23. 12月 2015 · (265) クリスマスに聴きたい音楽 part 8 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

例年にない暖冬で油断しているうちに、2015年も残りわずか。気忙しい年の瀬ですが、なんだか静かにオルガン曲を聴きたい気分。クリスマスに聴きたい音楽 part 8(昨年の (215) クリスマス以外にも聴きたい音楽《そりすべり》を part 7 と考えてくださいね)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの《パストレッラ》BWV 590にしました。パストレッラはパストラーレの指小語。小さなパストラーレという意味。

ベートーヴェンも《田園交響曲 シンフォニーア・パストラーレ》として使ったパストラーレは、音楽用語として2つの意味があります。ひとつは、16世紀の「牧歌劇」。「田園という理想郷(アルカディア)を舞台に牧童たちが繰り広げるのどかな恋物語」で、 17世紀初頭に成立するオペラの、演劇上の母胎の1つとなりました1

もうひとつは「田園曲」。バグパイプ風のドローン(飛ばす方ではなく、保続低音の方!)の上で、6/8 や 12/8 拍子3分割リズムの2声の旋律が、3度(あるいはカノン)で進行する音楽。コレッリのクリスマス・コンチェルト最終曲を思い浮かべてください((59) クリスマスに聴きたい音楽 part 3 参照)。このような音楽がクリスマスと結びつけられたのは、聖書の記述と関係があります。

天使たちが天に去ると、羊飼いたちは、「ではベトレヘムに行って、主の示されたその出来事を見よう」と相談し、急いでマリアとヨゼフとまぐさおけに寝かされたみどり児を見に行った。それを見て彼らは、この子について天使の話されたことを知らせたので、それを聞いた人々はみな、羊飼いの話を不思議に思い、マリアは注意深くそのことを心にとどめて考え続けた。羊飼いたちは、天使が話したとおりのことを見聞きしたので、神をあがめ、たたえながら帰っていった(ルカによる福音書第2章15〜20節)2

かつてイタリアでは、この記述に倣って、クリスマスの日に羊飼いたちがバグパイプを吹きながら各都市に贈り物を運ぶ民俗儀礼があったそうです3。その音楽の特徴が、キリスト降誕や羊飼いのイメージとともに田園曲に引き継がれたのです。

4つの短い楽章から成る《パストレッラ》ヘ長調。バッハが1723年からカントルを務めたライプツィヒのクリスマス礼拝で、何らかの形で使われたはずですが、確かなことはわかりません。第1楽章では、両手でゆったりとした12/8の旋律、足鍵盤でドローン(初めファ、次にド)を演奏します(下の動画では、足鍵盤の音はそれほど聴こえませんが、ファからドに替わるのは 0:55くらい。スコットランドの画家デイヴィッド・ロバーツのリトグラフ『ベツレヘム』から、オルガ・ミンキナの演奏風景に戻るあたりです)。残りの3楽章は、手鍵盤のみ。キリスト降誕を静かに思い浮べてくださいね。

来週はコラムお休みします。みなさま、どうぞ楽しいクリスマスと良い新年をお迎えください。2016年も、聖フィル♥コラムをよろしくお願いいたします。

  1. 加藤拓未「パストラーレ」『バッハ キーワード事典』春秋社、2012、269ページ。
  2. 『新約聖書』バルバロ訳、講談社、1981、147ページ。
  3. 加藤、269-70ページ。
19. 3月 2014 · (177) オルガン付きの交響曲 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

第10回聖フィル定期演奏会のメインは、サン=サーンスの交響曲第3番《オルガン付き》。オルガン、どうするの?!と心配された方、どうぞご安心を。聖光学院はカトリック的精神にもとづく学校。ミサを行えるように、新講堂ラムネホールの客席右側上方にベネディクト・オルガンが設置されていているのです。

交響曲のオーケストラにオルガンを加えるという発想、いったいどこからきたのでしょう。サン=サーンスはリストに即興演奏を絶賛された、すご腕オルガニスト。パリのオルガニストの最高位ともいえるマドレーヌ教会の奏者を務めていました。でも、オルガニストを務めた作曲家は彼だけではありません。たとえばブルックナーも卓越したオルガニストでしたが、交響曲にオルガン・パートを入れることはありませんでした(交響曲自体がオルガン的な響きをしていますが)。

