09. 8月 2012 · (93) 《新世界》と循環形式 (2) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , , , ,

前回書いたように、《新世界》交響曲(1893)では第1楽章第1主題が、変形を加えられながら全楽章で使われます。このような循環形式の手法は、19世紀最後の四半世紀に広く使われました。

ブルッフは《スコットランド幻想曲》(1879〜80)において、第1楽章で引用したスコットランド民謡《森を抜けながら、若者よ》を、第2・第3楽章のつなぎの部分と、第4楽章のコーダで回想していましたね((68) ブルッフが使ったスコットランド民謡 (1)参照)。古くから歌い継がれて来た民謡を素材にしつつ、最新の手法で曲を組み立てたのです。他にも、たとえばチャイコフスキーの交響曲第5番(1888)では、「運命の主題」(ジャ・ジャ・ジャ・ジャーンの「運命動機」ではなく)と呼ばれる第1楽章のオープニングが、「イデー・フィクス(固定楽想)」的に使われ、全体を統一しています。

ところで、《新世界》の中で循環するのは、第1楽章第1主題(ホルンの分散和音)だけではありません。終楽章には、第2楽章《家路》の旋律と、第3楽章スケルツォの主題も現れます。しかも、第4楽章の第1主題も同時進行。ホルンやトランペットによる吼えるような提示とは一変し、ヴィオラがひとりごとをつぶやくような形に変えられています(譜例1参照)。そういえば、ドヴォルジャークはドボコンでも、第1楽章第1主題と第2楽章の《ひとりにして》の旋律を、終楽章のコーダで再現していましたね((38) ドボコンを読み解く試み その2参照)。

譜例1:ドヴォルジャークの循環形式(《新世界》第4楽章、155〜60小節。クリックで拡大します)

終楽章の中でそれ以前の楽章の素材を回想し全曲を統合する手法は、前回も名前を挙げたフランクの得意技。交響曲ニ短調(1888)やヴァイオリン・ソナタ(1886)などで使われています。彼が前駆作品として挙げたのが、ベートーヴェンの《第九》。終楽章冒頭で、第1〜第3楽章の一部がほぼそのまま引用されるからです。このように《新世界》では、ある主題や動機が他楽章に現れる《運命》型と、先行する全ての楽章の主題が最終楽章に現れる《第九》型(2つのネーミング、いかがでしょう?)の、両方の循環手法が使われています。

ドヴォルジャークは、さらにもう一ひねりしました。メロディーだけではなく、ハーモニーも循環させたのです。第2楽章冒頭で管楽器が ppp で奏する、漂うような7つの和音。第1楽章の調=シャープ1つのホ短調から、遠い遠い第2楽章《家路》の調=フラット5つの変ニ長調へと導く、コラール風の響きが、第4楽章のコーダに出現(299小節〜)1。あちらこちらに顔を出す第1〜第3楽章の主題を補強するように、ff で高らかに歌い上げられます。圧巻!

《新世界》というと、ドローンや5音音階、スピリチュアルとの類似性などがクローズ・アップされがち。確かに、ボヘミアやアメリカの民族音楽的な要素はこの曲の大きな魅力ですが、ドヴォルジャークのオリジナリティあふれる構築的な循環手法にもご注目ください。

  1. 和声分析では、hus-RyISKWさんにお世話になりました。感謝いたします。
23. 2月 2012 · (69) ブルッフが使ったスコットランド民謡(2) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

前回に続き、ブルッフが《スコットランド幻想曲》の正式なタイトルに、民謡の旋律を「自由に」用いたと書き添えた理由を考えます。第1楽章でブルッフは、《Thro’ the Wood, Laddie(森を抜けながら、若者よ)》の旋律を、ほぼそのままの形で引用していましたね。

