02. 3月 2016 · (271) コラム番外編:ヴァティカン図書館で調査して来た!! はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

聖フィル♥コラムを3週お休みしてごめんなさい。ローマ・パリ19日間の調査旅行から戻りました。今回は番外編として、旅行で尋ねた6か所の施設(ヴァティカン図書館、カザナテンセ図書館、ローマ国立中央図書館、サンタ・チェチリア音楽院図書館、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ教会古文書館、パリ国立図書館)から、立ち入る機会が最も少ないと思われるヴァティカン図書館について書きます。

ヴァティカン図書館(Bibliotheca Apostolica Vaticana)のホームページから稀覯本部門長に英語で2度問い合わせをしたところ、英語で丁寧な返事が来ました。実は今回の旅行では、ローマの複数の図書館や教会となかなか連絡がつかず、かなりハラハラさせられました。連絡がついても、英語メールの返事はイタリア語やフランス語がほとんど。ヴァティカン図書館は対応に慣れていると、ありがたく思いました。

ヴァティカン市国では、サン・ピエトロ広場や大聖堂、ヴァティカン美術館以外、外国人の立ち入り禁止。スイス衛兵が見張っています(写真1左上)。私の場合は、稀覯本部門長と何度かメールをやり取りをするうちに入国(!!)が許可されました。プリントアウトして、教皇庁のサンタ・アンナ通用門のポリスに見せるようにという書類(2つの鍵が交差した教皇庁マーク入り)が、添付で届きます。

ヴァティカン市内に入ろうとする人のほとんどは、教皇庁直轄のヴァティカン薬局で薬を買う人たち。彼らは医師の処方箋を見せ、身分証明書を預けて一時的な通行許可症をもらいます。同じ列に並びましたが、身分証明書(パスポート)は図書館カード作成に必要なので、返してもらって図書館の建物へ(写真1右)。パスポートと所属大学の紹介状を出して書類を書き込み、写真入り図書館カードのできあがり。

写真1左上:サンタ・アンナ通用門のスイス衛兵(手前側がヴァティカン市国)。左下:図書館がある回廊の向こうの、サン・ピエトロ大聖堂クーポラ。右:図書館の入口

写真1左上:サンタ・アンナ通用門のスイス衛兵(手前側がヴァティカン市国)。右:図書館入口。左下:図書館がある回廊の向こうに、サン・ピエトロ大聖堂クーポラ。

このカードは、建物の出入り、ロッカーの割り当てと開閉、閲覧申請だけではなく、2階以上の図書セクションのゲートを開けるのにも必要。ゲートを出るとき(たとえば、ロッカー内の水を飲みたいとき)は、閲覧室の係員に手続してもらったカードでなければゲートが開きません。再入室のときも同様。こんなややこしい2重システムはヴァティカンだけ。仕事が終わるまで閲覧室から出るなっていうことですかね??

稀覯本閲覧室は、雑誌セクションや印刷本の閲覧室のさらに奥。それほど大きくない部屋で、多くの研究者が仕事していました。私はアニムッチャやパレストリーナの出版楽譜、ひとりでは持てないような大きく重いミサ曲の手写本を調査((249) 今と同じ?! 16世紀の楽譜参照)。

他にも楽譜の写本を調べている人がいましたし、印刷あるいは手写による宗教の書物を調べている人、大きな巻物をそっと開いてもらって地図を調べている人、彫刻か何かの下絵?(あるいは建物の設計図?)を調べている人、漢字が並んだ薄い紙の古い冊子を調べている人もいました。

2日目からは、スイス衛兵に図書館カードを見せるだけでオーケー。疲れると中庭(写真2)で一休み。落ち着いたオープンな雰囲気の図書館でしたが、驚いたのは資料の複写料金。申し込めば誰でも利用出来ますが、資料1つにつき、A4の白黒コピー最初の1枚が18ユーロ、2枚目から10ユーロって暴利! 他の図書館では、高品質のデジタル複写が高くても1枚3ユーロくらいだったのに。さすが、免罪符の時代から商売上手な教皇庁(!?!)と、感心させられました。

写真2:図書館中庭。植えられているのはシクラメン

写真2:図書館中庭。地植えされているのはシクラメン

12. 8月 2015 · (249) 今と同じ?! 16世紀の楽譜 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

