06. 4月 2016 · (275) 《古典交響曲》の古典的でないところ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , , ,

前回ご紹介したように、《古典交響曲》はプロコフィエフがハイドン風に作った交響曲です。しかし、ハイドン的ではない点もあります。

まず思い当たるのは、第3楽章がメヌエットではないこと。ベートーヴェンがスケルツォに変えるまで((81) 交響曲の中の冗談参照)、4楽章構成の交響曲の第3楽章は、3拍子のメヌエットでした。もともと急ー緩ー急の3楽章構成だった交響曲をより楽しめるように、当時流行していた踊りの音楽を加えたのでしたね((87) 流行音楽メヌエット参照)。

ところが、《古典交響曲》の第3楽章はガヴォット。古典派より前のバロック時代に組曲などに使われた、フランス起源の舞曲です。トリオが挟まる AーBーA’ の形をしてはいますが、4/4拍子でしかも pesante(重く)。むしろ、ゆっくりながら3拍子の第2楽章が、古典的で優雅なメヌエットに近い音楽です。

第2に、楽器の高音域が使われていること。たとえば、《古典交響曲》ではファースト・ヴァイオリンの最高音はレ。五線の上に加線2本のレの、そのまた1オクターヴ上です。加線6本!

ベートーヴェンは交響曲で、ヴァイオリンのラより高い音を使いませんでした((99) 高音域を使わない理由参照)。ハイドンの時代はさらに、使用する音域が狭かったようです。彼が最後に作った104番の交響曲((158) ハイドンの交響曲は106曲!参照)を調べてみたら、第1楽章の展開部の終わりでソを繰り返し使っているものの、他はほとんど加線2本のレ以下。第3ポジションで弾ける範囲です。フルートも、同じくソまででした(《古典交響曲》では、その上のドが当たり前に使われています)。

でも、何よりハイドンっぽくないところは、転調のし方でしょう。ハイドンの時代は、属調(5度上)、下属調(5度下)、平行調(同じ調号を持つ長調と短調)、同主調(同じ音から始まる長調と短調)などの近親調へ、さりげなく転調しました。ところがプロコフィエフは、平気で(?!?)遠隔調へ移ります。

特に目立つ(?)のが、ニ長調からハ長調への転調。主調であるニ長調ではファとドにシャープがつきますから、ハ長調の主音ドはニ長調に含まれません。ところが、この遠い調への転調をプロコフィエフは第1楽章冒頭でいきなり断行。2小節間の上行アルペジオの序奏に続いて、8小節から成る第1主題を主調のニ長調で提示した後、そのままハ長調で繰り返すのです(主題の「確保」と言います)。

ニ長調からハ長調に転調すると、落ち込む感じがします。主音がレからドに1音下がることだけが理由ではありません、シャープ2つの調から調号無しの調への転調は、(シャープが減ることになるので)フラット方向への移動。これが「ずり落ち」感を強めています。第1楽章第1主題がハ長調で再現される際も同様。

落ち込む感じがずっと続くのが、終楽章の第2主題部(43小節〜)。アルベルティ・バス音型による伴奏の和音は、2小節、ときには1小節ごとに自由に目まぐるしく変化。最低音が「レード♯ーシーラーソ♯ーファ♯ーミーレ♯ーレード♯ード」と順次進行で下るにつれて、和音もどんどん下降していきます。「ハイドンがもし今日生きていたら作曲する」ような交響曲という、プロコフィエフの意図が分かりやすく現れた、この曲の聴きどころです。

30. 3月 2016 · (274) 《古典交響曲》の古典的なところ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

10日後に迫った聖フィル第14回定期演奏会のオープニングは、プロコフィエフの交響曲第1番ニ長調作品25(これがまた難しくて……という個人的な愚痴は脇に置いておいて)。1891年に生まれたプロコフィエフが、今から99年前の1917年に完成させた音楽。今までに聖フィルが取り上げた中で、最も新しい曲です(今回の2曲目《エスタンシア》は、さらに新しいのですが。(272) (273) 参照)。

別名《古典交響曲》。プロコフィエフは、「ハイドンがもし今日生きていたら、彼が前にやったように、しかし同時に彼の作曲法において何か新しいものを含むように、作曲すると思った。私はそんな古典派様式の交響曲を作りたかったのだ」と語っています1。マーラーが第10番交響曲を未完のまま亡くなったのが1911年。ストラヴィンスキーがロシア・バレエ団のために《春の祭典》を完成したのが1913年。それより後に作られたにもかかわらず、この曲には確かに、ハイドン的(?!)な点がたくさんあります。

