コラールと言われたらみなさんは、ブラームスの交響曲第1番終楽章、序奏部のトロンボーン(とファゴット族)3重奏を思い浮かべるでしょうか。あるいはブルックナーの、たとえば第4番《ロマンティッシュ》第1楽章展開部終盤で、トランペット&トロンボーン&テューバがffで吹き鳴らすところ(305小節〜)? 第5番終楽章には、ブルックナーご本人が「コラール」と書き込んだ部分(583小節〜)もありますね。

でも、このようなコラールは正確には「コラール風」(あるいは「コラール的」)楽節。本物のコラールではありません(このようにな「コラール風」もコラールと呼ぶことがあるのでややこしいのですが)。

譜例1:J. S. バッハ:カンタータ BWV 140《目覚めよと呼ぶ声が聞こえ》より終曲(第3節)

譜例1:J. S. バッハ:カンタータ BWV 140《目覚めよと呼ぶ声が聞こえ》より終曲(第3節)

バッハの声楽作品に詳しい方は、本物をご存知ですよね。コラールは、ルター派プロテスタントの賛美歌。4声体のホモフォニーの形で(譜例1参照)、教会カンタータや受難曲の核になっています。上記「コラール風」楽節の元ですね。ただこれは、いわば成長した大人のコラール。もともとはモノフォニー(単旋律)でした。

カトリックの典礼音楽の歌詞は、聖職者以外は理解できないラテン語。聖歌隊が歌うお経のようなグレゴリオ聖歌や、複雑で難しいポリフォニーを、意味もわからずありがたく拝聴しているだけ。

宗教改革者マルティン・ルター(1483〜1546)は、「会衆を礼拝に積極的に参加させようとする意図から歌唱による祈願や賛美を重視」1。みんなで歌うには、母国語であるドイツ語の歌詞の曲が必要と考えました。単旋律なら、楽譜を読めない人も聞き覚えて歌えます。無伴奏のユニゾンで歌われたこのような曲は初め、geistliche Lieder(宗教的な歌)とか christliche Gesäng(キリスト教の歌)と呼ばれていました2(グレゴリオ聖歌の旋律を指す「コラール」という語で呼ばれるようになったのは、16世紀後半)。

1524年にヨハン・ヴァルター(1496〜1570)がヴィッテンベルクで、聖歌隊用に3〜5声に編曲した Geystliches Gesangk Buchleyn を出版(図1参照)。宗教改革の発端となった、ルターの「95か条の論題」発表から、わずから7年という早さに驚かされますが、考えてみると聖歌隊は、ついこの前まで壮麗なポリフォニーの宗教曲を歌っていた(し、信者たちだって、歌詞の意味はわからないながら聞いていた)のですからね。旋律1本を斉唱するだけでは、音楽的におもしろくなかったのでしょう。

図1:Johann Walter, Geystliches Gesangk Büchleyn, Titelpage, Wittenberg, 1524

図1:Johann Walter, Geystliches Gesangk Büchleyn, Titelpage, Wittenberg, 1524

ルターの序文が付いたこの最初の賛美歌集には、32の聖歌の詩用の35の旋律が、38種類に編曲されて収められています。カトリックの宗教曲のような複雑なポリフォニー様式と、旋律と同じ動きで和音を連ねる(より新しい)和弦様式の、2種類の編曲法が使われました。後者が、大人のコラールの出発点。

ただ、譜例1のようにコラール旋律がソプラノに置かれたのは、ルーカス・オジアンダー(1534〜1604)が1586年にニュルンベルクで出版した Fünffzig geistliche Lieder und Psalmen から3。ヴァルターの賛美歌集では、多声作品における最重要声部テノール((85) アルトは高い参照)に、主旋律が置かれていました。

まとめ:ルター派プロテスタントの賛美歌であるコラールは、もともとモノフォニーだった。4声体の編曲では、しばらく内声に置かれていた。バッハがカンタータの中で用いたような大人のコラールになってからも、そのまま引用した場合(たとえばメンデルスゾーンの通称「宗教改革」交響曲。(257) メンデルスゾーンが作った交響曲はいくつ?参照)以外、「コラール風」と呼ぶのが正しい。

