コラールと言われたらみなさんは、ブラームスの交響曲第1番終楽章、序奏部のトロンボーン(とファゴット族)3重奏を思い浮かべるでしょうか。あるいはブルックナーの、たとえば第4番《ロマンティッシュ》第1楽章展開部終盤で、トランペット&トロンボーン&テューバがffで吹き鳴らすところ(305小節〜)? 第5番終楽章には、ブルックナーご本人が「コラール」と書き込んだ部分(583小節〜)もありますね。

でも、このようなコラールは正確には「コラール風」(あるいは「コラール的」)楽節。本物のコラールではありません(このようにな「コラール風」もコラールと呼ぶことがあるのでややこしいのですが)。

譜例1:J. S. バッハ:カンタータ BWV 140《目覚めよと呼ぶ声が聞こえ》より終曲(第3節)

譜例1:J. S. バッハ:カンタータ BWV 140《目覚めよと呼ぶ声が聞こえ》より終曲(第3節)

バッハの声楽作品に詳しい方は、本物をご存知ですよね。コラールは、ルター派プロテスタントの賛美歌。4声体のホモフォニーの形で(譜例1参照)、教会カンタータや受難曲の核になっています。上記「コラール風」楽節の元ですね。ただこれは、いわば成長した大人のコラール。もともとはモノフォニー(単旋律)でした。

カトリックの典礼音楽の歌詞は、聖職者以外は理解できないラテン語。聖歌隊が歌うお経のようなグレゴリオ聖歌や、複雑で難しいポリフォニーを、意味もわからずありがたく拝聴しているだけ。

宗教改革者マルティン・ルター(1483〜1546)は、「会衆を礼拝に積極的に参加させようとする意図から歌唱による祈願や賛美を重視」1。みんなで歌うには、母国語であるドイツ語の歌詞の曲が必要と考えました。単旋律なら、楽譜を読めない人も聞き覚えて歌えます。無伴奏のユニゾンで歌われたこのような曲は初め、geistliche Lieder(宗教的な歌)とか christliche Gesäng(キリスト教の歌)と呼ばれていました2(グレゴリオ聖歌の旋律を指す「コラール」という語で呼ばれるようになったのは、16世紀後半)。

1524年にヨハン・ヴァルター(1496〜1570)がヴィッテンベルクで、聖歌隊用に3〜5声に編曲した Geystliches Gesangk Buchleyn を出版(図1参照)。宗教改革の発端となった、ルターの「95か条の論題」発表から、わずから7年という早さに驚かされますが、考えてみると聖歌隊は、ついこの前まで壮麗なポリフォニーの宗教曲を歌っていた(し、信者たちだって、歌詞の意味はわからないながら聞いていた)のですからね。旋律1本を斉唱するだけでは、音楽的におもしろくなかったのでしょう。

図1:Johann Walter, Geystliches Gesangk Büchleyn, Titelpage, Wittenberg, 1524

図1:Johann Walter, Geystliches Gesangk Büchleyn, Titelpage, Wittenberg, 1524

ルターの序文が付いたこの最初の賛美歌集には、32の聖歌の詩用の35の旋律が、38種類に編曲されて収められています。カトリックの宗教曲のような複雑なポリフォニー様式と、旋律と同じ動きで和音を連ねる(より新しい)和弦様式の、2種類の編曲法が使われました。後者が、大人のコラールの出発点。

ただ、譜例1のようにコラール旋律がソプラノに置かれたのは、ルーカス・オジアンダー(1534〜1604)が1586年にニュルンベルクで出版した Fünffzig geistliche Lieder und Psalmen から3。ヴァルターの賛美歌集では、多声作品における最重要声部テノール((85) アルトは高い参照)に、主旋律が置かれていました。

まとめ:ルター派プロテスタントの賛美歌であるコラールは、もともとモノフォニーだった。4声体の編曲では、しばらく内声に置かれていた。バッハがカンタータの中で用いたような大人のコラールになってからも、そのまま引用した場合(たとえばメンデルスゾーンの通称「宗教改革」交響曲。(257) メンデルスゾーンが作った交響曲はいくつ?参照)以外、「コラール風」と呼ぶのが正しい。

来週のコラム更新はお休みさせていただきます。

  1. 辻荘一「コラール」『音楽大事典2』平凡社、1982、938ページ。
  2. Marshall, Robert L. / Leaber, Robin A., ‘Chorale,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 5. Macmillan, 2001, p. 737.
  3. Marshall, Robert L. / Leaber, Robin A., ‘Chorale settings,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 5. Macmillan, 2001, p. 748.
07. 5月 2014 · (184) 500年前の楽譜 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

前回、ペトルッチの史上初の活版印刷による楽譜『オデカトンA』をご紹介しました。「端正で美し」いと書いたページを図1として再載。1501年出版=今から約500年前の楽譜を、(82) 1000年前の楽譜でご紹介したネウマ譜と比較してみましょう。

図2:『オデカトンA』より

図1:『オデカトンA』第1曲、デ・オルト作曲《アヴェ・マリア》、カントゥスとテノール

4本だった譜線が、現在と同じ5本に。音域が狭いグレゴリオ聖歌用のネウマ譜は四線で十分ですが、中世でも聖歌以外の音楽には、五線譜が使われていました。それから、ネウマ譜の音符は全て黒色でしたが、こちらには黒い音符と白抜きの音符があります。四角い譜頭だけのネウマ譜と違って、棒(符幹)付きの音符も。譜頭が楕円ではなく四角い(ひし形◇◆も)ものの、全体の印象は現在の楽譜とそれほど変わりません。

