12. 12月 2012 · (111) 《第九》とトルコ行進曲 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

《第九》終楽章にはトルコ風の音楽が含まれています。独唱や合唱が「歓喜に寄す」を第3節まで歌った後、急に静かになるところ。ファゴットとコントラファゴット、大太鼓が、低い音域でぼわっ、ぼわっと出て、シンバルとトライアングルも加わる八分の六拍子「行進曲風に」のところ。これは、メヘテルハーネによるトルコ音楽(のパロディ)です。

16世紀前半から18世紀後半まで、オスマン帝国はヨーロッパにとって大きな脅威でした。ヴィーンも1529年と1683年の2度、包囲されています。メヘテルハーネは、そのオスマン帝国の精鋭部隊イェニチェリ(トルコ語で「新しい軍隊」)が伴った軍楽隊。士気を鼓舞したり、儀式でスルタンの威光を表したりするのに使われました。図1は、1720年にオスマン帝国の宮廷画家によって描かれた細密画です。色とりどりのコスチュームが鮮やか。しかも大編成!

図1:メヘテルハーネ(Abdulcelil Levni, 1720)クリックで拡大します

右側のパネル中央に黒い管楽器ズルナ(チャルメラのようなダブル・リード属)奏者が8人、続いて2つ一組の小型太鼓ナッカレが5人。左側のパネルでは、胴がオレンジ色の大太鼓ダウルが8人、その後ろにズィル(シンバル)が6人、パネル左端にボル(トランペット)が6人。向こう側には、2つ一組の鍋形太鼓キョスが3人も。ズィルとナッカレは宗教的な用途でも使用されたそうです1

メヘテルハーネは、大音量のエキゾティックな音色と、目をひくコスチュームでヨーロッパの人々に大きなインパクトを与えました。18世紀半ば、各国の軍楽隊はトルコの楽器を加え始めます。まず大太鼓。その後、シンバルとトライアングル。18世紀末にはターキッシュ・クレセント(1番上に三日月型の飾りがついている、錫杖のような打楽器)も。ピッコロも付きものでした。

この響きと、1拍目の強いアクセントを利用した音楽が流行します。《第九》のようにオーケストラに大太鼓やシンバル、トライアングルを入れたのが、モーツァルトの《後宮からの逃走》序曲や、ハイドンの交響曲第100番《軍隊》(聖フィル第1回定期で演奏しました)。

打楽器を使わない例も。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番の終楽章では、弦楽器の弓の木の部分で演奏するコル・レーニョ奏法を用いて打楽器を模しています。有名なモーツァルトのトルコ行進曲(実はピアノ・ソナタの終楽章)でも、左手が Alla Turca(トルコ風)。長調部分では、アルペジオの装飾音で1拍目が強調されます。

ただ《第九》の八分の六拍子の部分は、シンバル、トライアングル、大太鼓を単なる東洋趣味として取り入れたのではないでしょう。「走れ、はらからよ、君たちの道を、喜び勇んで、勇士が勝利へと向かうように(土田英三郎訳)」という歌詞の、戦いや勝利のイメージとリンクさせているように思われます。

メヘテルハーネの響きのサンプルとして、最もポピュラーな《ジェッディン・デデン Ceddin Deden》の動画をあげます。祖父も父もみんな英雄だったという歌詞。中央にキョス(行軍ではないので、床に置いています。叩き方にも注目。図1の動きですね)。左側にターキッシュ・クレセントを鳴らしながら歌う人々、奥にズルナ。1分過ぎくらいから右側にナッカレ、ズィル、ダウルも見えます。イェニチェリは1826年に廃止され、その後、ヨーロッパの軍楽が逆輸入されたため、メヘテルハーネの音楽は残念ながら、このような博物館的存在になってしまったそうです2

  1. Pirker ’Janissary music,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 12, Macmillan, 2001, p. 801.
  2. 柘植元一「メヘテルハーネ」『音楽大事典5』平凡社、1983、2515ページ。他に、小泉文夫記念資料室ホームページの「アジアの楽器図鑑」を参考にしました。