16. 11月 2016 · (295) 天使が奏楽する謎の弦楽器その2 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

2週お休みしてごめんなさい。学会発表が無事終わり、ようやく日常に戻りました。今回のコラムも、(293) 管楽器は弦楽器より偉かった!!? で参照したメムリンクの『奏楽の天使』について。左パネル左端の天使が持つのは、チェンバロの前身楽器プサルテリウムでしたね((294) 謎の弦楽器参照)。それでは、その隣(図1中央)の天使が演奏している楽器は何でしょう?? 右手の弓が無ければ、楽器とは気づかないかも。

図1:メムリンク『奏楽の天使』左パネルより

図1:メムリンク『奏楽の天使』左パネルより

プサルテリウムと同じくらいへんてこりんなこの楽器、ヨーロッパ最古の弦楽器の1つです。名前は、トロンバ・マリーナ。イタリア語で「海のラッパ」という意味で、英語ではそのままトランペット・マリーンです。弦楽器なのにラッパと呼ばれる理由はこれから説明しますが、なぜ「海」なのかは諸説あって(イタリア艦船が備えていた伝声管に似ていたという説や、マリーナを聖母マリアと結びつける説など)わかりません1。ドイツ語ではトルムシャイト。図2のように、ヨーロッパの楽器博物館の常連ですが(右は guitarra moresca ムーア人のギター)、実は私も今まで、どのような楽器か詳しくは知りませんでした。

図2:トロンバ・マリーナ(バルセロナ音楽博物館蔵、右は guitarra moresca ムーア人のギター)

図2:トロンバ・マリーナ(バルセロナ音楽博物館)

旋律弦は1本。モノコルドですね(他にドローン弦が張られるものもありますが)。弓で擦って音を出すとき、他の弦楽器とは逆に、左手でさわったところよりも糸巻き寄りを弓で弾きます(図1参照)。左手は、弦を押さえるのではなく、触れるだけ。弦楽器のフラジオレット、倍音奏法ですね。トロンバ・マリーナでは大体、開放弦の第6〜13あたりの倍音を中心に、ときには第16倍音くらいまで使いました。使える音が倍音だけなのは、ナチュラル・トランペットと同じですね。

図3:トロンバ・マリーナ

図3:トロンバ・マリーナ

ただ、トランペットの名前が付いているのは倍音のせいではなく、その音色。トロンバ・マリーナの弦は駒の片方の足の上に偏って乗せられます。乗っていない側の駒の足は響板からほんのすこし浮いていて、弓で弦を擦ると駒が振動し、その足が響板に触ったり離れたりします。このビリつきのせいで、ラッパのような音になるのです。(291) 《ロマンティッシェ》第3楽章トリオの「手回し風琴とは」で取り上げたハーディ・ガーディも、同じような構造の駒がうなりを作り出します。

図4:トロンバ・マリーナの駒

図4:トロンバ・マリーナの駒

大型のトロンバ・マリーナは底を地につけて構えますが、小型の場合は天使のように高く掲げることもあります。下の動画ではつっかえ棒のようにして弾いていて、天使の構え方はそれと良く似ています2。修道尼たちはこの楽器を、合唱の男声の代わりに使ったそうです3。世俗音楽にも使われ、15世紀から18世紀半ばまで人気がありました(動画の最後で「6世紀間続いた」と言っているのは、12世紀末まで遡ることができる前身楽器も含めた年月でしょう4)。

  1. 高野紀子「トロンバ・マリーナ」『音楽大事典4』平凡社、1982年、1675ページ。図3も同ページ。
  2.  https://youtu.be/MswTN7cotoo
  3. 前掲書。
  4. Adkins, Cesil. ‘Trumpet marine,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25. Macmillan, 2001, p. 841.
19. 10月 2016 · (293) 管楽器は弦楽器より偉かった!!? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags:

今回の聖フィル♥コラムは、弦楽器奏者の皆さんの「聞き捨てならない!」という声が聞こえてきそうなタイトルにしてみました。図1は、ドイツに生まれ、フランドル地方ブリュージュで活動したハンス・メムリンク(c. 1430〜1494)の「奏楽の天使」。スペイン北部ナヘラにあるサンタ・マリア・ラ・レアル教会の委嘱で描かれました。165cm x 230cmとかなり大きな油彩画で、少し高い位置にあるオルガン席用3枚のうちの1枚です。