第2楽章に使われた民謡は、《The Dusty Miller(粉まみれの粉屋)》。「ヘイ、粉まみれの粉屋、上着も粉まみれ、1シリング儲けるか、4ペンス使うか。上着も粉まみれ、顔も粉まみれ、あたしにしたキスも粉まみれだった」と歌っています。ブルッフのネタ本『音楽博物館』よりも前に出版された、『Compleat County Dancing Master(完全な上流階級のダンスの先生)』による《粉まみれの粉屋》の楽譜を、譜例1に挙げます。

譜例1:《The Dusty Miller(粉まみれの粉屋)》『Compleat County Dancing Master, 4th ed.』(London, c. 1740)より

譜例1:《The Dusty Miller(粉まみれの粉屋)》『Compleat County Dancing Master, 4th ed.』(London, c. 1740)より

2小節目はここでは「レララドシラ」ですが、『音楽博物館』では「レララシラソ」だそうです1。ブルッフは民謡の前半を、ほとんどそのまま使ったのですね。後半では、オクターヴ跳躍を含む全体の輪郭を保ちつつ、1、3小節目の上向ラインや最後の部分に華やかさを加えています。

第3楽章で使われた《I’m a’ doun for lack o’ Johnnie(ジョニーがいなくてがっかり)》は、『音楽博物館』ではなく『Songs of Scotland (スコットランド歌集)』が出典2。でも、この曲の古い楽譜は見つけられませんでした。

独奏ヴァイオリンとハープが歌い出す第4楽章の旋律は、《Scots wha hae wi’ Wallace bled(ウォレスとともに血を流したスコットランド人よ)》です。1314年にイングランド軍を破り、スコットランドの独立を認めさせたスコットランド王ロバート・ザ・ブルースの行進曲として使われた旋律。ウォレスは愛国者の名前で、「ブルースに導かれたスコットランド人よ、死の床すなわち勝利へようこそ。今日こそはその日の、今こそはその時。戦線はすぐそこまで来た。エドワード2世の軍勢が我々を奴隷にしようと鎖を持って近づいて来る」という内容です。

譜例2は、『Scots Minstrelsie』からの楽譜(それに近い演奏の動画を添えます)。あれあれ、終楽章冒頭の旋律は、譜例2の右ページ部分ですね。ブルッフはそれに続けて歌の最初の2小節を2度繰り返し、残りのクライマックス部分を書き加えています。悲壮な詞の内容にふさわしい、民謡のマエストーソ(荘重に)の雰囲気も一変。グエリエーロ(戦争のように)という形容詞が使われた終楽章は、戦争と言ってもまるで勝ちどきの声のよう。スコットランドの誇りを歌い上げています。

譜例2:《Scots wha hae wi’ Wallace bled(ウォレスとともに血を流したスコットランド人よ)》前掲書より

譜例2:《Scots wha hae wi’ Wallace bled(ウォレスとともに血を流したスコットランド人よ)》『Scots Minstrelsie』vol. 2(Edinburgh, 1893)より

民謡を「自由に」用いたと書き添えた理由は、第4楽章にありそうですね。彼は、この民謡をほとんど作り直してしまっています。既存の曲にもとづいて作曲する場合、曲の後半部分を前半として利用するというようなことは、まずありません。また、第1、第2楽章の引用のように原曲を尊重したり、第4楽章のように雰囲気まで大きく変えたり、さじ加減を「自由に」選択したという意味も込めたのかもしれません。

ブルッフは「一つのすぐれた民謡の旋律は200の芸術作品よりも価値があるものだ」と語っているそうです3。伝統的な音楽を重視するグループに属していたブルッフ((4) ブラームスの同時代人 ブルッフ参照)にとって、民謡は、創作のインスピレーションを得る源であると同時に、彼独自の音楽世界を形作るための手段だったのですね。

  1. Rod Smith によるネットの Folk and Traditional Song Lyrics の情報より。
  2. エディンバラ、1848〜49年出版。
  3. デイヴィッド・グレイソンによる五嶋みどりのCD解説(渡辺正訳)。
16. 2月 2012 · (68) ブルッフが使ったスコットランド民謡(1) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

