30. 9月 2015 · (254) フリギア旋法とは何か はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

ブラ4の解説には、第2楽章のフリギア旋法が必ず言及されていますね(私も既に (252) でそう書いてしまいました)。手っ取り早く言うと、フリギア旋法は「ミファソラシドレミ」。第2楽章はシャープが4つもついたホ長調なのに、ホルンが始める冒頭の旋律はミーミーファーソミーミーレード……ミーミーレードミー。ファドソレの♯が、全てキャンセルされています。これがフリギア旋法の部分。

フリギア旋法は、グレゴリオ聖歌を体系化する中で整えられた8種類の教会旋法のうちの1つ。中世やルネサンス時代の音楽は、教会旋法に基づいて作られました。その後に成立した長調や短調の音階と、共通する点・相違する点があります。

音域は同じ1オクターヴ。フリギア旋法なら、ミからミまでですね。でも、長短調とは異なりピアノの白鍵盤にあたる全音階の音だけで構成されます。長短調における主音のような中心音は、終止音(ラテン語でフィナーリス)と呼ばれます。フリギア旋法の終止音はミ。

主音1つに2種類の音階がある(たとえばハを主音にするハ長調とハ短調)ように、同じ終止音を持つ旋法も2種類。一方は、終止音から終止音までの音域を持つ正格旋法。フリギア旋法も正格旋法です。もう一方は、終止音の上下に1オクターヴの音域を持つ変格旋法。フリギア旋法と同じミを終止音にする変格旋法ヒポフリギア旋法は、シからシまでの音域を持ちます。

旋法と長短調の大きな違いは、音の並べ方。たとえば長調はオクターヴの7つの音の間隔が「全(=全音)・全・半(=半音)・全・全・全・半」と決まっていますが、教会旋法はこの間隔がそれぞれ異なるのです。たとえばフリギア旋法なら「半・全・全・全・半・全・全」ですし、レを終止音とする正格旋法ドリア旋法なら「全・半・全・全・全・半・全」(フリギア旋法の《かえるの歌》は「ド−レ♭−ミ♭−ファ−ミ♭−レ♭−ド ミ♭−ファ−ソ−ラ♭−ソ−ファ−ミ♭」、ドリア旋法では「ド−レ−ミ♭−ファ−ミ♭−レ−ド ミ♭−ファ−ソ−ラ−ソ−ファ−ミ♭」になります1)。

16世紀にスイスの音楽理論家グラレアヌス(1488〜1563)が4旋法を加え、教会旋法は12種類に。ただ、単旋律音楽(聖歌)のための理論を、ルネサンス時代の多声音楽に使うのは無理がありました。音域が広がり、半音階変化が多くなると、各旋法の特徴が曖昧になっていきます。結局、ラから1オクターヴのエオリア旋法と、ドから1オクターヴのイオニア旋法を元にする短音階と長音階2種類に集約されることに。

新しい調体系が確立すると、教会旋法はほとんど使われなくなりました。ところがその後、調性音楽の可能性が汲み尽くされてくると、作曲家たちは新しい素材として、教会旋法や民族音楽で使われる音階などに目を向けます。ブラームスも、ホ長調の楽章の最初の単旋律部分をフリギア旋法で作曲することで、ブラ4に古風な雰囲気と不思議な新しさを加えたのです。

  1. haryo12さん、ありがとうございました。
02. 9月 2015 · (250) 「フェルマータ」と呼ばない国 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags:

聖フィル♥コラムを2週お休みして資料研究に出かけたフィレンツェで、バス車内の電光掲示板に fermata の語を発見! フェルマータって「音符や休符を適当に延長する」ときに使われますが、止まる・止めるというイタリア語の動詞 フェルマーレ fermare に由来。「休止、停滞、停止」以外に「停留所」も意味します(ただし、あのフェルマータ記号が停留所に付いているわけではありません。学生時代にフェルマータ=停留所と知って、そう思い込んだ私。初めてのイタリアで誤解に気づき、がっかりしたものです)。

ここまではご存知の方も多いと思いますが、今回驚いたのが、フィレンツェ在住の友人に「イタリアでは、あの記号をフェルマータと呼ばない」と言われたこと1。イタリアでは「コローナ corona(「冠、花冠」の意味)」と呼ぶんですって!!  確かに形そのままですが、逆に意味を結び付けるのが難しい。友人はピアノのお弟子さんたちに、このマークを日本ではフェルマータと呼ぶんだよと補足するそうです。楽語の多くはイタリア語。当然フェルマータも、イタリアの使用法をそのまま日本に導入したと思ったのに!

