21. 1月 2015 · (221) パッサカリアについて:バッハとブラームス はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

パッサカリアと言われると、ブラームスの交響曲第4番を思い浮べるオケ奏者やオケ・ファンの方が多いと思います。CD解説などに、この曲の第4楽章がシャコンヌまたはパッサカリアの形で作られていると、書いてありますよね。どういうことか、ご存知ですか。

ブラームスは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハのカンタータ150番《主よ、わが魂は汝を求め Nach dir, Herr, verlanget mich》第7曲〈わたしの苦難の日々を Meine Tage in dem Leide〉の低音旋律をモデルにしました。この曲はチャッコーナ。イタリア語でシャコンヌのことです。シャコンヌは、3拍子の緩やかなテンポの舞曲。低音旋律に基づく変奏曲で、バロック時代にはパッサカリアとほぼ同義に使われました 1

ロ短調の主音シから順番に5度上行しオクターヴ下がる、シ−シ−ド♯−ド♯−レ−レ−ミ−ファ♯−ファ♯。低声部はこの4小節パターンを何度も繰り返しながら、ニ長調、嬰ヘ短調、イ長調、ホ長調に転調します。ロ短調に戻り、最後はミ−ファ♯−ファ♯の後に主音シが続いて終了。このしつこく繰り返される低音、バッソ・オスティナート(イタリア語で「がんこな低音」の意)の上で、旋律や和声、リズムが変わっていきます。

ブラームスはこの低音旋律の最後に主音を付け加えて、1回毎に完結する形にしました。さらに、ロマン派的にアレンジ。オクターヴ跳躍の前に1音加えてラ−ラ♯−シの半音進行に。この8音1フレーズを、バスだけではなく旋律や和音の中で繰り返します。変奏主題として最初に上声で提示されるときも、主和音で始まらないなど19世紀的。メロディーやハーモニー、リズムやオーケストレーション、時にはテンポも変わっていきますが、8小節パターンを律儀に繰り返すのはバッハのチャッコーナと同じです。

バッハの音源をあげます2。バッソ・オスティナートが何回繰り返されるか、数えてみてください。嬰ヘ短調に転調するあたりで急にメロディーが半音下がり、違和感をおぼえる部分があります(0:56くらい)。歌詞「茨(いばら)」の不快さを、音楽で表現しているのです。その前のニ長調部分で、細かく動くたくさん音をひとつのシラブルで歌う(0:33くらいから)部分は、歌詞「喜び」のうれしさの表現でしょう。バッハは、歌詞の言葉と音楽を密接に結びつけて作曲しています。ロ短調よりもピッチが高いのは、彼らがコーアトーンを使っているということですね((104) a’=440になるまで(1):コーアトーン参照)。

  1. 金沢正剛「パッサカリア」『音楽大事典4』音楽之友社、1982、1863−64。
  2. 歌詞:わたしの苦難の日々を神は喜びに変えて終わらせてくださる、茨の道を歩むキリストの者たちを天の御力と祝福が導かれる。神がわたしの真の守りであられるかぎり、人に逆らわれることなど気にしない。キリストはわれらをかたわらで支えられ、日々、わたしの戦いの勝利を助けられる。
07. 8月 2013 · (145) a’=440になるまで (3):フランスは低かった はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

バロック・ピッチ、ドイツ((104)  (143))に続いて、今回はフランスについて。1680年以前にフランスで作られたパイプオルガンは、a’=388〜396Hz1。低いですね。したがって、礼拝堂ピッチ ton de chapelle と現在の標準音高の差は、2半音(=1全音)でした。

17世紀後半にできたパリ・オペラ座でも、同じ(低い)ピッチがオペラ座ピッチ ton de l’opera と名前を変えて使われました。フランスやオペラにかぎらず、歌い手にとってピッチは低ければ低いほどありがたいはず。現在のラは、オペラ座ピッチならシ。シまで出ると言う方が、ラまでよりも聞こえが良いですし。

木管楽器のピッチは高かったのですが、教会では使われなかったので問題ありませんでした。でも、新しいオペラ座のオーケストラに木管楽器を入れたい! → ピッチが合わない! → 設計し直さなければ!ということに。オペラ座が、オペラ座ピッチの楽器を揃えていて、奏者に貸し出した可能性もあります2

