23. 11月 2016 · (296) 英語で何と言うのか? 対向配置について はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

最近はアマ・オケの演奏会でも、対抗配置がそれほど珍しくなくなりました。対向配置とは、セカンド・ヴァイオリンが客席から見て舞台の右側(以後、左右は全て客席側から見た方向)に置かれ、左側のファースト・ヴァイオリンと向かい合う配置(以後、ファースト、セカンドは全てヴァイオリン)。ファーストの隣にチェロ、その後ろにコントラバスが位置し、ヴィオラはチェロとセカンドの間です(図1参照)。舞台左側にファーストとセカンドを並べる配置が一般的になる前に、使われました。

図1:対抗配置(弦のみ)

図1:対向配置(弦のみ)

対向配置は、両翼配置、古典配置とも呼ばれます。これらを英語では何と言うのでしょうか? いろいろ探しているのですが、今のところ特定の用語は見つかりません。そもそも「配置」も、(seating)plan、arrangement、layout、position、placement、setting など、いろいろな語が使われます。「2つのヴァイオリン群が指揮者の両脇に」などと説明されるところを見ると、「対向、両翼」配置は、日本独特の用語?!

ただこれを「伝統的な traditional」配置と呼ぶ記事がいくつかありました1。一方、現在一般的な配置は「現代の modern」配置、あるいは「標準的な standard」配置などです2。また、現在の配置を「アメリカ式」、古い配置を「(古い)ドイツ式」と書いたものもありました3

ところで、対向(両翼)配置はいつ頃使われたのでしょうか。古典派時代? 確かにベートーヴェンは、この配置をうまく利用しています。よくあげられる例が、《第九》第2楽章のフガート。右端のセカンドから始まり、ヴィオラ、チェロ、ファースト、コントラバスと、フガート主題が順に左に受け渡されていきます。

セカンドがファーストの隣りに座るのが一般的になるのは、実はかなり最近のことです。既にご紹介したメンデルスゾーンの革命的配置((96) オーケストラの楽器配置、ライプツィヒ、1835参照。左右逆でしたね)や、パリ((174) パリ、1828)、ロンドン((260) ロンドン、1840)の例のように、19世紀もずっと、対向(両翼)配置が使われました。チャイコフスキーの《悲愴》交響曲(1893)で、ファーストとセカンドが1音ずつ旋律を分担する終楽章冒頭(譜例1参照)は、対向配置によりステレオ効果が際立ちます。

譜例1:チャイコフスキー《悲愴》交響曲終楽章冒頭

譜例1:チャイコフスキー《悲愴》交響曲 終楽章冒頭

マーラーが1905年に《第九》を演奏したときの写真(図2)では、指揮者の左側にチェロが見えます。ストコフスキーが1916年3月2日に、フィラデルフィア管弦楽団とマーラーの《一千人の交響曲》のアメリカ初演を行ったときの写真(図3)も、対向配置ですね。そう、20世紀になっても対向配置が使われていたのです。あれれ、現在の配置を始めたのはストコフスキーではなかったかな……?? ((297) 対向配置を変えたのは誰?(298) ストコフスキーの楽器配置に続く4

図2:ベートーヴェン《第九》を指揮するマーラー(ストラスブール、1905)

図2:ベートーヴェン《第九》を指揮するマーラー(ストラスブール、1905)

図3:ストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団(1916)

図3:ストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団(1916)

  1. Huffmann, Larry, “Interviews with Leopold Stokowski,” http://www.stokowski.org や、Marks, Peter, “Divided violins: Sir Adrian would be pleased,” http://musicdirektor-smallgestures.blogspot.jp など。後者は「自分は伝統的配置と呼ぶ」と但し書き付きです。図2、図3も Marks より。
  2. 「現代の」は上記 Marks。「標準的」は Koury, Daniel J., Orchestral Performance Practices in the Nineteenth Century. Univ. of Rochester Press, 1988 など。
  3. Rasmussen, Karl Aage, Laursen, Lasse, “Orchestra size and setting,” trans. by Reinhard, http://theidiomaticorchestra.net.
  4. 漢字のミスを指摘してくださった読者の方、どうもありがとうございます。私、ずっと間違って覚えていました。皆さま、ごめんなさい。
31. 12月 2014 · (218) チャイコフスキーとリスト はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

(203) チャイコフスキーの気持ち良さで、コントラバスを除く弦楽器全体に同じ旋律を弾かせ、3、4オクターヴのユニゾンで朗々と響かせるチャイコフスキーの書法について書いたとき、「こうした”オケ鳴らしのしかけ”はチャイコフスキーが音楽としては嫌悪してたリストのピアノ曲の書法を手本にしてたようです」(原文ママ、下線筆者)というコメントをいただきました。どうもありがとうございます。

