03. 8月 2016 · (287) ヴァイオリンのハイ・ポジション はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

いつ頃からヴァイオリンのハイ・ポジションを使うようになったのでしょう?? 《ロマンティッシュ》第2楽章ヴィオラの努力目標((285) ヴィオラの出番!!参照)達成のため練習に励んで(?!)いて、不思議に思いました。ヴァイオリン族の弦楽器における左手の位置を、ポジションと言います。ネックの先端寄りが第1ポジションで、ト音(真ん中のドの下のソ)から2点ロ音(ト音記号の上に加線1本のシ)までの音域をカバー。これよりも高い音を出すためには、左手をより高いポジションに移動させなければなりません。

図1は初期のヴァイオリン演奏図((99) 高音域を使わない理由から再掲。2年前に出版した『オケ奏者なら知っておきたいクラシックの常識』の口絵にも入れました。(0) ”パレストリーナ” プロフィール参照)。こんな楽器の構え方では、左手を動かせそうにありませんね。

図1:ヘリット・ドウ『ヴァイオリン奏者』(1665)

図1:ヘリット・ドウ『ヴァイオリン奏者』(1665)

それもそのはず。「ヴァイオリンはその誕生以来16世紀末までは主として舞踏の伴奏に用いられ、現在より短くて幅広いネックと指板をもち、左胸と左手でささえられた。音域は上3弦の第1ポジションのみ(後略)1」。G線は使わなかったということ?!! この奏法、フランスでは18世紀初頭まで残りましたが、イタリアでは17世紀半ばにソナタが盛んになり、ヴァイオリンは旋律楽器に。

ソナタの発展と並行して楽器が改良され、ネックと指板は以前より長くなりました。また、左手が自由に動けるようヴァイオリンを肩の上にのせ、ポジション移動のときは緒止板の右側をあごでおさえるように。ヨハン・ゼバスティアン・バッハが使ったヴァイオリンの音域は、この時代一般的だった3点ホ音を超えて、3点イ音(加線4本)まで2。一方で彼のヴィオラの音域が第3ポジションの2点ト音までなのは、旋律楽器として使われることが少なかったからでしょう。

高いポジションは、次第に低い弦でも使われるようになりました。レオポルト・モーツァルト(1756)とフランチェスコ・ジェミニアーニ(1751)は良いヴァイオリン奏者に、すべての弦で第7ポジションまで弾けることを要求しています3。緒止板の左側でヴァイオリンを保持することで、高いポジションやG線の徹底的な使用を可能にしたのがヴィオッティ(1755〜1824)。1820年にシュポーア(1784〜1859)が初めて固定したあご当てを使用。左手はさらに自由に動かせるようになりました。

と調べてきて、ようやく気がつきました。ハイ・ポジションは、第7ポジションよりも高い位置を一括する呼び方なのですね4。《ロマンティッシュ》のヴィオラの努力目標、私は途中からD線も使うので第7ポジションまでに収まります。ハイ・ポジションとは言わないのでした。

  1. 柴田純子「ヴァイオリン」『音楽大辞典1』、平凡社、1981、135ページ。
  2. 久保田慶一「ヴァイオリン」『バッハ キーワード事典』、春秋社、2012、355ページ。「1点ト音から」書かれていますが、「ト音」の誤りでしょう。
  3. Monosoff, Sonya, ‘Position,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 20, Macmillan, 2001, p. 207.
  4. 無記名「ポジション」『音楽大辞典5』、平凡社、1983、2350ページ。
05. 2月 2014 · (171) いろいろなシンフォニーア はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

先日、「シンフォニーアという語は意味が2種類あってわかりづらい、バロック・オペラの序曲(急―緩―急のイタリア風序曲)も、それが元になって交響曲が成立するまでの初期交響曲もシンフォニーアだから、混乱する」と指摘されました(このコラムでは、前者をシンフォニーア、後者を「交響曲」または「赤ちゃん交響曲」と書き分け……ようとしつつ、やはり後者もシンフォニーアと書いていますね)。大人の交響曲もイタリア語ではシンフォニーアですから、意味は3種類。

