16. 11月 2016 · (295) 天使が奏楽する謎の弦楽器その2 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

2週お休みしてごめんなさい。学会発表が無事終わり、ようやく日常に戻りました。今回のコラムも、(293) 管楽器は弦楽器より偉かった!!? で参照したメムリンクの『奏楽の天使』について。左パネル左端の天使が持つのは、チェンバロの前身楽器プサルテリウムでしたね((294) 謎の弦楽器参照)。それでは、その隣(図1中央)の天使が演奏している楽器は何でしょう?? 右手の弓が無ければ、楽器とは気づかないかも。

図1:メムリンク『奏楽の天使』左パネルより

図1:メムリンク『奏楽の天使』左パネルより

プサルテリウムと同じくらいへんてこりんなこの楽器、ヨーロッパ最古の弦楽器の1つです。名前は、トロンバ・マリーナ。イタリア語で「海のラッパ」という意味で、英語ではそのままトランペット・マリーンです。弦楽器なのにラッパと呼ばれる理由はこれから説明しますが、なぜ「海」なのかは諸説あって(イタリア艦船が備えていた伝声管に似ていたという説や、マリーナを聖母マリアと結びつける説など)わかりません1。ドイツ語ではトルムシャイト。図2のように、ヨーロッパの楽器博物館の常連ですが(右は guitarra moresca ムーア人のギター)、実は私も今まで、どのような楽器か詳しくは知りませんでした。

図2:トロンバ・マリーナ(バルセロナ音楽博物館蔵、右は guitarra moresca ムーア人のギター)

図2:トロンバ・マリーナ(バルセロナ音楽博物館)

旋律弦は1本。モノコルドですね(他にドローン弦が張られるものもありますが)。弓で擦って音を出すとき、他の弦楽器とは逆に、左手でさわったところよりも糸巻き寄りを弓で弾きます(図1参照)。左手は、弦を押さえるのではなく、触れるだけ。弦楽器のフラジオレット、倍音奏法ですね。トロンバ・マリーナでは大体、開放弦の第6〜13あたりの倍音を中心に、ときには第16倍音くらいまで使いました。使える音が倍音だけなのは、ナチュラル・トランペットと同じですね。

図3:トロンバ・マリーナ

図3:トロンバ・マリーナ

ただ、トランペットの名前が付いているのは倍音のせいではなく、その音色。トロンバ・マリーナの弦は駒の片方の足の上に偏って乗せられます。乗っていない側の駒の足は響板からほんのすこし浮いていて、弓で弦を擦ると駒が振動し、その足が響板に触ったり離れたりします。このビリつきのせいで、ラッパのような音になるのです。(291) 《ロマンティッシェ》第3楽章トリオの「手回し風琴とは」で取り上げたハーディ・ガーディも、同じような構造の駒がうなりを作り出します。

図4:トロンバ・マリーナの駒

図4:トロンバ・マリーナの駒

大型のトロンバ・マリーナは底を地につけて構えますが、小型の場合は天使のように高く掲げることもあります。下の動画ではつっかえ棒のようにして弾いていて、天使の構え方はそれと良く似ています2。修道尼たちはこの楽器を、合唱の男声の代わりに使ったそうです3。世俗音楽にも使われ、15世紀から18世紀半ばまで人気がありました(動画の最後で「6世紀間続いた」と言っているのは、12世紀末まで遡ることができる前身楽器も含めた年月でしょう4)。

  1. 高野紀子「トロンバ・マリーナ」『音楽大事典4』平凡社、1982年、1675ページ。図3も同ページ。
  2.  https://youtu.be/MswTN7cotoo
  3. 前掲書。
  4. Adkins, Cesil. ‘Trumpet marine,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25. Macmillan, 2001, p. 841.
26. 10月 2016 · (294) 謎の弦楽器、プサルテリウム はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

(293) 管楽器は弦楽器より偉かった!!? で参照したメムリンクの「奏楽の天使」を再掲します(図1)。キリストから最も遠い(=左端の)天使が奏している不思議な形の楽器は、プサルテリウム(英語ではプサルタリー)。ツィター属の撥弦楽器で、長方形、三角形、台形など、形はいろいろ。平らな共鳴箱に響孔があり、たくさんの弦が張られ、指、または鳥の羽軸などで作られたプレクトラムではじいて演奏します。