  1. オーケストレーション:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦。トロンボーンとテューバはもちろん、ピッコロやコントラファゴットなども無し。ホルンとトランペットも2つずつ。ハイドンが第2期ザロモン交響曲で完成させた2管編成です ((146) フルートは持ち替えだった:2菅編成完成まで参照)。
  2. 構成:4楽章構成、第2楽章は緩徐楽章。
  3. 調性:主調はシャープ2つの二長調。古典派オーケストラの核である弦楽器が良く響くので、この時代に多用された調です。モーツァルトが彼のおよそ50曲の交響曲((14) モーツァルトが作った交響曲はいくつ?参照)で最も多く使ったのも、ニ長調。第1、第3、第4楽章が主調、第2楽章が属調のイ長調なのも、ハイドン時代の典型。
  4. 長さ:全楽章で10〜15分足らず。交響曲が開幕ベル代わりだった時代、コンサートの枠組みだった時代の長さです((16) 交響曲は開幕ベル参照)。
  5. 和音:3和音(ドミソのような、3度を2つ重ねた3つの音から成る和音)が基本。アルベルティ・バスが使用されています。アルベルティ・バスは古典派時代に鍵盤楽器(例えばフォルテピアノ)などで使われた伴奏法で、ドソミソのような分散和音のパターン。プロコフィエフは第4楽章で、第2主題の伴奏に使用(これがまた超難しくて……という個人的な愚痴も脇に置いておきます)。
  6. 形式:第1、第4楽章はソナタ形式。提示部、展開部、再現部の3部分から成ることや、展開部が提示部や再現部よりもずっと短いことはハイドン的。ソナタ形式の基本形をコラムできちんと説明していませんでしたが、ベートーヴェンが《エロイカ》第1楽章で展開部とコーダを拡大するまで、前者は提示部と再現部のつなぎ、後者は曲を締めくくる、文字通りしっぽに過ぎませんでした。

ハイドンやモーツァルトの交響曲のような、古典派的な要素がたくさん。この時代の、キュートで肩の凝らない交響曲ですが、そこはやはりプロコフィエフ。古典的ではない要素もあります(続く)。

  1. 英文は Redepenning, Dorothea, ‘Prokofiev, Sergey,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 20. Macmillan, 2001, p. 408.
09. 9月 2015 · (251) ただのパッサカリアではない! ブラ4の秘密 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

第13回定期演奏会まで、1ヶ月足らず。今回のメイン・プログラムは、ブラームスの交響曲第4番(1884〜85年作曲)。彼のような構築型の作曲家の作品は、演奏するのも分析するのも楽しいものです。

この交響曲終楽章の出発点である J. S. バッハのカンタータは、既に(221) パッサカリアについてでご紹介しました(これを書いたときは、まさかすぐにこの曲を演奏できるとは思いませんでした〜)。ブラームスはバッハ(とは限りませんが)のバス旋律を19世紀風に変形しつつ、8小節パターンを堅持。パターンが崩れるのは、最後の第30変奏だけです(4小節拡大されて、Più Allegro のコーダに突入)。

この曲が面白いのは、これだけ律儀にパッサカリアの形を守りながら、実はソナタ形式の枠組みを取り入れているところ。主題と30の変奏は、提示部・展開部・再現部に分けられます。と書くと、ゆっくりした長調部分からテンポが戻り、短調のパッサカリア主題が再登場する第16変奏(129小節)が再現部!と思う方が多いと思います(ミ−ファ♯−ソ−ラと上がって行く主題に、ラ−ソ−ファ♯と下りてくる対旋律が加わるところ、ゾクゾクしますね!)。でも、これはひっかけ。同じ形ですが、ここは展開部の開始部分です。

じゃあ再現部はどこから? それは第24変奏(193小節)。展開部の開始のように区切りがはっきりわからない??! そんなことはありませんよ。前の小節の3拍目は、全ての楽器が休むゲネラル・パウゼ。展開部ではずーっと、何かしら音が鳴っていました。完全な空白はこのs1拍だけです。