これは、「日本では、この(=交響曲)訳語が生まれたころにはまだシンフォニーの成立史についての理解が不足していたために、交響曲という言葉は、もっぱらヨーロッパ音楽の中で最も大きく中心的な曲種であったハイドン以降のシンフォニーを指す言葉として用いられてきた」から1。赤ちゃんでも交響曲は交響曲なのに、違う用語で呼ぶ慣習が続いているのです。

でもこの言葉は昔から、3種類どころではなくもっといろいろなものを指してきたんですよ。シンフォニーやシンフォニーアは、ギリシア語で「共に」をあらわす syn と「響き」をあらわす phonia に由来する言葉。音楽って、複数の音が鳴り響くことが多いですから。

シンフォニーアは、出版楽譜のタイトルとして使われました。ジョヴァンニ・ガブリエーリの《Sacrae symphoniae》(1597)は、器楽曲も含まれますが(〈弱と強のソナタSonata pian e forte a 8〉など)、メインはラテン語の歌詞を持つ無伴奏の多声声楽曲。少し時代が下がると、ガブリエーリの弟子ハインリヒ・シュッツの〈Symphoniae sacrae〉(1629)のように、器楽伴奏付きの宗教声楽曲集に使われます。

器楽曲という意味もありました2。器楽アンサンブルの中のプレリュード的性格を持つ曲や、宗教声楽曲の前に置かれて歌い出しの音を示す鍵盤楽器用プレリュードのいくつかが、シンフォニーアと名付けられています。1650年以降、舞曲の第1曲としてシンフォニーアが置かれ始めました。

声楽曲の中の器楽曲を指す言葉としても使われました。16世紀以来、劇作品の導入曲や、舞台転換の際に出る雑音を隠すために演奏される器楽曲が、シンフォニーアとも呼ばれていました。17世紀初めころ、声楽曲集に含まれる器楽曲シンフォニーアは、必ずしも演奏しなくても良かったようです。17世紀のオペラにおいては、シンフォニーアは独唱や合唱の前や間、後に置かれる器楽曲でした。

特定の形式を持つわけではなく、器楽曲を指す他の用語(たとえばソナタ)と取り替え可能だったシンフォニーア。急—緩—急の3楽章形式の序曲をこの名で最初に(1681)作ったのは、アレッサンドロ・スカルラッティです。18世紀初め以降、次第にシンフォニーアはこの形のオペラ序曲を指すようになりました。単独で演奏されたり、演奏会用に独立曲として作られるようにもなり、やがて(大人の)交響曲へ。

ただ、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが長男の学習用に書いた《インヴェンションとシンフォニア》のような例もあります。教会カンタータやパルティータの冒頭曲をシンフォニーアと呼ぶ、より一般的な使い方もしているバッハ。修辞学で「第1段階」を意味するラテン語インヴェンツィオに由来するインヴェンションはともかく、3声用がシンフォニーアなのは??3 やはり一筋縄ではいかない用語です。

  1. 大崎滋生「交響曲」『音楽大事典2』平凡社、1982、889。
  2. Cusick, Suzanne G., “Sinfonia (i)” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 23. Macmillan, 2001, p. 419-20.
  3. 久保田慶一「インヴェンション」『バッハ キーワード事典』春秋社、2012、162。
14. 4月 2011 · (24) 川畠成道先生のアンコール曲 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , , , ,

第4回聖フィル定期演奏会にご来場くださったみなさま、どうもありがとうございました。お楽しみいただけましたでしょうか。川畠先生のブルッフ、素晴らしかったですね。でも、その後のアンコールも圧巻でした。曲目は、イザイ作曲「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番作品27−3《バラード》」。実は私、「イザイ=有名なヴァイオリニストで難しいヴァイオリン曲を作った人」程度しか知りませんでしたので、さっそく調べてみました。

