19. 6月 2013 · (138) 弦楽四重奏:不公平な編成はなぜ? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , , ,

各パートを1人で演奏する音楽である室内楽の中で、最も重要でレパートリーも多いのが、弦楽四重奏曲。ヴァイオリン2人にヴィオラとチェロが1人ずつ。弦楽五重奏やピアノ五重奏などと違って、弦楽四重奏の編成は必ずこの組み合わせと決まっています。

弦楽器って4種類あるのだから、4重奏ならヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス各1の方が自然ですよね。でもそうではなく、ヴァイオリンが2人。その分コントラバスは入れてもらえない。不公平! 以前書いたように、弦楽器の中でコントラバスだけがヴィオール属の血を色濃く残していますが((31) 仲間はずれはだれ?参照)、それが理由ではありません。

「弦楽四重奏の父」ハイドンがこの(不公平な)編成で作曲したいきさつについて、グリージンガーは伝記の中で以下のように述べています。「フュルンベルク男爵という人が、ときどきちょっとした音楽を演奏させるために、彼の主任司祭、管理人、ハイドン、そしてアルブレヒツベルガーを招いた。男爵はハイドンに、この4人のアマチュアが演奏出来るような曲を何か作るようにリクエストした。当時18歳だったハイドンはこれを受けて、彼の最初の弦楽四重奏曲 op. 1, no. 1 を考案した。それが世に出るや否や、世間一般に良く受け入れられたので、ハイドンは思い切ってこの形でさらに作曲した」1

えーっ、たまたまヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1が集まったから、このジャンルが生まれたということ?!? もしも集まった4人のうちの3人がチェリストだったら、ハイドン(とその後)の弦楽四重奏はヴァイオリン1、チェロ3の編成になっていたかもしれないの?!? まさか、そんなはずありませんよね。彼がこの編成のジャンルを「考案」したわけではありません。ちなみに、ハイドンが最初期の弦楽四重奏曲10曲を作ったのは、1757〜62年頃。20代後半です2。18歳なんて、グリージンガーさんサバ読み過ぎ!

不公平な編成の理由は、バロック音楽の通奏低音の中に見つかります。低音旋律楽器と鍵盤楽器の左手が、低音旋律を演奏するのでしたね((132) 楽譜どおり演奏しても足りない場合参照)。前者にはチェロやファゴットだけではなく、コントラバスも含まれます。つまり、チェロとコントラバスは同じパートを演奏していたのです。だから、各パート1人の室内楽ではコントラバスはあぶれて(?!)しまいました。

それならなぜ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽3重奏が主流にならなかったのでしょうか。この理由もバロック音楽のトリオ・ソナタの中に見つかります。トリオとカルテットじゃ1人違う……のではなく、トリオ・ソナタの演奏者も4人でしたね((135) トリオはトリオじゃなかった?参照)。最も一般的だったのは、ヴァイオリン2つとチェロ、チェンバロという組み合わせ。

実はこのトリオ・ソナタは、弦楽四重奏の主要な先駆形態のうちの1つ。2パートのヴァイオリンのかけあいをチェロとチェンバロの通奏低音が支えていたのですが、このバロック時代の伴奏習慣は次第に廃れていきます。チェンバロ(の右手)に代わって、旋律と低音の間を埋めるために使われるようになったのが、ヴィオラ(ようやく登場! (37) ヴィオラはえらい?参照)。でも、ヴィオラ1つで和音充填するのはかなり難しい。そのため、ヴァイオリン1は旋律、2はヴィオラとともに伴奏という分業が普通に。

というわけで、弦楽四重奏の編成が不公平なのは、バロック時代のトリオ・ソナタがご先祖様の1つだったから。もう1つのご先祖様については、また改めて。

  1. Jones, David Wyn, “The Origins of the Quartet” The Cambridge Companion to the String Quartet. Cambridge University Press, 2003, p. 177(グリージンガーの『伝記』の英訳が引用されている)。大宮真琴はアルブレヒツベルガーを有名な対位法家本人と書いていますが(大宮真琴『ハイドン』音楽之友社、1981、44ページ)、Jonesはその兄弟のチェリストとしています。
  2. Jones, 前掲書、178。