それに、毎回異なる変奏のように聴こえますが、ここではちゃんと提示部が再現されていますよ。わかりやすいのは、第25変奏のオーボエとヴァイオリン(とファゴット)。mpff に変わっているものの、第2変奏の木管メロディーの再現です(譜例1左ページ参照)。第26変奏のホルンも、第3変奏の木管の再現(でスタッカート→ でレガート。譜例1右ページ参照。E管なので実音はミ−レ♯−ミ−ファ♯ー)。第24変奏でも第1変奏のホルンのリズムなどが再現されていますし、第27、28変奏の低音のオクターヴ跳躍は第4変奏の低音と関係していますね。第1変奏に先立つ主題は第23変奏に反映されていますが、これだけ先走って(??)展開部に食い込んでいるのも芸が細かいところ。区分をあいまいにするのもロマン派風なのです。

というわけで、この終楽章は第2主題の再現を欠くソナタ形式とみなすことが可能。バロック時代の変奏形式パッサカリアの形で作曲しつつ、古典派時代(以降)に使われたソナタ形式にも嵌め込んで、二重の意味を持たせているのです。構築型の作曲家ブラームスならではの終楽章! さらに……(つづく)。

譜例1:ブラームス作曲交響曲第4番終楽章(200〜14小節)

譜例1:ブラームス作曲 交響曲第4番 終楽章(200〜14小節)

15. 1月 2014 · (168) 演奏会用序曲と交響詩 (2) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

交響詩を作ったのはスメタナ、ボロディン、シベリウスのような国民楽派、サン=サーンスやフランクなどフランスで活躍した作曲家たち、ドイツではリヒャルト・シュトラウス。音楽外の要素と結びついた標題音楽の1分野で、わかりやすいようにタイトル(表題)やプログラム(標題)が付く場合もあります。

1850年ころにこの新しいジャンルを創始したのは、リスト。でも、彼の交響詩のうち《プロメテウス》(1850、1855改訂)や《ハムレット》(1858)は、初め序曲として作曲されました。リストはこの2曲を演奏会用序曲と呼ぼうと、ほとんど決めるところだったそうです1。ですから交響詩は、演奏会用序曲の発展形と言えます。

それでは、演奏会用序曲と交響詩の音楽上の違いは何でしょう? 答えは、ソナタ形式を使うか否か。18世紀、モーツァルトが《フィガロの結婚》などの序曲を作るときに使ったソナタ形式を、19世紀のメンデルスゾーンも使いました。序曲《ヘブリディーズ諸島(フィンガルの洞窟)》では、スケッチに書き留めた((167) 演奏会用序曲と交響詩 (1) 参照)短調の寂しい感じの第1主題と、ふっと日が射したような長調の優しい感じの第2主題が提示され、展開部をはさんで再現されます。

ソナタ形式は型が決まっています((66) 再現部は「ただいま」の気持ちで参照)。この型の中でストーリーを表現するのは、かなり難しいですよね。メンデルスゾーンが序曲の中で描いたのは、海から高く厳しくそびえる洞窟の「雰囲気」でした。

一方、交響詩には型がありません。リヒャルト・シュトラウスは交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》(正確には交響詩ではなく「音詩」)の中で、14世紀に実在した人の、民間伝承されたエピソードを描きました。作曲者によると冒頭部は「むかしむかしあるところに」。続くホルンによるティルの主題は、「いたずら好きの道化がおりまして、その名をティル・オイレンシュピーゲルと申します」。クラリネットによる第2のティルの主題は、「それはとびきりのいたずら者でありました」という口上に相当2。その後も型に押し込められること無く、魔法の長靴で高飛びしたり、牧師に扮して説教を垂れたりするいたずらを音楽で様々に表現しています。

もちろん、ただストーリーを描写しているだけではありません。リヒャルト・シュトラウスは、再現部(的な部分)を入れたり、ティルの主題を変形しながら何度も使うことで、音楽に構築感や統一感を与えています。《レ・プレ》のように、単一楽章の中に多楽章構造を組み込んだ交響詩も少なくありませんでした(((75) 《レ・プレ》とソナタ形式参照))。

このように19世紀後半は、ソナタ形式の枠組みの中で、それを変形・応用しながら序曲を作った作曲家たちと、標題を描くために独創的な形を捜しながら交響詩を書いた作曲家たちが、併存した時代だったのです。

