コラールと言われたらみなさんは、ブラームスの交響曲第1番終楽章、序奏部のトロンボーン(とファゴット族)3重奏を思い浮かべるでしょうか。あるいはブルックナーの、たとえば第4番《ロマンティッシュ》第1楽章展開部終盤で、トランペット&トロンボーン&テューバがffで吹き鳴らすところ(305小節〜)? 第5番終楽章には、ブルックナーご本人が「コラール」と書き込んだ部分(583小節〜)もありますね。

でも、このようなコラールは正確には「コラール風」(あるいは「コラール的」)楽節。本物のコラールではありません(このようにな「コラール風」もコラールと呼ぶことがあるのでややこしいのですが)。

譜例1:J. S. バッハ:カンタータ BWV 140《目覚めよと呼ぶ声が聞こえ》より終曲(第3節)

譜例1:J. S. バッハ:カンタータ BWV 140《目覚めよと呼ぶ声が聞こえ》より終曲(第3節)

バッハの声楽作品に詳しい方は、本物をご存知ですよね。コラールは、ルター派プロテスタントの賛美歌。4声体のホモフォニーの形で(譜例1参照)、教会カンタータや受難曲の核になっています。上記「コラール風」楽節の元ですね。ただこれは、いわば成長した大人のコラール。もともとはモノフォニー(単旋律)でした。

カトリックの典礼音楽の歌詞は、聖職者以外は理解できないラテン語。聖歌隊が歌うお経のようなグレゴリオ聖歌や、複雑で難しいポリフォニーを、意味もわからずありがたく拝聴しているだけ。

宗教改革者マルティン・ルター(1483〜1546)は、「会衆を礼拝に積極的に参加させようとする意図から歌唱による祈願や賛美を重視」1。みんなで歌うには、母国語であるドイツ語の歌詞の曲が必要と考えました。単旋律なら、楽譜を読めない人も聞き覚えて歌えます。無伴奏のユニゾンで歌われたこのような曲は初め、geistliche Lieder(宗教的な歌)とか christliche Gesäng(キリスト教の歌)と呼ばれていました2(グレゴリオ聖歌の旋律を指す「コラール」という語で呼ばれるようになったのは、16世紀後半)。

1524年にヨハン・ヴァルター(1496〜1570)がヴィッテンベルクで、聖歌隊用に3〜5声に編曲した Geystliches Gesangk Buchleyn を出版(図1参照)。宗教改革の発端となった、ルターの「95か条の論題」発表から、わずから7年という早さに驚かされますが、考えてみると聖歌隊は、ついこの前まで壮麗なポリフォニーの宗教曲を歌っていた(し、信者たちだって、歌詞の意味はわからないながら聞いていた)のですからね。旋律1本を斉唱するだけでは、音楽的におもしろくなかったのでしょう。

図1:Johann Walter, Geystliches Gesangk Büchleyn, Titelpage, Wittenberg, 1524

図1:Johann Walter, Geystliches Gesangk Büchleyn, Titelpage, Wittenberg, 1524

ルターの序文が付いたこの最初の賛美歌集には、32の聖歌の詩用の35の旋律が、38種類に編曲されて収められています。カトリックの宗教曲のような複雑なポリフォニー様式と、旋律と同じ動きで和音を連ねる(より新しい)和弦様式の、2種類の編曲法が使われました。後者が、大人のコラールの出発点。

ただ、譜例1のようにコラール旋律がソプラノに置かれたのは、ルーカス・オジアンダー(1534〜1604)が1586年にニュルンベルクで出版した Fünffzig geistliche Lieder und Psalmen から3。ヴァルターの賛美歌集では、多声作品における最重要声部テノール((85) アルトは高い参照)に、主旋律が置かれていました。

まとめ:ルター派プロテスタントの賛美歌であるコラールは、もともとモノフォニーだった。4声体の編曲では、しばらく内声に置かれていた。バッハがカンタータの中で用いたような大人のコラールになってからも、そのまま引用した場合(たとえばメンデルスゾーンの通称「宗教改革」交響曲。(257) メンデルスゾーンが作った交響曲はいくつ?参照)以外、「コラール風」と呼ぶのが正しい。