申し訳ありませんが、来週と再来週の聖フィル♥コラム、お休みします。今年もリサーチ・トリップに行くためです。昨年は旅行中ボストンからコラム番外編をアップしましたが、今夏は研究に専念。大英図書館やロンドン大学図書館、フィレンツェ国立中央図書館、ボローニャ国際音楽図書館などで資料研究の予定です。いったい何しに行くのかという疑問にお答えすべく、今回は自分の研究について書きます。

私の専門は、16世紀イタリアの宗教曲。ペンネームとして名前をお借りしているパレストリーナご本人(c.1525〜94)ではなく、その後任としてローマ教皇庁の楽長を勤めたジョヴァンニ・アニムッチャ(c.1520〜71)という作曲家について、博士論文を書きました。ルターの宗教改革に対するカトリック側の改革を話し合ったトリエント公会議の最中や終了後にローマ教皇庁の音楽を司っていたのに、「公会議でポリフォニー音楽が廃止されそうになったとき《教皇マルチェルスのミサ曲》を書き、それを救った」と早くから神格化されたパレストリーナ(史実ではありません!)の影に隠されて、研究が著しく遅れています。私が現在進めているプロジェクトは、博士論文で現代譜にしたアニムッチャのミサ曲集の出版。

現代譜にしなければならない16世紀の楽譜とはどのようなものか? 譜例1は、アニムッチャのミサ曲集(ローマ、1567)の見開き2ページ。大きい四角は、歌詞〈キリエ〉のイニシャル K。4つあるのは、4声のミサ曲だから。左ページにソプラノ(上)とテノール、右ページにアルトとバスが印刷されています。弦楽四重奏の各パート譜を、一緒に印刷した感じでしょうか。ペトルッチが多声音楽の印刷に成功した((183) ペトルッチありがとう!参照)後も、楽譜は高価。聖歌隊員は、1冊の楽譜を囲んで歌いました。

譜例1:ジョヴァンニ・アニムッチャ作曲《ミサ・アヴェ・マリス・ステッラ》冒頭

譜例1:ジョヴァンニ・アニムッチャ《ミサ・アヴェ・マリス・ステッラ》のキリエ(ミサ曲集第1巻、ローマ、1567)

クリックで拡大してみてください。450年も前の楽譜なのに、音符や♭、拍子記号など、現在とほぼ同じ。ソプラノのト音記号、バスのヘ音記号(1段下に付いていますが)、残り2声のハ音記号も、形とはちょっと違いますが見当がつくでしょう。ただ、小節線が無い! パート別ですし、このままでは歌えません。

博士論文では、ファクシミリ版をもとに現代のスコアの形に直して分析。スコアは付録にしました。これを、合唱だけではなく学術研究にも使えるレヴェルで出版するには、ミサ曲集がどのようなものでどのように使われたか、現存する楽譜を調べる必要があります。小節線が無いのでミスプリントは致命的(そのパートだけ、最後までずれてしまいます)ですが、何らかの形で訂正が施されているかどうか。歌詞が書き換えられたり、省略された臨時記号が書き加えられていないか。ミサ曲集の紙の透かしも調べなければ。アニムッチャのオリジナル楽譜を直に見るのは初めてなので、ドキドキです。

幸いにも、資料研究のための研究費をいただくことができました。本当は、アニムッチャが勤めていたローマのヴァティカン図書館に現存する2冊を最初に調べたかったのですが、9月半ばまで2ヶ月夏期閉館! 今回はお預けです。仕事と図書館の都合を考えると8月末しかスケジュールが合わず、聖フィルの集中練習も欠席(すみません〜)。みなさま、2週連続更新無しでも、聖フィル♥コラムを忘れないでくださいね。

04. 2月 2015 · (223) 何が特別? ミサ・ソレムニス はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

ベートーヴェンの代表作のひとつ、ミサ・ソレムニス ニ長調 op. 123。「荘厳ミサ曲」と訳されることが多いですね。なんだか偉そうな(!?)タイトルですが、いったい何のことでしょう? ベルリオーズ(1824)やブルックナー(1854)も作曲しています。

現在、ミサ・ソレムニスという用語は、聖書朗読以外の全ての部分を歌うミサ典礼を指します1。でも以前は、司祭1人による通常の形と異なる、司祭以外に複数の助祭が奉仕する大きなミサ、盛儀ミサを指しました(昨年12月、横浜の聖光学院で行われた新校舎竣工記念式典は、この形態だったそうですね)。そのため、音楽用語としてはベートーヴェンのミサ・ソレのような、大規模で厳かなミサ曲に使われます。