  1. Temperley, Nicholas, “Overture” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 18. Macmillan, 2001, p. 826.
  2. マー、ノーマン・デル。オイレンブルク・スコア、リヒャルト・シュトラウス:交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》解説、杉山洋一訳、全音楽譜出版社、n.d.、ivページ。
08. 1月 2014 · (167) 演奏会用序曲と交響詩 (1) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

既にコラムで何度か取り上げた交響詩((74) ミステリアス、《レ・プレ》(43) シベリウスと《フィンランディア》)。詩が付いた交響曲ではないこと、みなさんご存知ですよね。それでは、演奏会用序曲って何でしょう? オペラの序曲のように、演奏会の幕開けに演奏される曲? もとは、イタリア風序曲シンフォニーアなどから成立した「交響曲」(赤ちゃん交響曲)が、演奏会の最初に演奏されていました((18)「赤ちゃん交響曲」誕生までなど参照)。が、それと演奏会用序曲は別物です。

演奏会の1曲目に演奏される序曲? 確かにオーケストラのコンサートでは、オープニングの短めの曲として序曲が演奏されることもあります(聖フィルでも、《フィガロの結婚》《エグモント》《オーリドのイフィジェニー》などの序曲を、1曲目に演奏してきました)。でも、オペラなどの序曲だけが演奏会で取り上げられても、それは(ただの)序曲。演奏会用序曲とは呼びません。

正解は、19世紀以降に単独楽章として作曲された、序曲という名称を持つ管弦楽曲。劇作品などの導入曲ではなく、序曲だけで独立した作品です。原型はベートーヴェンの、たとえば序曲《霊名祝日》(1814〜15)。最初のスケッチ(1809)には「あらゆる機会のための――あるいは演奏会のための序曲」と書かれていて、彼が単独の曲を意図していたことがわかります1。皇帝の霊名祝日の祝賀行事用として作曲が進められた時期があったためにこの名で呼ばれますが、結局、霊名祝日のプログラムからはずされました。最終的に、最初に考えたような「あらゆる機会のための序曲」になったと言えます。

ベートーヴェンの11の序曲の中で、オペラや演劇と無関係に成立したのはこれだけですが、音楽的に独立した序曲は他にもあります。《コリオラン》序曲(1807)は、ウィーン宮廷劇場で成功を収めていた、ハインリヒ・フォン・コリン作の舞台劇用序曲として作られました。コリンに献呈したものの、この序曲をつけた舞台上演の記録は残されていないそうです2。また、《献堂式》(1822)序曲は、劇場のこけら落とし公演の祝典劇用に作曲したもの。劇中音楽の多くは同様の機会のために作られた《アテネの廃墟》(1811)からの転用なので、新作の序曲は、独立した曲と言えなくもありません。

演奏会用序曲の原型がベートーヴェンなら、典型はメンデルスゾーン。たとえば《ヘブリディーズ諸島(フィンガルの洞窟)》(1830)は、オペラや演劇と関係の無い、序曲だけの音楽です。彼は、スコットランド旅行中ヘブリディーズ諸島に魅了され、「心に浮かんだものを書き留め」ました(譜例1)。序曲冒頭は、拍子以外ほぼスケッチそのまま。寄せては返す波のような、もの悲しい第1主題になっていますね。

譜例1:

譜例1:メンデルスゾーン《ヘブリディーズ諸島》のスケッチ前半、1829年8月7日

《静かな海と楽しい航海》(1830)はゲーテの同名の本からインスピレーションを得たもの。また、《夏の夜の夢(真夏の夜の夢)》の序曲(1826年)も、シェイクスピアの独語訳を読んだ17歳のメンデルスゾーンが、単独で作った演奏会用序曲でした(初めはピアノ連弾用。有名な結婚行進曲などの劇付随音楽を作曲したのは、16年後の1942年)。

以前から、オペラの序曲が本体と切り離されて、コンサート・ピースとして演奏されていました。ヘンデル、モーツァルト、ケルビーニらのオペラ本体が忘れられた後も、序曲は残りましたし、モーツァルトは《ドン・ジョヴァンニ》序曲の演奏会用エンディングを作っています。19世紀に演奏会用序曲というジャンルが成立するのは、ごく自然な流れだったのでしょう。

しかし、1850年代に交響詩が生まれると衰退に向かいます。前回ご紹介したショスタコーヴィチの《祝典序曲》は、20世紀に作られた(かなり稀な)例の1つ((166) おめでたい (!?) 音楽参照)。ソナタ形式による長過ぎない単一楽章の管絃楽曲という伝統が、受け継がれています。