一方、世俗曲は? 「太陽王」ルイ14世の時代の室内ピッチ(宮廷ピッチ) ton de la chambre は、現在よりもおよそ1.5半音低い a’=404 くらいだったようです。現存する当時のフランスの木管楽器、オルガン、民俗楽器の多くから、これくらいの高さの音が出ます(同時代のイギリスでも、コンソート・ピッチと呼ばれるこの高さが支配的でした)。

ただ、オペラ座ピッチの木管楽器も残っているので、現在より1.5半音低い室内ピッチと2半音低いオペラ座ピッチが並行して用いられたのでしょう。現在、フランスのいわゆるバロック時代の音楽を演奏する際に、a’=392(a’=440 で12平均律の場合の、ラより2半音低いソのピッチ)が使われることがありますが、カンマートーンとして a’=415(同じくラより半音低いラ♭のピッチ)を使うのと同様、便宜上の数値であることを忘れないでください3

18世紀半ば、フランスにヴェネツィアの新しいピッチが到来。イタリアでは教会のオルガンに、高いピッチ(a’=464くらい)が使われていたのですが、1740年ころヴェネツィアで、それまでより半音低い、現在とほぼ同じピッチのオルガンが製作されるようになったのです4。ヴェネツィアの聖歌隊ピッチ corista Veneto と呼ばれるこの音高が他の楽器にも取り入れられ、18世紀末までにヨーロッパ中に広まりました。現在の標準 a’=440 は、このヴェネツィアのピッチに由来するとも考えられるそうです 5

  1. B. Hynes, ‘Pitch, §1: Wetern Pitch Standards,’The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 19, Macmillan, 2001, p. 795.
  2. 前掲書、p. 796.
  3. a’=392 をヴェルサイユ・ピッチと呼ぶ人がいるようですが、英語や仏語でこの語が使われているのを、まだ見たことがありません。
  4. 前掲書、p. 795.
  5. 同上。
31. 7月 2013 · (144) a’=440になるまで (2):カンマートーン はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

(104) a’=440になるまで (1):コーアトーンを書いてから早9ヶ月。「(61) 楽譜どおりに演奏してはいけない場合に『バロック時代は、現在に比べて低いピッチで楽器を演奏していました』と書いてあるのに、高いピッチの話しか無かった」とか、「バロック・ピッチってa’=415でしょ、全然触れていない!」などのご不満を解消すべく、今回はコーアトーン以外のバロック・ピッチ、カンマートーンについて書きます。

地域により時代により様々なピッチが使われていたことは既に書いたとおりですが、実は同じ時・同じ場所でも、音楽の種類によって異なるピッチが使われていました。カンマートーン Kammerton とはドイツ語で室内ピッチの意味。教会や劇場ではなく貴族や王の館の一室で演奏される、世俗音楽のピッチです。

もともとは、教会のオルガンのピッチであるコーアトーンよりも、カンマートーンの方が1全音(=2半音=長2度)ほど高かったようです1。しかし、17世紀後半以降、コーアトーンよりも1全音か1.5全音(=3半音=短3度)低いピッチのフランスの新しい木管楽器が、ドイツにも普及。このピッチがカンマートーンに(弦楽器は柔軟に対応可能なので)。カンマートーンの方がコーアトーンよりも低くなりました。

ピッチが違う楽器を、別々に演奏しているうちは良かったのです。オルガンやトロンボーンのような限られた楽器だけが使われていた教会の奏楽((42) 神の楽器? トロンボーン参照)に、世俗の楽器が入り込んできたとき、問題が起こりました。コーアトーンでチューニングされた教会の楽器と、カンマートーンでチューニングされた世俗の楽器をそのまま一緒に演奏したら、音が合いません。

ピッチの差を考えて、2種類の調を使う必要があります。バッハのカンタータ71番《神はわが王》がその1例(譜例1)2。スコアの上から順番に、トランペット3+ティンパニの祝祭楽器(?!)群と、16分音符がたくさん書かれたヴァイオリン2+ヴィオラ+ヴィオローネの弦楽器群は、調号が無いハ長調。ところが、オーボエ2+ファゴット、リコーダー2+チェロの6パートは、シャープ2つのニ長調で書かれています(丸印)。その下の合唱4部+通奏低音のオルガンはハ長調。つまり、

  1. 木管楽器はカンマートーンなので、コーアトーンの他の楽器よりもピッチが1全音低かった
  2. 同じハ長調で記譜すると変ロ長調が響き、複調の音楽になってしまう
  3. 同じハ長調の響きにするため、1全音高いニ長調で記譜した

