03. 8月 2016 · (287) ヴァイオリンのハイ・ポジション はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

いつ頃からヴァイオリンのハイ・ポジションを使うようになったのでしょう?? 《ロマンティッシュ》第2楽章ヴィオラの努力目標((285) ヴィオラの出番!!参照)達成のため練習に励んで(?!)いて、不思議に思いました。ヴァイオリン族の弦楽器における左手の位置を、ポジションと言います。ネックの先端寄りが第1ポジションで、ト音(真ん中のドの下のソ)から2点ロ音(ト音記号の上に加線1本のシ)までの音域をカバー。これよりも高い音を出すためには、左手をより高いポジションに移動させなければなりません。

図1は初期のヴァイオリン演奏図((99) 高音域を使わない理由から再掲。2年前に出版した『オケ奏者なら知っておきたいクラシックの常識』の口絵にも入れました。(0) ”パレストリーナ” プロフィール参照)。こんな楽器の構え方では、左手を動かせそうにありませんね。

図1:ヘリット・ドウ『ヴァイオリン奏者』(1665)

図1:ヘリット・ドウ『ヴァイオリン奏者』(1665)

それもそのはず。「ヴァイオリンはその誕生以来16世紀末までは主として舞踏の伴奏に用いられ、現在より短くて幅広いネックと指板をもち、左胸と左手でささえられた。音域は上3弦の第1ポジションのみ(後略)1」。G線は使わなかったということ?!! この奏法、フランスでは18世紀初頭まで残りましたが、イタリアでは17世紀半ばにソナタが盛んになり、ヴァイオリンは旋律楽器に。

ソナタの発展と並行して楽器が改良され、ネックと指板は以前より長くなりました。また、左手が自由に動けるようヴァイオリンを肩の上にのせ、ポジション移動のときは緒止板の右側をあごでおさえるように。ヨハン・ゼバスティアン・バッハが使ったヴァイオリンの音域は、この時代一般的だった3点ホ音を超えて、3点イ音(加線4本)まで2。一方で彼のヴィオラの音域が第3ポジションの2点ト音までなのは、旋律楽器として使われることが少なかったからでしょう。

高いポジションは、次第に低い弦でも使われるようになりました。レオポルト・モーツァルト(1756)とフランチェスコ・ジェミニアーニ(1751)は良いヴァイオリン奏者に、すべての弦で第7ポジションまで弾けることを要求しています3。緒止板の左側でヴァイオリンを保持することで、高いポジションやG線の徹底的な使用を可能にしたのがヴィオッティ(1755〜1824)。1820年にシュポーア(1784〜1859)が初めて固定したあご当てを使用。左手はさらに自由に動かせるようになりました。

と調べてきて、ようやく気がつきました。ハイ・ポジションは、第7ポジションよりも高い位置を一括する呼び方なのですね4。《ロマンティッシュ》のヴィオラの努力目標、私は途中からD線も使うので第7ポジションまでに収まります。ハイ・ポジションとは言わないのでした。

  1. 柴田純子「ヴァイオリン」『音楽大辞典1』、平凡社、1981、135ページ。
  2. 久保田慶一「ヴァイオリン」『バッハ キーワード事典』、春秋社、2012、355ページ。「1点ト音から」書かれていますが、「ト音」の誤りでしょう。
  3. Monosoff, Sonya, ‘Position,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 20, Macmillan, 2001, p. 207.
  4. 無記名「ポジション」『音楽大辞典5』、平凡社、1983、2350ページ。
20. 7月 2016 · (285) ヴィオラの出番!!《ロマンティッシェ》第2楽章第2主題 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

ブルックナーの交響曲第4番《ロマンティッシェ》第2楽章。1小節のゲネラルパウゼの後、息の長い第2主題が始まります。32小節も続く第2主題の全てを奏でるのは、ヴィオラ1。重要な主題をヴィオラがこれほど長く任されるのは、とても珍しいことです。

良いメロディーをもらうのは、いつもファースト・ヴァイオリンかチェロ。稀にヴィオラが与えられても、チェロなど他の楽器と重ねられます。オーケストラや弦楽四重奏でヴィオラを弾いていたベートーヴェンやシューベルトの音楽でも、ヴィオラは脇役。ブルックナーが《ロマンティッシェ》でこの長い旋律全てをヴィオラだけに与えたのは、単に慣例を重視しなかったからかもしれません。