図1:メムリンク「奏楽の天使」左パネル

図1:メムリンク「奏楽の天使」左パネル

彼の時代(15世紀)に使われていた楽器が描かれています。左側の2つの楽器は不思議な形をしていますが、左端は弦をはじいて、その隣は弓で擦っています(名前などは、次回のコラムをお楽しみに)。真ん中はリュート、その右がトランペットですね。右端も管楽器。コルネット、あるいはツィンクと呼ばれる、指で穴を塞いで音程を作る木管の楽器です。

対になるパネルにも、5人の天使が描かれています(図2)。こちらは、左側2人が管楽器(2人目は、左パネルにも描かれたトランペットを吹いています)、真ん中がポルタティヴ・オルガン(持ち運びができるパイプ・オルガン)、その右にハープとフィドル。

図2:メムリンク「奏楽の天使」右パネル

図2:メムリンク「奏楽の天使」右パネル

この左右対称の配置を見ると、もうお分かりですね。キリスト像を中央に、彼に近い側に管楽器、遠い側に弦楽器。楽器のヒエラルキーが表現されているのです。神に近い方が高位ですから、管楽器は、弦楽器よりも高位。トランペットは最後の審判と結びつく楽器ですし、ツィンクはトロンボーンとともに、教会で用いられました。

ただ、弦楽器よりも高位の管楽器よりも、さらに高位の音楽がありました。中央のパネルから一目瞭然です。キリストの両脇には、聖歌を歌う天使が3人ずつ。そうです。器楽よりも声楽の方が、より「神聖」。道具を必要とせず、最も純粋に生み出される人の声が、音楽の最高位を占めていたのです。

図3:メムリンク3部作(アントワープ王立美術館蔵)

図3:メムリンク「奏楽天使を伴うキリスト」(アントワープ王立美術館蔵)

27. 7月 2016 · (286) イギリスの作曲家エルガー はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

中学生のとき、音楽の授業でブリテンの《青少年のための管弦楽入門ーーパーセルの主題による変奏曲とフーガ》を鑑賞しました。音楽の先生が「イギリスや日本のような島国には、なぜか有名な作曲家が生まれない」と言ったのが忘れられません。「バロック時代のパーセルの後、20世紀のブリテンまで空いてしまう」と。

クラシック音楽の歴史が浅い日本をイギリスといっしょにしたら、イギリスの人が怒りますよね。それはともかく、イギリス音楽史に空白期間があるのは確か。早くから公開演奏会が行われ、音楽の消費という面では常に先進地であったイギリス(ロンドン)だけに、自国の作曲家に恵まれなかった事実は重く感じられます。

ルネサンス時代は、イギリス音楽史の黄金期。大陸に大きな影響を与えたジョン・ダンスタブル(c.1390〜1453)をはじめ、ジョン・タヴァナー(c.1490〜1545)、トマス・タリス(c.1505〜85)、ウィリアム・バード(1543〜1623)、トマス・モーリー(1557〜1602)、オーランド・ギボンズ(1583〜1625)らが多くの声楽曲、ジョン・ダウランド(1563〜1626)がリュート音楽を作りました(すみません、16世紀が専門なのでつい大勢並べてしまいました)。17世紀にはヘンリー・パーセル(c.1659〜95)が、優れた劇作品を残しています。しかし、パーセルの死後18世紀から19世紀末まで、芸術音楽の分野におけるイギリス人作曲家の空白期間に1

この期間にイギリスで活躍した作曲家はたくさんいます。イギリスに帰化し、音楽事典に「イギリスの作曲家」とも書かれるバロック時代のヘンデル((188) イギリスの作曲家ヘンデル?参照)、ロンドンでのザロモン・コンサートで交響曲の在り方を変えた古典派のハイドン((19) 独り立ちする「交響曲」参照)、自国よりも先にイギリスで名を上げ作曲家の地位を確立したロマン派のドヴォルジャーク((209) ドヴォルジャークとイギリス参照)など。ただ、彼らはイギリス生まれではありません。

イギリス(人作曲家による)音楽史は、エドワード・エルガー(1857〜1934。次回聖フィル定演で《チェロ協奏曲》を取り上げます)の登場でようやく再開します。そして、彼によって活気づけられたように、イギリスに続々と作曲家が誕生。フレデリック・ディーリアス(1862〜1934)、ヴォーン・ウィリアムズ(1872〜1958)、グスタフ・ホルスト(1874〜1934)、ウィリアム・ウォルトン(1902〜83)、そしてベンジャミン・ブリテン(1913〜76)。パーセルからエルガーまでの空白が嘘のよう。豪華なラインナップですね。