ベルギー生まれのウジェーヌ・イザイ(1858〜1931)は、《蝶々夫人》を作ったプッチーニと同い年。他にエルガー(イザイより1つ年上で、3年長生きした)、ドビュッシー(4つ下)、リヒャルト・シュトラウス(6つ下)、シベリウス(7つ下)らが同世代です。歌劇場指揮者であった父にヴァイオリンを教わり、その後ヴィェニャフスキ(1835〜80)やヴュータン(1820〜81)に学びました。フランクが最初の結婚のプレゼントとして、ヴァイオリン・ソナタを献呈したことでも有名です(1886)1

イザイの作品では、今回のアンコール曲を含む「6つの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ(1924)」の演奏機会が多いようです。6曲はそれぞれ別の、当時の著名なヴァイオリニストに捧げられました。作曲のきっかけはもちろん、 J. S. バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」。バッハは3曲のソナタを、緩-急-緩-急の4楽章から成る教会ソナタ型に、3曲のパルティータ(この場合は「組曲」の意味)のうちの2曲を、アルマンド-クーラント-サラバンド-ジーグの組曲定型に(有名な第2番のシャコンヌは、これらに続く第5楽章)、残る1曲をガヴォットやメヌエットなどを含むフランス風の組曲に作りました。

イザイはかなり自由に、しかしバッハを強く意識しながら作曲しています。シゲティに捧げられた第1番はグラーヴェ(=緩)で始まりアレグロ(=急)で終わる4楽章構成ですし、クライスラーに捧げられた第4番には、アルマンドとサラバンドが含まれます。ティボーに捧げられた第2番のように、バッハのパルティータ第3番のプレリュードがそのまま引用される曲もありますし、対位法的な書法もあちこちに使われています。

川畠先生が弾かれた第3番《バラード》は、ルーマニア生まれのエネスク(エネスコ)に捧げられました。バラードは、14、15世紀フランスで作られた世俗声楽曲の形式ですが、ロマン派時代、物語に触発された自由な形式の器楽作品も指すようになりました(ショパンの4曲のバラードが代表例です)。

曲は、レチタティーヴォ風にと指示された序奏で静かに始まります。ここでは「ら-し-#ど-#れ-ふぁ-そ」の全音音階が多用され、調性感はあいまいです。古典派モーツァルトとベートーヴェン+ロマン派ブルッフという演奏会のアンコールに、20世紀の響きを持つ曲を選ばれた川畠先生の、絶妙のバランス感覚に感服! 3拍子アレグロの主部に入ると、鋭い付点リズムを含んだ主旋律が、かなり明確なニ短調の主調で現れます。複数の弦を同時に弾く重音奏法が多用されるのみならず、複雑に絡み合った旋律と伴奏の弾き分け(無伴奏ですから、1つのヴァイオリンで両方担当しなければなりません)も要求されます。最後は主旋律の音型も用いながら、次第にテンポを上げていきます。

ソナタの中にバラードを収めることも、その1楽章だけでソナタを構成することも、通常は絶対に有り得ません。しかし、音楽に強い物語性が感じられ、しかもしっかりと完結しているために、イザイの意表をついたネーミング&構成には説得力があります。非常に雄弁な音楽を作り出すことが出来る川畠先生に、ふさわしい曲だと感じました。

余談ですが、寺田寅彦が随筆の中でイザイについて触れていると、団員の chezUe さんが教えてくださいました。著名な地球物理学者であり、漱石門下として多数の随筆を残した寺田寅彦は、ヴァイオリンを弾く音楽好きだったそうです。

バイオリンやセロをひいてよい音を出すのはなかなかむつかしいものである。(中略)たとえばイザイの持っていたバイオリンはブリジが低くて弦が指板にすれすれになっていた、他人が少し強くひこうとすると弦が指板にぶつかって困ったが、イザイはこれでやすやすと驚くべき強大なよい音を出したそうである。(後略)2

  1. ショーソンの《詩曲(ポエム)》などを初演しました。ビルゼ楽団(ベルリン・フィルの前身)のコンサート・マスター(1879〜62)、ブリュッセル音楽院教授(1886〜98)、シンシナティ交響楽団の指揮者(1917〜22)などを務めています。
  2. 小宮豊隆編、寺田寅彦随筆集第3巻より「『手首』の問題」、岩波文庫、1948。このようなわずかな記述を記憶しておられた chezUe さん、さすがですね。