ヴィオラ奏者が泣いて喜ぶ(?!)主旋律なのに、努力目標が「G線」。最初のソの音は、G線の解放弦の1オクターヴ上。メロディーの最高音は、このソの上のミ♭。再現部では長2度上のラから始まるので(面白い調設定ですね)、最高音はファ。音程は取りにくいし、音は痩せてしまうし、もう必死。

それなのに田部井剛先生ったら、「そんな貧窮問答歌みたいな音で弾かないで」。あまりにも素晴らしい比喩で、みんな大爆笑でした。本番で思い出しちゃったらどうしましょう!?!   笑いをこらえるのは、ハイ・ポジション以上の試練かも(ちなみにこのハイ・ポジ努力目標、練習していると結構はまります)。

ところで私、貧窮問答歌がどんな歌か、とっさに全く思い浮かびませんでした。なぜか「銀も金も玉も」が浮かんで、これじゃないよなと思ったくらい。調べてみたら「銀も金も」と貧窮問答歌、いずれも山上憶良(ちょっとホッとしました)。貧窮問答歌はすごく長く、教科書には意訳が載っていただけだったと思います。万葉集の時代はまだ仮名文字が成立しておらず、「風雑 雨布流欲乃 雨雑 雪布流欲波」と始まることを(ヴィオラとは関係ないけれど)書き添えておきます。

  1. 私はこの楽章を、ロンド形式よりもむしろソナタ形式と考えます。
10. 6月 2015 · (240) チェロはややこしい? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

チェロの本名ヴィオロンチェロ violoncello は、イタリア語で「小さな大きなヴィオラ」の意味。擦弦楽器の総称 viola に増大の接尾辞 -one で大きな、縮小の接尾辞 -ello で小さなという意味が加わるからでしたね((37) ヴィオラはえらい?参照)。なんともややこしい名前ですが、私はずっと、チェロがコントラバスのご先祖様ヴィオローネ violone(大きなヴィオラの意)よりも小さいので、小さなヴィオローネという名前で呼ばれるのだと納得していました。音楽事典でヴィオローネをひくと:

弦楽器の1種で、ヴィオラ・ダ・ガンバ蔟の最低音楽器。6弦で調弦はベース・ガンバと同じだが、(中略)実音は楽譜よりオクターヴ低い。(中略)ガンバ蔟の中で、ヴァイオリン蔟と併用された最後の楽器であり、コントラバスが一般化するまでオーケストラの最低音域を受け持った(後略)1

と書いてあるからです。でもこれは、現代の用語法。歴史的にみると、ヴィオローネは他にもさまざまな意味を持つ、すごくややこしい名称でした2

  1. 1530年代以降、すべてのサイズのガンバ(=ヴィオール)蔟を指していた。
  2. 1600年ころまでに、低音のヴィオラ・ダ・ガンバを指すようになった。1609年にバンキエーリは、ヴィオローネ・ダ・ガンバを G’-C-F-A-d-g、ヴィオローネ・デル・コントラバッソを D’- G’-C-E-A-d に調弦すると書いている。
  3. 同時に、(いつからかはっきりしないものの)ヴァイオリン蔟の低音楽器も指すようになった。バス・ドゥ・ヴィオロン、バッソ・ディ・ヴィオラ、バス・ヴィオール・デ・ブラッチョ、バッス・ドゥ・ヴィオロン、バッセット、バッセット・ディ・ヴィオラ、バッソ・ダ・ブラッチョ、バッソ・ヴィオラ・ダ・ブラッゾ、ヴィオラ、ヴィオラ・ダ・ブラッチョ、ヴィオラ・ダ・ブラッゾ、ヴィオレッタ、ヴィオロンチーノ、ヴィオローネ、ヴィオローネ・バッソ、ヴィオローネ・ダ・ブラッゾ、ヴィオローネ・ピッコロ、ヴィオロンジーノ、ヴィオロンゾーノ、ヴィヴォラ・ダ・ブラッゾなど、さまざまな名称が使われた3
  4. 例外的にヴェネツィアでは、1660年以降コントラバスを指した。