来週のコラム更新はお休みさせていただきます。

  1. 辻荘一「コラール」『音楽大事典2』平凡社、1982、938ページ。
  2. Marshall, Robert L. / Leaber, Robin A., ‘Chorale,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 5. Macmillan, 2001, p. 737.
  3. Marshall, Robert L. / Leaber, Robin A., ‘Chorale settings,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 5. Macmillan, 2001, p. 748.
22. 7月 2015 · (246) テューバのご先祖様その3、チンバッソ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

先日、聖フィル仲間に「セルパン((194) セルパンってどんな音?)、オフィクレイド((243) オフィクレイドってどんな音?)と来たら、次はチンバッソ? 10月の定演、《運命の力》だし」と聞かれました1。チンバッソって、ジュゼッペ・ヴェルディのオペラに使われている低音楽器ですよね。でも、名前しか知りません。どんな形!?  名前の由来は!? あわてて調べてみました。

図1:チンバッソ(コントラバス・ヴァルヴ・トロンボーン)

図1:チンバッソ(ヴァルヴ付きコントラバス・トロンボーン)

チンバッソはトロンボーン族の低音金管楽器(図1参照)。G. C. ペリッティ(1837〜1903)が、ヴェルディのリクエストに応じて1881年に作りました。B♭管で、正式名は「トロンボーネ・バッソ・ヴェルディ trombone basso Verdi」(実際はバスではなくコントラバス・トロンボーンですが)。ヴェルディは彼のオペラ26作品((245)《運命の力》は何番目? ヴェルディのオペラ参照)のうち、1881年以降の2作《オテッロ》(1887)と《ファルスタッフ》(1893)で、この楽器を使っています。

この後イタリアでは、ほとんど全てのオーケストラにチンバッソが急速に普及。1881年以前に作られた曲の低音パートも、この「トロンボーネ・バッソ・ヴェルディ」が使われるように。1920年代にイタリアでもバス・テューバが採用されますが、チンバッソは20世紀後半まで使われ続けました。

ここで、「ヴェルディのオペラって、最後の2作品以外にもチンバッソ・パートがあるのに??」と思った方、鋭い! それは別のチンバッソ。チンバッソという用語、19世紀イタリアで、複数の低音楽器を指していたのです。

図2:19世紀初めのチンバッソ

図2:19世紀初めのチンバッソ

図2は、19世紀初期にチンバッソと呼ばれていたイタリア特有の楽器。木製の、まっすぐなセルパンの一種。金属製の大きく広がったベルと、1〜4個のキーが付いています。チンバッソ cimbasso の名は corno in basso(低音の角笛、バス・ホルン)の省略形(c. in basso)に由来すると考えられ、simbasso、gimbasso などと綴られることもありました2。ミラノのスカラ座で、1816年にセルパンに代わって使われたとシュポーアが記しています。最初に使ったのはパガニーニ??(1816年のヴァイオリン協奏曲第1番)。ドニゼッティやベッリーニを含む多くのイタリア人作曲家が続きました。

図3:チンバッソ(ヴァルヴ付きオフィクレイド)

図3:チンバッソ(ヴァルヴ付きオフィクレイド)

木製チンバッソは1830年代半ばまで人気がありましたが、その後、この用語は金管の低音楽器を指すようになります。ヴェルディの初期作品のチンバッソは、おそらく図3のようなヴァルヴ付きオフィクレイド。チンバッソ第3世代(!?)の「トロンボーネ・バッソ・ヴェルディ」が発明される1881年は、まだまだ先ですから。

というわけで、チンバッソなんて言葉、初めて聞いた!という方は、イタリアの低音楽器の総称と覚えてくださいね。チンバッソをヴェルディが使った特殊なトロンボーンと考えておられた方は、実はトロンボーンだけではなかったことを押さえておいてください。チンバッソは、19世紀イタリアで、さまざまなリップリード(トランペットのように、唇の振動で音を出す)の低音楽器を指す用語でした。それにしても、テューバが普及するまでの歴史って本当に複雑ですね。

  1. takefmiuさん、ありがとうございました。
  2. Meucci, Renato, ‘Cimbasso,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 5, Macmillan, 2001, p. 858.
27. 5月 2015 · (238) 「塔の音楽」 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

留学中にティーチング・アシスタントとして使った、アメリカの一般教養の音楽の教科書(厚さ3cm、付録CDが8枚!!)。最近、楽書購読(音楽について書かれた英文を読む講座)のテキストとして読んで(読ませて)いたら、「楽器は情報伝達のためにも使われて来た。(中略)音楽家は塔から金管楽器を鳴らすことで時を伝えてきた」という記述がありました1。初期の合奏形態の1つ、「塔の音楽」ですね。ドイツ語で Turmmusik、英語では tower music。いつ、どんな音楽が奏されたのでしょうか。

