28. 9月 2016 · (291) 《ロマンティッシェ》第3楽章トリオの「手回し風琴」とは? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

前回のコラム((290) 標題「ロマンティッシェ(ロマンティック)」について)で、ブルックナー本人が第4番交響曲の標題について、友人に説明している手紙を紹介しました。「トリオでは森での昼食の間に手回し風琴が奏される様子」と書いてありましたね。この、手回し風琴とは何か、ご存知ですか? 「風琴」ならオルガン、「手風琴」ならアコーディオンですが。

答えは、ハーディ・ガーディ hurdy-gurdy。と聞いて楽器を思い浮かべることができる方は、少ないのでは? 音を聴いたことがある方は、ほとんどいないかもしれませんね。実は私も、この夏ブリュッセルの楽器博物館で、展示楽器の音を聴くために貸し出されたヘッドフォンで初めてしみじみ聴いてきました。

楽器の形が不思議(図1)。事典には「鍵盤付きの擦弦楽器の一種」と書いてあります1。鍵盤って、どこ? 擦弦って、弓はどこにあるの?

図1:ギター型ハーディ・ガーディ、18世紀半ば、Germanic National Museum in Nuremberg

図1:ギター型ハーディ・ガーディ、18世紀半ば、Germanic National Museum、Nuremberg

ギターやリュートのような形をしたものが多く、リュートのように膝の上に横に置いて(あるいはフォーク・ギターのように首から下げて)演奏します。楽器から突き出たハンドル(図1左側)を右手で回すと、カバーの下の木の円盤が回転。この円盤に松ヤニが塗られていて、上に張られた弦を擦って音を出します。だから「手回し」風琴。響板上に固定された箱の中にあるメロディー弦は、通常2本。同音に調弦され、左手で鍵(一列に並んだ白い四角)を押してピッチを変え、メロディーを演奏します。

この他に、ドローン(持続低音)弦が2〜4本、箱の両側に張られます(手前に2本見えますね)。5度調弦が基本で、曲に合わない音の弦を引っ掛けて、音を止めておくこともできます。また、1番高い音のドローン弦にはうなりを出す仕掛けが付いていて、ハンドルをたくさん回して円盤を早く回転させると、ブーンとかギーというような金属的なうなりが生じます。

大型のハーディ・ガーディ(オルガニストルム)は、ゴシック時代に多くの修道院や教会で、音楽を教えたり、多声宗教曲を演奏したり、歌手に正しい節回しを教えるために使われました2。オルガンにその地位を奪われた後、小型化されて民俗楽器に転化3。ドローンと聞くと、バグパイプのような民俗楽器を思い浮かべますが、「ヨーロッパに現れる前に東洋で使われた証拠となる資料は無い」そうです4

これ1つでメロディーと伴奏和音(?!)を演奏できますから、狩りの合間に楽しむレントラーの伴奏に、もってこい。レントラーは18世紀末、オーストリアや南ドイツなどで人気があった、ゆっくりした3拍子の民族舞踏(映画『サウンド・オブ・ミュージック』でも、マリアとトラップ大佐がテラスで踊るシーンがありますね)。《ロマンティッシェ》第3楽章トリオでは、3度も加わった持続和音が弦楽器によって静かに演奏され、素朴で温かみのある雰囲気を醸し出しています。

レントラーとかなり趣が異なる、Matthias Loibner 演奏の動画です。彼のリュート型ハーディ・ガーディは、弦の数が多いようですね。ソのドローンがずっと響いています5

  1. 江波口昭「ハーディ・ガーディ」『音楽大事典4』平凡社、1982年、1898ページ。
  2. Baines, Francis, Edmund A. Bowles / Robert A. Green, ‘Hurdy-gurdy,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 11, Macmillan, 2001, p. 878.
  3. 江波口昭、前掲書、1898〜99ページ。
  4. Baines, F. et al., op.cit., p. 878.
  5. https://youtu.be/QHmML7bu-iM
14. 9月 2016 · (290) 標題「ロマンティッシェ(ロマンティック)」について はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

インターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア」。必要な情報を手軽に得られるので、私もよく閲覧します。しかし、以前から指摘しているように、少なくとも西洋音楽関係の記事(article)に関しては、注意が必要ですよ。例えば、ブルックナーの交響曲第4番。概要に続く「副題について」という部分に:

副題は原語では「Die Romantische」である。しかしこの副題は出版されている譜面には添えられていない点に注意しなければならず、ブルックナー自身が「Die Romantische」という標題を付けたかは分からない。(以下略)

でも実際には、《ロマンティッシェ》という形容詞はブルックナー自身が、1874年の初稿の段階からすでに用いているのです(譜例1参照)。なぜウィキペディアには逆が書いてあるのかな??