  1. アーサー・サリヴァン(1842〜1900)が台本作家ウィリアム・ギルバートと組んで作っていたコミック・オペラは、オラトリオやフランス風のグランド・オペラよりも下位のジャンルとみなされていました。

コラールと言われたらみなさんは、ブラームスの交響曲第1番終楽章、序奏部のトロンボーン(とファゴット族)3重奏を思い浮かべるでしょうか。あるいはブルックナーの、たとえば第4番《ロマンティッシュ》第1楽章展開部終盤で、トランペット&トロンボーン&テューバがffで吹き鳴らすところ(305小節〜)? 第5番終楽章には、ブルックナーご本人が「コラール」と書き込んだ部分(583小節〜)もありますね。

でも、このようなコラールは正確には「コラール風」(あるいは「コラール的」)楽節。本物のコラールではありません(このようにな「コラール風」もコラールと呼ぶことがあるのでややこしいのですが)。

譜例1:J. S. バッハ:カンタータ BWV 140《目覚めよと呼ぶ声が聞こえ》より終曲(第3節)

譜例1:J. S. バッハ:カンタータ BWV 140《目覚めよと呼ぶ声が聞こえ》より終曲(第3節)

バッハの声楽作品に詳しい方は、本物をご存知ですよね。コラールは、ルター派プロテスタントの賛美歌。4声体のホモフォニーの形で(譜例1参照)、教会カンタータや受難曲の核になっています。上記「コラール風」楽節の元ですね。ただこれは、いわば成長した大人のコラール。もともとはモノフォニー(単旋律)でした。

カトリックの典礼音楽の歌詞は、聖職者以外は理解できないラテン語。聖歌隊が歌うお経のようなグレゴリオ聖歌や、複雑で難しいポリフォニーを、意味もわからずありがたく拝聴しているだけ。

宗教改革者マルティン・ルター(1483〜1546)は、「会衆を礼拝に積極的に参加させようとする意図から歌唱による祈願や賛美を重視」1。みんなで歌うには、母国語であるドイツ語の歌詞の曲が必要と考えました。単旋律なら、楽譜を読めない人も聞き覚えて歌えます。無伴奏のユニゾンで歌われたこのような曲は初め、geistliche Lieder(宗教的な歌)とか christliche Gesäng(キリスト教の歌)と呼ばれていました2(グレゴリオ聖歌の旋律を指す「コラール」という語で呼ばれるようになったのは、16世紀後半)。

1524年にヨハン・ヴァルター(1496〜1570)がヴィッテンベルクで、聖歌隊用に3〜5声に編曲した Geystliches Gesangk Buchleyn を出版(図1参照)。宗教改革の発端となった、ルターの「95か条の論題」発表から、わずから7年という早さに驚かされますが、考えてみると聖歌隊は、ついこの前まで壮麗なポリフォニーの宗教曲を歌っていた(し、信者たちだって、歌詞の意味はわからないながら聞いていた)のですからね。旋律1本を斉唱するだけでは、音楽的におもしろくなかったのでしょう。

図1:Johann Walter, Geystliches Gesangk Büchleyn, Titelpage, Wittenberg, 1524

図1:Johann Walter, Geystliches Gesangk Büchleyn, Titelpage, Wittenberg, 1524

ルターの序文が付いたこの最初の賛美歌集には、32の聖歌の詩用の35の旋律が、38種類に編曲されて収められています。カトリックの宗教曲のような複雑なポリフォニー様式と、旋律と同じ動きで和音を連ねる(より新しい)和弦様式の、2種類の編曲法が使われました。後者が、大人のコラールの出発点。

ただ、譜例1のようにコラール旋律がソプラノに置かれたのは、ルーカス・オジアンダー(1534〜1604)が1586年にニュルンベルクで出版した Fünffzig geistliche Lieder und Psalmen から3。ヴァルターの賛美歌集では、多声作品における最重要声部テノール((85) アルトは高い参照)に、主旋律が置かれていました。

