28. 9月 2016 · (291) 《ロマンティッシェ》第3楽章トリオの「手回し風琴」とは? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

前回のコラム((290) 標題「ロマンティッシェ(ロマンティック)」について)で、ブルックナー本人が第4番交響曲の標題について、友人に説明している手紙を紹介しました。「トリオでは森での昼食の間に手回し風琴が奏される様子」と書いてありましたね。この、手回し風琴とは何か、ご存知ですか? 「風琴」ならオルガン、「手風琴」ならアコーディオンですが。

答えは、ハーディ・ガーディ hurdy-gurdy。と聞いて楽器を思い浮かべることができる方は、少ないのでは? 音を聴いたことがある方は、ほとんどいないかもしれませんね。実は私も、この夏ブリュッセルの楽器博物館で、展示楽器の音を聴くために貸し出されたヘッドフォンで初めてしみじみ聴いてきました。

楽器の形が不思議(図1)。事典には「鍵盤付きの擦弦楽器の一種」と書いてあります1。鍵盤って、どこ? 擦弦って、弓はどこにあるの?

図1:ギター型ハーディ・ガーディ、18世紀半ば、Germanic National Museum in Nuremberg

図1:ギター型ハーディ・ガーディ、18世紀半ば、Germanic National Museum、Nuremberg

ギターやリュートのような形をしたものが多く、リュートのように膝の上に横に置いて(あるいはフォーク・ギターのように首から下げて)演奏します。楽器から突き出たハンドル(図1左側)を右手で回すと、カバーの下の木の円盤が回転。この円盤に松ヤニが塗られていて、上に張られた弦を擦って音を出します。だから「手回し」風琴。響板上に固定された箱の中にあるメロディー弦は、通常2本。同音に調弦され、左手で鍵(一列に並んだ白い四角)を押してピッチを変え、メロディーを演奏します。

この他に、ドローン(持続低音)弦が2〜4本、箱の両側に張られます(手前に2本見えますね)。5度調弦が基本で、曲に合わない音の弦を引っ掛けて、音を止めておくこともできます。また、1番高い音のドローン弦にはうなりを出す仕掛けが付いていて、ハンドルをたくさん回して円盤を早く回転させると、ブーンとかギーというような金属的なうなりが生じます。

大型のハーディ・ガーディ(オルガニストルム)は、ゴシック時代に多くの修道院や教会で、音楽を教えたり、多声宗教曲を演奏したり、歌手に正しい節回しを教えるために使われました2。オルガンにその地位を奪われた後、小型化されて民俗楽器に転化3。ドローンと聞くと、バグパイプのような民俗楽器を思い浮かべますが、「ヨーロッパに現れる前に東洋で使われた証拠となる資料は無い」そうです4

これ1つでメロディーと伴奏和音(?!)を演奏できますから、狩りの合間に楽しむレントラーの伴奏に、もってこい。レントラーは18世紀末、オーストリアや南ドイツなどで人気があった、ゆっくりした3拍子の民族舞踏(映画『サウンド・オブ・ミュージック』でも、マリアとトラップ大佐がテラスで踊るシーンがありますね)。《ロマンティッシェ》第3楽章トリオでは、3度も加わった持続和音が弦楽器によって静かに演奏され、素朴で温かみのある雰囲気を醸し出しています。

レントラーとかなり趣が異なる、Matthias Loibner 演奏の動画です。彼のリュート型ハーディ・ガーディは、弦の数が多いようですね。ソのドローンがずっと響いています5

  1. 江波口昭「ハーディ・ガーディ」『音楽大事典4』平凡社、1982年、1898ページ。
  2. Baines, Francis, Edmund A. Bowles / Robert A. Green, ‘Hurdy-gurdy,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 11, Macmillan, 2001, p. 878.
  3. 江波口昭、前掲書、1898〜99ページ。
  4. Baines, F. et al., op.cit., p. 878.
  5. https://youtu.be/QHmML7bu-iM
23. 12月 2015 · (265) クリスマスに聴きたい音楽 part 8 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

例年にない暖冬で油断しているうちに、2015年も残りわずか。気忙しい年の瀬ですが、なんだか静かにオルガン曲を聴きたい気分。クリスマスに聴きたい音楽 part 8(昨年の (215) クリスマス以外にも聴きたい音楽《そりすべり》を part 7 と考えてくださいね)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの《パストレッラ》BWV 590にしました。パストレッラはパストラーレの指小語。小さなパストラーレという意味。

ベートーヴェンも《田園交響曲 シンフォニーア・パストラーレ》として使ったパストラーレは、音楽用語として2つの意味があります。ひとつは、16世紀の「牧歌劇」。「田園という理想郷(アルカディア)を舞台に牧童たちが繰り広げるのどかな恋物語」で、 17世紀初頭に成立するオペラの、演劇上の母胎の1つとなりました1

