22. 4月 2015 · (234) 《マイスタージンガー》のライトモティーフ (2) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

ライトモティーフとは「オペラ、楽劇、標題音楽などにおいて、ある想念、人物、感情、事物などと結び付けて用いられる動機」1。前回 (233) はヴァーグナーの《マイスタージンガー》第1幕への前奏曲冒頭の「マイスタージンガーの動機」について説明しました。前奏曲にはこれ以外にも、オペラに使われるいろいろな動機(モティーフ)が登場します。

和音を連ねて上行する、シンプルで覚えやすいモティーフが、金管主体の「行進の動機」。主調ハ長調の主和音ドミソの響きを多用していて、「マイスタージンガーの動機」と性格が似ています。オペラ第3幕第5場で、マイスタージンガーたちが歌合戦の会場に次々と入って来るときの音楽がこれ。「マイスタージンガーの動機」も続き、これに合わせて主人公ハンス・ザックスが最後に入場します(下の動画で1:09くらいから。ザックスについては (220) を参照のこと)。前奏曲の短縮版という感じも。

前奏曲の中間部、テンポが遅くなってホ長調に転調すると「愛の動機」が登場。ファースト・ヴァイオリンが低音域で甘い旋律を奏でます。堂々としたハ長調の部分と、大きなコントラストを作っていますね。

この「愛の動機」の元の形は、一目惚れしたエーファを勝ち取るために歌合戦でヴァルターが歌う〈朝の光はバラ色に輝き〉の後半部分。歌合戦の優勝者が彼女と結婚できるのですが、騎士ヴァルターは歌の修業をしたことがありません。ザックスはヴァルターを励まし、彼の歌を A―A―B のバール形式に整えてやります。この歌は3拍子ですが、朗々と歌い上げられるB部分の旋律ラインは、前奏曲の「愛の動機」と同じ(下の動画では、2つ目のA部分が1:54〜、B部分は3:17〜。歌詞の日本語訳は註2を参照のこと)2

第1幕への前奏曲後半で、「マイスタージンガーの動機」がトロンボーン、ヴィオラとチェロの演奏で戻って来ます。引き続き、ファゴット、コントラバス、チューバによって低音域で演奏されますが、その上でヴァイオリン1、クラリネット1、ホルン1、チェロが奏しているのは「愛の動機」。そして、ヴィオラ、フルート、オーボエ、クラリネット2、ホルン2、3、4が奏しているのは、短い音価の音符による軽快な形に変えられた「行進の動機」。ライトモティーフの変形や対位法的な処理を伴う、前奏曲の聴き所です。

この後、弦の装飾音型とともに「行進の動機」が元の音価で奏され、最後は「マイスタージンガーの動機」で壮大に締めくくられる前奏曲。この前奏曲のエンディング部分は、オペラ全体のエンディングと呼応しています。マイスタージンガーになることを拒否するヴァルターにザックスがマイスターの重要性を説き、人々がザックスとドイツ芸術を讃えながら幕となるフィナーレ(動画の3:40〜)。幕が開く前に聴いた音楽がほぼそのまま、ハッピーエンドの歓呼の歌声の伴奏となるのです。

[お知らせ] 毎週水曜日に聖フィル♥コラムを更新していますが、来週4月29日(水・祝)は聖フィル第12回定期演奏会当日のため、コラム更新はお休みです。

  1. 「示導動機」『音楽大事典3』平凡社、1982年、1036ページ。
  2. 平尾力哉訳(The Metropolitan Opera のDVD字幕より)。この動画のみ演奏演出が異なります。

    朝の光はバラ色に輝き 花の香りは空に満ちる
    思いもよらぬ喜びに導かれ 私は花園に誘われた
    奇蹟の樹の 枝もたわわな木の実の下で
    熱い思いを叶えると 幸せな夢 見るように約束したのは
    こよなく美しい女性 エデンの園のエヴァ!

    たそがれゆく夕闇に包まれ 険しい道をたどる私に
    微笑みかけて誘うのは ささやく泉の清らかさ
    月桂樹の木陰で 星の光に照らされて
    やさしく清らかな様子で 泉の水を私に滴らせ
    うつつの夢を詩人にみせる こよなく気高い女性
    パルナソス山のミューズ!

    夢から覚めた詩人 その恵み深い日に
    夢にも見た楽園の 清く輝く神々しさ
    そこに至る明るい道を 示した泉の微笑み!
    私の選んだこの地の乙女の 世にも稀な愛らしさは
    尊くやさしく清らかな詩神ミューズとなって現れる
    勇をふるい求婚すれば さんさんと照る太陽の下
    歌の勝利で得たものこそ パルナソス山とエデンの園!