まとめ:ルター派プロテスタントの賛美歌であるコラールは、もともとモノフォニーだった。4声体の編曲では、しばらく内声に置かれていた。バッハがカンタータの中で用いたような大人のコラールになってからも、そのまま引用した場合(たとえばメンデルスゾーンの通称「宗教改革」交響曲。(257) メンデルスゾーンが作った交響曲はいくつ?参照)以外、「コラール風」と呼ぶのが正しい。

来週のコラム更新はお休みさせていただきます。

  1. 辻荘一「コラール」『音楽大事典2』平凡社、1982、938ページ。
  2. Marshall, Robert L. / Leaber, Robin A., ‘Chorale,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 5. Macmillan, 2001, p. 737.
  3. Marshall, Robert L. / Leaber, Robin A., ‘Chorale settings,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 5. Macmillan, 2001, p. 748.
02. 3月 2016 · (271) コラム番外編:ヴァティカン図書館で調査して来た!! はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

聖フィル♥コラムを3週お休みしてごめんなさい。ローマ・パリ19日間の調査旅行から戻りました。今回は番外編として、旅行で尋ねた6か所の施設(ヴァティカン図書館、カザナテンセ図書館、ローマ国立中央図書館、サンタ・チェチリア音楽院図書館、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ教会古文書館、パリ国立図書館)から、立ち入る機会が最も少ないと思われるヴァティカン図書館について書きます。

ヴァティカン図書館(Bibliotheca Apostolica Vaticana)のホームページから稀覯本部門長に英語で2度問い合わせをしたところ、英語で丁寧な返事が来ました。実は今回の旅行では、ローマの複数の図書館や教会となかなか連絡がつかず、かなりハラハラさせられました。連絡がついても、英語メールの返事はイタリア語やフランス語がほとんど。ヴァティカン図書館は対応に慣れていると、ありがたく思いました。

ヴァティカン市国では、サン・ピエトロ広場や大聖堂、ヴァティカン美術館以外、外国人の立ち入り禁止。スイス衛兵が見張っています(写真1左上)。私の場合は、稀覯本部門長と何度かメールをやり取りをするうちに入国(!!)が許可されました。プリントアウトして、教皇庁のサンタ・アンナ通用門のポリスに見せるようにという書類(2つの鍵が交差した教皇庁マーク入り)が、添付で届きます。

ヴァティカン市内に入ろうとする人のほとんどは、教皇庁直轄のヴァティカン薬局で薬を買う人たち。彼らは医師の処方箋を見せ、身分証明書を預けて一時的な通行許可症をもらいます。同じ列に並びましたが、身分証明書(パスポート)は図書館カード作成に必要なので、返してもらって図書館の建物へ(写真1右)。パスポートと所属大学の紹介状を出して書類を書き込み、写真入り図書館カードのできあがり。

写真1左上:サンタ・アンナ通用門のスイス衛兵(手前側がヴァティカン市国)。左下:図書館がある回廊の向こうの、サン・ピエトロ大聖堂クーポラ。右:図書館の入口

写真1左上:サンタ・アンナ通用門のスイス衛兵(手前側がヴァティカン市国)。右:図書館入口。左下:図書館がある回廊の向こうに、サン・ピエトロ大聖堂クーポラ。

このカードは、建物の出入り、ロッカーの割り当てと開閉、閲覧申請だけではなく、2階以上の図書セクションのゲートを開けるのにも必要。ゲートを出るとき(たとえば、ロッカー内の水を飲みたいとき)は、閲覧室の係員に手続してもらったカードでなければゲートが開きません。再入室のときも同様。こんなややこしい2重システムはヴァティカンだけ。仕事が終わるまで閲覧室から出るなっていうことですかね??

稀覯本閲覧室は、雑誌セクションや印刷本の閲覧室のさらに奥。それほど大きくない部屋で、多くの研究者が仕事していました。私はアニムッチャやパレストリーナの出版楽譜、ひとりでは持てないような大きく重いミサ曲の手写本を調査((249) 今と同じ?! 16世紀の楽譜参照)。

他にも楽譜の写本を調べている人がいましたし、印刷あるいは手写による宗教の書物を調べている人、大きな巻物をそっと開いてもらって地図を調べている人、彫刻か何かの下絵?(あるいは建物の設計図?)を調べている人、漢字が並んだ薄い紙の古い冊子を調べている人もいました。