譜例1:ブルックナー:交響曲第4番終楽章1874年稿自筆譜(A-Wn, Mus.Hs.6082)タイトルページ

譜例1:ブルックナー:交響曲第4番1874年稿自筆譜(A-Wn, Mus.Hs.6082)タイトルページ

この第4番交響曲でブルックナーが表そうとしたことの手がかりは、「ロマンティックな」という形容詞だけではありません。例えば、1878年にこの曲を改訂する際、ブルックナーが評論家タッペルトに宛てた10月9日付の手紙によると1

私は今第4、ロマンティッシェ交響曲(1、2、4楽章)を、まったく新しく、そして短く書き直しました。これでこの曲は十分な効果を発揮することでしょう。新しいスケルツォだけはまだ出来ていません。これは狩を描写します。またトリオは、狩人たちの前で食事の間に演じられる舞曲を示すものです。

興味深いのは、作曲後かなりたった1890年に、ブルックナーがパウル・ハイゼに宛てた手紙の中の記述。他の人の空想による解釈ではなく作曲者本人が、「ロマンティッシェ」の内容を具体的に説明しているのです(12月22日付)2

ロマンティッシェ第4交響曲は、第1楽章では町の庁舎から一日の始まりを告げるホルンが意図されています。それから生活が展開されます。歌謡的な楽段のテーマは、シジュウカラの「ツィツィペー」という鳴き声です。第2楽章は、歌、祈り、小夜曲。第3は狩りと、トリオでは森での昼食の間に手回し風琴が奏される様子を[描いています]3

音楽との結びつきは明らか。第1楽章のシジュウカラの鳴き声は、ヴァイオリンによる第2主題の対旋律((280) 主題が3つII? ブルックナーのソナタ形式参照)。ウィリアムソンによると第2楽章の3つは4

  • 歌:3小節目からのチェロの第1主題
  • 祈り:練習番号B(25小節)からの弦楽器のコラール風部分
  • 小夜曲:練習番号C(51小節)からのヴィオラの第2主題((285) ヴィオラの出番!!参照)5

このような標題的な要素はいずれも、この「ロマンティッシェ」交響曲の雰囲気や状況と矛盾せず、解釈の助けとなっています。また、ブルックナーが第3楽章スケルツォを作曲する前に、その標題について触れている(上記1つ目の引用)ことも重要。標題は、曲が完成してから後付されるものではなく、予め定められそれに沿って作曲されるものだからです。全体の内容を示す説明は添えられていないものの、第4番交響曲は標題音楽に近い性格を持っていると言えます。

最近のアマチュア演奏会のプログラム解説は、ネットの情報を使ったものが多いようですが、西洋音楽に関してはウイキペディア日本語版は要注意。ネットの情報を使うなら、最低限、署名入りのものを6。来週のコラムは、都合によりお休みさせていただきます。

  1. 根岸一美「ブルックナーの交響曲における標題性」根岸一美&渡辺裕編『ブルックナー/マーラー事典』東京書籍、1998、280ページ。
  2. 前掲書、281ページ。これとよく似た標題内容が、1884年12月8日付でヘルマン・レーヴィ宛てにも書かれているそうです。
  3. 文中の手回し風琴については、(291) 《ロマンティッシェ》第3楽章トリオの「手回し風琴」とは?をご覧ください。2016/9/28 追記。
  4. Williamson, John, ‘Programme symphony and absolute music, Williamson, John, ed., The Camgridge Companion to Bruckner. Cambridge University Press, 2004, p.113.
  5. ウィキペディア日本語版のように、この楽章をロンド形式と捉えることもできますが、私はむしろソナタ形式に近いと考えます。どちらの形式にも当てはめない解釈もあります。
  6. 私パレストリーナのプロフィールは、(0) 聖フィル♥コラム始めますに入れてあります。
20. 7月 2016 · (285) ヴィオラの出番!!《ロマンティッシェ》第2楽章第2主題 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

ブルックナーの交響曲第4番《ロマンティッシェ》第2楽章。1小節のゲネラルパウゼの後、息の長い第2主題が始まります。32小節も続く第2主題の全てを奏でるのは、ヴィオラ1。重要な主題をヴィオラがこれほど長く任されるのは、とても珍しいことです。

