28. 1月 2015 · (222) ♯・♭・♮ の元 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

楽譜の中でいつもお世話になっている変化記号。♯(シャープ、嬰記号)は半音高く、♭(フラット、変記号)は半音低く、♮(ナチュラル、本位記号)は ♯ や♭を解除という意味ですね。五線の端で調号として使われたり、五線の途中で臨時記号として使われたり。

見慣れていて、いつも機械的に半音上げ下げするだけの ♯・♭・♮ ですが、起源をご存知でしょうか。次の3つのうち、正しくないものはどれでしょう?

  1. ♯・♭・♮ の原型は、1000年くらい前から存在する
  2. 3つとも同じ記号に由来する
  3. ♯ と♭は、元は同じ意味で使われた

♯・♭・♮ は、グイード・ダレッツォが理論書『ミクロロゴス』(c. 1030)などで用いた記号が起源。グイード・ダレッツォは、グレゴリオ聖歌の旋律を歌うための「ソルミゼーション」シラブル、ウト–レ–ミ–ファ–ソル–ラを考案した11世紀の僧でしたね((78) ドレミの元参照)。

四角い b

図1:四角い b

彼は、当時置換え(=ムタツィオ。(78) 参照)のために使われていた2種類のロ音を区別するために、通常のロ音を「四角い(またはかたい)b」、変ロ音を「丸い(または柔らかい)b」と呼びました。そして、後者をb、前者を角張ったb(図1参照)の形で記したのです。異なる記号で2つのロ音を区別したのは、グイード・ダレッツォが最初ではありません。b の逆である q や、他のアルファベットで記した資料もあります1。でも、グイードの記号がスタンダードに。

12世紀には ♮記号、13世紀には ♯ 記号が「四角いb」として登場。♯・♮ の2つに意味の違いは無く、写譜者や出版業者が自分の習慣で使っていました。♮ が、 ♯ や♭の解除だけを意味するようになったのは、18世紀。

というわけで、最初の3つの質問のうち間違っているのは3。♯ と♭ではなく、♯ と♮ が同じ意味でした。16世紀ドイツでは、出版業者たちが四角い b として h を使用2。現在のドイツ音名(B が変ロ音、H がロ音)に引き継がれています。

  1. Hilly, David, ‘Accidental,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 1, Macmillan, 2001, p. 51.
  2. 同上。
03. 9月 2014 · (201) 練習番号 J が無い理由 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

オーケストラの楽譜に練習番号 J が無いのはなぜ? これも、田部井剛先生から練習中に飛んで来たご質問。ぜーんぜん気づきませんでした〜。確かにチャイコフスキーの交響曲第5番も、ブラームスのヴァイオリン協奏曲も、練習番号 I の次は K(ちなみにどちらも、Breitkopf & Härtel に基づく Kalmus 版。Public Domain)。アルファベットの I と J は区別しにくいので、I だけにしたと考えるのがまあ普通でしょう。

ただ、私がとっさに思い浮かべたのは、ドレミの元になったグレゴリオ聖歌でした。洗礼者ヨハネの祝日用聖歌《Ut queant laxis(貴方の僕たちが)》(この「僕」は「ぼく」ではなく「しもべ」と読んでくださいね)では、6行の歌詞の始まりの音が1音ずつ高くなっています(譜例1)。11世紀の僧グイード・ダレッツィオがそれぞれの音を、それと対応する歌詞の最初のシラブル(ut re mi fa sol la ウト–レ–ミ–ファ–ソル–ラ)で呼ぶことにしたのでしたね((78) ドレミの元参照)。後に、歌いにくい ut を do に。7番目の音には、7行目の歌詞「聖ヨハネ」の頭文字を。ラテン語に J は無かったので、sj ではなくsi になりました1

譜例1:《Et queant laxit(貴方の僕たちが)》

譜例1:《Et queant laxit(貴方の僕たちが)》

J はもともと I と同じ文字2。中高ドイツ語において区別され始め、1524年に初めて、異なる文字とした書物が書かれたそうです3。イタリア語では現在でも、J(イルンゴ=「長い I 」の意)は、ラテン語や外来語の固有名詞に稀に使われるだけ。たとえば日本はイタリア語では Giappone(ジャッポーネ)。J では無いのです。修士課程のセミナーで輪読した、16世紀にイタリア語で書かれた音楽理論書などにももちろん J は出て来ません。アルファベットの J がとんでいても、私はあまり(全く??)違和感が無いのですが……。

スコアを調べてみました。確かに《エロイカ》、ベト7、ブラ1、《悲愴》、《新世界》など大多数で、I の次は K 。一方、田部井先生が言われるように J がとばずにアルファベットが揃った曲も(たとえば前回演奏した《オルガン付き》)。ふーん……と、いろいろめくっていて気づきました。 J のようにアルファベットの W も、ラテン語や現代イタリア語に無いのに、練習番号 W はとんでいません!