2日目からは、スイス衛兵に図書館カードを見せるだけでオーケー。疲れると中庭(写真2)で一休み。落ち着いたオープンな雰囲気の図書館でしたが、驚いたのは資料の複写料金。申し込めば誰でも利用出来ますが、資料1つにつき、A4の白黒コピー最初の1枚が18ユーロ、2枚目から10ユーロって暴利! 他の図書館では、高品質のデジタル複写が高くても1枚3ユーロくらいだったのに。さすが、免罪符の時代から商売上手な教皇庁(!?!)と、感心させられました。

写真2:図書館中庭。植えられているのはシクラメン

写真2:図書館中庭。地植えされているのはシクラメン

11. 11月 2015 · (259) フルートは横笛ではなかった!? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

前回 (258) サルタレッロってどんな音楽?でご紹介した最初の動画、中世のサルタレッロ演奏の団体名は、Flauto dolce でした。フラウト・ドルチェ(イタリア語。直訳すると甘いフルート)が楽器名であることと、でもフルートではないことをご存じですか? フルートはイタリア語でフラウトですが、フラウトが必ずしも現在のフルートとは限りません。

フラウト、あるいは複数形でフラウティと書いてあったら、それは横笛ではなく縦笛。リコーダーです(動画でも、縦笛が活躍しています)。フラウト・ドルチェ、フラウト・ア・ベッコ(flauto a becco 筒口フルート)、フラウト・ディリット(flauto diritto まっすぐのフルート)などと記されることもありました。ドイツ語ではブロックフレーテ blockföte と言いますが、フレーテはフルート(フラウト)。歌口などをブロックのように取り外せる(中学校で吹いたアルト・リコーダーのような)縦笛という意味です1

リコーダーは英語ですね。record はラテン語の recordari に由来する動詞で「覚えている、思い出す」という意味。リコーダーは、中世の吟遊詩人(ミンストラル)のような(昔のことを)覚えている人や物語る人のことで、さらに意味を広げて彼らの楽器にも使われたと考えられます2。リコーダーが楽器として初めて記されたのは、1388年。後にイングランド王ヘンリー4世となるダービー伯の家計記録でした 3

リコーダーは、親指用の穴1つとそれ以外に(通常)7つの指穴を持つ木製楽器。中世に発明され(あるいはヨーロッパに持ち込まれ)、ルネサンス時代は最も一般的な楽器のひとつでした。バロック時代にも引き続き用いられ、バッハも多くのカンタータなどで使用しています。ブランデンブルク協奏曲第2番と第4番では、独奏楽器として活躍しますね。

それでは、横笛の場合はどうしたのか? およそ1735年ころまで、作曲家が横笛を意図するときは必ず、フラウトの後にトラヴェルソと書き加えていました4。traversoは「横の、斜めの」という意味。不自然な構え方(!!)をする楽器が必要なときは、それを明記したのですね。現在フルートと言えば横笛を指しますが、フルート(フラウト)のほとんどの歴史においては、横笛よりも縦笛のほうが支配的だったのです5

  1. 久保田慶一『音楽用語ものしり事典』アルテスパブリッシング、2010、129ページ。
  2. Lasocki, David, ‘Recorder,’ The Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 21, Macmillan, 2001, p. 37.
  3. Ibid., p. 38.
  4. Lasocki, David, ‘Flauto,’ The Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 8, Macmillan, 2001, p. 928.
  5. Brown, Howard Mayer, Jaap Frank, and Ardal Powell, ‘Flute,’ The Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 9, Macmillan, 2001, p. 31.
30. 9月 2015 · (254) フリギア旋法とは何か はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

ブラ4の解説には、第2楽章のフリギア旋法が必ず言及されていますね(私も既に (252) でそう書いてしまいました)。手っ取り早く言うと、フリギア旋法は「ミファソラシドレミ」。第2楽章はシャープが4つもついたホ長調なのに、ホルンが始める冒頭の旋律はミーミーファーソミーミーレード……ミーミーレードミー。ファドソレの♯が、全てキャンセルされています。これがフリギア旋法の部分。

フリギア旋法は、グレゴリオ聖歌を体系化する中で整えられた8種類の教会旋法のうちの1つ。中世やルネサンス時代の音楽は、教会旋法に基づいて作られました。その後に成立した長調や短調の音階と、共通する点・相違する点があります。