たしかにリストのピアノ曲には、両手のオクターヴ・ユニゾンが使われますね。でも、それだけで両者を結びつけるわけにはいきません。「ようです」のような推定ではなく、誰がそう考えてどこに書いているかを特定し、その主張が正しいか検討すべきだからです(音楽学に限らず、ネット上に出所不明の情報があふれ、どんどん拡散しているのは恐ろしいことです)。

結論から言うと、これまで私が調べた英語と日本語の資料の中には、チャイコフスキーのオーケストレーションがリストのピアノ曲からの影響という記述は見つかりませんでした。むしろ、逆の印象です。リストのピアノ協奏曲第1番は、ソロ・パートがオクターヴ・ユニゾンで始まってオクターヴ・ユニゾンで終わるような曲。でもチャイコフスキーはこの曲(と第2番)をいつも、「華やかだが空虚」と感じていたらしく、1887年3月、散歩の途中この協奏曲の主題をハミングし始めた友人を咎めて「あの役者を思い出させないでくれ。彼のうそっぽさとわざとらしさには耐えられない」と言いました 1。両手のオクターヴ・ユニゾンがリストの専売特許というわけではありませんしね(今後も関連資料に注意していくつもりですが)。

チャイコフスキーとリストの関係について、3つあげておきます。第1は、チャイコフスキーのリスト観。嫌悪していたかどうかはわかりませんが、彼がリストを高く評価していなかったことはたしかです。リストの70歳記念ガラ・コンサート(オール・リスト・プログラム)に出席し、このように書いています。

熱狂したイタリア人たちの大喝采に心が動かされ乱されているこの偉大な老人の姿を見て、感動しないではいられませんでした。しかしながら、リストの作品自体には感激しませんでした。本当の創造的な力よりも詩的な意図、デッサンよりも色を塗ることが優位に立っています。手短に言うと、すべての効果的な包装にもかかわらず、リストの作品は中身の空虚さによって台無しになっているのです。シューマンとは正反対です(メック夫人への手紙、1881年12月、ローマ)2

一方で、リストの全てに否定的だったわけではありません。彼の宗教的オラトリオを高く評価。また、《死の舞踏》に写実的な描写を望む人々に対し、「深淵で繊細な芸術家」とリストを擁護しています3

第2はリストの影響について。交響詩を創設し、ロシアの作曲家たちにも大きな影響を与えたリスト。チャイコフスキーも例外ではありません。交響詩と名付けた作品は残さなかったものの、初期の交響的幻想曲《運命》(1868。友人にリストの交響詩風と批判され、初演後にスコアを破棄。死後、残されたパート譜から作品77として出版)、幻想序曲《ロメオとジュリエット》(初稿:1869)、幻想曲《フランチェスカ・ダ・リミニ》(1876)、《マンフレッド》交響曲(1885)、幻想序曲《ハムレット》(1888)など、ほぼ生涯にわたって標題音楽を書いています。

第3に、彼らの直接の交流について。チャイコフスキーは1874年に、リストのピアノ伴奏付き歌曲《トゥーレの王》をオーケストラ用に編曲。1880年にリストは、チャイコフスキーのオペラ《エフゲニー・オネーギン》第3幕のポロネーズを元に、華やかなピアノ用パラフレーズを作りました。2人が初めて会ったのは、1876年夏の第1回バイロイト音楽祭。リストは1886年に亡くなる前、サイン入りの写真をチャイコフスキーに送っています。

  1. Brown, David, Tchaikovsky Remembered, Faber & Faber, 1993, 66.
  2. 英訳は ‘Tchaikovsky Research: Franz Liszt’(http://wiki.tchaikovsky-research.net/wiki/Main_Page.
  3. 同上。
08. 10月 2014 · (206) ワルツの世紀 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

台風接近による暴風雨と京浜東北線の乱れにもかかわらず、聖フィル第11回定期演奏会にいらしてくださった皆さま、どうもありがとうございました。田部井剛先生の指揮、梅津美葉さんのしなやかで情熱的なヴァイオリン、楽しんでいただけましたでしょうか。コラム恒例アンコール解説シリーズは、(練習中に飛んで来た田部井先生のご質問への回答も兼ねて)ワルツについて。

(129) ワルツとチャイコフスキーに既に書いたように、今回のアンコール《眠りの森の美女》第1幕のワルツだけではなく、チャイコフスキーは三大バレエ全てに優美なワルツを書いています。オペラ《エウゲニー・オネーギン》第2幕冒頭、タチアーナの命名日を祝う舞踏会シーンのワルツも有名。チャイコフスキーって、ワルツのスペシャリスト??

