おかげさまで、聖フィル♥コラム100回目! いつも読んでくださる皆さま、今、初めて読んでくださっている皆さま、どうもありがとうございます。

毎日、編集者用の統計ページで訪問者数や閲覧数、オンライン中の訪問者数などをチェックしながら一喜一憂。アメリカからは週末を中心に、珍しいところではウクライナからたびたびアクセスがあります。いつも同じ方(方々)でしょうか。ツイートやいいね!ボタンを押してくださる方、お知り合いに紹介してくださる方、どうもありがとうございます。やはり、たくさんの方に読んでいただけると書き甲斐があります。今年11月の2周年、来年11月の3周年を目指して続けますので、どうぞこれからもご愛読くださいませ。

100回目の今回は、私の人生を変えた曲についてです。大学3年の時、ハイドンの交響曲を概観するゼミを受講しました。皆(20人くらい)で手分けして100余曲の基本データ(成立や資料の整理と、各楽章の調性・拍子・速度・小節数・使用楽器とその音域など)をまとめる一方、主要な曲を分担して特徴を調べ、譜例を用いて発表するという内容でした。予め成立年代順にリストアップしていた交響曲を、T先生が受講生の名簿順に機械的に割り当てたところ、私は45番の担当になりました。

《告別》というニックネームで知られる45番。作曲のいきさつは、(55) ハイドンの場合:管弦と管絃 part 3で説明したとおりです。「急―緩―メヌエット―急」の通常の4楽章構成だと思ったら、終楽章が速いまま終わらずに、拍子も調性も速度も異なる音楽が始まり、しかも奏者が次第に減ってしまいます。数あるハイドンの交響曲の中でも、背景や音楽内容が特殊なこの45番が当たる(!!)とは、なんてラッキー!

譜例1:ハイドン作曲 交響曲 Hob. I/45《告別》第4楽章 Adagio

第4楽章後半アダージォは、12声部で書かれています(譜例1)。最初にオーボエ1とホルン2、次にファゴットという具合に、短いソロをした後、ろうそくを吹き消して奏者が退場1。最後まで残るヴァイオリン1と2を弾いていたのは、エステルハージ候お気に入りのイタリア人コンサート・マスター、ルイジ・トマジーニと楽長ハイドン。弱音器をつけたヴァイオリン二重奏が静かに終了し、彼らも退場。真っ暗にという趣向。

ここで疑問に思ったのは、ヴァイオリン奏者の人数でした。4パートのうち、1と3がファースト、2と4がセカンドですが、各パート1人ずつで弾いていたのか、あるいは3と4のパートは複数の奏者から成り立っていたのか。規模については先生もご存知無く、私は翌週まで、当時のエステルハージのオーケストラの編成に関する資料を捜すことになりました。

幸いにも、ランドンの分厚い研究書の中に、この交響曲が作曲された1772年の楽士の月給リストを発見(表1)2。ヴァイオリン奏者は3人だけ!?! でもよく読むと、ヴァイオリンとヴィオラを弾ける者は全部で8名。そのうち2人がヴィオラを担当したとしても、トマジーニとハイドン以外に、ヴァイオリン3と4のパートを2人ずつ演奏できたはずとわかりました。2つのパートを計3人ずつで弾いていたのが弱音器を付けた2人だけに減るなら、寂しい感じが高まり、効果的です。

給料リストを載せた配布資料を見ながら、先生が「他に何かコメントは?」と尋ねてくださったので、ホルン奏者が6人もいる理由を説明しました。「当時は複数の楽器を演奏できる楽士が多かった→ホルン奏者は狩りのお供をする仕事もあり、給料が高かった→(少しでも)ホルンを演奏できる楽士は、最初に契約する際にホルン奏者として契約した」のだそうです(表1の右側に、他にも演奏できた楽器名を加えてあります)。

まるで、事件を解き明かしていく探偵みたい。資料を探して音楽に関する疑問を解決するリサーチって、おもしろいものだなと私が初めて感じたのは、この発表の時でした。これをきっかけに大学院進学を真剣に考え始め、後にはアメリカの大学の博士課程にも進むことになります。

もしも学籍番号が、あるいは受講生の数が1つでもずれていたら、私は《告別》の担当にならなかったはず。奏者の人数についての疑問も持たず、分担に必要な資料だけ読んで発表を終え、大学院には進まず、今頃、全く違う人生を歩いていたことでしょう(実際、後期に発表したもう1曲の方は、番号すら覚えていません)。ほんのわずかの偶然が、私を《告別》に引き寄せ、音楽学の楽しさを教えてくれたのです。そして現在、楽譜を音にする以外にもある音楽のおもしろさを、なるべく多くの人に伝えたくて、こうして毎週コラムを書いています。人生って本当に不思議です。

表1:楽士の給料リスト(1772年1月)クリックで拡大します

  1. チェロ以外は立って演奏していたので、退場も楽でした。(96) オーケストラの楽器配置参照。
  2. H. C. Robbins Landon, Haydn: Chronicle and Works, Haydn at Eszterháza 1766-1790. Thames and Hudson, 1978, p. 91. これは1月の支給額ですが、《告別》の作曲はおそらく同年11月後半です。前掲書、pp. 181-2.