ローマ・カトリック教会のミサ(プロテスタントでは聖餐式と呼びます)は、主日(=日曜日)や一定の祝祭日、婚儀や葬儀に行われます。ミサの式次第は、慣れない者にはかなり複雑。聖書朗読(使徒書簡と福音書)のような聞く部分だけではなく、式文を一緒に唱えたり歌ったりする部分がたくさんあります。季節や祝祭日によって変わる式文がミサ固有文、変わらない式文がミサ通常文。

ミサ曲は、その1年中変わらないミサ通常文の中の、歌われる部分を作曲したもの。キリエ(あわれみの賛歌)、グローリア(栄光の賛歌)、クレド(信仰宣言)、サンクトゥス(感謝の賛歌)、アニュス・デイ(平和の賛歌)の5部分から成ります。歌詞はラテン語ですが、キリエは例外的にギリシア語。

キリエ、グローリア、クレド、サンクトゥス、アニュス・デイなら、バッハのロ短調ミサ曲と同じ!と気づいた方、そのとおり。タイトルにはありませんが、実際はミサ・ソレムニスです。ハイドンやモーツァルト、シューベルトもミサ・ソレムニスを作っていますし、ブルックナーがただの(?!)ミサと名付けた3大ミサ曲も、実はミサ・ソレムニス。

教会用か演奏会用かは、関係ありません。ベートーヴェンのミサ・ソレも、当初は盛儀ミサのための実用音楽として構想されました。パトロンであるルドルフ大公が、1819年4月24日に枢機卿に。さらに、モラヴィアのオルミュッツ大司教になる就任式が、翌年3月9日と決定。ベートーヴェンは大公宛の1819年6月初旬の手紙に、「殿下の式典に際し、私の作曲する盛儀ミサ曲の演奏が許されますならば、その日こそ私の生涯でこの上なき最良の日となりましょう」と書いています2。残念ながら就任式には全く間に合わず、キリエ、クレド、アニュス・デイの3章がウィーン初演されたのは、5年後の《第九》初演の演奏会でした。

  1. ‘Missa solemnis,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 16, Macmillan, 2001, p. 760 (unsigned).
  2. 平野昭「ミサ・ソレムニス」『ベートーヴェン事典』東京書籍、1999、477ページ。

「多楽章形式の楽曲において、同じ主題材料を全楽章あるいは数楽章に用いて、性格的統一をはかる手法」を循環形式と言います1。循環形式はしばしば、ベルギー出身の作曲家セザール・フランク(1822〜90)と結びつけられますが、実はルネサンス時代から存在します。たとえばパレストリーナは、(7) クリスマスに聴きたい音楽 part 2でご紹介したミサ曲《今日キリストが生まれたまえり Missa Hodie Christus natus est》において、「パロディ」と呼ばれる循環手法を使いました。

ルネサンス時代のミサ曲は、後の時代のオペラや交響曲のように、作曲家の力量を測る最重要ジャンル。パロディのような複雑な技法が編み出されたのは、このためです。交響曲と異なり、「キリエ」「グロリア」「クレド」「サンクトゥス」「アニュス・デイ」の5楽章は、ミサ典礼の中で続けて歌われるわけではありません。それでも作曲家たちは、循環する素材を用いて、5部分に統一感を与えようとしたのです。

ところで、19世紀の循環形式の開祖(?!)は、ベルリオーズ。恋人の幻影を表わす「イデー・フィクス idée fixe(固定楽想)」を、自伝的作品《幻想交響曲》(1830)の全楽章で、形を変えながら使用しました。初めは優雅なメロディーですが、第5楽章「サバトの夜の夢」では、前打音やトリルを加えEs管クラリネットに担当させて、魔女を連想させるようなグロテスクなものに(ふられた腹いせ!)。この手法に影響された、ヴァーグナーの「ライトモティーフ(示導動機)」や、リストの1つの主題を変容させながら曲を構成する手法((75)《レ・プレ》とソナタ形式参照)も、循環形式の一種と考えられます。