図1:メムリンク「奏楽の天使」左パネル

図1:メムリンク「奏楽の天使」左パネル

プサルテリウムは、ギリシア語の psallein(指ではじく)に由来する語。プサルテリオンは直立の角型ハープを指します1。形も構え方もハープそっくりの図像もありますが、今日知られているプサルテリウムは、東洋(イラン)のサントゥール(図2)につながりがあると考えられます。11世紀にムスリム勢力下のイベリア半島で知られるようになったサントゥールは、二等辺四角形。小さなハンマーで弦を打って演奏します(現在では、このような打弦楽器はダルシマーと呼んで、撥弦楽器プサルテリウムと区別しますが)。

図2:サントゥールを演奏する女性(Hasht-Behesht Palace, Isfahan)

図2:サントゥールを演奏する女性(Hasht-Behesht Palace, Isfahan)

サントゥールなどは水平に置いて演奏しますが、プサルテリウムは垂直に縦型に置かれます。メムリンクが描いた、両側が大きく内側に曲がり込んだプサルテリウムは、豚の頭部に似ているとして「豚(の頭)のプサルテリウム」と呼ばれ、14世紀ころ普及しました。楽器を構えやすくしたのですね。一方東ヨーロッパでは、台形を半分にした形の「ボヘミアの翼」と呼ばれるプサルテリウムが使われました。

プサルテリウム psalterium という語は、古くは、聖書に登場する楽器を表すとともに、「弦楽器を持って歌う歌 psalmos」である旧約聖書の詩編(羅: psalmi、英: psalms)も指す言葉でした2。詩編を唱う際の伴奏楽器として、好んで使われたと考えられます。トロンボーンやツィンクのように教会で使われた楽器で、神聖なはずなのに、どうしてキリストから遠いところに(=管楽器よりも低位として)描かれているの?? 楽器のヒエラルキーは、教会での使用の有無で決められたわけではないのかな?? 管楽器が弦楽器よりも高位と考えられたのは、最高位の声楽と同様に人間の息を吹き込んで音を出すからでしょうか。

ところでこのプサルテリウム、意外な楽器のご先祖さまです。何かわかりますか?! この撥弦楽器に鍵盤を加えると……?? そうです。実はこのプサルテリウム、チェンバロのご先祖さまなのです(図3。来週再来週はコラムをお休みさせていただきます)。

図3:原始的なハープシコード。15世紀半ば、collegiate church of S Maria, Daroca

図3:原始的なチェンバロ。15世紀半ば、Collegiate church of S Maria, Daroca

 

  1. 無記名「プサルテリウム」『音楽大事典4』平凡社、1982、2104ページ。
  2. McKinnon, James W., ‘Psaltery,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 20. Macmillan, 2001, p. 521. 図3は同 525ページより。
11. 11月 2015 · (259) フルートは横笛ではなかった!? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

前回 (258) サルタレッロってどんな音楽?でご紹介した最初の動画、中世のサルタレッロ演奏の団体名は、Flauto dolce でした。フラウト・ドルチェ(イタリア語。直訳すると甘いフルート)が楽器名であることと、でもフルートではないことをご存じですか? フルートはイタリア語でフラウトですが、フラウトが必ずしも現在のフルートとは限りません。

フラウト、あるいは複数形でフラウティと書いてあったら、それは横笛ではなく縦笛。リコーダーです(動画でも、縦笛が活躍しています)。フラウト・ドルチェ、フラウト・ア・ベッコ(flauto a becco 筒口フルート)、フラウト・ディリット(flauto diritto まっすぐのフルート)などと記されることもありました。ドイツ語ではブロックフレーテ blockföte と言いますが、フレーテはフルート(フラウト)。歌口などをブロックのように取り外せる(中学校で吹いたアルト・リコーダーのような)縦笛という意味です1

リコーダーは英語ですね。record はラテン語の recordari に由来する動詞で「覚えている、思い出す」という意味。リコーダーは、中世の吟遊詩人(ミンストラル)のような(昔のことを)覚えている人や物語る人のことで、さらに意味を広げて彼らの楽器にも使われたと考えられます2。リコーダーが楽器として初めて記されたのは、1388年。後にイングランド王ヘンリー4世となるダービー伯の家計記録でした 3

