12. 11月 2014 · (211) リトルネッロ形式 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

おかげさまで、2010年11月9日に始めた聖フィル♥コラム、4年目に突入! いつも読んでくださる皆さま、今、初めて読んでくださっている皆さま、どうもありがとうございます。前回、リピエーノ・コンチェルトについて書きながら((210)《オケコン》のルーツ参照)、まだリトルネッロ形式を説明していないことに気づきました。200以上書いたのに、バロック・コンチェルト(ソロ・コンチェルトと、複数の独奏楽器のためのコンチェルト・グロッソ両方)に使われたリトルネッロ形式のコラムが無かったなんて。反省!

リトルネッロは、イタリア語の名詞 ritorno(「戻ること」、動詞は ritornare)に縮小辞 –ello がついた形で、「小さな反復」の意味。1600年頃から、有節アリアの前、間、後などに奏される器楽曲を指すようになりました1。初め、リトルネッロはアリアと分かれていて、登場人物の入退場や舞踏シーン、場面転換などに使われました。17世紀半ば頃、リトルネッロとアリア(の反復)は途切れない一続きに。多くの場合、両者は音楽的に関連させて作られました。

協奏曲にこのリトルネッロ技法が使われるようになったのは、1700年頃。独奏者のためのエピソード部分と、トゥッティ(全合奏)によるリトルネッロの交代が繰り返されます。アリアの場合と同様、エピソード部分ではしばしば、リトルネッロの音型やその一部、装飾形などが使われます。

バロック協奏曲の「急」楽章(つまり第1楽章と第3楽章)は、リトルネッロで始まりリトルネッロで終わるのがお約束。一方、エピソードの数は自由。R1― E1― R2― E2― R3….. という具合に、好きなだけ入れることができます。冒頭のリトルネッロはフル・バージョンですが、それ以外は短縮バージョンが普通。みんなが聴きたいのはソロ。リトルネッロであまりお待たせしてはいけません。

何回くらい反復されるのか、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲《秋》op. 8, no. 3, RV 293の第1楽章で数えてみましょう。リトルネッロで始まり(R1)、そのリトルネッロを使った最初のエピソード E1(0:27くらい〜)― R2(0:54〜)― E2(1:03〜)― R3(2:01〜)― E3(2:21〜)― R4(2:47〜)― E4(3:18〜)― R5(4:28〜)。4つのエピソードを挟んで、リトルネッロは5回のようですね。エピソードを全部の楽器で伴奏したり、エピソードの途中にリトルネッロの音型で合いの手が入ったりすることもありますが、トゥッティとソロというよりも、リトルネッロとエピソードの交代と考えてください。

  1. Talbot, Michael, ‘Ritornello,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 21, Macmillan, 2001, pp. 446-47.
29. 5月 2013 · (135) トリオはトリオじゃなかった? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

ついこの前、トリオはトリオだった (133) と言っていたのに、今度は逆か、嘘つき!とお怒りの皆さま、すみません。あれは交響曲のトリオの話。第3楽章の中間部トリオのもとをたどると、3重奏で作曲されることも多かった、バロック時代の2つ目の舞曲(第2メヌエットなど)へ行き着きます。でも同じ頃、3重奏ではないトリオも存在していました。今回はそのお話。

バロック時代の最も重要な室内楽形式、トリオ・ソナタ。器楽の中でおそらく最も人気が高く、アマチュアを中心にヨーロッパ中で盛んに演奏されました。編成は、旋律楽器2つと低音楽器(譜例1参照)。イタリアでは17世紀後半から、旋律楽器として専らヴァイオリンが使われましたが、ドイツでは管楽器も好まれ、オーボエ、フルート、リコーダー、ファゴット、コルネットなどが用いられました。低音楽器は、チェロやヴィオラ・ダ・ガンバ、ヴィオローネ(コントラバスのご先祖様)などです。

譜例1:コレッリ作曲トリオ・ソナタ op. 1, no. 1, 第1楽章

譜例1:コレッリ作曲トリオ・ソナタ op. 1, no. 1, 第1楽章冒頭

トリオ・ソナタの音楽的な特徴は、3つの声部、特に2つの上声が音楽的にほぼ対等だったこと。現在のオーケストラ曲や室内楽曲では、ファースト・ヴァイオリンの方がセカンド・ヴァイオリンよりも音域が高いので、ファーストが旋律、セカンドが和声付けあるいは伴奏ということが多いですよね。トリオ・ソナタでも同様ですが、ときには1つのメロディーを2つの旋律楽器が代わる代わる弾いたり、途中でセカンドの音域がファーストより高くなって、メロディーを受け持ったりしました。

