12. 11月 2014 · (211) リトルネッロ形式 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

おかげさまで、2010年11月9日に始めた聖フィル♥コラム、4年目に突入! いつも読んでくださる皆さま、今、初めて読んでくださっている皆さま、どうもありがとうございます。前回、リピエーノ・コンチェルトについて書きながら((210)《オケコン》のルーツ参照)、まだリトルネッロ形式を説明していないことに気づきました。200以上書いたのに、バロック・コンチェルト(ソロ・コンチェルトと、複数の独奏楽器のためのコンチェルト・グロッソ両方)に使われたリトルネッロ形式のコラムが無かったなんて。反省!

リトルネッロは、イタリア語の名詞 ritorno(「戻ること」、動詞は ritornare)に縮小辞 –ello がついた形で、「小さな反復」の意味。1600年頃から、有節アリアの前、間、後などに奏される器楽曲を指すようになりました1。初め、リトルネッロはアリアと分かれていて、登場人物の入退場や舞踏シーン、場面転換などに使われました。17世紀半ば頃、リトルネッロとアリア(の反復)は途切れない一続きに。多くの場合、両者は音楽的に関連させて作られました。

協奏曲にこのリトルネッロ技法が使われるようになったのは、1700年頃。独奏者のためのエピソード部分と、トゥッティ(全合奏)によるリトルネッロの交代が繰り返されます。アリアの場合と同様、エピソード部分ではしばしば、リトルネッロの音型やその一部、装飾形などが使われます。

バロック協奏曲の「急」楽章(つまり第1楽章と第3楽章)は、リトルネッロで始まりリトルネッロで終わるのがお約束。一方、エピソードの数は自由。R1― E1― R2― E2― R3….. という具合に、好きなだけ入れることができます。冒頭のリトルネッロはフル・バージョンですが、それ以外は短縮バージョンが普通。みんなが聴きたいのはソロ。リトルネッロであまりお待たせしてはいけません。

何回くらい反復されるのか、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲《秋》op. 8, no. 3, RV 293の第1楽章で数えてみましょう。リトルネッロで始まり(R1)、そのリトルネッロを使った最初のエピソード E1(0:27くらい〜)― R2(0:54〜)― E2(1:03〜)― R3(2:01〜)― E3(2:21〜)― R4(2:47〜)― E4(3:18〜)― R5(4:28〜)。4つのエピソードを挟んで、リトルネッロは5回のようですね。エピソードを全部の楽器で伴奏したり、エピソードの途中にリトルネッロの音型で合いの手が入ったりすることもありますが、トゥッティとソロというよりも、リトルネッロとエピソードの交代と考えてください。

  1. Talbot, Michael, ‘Ritornello,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 21, Macmillan, 2001, pp. 446-47.
25. 12月 2013 · (165) 交響曲? 協奏曲? サンフォニー・コンセルタント はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

日本語で協奏交響曲と訳されるサンフォニー・コンセルタントsymphonie concertante(仏)。18世紀後半から19世紀にかけてパリやマンハイムなどで流行した、「複数の独奏楽器をもつ交響曲と協奏曲の中間形態」です1。実際には交響曲というよりも協奏曲。ハイドンの、オーボエ・ファゴット・ヴァイオリン・チェロのための協奏交響曲は、ホーボーケンが交響曲第105番(Hob.I:105)に分類しましたが、現在は交響曲の中に含めません( (158) ハイドンの交響曲は106曲!参照)。

バロック時代のコンチェルト・グロッソ(合奏協奏曲。(59) クリスマスに聴きたい音楽 part 3で、コレッリの《クリスマス・コンチェルト》をご紹介しました)も、複数の独奏楽器を持つ協奏曲です。ただ、似ているのは形だけ。コンチェルト・グロッソではソロとトゥッティの対比が重視されましたが、サンフォニー・コンセルタントではソロ群が中心。カデンツァも付きます。

1767年5月に、出版譜に初めてサンフォニー・コンセルタントの名が使われて以来(実はこの曲、5重奏曲でしたが)、1830年頃までに570曲ほどが作られました(sinfonia concertante や concertante だけのタイトルを含む)2。半数は、フランス人、あるいはフランスで活動した作曲家によるものです。多作の筆頭は、半世紀以上をパリで過ごしたと言われるイタリア人カンビーニ(1746〜1825?)で、なんと82曲! 次いで、マンハイム楽派第2世代カール・シュターミツ(1745〜1801)の、30曲以上。

緩徐楽章を欠く2楽章構成と、通常の協奏曲と同じ急―緩―急の3楽章構成が、ほぼ1:1。緩徐楽章でも、アンダンテよりも遅いテンポ(アダージョなど)は全く使われていないそうです。速い方が、ソリストの妙技披露に向きますものね。耳に快いメロディーが次々と出て来るのは、セレナードやディヴェルティメントなど、当時の「軽い」ジャンルの音楽と似ています。短調の曲は全体のわずか0.5%。古典派時代は圧倒的に長調の曲が多いのですが、交響曲の2.5%と較べても、短調の少なさが際立っています。