良いメロディーをもらうのは、いつもファースト・ヴァイオリンかチェロ。稀にヴィオラが与えられても、チェロなど他の楽器と重ねられます。オーケストラや弦楽四重奏でヴィオラを弾いていたベートーヴェンやシューベルトの音楽でも、ヴィオラは脇役。ブルックナーが《ロマンティッシェ》でこの長い旋律全てをヴィオラだけに与えたのは、単に慣例を重視しなかったからかもしれません。

ヴィオラ奏者が泣いて喜ぶ(?!)主旋律なのに、努力目標が「G線」。最初のソの音は、G線の解放弦の1オクターヴ上。メロディーの最高音は、このソの上のミ♭。再現部では長2度上のラから始まるので(面白い調設定ですね)、最高音はファ。音程は取りにくいし、音は痩せてしまうし、もう必死。

それなのに田部井剛先生ったら、「そんな貧窮問答歌みたいな音で弾かないで」。あまりにも素晴らしい比喩で、みんな大爆笑でした。本番で思い出しちゃったらどうしましょう!?!   笑いをこらえるのは、ハイ・ポジション以上の試練かも(ちなみにこのハイ・ポジ努力目標、練習していると結構はまります)。

ところで私、貧窮問答歌がどんな歌か、とっさに全く思い浮かびませんでした。なぜか「銀も金も玉も」が浮かんで、これじゃないよなと思ったくらい。調べてみたら「銀も金も」と貧窮問答歌、いずれも山上憶良(ちょっとホッとしました)。貧窮問答歌はすごく長く、教科書には意訳が載っていただけだったと思います。万葉集の時代はまだ仮名文字が成立しておらず、「風雑 雨布流欲乃 雨雑 雪布流欲波」と始まることを(ヴィオラとは関係ないけれど)書き添えておきます。

  1. 私はこの楽章を、ロンド形式よりもむしろソナタ形式と考えます。
15. 6月 2016 · (282) ブルックナー・リズムの元?? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

ブルックナーと言えば、2+3のブルックナー・リズム。4/4拍子の1小節の前半に4分音符2つ、後半(の4分音符2つ分)に3連符を入れるリズム(3連符が先の3+2の場合も)。4分音符5つのうち、後の3つが前の2つより1/3拍ずつ短い。タンタンタタタとタンタンターターターの中間だから、タンタンタ-タ-タ- かな。

交響曲第4番《ロマンティッシェ》にも、た〜くさん出てきます。第1楽章では第1主題の後(43小節〜)や、第3主題(練習番号D)。第3楽章のスケルツォ主題も。ここは2/4拍子なので、8分音符のブルックナー・リズム、しかもアウフタクト付きです。終楽章の序奏部後半では、このスケルツォ主題をホルンが回想。29小節から4分音符、35小節からは8分音符のブルックナー・リズムの掛け合いがみられます1

見た途端、聴いた途端にブルックナーだ!とわかるこのリズム。いつ、どうやって思いついたのか知りませんが、もしかしたら「元」はこれ? 譜例1をご覧ください(クリックで拡大します)。

譜例1:ブルックナー《ロマンティッシュ》終楽章1874年稿自筆譜(W-An, Mus.Hs.6082)

譜例1. ブルックナー:交響曲第4番終楽章1874年稿自筆譜(A-Wn, Mus.Hs.6082)603小節〜

《ロマンティッシェ》終楽章コーダ、自筆譜の1ページです。上から3段(フルート、オーボエ、クラリネット)と、1段(ファゴット)おいた5、6段目(ホルン)。1小節に四分音符が5つずつ。おおお、ここにもブルックナー・リズム!??   あれれ、上に5、5、5と書いてあります。つまり、これは5連符!

5連符なんて知らない!と言われそうですが、これは1874年作曲の第1稿。上3段は、繰り返し記号の小節もやはり5連符。下5段の弦楽器(うわぁ、ヴィオラが「III」と略されている!!! サード・ヴァイオリン?? アルト記号の記譜ですが)は16分音符と8分音符。割り切れな〜い。演奏が大変そう。

譜例2:ブルックナー《ロマンティッシュ》終楽章1878年2稿自筆譜(W-An, Mus.Hs.19476)

譜例2. 同上1878年稿自筆譜 (W-An, Mus.Hs.3177, Band 3) 468小節〜

譜例2は、1878年に改訂した終楽章(”Volksfest”)。5連符は無くなっています。上から3段(フルート、オーボエ、クラリネット)は四分音符と八分音符のタンタカタンタン。次の3段(ファゴットとホルン)をとばして、上から7、8段目(トランペット)は3+2のブルックナー・リズムですね。タ-タ-タ-タンタンとタンタカタンタンが、同時進行。