ガンバ(ヴィオール)蔟とヴァイオリン蔟は、似て非なる楽器。形(ガンバ蔟はなで肩)、弦の数(ガンバ蔟は多い)、調弦(ガンバ蔟は3、4度調弦)、フレットの有無(ガンバ蔟は有り)などが異なります((31) 仲間はずれはだれ?参照)。その両方の低音楽器をヴィオローネと呼んでいたとは……。ややこしすぎ!と文句を言いたくなりますが、ガンバ蔟もヴァイオリン蔟も、擦弦楽器つまりヴィオラ。大型のものをヴィオローネと呼ぶのは自然だったのでしょう。イタリアでヴィオローネがコントラバスを指していたのはヴェネツィアだけ。ヴィオローネより一回り小さいからヴィオロンチェロの名がついたわけではなかったのです。(続く)

図1:プレトリウス《シンタグマ・ムジクム》II(Theatrum instrumentorum, 1620, pp. 20-21)

図1:プレトリウス《シンタグマ・ムジクム》II(Theatrum instrumentorum, 1620, pp. 20-21)

  1. 高野紀子「ヴィオローネ」『音楽大事典1』平凡社、1981、182ページ。
  2. Bonta, Stephen, ‘Violoncello,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 26. Macmillan, 2001, pp. 745-47.  Borgir, Tharald / Stephen Bonta, ‘Violone,’ op. cit., p. 765.
  3. bas de violon (Jambe de Fer, 1556), basso di viola (Zacconi, 1592), bass viol de braccio (Praetorius, 1619), basse de violon (Mersenne, 1637), bassetto, bassetto di viola, basso da brazzo, basso viola da brazzo, viola, viola da braccio, viola da brazzo, violetta, violoncino, violone, violone basso, violone da brazzo, violone piccolo, violonzino, violonzono, vivola da brazzo など。これらのうち -ino、-etto、-etta、piccoloは小さな、braccio、brazzoは腕の意味。
26. 2月 2014 · (174) オーケストラの楽器配置(パリ、1828) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

以前(96) オーケストラの楽器配置で、現在の配置の元になったと言われるメンデルスゾーンの「完全に革命的」な楽器配置(ライプツィヒ、1835)をご紹介しました。ヴァイオリンのファーストとセカンドの位置が逆だったり(現在でもこの配置で演奏しているところもありますが)、ヴィオラがとばされて他の弦楽器よりも後ろだったり、なかなか興味深い配置でしたよね。

今回は、パリの配置について。ベルリオーズが1828年にベートーヴェンの《英雄》と《運命》を聴いて大きな影響を受けた((173) 幻想交響曲の奇妙さ参照)、パリ音楽院演奏協会(Société des Concerts du Conservatoire Impérial de Musique、直訳すると帝国音楽院演奏会協会)オーケストラの配置図(図1)1。指揮者アブネックが設立の1828年に採用したと考えられる配置です。

図1:パリ音楽院演奏協会オーケストラ楽器配置、1828年

図1:パリ音楽院演奏協会オーケストラ楽器配置、1828年

1番客席側にソプラノとテノール、間にソロ歌手、その後ろに指揮者(ソロさんたちは、振り返らないと指揮が見えませんね……?)。ソプラノの後ろにファースト・ヴァイオリン、テノールの後ろにセカンド・ヴァイオリンが向かい合い、その間にバス。バスの前にピアノ、後ろにハープ。(89) どこで弾いていたのか?に書いたように、ステージ手前が合唱団と独唱者の場所であることは、パリも変わりません。おもしろいのは、ハープがほとんどの楽器よりも前に置かれていること。よく聴こえるように??

舞台の奥は4段になっていて(ドイツでは、せり台は使われなかった2)、1段目は左からクラリネット2、オーボエ2、フルート2、その隣は読みにくいのですが、ピッコロ1ではないかと思います。その右にチェロ、コンバス、チェロ、コンバス、チェロ、チェロ。2段目はホルン4、バズーン(バソン)4、チェロ4。3段目はトランペット2、コンバス3、チェロ4、コンバス2。1番上はトロンボーン3、後ろの消えかかっているのは低音楽器オフィクレイド。そしてティンパニ、打楽器、コンバス2。

チェロとコントラバスは混ざり合って、右側のあちこちに。ホルンの位置はよく考えてありますね。木管と合わせやすいと同時に、トランペット、トロンボーン、オフィクレイドと続く、金管楽器のライン上。同オーケストラの1840年の楽器配置(図2)も、ピアノ、ハープ、ピッコロ、オフィクレイド、打楽器が省かれている程度で、配置自体は変わりません3

あれれ、何か足りないような……。そうか、ヴィオラがとんでる(また!?)。ヴィオラはどこ??? えええっ、ヴィオラが無い! ヴィオラ、いないのーー?!!