でもこれなら、トリオ・ソナタも3重奏でトリオ? いいえ、(132) 楽譜どおり演奏しても足りない場合をお読みの方は、低音声部の上に書かれた6や7などの数字にお気づきですよね。そうです。これは、和音の種類を示す数字。バロック時代の伴奏法、通奏低音です。通奏低音では、低音旋律楽器以外にハープシコードやオルガンのような鍵盤楽器が必要。左手で低音旋律を弾きながら、数字を読み解いて右手で和音を充填して行くのです。したがって、譜例1のトリオ・ソナタを演奏するには、奏者が4人必要1

トリオ・ソナタとは3重奏のソナタではなく、譜例1のように、独立した3つの声部から成るソナタという意味。奏者は4人と限りません。バッハのオルガン用トリオ・ソナタは、1人用(両手+足鍵盤で3声)。同じくバッハの、オブリガート・チェンバロ(両手の旋律が作曲された=即興で右手の和音を補う通奏低音ではないチェンバロ・パート)を伴う独奏楽器ソナタ(フルート用やヴァイオリン用など)は、2人用(独奏楽器1+チェンバロの両手で3声)。トリオが、3重奏つまり3つの楽器編成を意味するようになるのは、古典派以降です。

  1. (133) トリオはトリオだったで例に挙げた中で、リュリの《アルミード》とバッハの《ブランデンブルク協奏曲》第1番のトリオ部分は、3人で演奏する3重奏ですが、《ペルセ》のトリオ部分(第2パスピエ1回目と2回目)は通奏低音付き。4人で演奏します。
12. 5月 2013 · (133) トリオはトリオだった はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

交響曲の第3楽章は、メヌエットでもスケルツォでも、AーBーAの形で作られることが多いですね。中間部分Bはトリオと呼ばれ、その後にA部分がダ・カーポ(イタリア語で「頭から」=冒頭に戻る)されます。でも、第3楽章の中間部分って、3重奏ではありませんよね。どうしてトリオと呼ばれるのでしょうか。

17世紀、バロック舞踏のステップ・パターンをひと通り終えるためには、かなりの長さの曲が必要でした。たとえばメヌエットの一連の動作には、120小節もの音楽が必要だったそうです1。しかし、メヌエットにしてもガヴォットにしてもサラバンドにしても、舞曲はそれほど規模の大きいものではありません。1つの曲を踊りが終わるまで何度も何度も繰り返すのでは、踊る人も伴奏する人もつまらない。やがて、同じ舞曲がもう1つ加えられ、最初の曲がそのあとで繰り返されるようになりました。編成や響きが異なる2曲を交代させれば、変化を楽しむことができます。

第2舞曲を3重奏で作曲したのは、リュリ(あの、重い杖を床に打ちつけながら指揮していたときに、誤って自分の足を打ち、その怪我がもとで亡くなった人((18) 「赤ちゃん交響曲」誕生まで参照)。叙情悲劇《アルミード》(1686)のプロローグで、第1メヌエットを弦5声部で作曲する一方、第2メヌエットは2本のオーボエとファゴット用に。《ペルセ》(1682)でも、3声部の第2パスピエを作り、1回目はオーボエ2本とファゴット、2回目はソプラノ2人と通奏低音((132) 楽譜どおり演奏しても足りない場合参照)という異なった組み合わせを指定2。2交代5部構成(A – B – A – B’ – A)で、踊りに十分な長さにしたのです。第2舞曲が3重奏ではなく2重奏や4重奏で作られるときもありましたが、それでもトリオと呼ばれました。

バッハは《ブランデンブルク協奏曲》第1番の第2メヌエット(=トリオ)を、リュリと同じ3重奏編成(オーボエ2とファゴット)にしました。さらに、異なる3重奏編成(ホルン2とオーボエ・ユニゾン)用の2拍子のトリオや、弦楽器のみのポラッカ(=ポロネーズ。メヌエットと違う舞曲!)もはさんで、M – T1 – M – P – M – T2 – M の7部構成に3。舞踏の伴奏音楽ではありませんから、多様性のためでしょう。