音域は同じ1オクターヴ。フリギア旋法なら、ミからミまでですね。でも、長短調とは異なりピアノの白鍵盤にあたる全音階の音だけで構成されます。長短調における主音のような中心音は、終止音(ラテン語でフィナーリス)と呼ばれます。フリギア旋法の終止音はミ。

主音1つに2種類の音階がある(たとえばハを主音にするハ長調とハ短調)ように、同じ終止音を持つ旋法も2種類。一方は、終止音から終止音までの音域を持つ正格旋法。フリギア旋法も正格旋法です。もう一方は、終止音の上下に1オクターヴの音域を持つ変格旋法。フリギア旋法と同じミを終止音にする変格旋法ヒポフリギア旋法は、シからシまでの音域を持ちます。

旋法と長短調の大きな違いは、音の並べ方。たとえば長調はオクターヴの7つの音の間隔が「全(=全音)・全・半(=半音)・全・全・全・半」と決まっていますが、教会旋法はこの間隔がそれぞれ異なるのです。たとえばフリギア旋法なら「半・全・全・全・半・全・全」ですし、レを終止音とする正格旋法ドリア旋法なら「全・半・全・全・全・半・全」(フリギア旋法の《かえるの歌》は「ド−レ♭−ミ♭−ファ−ミ♭−レ♭−ド ミ♭−ファ−ソ−ラ♭−ソ−ファ−ミ♭」、ドリア旋法では「ド−レ−ミ♭−ファ−ミ♭−レ−ド ミ♭−ファ−ソ−ラ−ソ−ファ−ミ♭」になります1)。

16世紀にスイスの音楽理論家グラレアヌス(1488〜1563)が4旋法を加え、教会旋法は12種類に。ただ、単旋律音楽(聖歌)のための理論を、ルネサンス時代の多声音楽に使うのは無理がありました。音域が広がり、半音階変化が多くなると、各旋法の特徴が曖昧になっていきます。結局、ラから1オクターヴのエオリア旋法と、ドから1オクターヴのイオニア旋法を元にする短音階と長音階2種類に集約されることに。

新しい調体系が確立すると、教会旋法はほとんど使われなくなりました。ところがその後、調性音楽の可能性が汲み尽くされてくると、作曲家たちは新しい素材として、教会旋法や民族音楽で使われる音階などに目を向けます。ブラームスも、ホ長調の楽章の最初の単旋律部分をフリギア旋法で作曲することで、ブラ4に古風な雰囲気と不思議な新しさを加えたのです。

  1. haryo12さん、ありがとうございました。
12. 8月 2015 · (249) 今と同じ?! 16世紀の楽譜 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

申し訳ありませんが、来週と再来週の聖フィル♥コラム、お休みします。今年もリサーチ・トリップに行くためです。昨年は旅行中ボストンからコラム番外編をアップしましたが、今夏は研究に専念。大英図書館やロンドン大学図書館、フィレンツェ国立中央図書館、ボローニャ国際音楽図書館などで資料研究の予定です。いったい何しに行くのかという疑問にお答えすべく、今回は自分の研究について書きます。

私の専門は、16世紀イタリアの宗教曲。ペンネームとして名前をお借りしているパレストリーナご本人(c.1525〜94)ではなく、その後任としてローマ教皇庁の楽長を勤めたジョヴァンニ・アニムッチャ(c.1520〜71)という作曲家について、博士論文を書きました。ルターの宗教改革に対するカトリック側の改革を話し合ったトリエント公会議の最中や終了後にローマ教皇庁の音楽を司っていたのに、「公会議でポリフォニー音楽が廃止されそうになったとき《教皇マルチェルスのミサ曲》を書き、それを救った」と早くから神格化されたパレストリーナ(史実ではありません!)の影に隠されて、研究が著しく遅れています。私が現在進めているプロジェクトは、博士論文で現代譜にしたアニムッチャのミサ曲集の出版。

現代譜にしなければならない16世紀の楽譜とはどのようなものか? 譜例1は、アニムッチャのミサ曲集(ローマ、1567)の見開き2ページ。大きい四角は、歌詞〈キリエ〉のイニシャル K。4つあるのは、4声のミサ曲だから。左ページにソプラノ(上)とテノール、右ページにアルトとバスが印刷されています。弦楽四重奏の各パート譜を、一緒に印刷した感じでしょうか。ペトルッチが多声音楽の印刷に成功した((183) ペトルッチありがとう!参照)後も、楽譜は高価。聖歌隊員は、1冊の楽譜を囲んで歌いました。