来週のコラム更新はお休みさせていただきます。

  1. 辻荘一「コラール」『音楽大事典2』平凡社、1982、938ページ。
  2. Marshall, Robert L. / Leaber, Robin A., ‘Chorale,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 5. Macmillan, 2001, p. 737.
  3. Marshall, Robert L. / Leaber, Robin A., ‘Chorale settings,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 5. Macmillan, 2001, p. 748.
18. 5月 2016 · (280) 主題が3つ!!? ブルックナーのソナタ形式 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

ブルックナーの交響曲は、第1楽章:ソナタ形式、第2楽章:歌謡的な緩徐楽章、第3楽章:スケルツォとトリオ、そして第4楽章:ソナタ形式の4楽章構成。第8番で緩徐楽章とスケルツォの順番を入れ替えた以外、全部同じです。ブラームスのように、終楽章で突然パッサカリアを使ったりしません(でも、あのパッサカリアもソナタ形式の枠内で作られていましたね。(251) ただのパッサカリアではない!参照)。

ブルックナーのソナタ形式と言えば、3主題ソナタ形式。2連符と3連符を組み合わせた「ブルックナー・リズム」や、ベートーヴェンの《第九》から影響を受けた「ブルックナー・オープニング」と並んで有名です。ソナタ形式は通常、性格が異なる2つの主題で構成しますが、ブルックナーは主題を3つも使うのです(主題1つなら単一主題ソナタ形式。モーツァルトの例は(189) 第1主題=第2主題!?のソナタ形式参照)。

第4番《ロマンティッシェ》第1楽章(第2稿)の場合、第1主題は冒頭のホルン独奏(主調=変ホ長調、譜例参照)、第2主題はヴァイオリンによる「シジュウカラのツィツィペーという鳴き声」を伴うヴィオラの旋律(変ニ長調、練習番号B)、第3主題は弦楽器ユニゾンのアルペジオ上で、ホルンやテューバなどがブルックナー・リズムで下降する旋律(D5度上の変ロ長調、D)。

譜例:ブルックナー作曲 交響曲第4番 第1楽章の3主題

譜例:ブルックナー作曲 交響曲第4番 第1楽章の3主題

展開部(G)の後、Mから第1主題がフルートのしみじみとした対旋律とともに、主調で再現されます。第2主題はOの3小節目から、なんとシャープが5つ必要なロ長調で登場。フラット3つの主調から、ものすごく遠い調です。第3主題は、Qからお約束通り主調で再現。Sからコーダ。長いクレッシェンドの頂点でホルンが第1主題の5度動機を高らかに吹き、第1楽章終了。

3つの主題のうち、第1主題は主調で提示&再現、第3主題は主調の5度上の属調で提示され、主調で再現されています。ということは、通常のソナタ形式の2主題と同じ関係。ここでは第3主題が、従来の第2主題にあたるようですね(表参照。(88) さらに刺激的(!?)により再掲)。

表:ベートーヴェン以降のソナタ形式

表:ベートーヴェン以降のソナタ形式

それでは、遠隔調の変ニ長調で提示され、さらに遠いロ長調で再現される第2主題は何に当たるのでしょうか? ソナタ形式の第1主題から第2主題へ移る部分は「推移」と呼ばれます。例えば長調の曲の提示部では、主調で第1主題を提示した後、第2主題を出す前に属調まで転調し、新しい調で落ち着かなければなりません。ソナチネのような小曲であれば、推移の部分はほんの数小節。でも、規模が大きいと推移も長くなり、その部分の旋律が第1主題に対抗しうる独自の性格を持つ「主題」に昇格(!?!)したわけです。

ブルックナーのソナタ形式は、提示部の主題部間に推移の部分がほとんど無いと言われますが、こんな事情があったのですね。使い古されたソナタ形式の枠組みを守りながら、新しい要素を組み込んだブルックナー。《ロマンティッシェ》終楽章では、第1主題を主調の変ホ短調(P)、第2主題をかなり遠いニ長調(S)で再現。第3主題の再現は省略して、コーダ(V)に進んでいます。

都合により、来週のコラムはお休みします。

11. 5月 2016 · (279) ブルックナー音楽史クイズ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