独奏楽器の数は、2、3から時に8、9まで。ソロ楽器の組み合わせも様々で、鍵盤楽器の4手連弾(テオドール・フォン・シャハト作)、ハープシコード・ヴァイオリン・ピアノ(ジャン=フランソワ・タプレ)、ピアノ・マンドリン・トランペット・コントラバス(レオポルト・コジェルフ)、2ヴァイオリン・2ヴィオラ・2オーボエ・2ホルン・1チェロ(ヨハン・クリスティアン・バッハ)など、響きが想像しにくいユニークなものも。

モーツァルトは、1778年にパリで作ったフルート・オーボエ・ホルン・ファゴットのための K. Anh.9 (297B)(消失。19世紀半ばに見つかった楽譜は、真作かどうかわかりません)と、翌年のヴァイオリンとヴィオラのための K.364 (320d) を、サンフォニー・コンセルタントと呼びました。一方、同じ1778年にパリで作ったフルートとハープのための K.299(297c) は、複数の独奏楽器を持つのに、ただの(!?)協奏曲。その理由は?

サンフォニー・コンセルタントは本来、独奏楽器の名演奏家(ヴィルトゥオーゾ)たちのための、公開演奏会用の作品でした。チケットを購入すれば、一般市民も楽しめる公開演奏会。複数のソリストの妙技を同時に楽しむことができるサンフォニー・コンセルタントは、メイン・プログラムにうってつけ。モーツァルトは、アマチュアのフルート奏者ド・ギーヌ公爵が娘と一緒にサロンで演奏するために注文した曲と、パリの名高い公開演奏会コンセール・スピリテュエル用の曲とを、はっきりと区別していたのです。

  1. 西原稔「サンフォニー・コンセルタント」『音楽大事典2』、平凡社、1982、1001ページ。
  2. Brook, Barry / Gribenski, Jean, “Symphonie concertante,” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 24. Macmillan, 2001, 807.
28. 8月 2013 · (148) バッハもヴィオラを弾いていた はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

ベートーヴェンはボン時代、劇場でヴィオラを弾いていました。シューベルトは、家族で弦楽四重奏をするとき、ヴィオラを担当していました((33) シューベルトの未完成交響曲たち参照)。時代は下がって、ドヴォルジャークはチェコの国民劇場仮劇場オーケストラでヴィオラを弾いていました((30) スメタナとドヴォルジャーク参照)し、ヒンデミットも室内楽やソロ活動をするヴィオラ奏者でした。

ヴィオラと言えばもう1人、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ。好んでヴィオラを弾いたと、彼の次男、カール・フィリップ・エマヌエルが伝えています1。譜例1は、その(間接的な)証拠と考えられるもの。

譜例1:バッハ作曲《ブランデンブルク協奏曲》第5番 BWV 1050 第1楽章冒頭

譜例1:バッハ作曲《ブランデンブルク協奏曲》第5番 BWV 1050 第1楽章冒頭

ブランデンブルク協奏曲第5番と言えば、バッハの最も人気がある世俗曲の1つ。独奏楽器は、フルートとヴァイオリンとチェンバロ。複数の独奏楽器を持つバロック時代の協奏曲、コンチェルト・グロッソです。でも、全体としてチェンバロの比重が非常に大きく、実質的にはチェンバロ協奏曲と言えます。ブランデンブルク辺境伯クリスティアン・ルートヴィヒに献呈するために(この被献呈者の名前で呼ばれますが、バッハが付けたタイトルは『種々の楽器を伴う協奏曲集 Concerts avec plusleurs instruments』)丁寧に清書された自筆スコアは、上から順に独奏フルート、独奏ヴァイオリン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ヴィオローネ(コントラバスのご先祖)、独奏チェンバロ。

チェンバロ・パート右手部分は、最初の和音のみで残りはずーっと空白。左手の楽譜の上には、何やら不思議な書き込みがいっぱい。これは、通奏低音奏者に和音の種類を示す数字で、8分音符のように見えるのは数字の6(3度上と6度上の音を弾けということ。(132) 楽譜どおり演奏しても足りない場合参照)。このオープニング部分では、チェンバロ奏者は独奏者ではなく、通奏低音担当の伴奏者。数字で指示された和音を、即興で充填します。一方、譜例1の最後の小節からは、右手パートも記入されていますね。通奏低音の数字はありません。ここからチェンバロ奏者は独奏者に早変わり。1人2役、大忙し。

話をヴィオラに戻しましょう。ヴィオラのパートは、通常のハ音記号で記譜されていますね。この曲がどうして、バッハがヴィオラを弾いていた証明になるのでしょうか。よく見ると、ちょっと変わったところがありますよ。独奏ヴァイオリン・パートの下、伴奏(リピエーノと呼びます)ヴァイオリンが、1パートしかありませんね。通常は(たとえヴァイオリン協奏曲でも)、オーケストラのヴァイオリンにはファーストとセカンドの2パートあるもの。それなのに、この曲は1パートだけ。これは普通ではありません。

