次回定演のプログラムにドヴォルジャークの《チェコ組曲》が決まった時にとっさに考えたのは、絶対に含まれているだろうなー、速いだろうなー、ややこしいだろうなーということでした。何がって? フリアント!
作品39の《チェコ組曲》は、5曲から成ります。
- 前奏曲(牧歌)
- ポルカ
- メヌエット(ソウセツカー)
- ロマンツェ
- 終曲(フリアント)
穏やかな前奏曲に続くポルカは、ボヘミア(チェコの西半分)起源の2拍子の舞曲(19世紀終わり頃には社交ダンスとして各国でもてはやされ、ヨハン・シュトラウス2世もたくさん作曲することになります。(57) ヨハン・シュトラウスは人気者参照)。ソウセツカー(語意は隣人のあるいは仲良しの踊り)は、ドイツのレントラーに似た、ペアで踊る同じくボヘミア舞曲。メヌエットのようにゆるやかな3拍子です((87) 流行音楽メヌエット参照)。第4曲のロマンスは踊りの種類ではなく、叙情的で甘美な曲につけられるタイトル。そして、やはり最後は3拍子のボヘミア舞曲フリアント。四分音符と八分音符で書かれた楽譜は平和に見えます(だまされた人も)が、テンポはプレストで1小節1拍。速いのみならず、ヘミオラ付き。
ヘミオラ(ヘミオリアとも)は、ギリシア語で1½を意味する hemiolios に由来し、3:2の比を表します。中世やルネサンス時代の音楽理論に関わる部分は「アマ・オケ奏者のための音楽史」で追ってご説明するとして、オケ奏者にとってヘミオラと言えば、たとえば3/4拍子において、タイを使って2小節間に二分音符を3つ入れたリズム。3/4拍子2小節が、2/4拍子3小節に聞こえ、聴く人(演奏する人も!)を戸惑わせます。通常、終止形(=カデンツ)で使われるのですが、フリアントはヘミオラのリズムで始まるのが特徴1。
このフリアント、きっと「怒り狂った(英語の furious、イタリア語の furioso)」と関係した語で、怒っているから速いのだろうと思っていたのですが……。ドイツ語の Furie と関連するという説は、現在では疑問視されているそうです。フリアントはチェコ語で「尊大な、いばった、うぬぼれた男」という意味。もともとは、(ヘミオラのリズムで始まるものの)テンポは特に速くなかったのです。ヘミオラの特徴とフリアントという言葉を歌詞に持つ民謡が最初に記録されたのは、1825年(furiant, furiant, furiant と始まるのに、その後に続く歌詞はドイツ語)。譜例1はそのチェコ語バージョンで、速度記号は「Moderate」、速くありませんね2。
でも、チェコ国民音楽の祖であるスメタナ((30) スメタナとトヴォルジャーク参照)が、出世作《売られた花嫁》の中にフリアントを加えた1869年頃には、速いテンポに変わっていました。スメタナは「Allegro energico(力強いアレグロ)」と書き入れています。これ以降フリアントは、チェコの作曲家たちに広く使われるようになりました。ドヴォルジャークも、スラブ舞曲集第1集の第1曲と第8曲や、交響曲第6番や第7番の第3楽章にフリアントを用いています。
《売られた花嫁》のフリアント舞曲は、こちらから試聴できます。譜例1の、最初のフリアントの旋律を使っていますね。2拍子と3拍子の交代をお楽しみください。