第6回聖フィル定期演奏会では、第4回に引き続き川畠成道先生をお迎えします。今回、2曲共演していただくうちの1曲が、ブルッフの《スコットランド幻想曲》。正式なタイトルは《スコットランド民謡の旋律を自由に用いた、ヴァイオリン独奏と管弦楽とハープのための幻想曲》。バグパイプと並んでスコットランドの人々に馴染み深い、ヴァイオリンとハープを前面に押し出した曲です。

考えてみるとこのタイトル、くどいですよね。古典派以降の「幻想曲」は、ソナタ形式などの定型を使わない、自由に作られた曲のこと。ロマン派の時代には、ポピュラーな旋律にもとづく即興的な音楽を、幻想曲と名付けることもありました(たとえばリストは、《〈魔弾の射手〉の主題による幻想曲》S. 451などのピアノ作品を作っています)。「自由に」作るのが当たり前の幻想曲のタイトルに、わざわざ民謡を「自由に」用いたとブルッフが書き添えたのは、なぜでしょうか。

彼が、どの曲をどのように引用しているかを見てみましょう。スコットランド民謡と言えば、日本でも《蛍の光 Aule Lang Syne》や《故郷の空 Comin’ Thro’ The Rye》がおなじみですね。ドイツ人ブルッフ((4) ブラームスの同時代人 ブルッフ参照)のネタ本は、スコットランドの曲が600近く収められた『The Scots Musical Museum(スコットランド音楽博物館 )』(残念ながら、表紙すら画像が見つけられませんでした)1。これを使って、声楽とピアノ用の《12のスコットランド民謡》も作っています。

日本楽譜出版社ミニチュア・スコアの解説や、音楽之友社の名曲解説全集、日本語版ウィキペディア、多くのCD解説には、《スコットランド幻想曲》序奏部に続く第1楽章で、《Auld Rob Morris(年とったロブ・モリス)》が引用されると書かれています。譜例1は、『音楽博物館 』のほぼ1世紀後に出版された『Scots Minstrelsie(スコットランドの吟遊詩人の歌)』に収められた楽譜(譜例はいずれもクリックで拡大します)。

譜例1:《Auld Rob Morris(年とったロブ・モリス)》Scots Minstrelsie(Edinburgh, 1893)より

譜例1:《Auld Rob Morris(年とったロブ・モリス)》Scots Minstrelsie(Edinburgh, 1893)より

あれあれ、第1楽章の旋律とは全然違います。実は、引用された民謡はこれではなく、《Thro’ the Wood, Laddie(森を抜けながら、若者よ)》なのです。英語版 Wikipedia のように、この2曲は歌詞が異なる同じ曲と書かれているものもあります(3拍子ではあるものの、全く別の曲です。譜例2参照)2。このような誤りが広く流布している状態は、早く正されなければなりませんね。

《森を抜けながら、若者よ》では、「おおサンディ、なぜあなたのネリーが嘆くままにしておくの? 何も喜ばしいことがない時に、あなたがいれば私は救われるのに。小川のほとりで、森を抜けながら、私は溜め息をつく、若者よ、あなたが戻るまで」と歌われます3。譜例2は、『音楽博物館』より早い時期に出版された『A Collection of Scots Tunes(スコットランド歌曲集)』に収められた楽譜。ブルッフが《森を抜けながら、若者よ》の冒頭を、ほぼそのまま引用したことがわかります。

この旋律は、第1楽章だけではなく、第2楽章と第3楽章のつなぎの部分と、第4楽章のコーダでも回想されます(循環形式)。曲全体を統一する大事な主題として、民謡をオリジナルに近い形で使ったのですね。でも、これならタイトルに「自由に」と書き添える必要は無いはず……。まだ謎は解けません。第2楽章以降については (69) に書きます。

譜例2:《Thro’ the Wood, Laddie(森を抜けながら、若者よ)》A Collection of Scots Tunes(Edinburgh, 1742)より