実はこれ、移調楽器の扱いと同じ。クラリネットを思い浮かべてください。コーアトーンとカンマートーンが1全音違う地域では、バッハはカンマトーンの楽器をB管クラリネットを使うときのように1全音高い調に、短3度違う地域(ワイマール)では、A管を使うときのように短3度高い調に移調して書きました3

というわけで、「バロック時代はピッチが低かった」という認識では全体像を見誤り安いので、注意。ましてや、バロック時代は a’=415だったなんてとんでもなーい! 現在、古楽演奏で一般に使われるバロック・ピッチ a’=415は、便宜上(特にチェンバロのため)の数値に過ぎません。カンマートーンもコーアトーンも土地ごと教区ごとに異なっていたのですから、基準ピッチなど存在しませんでした。バロック時代に使われたピッチの1つカンマートーンは、現在よりもおよそ半音低かったと理解してください。

譜例1:バッハ作曲カンタータ《神がわが王 Gott ist mein König》BWV 71 (ミュールハウゼン, 1708)

譜例1:バッハ作曲カンタータ《神がわが王 Gott ist mein König》BWV 71 第1曲冒頭(ミュールハウゼン, 1708)

  1. B. Hynes, ‘Pitch, §1: Wetern Pitch Standards,’The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 19, Macmillan, 2001, p. 796.
  2. 橋本英二『バロックから初期古典派までの音楽の奏法』、音楽之友社、2005、208〜9ページ。
  3. Hynes, p. 794.
24. 10月 2012 · (104) a’=440になるまで (1):コーアトーン はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

音大でバロック音楽の講義中、オリジナル楽器によるバロック・ピッチの音源を使ったら、「なぜ、全て半音下げて演奏しているのですか?」と質問されました((61) 楽譜どおりに演奏してはいけない場合参照)。絶対音感を持つ学生には、「音が楽譜とずれていて気持ち悪い」と不評。私たちはすっかり、a’=440Hz(ヘルツ)という標準音に「洗脳」されています。でも、a’=440Hz――ト音記号第2間のラ(ピアノの真ん中のドの上のラ)は、1秒間に440回振動する音高(ピッチ)である――と定められたのは、1939年にロンドンで行われた国際会議でのこと。まだ70年ちょっとしか経っていません。

もともと、歌を歌うときに標準音など気にする必要はありませんでした。歌える高さで歌えば良いからです。グレゴリオ聖歌のネウマ譜にはヘ音記号とハ音記号が使われていますが((82) 1000年前の楽譜、ネウマ譜参照)、いずれも絶対音高とは関係ありません。

時代が下っても、標準音は必要ありませんでした。教会のオルガンに合わせて歌えば良いのです。オルガンのピッチがそれぞれ異なっていても構いません。この教会のオルガンを他の教会のオルガンと一緒に演奏するというような可能性はありませんでしたから。

教会のオルガンのピッチを、ドイツ語でコーアトーン Chorton(合唱ピッチ。コールトーンと表記されることもあります)と呼びます。もちろん、a’=いくつというような絶対的な値はありません。教会によって、オルガンによって、ばらばらでした。ただ、一般に(特にドイツでは)コーアトーンは高い傾向がありました。高いピッチのオルガンが多かったからですが、これは経済的な理由も1。低いピッチにするとより長いパイプが必要で、より多くのスズを使うことになるのです。

また、パイプを延長するのは難しかったので、パイプを短くしながら調律しました。そのため、調律するたびに、ピッチが上がっていきます。17世紀の末に、ヴェネツィアのサン・マルコ寺院のオルガンは、同市の他のオルガンよりも1全音(=2半音)高いと書かれているそうです2。ヴェネツィアの守護聖人に捧げられたこの寺院は行事も多く、オルガンの調律回数も多かったためでしょう。調律を繰り返して音が高くなり過ぎると、全部のパイプをそれぞれ半音上の音のパイプとして付け替え、最低音のパイプを新調しました3