15. 4月 2015 · (233) 《マイスタージンガー》のライトモティーフ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

あちこちの大学の入学式で、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第1幕への前奏曲が演奏されるようですね。堂々としていて落ち着いていて颯爽としていて、途中に甘い部分やユーモラスな部分もあり、長過ぎず短過ぎず、難し過ぎず簡単過ぎず。祝賀演奏にうってつけの曲ですが、それだけではありません。主人公が周囲の助けや愛情によって成長し、勝利を勝ち取るというオペラのストーリーも、入学式にふさわしいのです。

オペラ全体を凝縮した、かなり序曲的なこの前奏曲(序曲との違いは、(232)を参照)の冒頭旋律は、「マイスタージンガーのライトモティーフ Leitmotiv(独)」と呼ばれます。日本語では示導動機(しどうどうき)。楽曲解説に必ず出て来る用語ですが、いったい何でしょう?

ライトモティーフのライトは英語のリードなので、直訳すると「導く動機」。動機とは、旋律的なまとまりを持つ主題(テーマ)よりも、短い単位でしたね。マイスタージンガーのライトモティーフは、オペラの中でマイスタージンガーたちと結びつけて使われます。彼らが実際に登場するとき(歌合戦のために入場してくるる第3幕第5場など)はもちろん、マイスタージンガーのことが言及されるとき(マクダレーネがエーファの立場を説明する第1幕冒頭など)にも奏されます。

ここで、「イデー・フィクス(固定楽想)」を思い出した方は鋭い! ベルリオーズは《幻想交響曲》で、あこがれの女性を1つの旋律で表現していましたね。このイデー・フィクスが、ライトモティーフの直接の先駆。ただ、ベルリオーズのイデー・フィクスが1つだったのに対し、ヴァーグナーのライトモティーフは複数です。歌合戦で優勝を目指す「ヴァルターの動機」、そのライバル「ベックメッサーの動機」など人物だけではなく、優勝者に贈られる「花輪の動機」や、主人公の職業である「靴屋の動機」など物事、さらには「愛の動機」「情熱の動機」のような、目に見えない感情や想念のライトモティーフまで。

ある人・物・想いなどが関わるシーンで、それぞれのライトモティーフが奏されるヴァーグナーの新手法。オケ奏者なら、オペラの中に同じメロディーが何度も出て来てつまらない!なんて怒らないでくださいね。この手法は、演技や歌だけではなくオーケストラの音楽にも、意味を持たせることを可能にしました。これまで声楽では歌詞が何よりも重要でしたが、ライトモティーフを受け持つ伴奏部も、非常に複雑な内容を表現できるようになったのです。

しかも、ライトモティーフは真実の声。登場人物は嘘を歌うことができますが、ライトモティーフは嘘をつきません。もしも「あなたなんか大嫌い!」と歌っているときにオーケストラ伴奏が愛の動機を奏でていたら、本心は愛しているということ(ものすごく単純化したたとえ話ですが)。ライトモティーフの採用により、ヴァーグナーは劇音楽におけるオーケストラの役割を、各段に大きくしたと言えるのです。

18. 12月 2013 · (164) クリスマスに聴きたい音楽 part 6 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

仕事だ!コラムだ!練習だ!とばたばたしているうちに、2013年も残りわずか。「クリスマスに聴きたい音楽」の季節(!?)になりました。今回取り上げるのは《ヘンデルとグレーテル》……ではなく(失礼)《ヘンゼルとグレーテル》。ドイツでクリスマスの時期に上演される、フンパーディンクのオペラです。

森にいちご摘みに行かされた兄妹が見つけた、お菓子の家。喜んでかじっていたら、お菓子の家の魔女に捕まってしまいました。小間使い代わりに働かされるグレーテルは、檻に閉じ込められたヘンゼルを救出。2人で魔女をかまどの中に押し込むとかまどが爆発し、魔法でお菓子に変えられていた子どもたちが現われます。2人を捜しに来た両親も加わって神の恵みを讃え、幕。

作曲者エンゲルベルト・フンパーディンク(1854〜1921)は1890年のクリスマスに、このオペラの前身であるジングシュピール版を婚約者にプレゼントしました1。また、オペラ版の初演は1893年12月23日(指揮はリヒャルト・シュトラウス)。でも、昨年ご紹介した《くるみ割り人形》((112) クリスマスに聴きたい音楽 part 5)のように、クリスマスに直接関わるお話ではありません。この時期に上演される理由は?

グリム童話の中の怖さや残酷さが削られた、お子様向けのストーリー。兄妹が大好きなお菓子を食べまくったり、悪い魔女をやっつけたり、他の子どもたちを助けたりする痛快さに、子どもはわくわく。一方で「悪い事をするとばちが当たる」「魔女につかまらないように親のいいつけを守る」というような教訓が(押し付けがましくなく)伝わります。長さも手頃で、家族みんなで楽しめます。神へ祈りを捧げる場面もあり、まさにクリスマスの時期にうってつけ。

お勧めは、《ヘンゼルとグレーテル》の前奏曲。そう、序曲ではなく前奏曲です。ヴァーグナーみたい!と思った方、そのとおり。フンパーディンクは、ヴァーグナーに気に入られてバイロイトに招かれ、写譜や少年合唱の訓練を手伝うなど《パルジファル》の初演を補佐しました。《ヘンゼル》にもヴァーグナーの影響が見られます(《ヘンゼル》の第2幕への前奏曲は、その名も〈魔女の騎行〉)。