さらに、その下の段(なぜかここにティンパニ)をとばした次の3段(10〜11段目のトロンボーンと12段目のテューバ)を見ると……。この小節にも音符が5つ。でも、さっきと逆の2+3!! ということは、2種類のブルックナー・リズム、タ-タ-タ-タンタンとタンタンタ-タ-タ-が同時進行。演奏は5連符よりずっと楽ですが、タンタカタンタンも重なって何だかわからない。まだ5連符に未練がある?2

1880年稿の終楽章(譜例3、ハース版)では、前半の3連符と後半の3連符のみ採用され、6連符に。5連符もダブルのブルックナー・リズムも無くなって、すっきり。演奏はとても楽になりました。ただ、紆余曲折の痕跡が全く残っていなくて、何だかちょっと残念な気もしますね(来週の聖フィル♥コラムはお休みさせていただきます)。

譜例3:ブルックナー交響曲第4番終楽章1880年稿自筆譜 (W-An, Mus.Hs.19476) 537小節〜

譜例3. 同上1880年稿自筆譜 (W-An, Mus.Hs.19476) 537小節〜

  1. さらに39小節からは3+2と2+3のブルックナー・リズムが重ねて用いられています。
  2. 金子建志『ブルックナーの交響曲』音楽之友社、1994年、129ページ。
18. 5月 2016 · (280) 主題が3つ!!? ブルックナーのソナタ形式 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

ブルックナーの交響曲は、第1楽章:ソナタ形式、第2楽章:歌謡的な緩徐楽章、第3楽章:スケルツォとトリオ、そして第4楽章:ソナタ形式の4楽章構成。第8番で緩徐楽章とスケルツォの順番を入れ替えた以外、全部同じです。ブラームスのように、終楽章で突然パッサカリアを使ったりしません(でも、あのパッサカリアもソナタ形式の枠内で作られていましたね。(251) ただのパッサカリアではない!参照)。

ブルックナーのソナタ形式と言えば、3主題ソナタ形式。2連符と3連符を組み合わせた「ブルックナー・リズム」や、ベートーヴェンの《第九》から影響を受けた「ブルックナー・オープニング」と並んで有名です。ソナタ形式は通常、性格が異なる2つの主題で構成しますが、ブルックナーは主題を3つも使うのです(主題1つなら単一主題ソナタ形式。モーツァルトの例は(189) 第1主題=第2主題!?のソナタ形式参照)。

第4番《ロマンティッシェ》第1楽章(第2稿)の場合、第1主題は冒頭のホルン独奏(主調=変ホ長調、譜例参照)、第2主題はヴァイオリンによる「シジュウカラのツィツィペーという鳴き声」を伴うヴィオラの旋律(変ニ長調、練習番号B)、第3主題は弦楽器ユニゾンのアルペジオ上で、ホルンやテューバなどがブルックナー・リズムで下降する旋律(D5度上の変ロ長調、D)。

譜例:ブルックナー作曲 交響曲第4番 第1楽章の3主題

譜例:ブルックナー作曲 交響曲第4番 第1楽章の3主題

展開部(G)の後、Mから第1主題がフルートのしみじみとした対旋律とともに、主調で再現されます。第2主題はOの3小節目から、なんとシャープが5つ必要なロ長調で登場。フラット3つの主調から、ものすごく遠い調です。第3主題は、Qからお約束通り主調で再現。Sからコーダ。長いクレッシェンドの頂点でホルンが第1主題の5度動機を高らかに吹き、第1楽章終了。

3つの主題のうち、第1主題は主調で提示&再現、第3主題は主調の5度上の属調で提示され、主調で再現されています。ということは、通常のソナタ形式の2主題と同じ関係。ここでは第3主題が、従来の第2主題にあたるようですね(表参照。(88) さらに刺激的(!?)により再掲)。

表:ベートーヴェン以降のソナタ形式

表:ベートーヴェン以降のソナタ形式

それでは、遠隔調の変ニ長調で提示され、さらに遠いロ長調で再現される第2主題は何に当たるのでしょうか? ソナタ形式の第1主題から第2主題へ移る部分は「推移」と呼ばれます。例えば長調の曲の提示部では、主調で第1主題を提示した後、第2主題を出す前に属調まで転調し、新しい調で落ち着かなければなりません。ソナチネのような小曲であれば、推移の部分はほんの数小節。でも、規模が大きいと推移も長くなり、その部分の旋律が第1主題に対抗しうる独自の性格を持つ「主題」に昇格(!?!)したわけです。