教会や市庁舎の塔からの奏楽は、ドイツでは16世紀終わりころから18世紀初めころまで、ごく普通の習慣でした2。初めは塔守の、のちには町楽士と市参事会楽士の仕事3。信号、ファンファーレ、コラール(ルター派プロテスタントの賛美歌)、舞曲や、もう少し規模が大きい「塔のソナタ」と呼ばれる器楽曲が、毎日定まった時刻に奏されました。たとえばハレでは3時、11時、19時、土曜日には13時(1571。日の出前の3時を知らせたのはなぜでしょうね??)。4声か5声が一般的で、管楽器、特にコルネット、トランペット、トロンボーンが使われました。

出版された「塔の音楽」もあります。ヴァイオリニストでトランペット奏者であったヨハン・クリストフ・ペーツェル(1639〜94)の《10時の音楽》(1670)もその1つ。ルター派プロテスタント信者だったペーツェルは、1661年から81年までライプツィヒ市の楽士として雇われていました。彼のそのものズバリのタイトルのおかげで、1670年ころライプツィヒでは、10時に「塔の音楽」が奏されたことがわかりますね。2つのコルネットと、アルト、テノール、バスの3つのトロンボーン、あるいは2つのヴァイオリンと2つのヴィオラ、ヴィオローネのための5重奏曲集です。下の動画は、40曲収められた中の第3番。

時を知らせる「塔の音楽」とは異なりますが、ベートーヴェンも塔楽士のために、4つのトロンボーンのための《3つのエクヴァーレ WoO 30》を作曲しました4。ラテン語の aequale (等しい)に由来するエクヴァーレは、同じ種類の楽器あるいは声のための曲。18〜19世紀のオーストリアでは、特にトロンボーン合奏による葬儀用音楽でした5。トロンボーンが古くから教会で用いられていたからですね((42) 神の楽器トロンボーン参照)。1812年10〜11月に、ベートーヴェンが弟を訪ねてリンツに滞在したときに、リンツ大聖堂楽長グレッグルに依頼された作品で、「万霊節(11月2日)のため」という記述も。なお、3曲のうちの第1、3番(3:33〜)は、男声4重唱を加えて1827年3月29日のベートーヴェン自身の葬儀で、また第2番(2:00〜)は男声合唱の形で、1年後のベートーヴェンの墓石除幕式で演奏されたそうです。

  1. Kamien, Roger, Music: An Appreciation, 6th edition, McGraw-Hill College, 1996, p. 13.
  2. Rastall, Richard, ‘Turmmusik,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25. Macmillan, 2001, p. 928.
  3. 以下、「塔の音楽」『図解音楽事典』、U. ミヒェルス編、白水社、1989、319ページ。
  4. 同上。
  5. 以下、土田英三郎 「管楽器のための室内楽曲」『ベートーヴェン事典』、1999年、185−86ページ。
18. 6月 2014 · (190) コルネットとトロンボーンとヴァイオリンの八重奏 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

ルネサンス音楽史の必修曲《8声のためのピアノとフォルテのソナタ》。作曲者ジョヴァンニ・ガブリエーリ(c.1554-7〜1612)は、アドリアン・ヴィラールト(c.1490〜1562)が創始したヴェネツィア楽派の1人です1。ジョヴァンニは、1584年にサン・マルコ大聖堂の臨時オルガン奏者になり、翌年、叔父アンドレアが第2オルガン奏者から第1オルガン奏者に昇進すると、第2奏者に。1586年のアンドレアの死後、亡くなるまで第1オルガン奏者を続けました。1597年に出版された《ピアノとフォルテのソナタ》は、

    • ソナタというタイトルを持つ最初期の曲
    • 強弱が指定された最初期の曲
    • 楽器名が指定された最初期の例

として重要。16世紀、器楽はもっぱら声の代わりか声楽の補助。手近にある楽器を使って演奏しました。このように楽器が指定された曲は、非常に珍しい(=新しい)のです。楽器編成は、

    • コルネット(ツィンクとも。現在のコルネットとは異なる円錐形の楽器):1
    • トロンボーン(サックバットとも):6
    • ヴァイオリン:1

えっ!! 金管アンサンブルの中に、1つだけヴァイオリン?! 何かの間違いでは?? いいえ、楽譜にもはっきりと「Violino」の指示(譜例1右上の矢印先。クリックで拡大します)。