1814〜15年のウィーン会議によって、ヨーロッパ中に広まったワルツ。ウィンナ・ワルツ(ランナー、ヨハン・シュトラウス父子が大成)に代表される舞踏会用ワルツは、オペレッタにも取り入れられ、ウィーン以外でも「肩の凝らない」クラシックの重要なレパートリーに。《ドナウ川のさざなみ》(イヴァノヴィチ)、《スケーターズ・ワルツ》(ヴァルトトイフェル)、《金と銀》(レハール)など、ご存知でしょう。

バレエではチャイコフスキー以外に、ドリーブ《コッペリア》や《シルヴィア》。オペラではグノー《ファウスト》の〈ファウストのワルツ〉、ヴェルディ《ラ・トラヴィアータ》の〈乾杯の歌〉、プッチーニ《ラ・ボエーム》の〈ムゼッタのワルツ〉、リヒャルト・シュトラウス《サロメ》の〈7枚のヴェールの踊り〉、《バラの騎士》の〈オックス男爵のワルツ〉などが浮かびます。

実用ではない芸術音楽としてのワルツと言えばショパンのピアノ用ワルツですが、シューベルトはそれより前に、演奏会用ワルツをたくさん作りました。ヴェーバーの《舞踏への招待》の「序奏+いくつのワルツ+コーダ」という形は、後にウィンナ・ワルツの定型に。リストは《メフィスト・ワルツ》が有名。4手用ワルツ集を出版したのは、ヨハン・シュトラウスと親しかったブラームス((58) ヨハン・シュトラウス(2世)とブラームス参照)。彼は、4重唱曲集《愛の歌》《新・愛の歌》を、全て(それぞれ18曲と15曲)ワルツで作曲しているそうです。

オーケストラ曲では、ベルリオーズの《幻想交響曲》第2楽章〈舞踏会〉、前回の定演で演奏したサン=サーンスの《死の舞踏》、シベリウスの〈悲しいワルツ〉(オペラ《クオレマ》から演奏会用に編曲)、ラヴェルの《高雅で感傷的なワルツ》や《ラ・ヴァルス》。19世紀から20世紀初めにかけて活躍した作曲家のほとんどが、オーケストラや器楽のためのワルツを手がけています。

でも、絶対音楽である交響曲や室内楽にワルツを取り入れたのは、チャイコフスキーくらい。今回のメイン、交響曲第5番第3楽章や、弦楽のためのセレナード第2楽章がそれ(《幻想交響曲》は標題音楽。絶対音楽ではありません。(173) 《幻想交響曲》の奇妙さ参照)。メヌエットやスケルツォと同様に3拍子とはいえ、完全に意表を突く組み合わせ。それでいて、特に違和感はありません。これだけでも、ワルツのスペシャリストと呼べるかもしれませんね。

以前、ピアノ協奏曲や三大バレエを練習したときにも感じましたが、チャイコフスキーの音楽って、演奏していて・聴いていて気持ち良いですよね。なぜでしょうか?

チャイコフスキーの音楽の特徴と言えば、まず何よりもメロディー。甘く切なく泣かせてくれます。でも、よく見ると彼のメロディーって音階ばかり!? ほとんどが、上か下の隣の音に進む順次進行でできています。フレーズの変わり目で、ちょっと遠くに跳ぶ(跳躍進行)くらい。

たとえば、交響居曲第5番冒頭の「運命の動機』((202) 循環形式の到達点?! 参照) 。同じ高さの反復音を省くと、「ソ-ラ-ソ-ファ-ソ–ミ シ-ド-シ-ラ-シ–ソ ミ-レ-ド-シ-ラ-ソ」(実音。ファはファ♯。以下同)。「ソ–ミ」と「シ–ソ」以外、お隣に進むだけです。この動機から生まれた第1主題も、反復音やタイ、休符、スラーなどで複雑に見えますが、追加された最初の「ド」以外、順番に上がって下りています(ド–ミ-ファ-ソ-ラ-ソ-ファ-ミ ド–ソ-ファ-ミ)。

主旋律だけではありません。弦楽器がこの第1主題を受け持つ、57小節からの対旋律。それまで主題を吹いていたクラリネットとファゴットによる16分音符も、上がって下りる順次進行です。また、第1主題が fff で奏される108小節からの低音旋律。オクターヴの折り返しをしながら「ミ-レ-ド-シ-ラ♯-ラ-ソ-ファ……」とずんずん下りていきます。ただの(?!)順次進行ですが、いったいどこまで下がるのかと、思わず低音に集中してしまいます。シンプル・イズ・ベスト!