  1. 大久保一「序曲《霊名祝日》ハ長調 Op. 115」『ベートーヴェン事典』東京書籍、1999、121。
  2. 平野昭「悲劇《コリオラン》序曲 Op. 62」前掲書、492。
06. 6月 2013 · (136) 《フィガロ》序曲のボウイング はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

次回の定演曲の1つ、モーツァルトの歌劇《フィガロの結婚》序曲。ソナタ形式で作られたこの曲の冒頭、弦楽器のユニゾンによる第1主題を楽譜どおりにさらって行った(私、弦楽器を担当しています)ら、ボウイングを直されました。1小節ごとにアップ、ダウンせず、2・3小節目(「れどれみふぁみふぁそらそらそら」まで)、4・5小節目、6・7小節目は一弓。パート・リーダーに「どこのオケでもこう弾いている」というような説明をされ、心の中でえーっ!?!

モーツァルトはヴァイオニストでした。ウィーンでは主にピアニストとして生計を立てましたが、ザルツブルク時代は宮廷楽団で、1769年11月14日から無給の、72年8月21日から有給のコンサート・マスターを勤めていました。だから、彼が書く弦楽器パートは自然で、あまり無理がありません(リストやシューマンと大違い! モーツァルトの弦楽器パートが簡単だという意味ではありませんので念のため)。

図1:《フィガロの結婚》序曲冒頭、モーツァルトの自筆譜

図1:《フィガロの結婚》自筆譜第1ページ(クリックで拡大します)

まず、自筆譜を確認(図1参照)1。12段五線紙の1番上がファースト・ヴァイオリン、1番下がチェロ、バスです2。モーツァルトのスラーは1小節ずつ。弦楽器はスラーの切れ目で弓を返しますから、1小節目ダウン、2小節目アップ、3小節目ダウンという具合に弾くことになります。旧全集も新全集も自筆譜どおり。

次に、ボウイングを確認。勤務先の音大図書館所蔵の映像を調べてみました。幕が上がる前だから、オーケストラが映っているだろうと思ったのですが、《フィガロ》の LD・DVD 計14種類のうち、4つはボウイングがわかりませんでした。オーケストラ以外が映っていたり(序曲をバックに舞台上でパントマイムが始まるものなど)、オケは映っているものの、第1主題の部分は4回(提示部2回、再現部2回)とも、指揮者の顔や管楽器が映っていたり3。でも、残り10種類のボウイングはばっちり。パート・リーダーが言うように、自筆譜のスラーを無視して2小節目から2小節一弓で弾いているものも、たくさんありました:

  1. ショルティ指揮パリ国立歌劇場管弦楽団(録画年1980)
  2. アッバード指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団(1991)
  3. バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(1999)
  4. メータ指揮フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団(2003)

一方、モーツァルトが書いたスラーに従って、1小節ごとに弓を上げ下げしていたのは:

  1. ベーム指揮ウィーン・フィル(1966)
  2. エストマン指揮ドロットニングホルム宮廷劇場(1981)
  3. ゲーザ指揮コーミッシュ・オーパー・ベルリン(1986)
  4. ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ(1994)
  5. ハイティンク指揮ロンドン・フィル(1994)
  6. アーノンクール指揮チューリッヒ歌劇場(1996)

オリジナル楽器を使う団体や古楽系の指揮者はともかく、ベームの1966年ザルツブルク音楽祭ライブ録画も1小節ずつ。ある時期にボウイングが変わったわけではないのですね。テンポもあまり関係無いようです。上記6つのうち5つまでが、2分音符142〜1484。でも、2小節一弓の上記4人も2分音符144〜148で、変わりません5

スラーは、ボウイングの一弓、管楽器ではブレス無しの一息で演奏する記号として使われるときと、フレージングを示す記号として使われるときがあります。後者の場合、一弓・一息で演奏するにはフレーズが長過ぎて、途中で切らなければならないこともしばしばですが、この第1主題でモーツァルトが書いたスラーは、フレージングを示すものではありませんよね。わざわざ1小節ずつのボウイングを指定したのに、他のオケもそうしているからと変更してしまって、モーツァルトががっかりしないかな?? (137)に続く。

