31. 5月 2012 · (83) 天使の角笛、イングリッシュ・ホルン はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

次回の定期では、ドヴォルジャークの交響曲第9番《新世界より》を演奏します。《新世界》といえば、第2楽章の「家路」のメロディーが有名。聖光学院でも、最終下校の校内放送に使われていますね。独奏するのはイングリッシュ・ホルン(フランス語ではコーラングレ cor anglais)。ダブル・リードのオーボエ族(F管)なのに、なぜ「イギリスの角笛」という名前なのでしょうか? まずは生い立ちから。

図1:オーボエ・ダ・カッチャ

1720年頃に中部ヨーロッパで、オーボエ・ダ・カッチャというテノール・オーボエの1種(F管)が使われるようになりました。動物の角のようにカーヴした管に、大きく広がったベルがついています。その外観から、イタリア語で「狩りのオーボエ」を意味する名前がついたのです(図1参照。角→角笛→狩りというつながり)。

オーボエ・ダ・カッチャの本体に洋梨形のベルを付けて新しい楽器を作ったのは、ポーランド西部ブレスラウ(ドイツ語名。ポーランド語ではブロツワフ)の J. T. Weigel と言われています。その後、次第にカーヴがゆるやかになり、1790年頃には「く」の字の形で作られるようになりました(図2参照)。現在のようにまっすぐの形になったのは、1860年頃。

図2:18世紀末〜19世紀前半のイングリッシュ・ホルン

先が広がったオーボエ・ダ・カッチャは人々に、中世以来、宗教画に描かれて来た天使のホルンを思い出させました。だから彼らは楽器をそう呼んだのですが、「天使の」を意味する中世のドイツ語 engellisch はまた、「イギリスの」という意味も持っていたのです(中世ドイツ語で「イギリス」は、Engellant)。「天使の角笛」だったはずなのに、2つの意味が混同されていつの間にか「イギリスの角笛」になってしまいました。というわけで、イギリスとは何の関係もありません。

楽器がカーヴしていたことから「曲がった角笛」を意味する cor anglé と呼ばれ、それが「イギリスの角笛」cor anglais になったという説明も見かけます(日本語版ウィキベディアなど)が、正しくありません。誤用の裏付けになるような綴りの実例が見当たりませんし、1790年頃に「くの字」形の楽器が作られるようになる前から「イギリスの角笛」と呼ばれていたからです1

「イギリスの角笛」という(間違った)名前は、オーボエ・ダ・カッチャが廃れた後も、ホルンとは異なる洋梨型ベルを持つ楽器に使われ続けました。他にもっと良い名称が無かったため、そのまま今日に至ります。意味が混同されなければ、今頃エンジェルズ・ホルンとか、エンジェリック・ホルンと呼ばれていたかもしれませんね。そうだったとしても、牧歌的な暖かみを感じさせる独特の音色が、変わるわけではないのですが。

  1. M. Finkelman, “Tenor oboes: English horn”, New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol.18 (Macmillan, 2001), 282-4、「オーボエ:コーラングレ」『音楽大事典』第1巻(平凡社、1981)、344ページ(署名無し。譜例2はここから引用)、ネット上の Vienna Symphonic Library などを参考にしました。英語版ウィキペディアには、上記 Finkelman を引用した正しい語源が書かれています。