譜例2:《Thro’ the Wood, Laddie(森を抜けながら、若者よ)》A Collection of Scots Tunes(Edinburgh, 1742)より

  1. 全6巻。エディンバラ、1787〜1803年出版、1839年と53年に再版。
  2. ネットの The Mudcat Café 中の、masato sakurai のコメントを参考にしました。
  3. 以下、歌詞は全て、デイヴィッド・グレイソンによる五嶋みどりのCD解説の、渡辺正の日本語訳からです。

前回のコラム、(20) 川畠成道先生 特別インタビューでお伝えしたように、川畠先生の聖フィルへのメッセージは

川畠 楽しんで弾けるようにして欲しいです。そのためには、よくさらって技術的な問題を超えることが大切です。これがとても大変なことなんですが。でも、技術的な問題を解決することと、音楽を楽しむことは(一方をマスターした上で先に進むというような)段階的なものではなく、平行して対処すべきことです。

でした。これを読んで、みなさんどう感じましたか? 自分は楽しんで弾いているだろうか、楽しんで弾けるだろうかとドキッとした方もいるでしょうし、楽しんで弾くなんて当たり前なのにと、不思議に思った方もいることでしょう。先生はなぜ、私たちが楽しんで弾くことを望んでいるのか。それは、楽しんで弾くことが、音楽を作る上で大切だからです。今回はいささか長文になりますが、音楽の本質にも関わるこの川畠先生からのメッセージを考えたいと思います。

1. 楽しんで弾くことはなぜ大切か

まず、音楽とは何か、考えてみましょう。楽譜は音楽ですか? いいえ、違います。楽譜は作曲家が自分の意図を書き記したものですが、それだけでは単なる紙切れです。演奏者が楽譜を音にして、作曲者の意図を再現するプロセスが必要です。

それでは、楽譜が音になれば、それが音楽でしょうか。残念ながらまだ音楽ではありません。単なる「鳴り響き」です。音楽が完成するためには、演奏者がこの鳴り響きを通じて何かを伝えなければなりません。演奏者のメッセージが聴き手に伝わった時に初めて、音楽が完成します 1。演奏者が1人であろうと大勢であろうと、プロであろうとアマであろうと、変わりません。

専門の音楽家ではないアマチュアがお客様に最も伝えやすいメッセージは、「自分たちは楽しんで演奏している。どうぞ皆さんも、一緒に楽しんでください」ではないでしょうか。でも果たして私たちは、楽しんで弾いているでしょうか。定期演奏会でその楽しさが、聴衆に伝わっているでしょうか。このようにたどっていくと、「楽しんで弾けるように」という川畠先生のご希望は、私たち聖フィルの「鳴り響き」を真の音楽にするための、キーポイントとも言えるのです。

2. 川畠先生の音楽

川畠先生は音楽において、非常に優れたコミュニケーション能力をお持ちです。先日の初顔合わせの時も、緊張+興奮状態の私たちを自然にリラックスさせてしまいました。彼の飾らない人柄や真剣に音楽に向き合う姿勢が、演奏から自然ににじみ出て、団員一同うっとり……。

彼は自分にしか出せない独特の音を持っている!というのが、2年前に初めて川畠成道リサイタルを聴いた時の、私の印象でした。自分の音を持つということは、演奏家として最大の武器ではないかと思います。特に激しく弾いているわけでもないのに、強く訴える力を持つ音。なぜそんな音を作り出せるのか。

川畠先生は自著『僕は、涙の出ない目で泣いた。』の中で、「自分の気持ちを伝えるような音を出す」「自分の伝えたい音を出す」「心を表現する、気持ちを伝える」ことの大切さを語っています2。彼は人に伝えたいメッセージをたくさん持っている。そして、自分のヴァイオリンの音によってそれを伝えることに、喜びを感じている。だからこそ、彼独特の音、彼だけに奏でられる音楽が作り出され、メッセージが聴衆の心に響くのだと私は考えます。