ブルックナーのソナタ形式は、提示部の主題部間に推移の部分がほとんど無いと言われますが、こんな事情があったのですね。使い古されたソナタ形式の枠組みを守りながら、新しい要素を組み込んだブルックナー。《ロマンティッシェ》終楽章では、第1主題を主調の変ホ短調(P)、第2主題をかなり遠いニ長調(S)で再現。第3主題の再現は省略して、コーダ(V)に進んでいます。

都合により、来週のコラムはお休みします。

11. 5月 2016 · (279) ブルックナー音楽史クイズ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

次回第15回の聖フィル定期演奏会では、アントン・ブルックナーの交響曲第4番を取り上げます。皆さんはブルックナーの音楽、お好きですか? マニアックなファンが多い一方で、よく知らない、あるいはわからないという人もかなりいますよね。確かに、同じロマン派のブラームスやチャイコフスキー、ショパンやヴェルディに比べると、少し(かなり?!)地味な存在かもしれません。

私自身はブルックナー、実は結構好きです。西洋音楽史でブルックナーを講義するときは、つい張り切ってしまいます。多くの音大生にとって、その講義がブルックナー・デビュー(ピアノ科の学生なら、最初で最後のブルックナー体験になる可能性も)。独特の響きや構成に興味を持ってもらいたいと思いながら、交響曲を中心に説明します。

音楽史ではまず、歴史におけるその作曲家の立ち位置を理解することが重要です。というわけで、ブルックナーがお好きな方も嫌いな方も(どうでもいい方も)、まずは基本を押さえておきましょう。突然ですがここで質問です。ブルックナーとブラームスは、どちらが先に生まれたでしょうか?

ブルックナー・ファンでも、とっさに答えられないのでは? 保守的な作りや響きを思い出して、ブラームスと答えたくなりませんか? でも、正解は1824年に生まれたブルックナー。19世紀が1/3終わった1833年に生まれたブラームスの方が、9歳も年下です。ちょっと意外ですよね。次、亡くなったのはどちらが先? これもブルックナーですが、こちらは1年違い。ブルックナーは1896年、ブラームスは1897年に、ウィーンで没しました。独身で生涯を終えたのも、共通しています。

もうひとつ押さえておきたいのが、ブルックナーとマーラーの年関係です。ブルックナーの方がもちろん年上ですが、マーラーと何歳くらい違うでしょうか? 2人とも交響曲作曲家として重要。しかも、どちらも編成が大きく演奏時間が長い交響曲を書いていますから、つい一括りにしたくなりますが……。

マーラーは1860年生まれ。ブルックナーとマーラーは36歳、一世代以上も年が違うのです。シューベルト(1797年生まれ)とブラームス(1833年生まれ)が同じく36歳差。ベートーヴェン(1770年生まれ)とメンデルスゾーン(1809年生まれ)が39歳差。それぞれの音楽は、互いにかなり異なりますよね。現代に近づくほど時代の動きが早くなってきているとは言え、36年は決して小さな差ではありません。

「19世紀後半の最も革新的な人物の一人」と評されるブルックナーは、ベートーヴェンの第九交響曲が初演された1824年生まれ1。スメタナと同い年で、ブラームスよりも9歳、マーラーよりも36歳年上。新しい響きと規模の大きさに惑わされがちですが、ロマン派の中では結構早く生まれた作曲家なのです。

  1. Hawkshaw, Paul, ‘Bruckner,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 4. Macmillan, 2001, p.  458.
04. 11月 2015 · (258) サルタレッロってどんな音楽? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

田部井剛先生にこう聞かれて、とっさに「タランテラみたいな音楽」と答えた私。メンデルスゾーンは交響曲イ長調いわゆる「イタリア」の終楽章に「サルタレロ」と書きましたが、タランテラみたいだと思いません? 「展開部に登場する新主題(122小節〜)は3連符で順次進行し、(中略)[サルタレロより]むしろ南イタリアに特有の民俗舞踏、タランテラに近い」と書かれた解説もあるし1。今回はサルタレロを調べてみました。saltarello と -ll- なので、以下サルタレッロと表記(tarantella も正確にはタランテッラ)。

