23. 4月 2013 · (130) 名ピアニスト、アルベニス はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

第8回定期演奏会でソリスト川口くんが弾いたアンコール曲は、ほとんど耳にする機会の無い、珍しいピアノ曲でしたね。アンコール特集その2は、このアルベニス作曲《プレガリア(祈り)》について。

アルベニスは1860年、スペインのカタルーニア地方の生まれ(マーラーと同い年です)。5歳頃には公衆の前でピアノを演奏。67年にパリ音楽院の入学試験を受けましたが、ピアノの才能は認められたものの、幼すぎて入学が許可されなかったと言われています1。69年にマドリード音楽院に入った後も、ピアノ・ヴィルトゥオーゾとして国内はもちろん、プエルト・リコやキューバにまで渡りました(いずれもスペイン語が公用語の旧スペイン領)。

1883年、ペドレルに作曲を学び、87年には自作品のみのコンサートを開催。その後、ロンドンやパリで劇音楽の作曲や指揮に取り組みましたが、スペイン語の劇音楽サルスエラの作曲も含め、この分野ではあまり成功しませんでした。ピアノ作品の作曲に戻り、全4巻12曲から成る《イベリア》を4年かけて完成(1908)。翌年、49歳の誕生日を目前に亡くなりました。第1巻のオーケストレーションに着手したものの、できばえに満足できず他の作曲家に依頼しています。

スペイン国民楽派の1人として、スペイン音楽の魅力を世に知らしめるために大きく貢献したアルベニス。作曲の師ベドレルは、16世紀のスペイン人作曲家ビクトリア((60) クリスマスに聴きたい音楽 part 4でご紹介しました)全集を刊行した音楽学者でもあり、アルベニスは師によって、自国の音楽の豊かさに開眼したのです。でも、ペドレルのようにスペインの民俗音楽などをそのまま「引用」せず、スペインを思い起こさせるようなリズムやメロディーを取り入れて作曲しました。

《プレガリア(祈り)》は、1888年に作曲されたピアノのための《12の性格的小品》op. 92の第4曲。最後の2曲以外は弟子である子どもたちに捧げられていることからもわかるように、技巧的な難易度は高くありません。晩年に作られた《イベリア》(特に第3・4巻)が非常に複雑に書き込まれ、高度なテクニックが要求されるのとは異なり、即興的(アルベニスは即興の名手で、録音も残っています)で肩の凝らない、サロン風小曲集です。ポルカ(第5曲)、ワルツ(第6曲)、ポロネーズ(第9曲)など、ヨーロッパの舞曲が多いのですが、最後の《朱色の塔(セレナータ)》はスペイン的・アンダルシア的な要素を持ち、ギター編曲版でも親しまれています。

《プレガリア(祈り)》の楽譜が国内で出版されていたので、弾いてみました2。単旋律で静かに始まる短い序奏の後、二重刺繍音が多用された8分音符の伴奏に乗って、変ホ長調のゆったりとした旋律が歌われるA部分3。変ロ長調に転調し、8分音符の伴奏が無くなった静的なB部分をはさんで繰り返されます。A部分では、長調を短調に変える、3度と6度の下方変異音が散りばめられ、和声に陰影を作り出しています。

校訂者の解説によると、アルベニスは作曲の前々年と前年に、長女と二女を亡くしているそうですが、子を失った親の悲痛な祈りを描いたものではありません4。娘たちが安らかに天国に召されるようにという願いでしょうか。思い出を懐かしんでいるのかもしれません。聴く者を、静かで満ち足りた気持ちにさせる《プレガリア(祈り)》5。卒業論文でアルベニスを取り上げた川口くんらしい選曲でした。

  1. Barulich, Frances, “Albéniz” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 1. Macmillan, 2001, p. 290.
  2. 『アルベニス:ピアノ小品集』校訂:上原由記音、全音楽譜出版、2010。
  3. (二重)刺繍音のような非和声音については、改めて書きます。
  4. 前掲書、6ページ。
  5. ナクソスから《性格的小品集》全曲のCDが出ていますが、現在は入手困難のようです。《プレガリア》は YouTube に校訂者の演奏があります。
20. 12月 2011 · (60) クリスマスに聴きたい音楽 part 4 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

昨年のミサ曲《今日キリストが生まれたまえり Missa Hodie Christus natus est》に続き、主の降誕を祝うカトリックの典礼音楽をご紹介しましょう。今年、没後400年を迎えたトマス・ルイス・デ・ビクトリア(1548〜1611)のモテット《おお、大いなる神秘 O magnum mysterium》です。

ビクトリアはスペイン生まれ。生地アヴィラの大聖堂少年聖歌隊員として活動したあと、奨学金を得てローマに留学。イエズス会のコレギウム・ゲルマニクムで学びました。1571年に卒業した後は同校で教え、73年にはマエストロ・デ・カッペッラ(直訳すると礼拝堂長)に選ばれています。私がペンネームに名前をお借りしているパレストリーナは、当時ローマ市内のセミナリオ・ロマーノのマエストロ・デ・カッペッラでした。ビクトリアがこの20数歳年上の巨匠と知り合いだったのはほぼ確実で、実際に作曲を教わった可能性もあります。司祭の資格を得て、おそらく85年にスペインに帰国。皇太后マリアに仕えました。

パレストリーナと並び称されるルネサンスの作曲家ビクトリアですが、イタリア語のマドリガーレやフランス語のシャンソンなど、世俗曲もたくさん作曲した前者とは異なり、生涯、ミサ曲やモテット、《聖週間聖務日課集》など、ラテン語の歌詞を持つ宗教曲しか作りませんでした。

《おお、大いなる神秘よ》は、1572年にヴェネツィアで出版された、ビクトリアの最初の曲集におさめられています。クリスマスの朝課で歌われる、同名のグレゴリオ聖歌(より正確には、レスポンソリウム=応唱という種類)にもとづく、4声の無伴奏声楽曲。同じ旋律を歌いながら1声ずつ対位法的に加わっていくのは、この時代の典型的なオープニングですが、「おお祝福された乙女よ(O beata virgo)」では全声が同じリズムで歌い、歌詞が強調されます。最後のハレルヤ(Alleluia)では一時的に3分割のリズムを用いて、コントラストをつけていますね。

コンパクトで、この後のバロック時代に成立する長短調に近い響きも感じさせるこの《おお、大いなる神秘よ》は、日本でも盛んに歌われています。静謐な雰囲気をお楽しみください。

おお大いなる神秘よ
そして驚くべき秘跡よ
動物たちが見たとは、生まれたばかりの主が
まぐさ桶の中に横たわっているのを。
おお祝福された乙女よ、その胎は値したのだ
主イエスキリストをみごもることに、
ハレルヤ(細川哲士訳)

 

ビクトリアはさらに、このモテットを用いて同名のミサ曲も作っています。ミサ曲《おお、大いなる神秘よ》のキリエは、こちらから試聴できます。