3. 私たちは何をすべきか

共演させていただく私たち聖フィルが目指すことは、次の3点だと思います。まず第一に、聴く者に強く訴える川畠先生の音楽を、しっかりと受け止めること。次に、一緒に音楽作りを楽しむこと。そして第三に、その楽しさが聴き手に伝わるように演奏することです。

アマチュア奏者の中には、技術的にとてもお上手なのに「楽譜に書かれた音を正確に出す」ところで止まってしまう方が多いことを、私は以前から残念に思っていました。アマ・オケの演奏会で、最後のアンコール曲が一番印象に残った経験はありませんか。これはおそらく肝心の曲が、メッセージの伝わらない「鳴り響き」に終わってしまったからでしょう(一方アンコールには「演奏会はこれで終わりです。皆さん聴きに来てくれてありがとう!」というメッセージが、無意識に込められやすいのでしょうね)。一生懸命に演奏すればそれで良いと考える人もいますが、これは演奏者として当然のことで、聴く方としてはもの足りません。

もちろんオーケストラにおいて、音楽表現のための目標や方向性を示すのは指揮者であり、それを実現するために奏者は一致団結しなければなりません。しかし、これと一人一人が楽しんで弾くことは、矛盾しません。大勢で弾くオーケストラでは、各々が音楽を楽しむことによって、聴き手により大きな楽しさのエネルギーを伝えることができるはずです。

楽しんで弾くことは、アマチュアに与えられた特権とも言えます。もちろん、自分たちが楽しいだけの、ひとりよがりの演奏は許されません。川畠先生も、楽しんで弾けるようにするためには「よくさらって、技術的な問題を超えることが大切だ、そしてこれがとても大変なことだ」とおっしゃっていました。

だからと言って、「技術的に未熟だから、弾くだけで精一杯」とか「自分は下手だから、楽しむなんて無理」と考えるのは、正しいとは思えません。川畠先生も、「技術的な問題を解決することと、音楽を楽しむことは(一方をマスターした上で先に進むというような)段階的なものではなく、平行して対処すべきこと」と言っておられましたよ。上手に弾ける人だけが、音楽を楽しむことを許されるわけではないのです。技術を磨きながら、同時に楽しんで弾くことも練習すべきです。

たとえば、川畠先生が指導してくださったブルッフ第2楽章の練習番号F。ヴイオリン・パートの旋律は、歌い疲れたように黙りこんだソロ・ヴァイオリンを、再び誘い出す甘いささやきですし、その後のチェロやコントラバスの旋律には、ソロがまるで戯れるように対旋律を奏でます。変ト長調フラット6つとか弱音とか高音域とかいろいろ大変なのはわかりますが、眉間にしわを寄せて弾くなんて、もったいなーいっ! 川畠先生とのデートを、最大限に楽しむべきです。たくさん練習するだけではなく、ここで川畠先生は、自分(たち)の音楽を感じてくださっている、しあわせ♡……と考えながら弾いてみたらいかがでしょうか。そうすれば、顔の表情も自ずと変わってくるはずです。

4. 終わりに

練習の休憩のとき、指揮の高橋先生に川畠先生が、とても弾きやすかったとおっしゃったそうですが、電車の中でも、次の練習が楽しみになったと言ってくださいました。初練習で聖フィルのイメージを得た川畠先生、次回の練習までに、果たしてどのようなブルッフを組み立てて来てくださるでしょうか。

前回、共演していただいた有森直樹先生は、「メンデルスゾーンの音楽を美しく弾くことによって、バッハの音楽を復興させたメンデルスゾーンに恩返ししたい」という、明確なメッセージをお持ちでしたが、私たち聖フィルはそのメッセージを共有しただけで終わってしまったかもしれません。

今回、川畠先生は、楽しんで弾くことを私たちに望んでおられます。私たち一人一人がこれを真剣に受け止め、彼のヴァイオリンと一緒に音楽作りを楽しめるように、聴いてくださる方々に楽しさを伝えられるように準備しましょう。ブルッフだけではありません。「楽しんで弾くこと」は、モーツァルトや『運命』においても、他のどんな曲においても、私たちが目指すべき目標なのです。