オルガン・パートが加わったオーケストラ作品として、リストの交響詩《フン族の戦い》(1857)があります。でも、楽譜を見ると、オルガンは曲の最後で40小節ほど使われる程度。演奏量、重要度、存在感、どれをとっても《オルガン付き》交響曲とは比較になりません。

サン=サーンスにとって「交響曲はある精神性を湛えた音楽でなければなら」ず、「ブルックナーがコラールを使ったように、サン=サーンスはパイプオルガンの音響を必要とした」という指摘も1。でも、3曲の番号付き、2曲の番号無し、そして未完の3曲の交響曲のなかでオルガンを使ったのは、最後に作られたこの3番だけ。精神性・宗教性の象徴であることは確かですが、オルガンを入れることを思いついたのは、初演会場にどのオルガンがあるかを知っていたからではないかというシンプルな推測の方が、説得力があるように思います2

作曲を委嘱したロンドンのフィルハーモニック協会は、1869年に、約800人収容のハノーヴァー・スクエア・ルームから、2,000人以上(!!)を収容できるセント・ジェイムズ・ホール(他に小ホールも2つ)に、本拠を移しました。サン=サーンス自身、1879年にこのホールのオルガンを演奏したことがあるそうです。図1は、セント・ジェイムズ・ホールのオープン時の合唱コンサート。舞台上に立派なパイプオルガン見えます。サン=サーンスの交響曲《オルガン付き》はここで、1886年5月19日に初演。作曲家自身が(オルガンではなく)指揮をし、大成功を収めました3

図1:セント・ジェイムズ・ホールのオープニング時の合唱コンサート、Illustrated London News、1958年4月10日

図1:セント・ジェイムズ・ホールのオープニング時の合唱コンサート、Illustrated London News、1958年4月10日

  1. 田村和紀夫『交響曲入門』講談社選書メチエ、2011、175ページ。
  2. 井上さつき『サン=サーンス:交響曲第3番ハ短調作品78、音楽之友社ミニチュアスコア、解説』、音楽之友社、2001、ivページ。
  3. 実は初演時には、彼も演奏したこのオルガンとは異なる新しいオルガンが設置されていて、サン=サーンスが意図した効果が半減した可能性もあるそうです。同上。
07. 8月 2013 · (145) a’=440になるまで (3):フランスは低かった はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

バロック・ピッチ、ドイツ((104)  (143))に続いて、今回はフランスについて。1680年以前にフランスで作られたパイプオルガンは、a’=388〜396Hz1。低いですね。したがって、礼拝堂ピッチ ton de chapelle と現在の標準音高の差は、2半音(=1全音)でした。

17世紀後半にできたパリ・オペラ座でも、同じ(低い)ピッチがオペラ座ピッチ ton de l’opera と名前を変えて使われました。フランスやオペラにかぎらず、歌い手にとってピッチは低ければ低いほどありがたいはず。現在のラは、オペラ座ピッチならシ。シまで出ると言う方が、ラまでよりも聞こえが良いですし。

木管楽器のピッチは高かったのですが、教会では使われなかったので問題ありませんでした。でも、新しいオペラ座のオーケストラに木管楽器を入れたい! → ピッチが合わない! → 設計し直さなければ!ということに。オペラ座が、オペラ座ピッチの楽器を揃えていて、奏者に貸し出した可能性もあります2

一方、世俗曲は? 「太陽王」ルイ14世の時代の室内ピッチ(宮廷ピッチ) ton de la chambre は、現在よりもおよそ1.5半音低い a’=404 くらいだったようです。現存する当時のフランスの木管楽器、オルガン、民俗楽器の多くから、これくらいの高さの音が出ます(同時代のイギリスでも、コンソート・ピッチと呼ばれるこの高さが支配的でした)。

ただ、オペラ座ピッチの木管楽器も残っているので、現在より1.5半音低い室内ピッチと2半音低いオペラ座ピッチが並行して用いられたのでしょう。現在、フランスのいわゆるバロック時代の音楽を演奏する際に、a’=392(a’=440 で12平均律の場合の、ラより2半音低いソのピッチ)が使われることがありますが、カンマートーンとして a’=415(同じくラより半音低いラ♭のピッチ)を使うのと同様、便宜上の数値であることを忘れないでください3