でも、ベルリオーズよりも先に、前の楽章の音楽を循環させた作曲家がいましたね。このコラムでも取り上げました。そうです、ベートーヴェン。《運命》の終楽章で、第3楽章の幽霊スケルツォ(弱音で奏される、トリオの後のスケルツォ)が回想されます((13) 《運命》掟破りのベートーヴェン参照)。また、(旋律とは言えないまでも)運命動機が変形されながら全楽章に使われ((5) 第2楽章の『運命動機』はどこ?参照)、全体を有機的に統一していますから、《運命》をロマン派循環形式の先駆とみなすことが出来るでしょう。

1880年前後から流行したこの形式を、ドヴォルジャークも取り入れています。《ドボコン》でも、終楽章に2楽章で引用した《ひとりにして》の旋律の回想がありましたね((36) ドボコンに込められた想いを読み解く参照)。《新世界》交響曲でも、ホルンによる厳かな第1楽章第1主題(上がって降りる分散和音。(90) 《新世界より》第1楽章の第2主題参照)が、すべての楽章に現われます。

  • 第2楽章:コーラングレの主題が戻って来る直前にトロンボーンが大音響で(96小節〜。前半の上行部分のみ)
  • 第3楽章:第2トリオの直前にチェロ(154〜)とヴィオラ(166〜)が密やかに。コーダでホルン&木管楽器が華やかに(252〜)
  • 第4楽章:展開部クライマックスの直前にファゴット、ホルン、低弦が力強く(190〜。前半の上行部分のみ)。コーダ直前にファゴットと低弦が力強く(275〜)

いずれも印象的! でも、《新世界》で循環するのはこれだけではありません。ドヴォルジャーク、さらに凝った構成を考えました。次回に続く。

  1. 音楽大事典3、平凡社、1982、1207ページ。
20. 12月 2011 · (60) クリスマスに聴きたい音楽 part 4 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

昨年のミサ曲《今日キリストが生まれたまえり Missa Hodie Christus natus est》に続き、主の降誕を祝うカトリックの典礼音楽をご紹介しましょう。今年、没後400年を迎えたトマス・ルイス・デ・ビクトリア(1548〜1611)のモテット《おお、大いなる神秘 O magnum mysterium》です。

ビクトリアはスペイン生まれ。生地アヴィラの大聖堂少年聖歌隊員として活動したあと、奨学金を得てローマに留学。イエズス会のコレギウム・ゲルマニクムで学びました。1571年に卒業した後は同校で教え、73年にはマエストロ・デ・カッペッラ(直訳すると礼拝堂長)に選ばれています。私がペンネームに名前をお借りしているパレストリーナは、当時ローマ市内のセミナリオ・ロマーノのマエストロ・デ・カッペッラでした。ビクトリアがこの20数歳年上の巨匠と知り合いだったのはほぼ確実で、実際に作曲を教わった可能性もあります。司祭の資格を得て、おそらく85年にスペインに帰国。皇太后マリアに仕えました。

パレストリーナと並び称されるルネサンスの作曲家ビクトリアですが、イタリア語のマドリガーレやフランス語のシャンソンなど、世俗曲もたくさん作曲した前者とは異なり、生涯、ミサ曲やモテット、《聖週間聖務日課集》など、ラテン語の歌詞を持つ宗教曲しか作りませんでした。

《おお、大いなる神秘よ》は、1572年にヴェネツィアで出版された、ビクトリアの最初の曲集におさめられています。クリスマスの朝課で歌われる、同名のグレゴリオ聖歌(より正確には、レスポンソリウム=応唱という種類)にもとづく、4声の無伴奏声楽曲。同じ旋律を歌いながら1声ずつ対位法的に加わっていくのは、この時代の典型的なオープニングですが、「おお祝福された乙女よ(O beata virgo)」では全声が同じリズムで歌い、歌詞が強調されます。最後のハレルヤ(Alleluia)では一時的に3分割のリズムを用いて、コントラストをつけていますね。

コンパクトで、この後のバロック時代に成立する長短調に近い響きも感じさせるこの《おお、大いなる神秘よ》は、日本でも盛んに歌われています。静謐な雰囲気をお楽しみください。

おお大いなる神秘よ
そして驚くべき秘跡よ
動物たちが見たとは、生まれたばかりの主が
まぐさ桶の中に横たわっているのを。
おお祝福された乙女よ、その胎は値したのだ
主イエスキリストをみごもることに、
ハレルヤ(細川哲士訳)

 

ビクトリアはさらに、このモテットを用いて同名のミサ曲も作っています。ミサ曲《おお、大いなる神秘よ》のキリエは、こちらから試聴できます。