次回第15回の聖フィル定期演奏会では、アントン・ブルックナーの交響曲第4番を取り上げます。皆さんはブルックナーの音楽、お好きですか? マニアックなファンが多い一方で、よく知らない、あるいはわからないという人もかなりいますよね。確かに、同じロマン派のブラームスやチャイコフスキー、ショパンやヴェルディに比べると、少し(かなり?!)地味な存在かもしれません。

私自身はブルックナー、実は結構好きです。西洋音楽史でブルックナーを講義するときは、つい張り切ってしまいます。多くの音大生にとって、その講義がブルックナー・デビュー(ピアノ科の学生なら、最初で最後のブルックナー体験になる可能性も)。独特の響きや構成に興味を持ってもらいたいと思いながら、交響曲を中心に説明します。

音楽史ではまず、歴史におけるその作曲家の立ち位置を理解することが重要です。というわけで、ブルックナーがお好きな方も嫌いな方も(どうでもいい方も)、まずは基本を押さえておきましょう。突然ですがここで質問です。ブルックナーとブラームスは、どちらが先に生まれたでしょうか?

ブルックナー・ファンでも、とっさに答えられないのでは? 保守的な作りや響きを思い出して、ブラームスと答えたくなりませんか? でも、正解は1824年に生まれたブルックナー。19世紀が1/3終わった1833年に生まれたブラームスの方が、9歳も年下です。ちょっと意外ですよね。次、亡くなったのはどちらが先? これもブルックナーですが、こちらは1年違い。ブルックナーは1896年、ブラームスは1897年に、ウィーンで没しました。独身で生涯を終えたのも、共通しています。

もうひとつ押さえておきたいのが、ブルックナーとマーラーの年関係です。ブルックナーの方がもちろん年上ですが、マーラーと何歳くらい違うでしょうか? 2人とも交響曲作曲家として重要。しかも、どちらも編成が大きく演奏時間が長い交響曲を書いていますから、つい一括りにしたくなりますが……。

マーラーは1860年生まれ。ブルックナーとマーラーは36歳、一世代以上も年が違うのです。シューベルト(1797年生まれ)とブラームス(1833年生まれ)が同じく36歳差。ベートーヴェン(1770年生まれ)とメンデルスゾーン(1809年生まれ)が39歳差。それぞれの音楽は、互いにかなり異なりますよね。現代に近づくほど時代の動きが早くなってきているとは言え、36年は決して小さな差ではありません。

「19世紀後半の最も革新的な人物の一人」と評されるブルックナーは、ベートーヴェンの第九交響曲が初演された1824年生まれ1。スメタナと同い年で、ブラームスよりも9歳、マーラーよりも36歳年上。新しい響きと規模の大きさに惑わされがちですが、ロマン派の中では結構早く生まれた作曲家なのです。

  1. Hawkshaw, Paul, ‘Bruckner,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 4. Macmillan, 2001, p.  458.
30. 9月 2015 · (254) フリギア旋法とは何か はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

ブラ4の解説には、第2楽章のフリギア旋法が必ず言及されていますね(私も既に (252) でそう書いてしまいました)。手っ取り早く言うと、フリギア旋法は「ミファソラシドレミ」。第2楽章はシャープが4つもついたホ長調なのに、ホルンが始める冒頭の旋律はミーミーファーソミーミーレード……ミーミーレードミー。ファドソレの♯が、全てキャンセルされています。これがフリギア旋法の部分。

フリギア旋法は、グレゴリオ聖歌を体系化する中で整えられた8種類の教会旋法のうちの1つ。中世やルネサンス時代の音楽は、教会旋法に基づいて作られました。その後に成立した長調や短調の音階と、共通する点・相違する点があります。

音域は同じ1オクターヴ。フリギア旋法なら、ミからミまでですね。でも、長短調とは異なりピアノの白鍵盤にあたる全音階の音だけで構成されます。長短調における主音のような中心音は、終止音(ラテン語でフィナーリス)と呼ばれます。フリギア旋法の終止音はミ。

