16. 4月 2014 · (181) 《ファウスト》のバレエ音楽 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

聖フィル第10回記念定期演奏会にいらしてくださった皆さま、どうもありがとうございました。聖光学院ラムネホールに設置されたベネディクト・オルガンと、スタインウェイ・ピアノを使ったサン=サーンスの交響曲第3番《オルガン付き》など、オール・フランス・プログラム。楽しんでいただけましたでしょうか。コラム恒例アンコール・シリーズは、シャルル・グノー作曲《ファウスト》のバレエ音楽について。

オケ奏者の方は《ファウスト》と聞くと真っ先に、7曲のバレエ音楽を思い浮かべると思います。でも、《ファウスト》ってバレエではありませんよね。ゲーテの《ファウスト》第1部に基づく、フランス語のオペラです。《ファウスト》が1859年に初演されたときには、このバレエ音楽は含まれていませんでした。10年後にパリのオペラ座で初演される際、台詞の部分が管弦楽伴奏付きのレシタティーフ(レチタティーヴォのフランス語版。(102) 話すように歌うレチタティーヴォ参照)に変えられ、グランド・オペラに。さらに、このグランド・オペラの習慣に従ってバレエ音楽が加えられたのです(オペラ座では、全てが歌われ、バレエ・シーンも含まれるグランド・オペラだけしか、上演できませんでした。フランス・オペラとバレエの関係については、また改めて)。

観客が何よりも(!?)楽しみにしていたバレエ・シーンは、第5幕に追加。悪魔メフィストフェレスによって、ヴァルプルギスの前夜にブロッケン山で行われる魔女や悪魔たちの大饗宴に連れて来られたファウスト。逃げ腰の彼を誘惑しようと、美女たちが入れ替わり立ち代わり華やかで艶かしい踊りを披露します。

今回、最初に演奏した1曲目の〈ヌビアの踊り〉は、クレオパトラに仕える奴隷たちの踊り(2曲目ではクレオパトラ自身も踊りに加わります)。ヌビアは、エジプト南部からスーダンにかけての、鉱物資源の豊富な地域の名称です。一方、アンコールで演奏した5曲目〈トロイの娘たちの踊り〉は、トロイの女王ヘレネを中心とした踊り。ヘレネは、ギリシア神話の三美神、ヘラ、アテナ、アプロディテから最も美しい女神を選ばせられたパリスが、「人間界で最も美しい女」をくれるというアプロディテを選んで(「パリスの審判」)見返りに得た美女。人妻を略奪したため、トロイア戦争の発端に。

クレオパトラやヘレネなど、絶世の美女たちによる妖艶なバレエ付き。純愛あり魔法あり裏切りあり。独唱あり合唱あり重唱あり器楽曲あり(第2幕のワルツも単独で演奏されます)。グノーの旋律美と豊かなオーケストレーション。ファウストに捨てられ、絶望して彼との子供を殺してしまったマルグリートは、牢で息絶えた後に救済され天国へ。一方メフィストは大天使に倒される、ドラマティックな幕切れ。スペクタクルで豪華な舞台演出が可能な《ファウスト》が、うけないはずありません。1950年頃まで、パリのみならずロンドンやニューヨークで絶大な人気を誇りました。実は、オペラ史上最大のヒット作は、《フィガロの結婚》でも《魔弾の射手》でも《アイーダ》でもなく、この《ファウスト》なのだそうです1

  1. 池内修「イントロダクション」『フランス&ロシア・オペラ+オペレッタ』音楽之友社、1999年、no.pag.
17. 4月 2013 · (129) ワルツとチャイコフスキー はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

聖光学院の新講堂ラムネ・ホールで行われた、聖フィル第8回定期演奏会にいらしてくださいました皆さま、どうもありがとうございました。オール・チャイコフスキー・プログラム、聖光学院OBとの共演、サプライズなど盛り沢山のコンサート、いかがでしたでしょうか。演奏会を締めくくったのは、弦楽器のピッツィカートで始まるワルツ。王子ジークフリートの誕生日を祝いに集まった村の娘たちが踊る、《白鳥の湖》第1幕第2曲でした。というわけで、今回のアンコール特集はワルツについて。