譜例1:ジョヴァンニ・ガブリエーリ《8声のピアノやフォルテのソナタ》第7声部(「サクラ・シンフォニーア》(ヴェネツィア、1598)より)

譜例1:G. ガブリエーリ《ピアノとフォルテのソナタ》第7声部(ヴェネツィア、1597)

サン・マルコ大聖堂でミサを執り行うために楽器奏者が雇われ初めたのは、1568年2。1586年暮れの支払い記録には、12人もの楽器奏者が言及されています。コルネット奏者とトロンボーン奏者に混じって、ヴァイオリン奏者が2人3。1603年のクリスマス・ミサの支払い記録にも、コルネット4、トロンボーン5、ファゴット1とともに、ヴァイオリン2とヴィオローネ(コントラバスの先祖)1が。オルガンとトロンボーン以外は世俗の楽器((42) 神の楽器 ? トロンボーン参照)。コルネットもヴァイオリンも、ファゴットもヴィオローネも、たいして違わなかった?

ところで譜例1の第7声部には、ヴァイオリンの最低音ソよりも低い音が使われています(丸で囲った部分)。音部記号もアルト記号。ヴァイオリンと指定しているのに、不思議ですね。

  1. 個人的な話ですが、私、ヴィラールトの声楽曲集で修士論文を書きました。
  2. Ongaro, Giulio, ‘Venice,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 26, Macmillan, 2001, 401.
  3. Bryant, David, ‘Gabrieli, Giovanni,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 9, Macmillan, 2001, 392.
21. 8月 2012 · (95) 怖い (?!) 音楽 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

残暑が厳しいですね。昨年の《魔弾の射手》狼谷の場 ((41) 涼しくなる (?!) 音楽参照)に続き、今年も遅ればせながら納涼特集を。今回のストーリーは:ある男が女の部屋に忍び込んで騒がれ、助けにきた父親を殺してしまう。墓地で高笑いしていたら、自分が殺した男の大理石像が話し出す。ふざけてディナーに招待したら、石像が本当にやってきて悔い改めよと迫る。断固拒否したら、地獄に引きずり込まれてしまった……。

これ、ロレンツォ・ダ・ポンテとモーツァルトが作った「2幕のドランマ・ジョコーソ《罰せられた放蕩者あるいはドン・ジョヴァンニ》」です。動かないはずの石像がディナーに招かれてうなずくあたりは、まだコミカル。でも、石像が約束どおりに現れ、改心を承知しない女たらしの手を決して離さないなんて、ホラーそのもの。そして、モーツァルトがこの第2幕第15場につけた音楽! 怖いですよ〜(下の動画参照)。

全楽器が強奏でニ短調の和音を2つ(この動画は、前の場面の最後の和音で始まっていますが)。石像が歩くようなゆっくりした付点のリズム(0:18)を伴奏に、石像(バス)が「お前はわしを招いてくれたな、それでわしはやってきた」と朗々と歌い始めます1。シンコペーションが続く音型(0:35)をバックに、「そんなこと思いもしなかった、でもできるだけのことはしよう!」と答えるドン・ジョヴァンニ(バリトン)。3つずつ同音連打する16分音符(0:54)は、机の下に隠れた従者レポレッロの震えを表わしているようです。

石像の「天上の食べ物を食べているものは人間の食べ物を食べはしない」という台詞(1:10)は、大きな跳躍と臨時記号が多用された不自然な旋律で歌われます。これに続く「やむにやまれぬ望みがわしをこの世に導いてきたのだ!」の伴奏では、ヴァイオリンとフル―トが、クレッシェンドしながら上がり弱音で下がる、16分音符の音階パターン(1:35)を繰り返します。しかも、不安を煽るようにパターンの開始音が1音ずつ上昇。

あれれ、どこかで聴いたような……。そうです。今回の定演で取り上げるこのオペラの序曲は、石像の登場シーンの音楽を使っているのです。全楽器の強奏によるニ短調の和音2つで始まり(石像シーンの1つ目の和音は、序曲の主和音と異なりますが)、石像の歩みのような付点型、ドン・ジョヴァンニが石像に歌いかける時に使われるシンコペーション、レポレッロの震えのような細かい3つずつの同音連打、クレッシェンドしたと思うと静まる不気味な音階パターンなども登場します。《魔弾の射手》(1821)の序曲にみられるような本編の音楽の先取りで、この時代の序曲としてもモーツァルトの序曲としても、例外的な作りです。