さらに、ドヴォ8やチャイコの《ロメジュリ》のように、J はあるけれど代わりに I がとんでいるスコアもありました! ということは、歴史的・言語学的背景とは関係無く、単に I と J が紛らわしいから、片方(多くの場合は J )を省くのが慣例になっていたというだけのようですね。

それにしても、いったい誰がいつどのようにして練習番号を決めたのでしょう?!! 最初に練習番号を含めた楽譜を出版する出版社?? 《英雄の生涯》やショスタコの5番には、アルファベットではなく数字が付いています。これなら本当に「練習番号」で、J を省く、I を省く、両方とも使うなどの決定が不要です。あらら《オケコン》では、小節番号がところどころ(かなり頻繁に)太字になっているだけ。これなら、どこに「練習番号」を付けるかの決定も不要。シンプルながら、これで十分にわかりやすいですね。

  1. ただし、ラテン語に J が無かったのは古典期(松本千秋、国原吉之助『新ラテン文法』南江堂、1968、6)。その後、J も使われるようになりました。
  2. J の文字は、ローマ数字で i が複数続くときの最後に使われた、髭付き書体(って swash character の正しい訳語かわかりませんが)が起源。たとえば23は xxiii ではなく xxiij と表記されました。英語版 wikipedia “J”。
  3. Gian Giorgio Trissino (1478–1550), Ɛpistola del Trissino de le lettere nuωvamente aggiunte ne la lingua italiana(イタリア語に近年加わった文字についてのトリッシーノの書簡), 1524。同上。中高ドイツ語とは、1050〜1350年頃にドイツ中部・南部で使われていたドイツ語(高地ドイツ語)のこと。
27. 2月 2013 · (122) 「音楽の悪魔」in《白鳥の湖》 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

《白鳥の湖》の悪魔って、フォン・ロートバルトでしょ。ヒロインのオデットは彼の魔法で白鳥の姿にされ、真実の愛を得ないと人間に戻れないのよね1。でも、王子はオデットではなくオディールに愛を誓ってしまう。悲劇よねぇ……。いえいえ、登場人物ではなく「音楽の悪魔」。3全音がこのように呼ばれます。

3全音とはその名のとおり、全音3つから成る音程(全音は半音2つ分)。ファからシ、ドからファ#などの増4度音程のことです。この2音は続けて歌いにくいし、同時に鳴らすと不協和。3全音はソルミゼーションを考案したグイード・ダレッツォ((76) ドレミの元参照)に禁止され、多声音楽において「音楽における悪魔 diabolus in musica(ラ)」と呼ばれ、忌み嫌われました。

チャイコフスキーはこの3全音を、組曲《白鳥の湖》第1曲《情景》の中で効果的に用いています。オーボエが始める白鳥の主題は、バレエ全体の中で最も有名ですね。この曲の途中でメロティーが3連符になるところの低音に注目。1小節ごとにドとファ#が交代します。初めは間にミの音を挟んでいます(譜例A)が、すぐにドとファ#が直接交代するように(譜例B)。後者もメロディーには、ファ#の倚音ソが挟まれているものの、響いている和音はそれぞれドミソとファ#ラ#ド#2。もの悲しい静かな雰囲気の冒頭とは一変。3全音の関係にある2和音の併置・交代が、落ち着かない3連符のリズム((110) 3分割から始まった参照)とともに緊張感を高めています。

譜例1:チャイコフスキー作曲《白鳥の湖》より《情景》、譜例A:35〜37小節、譜例B:38〜39小節。かっこで結んだ2音が音楽の悪魔

チャイコフスキー:組曲《白鳥の湖》より《情景》、譜例A:35〜37小節、譜例B:38〜39小節

チャイコフスキーがここで、中世から禁則とされた「音楽の悪魔」を用いた理由は? 彼は《白鳥の湖》の中で、歌詞が無いバレエ(当たり前ですが)のストーリーを聴衆に伝えるために、様々な音楽の象徴法を用いました。調の選択もその1つです3

バレエ全体の中心となる調は、第1幕の前に奏されるイントロダクション(組曲には含まれません)で使われる、シャープ2つのロ短調。先ほどの《情景》も同じロ短調で、これが白鳥を象徴する調になります。第2幕のオデットと王子による愛の踊り(独奏ヴァイオリンのあま〜いメロディー付き)は、ロ短調と関係が深い変ト長調(ロ短調のドミナント=属音→嬰ヘ音=変ト音。(79) ドレミは階級社会?参照)。

一方、悪魔の調はフラット4つのヘ短調です。第3幕の、娘オディールと共にロートバルトが城の舞踏会に登場する場面。チャイコフスキーは先ほどの白鳥の主題を使って、黒鳥オディールが白鳥オデットとよく似ていることを表現します。ただし、テンポを上げ、fff で木管に主旋律、トランペットに合いの手を演奏させて、オデットとの性格の違いを暗示。ここまではすぐに気づくと思いますが、さらに調でも一工夫。ロ短調ではなくへ短調を使い、音楽だけで(そっくりだけれども別人というだけではなく)実は悪魔なのだと告げています(下の画像 0:18くらいから。シンバルのずれは気にせずに)。