譜例1:ジョヴァンニ・アニムッチャ作曲《ミサ・アヴェ・マリス・ステッラ》冒頭

譜例1:ジョヴァンニ・アニムッチャ《ミサ・アヴェ・マリス・ステッラ》のキリエ(ミサ曲集第1巻、ローマ、1567)

クリックで拡大してみてください。450年も前の楽譜なのに、音符や♭、拍子記号など、現在とほぼ同じ。ソプラノのト音記号、バスのヘ音記号(1段下に付いていますが)、残り2声のハ音記号も、形とはちょっと違いますが見当がつくでしょう。ただ、小節線が無い! パート別ですし、このままでは歌えません。

博士論文では、ファクシミリ版をもとに現代のスコアの形に直して分析。スコアは付録にしました。これを、合唱だけではなく学術研究にも使えるレヴェルで出版するには、ミサ曲集がどのようなものでどのように使われたか、現存する楽譜を調べる必要があります。小節線が無いのでミスプリントは致命的(そのパートだけ、最後までずれてしまいます)ですが、何らかの形で訂正が施されているかどうか。歌詞が書き換えられたり、省略された臨時記号が書き加えられていないか。ミサ曲集の紙の透かしも調べなければ。アニムッチャのオリジナル楽譜を直に見るのは初めてなので、ドキドキです。

幸いにも、資料研究のための研究費をいただくことができました。本当は、アニムッチャが勤めていたローマのヴァティカン図書館に現存する2冊を最初に調べたかったのですが、9月半ばまで2ヶ月夏期閉館! 今回はお預けです。仕事と図書館の都合を考えると8月末しかスケジュールが合わず、聖フィルの集中練習も欠席(すみません〜)。みなさま、2週連続更新無しでも、聖フィル♥コラムを忘れないでくださいね。

25. 6月 2014 · (191) 《ピアノとフォルテのソナタ》再び はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

前回コルネットとトロンボーンとヴァイオリンの8重奏でとりあげた、ガブリエーリの《8声のためのピアノとフォルテのソナタ》について、3点補足します。まず第1に、これが教会の礼拝で使われる宗教曲であることを忘れないでください。

16世紀半ば以降、イタリア各地で対抗宗教改革が行われていました。カトリックの浄化を目指して開かれたトリエント公会議では、「歌詞が聴き取りにくいから、典礼(礼拝)においてポリフォニー(多声音楽)の使用を禁止し、グレゴリオ聖歌のみを歌うことにしよう」という過激(!!)な原点回帰の提案もあったほど1(《教皇マルチェルスのミサ曲》を作ってそれに反論し、ポリフォニーの救い主とされたのが、私がペンネームに名前をお借りしているパレストリーナです。あくまで伝説ですが)。しかし、ローマから遠いヴェネツィアでは、ポリフォニーどころか、コルネットやヴァイオリンなど世俗の楽器も用いた器楽曲が、教会で演奏されていたのですね。

第2にこの曲は、1597年に出版されたガブリエーリの『サクラ・シンフォニーア』に納められていること。『サクラ・シンフォニーア』とは「聖なる(複数の)響き」つまり宗教曲集ということですね。(171) いろいろなシンフォニーアに書いたように、ラテン語の歌詞を持つ声楽曲がメインで、45曲も収められています。器楽曲は、カンツォーナ(最後の母音を省略してカンツォンと表記)14曲とソナタ2曲の計16曲。

譜例1:G. ガブリエーリピアノやフォルテのソナタ》第7声部(「サクラ・シンフォニーア》(ヴェネツィア、1598)より)再掲

譜例1:G. ガブリエーリ作曲《ピアノとフォルテのソナタ》第7声部 『サクラ・シンフォニーア』(ヴェネツィア、1598)より(再掲)

当時の楽譜の慣例に従って、声部数が少ない曲(6声用)から順番に並べられています。最も曲数が多いのが8声用。声楽曲19曲の後に5曲のカンツォーナが続き、《ピアノとフォルテのソナタ》は最後。その後に、10声用の声楽曲、器楽曲、12声用の声楽曲、器楽曲、14声用声楽曲、15声用の声楽曲、器楽曲、16声用声楽曲と続きます。器楽も声楽と同等の扱い受けていますね。器楽曲には歌詞が無いので、ページが白っぽく見えますが、その中でピアノとフォルテのソナタ》だけ、ところどころに「Pian」「Forte」と印刷されています(譜例1)。