そうかコローナかと感心(!?)していたら、他にもあまりフェルマータと呼ばない国に気づきました。イギリスの音楽事典でフェルマータを引いたら、10行足らずの記述しか載っていなかったのです2。この記号、延長以外にもいくつか意味がありますから(たとえば、音符や休符ではなく複縦線の上に付いていたら、ここで終わりの意味ですよね)、こんなに短いはずがないと思ったら……。イギリスではフェルマータ記号をポーズ pause と呼ぶんですって!!  「小休止、中断」ですから、イタリア語のフェルマータの直訳?!

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ややこしいのがフランス。同じ冠型の記号でも、音符についたときはポワン・ドルグ point d’orgue、休符についたときはポワン・ダレ point d’arrêt と呼び分けるんですって!!  ドイツでは、現在はフェルマータと呼ばれますが、古くはフランスの用語法の影響を受けていたそうです(詳しくはまた改めて)。ドイツ、日本以外にフェルマータと呼ぶのは、アメリカ。19世紀にこの名が使われるようになりました。

フェルマータ(コローナ)記号の歴史は長く、15世紀初めまでさかのぼるとみられています3。音楽理論家ティンクトーリス(c.1435〜1511)はこの記号をプンクトゥス・オルガニ punctus organi と呼び、「全声部が音を延ばすことを示す」と定義しました4。16世紀初めに筆写された譜例1の手写本でも、4声部の最後の音にこの記号が付けられていますね5

譜例1:ジョスカン・デ・プレ作曲《Missa de Beata Virgine》より第1キリエ

譜例1:ジョスカン・デ・プレ作曲《Missa de Beata Virgine》より第1キリエとクリステ

  1. Sayuyip さん、ありがとうございました。
  2. Fuller, David, ‘Fermata,’ The Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 8, Macmillan, 2001, p.682.
  3. 「フェルマータ」『音楽大事典4』平凡社、1982、2077ページ(無記名)。
  4. 同上。
  5. Rome, Biblioteca Apostolica Vaticana, MS Cappella Sistina 45, 1v-2r.
13. 8月 2014 · (198) チャイコフスキーの調選択 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

チャイコフスキーの交響曲第5番の4つの楽章は、ホ短調ーニ長調ーイ長調ーホ長調。この選択は、ちょっと変わっています。

古典派の交響曲では、第3&4楽章は第1楽章と同じ調(主調)。第2楽章(緩徐楽章)だけが対立調でした。そもそも、交響曲のご先祖様シンフォニーア(イタリア風序曲)の「独立した3部分」が、主調ー対立調ー主調で作られました((18) 「赤ちゃん交響曲」誕生まで参照)から、メヌエットが加わって、主調ー対立調ー主調(メヌエット)ー主調が標準パターンになったのです。モーツァルトの時代なら、40番交響曲「ト短調ー変ホ長調ート短調ート短調」のような調選択になったはずです。

ベートーヴェンのほとんどの交響曲も、ほぼこの標準パターン(例外は、第3楽章も主調と異なる「イ長調ーイ短調ーヘ長調ーイ長調」の第7番)。ただ、ひねり(!?)が加わりました。《運命》交響曲の主調はハ短調なのに、終楽章はハ短調ではなくハ長調。この短調における「暗黒から光明へ」「苦悩を乗り越えて歓喜へ」型が、ロマン派の作曲家たちに好まれます。

チャイコフスキーの5番も、第1楽章ホ短調、終楽章ホ長調の部分は、ロマン派の標準パターン(しかも、終楽章の序奏部とコーダ部分はホ長調ですが、ソナタ形式の主部は、主調のホ短調ですね)。ただ、第2楽章がニ長調というのが珍しい選択。遠隔調ではありません(ニ長調は、ホ短調の平行調の属調。(77) 近い調、遠い調参照)が、第1楽章の導音嬰ニ音(レ♯)を元に戻したニ音を主音とした調だからです。

