09. 8月 2012 · (93) 《新世界》と循環形式 (2) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , , , ,

前回書いたように、《新世界》交響曲(1893)では第1楽章第1主題が、変形を加えられながら全楽章で使われます。このような循環形式の手法は、19世紀最後の四半世紀に広く使われました。

ブルッフは《スコットランド幻想曲》(1879〜80)において、第1楽章で引用したスコットランド民謡《森を抜けながら、若者よ》を、第2・第3楽章のつなぎの部分と、第4楽章のコーダで回想していましたね((68) ブルッフが使ったスコットランド民謡 (1)参照)。古くから歌い継がれて来た民謡を素材にしつつ、最新の手法で曲を組み立てたのです。他にも、たとえばチャイコフスキーの交響曲第5番(1888)では、「運命の主題」(ジャ・ジャ・ジャ・ジャーンの「運命動機」ではなく)と呼ばれる第1楽章のオープニングが、「イデー・フィクス(固定楽想)」的に使われ、全体を統一しています。

ところで、《新世界》の中で循環するのは、第1楽章第1主題(ホルンの分散和音)だけではありません。終楽章には、第2楽章《家路》の旋律と、第3楽章スケルツォの主題も現れます。しかも、第4楽章の第1主題も同時進行。ホルンやトランペットによる吼えるような提示とは一変し、ヴィオラがひとりごとをつぶやくような形に変えられています(譜例1参照)。そういえば、ドヴォルジャークはドボコンでも、第1楽章第1主題と第2楽章の《ひとりにして》の旋律を、終楽章のコーダで再現していましたね((38) ドボコンを読み解く試み その2参照)。

譜例1:ドヴォルジャークの循環形式(《新世界》第4楽章、155〜60小節。クリックで拡大します)

終楽章の中でそれ以前の楽章の素材を回想し全曲を統合する手法は、前回も名前を挙げたフランクの得意技。交響曲ニ短調(1888)やヴァイオリン・ソナタ(1886)などで使われています。彼が前駆作品として挙げたのが、ベートーヴェンの《第九》。終楽章冒頭で、第1〜第3楽章の一部がほぼそのまま引用されるからです。このように《新世界》では、ある主題や動機が他楽章に現れる《運命》型と、先行する全ての楽章の主題が最終楽章に現れる《第九》型(2つのネーミング、いかがでしょう?)の、両方の循環手法が使われています。

ドヴォルジャークは、さらにもう一ひねりしました。メロディーだけではなく、ハーモニーも循環させたのです。第2楽章冒頭で管楽器が ppp で奏する、漂うような7つの和音。第1楽章の調=シャープ1つのホ短調から、遠い遠い第2楽章《家路》の調=フラット5つの変ニ長調へと導く、コラール風の響きが、第4楽章のコーダに出現(299小節〜)1。あちらこちらに顔を出す第1〜第3楽章の主題を補強するように、ff で高らかに歌い上げられます。圧巻!

《新世界》というと、ドローンや5音音階、スピリチュアルとの類似性などがクローズ・アップされがち。確かに、ボヘミアやアメリカの民族音楽的な要素はこの曲の大きな魅力ですが、ドヴォルジャークのオリジナリティあふれる構築的な循環手法にもご注目ください。

  1. 和声分析では、hus-RyISKWさんにお世話になりました。感謝いたします。

「多楽章形式の楽曲において、同じ主題材料を全楽章あるいは数楽章に用いて、性格的統一をはかる手法」を循環形式と言います1。循環形式はしばしば、ベルギー出身の作曲家セザール・フランク(1822〜90)と結びつけられますが、実はルネサンス時代から存在します。たとえばパレストリーナは、(7) クリスマスに聴きたい音楽 part 2でご紹介したミサ曲《今日キリストが生まれたまえり Missa Hodie Christus natus est》において、「パロディ」と呼ばれる循環手法を使いました。

ルネサンス時代のミサ曲は、後の時代のオペラや交響曲のように、作曲家の力量を測る最重要ジャンル。パロディのような複雑な技法が編み出されたのは、このためです。交響曲と異なり、「キリエ」「グロリア」「クレド」「サンクトゥス」「アニュス・デイ」の5楽章は、ミサ典礼の中で続けて歌われるわけではありません。それでも作曲家たちは、循環する素材を用いて、5部分に統一感を与えようとしたのです。

ところで、19世紀の循環形式の開祖(?!)は、ベルリオーズ。恋人の幻影を表わす「イデー・フィクス idée fixe(固定楽想)」を、自伝的作品《幻想交響曲》(1830)の全楽章で、形を変えながら使用しました。初めは優雅なメロディーですが、第5楽章「サバトの夜の夢」では、前打音やトリルを加えEs管クラリネットに担当させて、魔女を連想させるようなグロテスクなものに(ふられた腹いせ!)。この手法に影響された、ヴァーグナーの「ライトモティーフ(示導動機)」や、リストの1つの主題を変容させながら曲を構成する手法((75)《レ・プレ》とソナタ形式参照)も、循環形式の一種と考えられます。

でも、ベルリオーズよりも先に、前の楽章の音楽を循環させた作曲家がいましたね。このコラムでも取り上げました。そうです、ベートーヴェン。《運命》の終楽章で、第3楽章の幽霊スケルツォ(弱音で奏される、トリオの後のスケルツォ)が回想されます((13) 《運命》掟破りのベートーヴェン参照)。また、(旋律とは言えないまでも)運命動機が変形されながら全楽章に使われ((5) 第2楽章の『運命動機』はどこ?参照)、全体を有機的に統一していますから、《運命》をロマン派循環形式の先駆とみなすことが出来るでしょう。

1880年前後から流行したこの形式を、ドヴォルジャークも取り入れています。《ドボコン》でも、終楽章に2楽章で引用した《ひとりにして》の旋律の回想がありましたね((36) ドボコンに込められた想いを読み解く参照)。《新世界》交響曲でも、ホルンによる厳かな第1楽章第1主題(上がって降りる分散和音。(90) 《新世界より》第1楽章の第2主題参照)が、すべての楽章に現われます。

  • 第2楽章:コーラングレの主題が戻って来る直前にトロンボーンが大音響で(96小節〜。前半の上行部分のみ)
  • 第3楽章:第2トリオの直前にチェロ(154〜)とヴィオラ(166〜)が密やかに。コーダでホルン&木管楽器が華やかに(252〜)
  • 第4楽章:展開部クライマックスの直前にファゴット、ホルン、低弦が力強く(190〜。前半の上行部分のみ)。コーダ直前にファゴットと低弦が力強く(275〜)

いずれも印象的! でも、《新世界》で循環するのはこれだけではありません。ドヴォルジャーク、さらに凝った構成を考えました。次回に続く。

  1. 音楽大事典3、平凡社、1982、1207ページ。