初期は3楽章構成だった交響曲の第3楽章としてメヌエットが取り入れられたのは、おもしろみの少ない交響曲を少しでも楽しんでもらうための聴衆サービスでしたね((87) 流行音楽メヌエット。それをベートーヴェンがスケルツォに置き換えたのでした((101) メヌエットからスケルツォへ参照)。実用的な舞曲と同じ、「第1メヌエット – 第2メヌエット – ダ・カーポして第1メヌエット」という形や、第2メヌエットがトリオと呼ばれる慣習が、交響曲に持ち込まれたのも当然。

トリオを2回繰り返して A – B – A – B – A にしたり(ベト7など。《運命》については((81) 音楽における冗談参照)、2種類のトリオで A – B – A – C – A にしたり(シューマンなど)、トリオ部分の拍子を変えたり(《田園》など)するのも、バロック時代に前例があるのですね。また、通常はメヌエットよりも薄い編成で作られたり、弦楽器よりも管楽器を活躍させて趣を変えること(《エロイカ》のホルン3重奏が好例)も、バロック時代からの流れでした(この概念は20世紀でも続きます)。というわけで、現在は名称と概念しか残っていないものの、交響曲第3楽章のトリオの大元は本当に3重奏だったというお話でした。

  1.  Schwandt, Erich, “Trio” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25. Macmillan, 2001, p. 743.
  2. (135) トリオはトリオじゃなかった?註1を参照のこと(13/06/01追記)。
  3. M: メヌエット(ホルン2、オーボエ3、ヴァイオリン2、ヴィオラ、通奏低音)。T1: 第1トリオ(オーボエ2とファゴット)。P: ポラッカ(弦、3/8拍子)。T2: 第2トリオ(ホルン2とオーボエのユニゾン、2/4拍子)。
08. 5月 2013 · (132) 楽譜どおりに演奏しても足りない場合:通奏低音 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,
譜例1:Corelli 作曲 Concerto Grosso op. 8, no. 6

譜例1 コレッリ:コンチェルト・グロッソ op. 6-8(クリックで拡大します)

季節外れですみませんが、譜例1は(59) クリスマスに聴きたい音楽 part 3(61) 楽譜どおり演奏してはいけない場合:バロック音楽の付点リズムでご紹介した、アルカンジェロ・コレッリ作曲《クリスマス・コンチェルト》原典版スコアの冒頭。上3段は独奏楽器であるヴァイオリン2つとチェロ((61) 譜例1はこの部分)、下4段は伴奏楽器群(ヴァイオリン2つとヴィオラ、バス)。この6小節間は、1番上と4段目のヴァイオリン I、上から2段目と5段目のヴァイオリン II、チェロとバスの楽譜は、それぞれ全く同じです。

コレッリが書いた7パートを演奏すれば音楽が完成するか? 実はこれだけでは足りません。CDを聴きながら耳を澄ますと、チャカチャカとかポロポロとか、弦楽器以外の音が聴こえます。そう、バロック音楽にはチェンバロ(ピアノのご先祖さまの鍵盤楽器。英語ではハープシコード)が付きもの。でも、スコアにはチェンバロ・パートはありませんね。どこを弾くの?

答えは、1番下のバス・パート。これはコントラバスのバスではなく、Basso Continuo (イタリア語。バッソ・コンティヌオと読みます)のバス。継続される低い音ということで、日本語では通奏低音と呼びます。バロック時代の特殊な伴奏法で、コラムでも既に(詳しい説明をしないまま)何度も使いました。この1番下のパートは、チェロやファゴット、ヴィオラ・ダ・ガンバなどの低音旋律楽器が弾くパートで、チェンバロ奏者も左手で弾きます。

右手で弾くべき楽譜はありません。右手も左手と同じ音をユニゾンで弾く……わけではなく、右手は遊んでいる……わけでもなく、右手は左手の低音旋律に合う和音を即興で弾くのです。譜例1のように、多くは弾くべき和音が数字で示されます。ジャズなどで使うコード・ネームのようなものですね。