でも、この恐ろし気な序奏部分が終わると、ニ長調モルト・アレグロの主部。何事もなかったように軽快な音楽が「楽しいオペラが始まりますよ」と告げて、序曲が終わります。一方、石像シーンはまだまだ続きます。

同音反復とオクターヴ跳躍のメロディーを少しずつ高い音で繰り返しながら、「わしと食事をしにくるか?」と迫る石像(2:55)。ドン・ジョヴァンニは改心を拒否。「そら」と手を差し出し、石像の手の冷たさに驚いて「ああ!」と叫ぶ小節(4:43)から、さらに緊迫度が増します。超自然的存在である石像が歌う小節だけ演奏していたトロンボーンが、ドン・ジョヴァンニの伴奏にも加わります((44) 神の楽器? トロンボーン part 2参照)。さすがの彼も、石像の不気味さにひるんだということでしょうか。

「悔い改めるのだ!」「いやだ!」の応酬。「もう時間が無いのだ」と石像が歌った後、音楽はアレグロに(5:36)。ヴァイオリンがシンコペーションと急速な下行音階をくりかえす中、男たちが暗い声で「お前の罪にくらべればすべては無にひとしい。来るのだ。もっと悪い災いがある!」(5:49)と歌い、ドン・ジョヴァンニは「なんという地獄だ! なんという恐怖だ!」と苦しみながら(5:58)落ちていきます。

使われている音型や和音はシンプルなのに、この圧倒的な劇的緊張感! モーツァルトってすごい……。この《ドン・ジョヴァンニ》、恐怖をリアルに描いた最初の音楽と言えるかもしれませんね。

  1. 歌詞の日本語訳は、チャンパイ&ホラント編『モーツァルト:ドン・ジョヴァンニ』、音楽之友社、1988のリブレット対訳(海老沢敏訳)を使いました。
14. 9月 2011 · (46) 神の楽器? トロンボーン part 3 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

part 1part 2 に続き、「トロンボーンは神聖な楽器なので、19世紀にベートーヴェンが導入するまで、交響曲に用いられなかった」が◯か×か、考えてみましょう。確かに、ハイドンの106の交響曲にも、モーツァルトの約50の交響曲((14) モーツァルトが作った交響曲はいくつ?参照)にも、古くから教会で使われた神聖なトロンボーンは含まれません。

ベートーヴェンは、交響曲第5番《運命》の終楽章に、ピッコロ、コントラファゴットとともに3本のトロンボーンを導入しました((13) 掟破りのベートーヴェンに、このオーケストレーション拡大も追加してください)。彼は「ティンパニは3つも使いませんが、これらの楽器を加えることでティンパニ6つよりも大きな響きと、良い響きが得られるのです」と書いています1。この《運命》をきっかけに、19世紀の交響曲でトロンボーン等が頻繁に使われるようになりました。ただし、

(《運命》は)ピッコロやコントラファゴット、そしてとくにトロンボーンをはじめて使用した交響曲である、といういまだに流布している誤解は訂正しておかなければならない。(中略)これらの楽器は個々には交響曲でもすでにかなりの使用例があるので、楽器自体は決して新機軸なのではない2

というわけで、史上初ではありません。3つ目の答えも×です。ベートーヴェンはこの他に、第6番《田園》の4、5楽章と第9番《合唱》の2、4楽章にも、トロンボーンを導入しました。「本当は使わない伝統だけれど、響きのためにどうしてもここだけ」という意図が伝わりますね。

さて、ベートーヴェンよりもずっと大胆に、交響曲にトロンボーンを使ったのは誰でしょう? シューベルトです。第5回定演で取り上げる《未完成》では、第1楽章にも第2楽章にも第3楽章にも使っています3。1821年頃に試みた旧番号第7番のホ長調交響曲で、彼はすでに、トロンボーンを第1楽章から使いました4

ベートーヴェンが《第九》の作曲に着手するより前から、交響曲で躊躇せずに(?)トロンボーンを使ったシューベルト。 1839年にライプツィヒで《グレート》が演奏されたときは、第1楽章の序奏から活躍する3本のトロンボーンが、インパクトを与えたと考えられます。交響曲におけるトロンボーン普及に果たしたシューベルトの役割は、もっと評価されるべきでしょう。