12月15日の聖光学院新講堂こけら落とし公演に向けて、《第九》の練習が始まりました。ファースト・ヴァイオリン ・パートの人たちは、一息ついていることでしょう。ついこの前まで練習していた《新世界》に比べて、《第九》は音域がずっと低いからです。

それにしても《新世界》のファーストは、高音域が多かったですよね。ト音記号の五線の中に納まっているのは数音だけで、ほとんどが上にあふれている段もありました。ボウイングを書き入れようにも、加線が何本も重なって五線と五線の間にすき間がほとんど無い。真ん中のドから3オクターヴ上のドも登場。ト音記号の上に加線2本を補ったドの、さらに1オクターヴ上です。日本語で4点ハ音と呼ばれるこの音が《新世界》の最高音かと思えば、さにあらず。第3、4楽章ではその上の4点ニ音(レ)も使われています。加線は6本! 何の音か、とっさに読めません。

一方、《第九》のファーストの最高音は、ドどころかその3度下のラ。第7ポジションまでです。《第九》に限らず、ベートーヴェンはヴァイオリン・パートでシ♭以上を避けています。

彼がこのように慎重だった最大の理由は、おそらく、当時の楽器が現在の、あるいはドヴォルジャークの時代と異なっていたためでしょう。19世紀初期にはまだ、弦楽器用の肩当てはもちろん、あご当ても無かったのです。あご当てを発明したのはシュポーア(1784〜1859)で、1820年ごろですが、一般に普及するまで時間がかかりました1。肩当ては、ピエール・バイヨ(1771〜1842)が1834年に「厚いハンカチかクッションの一種」を推薦したのが最初2

つまり、《第九》の時代のヴァイオリンやヴィオラは、(86) 見た! さわった!! ヴィオラ・ダモーレの図1のように、本体だけ。しっかりと挟み込んで楽器を構えることができず、不安定でした。これでは左手のポジション移動も制限されてしまいますし、高音域の演奏も容易ではありません。

もちろん、チェロのエンドピンもまだ考案されていませんでした。教則本がエンドピンの使用を初めて提唱したのは1880年頃3。それまでは基本的に、ヴィオラ・ダ・ガンバのように脚で支えながら演奏していたのです。両足で挟み込み、主に左のふくらはぎで支えるだけで中空に保つのですから、やはり楽器が安定しません。《第九》の最高音(ト音記号の五線の真ん中のシ)が《新世界》よりも3度も低い(2楽章の最後にレ♭が登場)のは、このような事情の反映と言えます。

最後に、時代はかなり遡りますが、17世紀後半のヴァイオリン演奏図をご紹介しましょう。オランダ生まれのヘリット(ヘラルド)・ドウ(1613〜75)が1665年に描いた「ヴァイオリン奏者」に基づくリトグラフ。典型的な胸置きポシションです。(59) クリスマスに聴きたい音楽 part 3 で《クリスマス・コンチェルト》をご紹介したときにも書いたように、コレッリ(1653〜1713)の作品のヴァイオリン・パートは、ほとんどが第3ポジションまでで弾けるそうですが、彼が12歳の時に描かれたこの図像を見ると納得。ヴァイオリンをこのように構えたのでは、忙しいポジション移動や高音域での演奏は、ほとんど無理でしょうから。

図1:ヘリット・ドウ『ヴァイオリン奏者』(1665)クリックで拡大します

  1. R. Stowell, ‘Violin,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 26, Macmillan, 2001, p. 724.
  2. 同上。
  3. T. Russell, ‘Endpin,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 8, Macmillan, 2001, pp. 198-9.
21. 3月 2012 · (73) 協奏曲のソナタ形式 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の最初って、とてもユニークですよね。ティンパニの、主音レのトントントントンに続いて、オーボエ、クラリネット、ファゴットが、静かに優しく第1主題を奏でます。このピアノ&ドルチェ(&木管)は、普通は「ようこそ」の第2主題のために、取っておかれる組み合わせ((72)参照)1。ベートーヴェンさん、定型から微妙にはずして始めましたが、続きはどうでしょうか。今回はソナタ形式の考え方シリーズ ③ として、この第1楽章を例に、協奏曲のソナタ形式について説明します。