  1. もし、演奏者のメッセージを受け取った聴き手が、それに対する自分のメッセージを何らかの方法で演奏者に伝えることができれば、双方向でのコミュニケーションが成立します。これは(なかなか起こることではありませんが)、音楽の理想的な在り方と言えます。
  2. 川畠成道『僕は、涙の出ない目で泣いた。』扶桑社、2000年、 108–9ページ。
23. 3月 2011 · (20) 川畠成道先生 特別インタビュー はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

突然ですが皆さま、川畠成道先生が聖フィル♥コラムのために、単独インタビューに応じてくださいました! なーんて、そんな大げさなものではありませんが、川畠先生が聖フィルとの初練習にいらした帰り、偶然に偶然が重なって途中駅までご一緒することになり、電車の中でお話を伺うことができたのです。不躾なお願いを先生は快くお受けくださり、丁寧に答えてくださいました。川畠先生、どうもありがとうございました1

一緒にいた団員の forza-ugatti 氏とインタビューしたのですが、なにしろ突然のことで、録音はもちろん、楽器をかかえていたためにほとんどメモをとることもできませんでした。だいたいこんな内容だったという感じでお読みください。その場で思いついた、ありきたりの質問ばかりで、お恥ずかしい限りです(今になると、あれも聞きたかった、これも聞いておけばよかったと、いろいろな質問が浮かぶのですが……)。質問の順番は変えているものもあります。まず最初に先生の方から、聖フィルは毎週練習するのか、ブルッフはどれくらい練習したのかという質問がありました。

――アマ・オケとの共演は、聖フィルが初めてですか?

川畠先生(以下敬称略) いいえ、初めてではありません。回数はそれほど多くないけれど。

――ブルッフの協奏曲でここが好きという箇所はありますか?

川畠 (かなり考えて)3楽章でしょうか……。(是非お聞きしたかった質問でしたが、いきなり川畠先生を当惑させてしまったようです。先生、ごめんなさい。)

――3楽章はいちばん難しいのではありませんか?

川畠 ブルッフはヴァイオリン協奏曲としてよくできています。「指にはまる弾きにくさ」です。(難しいけれどそれに見合った演奏効果があるということ。名言「指にはまる弾きにくさ」だけは、forza-ugatti 氏にその場でメモしていただきました。)

――それでは、ブルッフの中でここが難しいという箇所はありますか?

川畠 (これもかなり考えて)たとえば1楽章の最後(最初の旋律が戻って来るところ)など、緊張します。

――初めてブルッフを弾いたのはいつ頃ですか?

川畠 子供の頃ではなく、デビュー後の98年だったと思います。

――好きなヴァイオリン協奏曲は?

川畠 メンデルスゾーンと……(間)ベートーヴェン。

――プロとアマとの練習の違いは?

川畠 プロだとリハーサルの時間が少ない。1回さらっと合わせるくらいのときもあります。アマだと(聖フィルのように)時間をたくさんとってくれます。

――長時間の練習で疲れませんでしたか?

川畠 全然。いつも立ちっぱなしで練習するので。

――どれくらい練習するのですか?

川畠 何もない日は7、8時間は弾いていますね。演奏会前など、さらう曲が多ければ長くなります。

――好きなことは?

川畠 食べること。音楽家はみんなそうじゃないですか?

――お好きな食べ物は?

川畠 (付き添って来られた事務所の齋藤さんが、笑いながら「甘いもの、好きだよねー!」 頷く川畠先生)

――お酒は?

川畠 (なぜかすごく躊躇)好きです……。

――食べることがお好きなのに、なぜそんなにスリムなんですか?

川畠 かなりの量を食べますが、ぜんぜん太らないですね。体を動かすからじゃないですか。毎日ダンベル体操しています。今朝も練習に来る前にやってきました。

――お好きなヴァイオリニストは?