余談ですが、まだトロンボーン奏者がいない聖フィルには、毎回同じ若い3人組が賛助に来てくださっています。前回までは、最後の曲の最後の楽章だけの出番で(第3回のブラ1と第4回《運命》)、ずーっと座っているだけのトロンボーンさんたちが気になった、という笑い話も聞きました。しかし! 今回は全曲全楽章で演奏。《フィンランディア》《ドボコン》には、チューバの賛助さんも加わります。重低音に支えられた、聖フィル初の19 & 20世紀プログラムを、どうぞお楽しみに。

  1. オッペルスドルフ伯爵宛、1808年3月頃の手紙。平野昭『ベートーヴェン事典』(東京書籍、1999)、61ページ。
  2. 土田英三郎『ベートーヴェン全集3』(講談社、1997)、曲目解説43ページ。
  3. 第3楽章の最初のページだけ、自筆スコアが残されています。
  4. 第1楽章の途中まで、スコアが完成されています((33) シューベルトの未完成交響曲たち参照)。
31. 8月 2011 · (44) 神の楽器? トロンボーン part 2 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

均質で柔らかな音色を持ち、すべての音高を出すことができるため、ルネサンス時代に聖歌隊の支えや教会での奏楽に使われたトロンボーン((42) part 1参照)。今回は「トロンボーンは神聖な楽器なので、17、18世紀にはオペラで使用できなかった」が、◯か×か考えます。

トロンボーンは、オラトリオには使用されます。オラトリオはオペラと同様「独唱・合唱+オーケストラ」で構成されますが、題材が宗教的・道徳的だからです((7) クリスマスに聴きたい音楽 part 1参照)。旧約聖書を題材にした、ヘンデルの《エジプトのイスラエル人》やハイドンの《天地創造》などがその例です(《メサイア》には使われませんが)。

一方オペラは、愛や嫉妬、裏切りなどが描かれる上、政争や豪奢とも結び付きやすい究極の世俗音楽ジャンル。神聖なトロンボーンを使うなんてもってのほか!のはずですが……。「《魔笛》にトロンボーンが使われているよ」というあなたは鋭い! そのとおりです。

オペラでトロンボーンを使うことが許された理由は、2つあると思います。1つは、複数のトロンボーンが作り出す深く厚い響きによって、この楽器が、死や地下の(=死者の)世界と結びつけられていたこと。もう1つは、トロンボーンをまさにその(=死や闇の世界の)象徴として使ったオペラが、ごく早い時期に作られ、前例になったことです。

1607年に初演されたモンテヴェルディ作曲のオペラ《オルフェオ》では、トロンボーンがレガール(金属リードにより、少し耳障りな音を出す小型オルガン。リーガルとも)などとともに、地下の世界を表す楽器として使われます1。そして、妻エウリディーチェを生き返らせてくれるように懇願する主人公を伴奏する、ハープ(ギリシア神話のオルフェウスは、竪琴の名手です)や木管オルガンの音色と、大きなコントラストを作り出します2

17世紀の末以降、トロンボーンは多くの国で使われなくなってしまいました。しかし、オーストリアとドイツでは、教会と劇場用の楽器として生き残ります3。モーツァルトもこの伝統を受け継ぎ、宗教曲(中でも、レクイエム《トゥーバ・ミルム》のソロが有名)とオペラだけにトロンボーンを使いました。もちろん、宗教的な、あるいは超自然的な力が登場するシーンや、地下や闇の世界に限定して。

オペラ《ドン・ジョヴァンニ》では、動かないはずの石像が晩餐に登場し、悔い改めようとしないドン・ジョヴァンニ(イタリア語でドン・ファンのこと)が地獄に堕ちるまでの部分に、3本のトロンボーンが使われます4。しかも、3人の掛け合いの中、石像が歌う小節だけという念の入れよう(後半は、石像が沈黙した後もずっと使われますが)。《魔笛》での使用箇所が多いのは、夜の女王やザラストロ、僧侶たちといった、超自然的、あるいは神聖な登場人物が多いからでは? 興味深いのは《魔笛》序曲でのトロンボーン使用。モーツァルトも序曲を、オペラの筋を予示するというほどではないものの((41) 涼しくなる (?!) 音楽参照)、全体を概観するものと考えたということでしょうか5