譜例1の数字の読み方を簡単に説明します。数字が書かれていない場合は、右手で低音の3度上と5度上の音を弾きます(たとえば1小節目のソにはシ♭とレ)。6と書かれていたら、3度上と6度上の音(たとえば3小節目のシ♭の上には、レとソ)。縦に56と書かれていたら、3度上と5度上と6度上の音(たとえば3小節目の2拍目のシ♮には、レファソ)。いずれも、左手の音も弾いてオーケー。また即興ですから、弾きやすい音域の弾きやすい形で弾きます。たとえば1小節目のソシ♭レの和音は、レシ♭でもシ♭レでもシ♭レソでもレソシ♭でも構いません。

数字に♯♭♮が付いていたら、臨時記号に従ってその数字の音を半音変化させます。♯の代わりに+がついたり、2小節目のように数字に重ねて斜線が書かれることもあります(2小節目ラの上に弾く音は、6♯なのでファ♯とド)。数字が無いところに♯♭♮が書かれていたら、3度上の音を変化させよという意味。

もちろん、指定された和音を延ばすだけではなく、主旋律をまねしたり合いの手を入れたり、長い音符を分散和音で飾ったり、和音の中で自由に即興します。ハープシコード以外に、オルガンやリュートも使われました。通奏低音は記譜の手間が省けますし、楽器によって異なる特徴を活かした伴奏ができます。

というわけで、バロック時代の作曲家はチェンバロ・パートを作曲しませんでした1。現在の演奏用パート譜に含まれるチェンバロの楽譜は、校訂者が(数字から)和音を補ってくれたもの。一つの例に過ぎませんから、時代様式に合う趣味の良い内容であれば、自分なりの即興に変えて弾いてもよいのです。通奏低音はバロック時代のあらゆる編成の曲に使われましたが、古典派の時代になると衰退してしまいました。

  1. チェンバロをオブリガート楽器として使ったり、協奏曲の独奏楽器として使った場合を除く。
07. 2月 2013 · (119) わくわくドキドキ、クレッシェンド はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

イタリア語の動詞 crescere(成長する、増大する)の動名詞形クレッシェンド crescendo、cresc. は「だんだん強く」。反対の「だんだん弱く」は、デクレッシェンド(decrescere:減少する、低下する)あるいはディミヌエンド(diminuire:減る)ですね。松葉型の記号も使われます。

このような奏法は、バロック時代には一般的ではありませんでした。この時代の強弱法は、原則としてテラス型(Terassendynamik)。たとえば協奏曲では、全合奏の部分と、独奏者と通奏低音(バロック時代の伴奏方法)奏者のみで演奏する部分で、フォルテとピアノが交代します(図1A)。フーガ書法が用いられる場合は、パートが増えるにつれて段階的に音量が増えます(図1B)。

図1:テラス型強弱法のイメージ

図1:バロック音楽のテラス型強弱法のイメージ

「だんだん」変化するクレッシェンドを意識的かつ効果的に使ったのが、プファルツ選定候の宮廷が置かれたマンハイムで活動した作曲家たち。1743年に候を継承したカール・テオドールは、科学や商業はもちろん芸術のパトロンとして有名で、マンハイムには多くの優れた音楽家が集まりました。 (115) 愛の楽器? クラリネット (2) で書いたように、早い時期からオーケストラにクラリネットが加わっています。

譜例1:ヨハン・シュターミッツ、シンフォニーアニ長調第1楽章

譜例1:ヨハン・シュターミッツ、シンフォニーア ニ長調 第1楽章

彼らはシンフォニーア(初期の交響曲。(15) 交響曲の成長期など、交響曲の誕生シリーズ参照)で、いわゆるマンハイム・クレッシェンドを使いました。中・低音楽器が持続音で支える上で、急激に音量を増やしながら旋律線が上昇し、フォルティッシモに達します(譜例1参照。ここでは楽器数を増やしながらクレッシェンドしています)1

「交響曲」は協奏曲や独唱などと異なり、ソリストたちの妙技を楽しめません。いわば伴奏だけの音楽。観客をいかにして惹きつけるかが、作曲家の腕の見せ所です。マンハイム・クレッシェンドは実に単純な「しかけ」ですが、聴いていてわくわく、次はいつかとドキドキ、始まるとキター!