川畠 曲によって異なります。(愚問でした。反省!)

――たとえばブルッフの演奏なら誰ですか?

川畠 (躊躇なく)ハイフェッツ!

――そういえば、ミルシュタインがお好きと書いていらっしゃいましたね。

川畠 そうです。古い人をよく聴きます。生きているヴァイオリニストも聴きますけれど。

――音楽をどのように作るかについてですが、CDを参考にするのですか?

川畠 音楽を聴いたり、細かく分けてさらっているときに考えるのはもちろんですが、楽器を弾いていないときやリラックスしているときなど、音楽に触れていないときに考えることも多いですね。

――今回のブルッフの協奏曲については、すでに考えられていますか?

川畠 まだ全然考えていません。全部、これから考えます。(forza-ugatti 氏の補足:オケと合わせてから考える、つまり、自分がこう弾きたいから合わせてくれという、ソリスト主導の立場ではなく、あくまでオケといっしょに音楽を考えて作って行くというニュアンスでした。)

――ご自分を楽観的な性格だと思いますか?

川畠 いえ、楽観的ではないですね。

――リラックスするためにCDを聴くことはありますか?

川畠 ヴァイオリンの曲ではどうしても分析的に聴いてしまうので、あまりリラックスできないんです。ピアノなどのCDを聴くことはあります。自分で楽器を弾いている時間が長いので、それほど聴きません。

――最後に聖フィルにメッセージをお願いします。

川畠 楽しんで弾けるようにして欲しいです。そのためには、よくさらって技術的な問題を超えることが大切です。これがとても大変なことなんですが。でも、技術的な問題を解決することと、音楽を楽しむことは(一方をマスターした上で先に進むというような)段階的なものではなく、平行して対処すべきことです。

川畠先生はたくさんの質問に対して、言葉を慎重に選びながら答えてくださいました。本当にどうもありがとうございました。団員の皆さん、川畠先生に応えることができるよう、しっかり練習いたしましょう!

ここで心に留めておかなければならないのが、「聖フィルへのメッセージは?」という最後の質問に対する先生のお答えです。「楽しんで弾けるように」と先生は望んでおられます。聖フィルの皆さん、楽しんで弾いていますかー? 楽しむことは、音楽表現において最も大切なことです。でも、つい忘れがちですよね。それどころではない、と言うか。

次回のコラムは緊急提言として、音楽の本質にも関わるこの川畠先生からのメッセージを考えてみたいと思います。

  1. このコラム執筆のためにお世話になった方々に、お礼申し上げます。たくさんの質問に答えてくださった川畠先生、取材(?!)を許可してくださり、原稿チェックや連絡のためにお世話になった、川畠成道音楽事務所の齋藤陽子さん、一緒にインタビューし、内容を確認してくださった forza-ugatti 氏、そして構成面でいつもながらの的確なアドヴァイスをくださったつぶ担さん、どうもありがとうございました。インタビューからまだ2週間ちょっとしか経っていないのですが、遠い昔のことのような気がします。ここに書き入れるのはふさわしくないかもしれませんが、東日本大震災に被災された方々への心からお見舞いと、被災地の一日も早い復興への祈りを、申し添えさせてください。
27. 12月 2010 · (8) 三大ヴァイオリン協奏曲雑感 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

最も人気のあるヴァイオリン協奏曲と言えば、やはりメンデルスゾーン。曲の開始直後に独奏ヴァイオリンが歌い始める、哀愁を帯びた第一主題、ぞくぞくしますよね。前回の演奏会で聖フィルが有森先生と共演させていただいた第1番のピアノ協奏曲を含め、メンデルスゾーンは他にも協奏曲を作曲しているのに、メンデルスゾーンの協奏曲と言えばこのヴァイオリン協奏曲。『メンコン(メンデルスゾーンのコンチェルト=協奏曲)』と呼ばれています。