リコーダーは、親指用の穴1つとそれ以外に(通常)7つの指穴を持つ木製楽器。中世に発明され(あるいはヨーロッパに持ち込まれ)、ルネサンス時代は最も一般的な楽器のひとつでした。バロック時代にも引き続き用いられ、バッハも多くのカンタータなどで使用しています。ブランデンブルク協奏曲第2番と第4番では、独奏楽器として活躍しますね。

それでは、横笛の場合はどうしたのか? およそ1735年ころまで、作曲家が横笛を意図するときは必ず、フラウトの後にトラヴェルソと書き加えていました4。traversoは「横の、斜めの」という意味。不自然な構え方(!!)をする楽器が必要なときは、それを明記したのですね。現在フルートと言えば横笛を指しますが、フルート(フラウト)のほとんどの歴史においては、横笛よりも縦笛のほうが支配的だったのです5

  1. 久保田慶一『音楽用語ものしり事典』アルテスパブリッシング、2010、129ページ。
  2. Lasocki, David, ‘Recorder,’ The Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 21, Macmillan, 2001, p. 37.
  3. Ibid., p. 38.
  4. Lasocki, David, ‘Flauto,’ The Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 8, Macmillan, 2001, p. 928.
  5. Brown, Howard Mayer, Jaap Frank, and Ardal Powell, ‘Flute,’ The Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 9, Macmillan, 2001, p. 31.
30. 9月 2015 · (254) フリギア旋法とは何か はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

ブラ4の解説には、第2楽章のフリギア旋法が必ず言及されていますね(私も既に (252) でそう書いてしまいました)。手っ取り早く言うと、フリギア旋法は「ミファソラシドレミ」。第2楽章はシャープが4つもついたホ長調なのに、ホルンが始める冒頭の旋律はミーミーファーソミーミーレード……ミーミーレードミー。ファドソレの♯が、全てキャンセルされています。これがフリギア旋法の部分。

フリギア旋法は、グレゴリオ聖歌を体系化する中で整えられた8種類の教会旋法のうちの1つ。中世やルネサンス時代の音楽は、教会旋法に基づいて作られました。その後に成立した長調や短調の音階と、共通する点・相違する点があります。

音域は同じ1オクターヴ。フリギア旋法なら、ミからミまでですね。でも、長短調とは異なりピアノの白鍵盤にあたる全音階の音だけで構成されます。長短調における主音のような中心音は、終止音(ラテン語でフィナーリス)と呼ばれます。フリギア旋法の終止音はミ。

主音1つに2種類の音階がある(たとえばハを主音にするハ長調とハ短調)ように、同じ終止音を持つ旋法も2種類。一方は、終止音から終止音までの音域を持つ正格旋法。フリギア旋法も正格旋法です。もう一方は、終止音の上下に1オクターヴの音域を持つ変格旋法。フリギア旋法と同じミを終止音にする変格旋法ヒポフリギア旋法は、シからシまでの音域を持ちます。

旋法と長短調の大きな違いは、音の並べ方。たとえば長調はオクターヴの7つの音の間隔が「全(=全音)・全・半(=半音)・全・全・全・半」と決まっていますが、教会旋法はこの間隔がそれぞれ異なるのです。たとえばフリギア旋法なら「半・全・全・全・半・全・全」ですし、レを終止音とする正格旋法ドリア旋法なら「全・半・全・全・全・半・全」(フリギア旋法の《かえるの歌》は「ド−レ♭−ミ♭−ファ−ミ♭−レ♭−ド ミ♭−ファ−ソ−ラ♭−ソ−ファ−ミ♭」、ドリア旋法では「ド−レ−ミ♭−ファ−ミ♭−レ−ド ミ♭−ファ−ソ−ラ−ソ−ファ−ミ♭」になります1)。

16世紀にスイスの音楽理論家グラレアヌス(1488〜1563)が4旋法を加え、教会旋法は12種類に。ただ、単旋律音楽(聖歌)のための理論を、ルネサンス時代の多声音楽に使うのは無理がありました。音域が広がり、半音階変化が多くなると、各旋法の特徴が曖昧になっていきます。結局、ラから1オクターヴのエオリア旋法と、ドから1オクターヴのイオニア旋法を元にする短音階と長音階2種類に集約されることに。