このような強弱法は、マンハイム宮廷歌劇場の中心演目であったヨンメッリ(1714〜74)などのイタリア・オペラの序曲に前例があり、彼らのオリジナルではありません。でも、規模が大きく名手の多いマンハイム宮廷楽団が演奏することで、より表情豊かで劇的な効果が生まれたのです。「クレッシェンドのダイナミックな力に我を忘れた聴衆は、次第に席から立ち上がった。ディミヌエンドは彼らの呼吸を奪わんばかりであった」そうです2

譜例1のシンフォニーアを聴いてみましょう。フォルテの和音連打で始まり、すぐに譜例1のクレッシェンド主題(ソナタ形式が整う前なので、第1主題とは呼ばないことにします)が続きます。フォルテの和音の後ですから、ピアノから始まるクレッシェンドがいっそう引き立ちます。これと対照的な優雅な新主題は、属調のイ長調(0:53)。クレッシェンド主題は、属調(1:18)と主調(2:30)で、計3回登場。音楽的なまとまりを感じさせる役目も果たしています。

  1. 動画のように、op. 3, no. 2 と呼ばれることが多いようですが、これは再版(1757年)の作品番号。初版(同じ1757年)は op. 2 です。
  2. 石多正男『交響曲の生涯』、東京書籍、2006、133ページ(著者名や資料名無しの引用)。
23. 1月 2013 · (117) ヴィブラートは装飾音だった (1) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

作品が作られた当時の演奏習慣を用いるピリオド奏法。「その時代の」という意味ですね。ロジャー・ノリントンらの指揮によって、ピリオド奏法の特徴のひとつとしてかなり広く知られるようになったのが、ノン・ヴィブラート奏法(ここでは、ヴィブラートを全く使わないだけではなく、あまり使わない奏法を含めてこの語を使います)です。しかし、たとえばベートーヴェンの時代になぜ弦楽器をノン・ヴィブラートで演奏していたのか、理由をご存知でしょうか。ヴィブラートはもともと、特別な理由が存在する場合にのみ用いるものだったからです1

中世初期から記述が残るヴィブラート。バロック時代には、ある種の情緒を表現するために使われました。「恐れ」「冷たさ」「死」「眠り」「悲しみ」、あるいは「優しさ」「愛らしさ」などです2。歌詞を持つ声楽曲のみならず器楽曲においても、このような情緒を強調するためにヴィブラートを使うことが許されました。つけても良いのは、アクセントがある長い音だけ。装飾音の一種と捉えられていたのです。音を豊かにするためという現在の目的とは、全く違いますね。

ヴィブラートやグリッサンドのような特別な「装飾」は、アンサンブルではなく独奏に必要なもの3。教本や、フランスの愛好家向け楽譜などに、波線や「x」などでヴィブラートの指示が記入された例もありますが、ごくわずか。どの音につけるかは、演奏家の解釈次第です。ただ、ギターやリュート等の撥弦楽器のための曲においては、情緒とは関係なしに、音の長さを延長する手段としてヴィブラートが許されていました4

18世紀半ば以降は、「甘美さ」などの肯定的な意味あいで捉えられるようになります。ほとんどの音(少なくともほとんどの長い音)にヴィブラートを使う演奏家もいて、レオポルト・モーツァルトは彼の『ヴァイオリン奏法(1756)』第11章「トレモロ、モルデント、その他即興の装飾音について」の中で、以下のように諌めています。

トレモロ(訳注:ヴィブラート)は、『自然の女神』が生んだ装飾音で、長い音に魅力的に使うことができ、優れた器楽家のみならず、賢明な歌い手によっても使われます。(中略)全ての音をトレモロで弾くのは間違いです。演奏者の中には中風持ちのように全ての音を絶え間なく震えされている人がいます。(中略)曲の終わり、または、長い音符で終わるパッセージの終わりでは、例えばピアノ(Flügel、Clavichord)で弾いたような場合、その音は明らかに後までずっと響き続けます。従って、最後の音、または、長く保持される音はトレモロで装飾します5

それならフレーズの最後に入れるトリルのようなつもりで、それ以外の音にはヴィブラートを使わなければ良いんでしょ……という単純な話ではないようです。レオポルトと同時代に、異なる記述を残したヴァイオリニストもいました。次週に続く。