古典派の協奏曲も交響曲も、ソナタ形式の本質は変わりません。提示部・展開部・再現部の3部分構成。2つの主題が提示され、再現されます。転調する先も同じ。この協奏曲はニ長調(レから始まる明るい感じの調。ファとドに♯)ですから、5度上のイ長調(ラから始まる明るい感じの調。ファとドとソに♯)に転調し、またニ長調に戻って終わるはずです。

ただ、提示部に違いがあります。古典派の協奏曲は通常、まずオーケストラだけが始めて大切な素材をひと通り提示し、その後ソロが加わって、もう一度最初からやり直しします。協奏曲に使われるソナタ形式(協奏ソナタ形式、あるいは協奏風ソナタ形式と呼ばれます)は、この二重提示が特徴。初めから2つありますから、交響曲のように提示部を繰り返す必要はありません。

第1主題と第2主題は、両方の提示部で提示されます。ポイントは第2主題。オーケストラだけで演奏する第1提示部ではそのまま主調で提示され、ソリストが加わった後の第2提示部で初めて、転調した調で提示されます(表1参照)。第2提示部は主調で始めるのがお約束。その前に転調してしまうと、主調に戻すために第1提示部が長くなってしまうのです。協奏曲の第1提示部はいわば前座ですから、コンパクトな方がベター(この部分を序奏とみなす解説もあります)。

表1:主調が長調のときの協奏ソナタ形式(ソナタ形式との比較)

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の第1楽章を、この協奏ソナタ形式の図式と比べてみましょう。第1提示部の第1主題と第2主題は、両方とも主調のニ長調。(72)の譜例1は、この第1提示部をスキャンしたものでした。独奏ヴァイオリンが加わり、ニ長調の第1主題を、1オクターヴ高い音域で装飾を加えながら演奏します。クラリネットとファゴットが 第2主題を演奏するときは、さきほどのファ♯ソラではなく、ド♯レミと始まります(スコアでは、クラリネットはA管、ファゴットはテノール記号なのでちょっと混乱しますが、約束どおりイ長調に転調しています)。

展開部の後、第1主題の「ただいま」はニ長調に戻り、独奏ヴァイオリンも含めた全奏(トゥッティ)のフォルティッシモで再現されます。本来の第1主題の提示の仕方です。第2主題は、再びクラリネットとファゴットが、第1提示部と同じファ♯ソラのニ長調で再現。カデンツァ(ソリストが、伴奏無しで本来は即興で演奏する部分)の後、第2主題も使いながら楽章が締めくくられます。主題間のコントラストは弱く、驚かされる和音や調があちこちで使われているものの、ベートーヴェンは(珍しく)2つの主題を、全て規則どおりの調で提示&再現しています2

もちろん、提示部や再現部は、2つの主題だけで構成されるわけではありません。多くの協奏曲では第2提示部に、ソリストの技巧や音楽性を見せるための新しい旋律が加わります。弾いていても聴いていても、いろいろな要素が気になるのは当然。でも、慣れるまでは最も大切な2つの主題に集中し、出るべき調で出ているかを意識することをお薦めします。

また、反復記号が使われない協奏曲では、展開部の開始部分を見つけるのは難しいですよね。いつの間にか雰囲気が変わっていたと感じられれば、十分です。ちなみにこの曲の展開部は、イ長調から、フェイントでいきなり遠いヘ長調に転じる224小節(練習番号E)から。提示部で使われた素材が、めまぐるしい転調とともに展開されます。

  1. ベートーヴェンはピアノ協奏曲第1番の第1楽章も、静かに始めています。
  2. ベートーヴェンはピアノ協奏曲の第1楽章では、1番から5番までの全てにおいて、本来の調からどこかはずしてあります。19世紀にはこのように、ソナタ形式の基本形が様々に変形されます。
14. 3月 2012 · (72) 第2主題は「ようこそ」の気持ちで はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

ソナタ形式ってなんだか偉そうに聞こえますが、(66) 再現部は「ただいま」の気持ちでで書いたように、実はとてもシンプル。提示部・展開部・再現部の3部分構成です。序奏部が付いても良いし、ベートーヴェン以降は最後にコーダが加わって4部分に。大切なのは、調のコントラストでしたね。始まりの調(主調)から5度上(あるいは3度上)の調に転調し、主調に戻って終わります。

