26. 10月 2016 · (294) 謎の弦楽器、プサルテリウム はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

(293) 管楽器は弦楽器より偉かった!!? で参照したメムリンクの「奏楽の天使」を再掲します(図1)。キリストから最も遠い(=左端の)天使が奏している不思議な形の楽器は、プサルテリウム(英語ではプサルタリー)。ツィター属の撥弦楽器で、長方形、三角形、台形など、形はいろいろ。平らな共鳴箱に響孔があり、たくさんの弦が張られ、指、または鳥の羽軸などで作られたプレクトラムではじいて演奏します。

図1:メムリンク「奏楽の天使」左パネル

図1:メムリンク「奏楽の天使」左パネル

プサルテリウムは、ギリシア語の psallein(指ではじく)に由来する語。プサルテリオンは直立の角型ハープを指します1。形も構え方もハープそっくりの図像もありますが、今日知られているプサルテリウムは、東洋(イラン)のサントゥール(図2)につながりがあると考えられます。11世紀にムスリム勢力下のイベリア半島で知られるようになったサントゥールは、二等辺四角形。小さなハンマーで弦を打って演奏します(現在では、このような打弦楽器はダルシマーと呼んで、撥弦楽器プサルテリウムと区別しますが)。

図2:サントゥールを演奏する女性(Hasht-Behesht Palace, Isfahan)

図2:サントゥールを演奏する女性(Hasht-Behesht Palace, Isfahan)

サントゥールなどは水平に置いて演奏しますが、プサルテリウムは垂直に縦型に置かれます。メムリンクが描いた、両側が大きく内側に曲がり込んだプサルテリウムは、豚の頭部に似ているとして「豚(の頭)のプサルテリウム」と呼ばれ、14世紀ころ普及しました。楽器を構えやすくしたのですね。一方東ヨーロッパでは、台形を半分にした形の「ボヘミアの翼」と呼ばれるプサルテリウムが使われました。

プサルテリウム psalterium という語は、古くは、聖書に登場する楽器を表すとともに、「弦楽器を持って歌う歌 psalmos」である旧約聖書の詩編(羅: psalmi、英: psalms)も指す言葉でした2。詩編を唱う際の伴奏楽器として、好んで使われたと考えられます。トロンボーンやツィンクのように教会で使われた楽器で、神聖なはずなのに、どうしてキリストから遠いところに(=管楽器よりも低位として)描かれているの?? 楽器のヒエラルキーは、教会での使用の有無で決められたわけではないのかな?? 管楽器が弦楽器よりも高位と考えられたのは、最高位の声楽と同様に人間の息を吹き込んで音を出すからでしょうか。

ところでこのプサルテリウム、意外な楽器のご先祖さまです。何かわかりますか?! この撥弦楽器に鍵盤を加えると……?? そうです。実はこのプサルテリウム、チェンバロのご先祖さまなのです(図3。来週再来週はコラムをお休みさせていただきます)。

図3:原始的なハープシコード。15世紀半ば、collegiate church of S Maria, Daroca

図3:原始的なチェンバロ。15世紀半ば、Collegiate church of S Maria, Daroca

 

  1. 無記名「プサルテリウム」『音楽大事典4』平凡社、1982、2104ページ。
  2. McKinnon, James W., ‘Psaltery,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 20. Macmillan, 2001, p. 521. 図3は同 525ページより。
13. 7月 2016 · (284) バッハの数 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

先日、ヨハン・ゼバスティアン・バッハのチェンバロ協奏曲 全曲演奏会に行きました。バッハのチェンバロ協奏曲って、いくつあるかご存知ですか? なんと全部で14曲もあるのですね。お見それしました1。でも、その多さよりもこの数をさらっと「バッハの数」と表現していたのが、心に残りました。

そう、14はバッハの数です。なぜ?  アルファベットのAから順番に数字を対応させると、BACHのBが2、Aが1、Cが3、そしてHが8。合計14になるからです。彼自身、自分の数として意識していました。たとえば、平均律クラヴィーア曲集第1巻 第1番のフーガ。

平均律クラヴィーア曲集とは、長調短調各12ずつ、24の調全てのプレリュードとフーガのセットを、ハ長調から順番に収めたもの。第1巻はケーテン時代の1722年、第2巻はライプツィヒ時代の1742年に完成されました。ハンス・フォン・ビューローが「ピアノの旧約聖書」と呼んだことも知られています。

平均律第1番ハ長調の4声フーガでは、フーガ主題はアルト声部に始まります(譜例1)。「ド-レ-ミ-ファ-ソ-ファ-ミ-ラ-レ-ソ-ラ-ソ-ファ-ミ」と、計14個の音から成っていますね。この曲集へのバッハの署名とみなされます2

譜例1:J.S.バッハ作曲 平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番ハ長調 BWV846 よりフーガ冒頭

譜例1:バッハの署名(平均律第1巻 第1番ハ長調 BWV846 よりフーガ冒頭)