  1. 小林義武『バッハ 伝承の謎を追う』春秋社、1995、p. 91。
  2. Moens-Haenen, Greta, ‘Vibrato,’  New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 26, Macmillan, 2001, p. 524. このメーンス=ヘーネンの研究によって、バロック時代のヴィブラートの状況が明らかにされたのですが、彼女の Das Vibrato in der Musik des Barock(Akademische Druck- und Verlagsanstalt, 1988)が、日本語訳はおろか英訳もされていないのは残念です。
  3. 同上。
  4. 小林、同上。
  5. モーツァルト、レオポルト『バイオリン(ママ)奏法』塚原晢夫訳、全音楽譜出版社、1974、p. 177。
29. 12月 2011 · (61) 楽譜どおりに演奏してはいけない場合:バロック音楽の付点リズム はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

私たちにとって楽譜とは、書き付けられた作曲家の意図を、そのとおりに再現すべきもの。でも、例外もあります。今回は、楽譜どおりの演奏が正しくない場合についてです。

譜例1は、(59) でご紹介したコレッリのクリスマス・コンチェルトの原典版スコア1。フラットが1つ足りない調号や2つ並んだ拍子記号など、現代の書き方と違っていておもしろいですね。これを見ながら、 (59) でもご紹介した動画を聴いてみてください。楽譜と違うところがあります。

譜例1 コレッリ:コンチェルト・グロッソ op. 6-8、原典版、冒頭ソロ声部

譜例1 コレッリ:コンチェルト・グロッソ op. 6-8、原典版、冒頭ソロ声部

まず、ピッチが違いますね。バロック時代は、現在に比べて低いピッチで楽器を演奏していました(バロック・ピッチについては、改めて書くつもりです)。他には? 3小節目に注意して聴いてみてください。最後の八分音符が、八分音符の長さよりも短く演奏されています。これは、わざとそう弾いているのです。

バロック時代の音楽には、楽譜どおりに演奏すべきではない場合があります。その代表例が、クラヴサン(=フランス語でチェンバロ)音楽で用いられる、イネガル(=不均等)奏法。同じ長さの音符、たとえば八分音符が6つ記されていても、譜例2の下声のように長短または短長を付けて不均等に演奏します。

譜例2 付点とイネガル奏法

譜例2 付点とイネガル奏法

その影響で、「付点の音型では、長い音符をより長く、短い音符をより短く弾く」という習慣がありました。譜例2では、上声と下声が同時に最後の音を出すべきだからです2。付点の代わりにタイや休符が使われていても構いません。譜例1の3小節目は、八分休符で音を切らずにそのまま前の音を延ばしていると、譜例2の上声と同じ形になります。複付点の記譜法が知られていなかったこの時代。付点を複付点のように演奏するのは常識でしたから、説明を加える必要もありませんでした。

楽譜どおりに弾く時代になると、このような伝統は途絶えてしまいました。しかし、17、18世紀に記された音楽理論書や教育書の研究によって、当時の演奏実態が解明できます。最近では、この動画のようなオリジナル楽器を使う団体に限らず、現代楽器のオーケストラやアンサンブルでも、作曲家が生きた時代の演奏習慣を研究し、それを取り入れて演奏する団体が増えて来ました。音楽学者として、嬉しく思います。

バロック音楽の演奏法は例外も多く複雑ですが、ご興味がある方はまず、18世紀の「3奏法」と呼ばれるクヴァンツの『フルート奏法』(1752)、C. P. E. バッハの『クラヴィーア奏法』(1753 & 1762)、L. モーツァルトの『ヴァイオリン奏法』(1756)をご覧ください。いずれも日本語訳が出ています3

  1. Corelli: Concerti Grossi for 2 Violins, Violoncello, Strings and Basso continuo, op. 6/1-12, New Urtext Edition. Eulenburug, 1997, p. 176。初版(1714)を主要資料にしています。
  2. このような下声が無くても、同様に奏されます。ウヴェルチュールの冒頭では、付点音符で記されていても、実際には複付点以上の長さで演奏されることもありました。
  3. 付点の奏法についても、『フルート奏法試論』(シンフォニア、1976)51-2ページ、『正しいクラヴィーア奏法』(全音、2,000)第1部131-2ページ、『バイオリン奏法』(全音、1974)29-30ページで述べられています。