でも最近、三大ヴァイオリン協奏曲の中にメンデルスゾーンが含まれているのを見ると、ちょっと待って!と言いたくなります。なぜなら、三大ヴァイオリン協奏曲は

  • ベートーヴェン
  • ブラームス
  • チャイコフスキー

のコンチェルトだったはずです。この3人は、生涯に1曲しかヴァイオリン協奏曲を作曲していません。また、それらがすべてニ長調であることも共通しています。

3人がニ長調でヴァイオリン協奏曲を作ったのは、単なる偶然ではありません。シャープが2つ付くニ長調は、ヴァイオリンの解放弦(そ、れ、ら、み)を全て含んでいて演奏しやすく、しかも倍音が最も豊かに響くため、ヴァイオリン協奏曲に最適なのです。

個人的には、メンコンも含めるのなら、チャイコフスキーを省いたりせずに、四大ヴァイオリン協奏曲と言ってほしいなあと思います。

ちなみに、メンデルスゾーンが選んだシャープ1つのホ短調やト長調、シャープ3つのホ長調も、ヴァイオリン協奏曲の調として良く使われます。逆にフラット系は、ヴァイオリンにはあまりありがたくないのですが、フラット1つのニ短調は、ラロの《スペイン交響曲》(タイトルは交響曲ですが、実際にはヴァイオリン協奏曲)や、シベリウスの協奏曲などに使われています。ニ短調で始まっても、終楽章をヴァイオリンに最適なニ長調で締めくくれるからでしょう。

ブルッフの1番のようなフラット2つの調のヴァイオリン協奏曲は、(モーツァルトの1番などの例もありますが)かなり珍しいと言えます。でもブルッフも、ト短調で始まった1番の3楽章をシャープ系のト長調で作曲し、華やかに締めくくっています。ヴァイオリンが響きやすいとは言えないフラット系を使った前半とのコントラストが、見事ですね。

01. 12月 2010 · (4) ブラームスの同時代人 ブルッフ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

関係者の方々のご尽力のおかげで、聖光学院管弦楽団は第4回定期演奏会のソリストとして、川畠成道先生をお迎えする運びとなりました。夢のようなお話で、団員一同とても喜んでおります。曲目はブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番ト短調作品26。

というわけで、今回はブルッフについて、前回の定期演奏会で交響曲第1番を取り上げたブラームスと関連づけながら、ご紹介しましょう1

マックス・ブルッフは1838年、ケルンに生まれました。1833年生まれのブラームスより5歳年下ですが、肝臓がんで20世紀を生きることなく没したブラームスとは異なり、ブルッフは1920年まで長生きしました。9歳で作曲を始め、1858年に最初のオペラがケルンで初演されて名を上げました。交響曲も3曲作っていますが、生前は特に合唱作品で知られていました。

でも今日ブルッフと言えば、ロマン派のヴァイオリン・レパートリーとして欠かせない、ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調でしょう。19世紀後半のドイツ最高のヴァイオリニストと言われた、ヨーゼフ・ヨアヒムに献呈されました。ブラームスも、彼のヴァイオリン協奏曲を作曲するときに助言してくれたヨアヒムに作品を献呈しています。

もしかしたら聖フィルのレパートリーの中で最も新しい曲?と思ったのですが、1868年初演のブルッフよりも、完成まで約20年かかったブラ1の初演の方が、後でした(1876年)。

当時のドイツ音楽界は、リストとヴァーグナーに代表される革新的な音楽を目指す「新ドイツ楽派」と、ブラームス(と言うよりむしろ音楽評論家ハンスリック)に代表される伝統的な音楽を重視するグループとに、二分されていました。深く豊かな和音の響きと、息の長いロマンティックな旋律を得意としたブルッフはもちろん、後者に属する作曲家です。「新ドイツ楽派」を嫌い、メンデルスゾーンとシューマンを敬愛していたというブルッフの特徴が、ヴァイオリン協奏曲第1番にもよく現れていますね。

  1. Christopher Fifield, “Bruch, Max,” in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2nd ed. vol. 4, 2001.