新しい調体系が確立すると、教会旋法はほとんど使われなくなりました。ところがその後、調性音楽の可能性が汲み尽くされてくると、作曲家たちは新しい素材として、教会旋法や民族音楽で使われる音階などに目を向けます。ブラームスも、ホ長調の楽章の最初の単旋律部分をフリギア旋法で作曲することで、ブラ4に古風な雰囲気と不思議な新しさを加えたのです。

  1. haryo12さん、ありがとうございました。
28. 1月 2015 · (222) ♯・♭・♮ の元 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

楽譜の中でいつもお世話になっている変化記号。♯(シャープ、嬰記号)は半音高く、♭(フラット、変記号)は半音低く、♮(ナチュラル、本位記号)は ♯ や♭を解除という意味ですね。五線の端で調号として使われたり、五線の途中で臨時記号として使われたり。

見慣れていて、いつも機械的に半音上げ下げするだけの ♯・♭・♮ ですが、起源をご存知でしょうか。次の3つのうち、正しくないものはどれでしょう?

  1. ♯・♭・♮ の原型は、1000年くらい前から存在する
  2. 3つとも同じ記号に由来する
  3. ♯ と♭は、元は同じ意味で使われた

♯・♭・♮ は、グイード・ダレッツォが理論書『ミクロロゴス』(c. 1030)などで用いた記号が起源。グイード・ダレッツォは、グレゴリオ聖歌の旋律を歌うための「ソルミゼーション」シラブル、ウト–レ–ミ–ファ–ソル–ラを考案した11世紀の僧でしたね((78) ドレミの元参照)。

四角い b

図1:四角い b

彼は、当時置換え(=ムタツィオ。(78) 参照)のために使われていた2種類のロ音を区別するために、通常のロ音を「四角い(またはかたい)b」、変ロ音を「丸い(または柔らかい)b」と呼びました。そして、後者をb、前者を角張ったb(図1参照)の形で記したのです。異なる記号で2つのロ音を区別したのは、グイード・ダレッツォが最初ではありません。b の逆である q や、他のアルファベットで記した資料もあります1。でも、グイードの記号がスタンダードに。

12世紀には ♮記号、13世紀には ♯ 記号が「四角いb」として登場。♯・♮ の2つに意味の違いは無く、写譜者や出版業者が自分の習慣で使っていました。♮ が、 ♯ や♭の解除だけを意味するようになったのは、18世紀。

というわけで、最初の3つの質問のうち間違っているのは3。♯ と♭ではなく、♯ と♮ が同じ意味でした。16世紀ドイツでは、出版業者たちが四角い b として h を使用2。現在のドイツ音名(B が変ロ音、H がロ音)に引き継がれています。

  1. Hilly, David, ‘Accidental,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 1, Macmillan, 2001, p. 51.
  2. 同上。

《第九》第1楽章のオープニング。セカンド・ヴァイオリンとチェロのかすかな刻みの上に、ファースト・ヴァイオリンが第1主題の断片を「ちゃらーん……ちゃらーん……」と繰り返します。「ちゃらーん」の「ちゃ」は32分音符。8分音符の1/4の音価(音の長さ)です。一方、かすかな刻みは6連符。四分音符に6つですから、八分音符の1/3の音価。伴奏なのに「ちゃ」と微妙にずれています。空虚5度の響き(どのパートもラとミだけ。真ん中にドかド♯が加われば、長調か短調かはっきりするのですが)と相まって、この先、何が始まるのかわからない、なんとなく落ち着かない雰囲気が続きます。

落ち着かない3分割で思い出すのが《魔王》。病気の息子を抱いた父親が嵐の中、馬を走らせるというゲーテの詩に、シューベルトがつけたピアノ伴奏は、最初からずーっと3連符。疾走する馬の描写ですが、それだけではありません。左手の3連符による上向音階とともに、心急く様子、不気味さ、ただならぬ雰囲気を醸し出しています。もしも16分音符だったら(速過ぎて弾けないのはともかく)、これほどの切迫感は得られなかったでしょう。