この交響曲の調号にお気づきでしょうか。第1楽章ホ短調は♯1つ、第2楽章ニ長調は♯2つ、第3楽章イ長調が♯3つ、終楽章ホ長調が♯4つ。4つの楽章を全部違う調にしたのみならず、♯が1つずつ増えています。偶然?? 「ホ短調で始まりホ長調で終わる交響曲を作ろう……ということは、第1楽章は♯1つ、終楽章は♯4つ……それなら2楽章は♯2つ、3楽章は♯3つにしちゃおう!……ホ短調とニ長調の楽章を並べるのは、ちょっと無理があるかな?……ま、いいか……」とチャイコフスキーが考えた……わけではないと思いますが。

30. 7月 2014 · (196) 速度記号の(本当の)意味:アニマートとアニマンド (2) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags:

(193) アニマートとアニマンドの脚注に書いたように、イギリスの音楽事典 The New Grove Dictionary of Music 第2版はアニマートを、発想(表情)記号だけではなく速度記号と定義しています(しかも「A mark of tempo and expression」で、速度の方が先)1。「活気をもって、生き生きと」がなぜ速度記号に?

アニマンドを多用したヴェルディ。《イル・トロヴァトーレ》でレオノーラが歌う〈静かな夜 Tacea la notte placida〉では、「animando un poco(少しアニマンド)」の4小節後に「poco più animato(少しもっとアニマート」と書かれています。アニマートの「生き生き」は変化しない状態なのに対し、アニマンドの「生き生き」は現在変化中でしたね((193) 参照)。直訳(!?)すると、少し「さらにもっと生き生きしてい」って、4小節後には少しもっと「生き生きし」て。意訳(つまりこれを音楽で表現しようと)すると、少し「速くしてい」って、4小節後からその少し「速い」状態で、とせざるを得ません2

本来は「生き生きと」という発想記号のアニマートが、「(生き生きと聞こえるように)速く」という速度記号としても使われるって、変?? いえいえと〜んでもない!! 私たちが速度記号ととらえているイタリア語って、よく考えるとほとんどが、表情をあらわす言葉です3

    • グラーヴェ grave:「重大な、重い」
    • ラルゴ largo:「幅のある、広い」
    • レント lento:「ゆっくりした、ゆるんだ」
    • アダージョ adagio:「静かに、慎重に」
    • アンダンテ andare:「行く」の現在分詞形
    • モデラート moderato :「ほどよい、温和な」
    • アレグロ allegro:「陽気な、楽しい」
    • ヴィヴァーチェ vivace:「活発な、(頭などが)鋭い」
    • プレスト presto:「すぐに、急いで」

速い遅いを意味しているのはレント(とプレスト)くらい。他は速度そのものではなく「音楽を感覚的に、あるいは質的に表現する言葉」であり、「彼ら [西洋人] の音楽に備わっている脈動(ビート)の感覚的表現」4。「遅く」のグラーヴェ、ラルゴ、レント、アダージョはそれぞれ「重い」感じ、「広い」感じ、「ゆるんだ」感じ、「静かな」感じで拍を打つというのが本来の意味。アニマートなら「生き生きと」拍を打つ、ですね。他にも、アジタート agitato(本来の意味は「揺れた、取り乱した」)、マエストーソ maestoso(「威厳に満ちた」)などの発想記号が、速度記号としても使われています。

  1. Fallows, David, ‘Animato,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 1, Macmillan, 2001, 686.
  2. チャイコフスキーも第5交響曲の第2楽章で、「animando」の後に「più animato」と書いています。間に ritenuto もありますが。第1&第4楽章には、「animando」無しの「più animato」や「meno animato」も。
  3. いずれも『伊和中辞典』小学館、1985。
  4. 石井宏『西洋音楽から見たニッポン』PHP研究所、2007、200-1 ページ。
09. 7月 2014 · (193) アニマートとアニマンド はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags:

「アニマートとアニマンドを弾き分けて!」という田部井先生のご注意。次の定期演奏会で取り上げるチャイコフスキーの交響曲第5番第2楽章には、animato と animando が何度も出て来ます。animato なら「活気をもって、生き生きと」 1。でも、楽語事典を調べても animato しか載っていないか、 animato も animando も「生き生きと」。これでは弾き分けられません。

この2つ、確かに大まかな意味は同じ。どちらも「生気を与える、生き生きとさせる、促進させる」などの意味を持つイタリア語の動詞 animare が元。animato はその過去分詞形。「生気を与えられた」→「生き生きとした」ですね。一方の animando はジェルンディオ。英語で言えば進行形を作る現在分詞(+ing)として働きます。直訳すると「生気を与えている」→「生き生きとしている」?

