15. 10月 2013 · (155) 《ライン》と循環形式 (2) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

交響曲本来の構成に追加された、荘厳な宗教儀式を思わせる第4楽章。そのジグザグ主題が、それ以前の楽章で予示されていて、さらに終楽章で音楽的に緊張度の高いストレットの形で戻って来る、シューマンの交響曲第3番《ライン》((154)《ライン》と循環形式 (1) 参照)。本筋から外れた挿入部分が要の役割を持つ、意表を突くプランです。でも、これ以外にも循環する旋律があります。終楽章の最後、テンポが上がる直前のホルンとトランペットのファンファーレ(譜例1内声部)、どこかで聴いたような……1

譜例1:シューマン作曲《ライン》第1楽章冒頭

譜例1:シューマン作曲《ライン》終楽章、394〜9小節

そうです。第1楽章1小節目第1拍からの、滔々と流れるライン川を思わせる第1主題の変形。1番最初の音楽が、最後に再登場。全体のフレームになっています。ずっと8分音符8つの動きで流れて来た終楽章に、初めて3連符が使われるのは、冒頭のヘミオラ(3拍子2小節を大きく3拍と取ること)のなごり?? その3連符リズムと主和音(ミ♭ソシ♭)アルペッジョは、テンポを上げたコーダに受け継がれます。

ただ旋律が再登場するだけではありません。シューマンはここで、和音の動きに工夫をこらしています。(149) カデンツを感じると言うことで書いたように、古典派ハイドンの交響曲第88番では、低音が定期的にソ→ドと動き、属和音の緊張状態が主和音で解決されていました。ゆらゆらの吊り橋を渡る不安定感と、岸にたどり着いてしっかりと大地を踏みしめた安定感の交代が、音楽を区切り、前に進めています。

ところが、半世紀(以上)後にロマン派作曲家シューマンが作った《ライン》では、そのソ→ド(V→I)の動きが意図的に避けられています。第1楽章第1主題の低音は、半音も交えながらドシラソファミレと主音からずるずる下がるだけ。譜例2上段、最後の小節の低音レはこの調の導音ですが、主音ミ♭に進まないで次の小節でレ♭に降りてしまいます2。提示部での第1主題は、属和音から主和音へのはっきりしたカデンツが無いままです。

その第1主題が再現部で「ただいま」するときは、さらにすごい(!?)状況。同じ旋律が主調で戻って来ますが(譜例2下段)、低音は主音ド(変ホ長調のミ♭)ではなく、ドミソのソ(シ♭)の延ばし。そこから主音ミ♭に進めばソ→ド(V→I)進行になるのに、和声的な解決は避けられたまま。ゆらゆら揺れる吊り橋は長くて、岸に上がって一息つくどころか、どこに向こう岸があるのかもはっきりわかりません。

和声的にうやむやのまま「おあずけ」状態だった第1楽章第1主題のカデンツがはっきり解決するのは、勝利の凱歌のように変形されて終楽章に現れたとき(譜例1)。低音のシ♭は 主音のミ♭へ。シ♭レファの属和音がミ♭ソシ♭の主和音に解決、ここでようやく待ちに待った完全終止。向こう岸を踏みしめた、ばんざーい!という決定的瞬間です。この後はテンポを上げて、一気にゴールへ突き進みます。

シューマンの計算され尽くした構成、にくいですね〜。でも、全く正反対の吊り橋感覚を持つ2曲を並べた、今回の聖フィルのプログラムも、にくいでしょう? 古典派とロマン派で大きく変化したカデンツの使い方、不安定→安定の流れの違いを楽しんでくださいね。

譜例2:

譜例2:同上第1楽章第1主題。上:提示部、下:再現部

  1. 譜例1、2とも Horton, Julian, ed., The Cambridge Companion to the Symphony. Cambridge Univ. Press, 2013, pp. 20 に基づく。
  2. 20小節の第1主題が繰り返されるときにソ→ドが1度使われますが、ド(実音ミ♭)から主旋律に変化。低音としての V→I の動きは避けられています。
03. 9月 2013 · (149) カデンツを感じるということ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

オケの練習中に「ここのカデンツを書き込んで」とか「ここはカデンツだからとび込まないで」と言われることがありますね。みなさん、カデンツの役目や意味をご存知かなあと、以前から密かに心配していたのですが、たまたま覗き込んだ近くのパート譜のカデンツの書き込みが、ずれていることに気づきました。オーケストラではほとんどの奏者が音を1つしか弾いていませんから、和音の移り変わりに関わるカデンツを感じるのは、難しいですよね。

カデンツ Kadenz は「終止」あるいは「終止形」を意味するドイツ語。ラテン語のカデーレ cadere(落ちる)に由来するのは、グレゴリオ聖歌の旋律の最後が、順次進行で終止音まで下降して終わることが多かったからと考えられます1

まず「終止」の定義から。音楽の流れを締めくくることですが、「単に音が中断するとか音の継続が止むことではなく(中略)終結の感じを起こさせ、満足感を与えるもの」でなければなりません2。「カデンツとは音楽に『落ち』をつけること」3。曲の最後だけではなく途中にも使われ、音楽の段落を作ります。

「終止」するための一定の型が、「終止形(終止法)」。ハ長調でレファソシの属7の和音から主和音ミソドへ進む、V7→I の型を考えてみましょう。まず、導音シは、半音上の主音ドに進みたい。主和音に移ることで、望みが叶って安定します。さらに、7の和音は不協和音。主和音に移ることで、ソとファがぶつかっている緊張状態が解消・安定し、一段落。これが終止です。

この V7→I のカデンツを使っているのが、小学校などの式で「起立→礼→着席」(「気をつけ→礼→直れ」?)するときの3つの和音。1つ目と3つ目は主和音、真ん中が属7。もしも、最後の和音が鳴らなければ、頭を下げたままの不安定な状態が続きます。主和音で頭を上げて、一段落。

この「(気をつけ→)礼→着席」のパターンのように低音がソ→ドと動くと、強い終止感が得られます。ベートーヴェンのように何度も繰り返す人もいますが(《運命》第1楽章最後の12小節間に、ソ→ドの V→I が8回!)、普通は大きな区切りにしか使いません。聖フィルが次回の定演で演奏するハイドンの第88番交響曲の第1楽章提示部(アレグロに変わってから繰り返し記号まで)90小節弱には8回(だと思います)。どこにあるかわかりますか。

まとめ:カデンツを感じるとは、属7を含む属和音から主和音へ移った安定を感じること。低音パートに注目。特に(その調の)「ソ→ド」の動きを捜してください。ソは、音楽的に不安定で緊張している属和音、続くドは、安定した主和音の一部です。音楽は、主和音に到達して一段落。

2つの和音は性格が大きく異なりますから、移るのにはそれなりのエネルギー(心の準備)が必要。属和音は、いわばギシギシ揺れる吊り橋。スリル満点で楽しいけれど、確固たる向こう岸(主和音)に渡って安心したい。あまり勢い良く岸に飛び移ろうとすると、吊り橋が揺れて渡りにくくなりますから、狙いを定めて、落ち着いて踏み出してください。岸に上がったら一安心。揺れる吊り橋、おもしろかったなと思い出しながら、ほっと一息です。進んで行くと、また次の吊り橋が見えて来るでしょう。

  1. Rockstro, Dyson/ Drabkin, Powers/ Rushton, “Cadence” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 4. Macmillan, 2001, p. 780.
  2. 渡鏡子「終止」『音楽大事典3』平凡社、1982、1105ページ。
  3. 久保田慶一『音楽用語ものしり事典』アルテスパブリッシング、2010、カバー。