円舞曲と訳されるように、回りながら滑るように踊るワルツ。新しい社交ダンスとして流行した理由は、宮廷で踊られていた形式ばったメヌエットとは対照的なステップの自由さもさることながら、何と言っても男女の組み方。手をつなぐ、あるいは腕を組む程度(!?)の他の踊りと違い、ワルツは男女がぐっと接近して、抱き合うように組むのがポイント。不道徳だと禁止された地域もあったようです1

舞踏会用の実用音楽ワルツを芸術的に洗練させたのが、ランナーと、「ワルツの父」「ワルツ王」のヨハン・シュトラウス父子。彼らはオーケストラとともに演奏旅行をし、ウィンナ・ワルツは国外でも大人気に((57) ヨハン・シュトラウスは人気者参照)。こうしてワルツは、19世紀から20世紀初頭にかけて、あらゆるジャンルの音楽に使われることになります。

作曲家の国籍にかかわらず、オペラ、オペレッタ、バレエなどの舞踏会シーンにはワルツ。上記の村の娘たちの踊りや《くるみ割り人形》の《花のワルツ》のようにバレエの群舞や、ソロ用にも(むしろ、バレエでは男女2人で踊るワルツは少数)。踊りと言えば、ヨハンではなくリヒャルトの方のシュトラウスが作ったオペラ《サロメ》の《7枚のヴェールの踊り》にも、ワルツが使われています。

一方、踊るためではないワルツもあります。ピアノを弾く人にとって、ワルツといえばショパン! きらびやかな曲、軽い曲、メランコリックな曲など、自由な形式による様々なワルツは、ピアノ初級者のあこがれの的です。プッチーニのオペラ《ラ・ボエーム》の中の《ムゼッタのワルツ》も同様。「私が街を歩けば」と始まるアリアの歌詞に、踊りは全く出て来ません。でも、金持ちのパトロンがいながら元恋人(貧乏画家)の気を惹く、派手なうぬぼれ女のように見えるムゼッタの真の想いを、揺れるワルツのリズムが絶妙に表現しています。

踊りと関係の無いワルツの極めつけは、チャイコフスキー。彼はなんと、交響曲にワルツを入れたのです。ベートーヴェン以来、交響曲の第3楽章はスケルツォ((101) メヌエットからスケルツォへ参照)がお約束。でも、チャイコフスキーは交響曲第5番の第3楽章に、ワルツを使ってしまいました。室内楽も同様。弦楽セレナード第2楽章は、流れるような優美なワルツです(《第九》のように第3楽章が緩徐楽章)。昨年のウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサートで、《眠りの森の美女》のワルツなどが演奏されて話題になりましたが、考えてみるとチャイコフスキーはウィンナ・ワルツから、バレエやオペラに留まらない、計り知れない影響を受けています。

チャイコフスキーのワルツと言えば、もうひとつ。ピアノのための18の小品(op. 72)第16番のタイトルは、《5拍子のワルツ》。作曲家がワルツと書いているのだからワルツなのでしょうけれど、これってワルツ? 5拍子では、踊れませんよね。

  1. Lamb, Andrew, “Waltz” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 27. Macmillan, 2001, p. 73.
21. 3月 2013 · (125) バレエ音楽史を変えたチャイコフスキー はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

単なる踊りの伴奏とみなされ、単純な楽曲が大部分を占めていたバレエ音楽((124)《白鳥の湖》がうけなかった理由参照)。作曲家は、振付師に完全に従属する存在でしたから、作曲のプロセスも独特でした。振付師が必要な音楽の小節数、拍子、リズムなどを予め細かく指示し、作曲家はそれに従って作っていたのです。しかも、作曲後も製作現場で、曲の変更や訂正が求められました。そのため、当時の一流の作曲家は、オペラの中のバレエ以外はバレエ音楽を積極的に作ろうとはしませんでした。

ペテルブルクの帝室マリインスキー劇場支配人ヴセヴォロジュスキーが台本を書いたバレエ《眠りの森の美女》(文字通りの訳は《眠りの美女》)の音楽を作曲する際、チャイコフスキーも振付師マリウス・プティパに、音楽を詳細に指定されました。ヒロインのオーロラ姫が、命名式で邪悪な妖精カラボスから受けた呪いのとおり、成人式で指に糸紡ぎの針を指して倒れる、第1幕最後の部分の指示は:

……突然オーロラ姫は紡錘針を手にした老婆に見とれる。2/4拍子で。しだいに3/4拍子のワルツに代る。ややポーズ。姫は何もいわない。姫の苦しみと叫び、手から血が流れる。4/4拍子で8小節。姫は踊り、突然目まいが生ずる。一同の驚き。この動作は長くなく、じきに発狂する。姫はあたかもタランチュラ蜘蛛に噛まれたかのようにあおむけに倒れる。これは24か32小節で書いて欲しい。終わりはトレモロが好ましい。そこで王と妃の嘆きにしたい。ややあって人々は老婆をみつける。カラボスの老婆は静かにマントを脱ぐ。ここに全管弦楽の半音階が欲しい……1

この細かい注文に対して、チャイコフスキーはどのように答えたでしょうか(動画参照)。第1幕第8番のコーダは初めト長調2/4拍子ですが、後半は変ホ長調3/4拍子(0’53〜)。同じ旋律が調と拍子を変えてワルツになるあたりは「しだいに代る」の指示どおりでお見事。第9曲フィナーレ冒頭の苦しみの場面は指示よりも長いですが、4/4拍子(1’26〜)。タランチュラに刺されたように苦しげに踊り回る部分は32小節ぴったり(2’11〜)。注文どおりにティンパニのトレモロが響き渡り(2’42〜)、アンダンテ・コン・モートの嘆きの部分(動画はここまで)。アレグロ・ヴィーヴォに変わってカラボスの主題(単独でも演奏されるイントロダクション冒頭の激しい旋律)がトゥッティで現われ、半音を多用した旋律がつけられます。

指示に忠実! でも、無邪気に陽気に踊るオーロラ姫が、血のにじむ指を見て驚き恐怖に陥るドラマティックな転換が、実に自然に描かれています。プティパの指示はチャイコフスキーにとって、足かせというよりもむしろ、創作の大きな助けになったようです。リハーサルにも出席し、土壇場での手直しも行いました(8小節と指定された苦しみの音楽が実際には28小節なのは、手直しの一部でしょうか)。一方、経験豊かなプティパにとっても、力強く変化に富み、リズムが複雑なチャイコフスキーの音楽は、それまでとは全く異なるチャレンジングなものでした。

残念ながら《眠りの森の美女》の初演も、評判は良くありませんでした。新聞評は、「チャイコフスキーの音楽は演奏会用作品でまじめ過ぎ、重厚過ぎた」2。でも、この批評は彼の音楽の本質を突いていますね。単なる踊りの伴奏ならば、踊り無しの演奏会用作品として成り立ちませんから。チャイコフスキーが、交響曲やオペラを作るのと同じ姿勢でバレエ音楽に取り組んだからこそ、《白鳥の湖》や《眠れる森の美女》《くるみ割り人形》の抜粋が、演奏会用組曲として成立し得るのです。現在では、むしろバレエ以上にコンサートで頻繁に演奏されています。

音楽が踊りと一体になって物語や登場人物を活き活きと描き出すよう、主題や調の選択、オーケストレーション、全体の構成を工夫し、バレエ音楽を、交響曲やオペラと同じ芸術的水準まで引き上げたチャイコフスキー。彼以降、バレエ制作は振付師と作曲家の共同作業になり、グラズノフ、ストラヴィンスキー、プロコフィエフらに受け継がれていきます。

  1. 小倉重夫「チャイコフスキー《白鳥の湖》」『名曲解説全集5』音楽之友社、1980、229ページ。
  2. 前掲書、236ページ。
06. 3月 2013 · (123) 《白鳥の湖》の物語を音楽で説明するには? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

《白鳥の湖》のストーリーを説明するためにチャイコフスキーが用いたのは、登場人物と調性を結びつける((122)「音楽の悪魔」参照)だけではありません。今回は、2つの音型とその意味について書きます。