この「ずんずん下り」を「そろそろ上り」と組み合わせたのが、提示部の締めくくり(コデッタ)に向かう部分(譜例1)。主旋律は、第2主題のシンコペーションの音型で「ミ-ファ-ソ-ソ♯-ラ……」と半音を多用しながら上ります(188小節)。低音部も「レ-ド-シ-シ♭-ラ-ソ-ファ-ファ♮……」とずんずん下降(186小節)。ストリンジェンド(次第に急き込んで。イタリア語の動詞 stringere 「締め付ける」のジェルンディオ形 (193) アニマートとアニマンド参照)とクレッシェンドしながら音域を拡げ、前半の頂点へ。

「そろそろ上り」の主旋律はフルート、オーボエ、クラリネット、ヴァイオリン1と2、ヴィオラ、チェロが担当。「ずんずん下り」の低音旋律はファゴット、トロンボーン3番、チューバ、コントラバス。これだけ演奏するパートが多いのに、どちらにも和音を構成する下の音はついていません。上り下りとも、全員で同じ旋律(ユニゾン)を演奏します。チャイコフスキーはこのユニゾンの使い方が絶妙! ヴァイオリン1と2、あるいはヴィオラとチェロが同じ旋律を弾くことはよくありますが、チャイコフスキーは、コントラバス以外の全弦楽器にユニゾンさせるのです。

ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロはそれぞれ音域が異なるので、「そろそろ上り」は同じ音とはいえ3オクターヴの幅で進みます。頂上にたどり着いた194小節からは、なんと4オクターヴ幅に。コントラバス以外の弦楽器が全て同じメロディーを fff で弾いているだけでも大迫力なのに、4オクターヴの厚みは圧倒的。しかも、同属楽器ですから楽器同士で互いに共鳴し合い倍音も鳴って、オーケストラ全体がより豊かな響きに。シンプル・イズ・ベスト!

演奏していて・聴いていて気持ち良いのは、このようなチャイコフスキーならではのしかけ(シンプルさ)のおかげなのですね。

譜例1:チャイコフスキー作曲交響曲第5番第1楽章 183〜95 小節 弦楽器

譜例1:チャイコフスキーの交響曲第5番第1楽章 183〜95小節 弦楽器

10. 9月 2014 · (202) 循環形式の到達点!? チャイコフスキ―の第5交響曲 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

前の楽章の旋律を後の楽章でまた使うなんて、ありえなかった時代。ベートーヴェンの《運命》終楽章には、第3楽章の後半が唐突に登場します((13) 《運命》「掟破り」のベートーヴェン参照)。ベルリオーズは《幻想交響曲》で、1つの旋律(イデー・フィクス)を変形しながら全楽章に使いました((173) 《幻想交響曲》の奇妙さ参照)。その後、多くの作曲家がこの循環形式で曲を作りましたが、《幻想》のように旋律が全楽章に循環する例はそれほど多くありません。

チャイコフスキーの第5番交響曲で循環するのは、第1楽章冒頭の序奏主題。クラリネットによる低音域でつぶやくような地味な(暗い??)メロディーで、「運命の主題」と呼ばれます。チャイコフスキー本人がスケッチに、「序奏。運命の前での、あるいは同じことだが、人に計り難い神の摂理の前での完全な服従」と標題(プログラム)を書き込んでいるからです1。第1楽章で「運命の主題」が現われるのは、この序奏部分だけ。でも、クラリネットとファゴットが吹く主部の第1主題は、この「運命の主題」から生まれたもの。アウフタクトを除くと、3回の同音連打で始まり、ゆるやかに上行して下降する旋律線、実音でミとラ(ホ短調のトニックとサブドミナント)を繰り返す低音の動きなどがそっくり。第1楽章は「運命の主題」の最初の変形に基づいているとも言えます。

第2楽章アンダンテ・カンタービレでは、稀代のメロディー・メーカーの名旋律が贅沢に使われる中、突然「運命の主題」が登場。あの地味な主題が、全奏の堂々とした響きに様変わり。その後、何事も無かったかのようにもの悲しく美しく楽章が終わる……と思いきや、最後にもう一度「運命の主題」。1回目よりもさらに激しく劇的に、現実を突きつけます。

第3楽章は優美なワルツ。まさかもう現われないだろうと油断させておいて、最後の最後に「運命の主題」登場。クラリネットとファゴットが低音域で、3拍子に変わった(ワルツですから当たり前ですが)旋律を吹きます。「運命はあなたを忘れていませんよ」ということ?? でも、ぼそぼそしたつぶやきがちょっとユーモラスにも聞こえます。

終楽章は第1楽章と同様に、「運命の主題」で始まります。相変わらず低音域ですが、ここではホ短調ではなくホ長調。ヴァイオリンとチェロによって、朗々と歌われます。主部に入ってからも、提示部や再現部の最後(後者はコーダへの移行部)に現われますが、何と言っても圧巻はコーダ。「運命の動機」長調版が華やかに高らかに奏され、まるで勝利宣言のよう。さらに、この旋律から生まれた第1楽章第1主題の長調版が戻って来て、曲を締めくくります。

