)に編曲しながら、最新のイタリア音楽書法を学びました。(26) クラシック音楽ファンの常識 ? 参照
  4. ベートーヴェンの作品整理には、op. 以外に2種類の略号が使われます。本人が op.番号を付けなかった曲に、キンスキーとハルムがつけた、WoO(Werk ohne Opuszahl 作品番号無しの作品)番号と、op. も WoO も持たない作品や断片・スケッチなどに、ヘスがつけた Hess 番号です。また、ドヴォルジャークの作品はブルクハウゼルによるB.番号(年代順、通し番号)で整理されていて、チェロ協奏曲 op. 104 は B. 191 だそうですが、まだ使われているのを見たことがありません。