2本足で歩く私たちには2拍子系の拍子は身についています。特に日本人は、地面にどっしり足をつけた農耕民族。3拍子には縁がありませんでした(騎馬民族なら、早馬のリズムから3拍子を体感できた?)。民謡はもちろん、唱歌・軍歌・童謡もほとんどが2拍子系。ぱっと思い浮かぶ例外は、「ぞーうさん、ぞーうさん、おーはながながいのね」の《ぞうさん》(團伊玖麿作曲)くらい。1拍を3等分する3連符は、さらに人工的で不安定に感じられます。3拍子の舞踏が珍しくないヨーロッパにおいても同様なはず。単に、8分音符ではもの足りなくて16分音符では細かすぎるから3連符にするわけではありません。《第九》のオープニングや《魔王》のピアノ伴奏も、3分割特有の不安定さをうまく利用しています。

ところが!! 西洋音楽の歴史において最初に生まれたのは、3分割でした(と突然、アマ・オケ奏者のための音楽史 (9) に変身)。3はキリスト教の三位一体を象徴する神聖な数。このため3等分は、より完全な分割法と考えられたのです。それに対して2分割は、不完全分割と呼ばれました。

グレゴリオ聖歌の記譜に使われたネウマは、音高を示すことはできます((82) 1000年前の楽譜参照)が、音価を示すことはできませんでした。音符の形によって音価を表す現在のような記譜システムが考えられたのは14世紀。音符は長い方から、マキシマ、ロンガ、ブレヴィス(■)、セミブレヴィス(◆)、ミニマの5種類。ブレヴィス1個をセミブレヴィスに分けるとき、3つに完全分割することと、2つに不完全分割することが可能でした。そのセミブレヴィスをミニマに分けるときも、2種類。これらを組み合わせた4種類の体系が図1です。

図1;ブレヴィスの分割(クリックで拡大します)

各分割を表す記号、メンスーラ記号も考え出されました(図1の最上段)。円は完全を表す記号で、1番左の⦿は、ブレヴィスからセミブレヴィスへも、セミブレヴィスからミニマへも完全分割であることを示します。左から2番目の○は、ロンガからブレヴィスへのみ3分割でブレヴィスからセミブレヴィスは2分割の印です。一方、ロンガからブレヴィスが不完全分割の場合、右側2つのように円ではなく右側が欠けた半円の記号が使われました。

あれれ、1番右側の記号?! そうです。現在、4分の4拍子の記号として使われている C は、アルファベットの C ではありません。14世紀に、不完全分割を表す記号として工夫された半円形です。それ以来何百年もの間、2分割=不完全であることを示し続けているのです1

  1. 14世紀の音楽家や理論家たちは様々な記号を考えましたが、その中で生き残ったのがこの4つです。金澤正剛『中世音楽の精神史』講談社選書メチエ、1998、211−2(図1も)。実際に楽譜に使われるようになったのは、もっと遅いようです。
24. 5月 2012 · (82) 1000年前の楽譜、ネウマ譜 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

アマ・オケ奏者のための音楽史第6回は質問から。約1000年前の楽譜に存在しなかったものは?

  1. 小節線
  2. 音部記号(ト音記号など)
  3. 譜線(五線など)

    譜例1:ネウマ譜(イタリア、15世紀)

1000年前は11世紀、中世。クラシック音楽のルーツ、グレゴリオ聖歌が整えられていった時代です((65) グレゴリオ聖歌はいくつあるのか参照)。聖歌が、譜例1のような黒くて四角い「ネウマ」で書かれていたことをご存知の方もおられるでしょう。譜線は4本。聖書の言葉をぼそぼそ唱えているよりも、節をつけて歌った方が神様にも喜ばれるだろうと生まれたグレゴリオ聖歌ですから、歌と言っても音域が狭いのです。4線譜で十分でした。現代でも、グレゴリオ聖歌集はネウマで記されます。

音部記号もありますね。譜例1(クリックで拡大します)の中のAは、ヘ音記号。現在と同様、右側の2つの点に挟まれた線がファですから、右隣のネウマはラ。主の降誕のシーンが細密画で描かれた、大きなPのイニシャルの右側には、現在、ヴィオラの記譜に使われるハ音記号のCが書かれています(B)。Cに挟まれた線がドですから、白い楕円が重なった右隣のネウマはレ(ヘ音記号もハ音記号も、4線のどれにでも付けられます。聖歌の歌い手は男性だったので、ト音記号はありませんでした)。ということは、上の3つのうちで1000年前に存在しなかったのは、小節線だけ?

