21. 3月 2013 · (125) バレエ音楽史を変えたチャイコフスキー はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

単なる踊りの伴奏とみなされ、単純な楽曲が大部分を占めていたバレエ音楽((124)《白鳥の湖》がうけなかった理由参照)。作曲家は、振付師に完全に従属する存在でしたから、作曲のプロセスも独特でした。振付師が必要な音楽の小節数、拍子、リズムなどを予め細かく指示し、作曲家はそれに従って作っていたのです。しかも、作曲後も製作現場で、曲の変更や訂正が求められました。そのため、当時の一流の作曲家は、オペラの中のバレエ以外はバレエ音楽を積極的に作ろうとはしませんでした。

ペテルブルクの帝室マリインスキー劇場支配人ヴセヴォロジュスキーが台本を書いたバレエ《眠りの森の美女》(文字通りの訳は《眠りの美女》)の音楽を作曲する際、チャイコフスキーも振付師マリウス・プティパに、音楽を詳細に指定されました。ヒロインのオーロラ姫が、命名式で邪悪な妖精カラボスから受けた呪いのとおり、成人式で指に糸紡ぎの針を指して倒れる、第1幕最後の部分の指示は:

……突然オーロラ姫は紡錘針を手にした老婆に見とれる。2/4拍子で。しだいに3/4拍子のワルツに代る。ややポーズ。姫は何もいわない。姫の苦しみと叫び、手から血が流れる。4/4拍子で8小節。姫は踊り、突然目まいが生ずる。一同の驚き。この動作は長くなく、じきに発狂する。姫はあたかもタランチュラ蜘蛛に噛まれたかのようにあおむけに倒れる。これは24か32小節で書いて欲しい。終わりはトレモロが好ましい。そこで王と妃の嘆きにしたい。ややあって人々は老婆をみつける。カラボスの老婆は静かにマントを脱ぐ。ここに全管弦楽の半音階が欲しい……1

この細かい注文に対して、チャイコフスキーはどのように答えたでしょうか(動画参照)。第1幕第8番のコーダは初めト長調2/4拍子ですが、後半は変ホ長調3/4拍子(0’53〜)。同じ旋律が調と拍子を変えてワルツになるあたりは「しだいに代る」の指示どおりでお見事。第9曲フィナーレ冒頭の苦しみの場面は指示よりも長いですが、4/4拍子(1’26〜)。タランチュラに刺されたように苦しげに踊り回る部分は32小節ぴったり(2’11〜)。注文どおりにティンパニのトレモロが響き渡り(2’42〜)、アンダンテ・コン・モートの嘆きの部分(動画はここまで)。アレグロ・ヴィーヴォに変わってカラボスの主題(単独でも演奏されるイントロダクション冒頭の激しい旋律)がトゥッティで現われ、半音を多用した旋律がつけられます。

指示に忠実! でも、無邪気に陽気に踊るオーロラ姫が、血のにじむ指を見て驚き恐怖に陥るドラマティックな転換が、実に自然に描かれています。プティパの指示はチャイコフスキーにとって、足かせというよりもむしろ、創作の大きな助けになったようです。リハーサルにも出席し、土壇場での手直しも行いました(8小節と指定された苦しみの音楽が実際には28小節なのは、手直しの一部でしょうか)。一方、経験豊かなプティパにとっても、力強く変化に富み、リズムが複雑なチャイコフスキーの音楽は、それまでとは全く異なるチャレンジングなものでした。

残念ながら《眠りの森の美女》の初演も、評判は良くありませんでした。新聞評は、「チャイコフスキーの音楽は演奏会用作品でまじめ過ぎ、重厚過ぎた」2。でも、この批評は彼の音楽の本質を突いていますね。単なる踊りの伴奏ならば、踊り無しの演奏会用作品として成り立ちませんから。チャイコフスキーが、交響曲やオペラを作るのと同じ姿勢でバレエ音楽に取り組んだからこそ、《白鳥の湖》や《眠れる森の美女》《くるみ割り人形》の抜粋が、演奏会用組曲として成立し得るのです。現在では、むしろバレエ以上にコンサートで頻繁に演奏されています。

音楽が踊りと一体になって物語や登場人物を活き活きと描き出すよう、主題や調の選択、オーケストレーション、全体の構成を工夫し、バレエ音楽を、交響曲やオペラと同じ芸術的水準まで引き上げたチャイコフスキー。彼以降、バレエ制作は振付師と作曲家の共同作業になり、グラズノフ、ストラヴィンスキー、プロコフィエフらに受け継がれていきます。

  1. 小倉重夫「チャイコフスキー《白鳥の湖》」『名曲解説全集5』音楽之友社、1980、229ページ。
  2. 前掲書、236ページ。