1つ目は、悪の力を表す音型。譜例1は、組曲の第1曲目《情景》、白鳥の主題の後半。虚しく助けを求めるように少しずつ上行しながら、次第に断片的になっていく主旋律に対して、低音はファ#、ミ、レ、ド、シ♭、ソ#、ファ#と、悲劇に引きずり込むように静かに不気味に下降しています。各音の間はすべて半音2つずつの全音音階。半音が存在しないので、導音から主音(社長秘書と社長。(79) ドレミは階級社会?参照)に解決して落ち着くことができません。特殊な音階です。この全音音階の下行形が、悪の力の象徴1。グリンカ以来のロシア音楽の伝統です。

譜例1:チャイコフスキー《情景》の全音音階

譜例1:チャイコフスキー《白鳥の湖》の全音音階(《情景》)

探してみたら、グリンカのオペラ《ルスランとリュドミラ》序曲で見つけました。皆で一目散に走っているような第1主題と、のびのびとした第2主題がチェロによって再現された後、ファゴットやトロンボーン、低弦が2分音符の下行全音音階を奏しています(譜例2A)。実はこれ、新郎ルスランの目の前で新婦リュドミラがさらわれる場面で使われる、悪い魔法使いチェルノモールの動機の予示(譜例2B)。まさしく悪の力ですね。ボロディンの《イーゴリ公》序曲にも、最後に Animato になる16小節前から、トロンボーンとヴィオラ、チェロのパートに下行全音音階があります。

譜例2:グリンカ《ルスランとリュドミラ》の全音音階(A:序曲、B:第1幕)

譜例2:グリンカ《ルスランとリュドミラ》の全音音階(A:序曲、B:第1幕)

もう1つは、バレエ(および組曲)終曲の「死の動機」。間違いに気づいた王子が絶望するオデットのところに駆けつける冒頭の雄大な旋律は、すぐにオーボエによる白鳥の主題に。アレグロで1拍目を欠いたシンコペーションの伴奏が、アジタート(急き込んで)の雰囲気を作ります。「音楽の悪魔」3全音の和音が併置され、白鳥の主題はだんだん細切れになって切迫。もう1度初めから、白鳥の主題が白鳥の調ロ短調で高らかと奏され、さらに同主調のロ長調に。強拍を3等分する「死の動機」は、ここで登場(譜例3)。幻想序曲《ロメオとジュリエット》の終結部でも、同じリズム型がティンパニによって不気味に奏されます2

同じリズム型は、《白鳥の湖》第2幕第2曲で「悪魔の動機」としても使われました3。トランペットとトロンボーンが唐突に奏する譜例4は、王子とオデットの語らいを邪魔しに来る、フクロウに身を変えた悪魔ロートバルトの象徴です。音型だけではなく、調も悪魔の調へ短調と関係が深いハ長調で始まります(ヘ短調の属音から始まる長調)。

人物や事象、観念と音楽を結びつけてストーリーを表す手法は、ヴァーグナーらのオペラで多用されました。バレエ音楽でもアダンの《ジゼル》(1841初演)やドリーブの《コッペリア》(1870)などに見られ、チャイコフスキーは帝室劇場の図書館からスコアを借りて研究したそうです。交響曲やオペラの手法、フランス・バレエやロシア音楽の伝統なども取り入れ、登場人物の内面を描き出した《白鳥の湖》。でも、残念ながら評判は良くありませんでした。

譜例3:《白鳥の湖》終曲「死の動機」。譜例4:第2幕「悪魔の動機」

譜例3:《白鳥の湖》終曲「死の動機」。譜例4:第2幕「悪魔の動機」

  1. 森垣桂一『音楽之友社ミニチュア・スコア』の解説、x ページ。正確には、調の2番目の音が半音低くなった「ナポリの2度」(この場合はド#→ド)が含まれる下行全音音階が、悪の力の象徴です。譜例1はスコアの xi ページ、譜例3は xvi ページの譜例をもとに作りました。
  2. 森垣氏は幻想序曲《ハムレット》終結部のティンパニ・パートもあげていますが、これは弱拍が3等分されたリズムです。
  3. 小倉重夫「チャイコフスキー《白鳥の湖》」『名曲解説全集5』音楽之友社、1980、189ページ。
27. 2月 2013 · (122) 「音楽の悪魔」in《白鳥の湖》 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