18世紀半ば、フランスにヴェネツィアの新しいピッチが到来。イタリアでは教会のオルガンに、高いピッチ(a’=464くらい)が使われていたのですが、1740年ころヴェネツィアで、それまでより半音低い、現在とほぼ同じピッチのオルガンが製作されるようになったのです4。ヴェネツィアの聖歌隊ピッチ corista Veneto と呼ばれるこの音高が他の楽器にも取り入れられ、18世紀末までにヨーロッパ中に広まりました。現在の標準 a’=440 は、このヴェネツィアのピッチに由来するとも考えられるそうです 5

  1. B. Hynes, ‘Pitch, §1: Wetern Pitch Standards,’The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 19, Macmillan, 2001, p. 795.
  2. 前掲書、p. 796.
  3. a’=392 をヴェルサイユ・ピッチと呼ぶ人がいるようですが、英語や仏語でこの語が使われているのを、まだ見たことがありません。
  4. 前掲書、p. 795.
  5. 同上。
31. 7月 2013 · (144) a’=440になるまで (2):カンマートーン はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

(104) a’=440になるまで (1):コーアトーンを書いてから早9ヶ月。「(61) 楽譜どおりに演奏してはいけない場合に『バロック時代は、現在に比べて低いピッチで楽器を演奏していました』と書いてあるのに、高いピッチの話しか無かった」とか、「バロック・ピッチってa’=415でしょ、全然触れていない!」などのご不満を解消すべく、今回はコーアトーン以外のバロック・ピッチ、カンマートーンについて書きます。

地域により時代により様々なピッチが使われていたことは既に書いたとおりですが、実は同じ時・同じ場所でも、音楽の種類によって異なるピッチが使われていました。カンマートーン Kammerton とはドイツ語で室内ピッチの意味。教会や劇場ではなく貴族や王の館の一室で演奏される、世俗音楽のピッチです。

もともとは、教会のオルガンのピッチであるコーアトーンよりも、カンマートーンの方が1全音(=2半音=長2度)ほど高かったようです1。しかし、17世紀後半以降、コーアトーンよりも1全音か1.5全音(=3半音=短3度)低いピッチのフランスの新しい木管楽器が、ドイツにも普及。このピッチがカンマートーンに(弦楽器は柔軟に対応可能なので)。カンマートーンの方がコーアトーンよりも低くなりました。

ピッチが違う楽器を、別々に演奏しているうちは良かったのです。オルガンやトロンボーンのような限られた楽器だけが使われていた教会の奏楽((42) 神の楽器? トロンボーン参照)に、世俗の楽器が入り込んできたとき、問題が起こりました。コーアトーンでチューニングされた教会の楽器と、カンマートーンでチューニングされた世俗の楽器をそのまま一緒に演奏したら、音が合いません。

ピッチの差を考えて、2種類の調を使う必要があります。バッハのカンタータ71番《神はわが王》がその1例(譜例1)2。スコアの上から順番に、トランペット3+ティンパニの祝祭楽器(?!)群と、16分音符がたくさん書かれたヴァイオリン2+ヴィオラ+ヴィオローネの弦楽器群は、調号が無いハ長調。ところが、オーボエ2+ファゴット、リコーダー2+チェロの6パートは、シャープ2つのニ長調で書かれています(丸印)。その下の合唱4部+通奏低音のオルガンはハ長調。つまり、

  1. 木管楽器はカンマートーンなので、コーアトーンの他の楽器よりもピッチが1全音低かった
  2. 同じハ長調で記譜すると変ロ長調が響き、複調の音楽になってしまう
  3. 同じハ長調の響きにするため、1全音高いニ長調で記譜した

実はこれ、移調楽器の扱いと同じ。クラリネットを思い浮かべてください。コーアトーンとカンマートーンが1全音違う地域では、バッハはカンマトーンの楽器をB管クラリネットを使うときのように1全音高い調に、短3度違う地域(ワイマール)では、A管を使うときのように短3度高い調に移調して書きました3

というわけで、「バロック時代はピッチが低かった」という認識では全体像を見誤り安いので、注意。ましてや、バロック時代は a’=415だったなんてとんでもなーい! 現在、古楽演奏で一般に使われるバロック・ピッチ a’=415は、便宜上(特にチェンバロのため)の数値に過ぎません。カンマートーンもコーアトーンも土地ごと教区ごとに異なっていたのですから、基準ピッチなど存在しませんでした。バロック時代に使われたピッチの1つカンマートーンは、現在よりもおよそ半音低かったと理解してください。