主音1つに2種類の音階がある(たとえばハを主音にするハ長調とハ短調)ように、同じ終止音を持つ旋法も2種類。一方は、終止音から終止音までの音域を持つ正格旋法。フリギア旋法も正格旋法です。もう一方は、終止音の上下に1オクターヴの音域を持つ変格旋法。フリギア旋法と同じミを終止音にする変格旋法ヒポフリギア旋法は、シからシまでの音域を持ちます。

旋法と長短調の大きな違いは、音の並べ方。たとえば長調はオクターヴの7つの音の間隔が「全(=全音)・全・半(=半音)・全・全・全・半」と決まっていますが、教会旋法はこの間隔がそれぞれ異なるのです。たとえばフリギア旋法なら「半・全・全・全・半・全・全」ですし、レを終止音とする正格旋法ドリア旋法なら「全・半・全・全・全・半・全」(フリギア旋法の《かえるの歌》は「ド−レ♭−ミ♭−ファ−ミ♭−レ♭−ド ミ♭−ファ−ソ−ラ♭−ソ−ファ−ミ♭」、ドリア旋法では「ド−レ−ミ♭−ファ−ミ♭−レ−ド ミ♭−ファ−ソ−ラ−ソ−ファ−ミ♭」になります1)。

16世紀にスイスの音楽理論家グラレアヌス(1488〜1563)が4旋法を加え、教会旋法は12種類に。ただ、単旋律音楽(聖歌)のための理論を、ルネサンス時代の多声音楽に使うのは無理がありました。音域が広がり、半音階変化が多くなると、各旋法の特徴が曖昧になっていきます。結局、ラから1オクターヴのエオリア旋法と、ドから1オクターヴのイオニア旋法を元にする短音階と長音階2種類に集約されることに。

新しい調体系が確立すると、教会旋法はほとんど使われなくなりました。ところがその後、調性音楽の可能性が汲み尽くされてくると、作曲家たちは新しい素材として、教会旋法や民族音楽で使われる音階などに目を向けます。ブラームスも、ホ長調の楽章の最初の単旋律部分をフリギア旋法で作曲することで、ブラ4に古風な雰囲気と不思議な新しさを加えたのです。

  1. haryo12さん、ありがとうございました。
23. 9月 2015 · (253) パッサカリア主題 in 第1楽章 ブラ4の秘密3 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

構築型の作曲家ブラームス。彼が交響曲第4番に「わかる人だけわかる」ように組み込んだ「しかけ」を見つけるのは、わくわくします。バロック時代の形式パッサカリアで作られた終楽章は、実はソナタ形式とも考えられますし((251) ただのパッサカリアではない!参照)、第1楽章第1主題の冒頭を第4楽章の最後の方で使って、全体をまとめています((252) 第1楽章第1主題 in パッサカリア参照)。そのままの形ではなく変形して(むしろ、オリジナルの形と言うべきか)嵌め込んでいるので、すぐには気づきません。

第1楽章の主題が終楽章に登場するなら、終楽章の旋律も第1楽章に予示されているのではと考えるのが自然。8小節構造を厳格に守ったまま変奏が進む終楽章は、この交響曲最大の呼び物ですから。ところが、パッサカリア主題ミ−ファ♯−ソ−ラ−ラ♯−シ−シ−ミの予示が指摘されたのは、1998年(つい最近!!)になってから。クリスティアン・マルティン・シュミットによると、第1楽章の開始早々10小節目から、コントラバスとヴァイオリンによって示されます(譜例1参照)1

うーん……。半音進行の無視(13小節目後半のソ♯はともかく、11小節目のファと9小節目のレ♯が問題では??)や、途中でパートが移ることなど、どう考えるべきでしょうか??   予示が明らかになり過ぎないように、わざと半音を加えてカモフラージュしたのかな??  シ−シのオクターヴ進行もわざと逆に変えた??  いずれにしろ構築型ブラームスですから、偶然ではないことは確かでしょうが……2

第1楽章におけるパッサカリア主題の影響について、長い間研究されなかったのには、理由がありました。パッサカリアの元になったバッハのカンタータ150番《主よ、わが魂は汝を求め》((221) パッサカリアについて参照)が旧バッハ全集第33巻として出版されたのは、ブラームスが既に第1楽章を完成した後、1884年秋だったからです3。このため、旧全集刊行前からブラームスがこの曲を手稿譜の形で知っていた可能性が示唆されています。