《白鳥の湖》の悪魔って、フォン・ロートバルトでしょ。ヒロインのオデットは彼の魔法で白鳥の姿にされ、真実の愛を得ないと人間に戻れないのよね1。でも、王子はオデットではなくオディールに愛を誓ってしまう。悲劇よねぇ……。いえいえ、登場人物ではなく「音楽の悪魔」。3全音がこのように呼ばれます。

3全音とはその名のとおり、全音3つから成る音程(全音は半音2つ分)。ファからシ、ドからファ#などの増4度音程のことです。この2音は続けて歌いにくいし、同時に鳴らすと不協和。3全音はソルミゼーションを考案したグイード・ダレッツォ((76) ドレミの元参照)に禁止され、多声音楽において「音楽における悪魔 diabolus in musica(ラ)」と呼ばれ、忌み嫌われました。

チャイコフスキーはこの3全音を、組曲《白鳥の湖》第1曲《情景》の中で効果的に用いています。オーボエが始める白鳥の主題は、バレエ全体の中で最も有名ですね。この曲の途中でメロティーが3連符になるところの低音に注目。1小節ごとにドとファ#が交代します。初めは間にミの音を挟んでいます(譜例A)が、すぐにドとファ#が直接交代するように(譜例B)。後者もメロディーには、ファ#の倚音ソが挟まれているものの、響いている和音はそれぞれドミソとファ#ラ#ド#2。もの悲しい静かな雰囲気の冒頭とは一変。3全音の関係にある2和音の併置・交代が、落ち着かない3連符のリズム((110) 3分割から始まった参照)とともに緊張感を高めています。

譜例1:チャイコフスキー作曲《白鳥の湖》より《情景》、譜例A:35〜37小節、譜例B:38〜39小節。かっこで結んだ2音が音楽の悪魔

チャイコフスキー:組曲《白鳥の湖》より《情景》、譜例A:35〜37小節、譜例B:38〜39小節

チャイコフスキーがここで、中世から禁則とされた「音楽の悪魔」を用いた理由は? 彼は《白鳥の湖》の中で、歌詞が無いバレエ(当たり前ですが)のストーリーを聴衆に伝えるために、様々な音楽の象徴法を用いました。調の選択もその1つです3

バレエ全体の中心となる調は、第1幕の前に奏されるイントロダクション(組曲には含まれません)で使われる、シャープ2つのロ短調。先ほどの《情景》も同じロ短調で、これが白鳥を象徴する調になります。第2幕のオデットと王子による愛の踊り(独奏ヴァイオリンのあま〜いメロディー付き)は、ロ短調と関係が深い変ト長調(ロ短調のドミナント=属音→嬰ヘ音=変ト音。(79) ドレミは階級社会?参照)。

一方、悪魔の調はフラット4つのヘ短調です。第3幕の、娘オディールと共にロートバルトが城の舞踏会に登場する場面。チャイコフスキーは先ほどの白鳥の主題を使って、黒鳥オディールが白鳥オデットとよく似ていることを表現します。ただし、テンポを上げ、fff で木管に主旋律、トランペットに合いの手を演奏させて、オデットとの性格の違いを暗示。ここまではすぐに気づくと思いますが、さらに調でも一工夫。ロ短調ではなくへ短調を使い、音楽だけで(そっくりだけれども別人というだけではなく)実は悪魔なのだと告げています(下の画像 0:18くらいから。シンバルのずれは気にせずに)。

悪魔の調の主音ヘ音と白鳥の調の主音ロ音は、3全音の関係。チャイコフスキーは、互いに相容れない忌み嫌われる関係の調を設定して、正義と悪の構図を鮮明にしました。《情景》(譜例AB)で対置されるドミソとファ#ラ#ド#は、悪魔の調と白鳥の調のドミナント和音4。第2幕のオープニングとエンディングで演奏されるこの曲で、「音楽の悪魔」は白鳥・王子(正義)と悪魔(悪)の対決を予示しているのです。