この黒く四角いネウマは、13世紀ころから一般的になった新しいタイプ。それ以前は、地域によってネウマの形や書き方が異なっていました。譜例2は、1030年頃に南フランスで作られたネウマ譜(聖パウロの日のための聖歌)。ラテン語の祈りの言葉(=歌詞)が小さく書かれた上の、茶色っぽい点々がネウマです。小節線はもちろん、音部記号もありません。だいたい、音部記号を書くにも線が無いし……。

譜例2:ネウマ譜(アクィタニア式記譜法、1030年頃)

あれれ、歌詞と歌詞の間に白っぽい線が見えます(拡大して見てください)。これが、ファを表す譜線。先が尖ったもので、羊皮紙を傷つけてあるのです。よく見ると、まるでこの線の上下に等間隔に線が引かれているかのように、音符の高さが揃っています。これなら、歌うことができますね。というわけで、1000年前の楽譜に存在しなかったのは、小節線と音部記号。もちろん、さらに古い時代には、譜線もありませんでした(譜例3参照)1

私たちが日頃お世話になっている楽譜は、数えきれないほどあるグレゴリオ聖歌の覚え書きとして始まりました。聖歌の歌詞の上に、旋律線を示すような簡単な印(ネウマ)を記し、メロディーを思い出せるようにしたのです。11世紀初めに、譜例2のようにファの譜線が刻まれるようになり、その後、ファの線が赤インクで書かれる→色違いのドの線が加わる→音部記号の導入と進み、正確な音高表記が可能に。四線譜の発明は、グイード・ダレッツィオ((78) ドレミの元参照)に帰せられています。小節線が加わるのは、まだまだ先です。

譜例3:ネウマ譜(ザンクト・ガレン式記譜法、950〜975年)

  1. 譜例1と3に書かれた聖歌は、両方とも、降誕祭のためのアンティフォナ《Puer natus est nobis 我らに幼な子が生まれ給えり》です。
26. 4月 2012 · (78) ドレミの元 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

「アマ・オケ奏者のための音楽史」第5回はドレミについて。いつも何気なく使っていますが、どうしてディン ドン デン ドゥン ダンとか、クン シャン チャオ チュ ユとかではなく、ド レ ミ ファ ソ ラ シなのか、これが何に由来するのかご存知ですか? 話は中世まで遡ります。

11世紀の僧グイード・ダレッツィオ(991-2頃〜1033後)が起源((64)『のだめカンタービレ』ありがとう!の図1で、千秋がこの名前もあげていますよ)。グイードは、音の高さとシラブルを対応させて歌う「ソルミゼーション」を考案しました。洗礼者ヨハネの誕生の祝日(6月24日)に用いられる、賛歌という種類のグレゴリオ聖歌《Ut queant laxis(貴方の僕たちが)》は、6つの句の初めの音が1つずつ高くなっていきます(譜例1の◯で囲まれた音参照)。そこで、グイードは各句の最初のシラブルをそれぞれの音の名前にしたのです。この ut re mi fa sol la ウト–レ–ミ–ファ–ソル–ラの6つが、ドレミの元の形です。

譜例1:《Et queant laxit(貴方の僕たちが)》(クリックで拡大します)

グレゴリオ聖歌はたくさんあり((65) グレゴリオ聖歌はいくつあるのか参照)、1年に1日しか歌わない聖歌も(たとえば、上の洗礼者ヨハネの誕生の祝日に使う聖歌は、同じ洗礼者ヨハネ殉教日や、福音書家ヨハネの祝日には使えません)。しかも、ほぼ口伝の時代ですから、大変! でも、この6つのシラブルとそれぞれの音の関係を覚えておくと:

図1:グイードの手(15世紀終わりの写本より)