ソナタ形式の考え方シリーズ②は、主題について。通常、第1主題と第2主題の2つが使われます。提示部は2主題が提示される部分、再現部は2主題が再現される部分です。主題と調の関係を、表1にあげます。

図1:ソナタ形式

表1:ソナタ形式

もともと、ソナタ形式で重要なのは調のコントラストでしたから、主題は1つでも構いませんでした。でも、転調した先で新しい旋律が出ると、冒頭とのコントラストが際立ち、弾く楽しみや聴く楽しみが増えます。その新しさを強調するため、第2主題は多くの場合、冒頭の第1主題と対照的に作られました。

たとえば、強弱(フォルテ ⇔ ピアノ)、音型(細かく忙しく ⇔ ゆったりと)、表情(堂々と ⇔ やさしく)、アーティキュレーション(スタッカートでするどく ⇔ スラーでレガートに)、楽器編成(オーケストラ全体 ⇔ ソロや1種類の楽器)、音域などを変えられますね。前回、提示部を「よろしくお願いします!」と書いたのは、第1主題はたいてい、オーケストラ全体がフォルテで弾くように指定されているため。一方、第2主題は、少数の楽器が受け持つことが多いので、それ以外の人は「ようこそ」と迎えてあげてください1

展開部を経て再現部。提示部と異なり、ここでは第1主題だけではなく第2主題も、主調で再現されます2。ソナタ形式の基本はこれだけ。弾きながら以下の4つを意識できれば、あなたはもう、ソナタ形式のエキスパート!

      • 提示部第1主題:「よろしく」
      • 提示部第2主題:「ようこそ」(転調しているので、臨時記号付き)
      • 再現部第1主題:「ただいま」
      • 再現部第2主題:「ようこそ」(今度は主調)

古典派の器楽曲の第1楽章は、ほとんどこのパターン。ソナタ形式を覚えると、交響曲やソナタを聴いたり弾いたりするのが、とても楽に、また楽しくなります。この先どうなるのか、だいたい予想できるからです。第1主題が主調で戻って来たら、「ただいま」「おかえり」の再現部。折り返し地点を過ぎ、終点が見えて来ます。作曲家たちが作りやすいパターンは、奏者や聴衆にもわかりやすいパターンなのです。

さらに、この基本パターンを覚えると、それからはずれた部分にも気づくようになります。たとえば、今回取り上げるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。譜例1を見ると、2つの主題は、どちらも二分音符と四分音符を中心に、上がって降りるラインを描いています。しかも、どちらも最初は、フルート以外の木管によって弱音でなめらかに提示されます。つまり、どちらも「ようこそ」的で、主題間のコントラストはあまり感じられません。ベートーヴェンは、当時の人々が期待したソナタ形式の基本パターンを、微妙に避けていますね。次回は、この協奏曲のソナタ形式について、もう少し詳しく見てみましょう。

譜例1:ベートーヴェン作曲ヴァイオリン協奏曲第1楽章の2つの主題(主調部分、冒頭4小節)

  1. 以前は、第1主題が「男性的」、第2主題は「女性的」と形容されることが多かったのですが、最近はあまり言わなくなりました。
  2. 再現部の第2主題が主調で再現されない形(表1中の*)については、改めて書きます。
23. 2月 2012 · (69) ブルッフが使ったスコットランド民謡(2) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

前回に続き、ブルッフが《スコットランド幻想曲》の正式なタイトルに、民謡の旋律を「自由に」用いたと書き添えた理由を考えます。第1楽章でブルッフは、《Thro’ the Wood, Laddie(森を抜けながら、若者よ)》の旋律を、ほぼそのままの形で引用していましたね。

第2楽章に使われた民謡は、《The Dusty Miller(粉まみれの粉屋)》。「ヘイ、粉まみれの粉屋、上着も粉まみれ、1シリング儲けるか、4ペンス使うか。上着も粉まみれ、顔も粉まみれ、あたしにしたキスも粉まみれだった」と歌っています。ブルッフのネタ本『音楽博物館』よりも前に出版された、『Compleat County Dancing Master(完全な上流階級のダンスの先生)』による《粉まみれの粉屋》の楽譜を、譜例1に挙げます。

譜例1:《The Dusty Miller(粉まみれの粉屋)》『Compleat County Dancing Master, 4th ed.』(London, c. 1740)より

譜例1:《The Dusty Miller(粉まみれの粉屋)》『Compleat County Dancing Master, 4th ed.』(London, c. 1740)より

2小節目はここでは「レララドシラ」ですが、『音楽博物館』では「レララシラソ」だそうです1。ブルッフは民謡の前半を、ほとんどそのまま使ったのですね。後半では、オクターヴ跳躍を含む全体の輪郭を保ちつつ、1、3小節目の上向ラインや最後の部分に華やかさを加えています。