  1. プティパとモデスト・チャイコフスキーが改訂した台本による。オリジナルではオデットは妖精の娘で、祖父の計らいによって白鳥になりました。小倉重夫「チャイコフスキー《白鳥の湖》」『名曲解説全集5』音楽之友社、1980、178ページ。
  2. ここでは他に、ファ#ラ#ド#をファ#ラ#ド#ミの7の和音に替えて、ドミソとの共通音を作り出しています。
  3. Wiley, Roland John, “Tchaikovsky” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25. Macmillan, 2001, pp. 152-53. 森垣桂一『音楽之友社ミニチュア・スコア』の解説、ixページ。 
  4. 和声学的に言うと、このドミソはロ短調の II の和音の根音を半音下げた「ナポリの和音」です。
19. 12月 2012 · (112) クリスマスに聴きたい音楽 part 5 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

聖光学院新講堂の完成記念《第九》演奏会は、おかげさまで無事終了。響きの良い素晴らしい講堂が出来上がり、聖フィル一同喜んでいます。中高生と一緒に演奏するのは楽しく、学ぶことも多くありました。

今回の演奏会のために声楽パートを歌ってみていて思い出したのですが、アメリカ留学中にティーチング・アシスタントとして使用した外国人用の日本語学習ビデオの中に、アマチュア合唱団が演奏会に向けて語呂合わせで《第九》を練習する場面がありました! 年賀状の説明(クリスマス・カードのように早く投函すると、年内に配達されてしまうことなど)とともに、日本の暮れの風物詩として紹介されていたように思います。

確かに、アメリカ人には説明が必要でしょう。私が過ごしたボストンで12月の音楽と言えば、《メサイア》((6) クリスマスに聴きたい音楽 part 1参照)と《くるみ割り人形》でしたから。ボストン・バレエ団のホームページによると、今年も11月末から年末までに、《くるみ割り人形》公演が40回以上予定されています。赤や緑のクリスマス・カラーで着飾った老若男女の観客の、華やいだ雰囲気が目に浮かびます。

前置きが長くなりました。今年の「クリスマスに聴きたい音楽」は、4月の聖フィル第8回定演で数曲を取り上げる、チャイコフスキーのバレエ音楽《くるみ割り人形》について。

組曲としてのみご存知の方は、なぜクリスマスの音楽なのか、不思議に思われるかもしれませんね。タイトルのくるみ割り人形は、主人公クララがクリスマス・パーティーでもらったプレゼントなのです。夜、ネズミの大群と、くるみ割り人形率いるおもちゃの兵隊たちの戦いが始まり、クララはネズミの王様にスリッパを投げつけて助太刀。ネズミたちが退散するとくるみ割り人形は王子様の姿に戻り、クララをお菓子の国の魔法の城に連れて行くというストーリーです。

《白鳥の湖》《眠りの森の美女》とは異なり、《くるみ割り人形》はチャイコフスキー本人が組曲を編みました。小序曲と、クリスマス・パーティーの場面で演奏される行進曲以外の6曲は、バレエの第2幕、お城で行われるディヴェルティスマン(フランス語で「愉しみ」つまり余興)で使われる音楽。お菓子の国を治める金平糖(フランス語の原題はドラジェ。アーモンドの糖衣菓子)の精の踊り、ロシアの踊り(トレパーク)、コーヒーの精によるアラビアの踊り、お茶の精による中国の踊り、あし笛の踊り、花の精たちの踊りと続きます。

実際のバレエでは、金平糖の精の踊りは第2幕クライマックスのパ・ドゥ・ドゥー(=男女2人の踊り)の一部。ディヴェルティスマンの最後になります。それから、チョコレートの精によるスペインの踊りもあります。この曲は、チャイコフスキーが《くるみ割り人形》第2組曲に入れましたが、こちらは演奏される機会がほとんどありません。

バレエ音楽史においてチャイコフスキーが果たした大きな役割については、改めて述べます。まずは《くるみ割り人形》(組曲だけではなく)全曲を聴いてみませんか。こんなにたくさんあるのかと、驚かれることでしょう。クリスマス・パーティーの高揚した気分と夜の戦いの物々しさ、幻想的な道行き、そしてお菓子の国での趣向を凝らした「愉しみ」を味わってみてください。