  • 知らない旋律を聞いたとき、ウト–レ–ミで書き取ることができる
  • 読めない記号で書き付けられた知らない旋律を、ウト–レ–ミに対応させて覚えることができる

6つの音のうち、ミとファだけが半音の関係。下から全音–全音–半音–全音–全音です。ドから始まる6音だけではありません。シドの半音をミファと考えると、ソから始まる6音もウト–レ–ミ–ファ–ソル–ラ。シ♭を使うときは、ラとシ♭の半音がミファで、ファから始まる6音もウト–レ–ミ–ファ–ソル–ラ。6音を越える音域を持つ旋律は、この3種類を置換え(ムタツィオ)しながら歌いました。音によっては3種類に置換えられるものもあり(たとえばドの音は、ウト、ファ、ソル)、手の関節を使った早見表が使われました。グイードの手と呼ばれます(実際には、グイードの死後100年ほどしてから考案されたようです)。

ややこしい置換えなしに使えるように、17世紀初めに7つ目のシが加えられました(賛歌の最後の「聖ヨハネ Sancte Ioannes」の頭文字からと言われています。ラテン語に J はありませんでした)。歌いにくいウトをドに変えて、ドレミファソラシが完成。私たちも中世の僧たちと同じように、新しい旋律を歌ったり、覚えたりするときにお世話になっています。

ut re mi fa sol la は、5種類すべての母音と、それぞれ異なる6種類の子音の組み合わせ。このバラエティーに富んだ6つのシラブルから始まる《貴方の僕たちが》の各句の最初の音が、ちょうど1音ずつ高くなっていたなんて、素晴らしい偶然だなと思ったあなたは鋭い! 実はこの賛歌、歌詞は9世紀まで遡ることができるのですが、旋律はグイードより古い時代の記録が無いのです。そのため、グイードがソルミゼーションのために自分で作曲したか、あるいは現在は失われた既存の旋律を、作り直したのだろうと考えられています。

19. 1月 2012 · (64) 『のだめカンタービレ』ありがとう! はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

音大ピアノ科の学生「のだめ」こと野田恵と、指揮者を目指す千秋真一の成長を描いた漫画、二ノ宮知子『のだめカンタービレ』(講談社)。2007〜10年に作られたテレビ・ドラマやアニメ、映画をご記憶の方も多いのではないかとと思います。クラシック・ブームを巻き起こし、音楽ファンの裾野を広げた音楽漫画。聖フィルも第1回定演で、ドラマのテーマとして使われたベートーヴェンの第7番交響曲を取り上げるなど、何かとお世話に(?)なりました。

さて、完結して早1年半の今頃になってなぜ『のだめ』なのか。それはこの漫画、クラシック好きを増やしたのみならず、音楽や音楽史理解のためにも役立ってくれるからです。私はドラマやアニメ、映画を見たことはありませんが、大学で音楽史を教える時にコミックを活用しています。

様々なピアノ曲、オーケストラ曲、室内楽が取り上げられていますし、アンコール編は《魔笛》を上演するストーリー。バラエティーに富んでいるので、「『のだめカンタービレ』でたどる西洋音楽史」なんていう講座もできます(いわゆる一般教養の音楽として企画。『のだめ』で使われた曲を中心にした普通の音楽史ですが、資料として漫画のシーンを紹介し、意図を説明)。

音楽は目に見えません。作曲家や楽曲の背景を説明してから曲をかけても、音の流れの中でこの瞬間にいったい何が行われているのか——たとえば何という楽器が何を表現しようと演奏しているのか——を理解するのは、(専門的に勉強した人以外にとって)容易ではありません。『のだめ』の演奏シーンは音楽を視覚化する試み。曲に対する作者のイメージを見ることが、自分自身のイメージを作る助けになり得ると思うのです。ちなみに、『のだめ』の音楽描写はかなり正確。ブラ1の演奏シーンで気づいたのですが、独奏楽器の受け渡しなど、きちんと曲に沿って描かれています。

何よりもありがたいのは、前回の(63) 音楽は数学だった ?! で扱った中世の音楽理論が『のだめ』に登場すること(図1参照)。西洋音楽史の最初の時間に、クヮドリヴィウムとかムジカ・ムンダーナとか、現在と遠く隔たった考えを説明するのは、あまりうれしいものではありません(教えられる側も同様でしょう)。でも、漫画のシーンを見せると場がなごみますし、コマを追って説明すると、難しい印象が(少しは)薄れるようです。

