14. 10月 2015 · (255) わざと放棄?? シューベルトの未完成作品 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

4年前 (33) シューベルトの未完成交響曲たちの中で、《小ハ長調》交響曲完成後、何曲も交響曲を試みながら「完成できない時期が続きます」と書きました。でも最近、交響曲を始めとするシューベルトの未完成作品の捉え方が変化したことを知りました1。さっそく情報をアップデートしたいと思います。

まず、シューベルトの未完成作品群を概観しましょう。交響曲は計5曲。初めの2楽章が完成し第3楽章のピアノ・スケッチも半分以上書いているいわゆる《未完成》ロ短調のように、他もかなり書き進められています。D 615(1818)は2楽章分、D 708a(1820以降)は全楽章をスケッチしていたり、D 729(1821)のように、スケッチを終えてスコアにとりかかっていたり(D番号は、(34) ドイチュ番号についてを参照のこと)。ピアノ・ソナタも同様。たとえばD 613(1818)では、第1・3楽章展開部のほぼ終わりまで書かれていますし、D 625(同)でも第1楽章は展開部途中まで、第3・4楽章は最後まで作曲されています(いずれも第2楽章は別資料)。作曲のプロセスの中で最も大変な段階を過ぎ、このまま続ければ最後までたどり着けそうな状況で放棄されています。

従来、滑り出しは順調ながら途中で行き詰まって完成できなかったと、否定的に捉えられていたこのような未完成作品。しかし、意図的に完成「しなかった」と、積極的・肯定的に捉えるようになったのです2。つまり、新しい曲で野心的な実験に取り組み、満足できる結果が出たら、曲が最後まで完成していなくても、その時点でやめて次の実験に移ったという考え方です。

交響曲のスケッチがほぼでき上がった段階で、オーケストレーションの手間を惜しんで次に取りかかったなんて、考えたこともありませんでした。でも、シューベルトって、音楽が完成形で流れ出てくるタイプの作曲家。友人のシュパウンは、《魔王》作曲の状況を「本を手に持って《魔王》を大きな声で読みながら……行ったり来たりしていたが、突然椅子に座ったかと思うと、あっという間に書ける限りの速さで、すばらしいバラードが楽譜に書かれていた」と回想しています3。主旋律だけではなくピアノ伴奏も同時。

交響曲を作るとき、早い段階からシューベルトの頭の中で、オーケストラが鳴り響いていたのかもしれません(彼のピアノ・スケッチの中には、ときどき楽器名が記されています)。曲を作ることとそれを楽譜にすることは別の仕事。「作曲はもうすっかり出来ているのですが、まだ書き上げていないのです」と父への手紙に書いたモーツァルトのように、シューベルトも書くこと(特にスコア)は機械的で時間がかかる作業と考え、それを省略した可能性、確かに考えられますね4

同じウィーンで活動するベートーヴェンが、シューベルトにとって大きな壁だったのは間違いありません。でも、数々の未完成作品を、彼を乗り越えるための悪戦苦闘の負の遺産と捉えるのではなく、自分のスタイルを模索するたくさんの実験結果とプラスに考える。これだけで、悲壮感漂う従来のシューベルト像が、実験好きで前向きな姿に変わるような気がします。

  1. 堀朋平『シューベルト:交響曲第7番ロ短調D 759(未完成)ミニチュア・スコア解説』音楽之友社、2015、vページ。
  2. Hinrichsen, Hans-Joachim, “»Unvollendet« oder »abgebrochen«?: Werkstatus und Manuskripttypologie bei Franz Schubert.” Schubert: Perspektiven, 2005. など。情報をくださった堀さんにお礼申し上げます。
  3. 『シューベルトーー友人たちの回想』ドイチュ編、石井不二雄訳、白水社、1978、159ページ。
  4. マーシャル『モーツァルトは語る』高橋英郎、内田文子訳、春秋社、1994、44ページ。
30. 10月 2013 · (157) 《ロザムンデ》:シューベルトと劇音楽 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

台風一過の秋晴れの中、聖光学院管弦楽団 第9回定期演奏会にいらしてくださったみなさま、どうもありがとうございました。前半は古典派ハイドン&モーツァルト、後半は前期ロマン派シューマンというラインナップ、楽しんでいただけましたでしょうか。最後は、古典派とロマン派を橋渡しするシューベルトの、《ロザムンデ》から第3幕後の間奏曲で、しっとり締めくくりました。というわけで恒例のアンコール特集は、劇付随音楽《キプロスの女王、ロザムンデ》(D797)について。