悪魔の調の主音ヘ音と白鳥の調の主音ロ音は、3全音の関係。チャイコフスキーは、互いに相容れない忌み嫌われる関係の調を設定して、正義と悪の構図を鮮明にしました。《情景》(譜例AB)で対置されるドミソとファ#ラ#ド#は、悪魔の調と白鳥の調のドミナント和音4。第2幕のオープニングとエンディングで演奏されるこの曲で、「音楽の悪魔」は白鳥・王子(正義)と悪魔(悪)の対決を予示しているのです。

  1. プティパとモデスト・チャイコフスキーが改訂した台本による。オリジナルではオデットは妖精の娘で、祖父の計らいによって白鳥になりました。小倉重夫「チャイコフスキー《白鳥の湖》」『名曲解説全集5』音楽之友社、1980、178ページ。
  2. ここでは他に、ファ#ラ#ド#をファ#ラ#ド#ミの7の和音に替えて、ドミソとの共通音を作り出しています。
  3. Wiley, Roland John, “Tchaikovsky” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25. Macmillan, 2001, pp. 152-53. 森垣桂一『音楽之友社ミニチュア・スコア』の解説、ixページ。 
  4. 和声学的に言うと、このドミソはロ短調の II の和音の根音を半音下げた「ナポリの和音」です。
26. 4月 2012 · (78) ドレミの元 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

「アマ・オケ奏者のための音楽史」第5回はドレミについて。いつも何気なく使っていますが、どうしてディン ドン デン ドゥン ダンとか、クン シャン チャオ チュ ユとかではなく、ド レ ミ ファ ソ ラ シなのか、これが何に由来するのかご存知ですか? 話は中世まで遡ります。

11世紀の僧グイード・ダレッツィオ(991-2頃〜1033後)が起源((64)『のだめカンタービレ』ありがとう!の図1で、千秋がこの名前もあげていますよ)。グイードは、音の高さとシラブルを対応させて歌う「ソルミゼーション」を考案しました。洗礼者ヨハネの誕生の祝日(6月24日)に用いられる、賛歌という種類のグレゴリオ聖歌《Ut queant laxis(貴方の僕たちが)》は、6つの句の初めの音が1つずつ高くなっていきます(譜例1の◯で囲まれた音参照)。そこで、グイードは各句の最初のシラブルをそれぞれの音の名前にしたのです。この ut re mi fa sol la ウト–レ–ミ–ファ–ソル–ラの6つが、ドレミの元の形です。

譜例1:《Et queant laxit(貴方の僕たちが)》(クリックで拡大します)

グレゴリオ聖歌はたくさんあり((65) グレゴリオ聖歌はいくつあるのか参照)、1年に1日しか歌わない聖歌も(たとえば、上の洗礼者ヨハネの誕生の祝日に使う聖歌は、同じ洗礼者ヨハネ殉教日や、福音書家ヨハネの祝日には使えません)。しかも、ほぼ口伝の時代ですから、大変! でも、この6つのシラブルとそれぞれの音の関係を覚えておくと:

図1:グイードの手(15世紀終わりの写本より)

  • 知らない旋律を聞いたとき、ウト–レ–ミで書き取ることができる
  • 読めない記号で書き付けられた知らない旋律を、ウト–レ–ミに対応させて覚えることができる

6つの音のうち、ミとファだけが半音の関係。下から全音–全音–半音–全音–全音です。ドから始まる6音だけではありません。シドの半音をミファと考えると、ソから始まる6音もウト–レ–ミ–ファ–ソル–ラ。シ♭を使うときは、ラとシ♭の半音がミファで、ファから始まる6音もウト–レ–ミ–ファ–ソル–ラ。6音を越える音域を持つ旋律は、この3種類を置換え(ムタツィオ)しながら歌いました。音によっては3種類に置換えられるものもあり(たとえばドの音は、ウト、ファ、ソル)、手の関節を使った早見表が使われました。グイードの手と呼ばれます(実際には、グイードの死後100年ほどしてから考案されたようです)。

ややこしい置換えなしに使えるように、17世紀初めに7つ目のシが加えられました(賛歌の最後の「聖ヨハネ Sancte Ioannes」の頭文字からと言われています。ラテン語に J はありませんでした)。歌いにくいウトをドに変えて、ドレミファソラシが完成。私たちも中世の僧たちと同じように、新しい旋律を歌ったり、覚えたりするときにお世話になっています。

ut re mi fa sol la は、5種類すべての母音と、それぞれ異なる6種類の子音の組み合わせ。このバラエティーに富んだ6つのシラブルから始まる《貴方の僕たちが》の各句の最初の音が、ちょうど1音ずつ高くなっていたなんて、素晴らしい偶然だなと思ったあなたは鋭い! 実はこの賛歌、歌詞は9世紀まで遡ることができるのですが、旋律はグイードより古い時代の記録が無いのです。そのため、グイードがソルミゼーションのために自分で作曲したか、あるいは現在は失われた既存の旋律を、作り直したのだろうと考えられています。