と思ったのですが、いました。フランス語でヴィオラは alto。ハープの後ろに1列に10人並ぶのは、合唱団のアルトではなく、弦楽器のヴィオラ(つまり、合唱団はソプラノ、テノール、バスの3声なのですね)。舞台の一番後ろ、せり台のすぐ手前。音は聴こえにくそう(チェロより人数が少ないし)ですが、ヴィオラ、とばされてはいません。当然と言えば当然ですが、よかったですね〜。

図2:パリ音楽院演奏協会オーケストラ楽器配置、1840年

図2:パリ音楽院演奏協会オーケストラ楽器配置、1840年

  1. Koury, Daniel J., Orchestral Performance Practices in the Nineteenth Century. Univ. of Rochester Press, 1988, p. 204 (source: Elwart, Histoire de la Société des Concerts du Conservatoire Impérial de Musique, 2e éd. Paris, Castel, 1864, pp. 114-15).
  2. 前掲書、p. 201.
  3. 前掲書、p. 205 (source: Carse, Adam, The Orchestra from Beethoven to Berlioz. New York: Broude Bro., 1949, p. 476).
28. 8月 2013 · (148) バッハもヴィオラを弾いていた はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

ベートーヴェンはボン時代、劇場でヴィオラを弾いていました。シューベルトは、家族で弦楽四重奏をするとき、ヴィオラを担当していました((33) シューベルトの未完成交響曲たち参照)。時代は下がって、ドヴォルジャークはチェコの国民劇場仮劇場オーケストラでヴィオラを弾いていました((30) スメタナとドヴォルジャーク参照)し、ヒンデミットも室内楽やソロ活動をするヴィオラ奏者でした。

ヴィオラと言えばもう1人、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ。好んでヴィオラを弾いたと、彼の次男、カール・フィリップ・エマヌエルが伝えています1。譜例1は、その(間接的な)証拠と考えられるもの。

譜例1:バッハ作曲《ブランデンブルク協奏曲》第5番 BWV 1050 第1楽章冒頭

譜例1:バッハ作曲《ブランデンブルク協奏曲》第5番 BWV 1050 第1楽章冒頭

ブランデンブルク協奏曲第5番と言えば、バッハの最も人気がある世俗曲の1つ。独奏楽器は、フルートとヴァイオリンとチェンバロ。複数の独奏楽器を持つバロック時代の協奏曲、コンチェルト・グロッソです。でも、全体としてチェンバロの比重が非常に大きく、実質的にはチェンバロ協奏曲と言えます。ブランデンブルク辺境伯クリスティアン・ルートヴィヒに献呈するために(この被献呈者の名前で呼ばれますが、バッハが付けたタイトルは『種々の楽器を伴う協奏曲集 Concerts avec plusleurs instruments』)丁寧に清書された自筆スコアは、上から順に独奏フルート、独奏ヴァイオリン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ヴィオローネ(コントラバスのご先祖)、独奏チェンバロ。

チェンバロ・パート右手部分は、最初の和音のみで残りはずーっと空白。左手の楽譜の上には、何やら不思議な書き込みがいっぱい。これは、通奏低音奏者に和音の種類を示す数字で、8分音符のように見えるのは数字の6(3度上と6度上の音を弾けということ。(132) 楽譜どおり演奏しても足りない場合参照)。このオープニング部分では、チェンバロ奏者は独奏者ではなく、通奏低音担当の伴奏者。数字で指示された和音を、即興で充填します。一方、譜例1の最後の小節からは、右手パートも記入されていますね。通奏低音の数字はありません。ここからチェンバロ奏者は独奏者に早変わり。1人2役、大忙し。

話をヴィオラに戻しましょう。ヴィオラのパートは、通常のハ音記号で記譜されていますね。この曲がどうして、バッハがヴィオラを弾いていた証明になるのでしょうか。よく見ると、ちょっと変わったところがありますよ。独奏ヴァイオリン・パートの下、伴奏(リピエーノと呼びます)ヴァイオリンが、1パートしかありませんね。通常は(たとえヴァイオリン協奏曲でも)、オーケストラのヴァイオリンにはファーストとセカンドの2パートあるもの。それなのに、この曲は1パートだけ。これは普通ではありません。

