16. 11月 2016 · (295) 天使が奏楽する謎の弦楽器その2 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

2週お休みしてごめんなさい。学会発表が無事終わり、ようやく日常に戻りました。今回のコラムも、(293) 管楽器は弦楽器より偉かった!!? で参照したメムリンクの『奏楽の天使』について。左パネル左端の天使が持つのは、チェンバロの前身楽器プサルテリウムでしたね((294) 謎の弦楽器参照)。それでは、その隣(図1中央)の天使が演奏している楽器は何でしょう?? 右手の弓が無ければ、楽器とは気づかないかも。

図1:メムリンク『奏楽の天使』左パネルより

図1:メムリンク『奏楽の天使』左パネルより

プサルテリウムと同じくらいへんてこりんなこの楽器、ヨーロッパ最古の弦楽器の1つです。名前は、トロンバ・マリーナ。イタリア語で「海のラッパ」という意味で、英語ではそのままトランペット・マリーンです。弦楽器なのにラッパと呼ばれる理由はこれから説明しますが、なぜ「海」なのかは諸説あって(イタリア艦船が備えていた伝声管に似ていたという説や、マリーナを聖母マリアと結びつける説など)わかりません1。ドイツ語ではトルムシャイト。図2のように、ヨーロッパの楽器博物館の常連ですが(右は guitarra moresca ムーア人のギター)、実は私も今まで、どのような楽器か詳しくは知りませんでした。

図2:トロンバ・マリーナ(バルセロナ音楽博物館蔵、右は guitarra moresca ムーア人のギター)

図2:トロンバ・マリーナ(バルセロナ音楽博物館)

旋律弦は1本。モノコルドですね(他にドローン弦が張られるものもありますが)。弓で擦って音を出すとき、他の弦楽器とは逆に、左手でさわったところよりも糸巻き寄りを弓で弾きます(図1参照)。左手は、弦を押さえるのではなく、触れるだけ。弦楽器のフラジオレット、倍音奏法ですね。トロンバ・マリーナでは大体、開放弦の第6〜13あたりの倍音を中心に、ときには第16倍音くらいまで使いました。使える音が倍音だけなのは、ナチュラル・トランペットと同じですね。

図3:トロンバ・マリーナ

図3:トロンバ・マリーナ

ただ、トランペットの名前が付いているのは倍音のせいではなく、その音色。トロンバ・マリーナの弦は駒の片方の足の上に偏って乗せられます。乗っていない側の駒の足は響板からほんのすこし浮いていて、弓で弦を擦ると駒が振動し、その足が響板に触ったり離れたりします。このビリつきのせいで、ラッパのような音になるのです。(291) 《ロマンティッシェ》第3楽章トリオの「手回し風琴とは」で取り上げたハーディ・ガーディも、同じような構造の駒がうなりを作り出します。

図4:トロンバ・マリーナの駒

図4:トロンバ・マリーナの駒

大型のトロンバ・マリーナは底を地につけて構えますが、小型の場合は天使のように高く掲げることもあります。下の動画ではつっかえ棒のようにして弾いていて、天使の構え方はそれと良く似ています2。修道尼たちはこの楽器を、合唱の男声の代わりに使ったそうです3。世俗音楽にも使われ、15世紀から18世紀半ばまで人気がありました(動画の最後で「6世紀間続いた」と言っているのは、12世紀末まで遡ることができる前身楽器も含めた年月でしょう4)。

  1. 高野紀子「トロンバ・マリーナ」『音楽大事典4』平凡社、1982年、1675ページ。図3も同ページ。
  2.  https://youtu.be/MswTN7cotoo
  3. 前掲書。
  4. Adkins, Cesil. ‘Trumpet marine,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25. Macmillan, 2001, p. 841.
25. 12月 2012 · (113) 愛の楽器? クラリネット (1) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

ブラスバンドの花形で、クラシックはもちろんジャズなどにも使われるクラリネット。シングル・リード属を代表する吹奏楽器です。オーケストラの木管楽器の、高い方から3つ目。文字通りの意味は、Allegro → Allegretto のように、Clarino + etto で「小さなクラリーノ」((37) ヴィオラはえらい?註1参照)。えっ、クラリーノって何?

claro とか clario などは、「はっきりとした、よく通る、騒がしい、かん高い」などを意味するラテン語 clarus に由来する語1。フランス語では claron で、14世紀には clairin、clarin、clerain、clerin、clairon など、様々な形で使われました。トランペットとペアで言及されることが多かったということは、トランペットに似た楽器だったのでしょう。当時は様々なサイズや形のトランペットがあったので、よく通る、かん高い音を出す短いトランペットが clairin、clarin……と呼ばれたのではないかと考えられています。

16世紀のスペインでは、clarin が高音を出すトランペットだけではなく、通常のトランペットの高いパートを指す言葉としても使われたようです。17世紀半ば以降、ドイツでもトランペットのパートが、クラリーノ1、クラリーノ2などと書かれるようになりました。当時のトランペットはもちろんナチュラル・トランペット。ただの管ですから、自然倍音(図1)しか出せません。低音域はドミソだけ(ファンファーレを吹くくらいですね)。旋律を吹くなら、高音域を使う以外に方法はありませんでした。この高音域を受け持つのが clarin(o) パート、この高音域を演奏する高度な技術が「クラリーノ奏法」です。

armonico

図1:自然倍音列

トランペットの話が長くなってしまいましたが、クラリネットという名前は、つまり、音が明るいことに由来します2。クラリネットは、18世紀初めころ、ニュルンベルクの楽器製作者デンナーがシャリュモーから改良したことになっていますね。でも、詳しいことは不明。だいたい、シャリュモーという楽器がよくわからないのです。しばしば、シングル・リードの円筒管と説明されますが、17世紀には、シングル・リードのみならず、チャルメラのようなダブル・リードも含めた様々な管楽器がシャリュモーの名で呼ばれていました。もとの楽器がはっきりしないので、その改良もはっきりしません。

ただ、左手の親指で操作する「レジスター・キー(スピーカー・キー)」が、明るい音を作ります。発明者が誰かはわからないこのキーに触れながら、低音域(シャリュモー音域と呼ばれます)と同じ運指で吹くと、それぞれの音の12度上の音が出るのです。これがクラリーノ音域。太い低音域にくらべて、つややかではっきりした音色です。オクターヴではなく、オクターヴ+5度上の第3倍音が出ますから、幅広い音程の跳躍が得意。シャリュモー音域とクラリーノ音域の間の音は響きがあまり良くなく、クラリーノ音域よりも高い音域はやや鋭い音になりますが、この4種類の音色のコントラストがクラリネットの大きな魅力になっています。

  1. Dahlqvist & Tarr, “Clarino” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 5. Macmillan, 2001, p. 911.
  2. 瀬木悠「クラリネット」『音楽大事典2』平凡社、1982、791ページ。