第1幕への前奏曲は、オペラの重要な旋律を使って全体の雰囲気を予示しています。冒頭のホルンのメロディー(《魔弾の射手》序曲を思い出しますね)は、森の中で眠くなった兄妹が歌う〈夕べの祈り〉(第2幕)。トランペットの元気なメロディー(2:22頃〜)は、グレーテルが第3幕でこっそりヘンゼルの魔法を解くときなどに使われます。森で目を覚ましたグレーテルが歌う旋律が弦楽器で続き(3:04頃〜)、その後のオーボエは、お菓子にされた子どもたちの魔法がとけるメロディー(3:31頃〜)。これらが対位法的に展開された後に〈夕べの祈り〉が戻るのは、オペラの最後でこの旋律を使った〈神は、み手を差しのべたもう〉が合唱されるからでしょう。

ヴァーグナー後に停滞していたドイツ・オペラの新しい道として、メルヘン・オペラ(メルヒェンオーパー)が流行しました。《ヘンゼルとグレーテル》は、そのほぼ唯一の生き残りです。素朴で親しみやすい民謡(風)旋律、ドイツ人の心の故郷である森を舞台にしたわかりやすいストーリーもさることながら、世紀末の厚いオーケストレーションや、ヴァーグナーのライトモティーフのような音楽の使い方も、大きな魅力になっています。

  1. Denley, Ian, “Humperdinck,” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 11. Macmillan, 2001, 837-8.

「多楽章形式の楽曲において、同じ主題材料を全楽章あるいは数楽章に用いて、性格的統一をはかる手法」を循環形式と言います1。循環形式はしばしば、ベルギー出身の作曲家セザール・フランク(1822〜90)と結びつけられますが、実はルネサンス時代から存在します。たとえばパレストリーナは、(7) クリスマスに聴きたい音楽 part 2でご紹介したミサ曲《今日キリストが生まれたまえり Missa Hodie Christus natus est》において、「パロディ」と呼ばれる循環手法を使いました。

ルネサンス時代のミサ曲は、後の時代のオペラや交響曲のように、作曲家の力量を測る最重要ジャンル。パロディのような複雑な技法が編み出されたのは、このためです。交響曲と異なり、「キリエ」「グロリア」「クレド」「サンクトゥス」「アニュス・デイ」の5楽章は、ミサ典礼の中で続けて歌われるわけではありません。それでも作曲家たちは、循環する素材を用いて、5部分に統一感を与えようとしたのです。

ところで、19世紀の循環形式の開祖(?!)は、ベルリオーズ。恋人の幻影を表わす「イデー・フィクス idée fixe(固定楽想)」を、自伝的作品《幻想交響曲》(1830)の全楽章で、形を変えながら使用しました。初めは優雅なメロディーですが、第5楽章「サバトの夜の夢」では、前打音やトリルを加えEs管クラリネットに担当させて、魔女を連想させるようなグロテスクなものに(ふられた腹いせ!)。この手法に影響された、ヴァーグナーの「ライトモティーフ(示導動機)」や、リストの1つの主題を変容させながら曲を構成する手法((75)《レ・プレ》とソナタ形式参照)も、循環形式の一種と考えられます。

でも、ベルリオーズよりも先に、前の楽章の音楽を循環させた作曲家がいましたね。このコラムでも取り上げました。そうです、ベートーヴェン。《運命》の終楽章で、第3楽章の幽霊スケルツォ(弱音で奏される、トリオの後のスケルツォ)が回想されます((13) 《運命》掟破りのベートーヴェン参照)。また、(旋律とは言えないまでも)運命動機が変形されながら全楽章に使われ((5) 第2楽章の『運命動機』はどこ?参照)、全体を有機的に統一していますから、《運命》をロマン派循環形式の先駆とみなすことが出来るでしょう。

1880年前後から流行したこの形式を、ドヴォルジャークも取り入れています。《ドボコン》でも、終楽章に2楽章で引用した《ひとりにして》の旋律の回想がありましたね((36) ドボコンに込められた想いを読み解く参照)。《新世界》交響曲でも、ホルンによる厳かな第1楽章第1主題(上がって降りる分散和音。(90) 《新世界より》第1楽章の第2主題参照)が、すべての楽章に現われます。

  • 第2楽章:コーラングレの主題が戻って来る直前にトロンボーンが大音響で(96小節〜。前半の上行部分のみ)
  • 第3楽章:第2トリオの直前にチェロ(154〜)とヴィオラ(166〜)が密やかに。コーダでホルン&木管楽器が華やかに(252〜)
  • 第4楽章:展開部クライマックスの直前にファゴット、ホルン、低弦が力強く(190〜。前半の上行部分のみ)。コーダ直前にファゴットと低弦が力強く(275〜)

いずれも印象的! でも、《新世界》で循環するのはこれだけではありません。ドヴォルジャーク、さらに凝った構成を考えました。次回に続く。

  1. 音楽大事典3、平凡社、1982、1207ページ。