譜例1:ブラームス作曲交響曲第4番第1楽章(第8〜21小節)

譜例1:パッサカリア主題 in 第1楽章(ブラームス作曲 交響曲第4番 第1楽章 第7〜20小節)

  1. 三宅幸夫『Brahms: Symphonie Nr.4 ミニチュア・スコア解説』音楽之友社、2004、viiiページ。
  2. 同上によると、Schmidt, Christian Martin, ‘Johannes Brahms: Sinfonie Nr. 4 eMoll op. 98,’ Johannes Brahms: Die SInfonien, ed. by Schubert, Giselher, Floros, Constantin, and Schmidt, Mainz, 1998, pp. 213-272.  私が務める音大の図書館には所蔵されておらず、現時点で原書を確認していません。
  3. 三宅、同上。
16. 9月 2015 · (252) 第1楽章第1主題 in パッサカリア ブラ4の秘密2 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

バロック時代の古めかしい変奏形式パッサカリアで作られた、ブラームスの交響曲第4番終楽章。でもこの楽章、ソナタ形式とも考えられるのでしたね((251) ただのパッサカリアではない!参照)。終楽章には、実は同じ交響曲の第1楽章第1主題が登場します。ただし、すぐにわかる形で引用されているわけではありません。変形されています。

「3度下がって6度上がる」で始まる、第1楽章第1主題。ヴァイオリンのオクターヴ・ユニゾンが、切なく響きます。冒頭4小節の中の、上行した音(2小節目のドなど)をオクターヴ下の同じ音に入れ替えると……。シ−ソ−ミ−ド−ラ−ファ♯−レ♯(−シ)と、3度下降が連続する形になります(同じリズムで同じように演奏されても、これでは切なさはあまり感じられませんね)。

終楽章パッサカリアに出て来る第1楽章第1主題は、「下がって上がる」切ない旋律ではなく、3度下降の変形バージョン。そう、最後の2つの変奏です。第29変奏では弦楽器がピッツィカートの後打ちで(譜例1参照)、第30変奏ではチェロと1拍遅れのヴァイオリンが、ミ−ド−ラ−ファ♯−レ♯−シ−ソ−ミ−ド−ラ−ファ♯−レ♯ の3度下降型を弾いています。交響曲の1番初めに聴いた旋律が、最後の最後(コーダの前ですが)に回帰。しかも、わかる人にだけわかる形で。「構築型」ブラームス、お見事!

譜例1:ブラームス作曲 交響曲第4番 終楽章 229〜36小節

譜例1:ブラームス作曲 交響曲第4番 終楽章 230〜36小節

ところで、第1楽章冒頭4小節の3度下降形 シ−ソ−ミ−ド−ラ−ファ♯−レ♯(譜例2b)、順番を入れ替えてみてください。ホ短調の音階になります(譜例2c)。つまりこの第1主題、主調の音階の7つの音をすべて1回ずつ使って構成されているのです。「和声的短音階のすべての音を重複することなく使いきる……これはシェーンベルクが提唱した『12音技法』に、あと一歩のところまで近づいている」1

うーん、十二音技法まではまだちょっと遠い気もしますが((97) ドレミが平等社会だったら:十二音技法参照)、ブラームスが意図的に作ったことは確か。「良い旋律を思いついたら、それが偶然、音階の7音を1回ずつ使っていた」なんて、有り得ません。その後(5〜8小節)、同じ音のオクターヴ跳躍をはさみながらミ−ソ−シ−レ−ファ−ラ−ドと進みます。3度進行の上行型ですから、1〜4小節の下降型と対。さらに!!  こちらは入れ替えると、レもファも ♯ 無しのミ−ファ−ソ−ラ−シ−ド−レ−ミ。これは、第2楽章冒頭で使われるフリギア旋法ですね(第3楽章のハ長調の7音全てを1回ずつ使ったと考えることもできますが、ミから始まっています。2015/09/23 追記)。交響曲が始まったばかりのところで、さりげなく予示。ブラームスって本当に「構築型」の作曲家です。