訳し分けるのは難しいですが、ニュアンスの違いはわかりますよね。animato は「(すでに生気を与えられたので)初めから生き生きしていて、ずっとそのまま生き生き」。一方の animando は「(生気を与えている最中で)さらにもっと生き生きしていく」。変化無しと変化中というわけです。

「生き生きと」(con anima という言い方もありますね)はともかく、「もっと生き生きしていく」のを音楽でどう表現するのか。ヴェルディはレクイエムにおいて sempre animando や poco a poco animando など、アニマンドをスピードと興奮をたくさん増やすという意味に使っています2。「活発に→動きがある→速くしていく」ということでしょう3。だから、チャイコフスキーでもアニマンドが「前に進む」というような意味になるのですね。

アニマートと異なり、アニマンドは主に19世紀に使われました。他にも、「アンド」や「エンド」で終わるクレシェンド、デクレシェンド、ディミヌエンド、リタルダンド、ラレンタンド、アッチェレランド、アラルガンド、ストリンジェンドなどがジェルンディオ。次第に変化していく意味を持つ楽語です。

  1. 石桁真礼生他『楽典』音楽之友社、1965、159。
  2. Fallows, David, ‘Animato,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 1, Macmillan, 2001, 686.
  3. 前掲書では Animato の定義を「速度と表情記号 A mark of tempo and expression」とし、ヴェルディなどでは animato を単純に「より速く」の意味で使ったかもしれないと書いています。また、animato、animando、con anima がチャイコフスキーの円熟期の作品によく使われ、交響曲第5番第2楽章がその好例であるとも言及しています。
21. 5月 2014 · (186) ダ・カーポ後の繰り返し はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

先日、モーツァルトの交響曲の講義で、トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサートによる40番ト短調 K.550 のCDを使いました。オリジナル楽器(ピリオド楽器とも)やそのレプリカによる、作曲家が生きていた頃の響きや、彼らがイメージした響きを知って欲しいと思うからです。第3楽章の授業後、「さっきの演奏団体はどこですか?」と何人も質問に来ました。「フルートの音がリコーダーみたいだった」。そりゃそうでしょうね。モーツァルトの時代(や19世紀)、フルートは木製でしたから。

ところで、第3楽章メヌエットでは、トリオ((133) トリオはトリオだった参照)の最後にD.C.と書かれ、2回目のメヌエットの記譜は省略されます(D.C.はダ・カーポ Da capo の略。イタリア語で「頭から」という意味)。メヌエットもトリオもそれぞれ2部分から成り、どちらも反復記号付き。ただ「ダ・カーポ後は繰り返しせずに1回ずつ演奏し、Fineで終わる」ものだと思っていたのですが……。

ピノックのCD、ダ・カーポ後のメヌエットも繰り返しています。ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツのCDも同様。クリストファー・ホグウッド指揮エンシェント室内管弦楽団や、フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラによるベートーヴェンの交響曲第3楽章でも、ダ・カーポ後のスケルツォ2部分がそれぞれ繰り返されます。

少し古い辞書には、「ダ・カーポの後は反復記号を無視して終止に至るのが慣習となっている。”Scherzo da capo senza ripetizione”(スケルツォの曲首から反復なしにの意)はその反復記号の省略を明記した指定である」1とあります。私が習ったのは、これ。しかしイギリスのより新しい事典には、「古典派の交響曲において、メヌエットやスケルツォのトリオの後には決まって『ダ・カーポ』と記された。作曲家は時に、最初(すなわちメイン)部分の再現の際、内部反復の省略を求め、”D.C. senza repetizione(曲頭から繰り返し無しに)”と書いてこれを示した」2

いつもトリオの終わりまでしかCDをかけていなかった(講義時間は限られているのです)ため気づかなかったのですが、「明記されない場合は、ダ・カーポ後も反復を省略しない」のが普通になったようですね3。逆に、ダ・カーポ後に反復しなくなったのは、いつ頃からでしょうか。資料を捜し続けてみようと思います。

  1. 伴紀子「反復記号」『音楽大事典4』、平凡社、1982、1973ページ。
  2. Westrup, Jack, “Da capo,” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 6, Macmillan, 2001, p. 829. repetizione の綴りはママ。
  3. ウィキペディア日本語版には「特に注意書きがない場合であっても、伝統的に繰り返し記号は無視して進めることとされる」と書いてありますが、英語版(の譜例)には、省略しないで演奏する、新しい情報が書かれています。
03. 9月 2013 · (149) カデンツを感じるということ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

