13. 5月 2015 · (236) リサイタルは「暗唱会」だった! はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

コンサートとリサイタル、いずれも演奏会のことですが、使い分けられていますね オーケストラやブラス・バンドによる演奏会は、コンサート。一方、ピアノ・リサイタルとか、ソプラノ・リサイタルのように、ソリスト1人(と伴奏者)の演奏会は、リサイタルです。複数の独奏者が合同で演奏会を開く場合は、ジョイント・リサイタル。最近では、デュオ・リサイタルという言葉も聞きますね。それぞれが独奏を披露するジョイント・リサイタルに対し、連弾や2重唱のような複数の奏者が一緒に演奏する曲が含まれる場合に、デュオ・リサイタルという言葉を使うことが多いように思います(どのようなタイトルにするかは、最終的には演奏者や企画者の判断ですが)。

(67) ミステリアス、リストで書いたように、リサイタルという言葉を初めて使ったのはリスト。1840年にロンドンで、彼1人による演奏会を2回開いたときです。当時、リサイタルという語は、音楽とは関係無い意味で使われていました。なんと、リサイタル=「公の場で、詩を暗唱すること」だったのです。そう言われてみれば、recital は recite + al で「recite すること」という意味。その recite は re(再び)+ cite(引用する)で、「聴衆などに詩・引用などを暗唱すること」という意味。リサイタル=「暗唱会」!

1840年にリストが他の音楽家とともに開いた演奏会も「彼のピアノフォルテのリサイタルの1つ」と呼ばれています1。つまり、リサイタルという言葉は(私たちが思い浮かべるような独演会を示すためというよりもむしろ)、楽譜を見ずに「暗譜で演奏する」ことを意図して使われた可能性があるのです。

余談ですが、演奏会と暗唱で思い出したのが、モンゴメリの小説『赤毛のアン』に出て来る音楽会。収益で校旗をつくるために学校の生徒が催した音楽会(第24章)のプログラムは、合唱が6つと独唱1つに、対話 dialogue と暗唱 recitation と活人画 tableau2。病院を援助するために、「近辺のアマチュアで出演できるものを全部かりだし」て催されたホテルの音楽会(第33章)のプログラムは、教会の聖歌隊員による2重唱、ヴァイオリン独奏、スコットランド民謡独唱、それと暗唱 to recite3。どちらの音楽会 concert にも音楽無しの出し物がたくさん含まれています。20世紀初頭のカナダでは、音楽を広く捉えて(暗唱を歌唱と近いものと考えて)いたのでしょうか。それとも単純に演奏家が少なかったためでしょうか。

  1. Weber, William, The Great Transformation of Musical Taste. Cambridge University Press, 2008, p. 160.
  2. 以下、日本語はモンゴメリ『赤毛のアン』村岡花子訳、新潮社文庫、1954年、英語は L. M. Montgomery, Anne of Green Gables, Bantam Books, 1976, originally published by L. C. Page & Company, Inc., 1908.
  3. 前掲書、379ページ。「暗誦」と書かれています。
11. 9月 2013 · (150) 歌が不可欠? オーケストラ演奏会のプログラム (1) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

18世紀と19世紀のオーケストラ演奏会のプログラムを比較してみましょう。70年もの時が過ぎているとは思えないほど、よく似ていることに驚かされます。

1、ザロモン予約演奏会、1791年5月27日、ロンドン、ハノーヴァー・スクエア・ルーム

「序曲」=交響曲      (ロセッティ)
女性歌手によるアリア
ヴァイオリン協奏曲     (ザロモン、独奏も)
男性歌手によるアリア
フルートとファゴットのための協奏曲
ーーーーー(休憩)
「序曲」=交響曲      (ハイドン)
「カンタータ」オペラ《哲学者の魂》より(ハイドン)
新しい弦楽四重奏曲     (ハイドン)
女性歌手によるアリア
ペダル・ハープのための協奏曲(アンヌ=マリー・クルムフォルツ、独奏も)
男性歌手によるレチタティーヴォとアリア
「フィナーレ」=交響曲の楽章(ロセッティ)

2、フィルハーモニック協会演奏会、1861年3月18日、ロンドン、ハノーヴァー・スクエア・ルーム

《サウル》から死者の行進、ケント公爵夫人追悼のため(ヘンデル)
交響曲第2番         (ベートーヴェン)
《忠実な妻》からアリア   (パチーニ)
ロマンス          (メルカダンテ)
序曲《オイリアンテ》    (ヴェーバー)
ーーーーー
交響曲第3番《スコットランド》(メンデルスゾーン)
「スティリアのメロディー」より2重唱(ベネディクト)
序曲《ウィリアム・テル》  (ロッシーニ)

1は、(19) 独り立ちする交響曲の註であげた1795年のザロモン予約演奏会と同様に、1番の「売り」であるハイドンの新作交響曲をプログラムの真ん中に据えたもの(交響曲=序曲ですから、休憩後の第2部であろうと、1曲目という位置は譲れません!)。聞いても聞かなくてもよかった「交響曲」が、それを目的に音楽会に来るジャンルに格上げされた、記念すべき演奏会シリーズでしたね。

曲数が多くしかも雑多なのは、この時代、演奏会の数が非常に少なかったから。その、数少ない演奏会を聴きに集まる様々な好みを持つ人々の全てが、何かしらの曲で満足できるようにという配慮です。

2では、曲数は減りましたが、器楽曲と声楽曲が交互に並ぶ構成は変わりません1。ロンドンに限らずライプツィヒやパリでも、オーケストラの演奏会なのに声楽曲が含まれるプログラムは、19世紀後半でもみられます。ヨーロッパの鉄道網が整備されたために、1830年代にはシーズンごとの契約だった出演歌手が、1、2週間ごとに替わるようになったそうですが2。でも、一見よく似た構成に見える上の2つのプログラムには、実は大きな違いがあります。それについては改めて。

  1. 1曲目のハイドンは追悼のために加えられた曲。本来のプログラムは交響曲からでしょう。
  2. Weber, William, The Great Transformation of Musical Taste. Cambridge University Press, 2008, p. 264.