2週お休みしてごめんなさい。学会発表が無事終わり、ようやく日常に戻りました。今回のコラムも、(293) 管楽器は弦楽器より偉かった!!? で参照したメムリンクの『奏楽の天使』について。左パネル左端の天使が持つのは、チェンバロの前身楽器プサルテリウムでしたね((294) 謎の弦楽器参照)。それでは、その隣(図1中央)の天使が演奏している楽器は何でしょう?? 右手の弓が無ければ、楽器とは気づかないかも。
プサルテリウムと同じくらいへんてこりんなこの楽器、ヨーロッパ最古の弦楽器の1つです。名前は、トロンバ・マリーナ。イタリア語で「海のラッパ」という意味で、英語ではそのままトランペット・マリーンです。弦楽器なのにラッパと呼ばれる理由はこれから説明しますが、なぜ「海」なのかは諸説あって(イタリア艦船が備えていた伝声管に似ていたという説や、マリーナを聖母マリアと結びつける説など)わかりません1。ドイツ語ではトルムシャイト。図2のように、ヨーロッパの楽器博物館の常連ですが(右は guitarra moresca ムーア人のギター)、実は私も今まで、どのような楽器か詳しくは知りませんでした。
旋律弦は1本。モノコルドですね(他にドローン弦が張られるものもありますが)。弓で擦って音を出すとき、他の弦楽器とは逆に、左手でさわったところよりも糸巻き寄りを弓で弾きます(図1参照)。左手は、弦を押さえるのではなく、触れるだけ。弦楽器のフラジオレット、倍音奏法ですね。トロンバ・マリーナでは大体、開放弦の第6〜13あたりの倍音を中心に、ときには第16倍音くらいまで使いました。使える音が倍音だけなのは、ナチュラル・トランペットと同じですね。
ただ、トランペットの名前が付いているのは倍音のせいではなく、その音色。トロンバ・マリーナの弦は駒の片方の足の上に偏って乗せられます。乗っていない側の駒の足は響板からほんのすこし浮いていて、弓で弦を擦ると駒が振動し、その足が響板に触ったり離れたりします。このビリつきのせいで、ラッパのような音になるのです。(291) 《ロマンティッシェ》第3楽章トリオの「手回し風琴とは」で取り上げたハーディ・ガーディも、同じような構造の駒がうなりを作り出します。
大型のトロンバ・マリーナは底を地につけて構えますが、小型の場合は天使のように高く掲げることもあります。下の動画ではつっかえ棒のようにして弾いていて、天使の構え方はそれと良く似ています2。修道尼たちはこの楽器を、合唱の男声の代わりに使ったそうです3。世俗音楽にも使われ、15世紀から18世紀半ばまで人気がありました(動画の最後で「6世紀間続いた」と言っているのは、12世紀末まで遡ることができる前身楽器も含めた年月でしょう4)。