オケの練習中に「ここのカデンツを書き込んで」とか「ここはカデンツだからとび込まないで」と言われることがありますね。みなさん、カデンツの役目や意味をご存知かなあと、以前から密かに心配していたのですが、たまたま覗き込んだ近くのパート譜のカデンツの書き込みが、ずれていることに気づきました。オーケストラではほとんどの奏者が音を1つしか弾いていませんから、和音の移り変わりに関わるカデンツを感じるのは、難しいですよね。

カデンツ Kadenz は「終止」あるいは「終止形」を意味するドイツ語。ラテン語のカデーレ cadere(落ちる)に由来するのは、グレゴリオ聖歌の旋律の最後が、順次進行で終止音まで下降して終わることが多かったからと考えられます1

まず「終止」の定義から。音楽の流れを締めくくることですが、「単に音が中断するとか音の継続が止むことではなく(中略)終結の感じを起こさせ、満足感を与えるもの」でなければなりません2。「カデンツとは音楽に『落ち』をつけること」3。曲の最後だけではなく途中にも使われ、音楽の段落を作ります。

「終止」するための一定の型が、「終止形(終止法)」。ハ長調でレファソシの属7の和音から主和音ミソドへ進む、V7→I の型を考えてみましょう。まず、導音シは、半音上の主音ドに進みたい。主和音に移ることで、望みが叶って安定します。さらに、7の和音は不協和音。主和音に移ることで、ソとファがぶつかっている緊張状態が解消・安定し、一段落。これが終止です。

この V7→I のカデンツを使っているのが、小学校などの式で「起立→礼→着席」(「気をつけ→礼→直れ」?)するときの3つの和音。1つ目と3つ目は主和音、真ん中が属7。もしも、最後の和音が鳴らなければ、頭を下げたままの不安定な状態が続きます。主和音で頭を上げて、一段落。

この「(気をつけ→)礼→着席」のパターンのように低音がソ→ドと動くと、強い終止感が得られます。ベートーヴェンのように何度も繰り返す人もいますが(《運命》第1楽章最後の12小節間に、ソ→ドの V→I が8回!)、普通は大きな区切りにしか使いません。聖フィルが次回の定演で演奏するハイドンの第88番交響曲の第1楽章提示部(アレグロに変わってから繰り返し記号まで)90小節弱には8回(だと思います)。どこにあるかわかりますか。

まとめ:カデンツを感じるとは、属7を含む属和音から主和音へ移った安定を感じること。低音パートに注目。特に(その調の)「ソ→ド」の動きを捜してください。ソは、音楽的に不安定で緊張している属和音、続くドは、安定した主和音の一部です。音楽は、主和音に到達して一段落。

2つの和音は性格が大きく異なりますから、移るのにはそれなりのエネルギー(心の準備)が必要。属和音は、いわばギシギシ揺れる吊り橋。スリル満点で楽しいけれど、確固たる向こう岸(主和音)に渡って安心したい。あまり勢い良く岸に飛び移ろうとすると、吊り橋が揺れて渡りにくくなりますから、狙いを定めて、落ち着いて踏み出してください。岸に上がったら一安心。揺れる吊り橋、おもしろかったなと思い出しながら、ほっと一息です。進んで行くと、また次の吊り橋が見えて来るでしょう。

  1. Rockstro, Dyson/ Drabkin, Powers/ Rushton, “Cadence” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 4. Macmillan, 2001, p. 780.
  2. 渡鏡子「終止」『音楽大事典3』平凡社、1982、1105ページ。
  3. 久保田慶一『音楽用語ものしり事典』アルテスパブリッシング、2010、カバー。
26. 6月 2013 · (139) 実はいろいろ! ハ音記号 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

凹んだところが真ん中のドを示すハ音記号。ピアノの楽譜(大譜表)で使われるト音記号(出発点の高さがト=ソ)やヘ音記号(2つの点で挟まれた高さがヘ=ファ)ほど出番は多くありませんが、実は中世から存在していました((82) 1000年前の楽譜参照)。オケ奏者には、ヴィオラの音部記号としておなじみですね。五線の3本目に凹みが向き、五線の中にきれいに収まります。