  1. Wolfgang Amadeus Mozart: Le Nozze di Figaro, K. 492, Facsimile of the Autograph Score,  Introductory Essay by Norbert Miller, Musicological Introduction by Dexter Edge. The Packard Humanities Institute, 2007.
  2. 2段目以降はヴァイオリンII、ヴィオラ、フルートI、II、オーボエ(1段で)I&II、A管クラリネットI&II、D管ホルンI&II、ファゴットI&II、D管トランペットI&II、ティンパニ。(35) モーツァルトのホルン協奏曲も参照のこと。
  3. 前者はペッペーノ指揮ロイヤル・オペラ・ハウス・オーケストラ(録画年2006)など。後者はプリッチャード指揮ロンドン・フィル(1973)など。
  4. 第2主題が出るまでの時間を計って、計算しました。
  5. アーノンクールだけは、2分音符126くらいで指揮しています。これについては改めて書きたいと思います。
19. 4月 2012 · (77) 近い調、遠い調 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

「アマ・オケ奏者のための音楽史」はまだ中世をうろうろしているというのに(すみません、もうすぐ再開します)、新シリーズ「アマ・オケ奏者のための楽典」開始! 第1回目は調について。《レ・プレ》を弾きながら、調号(=調の記号。五線譜の左端のシャープやフラット)を見るだけで、新しい性格の曲と見当がつくなと考えていました。16分ほどの曲の中で調号が、無し→♯4→無し→♯4→無し→♯3→無しと変わります。変わる回数が多いだけが理由ではありません。

調は全部で24あります。長調が12、短調が12。ピアノの鍵盤を思い浮べてください。1オクターヴの中にある12の音(ドレミファソラシだけでなく、黒鍵もお忘れなく!)それぞれを主音として、長調と短調が始まります。たとえば、ハニホヘトイロのハであるドの音からはハ長調とハ短調、レの音からはニ長調とニ短調という具合1

この中には、互いに近い調と遠い調があります。2つの調の音階に共通した音が多ければ近く、少なければ遠いと考えます。近い調を近親調、遠い調を遠隔調と呼びます。近親調は:

  • 属調:ある調の主音から5度上の音(=属音)を主音とする調。たとえば、ハ長調に対してハニホヘトと5つ上がったト長調、ハ短調に対してト短調(その音から数えるんですよね。(62) 新年と音程参照)
  • 下属調:ある調の主音から5度下の音(=下属音)を主調とする調。たとえば、ハ長調に対してハロイトへと5つ下がったヘ長調、ハ短調に対してヘ短調
  • 同主調:同じ主音から始まる長調と短調。たとえばハ長調とハ短調、ニ短調とニ長調
  • 平行調:同じ調号をもつ長調と短調。短調は長調の3度下から始まります。たとえば、ハ長調とイ短調(調号無し)、ニ長調とロ短調(♯1つ)

    24の調

    譜例1:24の調(久保田慶一編『音楽通論』、アルテス、2009、97ページ)

属調は、元の調に較べて調号の♯が1つ増え(♭の場合は1つ減り)ます。調号無しのハ長調の属調ト長調の調号は、♯1つですね。逆に下属調は、調号の♭が1つ増え(♯の場合は1つ減り)ます。調号無しのハ長調の下属調ヘ長調の調号は、♭1つです(譜例1参照。クリックで拡大します。各調の属調は右隣、下属調は左隣)。

属調や下属調に転調しても、元の調と違うのは増えた(減った)調号の音1つだけ。他の6つの音はそのままです。だから近い調なのです。逆に、《レ・プレ》の転調のような、調号無しのハ長調と♯3つのイ長調や♯4つのホ長調は、共通する音が少ない遠い関係。遠隔調です。

(72) 第2主題はようこその気持ちでのソナタ形式の表を思い出してください。第2主題は、主調が長調のときは5度上の調(=属調)へ、主調が短調のときに3度上の長調(=平行調)で提示されます。属調も平行調も近親調。無理無く自然に転調できますし、調号を変えなくても、変化した音に臨時記号を付ければ済みます。

最も近い属調や平行調へ転調させるのが自然すぎてつまらなくなると、《レ・プレ》のように、主調がハ長調なのに第2主題を遠いホ長調で提示したりするようになります((75) 《レ・プレ》とソナタ形式参照)。その代表的な作曲家は……というお話は、また改めて。

  1. ファとソの間の黒鍵を主音とする長調は、嬰へ長調と変ト長調の2つありますが、このような異名同音調は1つと考えます。