循環形式は、旋律を複数の楽章で繰り返し使うことで楽曲全体に統一感をもたらすと同時に、旋律を変形し続けることで音楽を展開し前に進む原動力を生み出します。変形には無限の可能性がありますから、まさに作曲家の腕の見せ所。チャイコフスキーは交響曲第5番で、「イデー・フィクス」型の循環手法を有機的かつ構築的に用い(ベートーヴェンが《エロイカ》や《運命》で多用した、主題動機労作を思い出させます)、野心的な作品に仕上げていますね。

  1. 訳は森垣桂一「ミニチュア・スコア解説」『チャイコフスキー交響曲第5番、音楽之友社、2010、v。英語では「the agency of fate」(Horton, Julian, “Cyclical Thematic Processes in the Nineteenth Century” The Cembridge Companion to the Symphony, ed. by Julian Horton, Cambridge University Press, 2013, 212)なので、正確には「運命」ではなく「運命の力」の主題。スケッチの中の「神の摂理(Providence)」とも関連しています。
13. 8月 2014 · (198) チャイコフスキーの調選択 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

チャイコフスキーの交響曲第5番の4つの楽章は、ホ短調ーニ長調ーイ長調ーホ長調。この選択は、ちょっと変わっています。

古典派の交響曲では、第3&4楽章は第1楽章と同じ調(主調)。第2楽章(緩徐楽章)だけが対立調でした。そもそも、交響曲のご先祖様シンフォニーア(イタリア風序曲)の「独立した3部分」が、主調ー対立調ー主調で作られました((18) 「赤ちゃん交響曲」誕生まで参照)から、メヌエットが加わって、主調ー対立調ー主調(メヌエット)ー主調が標準パターンになったのです。モーツァルトの時代なら、40番交響曲「ト短調ー変ホ長調ート短調ート短調」のような調選択になったはずです。

ベートーヴェンのほとんどの交響曲も、ほぼこの標準パターン(例外は、第3楽章も主調と異なる「イ長調ーイ短調ーヘ長調ーイ長調」の第7番)。ただ、ひねり(!?)が加わりました。《運命》交響曲の主調はハ短調なのに、終楽章はハ短調ではなくハ長調。この短調における「暗黒から光明へ」「苦悩を乗り越えて歓喜へ」型が、ロマン派の作曲家たちに好まれます。

チャイコフスキーの5番も、第1楽章ホ短調、終楽章ホ長調の部分は、ロマン派の標準パターン(しかも、終楽章の序奏部とコーダ部分はホ長調ですが、ソナタ形式の主部は、主調のホ短調ですね)。ただ、第2楽章がニ長調というのが珍しい選択。遠隔調ではありません(ニ長調は、ホ短調の平行調の属調。(77) 近い調、遠い調参照)が、第1楽章の導音嬰ニ音(レ♯)を元に戻したニ音を主音とした調だからです。

この交響曲の調号にお気づきでしょうか。第1楽章ホ短調は♯1つ、第2楽章ニ長調は♯2つ、第3楽章イ長調が♯3つ、終楽章ホ長調が♯4つ。4つの楽章を全部違う調にしたのみならず、♯が1つずつ増えています。偶然?? 「ホ短調で始まりホ長調で終わる交響曲を作ろう……ということは、第1楽章は♯1つ、終楽章は♯4つ……それなら2楽章は♯2つ、3楽章は♯3つにしちゃおう!……ホ短調とニ長調の楽章を並べるのは、ちょっと無理があるかな?……ま、いいか……」とチャイコフスキーが考えた……わけではないと思いますが。

06. 8月 2014 · (197) 6,000ルーブルの価値:チャイコフスキーの年金 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags:

チャイコフスキーがナデジダ・フォン・メック(1831〜94)から14年間に渡って受け取っていた年金、6,000ルーブル。モスクワ音楽院の教師職を辞め、「多くの時間を外国旅行と別荘地で過ごしながら自由に作曲活動を行う」のに十分な額でした1。いったいどれくらいか、知りたくなりますよね。

でも、この6,000ルーブルを現在の貨幣価値に置き換えるのは難しい! 1880年代のロシアと現代の日本は全てがあまりにもかけ離れていて、単純には比較できません。チャイコフスキーが暮らしていた時代と地域における生活必需品の値段と較べられれば、少しは具体的なイメージがわくかな……??