というわけで、クラシック音楽ファンを増やしたのみならず、音楽鑑賞の手引きとして、また音楽史を学ぶ(教える)際も役立ってくれる漫画『のだめカンタービレ』に、心から感謝!です。

図1 二ノ宮知子『のだめカンタービレ⑯』(講談社、2006)、115ページ

図1 二ノ宮知子『のだめカンタービレ⑯』(講談社、2006)、115ページ(クリックで拡大します)

10. 1月 2012 · (63) 音楽は数学だった?! はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

長らく中断していた「アマ・オケ奏者のための音楽史」シリーズ、待望の (?!) 第3回は、中世の音楽についてです。西洋における中世は、5世紀頃から14世紀頃までの約1000年間と、かなりアバウト((27) 音楽史の時代区分参照)。古代ギリシア・ローマ時代の後、その素晴らしかった古代の文化を再興しようとしたルネサンス時代(Renaissanceはフランス語で「再生」の意)までの間の、何も無い「間の紀」を指したからです。「バロック」と同様「中世」も、もとはネガティヴな意味合いを持つ時代区分でした((45) いびつな真珠参照)。

すべてが宗教=キリスト教によって支配されていた中世ヨーロッパ。古代ギリシアの数比に基づく音楽論が継承され、キリスト教神学のもとで発展します。中世の高等教育機関において音楽は、教養人が学ぶべき自由学芸(アルテス・リベラーレス)の1つとして、必須の学でした1。自由学芸は7科目あり、トリヴィウム(ラテン語でtriは「3」、viumは「道」で、3科目の意)と、クヮドリヴィウム(quadriは「4」で、4科目)に分けられています。トリヴィウムは:

    文法 / 修辞学 / 弁証法

つまり言葉の学問です。まず初めに語学力を身につけ、言葉で表現することを学ぶのです。次に学ぶクヮドリヴィウムは:

    算術 / 幾何学 / 天文学 / 音楽

これらは数の学問です。中世において数の学問が重視されたのは、神が創造した全世界は素晴らしい調和(ハルモニア)によって造られていて、その調和の根本原理が数の関係上に成り立っている。だから、数を学ぶことで調和の謎を解明し、神によって造られた世界を詳しく知る手がかりを得られる、という当時のキリスト教の考え方によるものでした2。そして、その調和の根本原理を「ムジカ=音楽」と呼んだのです。

数の学問に含まれていることからもわかるように、中世における音楽は私たちが思い浮かべる音楽と大きく異なっていました。ボエティウス(485頃〜524)が書いた『音楽提要』(De institutione musica『音楽教程』とも)は、後世に大きな影響を与えた音楽理論書ですが、音楽を以下の3つに分けています3

  1. ムジカ・ムンダーナ(宇宙の音楽):宇宙全体の調和
  2. ムジカ・フマーナ(人間の音楽):肉体と魂の調和
  3. ムジカ・インストゥルメンターリス(器具の音楽):実際に鳴り響く音楽

最も下位に置かれたムジカ・インストゥルメンターリスが、現在私たちが音楽と呼んでいるもの。器楽だけではなく声楽も含まれます(実際に鳴り響くので)。他の2つは聞こえませんが、たとえばムジカ・ムンダーナは「天体は非常に速い速度で動いているので、私たちの耳には届かないものの、全く音を発せないわけがない」とボエティウスは考えました。中世において実際に聞こえる音楽は、音楽の一部に過ぎなかったのです。

まとめ:中世において音楽は、それを通して世界の調和のしくみを探求する、数学(より正確には数の学問)の1部門と位置づけられていました。わかったような、わからないような……。

  1. 中世の高等教育は初め、修道院や教会の付属学校で行われました。12世紀以降、ヨーロッパ各地に大学が設立され、これらの自由学芸が受け継がれます。
  2. 金澤正剛『中世音楽の精神史』(講談社選書メチエ、1998)、21ページ。
  3. 前掲書第2章では、ボエティウスの音楽論が詳しく説明されています。