ロンドン生まれの指揮者、レオポルド・ストコフスキー(1882〜1977)。「全てのヴァイオリンを同じ側に置く彼の新手法は、今でも標準的な慣習である」と、イギリスの音楽事典にも書かれています1。彼は「伝統的なオーケストラ配置(対向配置)はもはや現代の要求を満たさないと、かなり早い時点で」判断。アメリカのフィラデルフィア管弦楽団で、実験的な試みを行いました2。
セカンド・ヴァイオリン(以下、ファースト、セカンドはヴァイオリンを指す)をファーストの隣、ヴィオラを中央、チェロを右側にする配置は「ストコフスキー・シフト」と呼ばれ、アメリカのほとんどのオーケストラのスタンダードになりました。しかしながら、この新しい配置にしたのはストコフスキーが最初ではありません。彼がフィラデルフィア管弦楽団の常任指揮者になったのは1912年ですが、この配置を含む様々な実験を行うのは、1920年代後半以降3。それまでは、(296) 英語でなんというのか?の図3のように、右側にセカンドを置く伝統的な対向配置を使っていました。
ストコフスキーより早い時期にファーストの隣にセカンドを置く配置を始めていたのは、同じロンドン生まれの指揮者ヘンリー・ウッド(1869〜1944)4。同世代のトスカニーニやメンゲルベルクらの陰に隠れた感がありますが、ロンドンの夏の名物「プロムス」の指揮を、第1回目(1895年)から務めた指揮者です。現在もプロムス期間中、彼の胸像がオルガン前に置かれるのが慣例になっています(昨年夏、初めてプロムスを体験をし、巨大なロイヤル・アルバート・ホールでその胸像を遠くから拝んできました)。
ヘンリー・ウッドは長く続いていた対向配置の慣例を破って、左側に全ヴァイオリンを並べました。この目新しい配置に「時に、作曲家によって意図された交互に歌い交わすような効果を破壊する」と反対する指揮者も 3。しかしヘンリー・ウッドはこの配置により、「より良いアンサンブルが保証される。全ての(ヴァイオリンの)f字孔が客席に向いているので、音量と音質が改良される」と述べています6。
ヘンリー・ウッドは1911年に、ロンドン・フィルハーモニック協会オーケストラを、このヴァイオリン配置で指揮しました。図1は1920年にニュー・クイーンズ・ホール・オーケストラを指揮した際の写真です7。左からファースト、セカンド、ヴィオラ、チェロと並び、ヴィオラの後ろあたりにコントラバスが陣取っています。
この配置は次第に広がり、1925年にはクーセヴィツキーがボストン交響楽団で同様の配置を採用しました。ただ、ヘンリー・ウッドがこの配置を、ストコフスキーがフィラデルフィア管弦楽団で試したより早い時期に始めたのは確かですが、最初に始めたかは断言できません。彼はヨーロッパや北アメリカのオーケストラを度々客演しており、誰か他の指揮者のアイディアから着想を得た可能性もあります((298) ストコフスキーの楽器配置に続く)。
- Bowen, Jose, ‘Stokowski, Leopold,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 24. Macmillan, 2001, p. 426. ↩
- Koury, Daniel J., Orchestral Performance Practices in the Nineteenth Century. Univ. of Rochester Press, 1988, p.309. ↩
- Ibid. ↩
- Ibid., p.302. ↩
- Ibid. ↩
- Ibid., p. 303.「all the S holes」は「f」の誤りでしょう。 ↩
- Marks, Peter, “Divided violins: Sir Adrian would be pleased,” http://musicdirektor-smallgestures.blogspot.jp. ↩