以前、ハイドンの給料を当時の食品で置き換えてみたことがありましたね((105) ハイドンの給料 (1) 参照)。1772年の彼の月給は、およそ豚や雄牛4頭分、乳牛6頭分、米160kg分、ビール1435リットル分、卵11480個分。今の日本では、米160kgが80,000円、缶ビール1435リットルは約190,000円、卵1148パックは229,600円。ハイドンの頃と現代日本ではものの価値が大きく異なるため、かえって混乱してしまいます。

同じ貨幣価値で比較するには、どうすれば良いのか? 考えついたのが、チャイコフスキーのそれ以前の年収との比較2。モスクワ音楽院の年棒は:

  • 1867年(音楽院に勤め始めた年) 1,200ルーブル
  • 1868年             1,441ルーブル
  • 1871年             1,673ルーブル95コペイカ(1ルーブル=100コペイカ)
  • 1876年(最後の年)       2,475ルーブル

これ以外に、作品が出版されれば40、50ルーブルの印税も入りましたし、音楽批評、個人教授、大きな作品による臨時収入もありました。それでも「彼の年収は二千から、せいぜい三千を越えることはなかった」3。つまり、一生懸命に働いて得ていた金額の2倍以上を、年金として受け取ることができるようになったのです! 6,000ルーブルがどれくらいか換算できなくても、「ありがたみ」は十分理解できますね。

最後に、「現在の感覚でいえば音楽院の俸給はどの程度になるのであろうか。1ルーブルを一万円とは数えられないまでも、三千円から五千円には数えることができるように思われる」という、森田稔の記述をあげておきます4。余計な回り道しないで、初めからこれを教えろって?! 6000掛ければ、いくらかわかるって?! 確かに、チャイコフスキー専門家の書物に印刷された数字ですが、時代も地域も大きく異なる2地点での比較・換算であることを忘れないでくださいね5

  1. 森田稔「チャイコフスキー」『音楽大事典3』平凡社、1982、1472ページ。
  2. 森田稔『新チャイコフスキー考:没後100年によせて』NHK出版、1993、121ページ。
  3. 前掲書、122ページ。
  4. 同上。
  5. ロシア文学者の亀山郁夫は、自身が訳したドストエフスキー:『カラマーゾフの兄弟2』の「読者ノート」で、1ルーブルは五百〜千円が妥当と書いています(光文社古典新訳文庫、2007、489ページ)。1860年代の大学教員の年収が約3,000ルーブルであったことがその根拠。森田の説と、かなりの差があります。ただ、亀山説では現在の大学教員の年収が150〜300万円になってしまいますね。
17. 4月 2013 · (129) ワルツとチャイコフスキー はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

聖光学院の新講堂ラムネ・ホールで行われた、聖フィル第8回定期演奏会にいらしてくださいました皆さま、どうもありがとうございました。オール・チャイコフスキー・プログラム、聖光学院OBとの共演、サプライズなど盛り沢山のコンサート、いかがでしたでしょうか。演奏会を締めくくったのは、弦楽器のピッツィカートで始まるワルツ。王子ジークフリートの誕生日を祝いに集まった村の娘たちが踊る、《白鳥の湖》第1幕第2曲でした。というわけで、今回のアンコール特集はワルツについて。

円舞曲と訳されるように、回りながら滑るように踊るワルツ。新しい社交ダンスとして流行した理由は、宮廷で踊られていた形式ばったメヌエットとは対照的なステップの自由さもさることながら、何と言っても男女の組み方。手をつなぐ、あるいは腕を組む程度(!?)の他の踊りと違い、ワルツは男女がぐっと接近して、抱き合うように組むのがポイント。不道徳だと禁止された地域もあったようです1

舞踏会用の実用音楽ワルツを芸術的に洗練させたのが、ランナーと、「ワルツの父」「ワルツ王」のヨハン・シュトラウス父子。彼らはオーケストラとともに演奏旅行をし、ウィンナ・ワルツは国外でも大人気に((57) ヨハン・シュトラウスは人気者参照)。こうしてワルツは、19世紀から20世紀初頭にかけて、あらゆるジャンルの音楽に使われることになります。

作曲家の国籍にかかわらず、オペラ、オペレッタ、バレエなどの舞踏会シーンにはワルツ。上記の村の娘たちの踊りや《くるみ割り人形》の《花のワルツ》のようにバレエの群舞や、ソロ用にも(むしろ、バレエでは男女2人で踊るワルツは少数)。踊りと言えば、ヨハンではなくリヒャルトの方のシュトラウスが作ったオペラ《サロメ》の《7枚のヴェールの踊り》にも、ワルツが使われています。

一方、踊るためではないワルツもあります。ピアノを弾く人にとって、ワルツといえばショパン! きらびやかな曲、軽い曲、メランコリックな曲など、自由な形式による様々なワルツは、ピアノ初級者のあこがれの的です。プッチーニのオペラ《ラ・ボエーム》の中の《ムゼッタのワルツ》も同様。「私が街を歩けば」と始まるアリアの歌詞に、踊りは全く出て来ません。でも、金持ちのパトロンがいながら元恋人(貧乏画家)の気を惹く、派手なうぬぼれ女のように見えるムゼッタの真の想いを、揺れるワルツのリズムが絶妙に表現しています。