ウィーン(に限らずほとんどの都市)で音楽家として富と名声を得る最も確実な方法は、オペラで成功すること。かのベートーヴェンも、《フィデリオ》を何度も改訂していましたっけ。シューベルトの努力(と甲斐の無さ)は、ベートーヴェン以上。1811年から27年までの間に少なくとも16(!!)の本格的な劇作品(半数はジングシュピール)を書き始め、そのうち半数を完成させたのに、生前に上演されたのは……たった3つ(いずれも不成功)。そのうちの1つが《ロザムンデ》です。

劇のストーリーは? 台本は残っていないのですが、Karl Schumannによると登場人物は「船乗りたちに育てられた呪われた王女、読んだら死んでしまう毒入りの手紙を持った追跡者、羊飼いたちと暮らさなければならない王子。不思議な難破船、幽霊、狩人、羊飼いなどがカラフルなおとぎ話の中に出て来」て(なんだかわかりませんが)、めでたくハッピーエンドに 1

シューベルトが、フェルミーネ・フォン・シェジー(ヴェーバーの《オイリュアンテ》の台本作者)の台本《ロザムンデ》の付随音楽を作るよう説得されたのが、1823年12月の初めころ2。女優エミリー・ノイマンの慈善公演として、アン・デア・ヴィーン劇場で初演されたのが12月20日。

時間が限られていたため、シューベルトは全10曲のうちの半数以上で、以前の作品を再利用しました3。序曲は、前年に完成させたけれど初演できなかったオペラ《アルフォンソとエストレッラ》(D732)序曲。今回演奏した第3幕後の間奏曲は、「もはや私はこの悲しみの重荷に耐えられない」という歌詞で始まるリート《苦悩する人 Der Leidende》(D432)に基づいています(2つ目の短調部分。下のYouTube参照)。また第1幕後の間奏曲は、もとは《未完成交響曲》の終楽章であった可能性が指摘されています。理由の1つは本格的なソナタ形式の楽章であること4。もう1つはロ短調であること。(32)《未完成交響曲》はなぜ未完成か?で述べたように、この時代、オーケストラ曲がロ短調で書かれるのは非常に珍しいことでした。

最後に、《魔王》(D328)のような劇的表現に優れたシューベルトが、劇音楽の分野で成功できなかった理由は5

  • 規模の大きな音楽を構成したり、劇的要素を積み重ね発展させていく力が、彼に欠けていた
  • 当時のヴィーンのドイツ語オペラ環境が良くなかった(2つの宮廷劇場は経済的問題に直面。郊外の3劇場も同様。しかも、ロッシーニ旋風が吹き荒れていた)
  • メッテルニヒが導入した厳格な検閲制度のため題材が限られ、それを嫌ったプロの台本作者がヴィーンからいなくなってしまった

経験(成功体験)から学ぶことができなかったシューベルト。《ロザムンデ》も台本が弱く、上演は2回で打ち切りに。でも、10曲の付随音楽は彼の劇音楽の中で最も賞賛され、演奏され続けています。

  1. Steven Ritter のCD評(MD&G Records、Audiophile Audition)より。でも彼自身は「貧しい未亡人に育てられたロザムンデ王女は、17歳の誕生日に新しい支配者としてキプロスの人々に示され、愛と陰謀の中に巻き込まれる」と書いていて、Karl Schumannからの引用と少々矛盾しています。
  2. Winter, Robert, “Schubert.” The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol.22, Macmillan, 2001, p. 666.
  3. 前掲書、p. 682.
  4. 同上。
  5. 前掲書、p. 681.
27. 9月 2011 · (48) アクセントか、デクレッシェンドか? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

譜例1の自筆譜をご覧ください。1小節目から2小節目にかけて、クレッシェンドとデクレッシェンドがペアで書かれています(*1)1。6小節目はどうでしょう? 記号Aは長いのでデクレッシェンドで、その下のBは短いからアクセントかな? ずーっと下の記号CはAとBの中間の大きさですが、これはアクセント? それともデクレッシェンド?

譜例1 シューベルトの自筆譜(《未完成》交響曲第2楽章冒頭)
譜例1 シューベルトの自筆譜(《未完成》交響曲第2楽章冒頭)

この自筆譜は、シューベルトの《未完成》交響曲第2楽章 Andante (Andte と略記されています) con mote の最初のページ。ファゴットとホルンの和音の後、3小節目から弦楽器が主旋律を奏するところです。楽器名をスコアに書き入れておきました2

名誉会員資格の返礼としての浄書スコアなので非常にクリアに美しく書かれていて、演奏に迷う箇所はありません((32)《未完成交響曲》はなぜ未完成か?参照)。ただ、シューベルトの自筆譜に特有の問題が、このページにも存在します。コラムのタイトルを見てピンと来た方も多いと思いますが、彼が書いたアクセント記号とデクレッシェンド記号は見分けがつきにくく、校訂者の悩みの種なのです。

上で述べたA、B、Cの3つのくさび形が好例ですが、さらに状況を複雑にするのは、この6小節目と同じパターンが繰り返される12小節目の記号。一番上の記号Dは大きいですが、今度はEとFの大きさが同じくらいです。これはアクセント? それともクレッシェンド?