ヨハンとゼバスティアンの頭文字、J(9番目)とS(18番目)を加えると、9+8+14で413。14の逆!  平均律第1巻を締めくくる、第24番ロ短調のプレリュードとフーガの小節数合計は、47+76で123。ハリー・ハーンは、これが41の3倍であり、詩篇41が詩篇の第1部を閉じるものであったため、バッハはこれに従って曲集を閉じたと書いています4

でも、14はともかく、41や123をバッハが意識したのかどうか。2巻最後のプレリュードとフーガを調べてみましたが、小節数の合計は66+100の166小節。41の4倍より微妙に(2小節)多いのです。詩篇第2部は第72までありますが、その倍数でもありません。

音符や声部、小節などの数をさまざまに計算し、キリスト(CHRISTUS = 112)、クレド(CREDO = 43)のような数も含めて意味づけを試みると、際限が無くなります。私には、詩篇と小節数を結びつけるハーンの説よりも、平均律第1巻最後のフーガと、第2巻最初のフーガの主題の音符の数が、どちらも21であることの方が興味深く感じられました。ちなみに、バッハの名前全て(JOHANN SEBASTIAN BACH)を数字に置き換えると、158。この総和(1+5+8)も14です。神秘的ですね。

  1. 4台用が1曲、3台用2曲、2台用3曲、そして1台用が8曲で、BWV1052〜1065です。
  2. 岸啓子「バロックの器楽」『はじめての音楽史 増補改訂版』音楽之友社、2009年、67ページ。
  3. ラテン語とは異なりドイツ語にはIとJが両方存在するのに、IもJも9と数えます((291) 練習番号Jが無い理由参照)。バッハが精通していたと考えられる中世ユダヤ教の「カバラ」と呼ばれる伝統では、このような数え方をするということでしょうか。
  4. 堀朋平「象徴法と引用」『バッハ キーワード事典』春秋社、2012年、126ページ。
28. 8月 2013 · (148) バッハもヴィオラを弾いていた はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

ベートーヴェンはボン時代、劇場でヴィオラを弾いていました。シューベルトは、家族で弦楽四重奏をするとき、ヴィオラを担当していました((33) シューベルトの未完成交響曲たち参照)。時代は下がって、ドヴォルジャークはチェコの国民劇場仮劇場オーケストラでヴィオラを弾いていました((30) スメタナとドヴォルジャーク参照)し、ヒンデミットも室内楽やソロ活動をするヴィオラ奏者でした。

ヴィオラと言えばもう1人、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ。好んでヴィオラを弾いたと、彼の次男、カール・フィリップ・エマヌエルが伝えています1。譜例1は、その(間接的な)証拠と考えられるもの。

譜例1:バッハ作曲《ブランデンブルク協奏曲》第5番 BWV 1050 第1楽章冒頭

譜例1:バッハ作曲《ブランデンブルク協奏曲》第5番 BWV 1050 第1楽章冒頭

ブランデンブルク協奏曲第5番と言えば、バッハの最も人気がある世俗曲の1つ。独奏楽器は、フルートとヴァイオリンとチェンバロ。複数の独奏楽器を持つバロック時代の協奏曲、コンチェルト・グロッソです。でも、全体としてチェンバロの比重が非常に大きく、実質的にはチェンバロ協奏曲と言えます。ブランデンブルク辺境伯クリスティアン・ルートヴィヒに献呈するために(この被献呈者の名前で呼ばれますが、バッハが付けたタイトルは『種々の楽器を伴う協奏曲集 Concerts avec plusleurs instruments』)丁寧に清書された自筆スコアは、上から順に独奏フルート、独奏ヴァイオリン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ヴィオローネ(コントラバスのご先祖)、独奏チェンバロ。

チェンバロ・パート右手部分は、最初の和音のみで残りはずーっと空白。左手の楽譜の上には、何やら不思議な書き込みがいっぱい。これは、通奏低音奏者に和音の種類を示す数字で、8分音符のように見えるのは数字の6(3度上と6度上の音を弾けということ。(132) 楽譜どおり演奏しても足りない場合参照)。このオープニング部分では、チェンバロ奏者は独奏者ではなく、通奏低音担当の伴奏者。数字で指示された和音を、即興で充填します。一方、譜例1の最後の小節からは、右手パートも記入されていますね。通奏低音の数字はありません。ここからチェンバロ奏者は独奏者に早変わり。1人2役、大忙し。

話をヴィオラに戻しましょう。ヴィオラのパートは、通常のハ音記号で記譜されていますね。この曲がどうして、バッハがヴィオラを弾いていた証明になるのでしょうか。よく見ると、ちょっと変わったところがありますよ。独奏ヴァイオリン・パートの下、伴奏(リピエーノと呼びます)ヴァイオリンが、1パートしかありませんね。通常は(たとえヴァイオリン協奏曲でも)、オーケストラのヴァイオリンにはファーストとセカンドの2パートあるもの。それなのに、この曲は1パートだけ。これは普通ではありません。