語義は「小さな跳躍」。15世紀ころから流行した、イタリア起源の陽気で急速な舞曲。時代により多少性格を異にする(「サルタレッロ」『音楽大事典2』平凡社、1982、982ページ)

サルタレッロという名前は、14世紀末か15世紀初めにトスカーナ地方で書かれた手写本に初登場 2。収められた単旋律音楽119曲中、サルタレッロと記された曲は4つ。複数のフレーズ(prima pars 第1部、secunda par 第2部のように)から成り、それぞれが反復されます。1つめのエンディングは aperto(開いた)、2つめのエンディングは chiuso(閉じた)と記されます。現在の1かっこ、2かっこですね。

4曲中2曲目が特にポピュラーらしく、ロックやジャズを含むさまざまなアレンジを見つけました(下の動画は、セルビアの古楽グループ Flauto dolce による演奏)。ただ、この曲は4/4拍子。本物のサルタレッロではなく、イタリア15世紀のクァデルナリア、あるいはサルタレッロ・テデスコ(イタリア語で「ドイツのサルタレッロ」の意味)と呼ばれた舞踏の例と考えられています3

譜例1は、手写本中のこのサルタレッロ部分4。五線の真ん中の線に「C」なので、ヴィオラ用ハ音記号と同じアルト記号((139) 実はいろいろ! ハ音記号参照)。調号はフラット1つ。1番上の五線の下に、Saltarello . prima . pars、右端に aperto と書かれていますね。楽譜に2つずつ書かれた◎や✥、指差す手の絵(キュート!!)は、それぞれの2つ目の印まで来たら、1つ目の印に戻るという省略記号。

譜例1:Saltarello 2, GB-Lbl Add MS 29987, fol. 62.

譜例1:Saltarello 2, GB-Lbl Add MS 29987, fol. 62v.

16世紀には、ゆったりとした2拍子系の舞踏パッサメッゾと3拍子系で速いサルタレッロが、対にして踊られました。また、17世紀には宮廷舞踏にも取り入れられて流行します。ブロッサールは音楽事典(1703)でサルタレッロについて「常に跳躍しているような動き。ほとんどいつも、各小節初めに付点音符を伴う3拍子で作られる」と記述しました5

18世紀末ころには、初めローマ、その後ロマーニャ地方などで、1人または2人で踊る3/4あるいは6/8拍子の民俗舞踏サルタレッロが人気に。激しい腕の動きを伴う、だんだん速さを増す跳躍ステップが特徴で、伴奏はギターやタンブリン、歌など。メンデルスゾーンのイ長調交響曲 終楽章の2つのサルタレッロは、おそらく19世紀の民俗舞踏曲に基づくと考えられています。下の動画のような感じではないでしょうか。

  1. 星野宏美『メンデルスゾーン:交響曲第4番イ長調作品90、ミニチュア・スコア解説』音楽之友社、2002、ixページ。
  2. 現在は英国図書館所蔵。GB-Lbl Add MS 29987。
  3. Little, Meredith Ellis, ‘Saltarello,’ The Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 22, Macmillan, 2001, p. 176.
  4. 動画では secunda pars の後半が楽譜と異なっています。
  5. Little, op.cit,, p. 178.
28. 10月 2015 · (257) メンデルスゾーンが作った交響曲はいくつ? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

イ短調のいわゆる《スコットランド》が第3番、イ長調のいわゆる《イタリア》が第4番(以下「いわゆる」を省略。「いわゆる」が必要な理由は(214)「イタリア」ではなかった!!参照)。没後出版がもう1つ、《宗教改革》ニ短調。だから、第1番ハ短調、第2番《賛歌》変ロ長調と合わせて、メンデルスゾーンの交響曲は全5曲! これは、メンデルスゾーンの旧全集(1874〜77年刊行)に収められた交響曲の数。

でも、生誕200年の2009年に出版された『メンデルスゾーン作品総目録(Mendelssohn-Werkverzeichnis=MWV)』の、交響曲カテゴリーに収められた曲は、なんと19曲!!(表1参照1)。

なぜそんなに増えたの?!  それは、メンデルスゾーンが12〜15歳のときに作った、弦楽のための交響曲(シンフォニーア)13曲も含められたから。弦楽交響曲は、メンデルスゾーン生誕150年の1959年に東ドイツで刊行が始まった新全集に収められ、人々に知られるようになりました(ただ、この新全集は途中で頓挫。没後150年の1997年に、ようやく再開されました。書簡・日記・絵画なども含める大プロジェクトで、完結予定は半世紀後の2047年)。それ以外に、交響曲断片も2つ。これで15曲ですね。