ヴィオラ初心者は、慣れるまで読譜に一苦労でしょう。なぜわざわざ読みにくい記号を使うのか!とお怒りの方も多いと思います。でも、もしト音記号を使うと、ヴィオラの最低音(真ん中のドの1オクターヴ下のド)を書くには、加線(短い線)が4本も必要。上の音域がはみ出すヘ音記号は、問題外。加線1本だけで最低音を示すことが出来るこの記号、まさにヴィオラのために存在するようなものです。

ところで、ヴィオラの記号=ハ音記号と思っている人が多いようですが、正確にはアルト記号。ハ音記号は他にもあります。チェロ・パートの高音域には、第4線(五線は下から数えます)が凹んだハ音記号も使われますね。これはテノール記号。

アルトとテノールがあるなら、ソプラノも?と思った方、鋭い! もちろんあります。第1線に凹みが向いていて、加線を使わなくても、真ん中のシ(?!)から1オクターヴ+4度上のミまで、書き記すことができます。でも、ハ音記号のバス記号はありません。ヘ音記号がバス記号。

五線のうち、第1、3、4線に凹みが向く記号があるのに、2と5は無いの?と思った方も鋭い! もちろんあります。ソプラノ・アルト・テノール・バス以外にも、まだ声の種類があるじゃありませんか。第2線がドなのはメゾ・ソプラノ記号。第5線がドなのはバリトン記号ですが、実際には下にずれたヘ音記号(第3線がファなので、第5線がドと同じ)が使われます。つまり音部記号は、ト音記号1、ハ音記号4、ヘ音記号2の合計7種類(図1参照)。

図1:音部記号

図1:音部記号(クリックで拡大します)

この一覧表を見ると、大学のソルフェージュ(音楽の基礎訓練。楽譜を見てすぐに歌う「新曲視唱」や、聴いた音を楽譜に書く「聴音」など)の時間に「クレ読み」させられたことを思い出します。「クレ」とはフランス語で音部記号のこと(英語では最後の f も発音するので「クレフ」)。途中でどんどん音部記号が変わっていく旋律を、初見で(見てすぐ)歌うのですが、メゾ・ソプラノ記号やバリトン記号などは特に難しい。当時は、こんな練習がいったい何の役に立つの?と疑問に思ったものでした。

でも、やはり読めた方がよいのです。譜例1、バッハの《マタイ受難曲》自筆譜合唱パートに注目! ソプラノ・パートはソプラノ記号、アルトはアルト記号、テノールはテノール記号、バスはバス記号で書かれています。バッハのハ音記号はKの右上からの線が極端に短いものの、シャープの位置から逆算できます(テノール声部の2ヶ所のシャープは両方ファ)。加線を書く手間が省ける(アルト・トロンボーンやテノール・トロンボーンの場合も同様)各種音部記号、このように当たり前に使われていたのです。

譜例左:バッハ作曲《マタイ受難曲》自筆譜第1ページ第1合唱合奏体部分。譜例右:同左合唱部分。

譜例1左:バッハ作曲《マタイ受難曲》自筆譜第1ページ上半分、第1合唱合奏体部分。譜例1右:同合唱声部部分

 

 

09. 5月 2012 · (80) 音楽における解決 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

ドレミは階級社会?で、D→Tの進行によりドミナント和音が持つ緊張が解消されることを、「解決」(以下「 」を省略)と言うと書きました。導音が主音に進むと、旋律的に確かに解決感を得られます。でも、音楽における解決は、本来、不協和音から協和音に進むことです。

たとえば、属和音ソシレの上に3度をもう1つ重ねた、属7(V7)の和音ソシレファ。一番下のソと一番上のファが作る7度は不協和音程なので、不協和音です。このソシレファから主和音ドミソに進むとき、導音シが主音ドに半音上行すると同時に、不協和の原因ファがミに半音下行し、不協和が解消されます。これが解決。属7もドミナント和音ですが、トニカ和音に安定しようとする力が、属和音ソシレよりも強くなります。

トニカ和音として、ドミソの代わりにラドミ(VI)を使うこともあります。ラドミでも、属7ソシレファの中の導音シが主音ドに、不協和なファがミに進めます。ただ、Iに解決するのと比べて終わった感じが弱いので、V→VIの進行は偽終止と呼ばれます(考えてみるとひどい名前ですね。ちなみにV→Iは完全終止)。