というわけで、今回の結論も×。むしろ、「トロンボーンは神聖な楽器なので、17、18世紀にもオペラに用いられた」と言うべきかもしれません。

  1. 2年後に出版されたスコア冒頭の楽器リストには、トロンボーン4本と書かれていますが、第3幕の霊たちの合唱のページには、トロンボーン5本と指定されています。
  2. 楽譜が現存する最古のオペラに遅れること7年((27) 音楽史の時代区分参照)。《オルフェオ》の成熟した音楽表現は、後のオペラに大きな影響を与えました。
  3. Herbert, Trevor “Trombone” in The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25 (Macmillan, 2001), p. 771.
  4. 12/02/03追記:石像が突然口をきく場面にも、3本のトロンボーンが使われます。
  5. しかし、《ドン・ジョヴァンニ》の序曲はこの石像シーンの音楽で始まるにもかかわらず、トロンボーンは使われていません。この他にモーツァルトは、《イドメネオ》にもトロンボーンを用いました。
17. 8月 2011 · (42) 神の楽器? トロンボーン part 1 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

質問です。次の3つの中で正しくないのはどれでしょう?

  1. トロンボーンは神聖な楽器なので、16世紀に教会で用いられた。
  2. トロンボーンは神聖な楽器なので、17、18世紀にはオペラで使用できなかった。
  3. トロンボーンは神聖な楽器なので、19世紀にベートーヴェンが導入するまで、交響曲に用いられなかった。

もしかしたら 3つとも正しい? 今回は1について考えてみましょう。確かにトロンボーンは、ルネサンス時代に例外的に教会で使われた楽器の1つです。それは、トロンボーンが神聖な楽器だったから?

本来、教会で演奏されるのは無伴奏の声楽曲でした。人の声(正確には男の人の声)はもっとも純粋で、神へ祈りを捧げるのにふさわしいと考えられたのですね。現在、ポピュラー音楽も含めて無伴奏の合唱・重唱曲を指す「アカペラ」という言葉は、イタリア語で「礼拝堂で(ア・カペッラ a cappella)」という意味です。ただ、ルネサンス時代のキリスト教の多声音楽は、(7) クリスマスに聴きたい音楽 part 2でご紹介したパレストリーナのミサ曲のように、とてもとても複雑。訓練された聖歌隊員たちでもそのまま歌うのは至難の業でした。

無伴奏の合唱の音程が狂わないように、パイプオルガンと並んで使われたのがトロンボーン。これには、2つの理由が考えられます。1つは、トロンボーンが人の声と溶け合う柔らかな音色も持っていたこと。同じ低音域の楽器でも、ファゴットには難しいことです1

もう1つは、全ての音高を奏することができる楽器だったこと。19世紀にヴァルブ・システムが普及するまで、トランペットもホルンも出せる音が限られていました。スライドを持つトロンボーンだけが、聖歌隊の各声部の旋律をそのまま吹くことが出来たのです2

というわけで、質問の1は原因と結果が逆です。トロンボーンは聖歌隊を支える条件を満たし、教会で使われていたため、神聖な楽器とみなされるようになりました。

現存する最古のトロンボーンは、1551年にニュルンベルクで作られたテナー(B♭管。ベルは漏斗型で直径12cmほど)ですが、さらに古い15世紀末に描かれた図像(図1)をご紹介しましょう3。500年以上も前のトロンボーンの形、現在と変わりませんね。右下の天使は、パイプとダルシマー(箱型の本体にたくさん張られた金属弦を、ばちで打って音を出す楽器)を演奏しています。

図1 最古のトロンボーン図像、リッピ『聖母被昇天』部分(1488−93)

図1 最古のトロンボーン図像
リッピ『聖母被昇天』部分(1488−93)

  1. 初期のトロンボーンはベルが漏斗型で小さく、ファンファーレや戸外の音楽用の大きな音とは別の、静かでニュアンスに富んだ音を出すのが容易だったそうです。Herbert, Trevor “Trombone” in The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25, Macmillan, 2001, p. 789.
  2. (37) ヴィオラはえらい?で書いたように、トロンボーンは「大きいらっぱ」を指す言葉で、イギリスやフランスでサックバットなどと呼ばれた楽器のように、必ずしもスライド付きだったわけではないそうです。同書、p. 766.
  3. フィリッピーノ・リッピ『聖母被昇天』部分、フレスコ画、1488〜93、ローマ:サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会のカラファ礼拝堂。