もうひとつは「田園曲」。バグパイプ風のドローン(飛ばす方ではなく、保続低音の方!)の上で、6/8 や 12/8 拍子3分割リズムの2声の旋律が、3度(あるいはカノン)で進行する音楽。コレッリのクリスマス・コンチェルト最終曲を思い浮かべてください((59) クリスマスに聴きたい音楽 part 3 参照)。このような音楽がクリスマスと結びつけられたのは、聖書の記述と関係があります。

天使たちが天に去ると、羊飼いたちは、「ではベトレヘムに行って、主の示されたその出来事を見よう」と相談し、急いでマリアとヨゼフとまぐさおけに寝かされたみどり児を見に行った。それを見て彼らは、この子について天使の話されたことを知らせたので、それを聞いた人々はみな、羊飼いの話を不思議に思い、マリアは注意深くそのことを心にとどめて考え続けた。羊飼いたちは、天使が話したとおりのことを見聞きしたので、神をあがめ、たたえながら帰っていった(ルカによる福音書第2章15〜20節)2

かつてイタリアでは、この記述に倣って、クリスマスの日に羊飼いたちがバグパイプを吹きながら各都市に贈り物を運ぶ民俗儀礼があったそうです3。その音楽の特徴が、キリスト降誕や羊飼いのイメージとともに田園曲に引き継がれたのです。

4つの短い楽章から成る《パストレッラ》ヘ長調。バッハが1723年からカントルを務めたライプツィヒのクリスマス礼拝で、何らかの形で使われたはずですが、確かなことはわかりません。第1楽章では、両手でゆったりとした12/8の旋律、足鍵盤でドローン(初めファ、次にド)を演奏します(下の動画では、足鍵盤の音はそれほど聴こえませんが、ファからドに替わるのは 0:55くらい。スコットランドの画家デイヴィッド・ロバーツのリトグラフ『ベツレヘム』から、オルガ・ミンキナの演奏風景に戻るあたりです)。残りの3楽章は、手鍵盤のみ。キリスト降誕を静かに思い浮べてくださいね。

来週はコラムお休みします。みなさま、どうぞ楽しいクリスマスと良い新年をお迎えください。2016年も、聖フィル♥コラムをよろしくお願いいたします。

  1. 加藤拓未「パストラーレ」『バッハ キーワード事典』春秋社、2012、269ページ。
  2. 『新約聖書』バルバロ訳、講談社、1981、147ページ。
  3. 加藤、269-70ページ。
19. 7月 2012 · (90) 《新世界より》第1楽章の第2主題 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

《新世界》交響曲の第1楽章は、お約束どおり、ソナタ形式で作られています。ドヴォルジャークは、ベートーヴェン以降のソナタ形式の図式((88) さらに刺激的(!?)に:ソナタ形式の変遷図2参照)に当てはまるように作曲しているでしょうか。分析してみましょう。23小節間の序奏部(Adagio)の後、2/4拍子、Allegro molto に変わったところから繰り返しの2かっこまでが、提示部です。

弦楽器のトレモロの下で、ホルンが厳かに分散和音を吹き始める第1主題。第1楽章だけでなく曲のあちこちで戻って来る(=循環形式。近いうちに説明します、今度こそ絶対に!)とても重要な4小節を、クラリネットとファゴットが引き継ぎます。

第2主題は? 主調が短調の場合、ソナタ形式の第2主題は平行調で提示されるのでしたね。シャープ1つのホ短調の平行調は、ト長調((77) 近い調、遠い調参照)。あっ、ありました! フルート・ソロの落ち着いた旋律、ト長調です。旋律性が強いですし、静かに下行、その後上行し、後半はレガートに奏される8小節フレーズは、上行+下行+スタッカートの付点リズムが繰り返される第1主題と好対照。後に続く展開部でも、この旋律(の前半)が動機として多用されます。ということは、ソナタ形式の定型どおりの提示部。

……と分析している解説書も多いのです1。ただ、このト長調のメロディーが登場するのは、176小節目まで続く提示部の、149小節目。これが第2主題だとすると、ようやく出たと思ったら、しめくくりの旋律も無いまま提示部が終わってしまうという印象です。図1は、提示部153小節間の割合をあらわしたもの。1番上の棒グラフの、青い部分が第1主題部(82%)、赤い部分がフルート・ソロ以降の第2主題部(18%)2。第2主題が出るタイミングとしては、いくらなんでも遅すぎると思いませんか?