ケーテンの宮廷楽長時代、協奏曲を演奏するときには、バッハはヴィオラを弾きながら指揮していたと考えられます。でも、ケーテン宮廷が新しく購入した、ベルリンのチェンバロ製作家 ミヒャエル・ミートケ作の2段鍵盤チェンバロをお披露目するために作曲されたこの協奏曲では、バッハ自身がチェンバロ・パートを受け持ったことは、まず間違いありません。ということは:

    1. バッハはいつものヴィオラを受け持つことができなかった
    2. でもヴィオラはアンサンブルに必須!
    3. セカンド・ヴァイオリン奏者にヴィオラを担当させた
    4. セカンド・ヴァイオリンを弾く人がいなくなった
    5. ヴァイオリンを1パートのみにした

この場合、リピエーノ・ヴァイオリンのパートは、1人で弾いていたことになりますね。ケーテン宮廷楽団はバッハの頃、16名の団員が在籍していたそうですから、ヴァイオリンが2人というのはちょっと少なすぎる感じ2。でも、弦パートは1人ずつで弾いたと主張するリフキンのような研究者もいます。チェンバロの長く華やかなカデンツァを持つこの協奏曲、意外にも室内楽のように演奏されていたのかもしれません。

  1. 角倉一朗『バッハ:ブランデンブルク協奏曲ミニチュア・スコア解説』全音出版、n.d.、13ページ。
  2. 久保田慶一編『バッハキーワード事典』春秋社、2012、332ページ。
26. 6月 2013 · (139) 実はいろいろ! ハ音記号 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

凹んだところが真ん中のドを示すハ音記号。ピアノの楽譜(大譜表)で使われるト音記号(出発点の高さがト=ソ)やヘ音記号(2つの点で挟まれた高さがヘ=ファ)ほど出番は多くありませんが、実は中世から存在していました((82) 1000年前の楽譜参照)。オケ奏者には、ヴィオラの音部記号としておなじみですね。五線の3本目に凹みが向き、五線の中にきれいに収まります。

ヴィオラ初心者は、慣れるまで読譜に一苦労でしょう。なぜわざわざ読みにくい記号を使うのか!とお怒りの方も多いと思います。でも、もしト音記号を使うと、ヴィオラの最低音(真ん中のドの1オクターヴ下のド)を書くには、加線(短い線)が4本も必要。上の音域がはみ出すヘ音記号は、問題外。加線1本だけで最低音を示すことが出来るこの記号、まさにヴィオラのために存在するようなものです。

ところで、ヴィオラの記号=ハ音記号と思っている人が多いようですが、正確にはアルト記号。ハ音記号は他にもあります。チェロ・パートの高音域には、第4線(五線は下から数えます)が凹んだハ音記号も使われますね。これはテノール記号。

アルトとテノールがあるなら、ソプラノも?と思った方、鋭い! もちろんあります。第1線に凹みが向いていて、加線を使わなくても、真ん中のシ(?!)から1オクターヴ+4度上のミまで、書き記すことができます。でも、ハ音記号のバス記号はありません。ヘ音記号がバス記号。

五線のうち、第1、3、4線に凹みが向く記号があるのに、2と5は無いの?と思った方も鋭い! もちろんあります。ソプラノ・アルト・テノール・バス以外にも、まだ声の種類があるじゃありませんか。第2線がドなのはメゾ・ソプラノ記号。第5線がドなのはバリトン記号ですが、実際には下にずれたヘ音記号(第3線がファなので、第5線がドと同じ)が使われます。つまり音部記号は、ト音記号1、ハ音記号4、ヘ音記号2の合計7種類(図1参照)。

図1:音部記号

図1:音部記号(クリックで拡大します)

この一覧表を見ると、大学のソルフェージュ(音楽の基礎訓練。楽譜を見てすぐに歌う「新曲視唱」や、聴いた音を楽譜に書く「聴音」など)の時間に「クレ読み」させられたことを思い出します。「クレ」とはフランス語で音部記号のこと(英語では最後の f も発音するので「クレフ」)。途中でどんどん音部記号が変わっていく旋律を、初見で(見てすぐ)歌うのですが、メゾ・ソプラノ記号やバリトン記号などは特に難しい。当時は、こんな練習がいったい何の役に立つの?と疑問に思ったものでした。

でも、やはり読めた方がよいのです。譜例1、バッハの《マタイ受難曲》自筆譜合唱パートに注目! ソプラノ・パートはソプラノ記号、アルトはアルト記号、テノールはテノール記号、バスはバス記号で書かれています。バッハのハ音記号はKの右上からの線が極端に短いものの、シャープの位置から逆算できます(テノール声部の2ヶ所のシャープは両方ファ)。加線を書く手間が省ける(アルト・トロンボーンやテノール・トロンボーンの場合も同様)各種音部記号、このように当たり前に使われていたのです。