譜例1:バッハ作曲カンタータ《神がわが王 Gott ist mein König》BWV 71 (ミュールハウゼン, 1708)

譜例1:バッハ作曲カンタータ《神がわが王 Gott ist mein König》BWV 71 第1曲冒頭(ミュールハウゼン, 1708)

  1. B. Hynes, ‘Pitch, §1: Wetern Pitch Standards,’The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 19, Macmillan, 2001, p. 796.
  2. 橋本英二『バロックから初期古典派までの音楽の奏法』、音楽之友社、2005、208〜9ページ。
  3. Hynes, p. 794.
24. 10月 2012 · (104) a’=440になるまで (1):コーアトーン はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

音大でバロック音楽の講義中、オリジナル楽器によるバロック・ピッチの音源を使ったら、「なぜ、全て半音下げて演奏しているのですか?」と質問されました((61) 楽譜どおりに演奏してはいけない場合参照)。絶対音感を持つ学生には、「音が楽譜とずれていて気持ち悪い」と不評。私たちはすっかり、a’=440Hz(ヘルツ)という標準音に「洗脳」されています。でも、a’=440Hz――ト音記号第2間のラ(ピアノの真ん中のドの上のラ)は、1秒間に440回振動する音高(ピッチ)である――と定められたのは、1939年にロンドンで行われた国際会議でのこと。まだ70年ちょっとしか経っていません。

もともと、歌を歌うときに標準音など気にする必要はありませんでした。歌える高さで歌えば良いからです。グレゴリオ聖歌のネウマ譜にはヘ音記号とハ音記号が使われていますが((82) 1000年前の楽譜、ネウマ譜参照)、いずれも絶対音高とは関係ありません。

時代が下っても、標準音は必要ありませんでした。教会のオルガンに合わせて歌えば良いのです。オルガンのピッチがそれぞれ異なっていても構いません。この教会のオルガンを他の教会のオルガンと一緒に演奏するというような可能性はありませんでしたから。

教会のオルガンのピッチを、ドイツ語でコーアトーン Chorton(合唱ピッチ。コールトーンと表記されることもあります)と呼びます。もちろん、a’=いくつというような絶対的な値はありません。教会によって、オルガンによって、ばらばらでした。ただ、一般に(特にドイツでは)コーアトーンは高い傾向がありました。高いピッチのオルガンが多かったからですが、これは経済的な理由も1。低いピッチにするとより長いパイプが必要で、より多くのスズを使うことになるのです。

また、パイプを延長するのは難しかったので、パイプを短くしながら調律しました。そのため、調律するたびに、ピッチが上がっていきます。17世紀の末に、ヴェネツィアのサン・マルコ寺院のオルガンは、同市の他のオルガンよりも1全音(=2半音)高いと書かれているそうです2。ヴェネツィアの守護聖人に捧げられたこの寺院は行事も多く、オルガンの調律回数も多かったためでしょう。調律を繰り返して音が高くなり過ぎると、全部のパイプをそれぞれ半音上の音のパイプとして付け替え、最低音のパイプを新調しました3

教会内の温度によってもピッチは変わります。このように、標準音どころか楽器ごとに季節ごとに異なるピッチであっても、聖歌隊とオルガンだけで奏楽している間は問題は無かったのですが……。やがて、教会にヴァイオリンやコルネットなどの世俗の楽器が入り込むようになると、ピッチを統一する必要が生じました。この世俗のピッチ(また改めて書きます)が問題になるのは、バロック時代と古典派時代。それ以前の16世紀から17世紀初めまでは、特定の地域で集中的に楽器が製作されていた(最良の木管楽器はヴェネツィア、金管楽器はニュルンベルクで作られていました)ために、また1830年頃以降は産業革命による規格統一のため、ヨーロッパにおける楽器のピッチは(意外に)差が少なかったのだそうです4

  1. B. Hynes, ‘Pitch, §1: Wetern Pitch Standards,’The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 19, Macmillan, 2001, p. 797.
  2. 橋本英二『バロックから初期古典派までの音楽の奏法』、音楽之友社、2005、206ページ。
  3. 同上。
  4. Hynes, p. 794.