譜例2:同第1楽章第1主題とその変形

譜例2:同第1楽章第1主題とその変形

  1. 三宅幸夫『Brahms: Symphonie Nr.4 ミニチュア・スコア解説』音楽之友社、2004、viiページ。譜例2も同ページ。
09. 9月 2015 · (251) ただのパッサカリアではない! ブラ4の秘密 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

第13回定期演奏会まで、1ヶ月足らず。今回のメイン・プログラムは、ブラームスの交響曲第4番(1884〜85年作曲)。彼のような構築型の作曲家の作品は、演奏するのも分析するのも楽しいものです。

この交響曲終楽章の出発点である J. S. バッハのカンタータは、既に(221) パッサカリアについてでご紹介しました(これを書いたときは、まさかすぐにこの曲を演奏できるとは思いませんでした〜)。ブラームスはバッハ(とは限りませんが)のバス旋律を19世紀風に変形しつつ、8小節パターンを堅持。パターンが崩れるのは、最後の第30変奏だけです(4小節拡大されて、Più Allegro のコーダに突入)。

この曲が面白いのは、これだけ律儀にパッサカリアの形を守りながら、実はソナタ形式の枠組みを取り入れているところ。主題と30の変奏は、提示部・展開部・再現部に分けられます。と書くと、ゆっくりした長調部分からテンポが戻り、短調のパッサカリア主題が再登場する第16変奏(129小節)が再現部!と思う方が多いと思います(ミ−ファ♯−ソ−ラと上がって行く主題に、ラ−ソ−ファ♯と下りてくる対旋律が加わるところ、ゾクゾクしますね!)。でも、これはひっかけ。同じ形ですが、ここは展開部の開始部分です。

じゃあ再現部はどこから? それは第24変奏(193小節)。展開部の開始のように区切りがはっきりわからない??! そんなことはありませんよ。前の小節の3拍目は、全ての楽器が休むゲネラル・パウゼ。展開部ではずーっと、何かしら音が鳴っていました。完全な空白はこのs1拍だけです。

それに、毎回異なる変奏のように聴こえますが、ここではちゃんと提示部が再現されていますよ。わかりやすいのは、第25変奏のオーボエとヴァイオリン(とファゴット)。mpff に変わっているものの、第2変奏の木管メロディーの再現です(譜例1左ページ参照)。第26変奏のホルンも、第3変奏の木管の再現(でスタッカート→ でレガート。譜例1右ページ参照。E管なので実音はミ−レ♯−ミ−ファ♯ー)。第24変奏でも第1変奏のホルンのリズムなどが再現されていますし、第27、28変奏の低音のオクターヴ跳躍は第4変奏の低音と関係していますね。第1変奏に先立つ主題は第23変奏に反映されていますが、これだけ先走って(??)展開部に食い込んでいるのも芸が細かいところ。区分をあいまいにするのもロマン派風なのです。

というわけで、この終楽章は第2主題の再現を欠くソナタ形式とみなすことが可能。バロック時代の変奏形式パッサカリアの形で作曲しつつ、古典派時代(以降)に使われたソナタ形式にも嵌め込んで、二重の意味を持たせているのです。構築型の作曲家ブラームスならではの終楽章! さらに……(つづく)。

譜例1:ブラームス作曲交響曲第4番終楽章(200〜14小節)

譜例1:ブラームス作曲 交響曲第4番 終楽章(200〜14小節)

21. 1月 2015 · (221) パッサカリアについて:バッハとブラームス はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

パッサカリアと言われると、ブラームスの交響曲第4番を思い浮べるオケ奏者やオケ・ファンの方が多いと思います。CD解説などに、この曲の第4楽章がシャコンヌまたはパッサカリアの形で作られていると、書いてありますよね。どういうことか、ご存知ですか。

ブラームスは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハのカンタータ150番《主よ、わが魂は汝を求め Nach dir, Herr, verlanget mich》第7曲〈わたしの苦難の日々を Meine Tage in dem Leide〉の低音旋律をモデルにしました。この曲はチャッコーナ。イタリア語でシャコンヌのことです。シャコンヌは、3拍子の緩やかなテンポの舞曲。低音旋律に基づく変奏曲で、バロック時代にはパッサカリアとほぼ同義に使われました 1