この楽譜の音部記号は? 上3段はハ音記号。第2線がドなので、現在のメゾソプラノ記号ですね((139) 実はいろいろ! ハ音記号参照)。下3段は(ちょっと奇妙な形ですが)ヘ音記号。第3線がファなので、現在のバリトン記号。音部記号の右に調号も付いています。♭2つ?! いいえ、上の♭も下の♭もシ。現在と異なり、五線の中にシが2つ含まれていれば両方♭を付けてくれていますので、要注意。

えっ、右側に大きくはみ出た斜めの線が気になる!? これはラテン語で見張り、保護者などの意味の「クストス custos」(複数形は custode)と呼ばれる記号。もっと地味な形でネウマ譜にも使われ、次の段の最初の音を示します。段によって、音部記号の位置が急に変わったりするからでしょう。

現代譜とも較べてみましょう。最大の違いは、小節線が無いことかな。最後に複縦線が引かれているだけですね。このため、楽譜が不正確だと大変。もしも音符が1つでも抜けていると、その声部はその後全部、他の声部の音楽とずれてしまうのです。500年前の音楽は、横に旋律を重ねた複雑なポリフォニーが主流。仮に、歌っていてずれに気づいたとしても、修正は容易ではありません。

もう1つ大きな違いは、レイアウト。このページには、カントゥスとテノールのパートが印刷されています(4段目の左側に、Tenorと書いてありますね)。残りのパートは右頁に印刷され、見開き2ページで1曲分でした。左にカントゥスとテノール、右にアルトととバスというのが典型的なレイアウト。つまり、多声音楽なのに、パートごとに別々に書いてあったのです。500年前の人たちは、小節線が無く、スコアになっていないこのような楽譜を見ながら、アンサンブルしていたのですね。尊敬!

13. 6月 2012 · (85) アルトは高い はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

女声の低いパートをアルトと呼びますね。でも、アルトはイタリア語で「高い」という意味です。矛盾している? いえいえ、「テノールよりも高い」声部です。現在、高い男声を指すテノールは、中世以来、とても重要な役割を持つパートでした。アマ・オケ奏者のための音楽史第7回は、中世の音楽が私たちに馴染みのある音楽に少しずつ近づいて来た約500年間についてです。

グレゴリオ聖歌は、メロディー1本だけのモノフォニー。バス・ラインも和音もありませんでしたが、やがて、より豊かな響きを求めて対旋律が加えられるようになります。2つ以上の旋律から成るポリフォニー(多声音楽)の誕生です。9世紀末の理論書には、聖歌の各音の下に新しい音を1つずつ加えるシンプルな方法が書かれています。12世紀になると、聖歌より高い音域に、自由で装飾的な対旋律が作られるようになりました。ひとつの母音でたくさんの音を歌う新旋律の下で、聖歌の1つ1つの音は長く引き伸ばして歌われます。聖歌のような既存の旋律を「定旋律」、それを受け持つ声部をテノール(ラテン語の tenere 「保持する」から)、上声を「ディスカントゥス」(ラテン語で「別々に歌う」の意)と呼ぶようになりました。

対旋律をもう1つ加えて、3声のポリフォニーも作られました。14世紀、3つ目の声部はコントラテノール(「テノールに対する」)と呼ばれます。テノールと同じ音域で旋律が作られたからです。でも、音域は同じでも中身は対照的。コントラテノールや、カントゥス(ラテン語で「歌」)とかスペリウス(ラテン語で「最上の」)とも呼ばれた上声が自由に細かく動くのに対し、テノールは相変わらず、定旋律を長い音符で歌っていました。

15世紀(ルネサンス時代!)には4声部がスタンダードに。声部名も4つ必要になりました。1450年頃、コントラテノールがコントラテノール・バッスス(「テノールに対して低い」声部)とコントラテノール・アルトゥス(「テノールに対して高い」声部)に分かれます。長い名前の一部が省略されて、4つの声部は

  • ラテン語:スペリウス(カントゥス、ディスカントゥス)、アルトゥス、テノール、バッスス
  • イタリア語:ソプラノ(カント、ディスカント)、アルト、テノーレ、バッソ

と呼ばれるようになりました。4声部は、豊かな響きを得るための最少の単位。この組み合わせは、1450年頃から現在に至るまで使い続けられています(図1参照)。

図1:4声書法の発展

名前が揃っただけではありません。構成のし方も変わって来ました。初めの頃、テノールの定旋律に合わせてそれぞれの対旋律が作られたため、対旋律同士の音がぶつかることも(大目にみられました)。複数の旋律で構成されるポリフォニーは、横の音楽。縦の響きは、声部間の音の重なりによってその瞬間に偶然生じるものでした。

しかし、最低声部がテノールからバッススに変わったために、現在、私たちが親しんでいる縦の音楽(ホモフォニー)にぐっと近づきました。テノール声部が受け持つ既存の旋律の動きにしばられず、自分で作った低音の上に意図的に音を重ね、縦の響きをコントロールできるようになったのです。もちろん、この間にも作曲家たちは、内声(になってしまった)テノールでは聴き取れないから、定旋律を1番上のカントゥスに歌わせちゃおうとか、逆にテノールならあまり聴こえないから(!?)、流行歌や、恋愛を歌った世俗曲の旋律を宗教曲の定旋律として使っちゃおうとか、ポリフォニーならではのさまざまな試みも続けているのですが。

主旋律とも言える定旋律を担っていたため、別格扱いだったテノール。長い間、音符を長く保持しながら歌うから「tenere 保つ」→テノールと呼ばれたと考えられてきましたが、最近では、ポリフォニーの構造を「しっかりと支える」声部だからと考えられるようになったそうです1

  1. D. Fallows & O. Jander, “Tenor”, New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol.25, Macmillan, 2001, 284. 図1は、ミヒェルス編『図解音楽事典』日本語版監修 角倉一朗、白水社、1989、230ページを参考にしました。