ケーテンの宮廷楽長時代、協奏曲を演奏するときには、バッハはヴィオラを弾きながら指揮していたと考えられます。でも、ケーテン宮廷が新しく購入した、ベルリンのチェンバロ製作家 ミヒャエル・ミートケ作の2段鍵盤チェンバロをお披露目するために作曲されたこの協奏曲では、バッハ自身がチェンバロ・パートを受け持ったことは、まず間違いありません。ということは:

    1. バッハはいつものヴィオラを受け持つことができなかった
    2. でもヴィオラはアンサンブルに必須!
    3. セカンド・ヴァイオリン奏者にヴィオラを担当させた
    4. セカンド・ヴァイオリンを弾く人がいなくなった
    5. ヴァイオリンを1パートのみにした

この場合、リピエーノ・ヴァイオリンのパートは、1人で弾いていたことになりますね。ケーテン宮廷楽団はバッハの頃、16名の団員が在籍していたそうですから、ヴァイオリンが2人というのはちょっと少なすぎる感じ2。でも、弦パートは1人ずつで弾いたと主張するリフキンのような研究者もいます。チェンバロの長く華やかなカデンツァを持つこの協奏曲、意外にも室内楽のように演奏されていたのかもしれません。

  1. 角倉一朗『バッハ:ブランデンブルク協奏曲ミニチュア・スコア解説』全音出版、n.d.、13ページ。
  2. 久保田慶一編『バッハキーワード事典』春秋社、2012、332ページ。

昨年のヘンデルの《メサイア》とパレストリーナのミサ曲《今日キリストが生まれたまえり》に引き続き、今回はアルカンジェロ・コレッリ(1653〜1713)の《クリスマス・コンチェルト》をご紹介しましょう。1814年にアムステルダムで出版されたop. 6には、12曲のコンチェルト・グロッソが納められていますが、「降誕の夜のために作曲された」という但し書き付きの第8番がそれ。

バロック時代には、このような器楽合奏曲が教会の礼拝で演奏されることも多かったのですが、中でもこの曲は、12月25日の夜(キリスト教の暦では前日の日没から1日が始まるので、実際には24日の夜から25日にかけて)の礼拝用に作られたというわけです。

終楽章後半のテンポが緩やかになった部分に、パストラーレ・アド・リビトゥムと書かれています(このアド・リビトゥムが何を意味するのか、何が自由なのかははっきりわかりません)1。パストラーレとは牧歌的な曲を指しますが、降誕→羊飼いたち→草原牧場→牧歌的という連想でしょうか。御使いによって降誕を告げられた羊飼いたちが、馬小屋で生まれ飼い葉桶に寝かされたイエスを訪れるというシーン(ルカ 2.8〜)は、たしかに牧歌的ですよね。12/8拍子や6/8拍子などの、四分音符と八分音符の交代によるターンタターンタのシチリアーノ・リズムがお約束。バグパイプ特有のドローン(持続低音)に支えられて、静かでのんびりとした雰囲気が描かれます2

同時代の人々から「ヴァイオリンの大天使(Archangelo はイタリア語で大天使の意味)」と賞賛されたコレッリ。彼の作品のヴァイオリン・パートは、ほとんどが第3ポジションまでで弾け、重音もごくわずか。派手さはありませんが、わかりやすい和音進行が耳に心地よく、テンポや音量の対比と調和のさじ加減が絶妙です。ヴィヴァルディよりも25歳、J. S. バッハよりも32歳年上のコレッリは、ローマの富裕な貴族をパトロンに持ち、生活のために作曲&出版する必要がありませんでした。12曲ずつまとめられた作品集6つに納められたソナタや協奏曲は、厳選し推敲を重ねた自信作と考えられます3

コレッリのクリスマス・コンチェルトのドラマティックな冒頭部分と、急くようなト短調部分に、暖かい日差しが差し込んだような厳かなト長調ラルゴのパストラールが続く終楽章は、こちらから試聴できます。みなさんがこれまで聴いたり弾いたりした演奏とこれらとの違いについては、また改めて書きます。

  1. 現在では、クリスマス以外の季節にはこの部分を自由に省略できるという解釈が一般的です。パストラーレがクリスマス・コンチェルトの終楽章とは限りません。たとえばマンフレディーニ(1684〜1762)の作品 op. 3, no. 12 では、第1楽章にパストラールが置かれています。
  2. クリスマス・コンチェルトのパストラーレに関して、「キリスト降誕の際に羊飼いたちが笛を吹いたという聖書の記述にちなむ」という説明をしばしば目にします。しかし、聖書の引用部分を記したものを見たことがありませんし、4つの福音書にそのような記述は見当たりません(ご存知の方、教えてください)。
  3. クリスマス・コンチェルトが含まれるop. 6は死後出版ですが、生前、本人がまとめました。