譜例左:バッハ作曲《マタイ受難曲》自筆譜第1ページ第1合唱合奏体部分。譜例右:同左合唱部分。

譜例1左:バッハ作曲《マタイ受難曲》自筆譜第1ページ上半分、第1合唱合奏体部分。譜例1右:同合唱声部部分

 

 

19. 6月 2013 · (138) 弦楽四重奏:不公平な編成はなぜ? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , , ,

各パートを1人で演奏する音楽である室内楽の中で、最も重要でレパートリーも多いのが、弦楽四重奏曲。ヴァイオリン2人にヴィオラとチェロが1人ずつ。弦楽五重奏やピアノ五重奏などと違って、弦楽四重奏の編成は必ずこの組み合わせと決まっています。

弦楽器って4種類あるのだから、4重奏ならヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス各1の方が自然ですよね。でもそうではなく、ヴァイオリンが2人。その分コントラバスは入れてもらえない。不公平! 以前書いたように、弦楽器の中でコントラバスだけがヴィオール属の血を色濃く残していますが((31) 仲間はずれはだれ?参照)、それが理由ではありません。

「弦楽四重奏の父」ハイドンがこの(不公平な)編成で作曲したいきさつについて、グリージンガーは伝記の中で以下のように述べています。「フュルンベルク男爵という人が、ときどきちょっとした音楽を演奏させるために、彼の主任司祭、管理人、ハイドン、そしてアルブレヒツベルガーを招いた。男爵はハイドンに、この4人のアマチュアが演奏出来るような曲を何か作るようにリクエストした。当時18歳だったハイドンはこれを受けて、彼の最初の弦楽四重奏曲 op. 1, no. 1 を考案した。それが世に出るや否や、世間一般に良く受け入れられたので、ハイドンは思い切ってこの形でさらに作曲した」1

えーっ、たまたまヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1が集まったから、このジャンルが生まれたということ?!? もしも集まった4人のうちの3人がチェリストだったら、ハイドン(とその後)の弦楽四重奏はヴァイオリン1、チェロ3の編成になっていたかもしれないの?!? まさか、そんなはずありませんよね。彼がこの編成のジャンルを「考案」したわけではありません。ちなみに、ハイドンが最初期の弦楽四重奏曲10曲を作ったのは、1757〜62年頃。20代後半です2。18歳なんて、グリージンガーさんサバ読み過ぎ!

不公平な編成の理由は、バロック音楽の通奏低音の中に見つかります。低音旋律楽器と鍵盤楽器の左手が、低音旋律を演奏するのでしたね((132) 楽譜どおり演奏しても足りない場合参照)。前者にはチェロやファゴットだけではなく、コントラバスも含まれます。つまり、チェロとコントラバスは同じパートを演奏していたのです。だから、各パート1人の室内楽ではコントラバスはあぶれて(?!)しまいました。

それならなぜ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽3重奏が主流にならなかったのでしょうか。この理由もバロック音楽のトリオ・ソナタの中に見つかります。トリオとカルテットじゃ1人違う……のではなく、トリオ・ソナタの演奏者も4人でしたね((135) トリオはトリオじゃなかった?参照)。最も一般的だったのは、ヴァイオリン2つとチェロ、チェンバロという組み合わせ。

実はこのトリオ・ソナタは、弦楽四重奏の主要な先駆形態のうちの1つ。2パートのヴァイオリンのかけあいをチェロとチェンバロの通奏低音が支えていたのですが、このバロック時代の伴奏習慣は次第に廃れていきます。チェンバロ(の右手)に代わって、旋律と低音の間を埋めるために使われるようになったのが、ヴィオラ(ようやく登場! (37) ヴィオラはえらい?参照)。でも、ヴィオラ1つで和音充填するのはかなり難しい。そのため、ヴァイオリン1は旋律、2はヴィオラとともに伴奏という分業が普通に。