教会内の温度によってもピッチは変わります。このように、標準音どころか楽器ごとに季節ごとに異なるピッチであっても、聖歌隊とオルガンだけで奏楽している間は問題は無かったのですが……。やがて、教会にヴァイオリンやコルネットなどの世俗の楽器が入り込むようになると、ピッチを統一する必要が生じました。この世俗のピッチ(また改めて書きます)が問題になるのは、バロック時代と古典派時代。それ以前の16世紀から17世紀初めまでは、特定の地域で集中的に楽器が製作されていた(最良の木管楽器はヴェネツィア、金管楽器はニュルンベルクで作られていました)ために、また1830年頃以降は産業革命による規格統一のため、ヨーロッパにおける楽器のピッチは(意外に)差が少なかったのだそうです4

  1. B. Hynes, ‘Pitch, §1: Wetern Pitch Standards,’The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 19, Macmillan, 2001, p. 797.
  2. 橋本英二『バロックから初期古典派までの音楽の奏法』、音楽之友社、2005、206ページ。
  3. 同上。
  4. Hynes, p. 794.
29. 12月 2011 · (61) 楽譜どおりに演奏してはいけない場合:バロック音楽の付点リズム はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

私たちにとって楽譜とは、書き付けられた作曲家の意図を、そのとおりに再現すべきもの。でも、例外もあります。今回は、楽譜どおりの演奏が正しくない場合についてです。

譜例1は、(59) でご紹介したコレッリのクリスマス・コンチェルトの原典版スコア1。フラットが1つ足りない調号や2つ並んだ拍子記号など、現代の書き方と違っていておもしろいですね。これを見ながら、 (59) でもご紹介した動画を聴いてみてください。楽譜と違うところがあります。

譜例1 コレッリ:コンチェルト・グロッソ op. 6-8、原典版、冒頭ソロ声部

譜例1 コレッリ:コンチェルト・グロッソ op. 6-8、原典版、冒頭ソロ声部

まず、ピッチが違いますね。バロック時代は、現在に比べて低いピッチで楽器を演奏していました(バロック・ピッチについては、改めて書くつもりです)。他には? 3小節目に注意して聴いてみてください。最後の八分音符が、八分音符の長さよりも短く演奏されています。これは、わざとそう弾いているのです。

バロック時代の音楽には、楽譜どおりに演奏すべきではない場合があります。その代表例が、クラヴサン(=フランス語でチェンバロ)音楽で用いられる、イネガル(=不均等)奏法。同じ長さの音符、たとえば八分音符が6つ記されていても、譜例2の下声のように長短または短長を付けて不均等に演奏します。

譜例2 付点とイネガル奏法

譜例2 付点とイネガル奏法

その影響で、「付点の音型では、長い音符をより長く、短い音符をより短く弾く」という習慣がありました。譜例2では、上声と下声が同時に最後の音を出すべきだからです2。付点の代わりにタイや休符が使われていても構いません。譜例1の3小節目は、八分休符で音を切らずにそのまま前の音を延ばしていると、譜例2の上声と同じ形になります。複付点の記譜法が知られていなかったこの時代。付点を複付点のように演奏するのは常識でしたから、説明を加える必要もありませんでした。

楽譜どおりに弾く時代になると、このような伝統は途絶えてしまいました。しかし、17、18世紀に記された音楽理論書や教育書の研究によって、当時の演奏実態が解明できます。最近では、この動画のようなオリジナル楽器を使う団体に限らず、現代楽器のオーケストラやアンサンブルでも、作曲家が生きた時代の演奏習慣を研究し、それを取り入れて演奏する団体が増えて来ました。音楽学者として、嬉しく思います。

バロック音楽の演奏法は例外も多く複雑ですが、ご興味がある方はまず、18世紀の「3奏法」と呼ばれるクヴァンツの『フルート奏法』(1752)、C. P. E. バッハの『クラヴィーア奏法』(1753 & 1762)、L. モーツァルトの『ヴァイオリン奏法』(1756)をご覧ください。いずれも日本語訳が出ています3

  1. Corelli: Concerti Grossi for 2 Violins, Violoncello, Strings and Basso continuo, op. 6/1-12, New Urtext Edition. Eulenburug, 1997, p. 176。初版(1714)を主要資料にしています。
  2. このような下声が無くても、同様に奏されます。ウヴェルチュールの冒頭では、付点音符で記されていても、実際には複付点以上の長さで演奏されることもありました。
  3. 付点の奏法についても、『フルート奏法試論』(シンフォニア、1976)51-2ページ、『正しいクラヴィーア奏法』(全音、2,000)第1部131-2ページ、『バイオリン奏法』(全音、1974)29-30ページで述べられています。