第3に補足したいのは、『サクラ・シンフォニーア』のレイアウト。スコアではなく、ペトルッチのオデカトンのような、見開きに全声部を納める聖歌隊用レイアウト(「クワイアブック・フォーマット」と呼びます。(184) 500年前の楽譜参照)でもなく、1声部ずつ分かれた「パートブック」スタイルです。この時代、声楽曲もほとんどがパートブックの形で出版されましたが、16声部の曲も含まれる『サクラ・シンフォニーア』は、全部で12分冊! 1冊も失くさないように、教会の財産として大切に管理したのでしょう。

14声部以上の曲は、1分冊に2パート印刷されています。巻末に目次もありますが、使いやすいように各分冊の同じページに同じ曲が印刷されています(そのため、不要なページ数は省かれ、たとえば第12分冊は50ページから始まります)。《ピアノとフォルテのソナタ》のような声部数が多く長い曲を、小節線が無い当時の楽譜で演奏するのは、さぞかしスリリングだったでしょうね。

  1. Nagaoka, Megumi, The Masses of Giovanni Animuccia: Context and Style, Ph.D. Diss., Brandeis University, 2004, pp.2-3.
18. 6月 2014 · (190) コルネットとトロンボーンとヴァイオリンの八重奏 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

ルネサンス音楽史の必修曲《8声のためのピアノとフォルテのソナタ》。作曲者ジョヴァンニ・ガブリエーリ(c.1554-7〜1612)は、アドリアン・ヴィラールト(c.1490〜1562)が創始したヴェネツィア楽派の1人です1。ジョヴァンニは、1584年にサン・マルコ大聖堂の臨時オルガン奏者になり、翌年、叔父アンドレアが第2オルガン奏者から第1オルガン奏者に昇進すると、第2奏者に。1586年のアンドレアの死後、亡くなるまで第1オルガン奏者を続けました。1597年に出版された《ピアノとフォルテのソナタ》は、

    • ソナタというタイトルを持つ最初期の曲
    • 強弱が指定された最初期の曲
    • 楽器名が指定された最初期の例

として重要。16世紀、器楽はもっぱら声の代わりか声楽の補助。手近にある楽器を使って演奏しました。このように楽器が指定された曲は、非常に珍しい(=新しい)のです。楽器編成は、

    • コルネット(ツィンクとも。現在のコルネットとは異なる円錐形の楽器):1
    • トロンボーン(サックバットとも):6
    • ヴァイオリン:1

えっ!! 金管アンサンブルの中に、1つだけヴァイオリン?! 何かの間違いでは?? いいえ、楽譜にもはっきりと「Violino」の指示(譜例1右上の矢印先。クリックで拡大します)。

譜例1:ジョヴァンニ・ガブリエーリ《8声のピアノやフォルテのソナタ》第7声部(「サクラ・シンフォニーア》(ヴェネツィア、1598)より)

譜例1:G. ガブリエーリ《ピアノとフォルテのソナタ》第7声部(ヴェネツィア、1597)

サン・マルコ大聖堂でミサを執り行うために楽器奏者が雇われ初めたのは、1568年2。1586年暮れの支払い記録には、12人もの楽器奏者が言及されています。コルネット奏者とトロンボーン奏者に混じって、ヴァイオリン奏者が2人3。1603年のクリスマス・ミサの支払い記録にも、コルネット4、トロンボーン5、ファゴット1とともに、ヴァイオリン2とヴィオローネ(コントラバスの先祖)1が。オルガンとトロンボーン以外は世俗の楽器((42) 神の楽器 ? トロンボーン参照)。コルネットもヴァイオリンも、ファゴットもヴィオローネも、たいして違わなかった?

ところで譜例1の第7声部には、ヴァイオリンの最低音ソよりも低い音が使われています(丸で囲った部分)。音部記号もアルト記号。ヴァイオリンと指定しているのに、不思議ですね。

  1. 個人的な話ですが、私、ヴィラールトの声楽曲集で修士論文を書きました。
  2. Ongaro, Giulio, ‘Venice,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 26, Macmillan, 2001, 401.
  3. Bryant, David, ‘Gabrieli, Giovanni,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 9, Macmillan, 2001, 392.