というわけで、弦楽四重奏の編成が不公平なのは、バロック時代のトリオ・ソナタがご先祖様の1つだったから。もう1つのご先祖様については、また改めて。

  1. Jones, David Wyn, “The Origins of the Quartet” The Cambridge Companion to the String Quartet. Cambridge University Press, 2003, p. 177(グリージンガーの『伝記』の英訳が引用されている)。大宮真琴はアルブレヒツベルガーを有名な対位法家本人と書いていますが(大宮真琴『ハイドン』音楽之友社、1981、44ページ)、Jonesはその兄弟のチェリストとしています。
  2. Jones, 前掲書、178。
29. 8月 2012 · (96) オーケストラの楽器配置(ライプツィヒ、1835) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

(89) どこで弾いていたのか? 第九の初演 (2) の図2を見て、オーケストラが合唱団の後ろで演奏していたことだけではなく、楽器の配置が現在とずいぶん違うことに驚かれたことでしょう。現在の配置の元を作ったのは、メンデルスゾーンと言われています。1835年にカペルマイスターとなったライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団で彼が採用したオーケストラの配置は、1843年にロンドンにも導入され、多くの点で「完全に革命的」と評されたそうです(図1。図はすべてクリックで拡大します)1

図1:メンデルスゾーンによる「完全に革命的」な楽器配置

手前が客席。指揮者を中心に、半円形に楽器奏者が並びます。いわゆる対向型とか両翼型と呼ばれる形ですが、ファーストとセカンドの位置が現在と逆。その間に書かれた楽器名はチェロ、その後ろがコントラバスのご先祖さま Violone ですね 。あれれ、何か足りないような……。そうか、ヴィオラがとんでいる。ヴィオラはどこ? ありました。3列目、木管楽器の右側。他の弦楽器よりも冷遇されていますね。

4種類の木管楽器は、音域が高い方から順番に右から一列に並んでいますね。その後ろに金管楽器。人数が多いホルンとトロンボーンが手前。バロック時代から祝祭的な音楽にペアで使われて来たトランペットとティンパニが、最も後ろです(ちゃんとPaukenもあります!)。図2は、1850年の、ゲヴァントハウス管弦楽団のリハーサルを描いたもの2。チェロの手前は、セカンド・ヴァイオリンということでしょうか。1人だけ台の上で弾いているのは、コンサート・マスターでしょうね。彼をはじめ、ヴァイオリンは立っています。

図2:ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏風景

ところで、この「革命的」な配置が導入されるまで、オーケストラの楽器はどのような配置だったのでしょう。ロンドンでは、指揮者を中心に奏者が客席に顔を向けて演奏していて、コントラバスが前にいたので、ヴァイオリンの主旋律が聴こえにくかったそうです。現在と全く違うので、想像しづらい……?

実は、全くの偶然ながら、既にこのような配置をご紹介していました。(57) ヨハン・シュトラウスは人気者の図1としてあげた楽譜の表紙を再掲します(図3)。右上に描かれたコヴェント・ガーデンでの演奏図(1867年)。観客席に向いて弓を振りながら指揮するヨハン・シュトラウス2世の左側に、ずらっと並んだ譜面台。演奏している楽器ははっきりしませんが、譜面台がこの向きで置かれているということは、奏者も客席の方を向いているということですね。それと、指揮者の右側の端に見えるのは、もしかしたらコントラバスと弓(白い横線)ではないでしょうか? このコラムを書いたときには、大人気のヨハン・シュトラウス楽団だからかと思ったのですが、それほど変わった風景ではなかったようです。

作曲家としての活躍以外に、バッハの《マタイ受難曲》を蘇演してバッハ・リバイバルのきっかけを作ったメンデルスゾーン。指揮者としても、大きな功績があったのですね。

図3:ヨハン・シュトラウス2世:《コヴェント・ガーデンの思い出》ピアノ独奏楽譜の表紙

  1. 森泰彦「ベートーヴェンのオーケストラ作品の演奏解釈」『ベートーヴェン全集10』講談社、2000、138ページ。
  2. 田村和紀夫『クラシック音楽の世界』新星出版社、2011、173ページ。
13. 7月 2011 · (37) ヴィオラはえらい? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

「居なくてもきっとなにも変わらないさ」(槇原敬之「ビオラは歌う」)と歌われてしまったヴィオラ。以前、コメントをくださった生涯一中提琴さんとお約束した、「中提琴(中国語でヴィオラ)はえらい?」の立証にトライしてみましょう。以下の3つの理由でヴィオラはえらい……か?

1. 弦楽器のイタリア語名はヴィオラ viola に由来するからヴィオラはえらい?

