マーラーの交響曲の変な(!?)ポイントについて書きながら((169) (170))、マーラーよりももっとずっと変てこりんな、いえ大胆で独創的な交響曲についてまだきちんと書いていないことを思い出しました。それは《幻想交響曲》。すでに何度か触れているので一部重複しますが、この曲についてまとめてみます。

フランスの作曲家エクトル・ベルリオーズが1830年に作りました。遅いテンポの序奏部付きアレグロ、ワルツ、緩徐楽章、マーチ、フィナーレの5楽章構成とか、コーラングレや Es管クラリネットの持ち替えとか、ハープが2台必要とか、ティンパニ奏者は4人も必要とか、そういうことはちょっと脇に置いて。

変てこりんなポイントその1は、ひとつの旋律が形を変えながら全ての楽章に現われ、全体を統一していること。ロマン派音楽で盛んに使われる循環形式の、出発点ですね。ポイントその2は、この曲が「ある芸術家の生涯におけるエピソード」であり(副題)、それを説明する標題(プログラム)がついていること(=標題音楽。英語ではプログラム・ミュージック)。「失恋して絶望した若い芸術家がアヘンを飲んで自殺を図るが死に切れず、奇怪な夢をみる」というような曲全体の標題だけではなく、楽章ごとの標題も(ベルリオーズは標題を何度も改訂し、《幻想》が演奏される時はパンフレットとして印刷しました)。

詳細に書かれた標題を音楽で表現するのに重要なのが、ポイントその1の循環する旋律。しかし、ただ何度も戻って来るだけではありません。この旋律は、芸術家が崇拝している女性の幻影「イデー・フィクス idée fixe(固定楽想)。ポイントその3です。第1楽章の初出ではチャーミングでエレガントな旋律が、終楽章の魔女たちの宴では、装飾音がごちゃごちゃ加えられ、甲高いEs管クラリネットが担当するグロテスクな旋律に。ポイントその1とその2は、いずれもベートーヴェンが先駆ですが(前者は《運命》、後者は《田園》)、ポイントその3の、旋律に特定の意味を持たせるのは交響曲では新しい試み!

ベルリオーズがこのような変てこりんな、いえ大胆で独創的な交響曲を作った直接の発端は、1827年9月11日に見た、イギリスのシェイクスピア劇団による《ハムレット》公演。オフィーリア役のハリエット・スミッソンに一目惚れしただけではありません。全くわからない英語による上演であったにもかかわらず、ベルリオーズはシェイクスピア劇のもつ壮大さ、崇高さ、劇的構想の豊かさに衝撃を受けました。

もうひとつ重要なのは、1828年3月に初めて、ベートーヴェンの第3番と第5番の交響曲を聴いたこと(アブネック指揮パリ音楽院演奏協会)。それまで声楽中心だった彼の音楽世界(ベルリオーズが音楽の道に進むきっかけとなったのはオペラ((103) ベルリオーズの人生を変えた音楽参照)。1830年にローマ大賞を受賞するまで26年から毎年、課題曲として作っていたのはカンタータでした)。それが、器楽の持つポテンシャルに気づいたことで、大きく広がります。

ベートーヴェンへの敬意の表明だったはずなのに、このような変てこりんな、いえ、大胆で独創的な交響曲になってしまった理由は? いろいろ考えられますが、たとえば交響曲では用いられなかったハープや鐘、コーラングレは、オペラでは以前から用いられていました。また、ベルリオーズは音楽を、表現力豊かで劇的な芸術と考えていて、《幻想》も「ベートーヴェンの交響曲の枠組みの中に、劇的および詩的なアイディアをうまく入れ込もうとした慎重で意図的な試み」と捉えることができます1。それに、《幻想》だけではなくご本人も、かなりエキセントリックな性格だったようですね。

  1.  Macdonald, Hugh, ‘Berlioz,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 3, Macmillan, 2001, 387.
31. 5月 2012 · (83) 天使の角笛、イングリッシュ・ホルン はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

次回の定期では、ドヴォルジャークの交響曲第9番《新世界より》を演奏します。《新世界》といえば、第2楽章の「家路」のメロディーが有名。聖光学院でも、最終下校の校内放送に使われていますね。独奏するのはイングリッシュ・ホルン(フランス語ではコーラングレ cor anglais)。ダブル・リードのオーボエ族(F管)なのに、なぜ「イギリスの角笛」という名前なのでしょうか? まずは生い立ちから。

図1:オーボエ・ダ・カッチャ

1720年頃に中部ヨーロッパで、オーボエ・ダ・カッチャというテノール・オーボエの1種(F管)が使われるようになりました。動物の角のようにカーヴした管に、大きく広がったベルがついています。その外観から、イタリア語で「狩りのオーボエ」を意味する名前がついたのです(図1参照。角→角笛→狩りというつながり)。

オーボエ・ダ・カッチャの本体に洋梨形のベルを付けて新しい楽器を作ったのは、ポーランド西部ブレスラウ(ドイツ語名。ポーランド語ではブロツワフ)の J. T. Weigel と言われています。その後、次第にカーヴがゆるやかになり、1790年頃には「く」の字の形で作られるようになりました(図2参照)。現在のようにまっすぐの形になったのは、1860年頃。

図2:18世紀末〜19世紀前半のイングリッシュ・ホルン

先が広がったオーボエ・ダ・カッチャは人々に、中世以来、宗教画に描かれて来た天使のホルンを思い出させました。だから彼らは楽器をそう呼んだのですが、「天使の」を意味する中世のドイツ語 engellisch はまた、「イギリスの」という意味も持っていたのです(中世ドイツ語で「イギリス」は、Engellant)。「天使の角笛」だったはずなのに、2つの意味が混同されていつの間にか「イギリスの角笛」になってしまいました。というわけで、イギリスとは何の関係もありません。

楽器がカーヴしていたことから「曲がった角笛」を意味する cor anglé と呼ばれ、それが「イギリスの角笛」cor anglais になったという説明も見かけます(日本語版ウィキベディアなど)が、正しくありません。誤用の裏付けになるような綴りの実例が見当たりませんし、1790年頃に「くの字」形の楽器が作られるようになる前から「イギリスの角笛」と呼ばれていたからです1

「イギリスの角笛」という(間違った)名前は、オーボエ・ダ・カッチャが廃れた後も、ホルンとは異なる洋梨型ベルを持つ楽器に使われ続けました。他にもっと良い名称が無かったため、そのまま今日に至ります。意味が混同されなければ、今頃エンジェルズ・ホルンとか、エンジェリック・ホルンと呼ばれていたかもしれませんね。そうだったとしても、牧歌的な暖かみを感じさせる独特の音色が、変わるわけではないのですが。

  1. M. Finkelman, “Tenor oboes: English horn”, New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol.18 (Macmillan, 2001), 282-4、「オーボエ:コーラングレ」『音楽大事典』第1巻(平凡社、1981)、344ページ(署名無し。譜例2はここから引用)、ネット上の Vienna Symphonic Library などを参考にしました。英語版ウィキペディアには、上記 Finkelman を引用した正しい語源が書かれています。