《第九》第1楽章のオープニング。セカンド・ヴァイオリンとチェロのかすかな刻みの上に、ファースト・ヴァイオリンが第1主題の断片を「ちゃらーん……ちゃらーん……」と繰り返します。「ちゃらーん」の「ちゃ」は32分音符。8分音符の1/4の音価(音の長さ)です。一方、かすかな刻みは6連符。四分音符に6つですから、八分音符の1/3の音価。伴奏なのに「ちゃ」と微妙にずれています。空虚5度の響き(どのパートもラとミだけ。真ん中にドかド♯が加われば、長調か短調かはっきりするのですが)と相まって、この先、何が始まるのかわからない、なんとなく落ち着かない雰囲気が続きます。

落ち着かない3分割で思い出すのが《魔王》。病気の息子を抱いた父親が嵐の中、馬を走らせるというゲーテの詩に、シューベルトがつけたピアノ伴奏は、最初からずーっと3連符。疾走する馬の描写ですが、それだけではありません。左手の3連符による上向音階とともに、心急く様子、不気味さ、ただならぬ雰囲気を醸し出しています。もしも16分音符だったら(速過ぎて弾けないのはともかく)、これほどの切迫感は得られなかったでしょう。

2本足で歩く私たちには2拍子系の拍子は身についています。特に日本人は、地面にどっしり足をつけた農耕民族。3拍子には縁がありませんでした(騎馬民族なら、早馬のリズムから3拍子を体感できた?)。民謡はもちろん、唱歌・軍歌・童謡もほとんどが2拍子系。ぱっと思い浮かぶ例外は、「ぞーうさん、ぞーうさん、おーはながながいのね」の《ぞうさん》(團伊玖麿作曲)くらい。1拍を3等分する3連符は、さらに人工的で不安定に感じられます。3拍子の舞踏が珍しくないヨーロッパにおいても同様なはず。単に、8分音符ではもの足りなくて16分音符では細かすぎるから3連符にするわけではありません。《第九》のオープニングや《魔王》のピアノ伴奏も、3分割特有の不安定さをうまく利用しています。

ところが!! 西洋音楽の歴史において最初に生まれたのは、3分割でした(と突然、アマ・オケ奏者のための音楽史 (9) に変身)。3はキリスト教の三位一体を象徴する神聖な数。このため3等分は、より完全な分割法と考えられたのです。それに対して2分割は、不完全分割と呼ばれました。

グレゴリオ聖歌の記譜に使われたネウマは、音高を示すことはできます((82) 1000年前の楽譜参照)が、音価を示すことはできませんでした。音符の形によって音価を表す現在のような記譜システムが考えられたのは14世紀。音符は長い方から、マキシマ、ロンガ、ブレヴィス(■)、セミブレヴィス(◆)、ミニマの5種類。ブレヴィス1個をセミブレヴィスに分けるとき、3つに完全分割することと、2つに不完全分割することが可能でした。そのセミブレヴィスをミニマに分けるときも、2種類。これらを組み合わせた4種類の体系が図1です。

図1;ブレヴィスの分割(クリックで拡大します)

各分割を表す記号、メンスーラ記号も考え出されました(図1の最上段)。円は完全を表す記号で、1番左の⦿は、ブレヴィスからセミブレヴィスへも、セミブレヴィスからミニマへも完全分割であることを示します。左から2番目の○は、ロンガからブレヴィスへのみ3分割でブレヴィスからセミブレヴィスは2分割の印です。一方、ロンガからブレヴィスが不完全分割の場合、右側2つのように円ではなく右側が欠けた半円の記号が使われました。

あれれ、1番右側の記号?! そうです。現在、4分の4拍子の記号として使われている C は、アルファベットの C ではありません。14世紀に、不完全分割を表す記号として工夫された半円形です。それ以来何百年もの間、2分割=不完全であることを示し続けているのです1

  1. 14世紀の音楽家や理論家たちは様々な記号を考えましたが、その中で生き残ったのがこの4つです。金澤正剛『中世音楽の精神史』講談社選書メチエ、1998、211−2(図1も)。実際に楽譜に使われるようになったのは、もっと遅いようです。