あれれ、旧全集の5曲を加えて20曲のはずなのに、計19曲。抜けたのはどれ?? それは、交響曲第2番《賛歌》。独唱・合唱付きのこの曲、MWV では交響曲ではなく「大編成による宗教曲」に分類されました。旧全集では「独唱、合唱、オーケストラのための宗教声楽曲」に収められたのに、同じ頃にこれを交響曲第2番と見なす習慣が広まったようです2。ちなみに本人は「《賛歌》:聖書の言葉に基づく交響曲カンタータ Sinfonie-Kantate」と発表。「交響曲第2番」は後世の付与なので、MWVではタイトルから除かれました。同様に、没後出版の2交響曲のナンバリングと作品番号も除かれています。

というわけで、メンデルスゾーンの交響曲は全部で19曲。断片を除くと17曲。初期の習作が14曲、生前に出版したのは2曲となります。19世紀の旧全集に基づき100年以上続いて来た全5曲という「常識」を変えるには、長い時間がかかるでしょう。でも、メンデルスゾーンがかわいそうではなくなるように((256) かわいそうなメンデルスゾーン参照)、彼の意図を尊重し、それになるべく近い形で彼の音楽をもう一度捉え直していかなければと思います。

表1:メンデルスゾーンの交響曲(星野宏美「メンデルスゾーン:交響曲第3番イ短調作品56ミニチュア・スコア解説(音楽之友社、2010、vページ)

表1:MWVによるメンデルスゾーンの交響曲

  1. 星野宏美『メンデルスゾーン:交響曲第3番イ短調作品56、ミニチュア・スコア解説』音楽之友社、2010、vページ。表中の「 」は通称を示す。
  2. 同上。
21. 10月 2015 · (256) かわいそうなメンデルスゾーン はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

生まれたときから亡くなるまで裕福だった作曲家って、もしかしたらメンデルスゾーンくらい? ただ金持ちだっただけではありません。祖父は高名な哲学者。両親や一流の教師たちの下で教育された神童で、ヨーロッパ各地に旅行し、さまざまな音楽や音楽家に接し、吸収したのは神童の先輩モーツァルトと同じ。自宅では私的な音楽会が開かれ、芸術家たちも出入りしていました。38歳の若さで亡くなりましたが、物質面・精神面においてかなり恵まれた一生だったと言えるでしょう。

ベルリンで J. S. バッハの《マタイ受難曲》を復活演奏したのは、1829年。バッハ再評価のきっかけになりました(この業績だけでも、私たちは彼に大いに感謝しなければなりません)。1835年にはライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者に。1843年開校のライプツィヒ音楽院ではピアノと作曲を教えました。音楽界の第1人者として、生前そして死後しばらく、非常に高い評価を受けていたメンデルスゾーン。

しかし、その後現在に至る彼の音楽史における位置付けは、決して高いとは言えません。

ひとつに従来のヨーロッパの18〜19世紀のドイツ音楽史がともすればウィーンを中心とする南ドイツ、オーストリアにかたよりがちであり、北ドイツでの流れをしばしば不当に低く評価するか、ともすれば見過ごしがちであったこと(中略)一方、同世代のリストやショパンと対照的に、メンデルスゾーンは(中略)ロマン派特有の激しく燃焼するような劇的なものに欠けており、接する者を強くその作品や人となりへひきつける要素が少ない1

なんだか言い訳じみていますね。やはり一番の原因は、彼がユダヤ系だったことでしょう。19世紀後半以降の反ユダヤ主義の影響で、メンデルスゾーンや彼の音楽が不当に低く評価されたのです。ナチスによって彼の作品演奏が禁じられたことは知られていますが、それどころではないダメージをもたらしました(本人は1816年、両親も1822年にルター派プロテスタントに改宗したのですが)。第2次世界大戦後は、東西ドイツの分断により資料研究が遅れることに。かわいそうなメンデルスゾーン。

そのため、世間一般のメンデルスゾーンや彼の作品イメージは、「こんにちでも先入観に侵された表面的な理解が蔓延っている」2。確かに私も長い間、交響曲第4番の第1楽章は陽光あふれるイタリアを思い起こさせるとか、苦労せずに育った「ええとこのぼんぼん」的な(!?!)、伸びやかだけれどあまり深みが無い曲とか、通り一遍に捉えていました。