踊りと関係の無いワルツの極めつけは、チャイコフスキー。彼はなんと、交響曲にワルツを入れたのです。ベートーヴェン以来、交響曲の第3楽章はスケルツォ((101) メヌエットからスケルツォへ参照)がお約束。でも、チャイコフスキーは交響曲第5番の第3楽章に、ワルツを使ってしまいました。室内楽も同様。弦楽セレナード第2楽章は、流れるような優美なワルツです(《第九》のように第3楽章が緩徐楽章)。昨年のウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサートで、《眠りの森の美女》のワルツなどが演奏されて話題になりましたが、考えてみるとチャイコフスキーはウィンナ・ワルツから、バレエやオペラに留まらない、計り知れない影響を受けています。

チャイコフスキーのワルツと言えば、もうひとつ。ピアノのための18の小品(op. 72)第16番のタイトルは、《5拍子のワルツ》。作曲家がワルツと書いているのだからワルツなのでしょうけれど、これってワルツ? 5拍子では、踊れませんよね。

  1. Lamb, Andrew, “Waltz” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 27. Macmillan, 2001, p. 73.
10. 4月 2013 · (128) ロマン派の協奏曲:「作り付け」カデンツァ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

第8回定期で演奏するチャイコフスキーのピアノ協奏曲と、第6回定演で取り上げたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。今回は、協奏曲に登場するカデンツァを、ロマン派と古典派で比較してみましょう。その前にまず、カデンツァとは何か。以下の説明の中で正しくないはどれでしょう。

    1. オーケストラの伴奏無しで、ソリストが自由に技巧を発揮する部分
    2. 協奏曲だけに使われる
    3. 古典派時代に成立した
    4. 楽章の最後に置かれる
    5. 本来、即興で演奏された

正しくないのは2と3。ソリストが華やかな名人芸を披露するカデンツァは、協奏曲だけではなく、オペラのアリアにおいても重要です。またカデンツァは、古典派より前のバロック時代((27) 音楽史の時代区分参照)の協奏曲やオペラでも使われました。カデンツァは、4のように楽章の最後、正確にはソナタ形式の再現部の最後に置かれ、その後に終結部が続きます。ただ、展開部と再現部の間に置かれた、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のような例外もあります。

本題に戻りましょう。2曲のカデンツァの違いは? チャイコフスキーもベートーヴェンも、第1楽章の終わりにカデンツァがあります。場所は同じですが、中身は大違い。ベートーヴェンがヴァイオリン協奏曲の独奏パート譜に書いたのは、フェルマータとトリルの記号付きのミの2分音符だけ(譜例1)。中身は作っていません。一方、チャイコフスキーのカデンツァは、チャイコフスキー本人の作。

譜例1:ベートーヴェン作曲ヴァイオリン協奏曲第1楽章カデンツァ

譜例1:ベートーヴェン作曲ヴァイオリン協奏曲第1楽章カデンツァ

ここで重要なのが5。カデンツァはもともと、即興で演奏するものでした(多くの場合、ソリストは予め考えておいたのでしょうけれど)。ベートーヴェンは、基本的に自分で独奏するために作ったピアノ協奏曲では、自作のカデンツァを残しています。ヴァイオリン協奏曲は、独奏者にお任せして自分では書きませんでしたが、これを編曲して作ったピアノ協奏曲には、カデンツァが4種類も残されているそうです。

重要なのは、誰かがこれらのピアノ協奏曲を独奏する場合、ベートーヴェンが作ったカデンツァを弾いても弾かなくてもどちらでも良いこと。現在ではほとんどの場合、彼のカデンツァが使われますが、ソリスト自身が作ったカデンツァでも、他の誰かが作ったカデンツァでも構わないのです。

でも、ロマン派の時代になると、作曲家はカデンツァも自分で作曲してしまうようになります。ソリストはこの「作り付け」を、そのまま弾かなければなりません。気に入らないからと自分で作ったり、難しいからと変更したり省略したりしてはダメ(そのようなケースも稀にあったようですが)。

もともとソリストが自由に演奏するものだったカデンツァ。古典派時代でも、どれを使うかはソリストに任されていたのに、ロマン派になると作曲家が全て作るようになったのはなぜでしょうか。作曲家と演奏家の分業が進んだことが理由の1つ。自由に即興する部分だからと、何でも好き勝手に弾いて良いわけではなく、それぞれの協奏曲に合うカデンツァでなければなりません。曲中の主要主題やその一部(動機)を展開しながら、自分が持つ高度なテクニックと豊かな音楽性を示すことができる個性的なカデンツァを作るなんて、作曲の素人には難し過ぎます。