第3楽章で使われた《I’m a’ doun for lack o’ Johnnie(ジョニーがいなくてがっかり)》は、『音楽博物館』ではなく『Songs of Scotland (スコットランド歌集)』が出典2。でも、この曲の古い楽譜は見つけられませんでした。

独奏ヴァイオリンとハープが歌い出す第4楽章の旋律は、《Scots wha hae wi’ Wallace bled(ウォレスとともに血を流したスコットランド人よ)》です。1314年にイングランド軍を破り、スコットランドの独立を認めさせたスコットランド王ロバート・ザ・ブルースの行進曲として使われた旋律。ウォレスは愛国者の名前で、「ブルースに導かれたスコットランド人よ、死の床すなわち勝利へようこそ。今日こそはその日の、今こそはその時。戦線はすぐそこまで来た。エドワード2世の軍勢が我々を奴隷にしようと鎖を持って近づいて来る」という内容です。

譜例2は、『Scots Minstrelsie』からの楽譜(それに近い演奏の動画を添えます)。あれあれ、終楽章冒頭の旋律は、譜例2の右ページ部分ですね。ブルッフはそれに続けて歌の最初の2小節を2度繰り返し、残りのクライマックス部分を書き加えています。悲壮な詞の内容にふさわしい、民謡のマエストーソ(荘重に)の雰囲気も一変。グエリエーロ(戦争のように)という形容詞が使われた終楽章は、戦争と言ってもまるで勝ちどきの声のよう。スコットランドの誇りを歌い上げています。

譜例2:《Scots wha hae wi’ Wallace bled(ウォレスとともに血を流したスコットランド人よ)》前掲書より

譜例2:《Scots wha hae wi’ Wallace bled(ウォレスとともに血を流したスコットランド人よ)》『Scots Minstrelsie』vol. 2(Edinburgh, 1893)より

民謡を「自由に」用いたと書き添えた理由は、第4楽章にありそうですね。彼は、この民謡をほとんど作り直してしまっています。既存の曲にもとづいて作曲する場合、曲の後半部分を前半として利用するというようなことは、まずありません。また、第1、第2楽章の引用のように原曲を尊重したり、第4楽章のように雰囲気まで大きく変えたり、さじ加減を「自由に」選択したという意味も込めたのかもしれません。

ブルッフは「一つのすぐれた民謡の旋律は200の芸術作品よりも価値があるものだ」と語っているそうです3。伝統的な音楽を重視するグループに属していたブルッフ((4) ブラームスの同時代人 ブルッフ参照)にとって、民謡は、創作のインスピレーションを得る源であると同時に、彼独自の音楽世界を形作るための手段だったのですね。

  1. Rod Smith によるネットの Folk and Traditional Song Lyrics の情報より。
  2. エディンバラ、1848〜49年出版。
  3. デイヴィッド・グレイソンによる五嶋みどりのCD解説(渡辺正訳)。
16. 2月 2012 · (68) ブルッフが使ったスコットランド民謡(1) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

第6回聖フィル定期演奏会では、第4回に引き続き川畠成道先生をお迎えします。今回、2曲共演していただくうちの1曲が、ブルッフの《スコットランド幻想曲》。正式なタイトルは《スコットランド民謡の旋律を自由に用いた、ヴァイオリン独奏と管弦楽とハープのための幻想曲》。バグパイプと並んでスコットランドの人々に馴染み深い、ヴァイオリンとハープを前面に押し出した曲です。

考えてみるとこのタイトル、くどいですよね。古典派以降の「幻想曲」は、ソナタ形式などの定型を使わない、自由に作られた曲のこと。ロマン派の時代には、ポピュラーな旋律にもとづく即興的な音楽を、幻想曲と名付けることもありました(たとえばリストは、《〈魔弾の射手〉の主題による幻想曲》S. 451などのピアノ作品を作っています)。「自由に」作るのが当たり前の幻想曲のタイトルに、わざわざ民謡を「自由に」用いたとブルッフが書き添えたのは、なぜでしょうか。

彼が、どの曲をどのように引用しているかを見てみましょう。スコットランド民謡と言えば、日本でも《蛍の光 Aule Lang Syne》や《故郷の空 Comin’ Thro’ The Rye》がおなじみですね。ドイツ人ブルッフ((4) ブラームスの同時代人 ブルッフ参照)のネタ本は、スコットランドの曲が600近く収められた『The Scots Musical Museum(スコットランド音楽博物館 )』(残念ながら、表紙すら画像が見つけられませんでした)1。これを使って、声楽とピアノ用の《12のスコットランド民謡》も作っています。