  • ヴァイオリン violino = viola + イタリア語で縮小の意味を表す接尾辞 -ino = 小さなヴィオラ (Andante → Andantinoも同様)1
  • コントラバスのご祖先ヴィオローネ violone = viola + 増大の接尾辞 -one = 大きなヴィオラ(トロンボーン trombone は tromba らっぱ + -one で大きならっぱ)
  • チェロ violoncello =大きなヴィオラ violone + 縮小の接尾辞 -ello=小さな大きなヴィオラ

ここまではご存知の方も多いと思いますが、残念ながらこのヴィオラは中提琴ではありません。ヴィオラやヴィオールという言葉は、中世以来ヨーロッパで、弓で音を出す擦弦楽器の総称として使われました。16世紀の始めに、ヴィオラ・ダ・ガンバ属とヴィオラ・ダ・ブラッチオ属に分かれ、後者がヴァイオリン属を形成していきます((31) 仲間はずれはだれ?参照)。中提琴はえらい……わけではありませんでした。

2. 音響学的に不利だからヴィオラはえらい?

まず音域を考えてみましょう。単純に言うとヴィオラは、ヴァイオリンのE線を取り去ってあとの3本を残し、下にC線を加えたような楽器。ヴィオラの最低音はヴァイオリンより5度低くなります。一方チェロはヴィオラと同じ「どそれら」調弦。最低音はヴィオラよりも1オクターヴ、つまり8度低いのです。

次に楽器の大きさを思い浮かべてください。チェロはヴィオラに比べてずっーと大きいのに、ヴィオラとヴァイオリンの差はわずか。8度の音程差でチェロがヴィオラよりあれだけ大きいのなら、5度の音程差があるヴィオラだって、本当はヴァイオリンよりかなり大きいはずですよね。

ヴァイオリンと音響学的に同等のヴィオラを作るとすると、ネックを除く本体の長さが約 53cm 必要だそうです2。低音弦も豊かに美しく響くこの理想的なサイズは、しかしながら腕に対して長過ぎて演奏不可能。だから、現在の約40cmほどの大きさに押し込んでいるのです。楽器構造上の無理は、ヴィオラの音色や音量に影響します。それでも、本来の大きさの楽器から輝かしく力強い音色を奏でるヴァイオリンやチェロに、渋い音色で対抗しているのだから、ヴィオラはえらい!!……かも。

3. 重視されなかったバロック時代を生き抜いたからヴィオラはえらい?

バロック時代、アンサンブルにおいてヴィオラがソロとして扱われるのは(フーガを除くと)非常に稀でした。また、17世紀以降、数えきれないほどのヴァイオリン協奏曲やたくさんのチェロ協奏曲が作られた一方で、最初のヴィオラ協奏曲がテレマンによって作られたのは1740年頃。しかもこの時代のヴィオラ協奏曲は、他にわずか3曲だけなのだそうです3

バロック時代には、同じ音域の楽器2つによる独奏のかけあいを、通奏低音(この時代特有の伴奏体系)で支えるトリオ・ソナタと、独奏+通奏低音のソロ・ソナタが流行します。ヴァイオリンはしばしば独奏楽器として、チェロは通奏低音を担う楽器として重要でしたが、ヴィオラには出番がありませんでした4。ヴィオラの個性が求められるようになったのは、ハイドンやモーツァルトによって、弦楽四重奏曲が声部均等に(部分的にせよ)作られるようになってから。長い間、廃れず地味に存続し、「誰かの為の旋律」(槙原)を歌うようになったヴィオラはえらい……。

というわけで生涯一提琴さん、「ヴィオラはえらい」ではなく「ヴィオラは健気!!」という結論になってしまいました。どうぞご了承ください。

  1. 女性形は -ina。他に -etto(女性形 -etta)も縮小の接尾語。Allegro → Allegretto など。
  2. Boyden & Woodward, “Viola” in The New Grove Dictionary of Music, vol.26 (Macmillan, 2001), p. 687.
  3. 同 p. 691。他の3曲は、J. M. Dömming、A. H. Gehra、G.Graun の作(実はグラウン以外は初めて見た名前です)。この4曲以外のほとんどは、他の楽器のための協奏曲のアレンジ。以前ヘンデル作とされたロ短調の協奏曲のように、後世の人(この場合はヴィオラ奏者アンリ・カサドシュ)がバロック風に作ってしまった作品もありました。
  4. 場合によってはヴィオローネやコントラバスも、通奏低音楽器としてソナタに参加しました。