さらに大きな理由は、作曲家が自分の作品の創作を、たとえ一部でも他人に委ねることをきらうようになったこと。曲に合わないカデンツァを付けて弾かれたら、作品の統一感が無くなりますし、全体のバランスも崩れてしまいます。リスクを回避するために、作曲家が自分で作品を完成させるようになったのです。実は古典派のベートーヴェンも、最後のピアノ協奏曲に、カデンツァは入れずに楽譜どおりに弾けと書き込んでいます。彼も、自分で全てをコントロールした協奏曲を作りたくなったのでしょう。モーツァルトが、亡くなる年に作ったクラリネット協奏曲のどの楽章にもカデンツァを置かなかったのも、同じ理由からかもしれません。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の序奏のように、本来の場所ではないものの、ソリストのみが技巧的で装飾的な演奏を繰り広げる部分もカデンツァと呼ばれます。協奏曲以外でも同様。《くるみ割り人形》の中の《花のワルツ》序奏の最後、ロマンティックなハープ・ソロもカデンツァです。

03. 4月 2013 · (127) ロマン派の協奏曲:なぜすぐソロが加わるか はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

今回の定期で演奏するチャイコフスキーのピアノ協奏曲を、前々回の定演で取り上げたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と比べてみましょう。独奏楽器以外の相違点は? 最初に気づくのは、チャイコフスキーではホルンのイントロの後、5小節目からピアノが大活躍を始めることではないでしょうか。ベートーヴェンでは、ヴァイオリンが登場するまで延々待たされたのに。

協奏曲で使われるソナタ形式は、二重提示が特徴でしたね((73) 協奏曲のソナタ形式参照)。古典派を代表する作曲家ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、ソロ楽器が加わる前にオーケストラだけで演奏される第1提示部と、ソリストも加わって演奏される第2提示部を持つ、この基本タイプ。

でもロマン派になると、チャイコフスキーのように「お待たせしない」タイプが増えます。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲やグリーグのピアノ協奏曲、以前、聖フィルで演奏したメンデルスゾーンのピアノ協奏曲やブルッフのヴァイオリン協奏曲も、独奏楽器がすぐに加わりました。この変化の理由は明らか。待ちきれないから。

前座(第1提示部)をなるべくコンパクトに作るにしても、2つの主題を提示してハイおしまいというわけにはいきません。主題は1回提示するより繰り返した方が印象に残るし(主題の「確保」と言います)、2つの主題をつなぐ「経過部」や提示部を締めくくる「コデッタ」も必要。これら、最低限のパーツを提示するだけでも、それなりの時間が必要です。

しかも、ほとんどのパーツは真打ち登場後の第2提示部で繰り返されます。ソロ楽器の魅力を示すための新しい旋律が加わり、今度は第2主題以降が新しい調で提示されるものの、主調が長調の場合は転調先も長調。コントラストはそれほどはっきりしません。さらに、これらの各パーツは再現部で再々登場するのです。同じようなことを何度も繰り返さなくても、真打ち登場の第2提示部からで十分、前座部分は端折ろう!と考えるのは、ごく自然な流れ。こうして、たくさんの「お待たせしない」協奏曲が作られました。

表1:主調が長調のときの協奏ソナタ形式(ソナタ形式との比較)(73) 表1再録

表1((73) 表1再録):主調が長調のときの協奏ソナタ形式(ソナタ形式との比較)

表1のように、第1提示部が省略されると、協奏(風)ソナタ形式は普通の(?!)ソナタ形式に逆戻り。チャイコフスキーのピアノ協奏曲は、交響曲と同じソナタ形式で作られています。もちろんロマン派の時代でも、ショパンのピアノ協奏曲や、聖フィルで取り上げたドヴォルジャークのチェロ協奏曲のように、第1提示部を持つ協奏(風)ソナタ形式で作られる場合もあります。

あれれ、古典派の協奏曲の中にもソロ楽器がすぐに加わるものがあるよと気づかれた方、鋭い! ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番はピアノ独奏で始まりますし、第5番(《皇帝》)も、オケの主和音の後、すぐにピアノの華やかなアルペジオ(分散和音)が入ります。モーツァルトにも、オーケストラとピアノの対話で始まる K. 271(《ジュノム》)がありますね。でも、これらは二重提示1。冒頭からソロが加わるものの、その後にオケだけの第1提示部が続きます。秩序やバランスが尊重された古典派時代には、反復も楽曲構成上の大事な要素でした。

  1. 2主題が2回ずつ提示されることを二重提示と言う場合もありますが、ここでは、オーケストラだけの第1提示部と独奏楽器が加わった第2提示部を持つことを二重提示として書いています。