V7からIやVIに解決するたびに、音楽が同じように安定するわけではありません。たとえば、ベートーヴェンの交響曲第1番ハ長調第1楽章の冒頭部(譜例1)。1小節目に響くドミソシ♭の和音は、ヘ長調の属7。3拍目のファラドで、ヘ長調のIへ解決(①)。2小節目ソシレファは、主調ハ長調の属7。3拍目ラドミで、VIへ解決(②)。3小節目のレファ♯ラドは、ト長調の属7(主調ハ長調の属調の5度なので、ドッペルドミナントと呼ばれます)。4小節目のソシレで、ト長調のIに解決(③)。

譜例1:ベートーヴェン作曲交響曲第1番第1楽章冒頭(クリックで拡大します)

でも、①②③はいずれも終わった感じは強くありません。②は偽終止ですし、①と③は主調に解決しないからです(①のヘ長調も③のト長調も、主調ハ長調の下属調と属調ですからとても近い調なのですが。(77) 近い調、遠い調参照)。4小節目のソシレはハ長調のVなので、この後いよいよ主調の主和音が出るのかと期待すると……。6小節目で初めて登場するIの和音は、ドミソではなくミソド(第一転回形)。低音楽器がドではなくミを弾いているので、やはり安定感は今一歩です。8小節目でようやくドミソが響きますが、すぐに他の和音へ。結局、12小節間の序奏部の中で、ドミソはこのたった2拍だけ。

主和音を意図的に避け続け、不安定なままアレグロの主部になだれ込むと、ようやくドミソ。主和音にしっかり解決すると、今までを埋め合わせるように、あるいは目的地に達した開放感を楽しむように、そのまま5小節。ベートーヴェンは、音楽における緊張をうまくコントロールして、解決への期待を高めました。主部に対して序奏部全体が、主和音に解決するドミナント和音のような役割を果たしています。

主和音で始まって主和音で終わるのがお約束の古典派時代。不協和音が協和音に進み、緊張が解ける解決はとても大切でした。メロディーの区切りだけではなく、しっかり安定する解決と、終わった感じが弱い解決が、響きにおける読点や句読点として使われています。ロマン派の時代になると不協和音が頻繁に用いられるようになり、しかも(トニカ和音に進まない属7によって、遂げられない愛を表現する《トリスタン》のように)解決は厳格に行われなくなりました。

30. 4月 2012 · (79) ドレミは階級社会? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

アマ・オケ奏者のための楽典②は、前回(ドレミの元)ご紹介したドレミファソラシについて。この7音は平等ではありません。会社組織で考えると:

ド(主音、トニックあるいはトニカとも):社長
ソ(属音、ドミナント、主音の5度上):部長
ファ(下属音、サブドミナント、主音の5度下):次長(課長ではなく)

他の音はヒラ(!?)ですが、主音を導く導音シは、社長秘書? さて、この7音の上にそれぞれ3度と5度の音を重ねた和音を、三和音と呼びます。譜例1はハ長調の三和音。順番をローマ数字で表します。重要なのは:

I(主和音、トニカ和音、T):調の中心。安定している
V(属和音、ドミナント和音、D):不安定。主和音に進もうとする強い性格をもつ
IV(下属和音、サブドミナント和音、S):特に強い性格はないが、色彩の変化などをもたらす

譜例1:ハ長調の三和音(クリックで拡大します)

図1:TDSの関係

トニカ和音T、ドミナント和音D、サブドミナント和音Sの中で、TとSはどちらにも進むことができますが、DはSには進めません。必ずTに進みます(図1参照)。実に単純なこの決まりが、バロック時代から19世紀末までのクラシック音楽を支えて来た、長短調の基本です。この規則に従わなかったのが、ヴァーグナー。楽劇《トリスタンとイゾルデ》(1865年初演)の第1幕への前奏曲で、トニカに進まないドミナント(や、調性感があいまいないわゆる「トリスタン和音」と呼ばれる新しい響き)を使い、後の調性崩壊につながりました。

Dの和音ソシレの中のシは、導音。半音上行して、Tの中の主音ドに進みます。この D→T(V→I)進行によってドミナントの持つ緊張が解消されることを、「解決」と言います。高橋先生がときどき練習中に「解決する音」と言われるのは、これ。VからIへ進み、不安定なドミナントがトニカに安定したということです。音楽はこの緊張と弛緩、不安定な部分と安定した部分を繰り返しながら進んで行きます。