ロ短調の主音シから順番に5度上行しオクターヴ下がる、シ−シ−ド♯−ド♯−レ−レ−ミ−ファ♯−ファ♯。低声部はこの4小節パターンを何度も繰り返しながら、ニ長調、嬰ヘ短調、イ長調、ホ長調に転調します。ロ短調に戻り、最後はミ−ファ♯−ファ♯の後に主音シが続いて終了。このしつこく繰り返される低音、バッソ・オスティナート(イタリア語で「がんこな低音」の意)の上で、旋律や和声、リズムが変わっていきます。

ブラームスはこの低音旋律の最後に主音を付け加えて、1回毎に完結する形にしました。さらに、ロマン派的にアレンジ。オクターヴ跳躍の前に1音加えてラ−ラ♯−シの半音進行に。この8音1フレーズを、バスだけではなく旋律や和音の中で繰り返します。変奏主題として最初に上声で提示されるときも、主和音で始まらないなど19世紀的。メロディーやハーモニー、リズムやオーケストレーション、時にはテンポも変わっていきますが、8小節パターンを律儀に繰り返すのはバッハのチャッコーナと同じです。

バッハの音源をあげます2。バッソ・オスティナートが何回繰り返されるか、数えてみてください。嬰ヘ短調に転調するあたりで急にメロディーが半音下がり、違和感をおぼえる部分があります(0:56くらい)。歌詞「茨(いばら)」の不快さを、音楽で表現しているのです。その前のニ長調部分で、細かく動くたくさん音をひとつのシラブルで歌う(0:33くらいから)部分は、歌詞「喜び」のうれしさの表現でしょう。バッハは、歌詞の言葉と音楽を密接に結びつけて作曲しています。ロ短調よりもピッチが高いのは、彼らがコーアトーンを使っているということですね((104) a’=440になるまで(1):コーアトーン参照)。

  1. 金沢正剛「パッサカリア」『音楽大事典4』音楽之友社、1982、1863−64。
  2. 歌詞:わたしの苦難の日々を神は喜びに変えて終わらせてくださる、茨の道を歩むキリストの者たちを天の御力と祝福が導かれる。神がわたしの真の守りであられるかぎり、人に逆らわれることなど気にしない。キリストはわれらをかたわらで支えられ、日々、わたしの戦いの勝利を助けられる。
15. 10月 2014 · (207) 6/8拍子で始まる交響曲 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

そもそもの発端は、田部井先生の「ブラームスの拍子の選択は変わっている」というご指摘でした。ブラームスのヴァイオリン協奏曲のように3拍子で始まる曲を調べて((199) 3拍子で始まる協奏曲)気づいたのが、6/8拍子の協奏曲の少なさ。(199) 註3に書いたように、名曲解説全集9 協奏曲 II(音楽之友社)に収められたC. シュターミツからヴォーン=ウィリアムズまでの113の協奏曲中、6/8拍子で始まるのは1曲だけ。その6/8拍子を、ブラームスは最初の交響曲の第1楽章に使いました。これはどれくらい「変わっている」のでしょう。

交響曲の拍子は古典派でも、協奏曲のように4拍子が圧倒的というわけではありません。たとえばベートーヴェン。9つの交響曲の冒頭部(序奏の有無にかかわらず)の拍子は:

4/4:第1番(以下数字のみ)、7
3/4:2、3、8
2/4:5、6、9
2/2:4

ハイドンは3拍子で始まる曲が多く、モーツァルトは4拍子が多いものの、3拍子2拍子も。

でも協奏曲と同様、6/8拍子で始まる曲はほとんどありません。1876年完成のブラームス第1番より前に6/8拍子で作られた交響曲は、メンデルスゾーンの4番(《イタリア》1833)とドヴォルザークの3番(1873)くらい。これより後も、サン=サーンスの3番《オルガン付き》(1886)やドヴォルザークの7番(1885)など、稀。ハイドンの94番《驚愕》、101番《時計》、103番《太鼓連打》、ベートーヴェンの7番などソナタ形式の主部が6/8の曲はありますが、違う拍子の序奏で始まります。