日本楽譜出版社ミニチュア・スコアの解説や、音楽之友社の名曲解説全集、日本語版ウィキペディア、多くのCD解説には、《スコットランド幻想曲》序奏部に続く第1楽章で、《Auld Rob Morris(年とったロブ・モリス)》が引用されると書かれています。譜例1は、『音楽博物館 』のほぼ1世紀後に出版された『Scots Minstrelsie(スコットランドの吟遊詩人の歌)』に収められた楽譜(譜例はいずれもクリックで拡大します)。

譜例1:《Auld Rob Morris(年とったロブ・モリス)》Scots Minstrelsie(Edinburgh, 1893)より

譜例1:《Auld Rob Morris(年とったロブ・モリス)》Scots Minstrelsie(Edinburgh, 1893)より

あれあれ、第1楽章の旋律とは全然違います。実は、引用された民謡はこれではなく、《Thro’ the Wood, Laddie(森を抜けながら、若者よ)》なのです。英語版 Wikipedia のように、この2曲は歌詞が異なる同じ曲と書かれているものもあります(3拍子ではあるものの、全く別の曲です。譜例2参照)2。このような誤りが広く流布している状態は、早く正されなければなりませんね。

《森を抜けながら、若者よ》では、「おおサンディ、なぜあなたのネリーが嘆くままにしておくの? 何も喜ばしいことがない時に、あなたがいれば私は救われるのに。小川のほとりで、森を抜けながら、私は溜め息をつく、若者よ、あなたが戻るまで」と歌われます3。譜例2は、『音楽博物館』より早い時期に出版された『A Collection of Scots Tunes(スコットランド歌曲集)』に収められた楽譜。ブルッフが《森を抜けながら、若者よ》の冒頭を、ほぼそのまま引用したことがわかります。

この旋律は、第1楽章だけではなく、第2楽章と第3楽章のつなぎの部分と、第4楽章のコーダでも回想されます(循環形式)。曲全体を統一する大事な主題として、民謡をオリジナルに近い形で使ったのですね。でも、これならタイトルに「自由に」と書き添える必要は無いはず……。まだ謎は解けません。第2楽章以降については (69) に書きます。

譜例2:《Thro’ the Wood, Laddie(森を抜けながら、若者よ)》A Collection of Scots Tunes(Edinburgh, 1742)より

譜例2:《Thro’ the Wood, Laddie(森を抜けながら、若者よ)》A Collection of Scots Tunes(Edinburgh, 1742)より

  1. 全6巻。エディンバラ、1787〜1803年出版、1839年と53年に再版。
  2. ネットの The Mudcat Café 中の、masato sakurai のコメントを参考にしました。
  3. 以下、歌詞は全て、デイヴィッド・グレイソンによる五嶋みどりのCD解説の、渡辺正の日本語訳からです。

昨年のヘンデルの《メサイア》とパレストリーナのミサ曲《今日キリストが生まれたまえり》に引き続き、今回はアルカンジェロ・コレッリ(1653〜1713)の《クリスマス・コンチェルト》をご紹介しましょう。1814年にアムステルダムで出版されたop. 6には、12曲のコンチェルト・グロッソが納められていますが、「降誕の夜のために作曲された」という但し書き付きの第8番がそれ。

バロック時代には、このような器楽合奏曲が教会の礼拝で演奏されることも多かったのですが、中でもこの曲は、12月25日の夜(キリスト教の暦では前日の日没から1日が始まるので、実際には24日の夜から25日にかけて)の礼拝用に作られたというわけです。

終楽章後半のテンポが緩やかになった部分に、パストラーレ・アド・リビトゥムと書かれています(このアド・リビトゥムが何を意味するのか、何が自由なのかははっきりわかりません)1。パストラーレとは牧歌的な曲を指しますが、降誕→羊飼いたち→草原牧場→牧歌的という連想でしょうか。御使いによって降誕を告げられた羊飼いたちが、馬小屋で生まれ飼い葉桶に寝かされたイエスを訪れるというシーン(ルカ 2.8〜)は、たしかに牧歌的ですよね。12/8拍子や6/8拍子などの、四分音符と八分音符の交代によるターンタターンタのシチリアーノ・リズムがお約束。バグパイプ特有のドローン(持続低音)に支えられて、静かでのんびりとした雰囲気が描かれます2