ケーテンの宮廷楽長時代、協奏曲を演奏するときには、バッハはヴィオラを弾きながら指揮していたと考えられます。でも、ケーテン宮廷が新しく購入した、ベルリンのチェンバロ製作家 ミヒャエル・ミートケ作の2段鍵盤チェンバロをお披露目するために作曲されたこの協奏曲では、バッハ自身がチェンバロ・パートを受け持ったことは、まず間違いありません。ということは:

    1. バッハはいつものヴィオラを受け持つことができなかった
    2. でもヴィオラはアンサンブルに必須!
    3. セカンド・ヴァイオリン奏者にヴィオラを担当させた
    4. セカンド・ヴァイオリンを弾く人がいなくなった
    5. ヴァイオリンを1パートのみにした

この場合、リピエーノ・ヴァイオリンのパートは、1人で弾いていたことになりますね。ケーテン宮廷楽団はバッハの頃、16名の団員が在籍していたそうですから、ヴァイオリンが2人というのはちょっと少なすぎる感じ2。でも、弦パートは1人ずつで弾いたと主張するリフキンのような研究者もいます。チェンバロの長く華やかなカデンツァを持つこの協奏曲、意外にも室内楽のように演奏されていたのかもしれません。

  1. 角倉一朗『バッハ:ブランデンブルク協奏曲ミニチュア・スコア解説』全音出版、n.d.、13ページ。
  2. 久保田慶一編『バッハキーワード事典』春秋社、2012、332ページ。
05. 10月 2011 · (49) ベートーヴェンのピアノ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

ボンのベートーヴェン・ハウス(ベートーヴェンの生家にある記念館)のおみやげの絵葉書(図1)。彼が所蔵していたピアノが写っています。現在のピアノとどこが違うでしょうか。

図1 ベートーヴェンのピアノ(グラーフ製)

図1 ベートーヴェンのピアノ(グラーフ製)

色や、譜面台の形が違いますね。他には? 注意していただきたいのは鍵盤です。黒鍵が2つ、3つ、2つとまとまっていて、その右に白鍵が2つ。だから、1番右の白鍵はファです。低い方はちょっと見にくいけれど、同じように2つ、3つ、2つと黒鍵をたどると、1番左の白鍵は黒鍵2つの左隣のドです。あれれれ? ピアノって、1番下がラで1番上がドじゃないの……?

そうです。このピアノ、鍵盤の数が違います。現代のピアノは全部で7オクターヴ+3度の88鍵ですが、このピアノはドからファまで6オクターヴ+4度の78鍵。10鍵少ないのです(が、意外な盲点らしく、ピアノ科の学生さんにこの写真を見せてもなかなか気付きません)。

78鍵でも、このウィーンのグラーフ製ピアノは当時としては大きいのです1。ベートーヴェンが所蔵していたピアノは3台現存しますが、1818年に贈られたロンドンのブロードウッド製は、ドからドまで6オクターヴ73鍵(図1の向こう側に見えるのが、それと同型のピアノ)。1803年に贈られたパリのエラール製のピアノは、ファからドまでの68鍵しかありません。

弦を叩く強さによって、弱い(ピアノ)音も強い(フォルテ)音も出すことができるから、ピアノフォルテと名付けられた楽器。弦をはじいて音を出すために音量が小さく、かつ強弱の差が無い鍵盤楽器チェンバロは、このピアノフォルテ(略してピアノ)によって取って代わられました。古典派の時代に改良が進みます。ピアニストとしても有名だったベートーヴェンに、ピアノ製作者たちは最新式のピアノを寄贈し、ベートーヴェンは新しいピアノの特色を活かした曲を作りました。彼のピアノ作品は、音域が広がり音量が増しタッチが深くなるといった、当時のピアノ改良の歴史を反映しています。

ただ、上のグラーフ製のピアノの音を聴くと、現代のピアノの音とずいぶん異なる(特に高音域)ことがわかります。現在のピアノに至るには、フレームやハンマー、打鍵メカニズムなどにまだまだたくさんの改良が必要でした。ベートーヴェンや同時代の人々が聴いたりイメージしたピアノの音は、私たちのそれと似て非なるものだったのですね。現代の楽器と区別するために、ピアノの前身楽器を「フォルテピアノ」あるいは「ハンマーフリューゲル」と呼ぶことがあります(フリューゲルはドイツ語で「翼」)。絵葉書と一緒にもらったCDには、図1のグラーフ製ピアノで演奏したベートーヴェンのピアノ・ソナタ op. 110 と、op. 126 のバガテルが収められていました。同じピアノによるベートーヴェン最後のピアノ・ソナタ op. 111 は、こちらから試聴できます。

  1. マホガニー材、奥行き2.43m。低音域14鍵のみ3重弦張り、残りはすべて4重弦張り。耳が聞こえなくなったベートーヴェンのための特注と考えられています。