理由は明らか。(199) に書いたように、3/8、6/8、9/8などは終楽章で使われる拍子だったからでしょう。交響曲の最大のルーツ、シンフォニーア(イタリア風序曲)において急―緩―急の2つ目の急の部分は、速いメヌエットやジーグのような舞曲風に作られました1。つまり、3/8や6/8拍子だったということ。「赤ちゃん交響曲」が成長しても、この伝統が受け継がれたのですね。各楽章がなるべく多様な方が(聴くのも演奏するのも)良いですから、終楽章に使うべき拍子や性格を第1楽章に避けるのは、当然。

6/8で交響曲を書き始めたブラームス、確かにかなり「変わって」います。完成までに20年以上かかった曲ですから、偶然、レアな拍子を選んで作っちゃったわけでは無いでしょう。しかも、メンデルスゾーンの第4番第1楽章は舞曲的(終楽章は本物の舞曲)ですが、ブラームスの第1番第1楽章は、序奏も主部も6/8拍子ながら舞曲とは似ても似つかないシリアスな音楽です。今までほとんど使われなかった拍子を意識的に選び、伝統的な(舞曲風ではない)交響曲第1楽章を書いたブラームス。交響曲の遺産を受け継ぎ、それ(特にベートーヴェンの9曲)を越える曲を作ろうという彼の意気込みが、拍子からも静かに伝わって来るようです。

  1. Fisher, Stephen C., ‘Italian Overture,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 12, Macmillan, 2001, 637.
24. 9月 2014 · (204) ロマン派の協奏曲:ブラームスの場合 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

1833年生まれのブラームス。バリバリの(?!)ロマン派です。だから彼のヴァイオリン協奏曲も、以前聖フィルで演奏したチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のように、「お待たせしない」タイプのはず……((127) ロマン派の協奏曲:なぜすぐソロが加わるか参照)。なのにこの曲、オーケストラだけで始まります。ソロが加わるのは、はるか先の90小節目。

協奏曲は本来、協奏ソナタ形式で作曲されました((73) 協奏曲のソナタ形式参照)。オーケストラだけが第1主題と第2主題を提示した後、独奏楽器が加わって2つの主題をもう一度提示する、二重提示が特徴です。でも、ロマン派になると構成のバランスよりも実利(!!)重視に。同じようなことを2度繰り返さなくても、初めから真打ちが登場して思う存分活躍する方が、楽しいですものね。チャイコフスキーのピアノ協奏曲のように、第1提示部を省略した(通常の)ソナタ形式で作るのが、ロマン派の協奏曲の主流。数年とはいえブラームスのヴァイオリン協奏曲の方が後に作られたのに、二重提示するなんて……。

でも。オーケストラだけの第1提示部に、第2主題は登場しません。分散和音を丁寧に上り下りする、幅広い感じの第1主題に対して、第2主題は順次進行に大きな跳躍をレガートでつないだ、より動きのある旋律。独奏ヴァイオリンによって、お約束どおり属調のイ長調で提示されます(206小節)。これを導くのが探るようにジグザグに上がって行く8分音符群ですが、第1提示部ではこのジグザグ音型だけで第2主題はおあずけ。二回提示されるのは第1主題だけですから、二重提示ではなく 1.5 重提示。「お待たせするけれど少しでも時間を短く」ということですね。

第1提示部では、ジグザグ音型がニ短調で繰り返されます(譜例1A)。その後、弦楽器が決然と弾き始める旋律(譜例1B)は、スタッカートの多用やアクセントによる2拍目の強調など緊張感に満ちていて、今までとは異質。第2主題と錯覚させられそうなこの印象的なパッセージが、同じニ短調によるソロ・ヴァイオリンの「アインガンク」(独語で「入口」の意)を引き出すことに。提示部の最後の方と、カデンツァの前にも使われて、音楽を引き締めています。

譜例1:ブラームス作曲ヴァイオリン協奏曲第1楽章。A:61〜68小節。B:78〜82小節。

譜例1:ブラームス作曲ヴァイオリン協奏曲第1楽章。A:61〜68小節。B:78〜82小節。