同時代の人々から「ヴァイオリンの大天使(Archangelo はイタリア語で大天使の意味)」と賞賛されたコレッリ。彼の作品のヴァイオリン・パートは、ほとんどが第3ポジションまでで弾け、重音もごくわずか。派手さはありませんが、わかりやすい和音進行が耳に心地よく、テンポや音量の対比と調和のさじ加減が絶妙です。ヴィヴァルディよりも25歳、J. S. バッハよりも32歳年上のコレッリは、ローマの富裕な貴族をパトロンに持ち、生活のために作曲&出版する必要がありませんでした。12曲ずつまとめられた作品集6つに納められたソナタや協奏曲は、厳選し推敲を重ねた自信作と考えられます3

コレッリのクリスマス・コンチェルトのドラマティックな冒頭部分と、急くようなト短調部分に、暖かい日差しが差し込んだような厳かなト長調ラルゴのパストラールが続く終楽章は、こちらから試聴できます。みなさんがこれまで聴いたり弾いたりした演奏とこれらとの違いについては、また改めて書きます。

  1. 現在では、クリスマス以外の季節にはこの部分を自由に省略できるという解釈が一般的です。パストラーレがクリスマス・コンチェルトの終楽章とは限りません。たとえばマンフレディーニ(1684〜1762)の作品 op. 3, no. 12 では、第1楽章にパストラールが置かれています。
  2. クリスマス・コンチェルトのパストラーレに関して、「キリスト降誕の際に羊飼いたちが笛を吹いたという聖書の記述にちなむ」という説明をしばしば目にします。しかし、聖書の引用部分を記したものを見たことがありませんし、4つの福音書にそのような記述は見当たりません(ご存知の方、教えてください)。
  3. クリスマス・コンチェルトが含まれるop. 6は死後出版ですが、生前、本人がまとめました。
13. 7月 2011 · (37) ヴィオラはえらい? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

「居なくてもきっとなにも変わらないさ」(槇原敬之「ビオラは歌う」)と歌われてしまったヴィオラ。以前、コメントをくださった生涯一中提琴さんとお約束した、「中提琴(中国語でヴィオラ)はえらい?」の立証にトライしてみましょう。以下の3つの理由でヴィオラはえらい……か?

1. 弦楽器のイタリア語名はヴィオラ viola に由来するからヴィオラはえらい?

  • ヴァイオリン violino = viola + イタリア語で縮小の意味を表す接尾辞 -ino = 小さなヴィオラ (Andante → Andantinoも同様)1
  • コントラバスのご祖先ヴィオローネ violone = viola + 増大の接尾辞 -one = 大きなヴィオラ(トロンボーン trombone は tromba らっぱ + -one で大きならっぱ)
  • チェロ violoncello =大きなヴィオラ violone + 縮小の接尾辞 -ello=小さな大きなヴィオラ

ここまではご存知の方も多いと思いますが、残念ながらこのヴィオラは中提琴ではありません。ヴィオラやヴィオールという言葉は、中世以来ヨーロッパで、弓で音を出す擦弦楽器の総称として使われました。16世紀の始めに、ヴィオラ・ダ・ガンバ属とヴィオラ・ダ・ブラッチオ属に分かれ、後者がヴァイオリン属を形成していきます((31) 仲間はずれはだれ?参照)。中提琴はえらい……わけではありませんでした。

2. 音響学的に不利だからヴィオラはえらい?

まず音域を考えてみましょう。単純に言うとヴィオラは、ヴァイオリンのE線を取り去ってあとの3本を残し、下にC線を加えたような楽器。ヴィオラの最低音はヴァイオリンより5度低くなります。一方チェロはヴィオラと同じ「どそれら」調弦。最低音はヴィオラよりも1オクターヴ、つまり8度低いのです。

次に楽器の大きさを思い浮かべてください。チェロはヴィオラに比べてずっーと大きいのに、ヴィオラとヴァイオリンの差はわずか。8度の音程差でチェロがヴィオラよりあれだけ大きいのなら、5度の音程差があるヴィオラだって、本当はヴァイオリンよりかなり大きいはずですよね。

ヴァイオリンと音響学的に同等のヴィオラを作るとすると、ネックを除く本体の長さが約 53cm 必要だそうです2。低音弦も豊かに美しく響くこの理想的なサイズは、しかしながら腕に対して長過ぎて演奏不可能。だから、現在の約40cmほどの大きさに押し込んでいるのです。楽器構造上の無理は、ヴィオラの音色や音量に影響します。それでも、本来の大きさの楽器から輝かしく力強い音色を奏でるヴァイオリンやチェロに、渋い音色で対抗しているのだから、ヴィオラはえらい!!……かも。

3. 重視されなかったバロック時代を生き抜いたからヴィオラはえらい?