しかし、メンデルスゾーンが自作を徹底的に推敲し、納得したものしか出版許可を与えなかったことや、「イタリア」交響曲は没後出版で、納得どころか第1楽章(最も特徴的)を大幅に書き直すつもりであったこと((213) こんなはずではなかった?!  メンデルスゾーンの「イタリア」参照)、イタリア旅行中にインスピレーションを得たものの、本人は公の場では決してイタリアと結びつけて語らなかったこと((214) 「イタリア』ではなかった!! メンデルスゾーンの「イタリア」参照)などを知って、びっくり! もしも彼が、納得できない第1楽章のまま出版され、自分の意図に反して「イタリア」と呼ばれ、さらにそれが自分の代表作とみなされている現状を知ったなら、どれほどショックを受けることか! 一方で「満足できる形で後世に残す」という彼の志やそのための努力は、現在ほとんど知られていないのです。かわいそう過ぎ。

聖フィル第14回定期演奏会では、メンデルスゾーンの交響曲第3番を取り上げます。この機会に、メンデルスゾーンや彼の音楽の理解を、少しでも正当な方向に近づけたいと思います。まずは、交響曲を正しく理解しよう!というわけで、突然ですが質問です。生誕200年の2009年に出版されたメンデルスゾーン作品総目録にリストアップされたメンデルスゾーンの交響曲は、全部で何曲でしょうか?(続く)

  1. 吉田泰輔「メンデルスゾーン」『音楽大事典5』平凡社、1983、2521ページ。
  2. 星野宏美『メンデルスゾーン:交響曲第3番イ短調作品56、ミニチュア・スコア解説』音楽之友社、2010、ivページ。
23. 9月 2015 · (253) パッサカリア主題 in 第1楽章 ブラ4の秘密3 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

構築型の作曲家ブラームス。彼が交響曲第4番に「わかる人だけわかる」ように組み込んだ「しかけ」を見つけるのは、わくわくします。バロック時代の形式パッサカリアで作られた終楽章は、実はソナタ形式とも考えられますし((251) ただのパッサカリアではない!参照)、第1楽章第1主題の冒頭を第4楽章の最後の方で使って、全体をまとめています((252) 第1楽章第1主題 in パッサカリア参照)。そのままの形ではなく変形して(むしろ、オリジナルの形と言うべきか)嵌め込んでいるので、すぐには気づきません。

第1楽章の主題が終楽章に登場するなら、終楽章の旋律も第1楽章に予示されているのではと考えるのが自然。8小節構造を厳格に守ったまま変奏が進む終楽章は、この交響曲最大の呼び物ですから。ところが、パッサカリア主題ミ−ファ♯−ソ−ラ−ラ♯−シ−シ−ミの予示が指摘されたのは、1998年(つい最近!!)になってから。クリスティアン・マルティン・シュミットによると、第1楽章の開始早々10小節目から、コントラバスとヴァイオリンによって示されます(譜例1参照)1

うーん……。半音進行の無視(13小節目後半のソ♯はともかく、11小節目のファと9小節目のレ♯が問題では??)や、途中でパートが移ることなど、どう考えるべきでしょうか??   予示が明らかになり過ぎないように、わざと半音を加えてカモフラージュしたのかな??  シ−シのオクターヴ進行もわざと逆に変えた??  いずれにしろ構築型ブラームスですから、偶然ではないことは確かでしょうが……2

第1楽章におけるパッサカリア主題の影響について、長い間研究されなかったのには、理由がありました。パッサカリアの元になったバッハのカンタータ150番《主よ、わが魂は汝を求め》((221) パッサカリアについて参照)が旧バッハ全集第33巻として出版されたのは、ブラームスが既に第1楽章を完成した後、1884年秋だったからです3。このため、旧全集刊行前からブラームスがこの曲を手稿譜の形で知っていた可能性が示唆されています。

譜例1:ブラームス作曲交響曲第4番第1楽章(第8〜21小節)

譜例1:パッサカリア主題 in 第1楽章(ブラームス作曲 交響曲第4番 第1楽章 第7〜20小節)

  1. 三宅幸夫『Brahms: Symphonie Nr.4 ミニチュア・スコア解説』音楽之友社、2004、viiiページ。
  2. 同上によると、Schmidt, Christian Martin, ‘Johannes Brahms: Sinfonie Nr. 4 eMoll op. 98,’ Johannes Brahms: Die SInfonien, ed. by Schubert, Giselher, Floros, Constantin, and Schmidt, Mainz, 1998, pp. 213-272.  私が務める音大の図書館には所蔵されておらず、現時点で原書を確認していません。
  3. 三宅、同上。