図1:《新世界より》第1楽章提示部

むしろ、フルートとオーボエが奏でる物悲しいメロディー(91小節〜)を第2主題と考えるべきでしょう3。ト短調ですから、典型的な調ではありません。そのため、第1主題とのコントラストはそれほど大きくないのですが、レのドローン(持続低音)を伴奏に登場するこの旋律も、印象的です。図1の2は、この旋律が現れる前後を、第1主題部(青)と第2主題部(赤)としたもの。図1の3は、さきほどのフルート・ソロのト長調の旋律を、提示部をしめくくる(=コデッタの)旋律(緑)とみなした場合のグラフ。なかなかのバランスです。

「第2主題の候補になる旋律が2つあって、後に出る旋律は本来の調、先に出る旋律はその同主調で提示されるが、本来の調ではない先の方が本物」というパターンは、ベートーヴェンも、ピアノ・ソナタ《悲愴》第1楽章などで使っています(この曲の第2主題は、平行調である変ホ長調の同音反復のメロディーではなく、腕の交差を交えながら演奏する変ホ短調のメロディーの方)。典型から多少はずれていますが、想定内。序奏部:提示部:展開部:再現部:コーダのバランスも、23:153:96:123:53(小節数)でごくオーソドックス。

でも、再現部を見ると、やはり20世紀近くになって(1893年)作られた曲と感じさせられます。第1主題は主調であるホ短調で再現されますが、第2主題はシャープ5つ(!!)の嬰ト短調(312小節〜)、コデッタの旋律(370小節〜)は、その同名異音からの長調である変イ長調(フラット4つ!!)で再現されるのですから。いずれも、提示部の調より半音高く、主調・同主調どころか近親調にも含まれない遠い調です。ドヴォルジャークは、ソナタ形式という古い枠組を、さりげなく「さらにさらに刺激的に(!?)」変形して使っていますね。

  1. 門馬直衛によるミニチュア・スコアの解説(全音、1956)、田村和紀夫『クラシック音楽の世界』(新星出版社、2011)など。
  2. それぞれの主題以外に、確保とか推移主題なども含みます。
  3. 牛山充『名曲解説全集2』(音楽之友社、1979)や伊東信宏によるミニチュア・スコアの解説(音楽之友社、2004)など。

昨年のヘンデルの《メサイア》とパレストリーナのミサ曲《今日キリストが生まれたまえり》に引き続き、今回はアルカンジェロ・コレッリ(1653〜1713)の《クリスマス・コンチェルト》をご紹介しましょう。1814年にアムステルダムで出版されたop. 6には、12曲のコンチェルト・グロッソが納められていますが、「降誕の夜のために作曲された」という但し書き付きの第8番がそれ。

バロック時代には、このような器楽合奏曲が教会の礼拝で演奏されることも多かったのですが、中でもこの曲は、12月25日の夜(キリスト教の暦では前日の日没から1日が始まるので、実際には24日の夜から25日にかけて)の礼拝用に作られたというわけです。

終楽章後半のテンポが緩やかになった部分に、パストラーレ・アド・リビトゥムと書かれています(このアド・リビトゥムが何を意味するのか、何が自由なのかははっきりわかりません)1。パストラーレとは牧歌的な曲を指しますが、降誕→羊飼いたち→草原牧場→牧歌的という連想でしょうか。御使いによって降誕を告げられた羊飼いたちが、馬小屋で生まれ飼い葉桶に寝かされたイエスを訪れるというシーン(ルカ 2.8〜)は、たしかに牧歌的ですよね。12/8拍子や6/8拍子などの、四分音符と八分音符の交代によるターンタターンタのシチリアーノ・リズムがお約束。バグパイプ特有のドローン(持続低音)に支えられて、静かでのんびりとした雰囲気が描かれます2

同時代の人々から「ヴァイオリンの大天使(Archangelo はイタリア語で大天使の意味)」と賞賛されたコレッリ。彼の作品のヴァイオリン・パートは、ほとんどが第3ポジションまでで弾け、重音もごくわずか。派手さはありませんが、わかりやすい和音進行が耳に心地よく、テンポや音量の対比と調和のさじ加減が絶妙です。ヴィヴァルディよりも25歳、J. S. バッハよりも32歳年上のコレッリは、ローマの富裕な貴族をパトロンに持ち、生活のために作曲&出版する必要がありませんでした。12曲ずつまとめられた作品集6つに納められたソナタや協奏曲は、厳選し推敲を重ねた自信作と考えられます3

コレッリのクリスマス・コンチェルトのドラマティックな冒頭部分と、急くようなト短調部分に、暖かい日差しが差し込んだような厳かなト長調ラルゴのパストラールが続く終楽章は、こちらから試聴できます。みなさんがこれまで聴いたり弾いたりした演奏とこれらとの違いについては、また改めて書きます。

  1. 現在では、クリスマス以外の季節にはこの部分を自由に省略できるという解釈が一般的です。パストラーレがクリスマス・コンチェルトの終楽章とは限りません。たとえばマンフレディーニ(1684〜1762)の作品 op. 3, no. 12 では、第1楽章にパストラールが置かれています。
  2. クリスマス・コンチェルトのパストラーレに関して、「キリスト降誕の際に羊飼いたちが笛を吹いたという聖書の記述にちなむ」という説明をしばしば目にします。しかし、聖書の引用部分を記したものを見たことがありませんし、4つの福音書にそのような記述は見当たりません(ご存知の方、教えてください)。
  3. クリスマス・コンチェルトが含まれるop. 6は死後出版ですが、生前、本人がまとめました。