バロック時代、アンサンブルにおいてヴィオラがソロとして扱われるのは(フーガを除くと)非常に稀でした。また、17世紀以降、数えきれないほどのヴァイオリン協奏曲やたくさんのチェロ協奏曲が作られた一方で、最初のヴィオラ協奏曲がテレマンによって作られたのは1740年頃。しかもこの時代のヴィオラ協奏曲は、他にわずか3曲だけなのだそうです3

バロック時代には、同じ音域の楽器2つによる独奏のかけあいを、通奏低音(この時代特有の伴奏体系)で支えるトリオ・ソナタと、独奏+通奏低音のソロ・ソナタが流行します。ヴァイオリンはしばしば独奏楽器として、チェロは通奏低音を担う楽器として重要でしたが、ヴィオラには出番がありませんでした4。ヴィオラの個性が求められるようになったのは、ハイドンやモーツァルトによって、弦楽四重奏曲が声部均等に(部分的にせよ)作られるようになってから。長い間、廃れず地味に存続し、「誰かの為の旋律」(槙原)を歌うようになったヴィオラはえらい……。

というわけで生涯一提琴さん、「ヴィオラはえらい」ではなく「ヴィオラは健気!!」という結論になってしまいました。どうぞご了承ください。

  1. 女性形は -ina。他に -etto(女性形 -etta)も縮小の接尾語。Allegro → Allegretto など。
  2. Boyden & Woodward, “Viola” in The New Grove Dictionary of Music, vol.26 (Macmillan, 2001), p. 687.
  3. 同 p. 691。他の3曲は、J. M. Dömming、A. H. Gehra、G.Graun の作(実はグラウン以外は初めて見た名前です)。この4曲以外のほとんどは、他の楽器のための協奏曲のアレンジ。以前ヘンデル作とされたロ短調の協奏曲のように、後世の人(この場合はヴィオラ奏者アンリ・カサドシュ)がバロック風に作ってしまった作品もありました。
  4. 場合によってはヴィオローネやコントラバスも、通奏低音楽器としてソナタに参加しました。
27. 12月 2010 · (8) 三大ヴァイオリン協奏曲雑感 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

最も人気のあるヴァイオリン協奏曲と言えば、やはりメンデルスゾーン。曲の開始直後に独奏ヴァイオリンが歌い始める、哀愁を帯びた第一主題、ぞくぞくしますよね。前回の演奏会で聖フィルが有森先生と共演させていただいた第1番のピアノ協奏曲を含め、メンデルスゾーンは他にも協奏曲を作曲しているのに、メンデルスゾーンの協奏曲と言えばこのヴァイオリン協奏曲。『メンコン(メンデルスゾーンのコンチェルト=協奏曲)』と呼ばれています。

でも最近、三大ヴァイオリン協奏曲の中にメンデルスゾーンが含まれているのを見ると、ちょっと待って!と言いたくなります。なぜなら、三大ヴァイオリン協奏曲は

  • ベートーヴェン
  • ブラームス
  • チャイコフスキー

のコンチェルトだったはずです。この3人は、生涯に1曲しかヴァイオリン協奏曲を作曲していません。また、それらがすべてニ長調であることも共通しています。

3人がニ長調でヴァイオリン協奏曲を作ったのは、単なる偶然ではありません。シャープが2つ付くニ長調は、ヴァイオリンの解放弦(そ、れ、ら、み)を全て含んでいて演奏しやすく、しかも倍音が最も豊かに響くため、ヴァイオリン協奏曲に最適なのです。

個人的には、メンコンも含めるのなら、チャイコフスキーを省いたりせずに、四大ヴァイオリン協奏曲と言ってほしいなあと思います。

ちなみに、メンデルスゾーンが選んだシャープ1つのホ短調やト長調、シャープ3つのホ長調も、ヴァイオリン協奏曲の調として良く使われます。逆にフラット系は、ヴァイオリンにはあまりありがたくないのですが、フラット1つのニ短調は、ラロの《スペイン交響曲》(タイトルは交響曲ですが、実際にはヴァイオリン協奏曲)や、シベリウスの協奏曲などに使われています。ニ短調で始まっても、終楽章をヴァイオリンに最適なニ長調で締めくくれるからでしょう。

ブルッフの1番のようなフラット2つの調のヴァイオリン協奏曲は、(モーツァルトの1番などの例もありますが)かなり珍しいと言えます。でもブルッフも、ト短調で始まった1番の3楽章をシャープ系のト長調で作曲し、華やかに締めくくっています。ヴァイオリンが響きやすいとは言えないフラット系を使った前半とのコントラストが、見事ですね。