どのパートに付けられた記号なのかも問題。記号CとFは(上下のパートが休みなので)チェロ用に間違いありません。でも、それ以外の記号はどうでしょうか。6小節目と12小節目では、記号が書き付けられた位置が微妙に異なります。

記号AとDでは、Aは下のセカンド寄り、Dは上のファースト寄りに書かれています。一方、BとEでは、Bは下のヴィオラ寄り、Eは上のセカンド寄り(位置としては、ヴィオラのシャープの真上)。記号の大きさの違いから、AとDをデクレッシェンド、BとEをアクセントと判断したとしても、それぞれ上下どちらのパートに付けられた記号なのか、解釈が難しいのです。本来、パート毎に1つずつ、アクセントやデクレッシェンドの記号を書くのですが、シューベルトの場合、上下両方のパート用に1つの記号で間に合わせる場合もあります。

自筆譜1ページだけで、これだけの謎が出て来ます。彼の《グレート》交響曲にはアクセントが1000個も書かれているそうですが、デクレッシェンドと見分けがつかないほど大きいものが少なくありません。最も有名なのが、終楽章の最後の和音に付けられた、2小節に渡る長いくさび形。どう見てもデクレッシェンド以外には見えませんが、ここまで来てだんだん弱くするのか?3

ちなみに、聖フィル指揮者の高橋隆元先生は「『アクセントとデクレッシェンドは現象としては同じ。そして前後の関係によって決まる』と考えれば、さほど混乱は無い」と言われます。譜例1のA〜Eは大きさに関わらず「1小節をかけた柔らかいアクセント」、AとBで上下3つのパートに作用すると解釈され、私たちはそのように練習しています。

  1. 追記 (11/10/05):その次の小節から2小節間、大きなデクレッシェンドがありますが (*2)、これは上下のパートそれぞれに付けられたスラーが合体したものでした。訂正いたします。高橋先生、ご指摘ありがとうございました。
  2. この時代の典型的な並べ方です((35)モーツァルトのホルン協奏曲参照)。クラリネットはA管。ホルン、トランペット、ティンパニは E 管なので調号無しで書かれています。トロンボーン1と2の段では、最初に書いた音部記号を消して、ヴィオラと同じアルト記号に書き直していますね。
  3. 多くの指揮者は、これをアクセントと解釈しています。オイレンブルク・スコア《グレート》の解説 xv ページにある自筆スコア最終ページのファクシミリで、大きさをご覧ください(全音出版社、2005)。
14. 9月 2011 · (46) 神の楽器? トロンボーン part 3 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

part 1part 2 に続き、「トロンボーンは神聖な楽器なので、19世紀にベートーヴェンが導入するまで、交響曲に用いられなかった」が◯か×か、考えてみましょう。確かに、ハイドンの106の交響曲にも、モーツァルトの約50の交響曲((14) モーツァルトが作った交響曲はいくつ?参照)にも、古くから教会で使われた神聖なトロンボーンは含まれません。

ベートーヴェンは、交響曲第5番《運命》の終楽章に、ピッコロ、コントラファゴットとともに3本のトロンボーンを導入しました((13) 掟破りのベートーヴェンに、このオーケストレーション拡大も追加してください)。彼は「ティンパニは3つも使いませんが、これらの楽器を加えることでティンパニ6つよりも大きな響きと、良い響きが得られるのです」と書いています1。この《運命》をきっかけに、19世紀の交響曲でトロンボーン等が頻繁に使われるようになりました。ただし、

(《運命》は)ピッコロやコントラファゴット、そしてとくにトロンボーンをはじめて使用した交響曲である、といういまだに流布している誤解は訂正しておかなければならない。(中略)これらの楽器は個々には交響曲でもすでにかなりの使用例があるので、楽器自体は決して新機軸なのではない2

というわけで、史上初ではありません。3つ目の答えも×です。ベートーヴェンはこの他に、第6番《田園》の4、5楽章と第9番《合唱》の2、4楽章にも、トロンボーンを導入しました。「本当は使わない伝統だけれど、響きのためにどうしてもここだけ」という意図が伝わりますね。

さて、ベートーヴェンよりもずっと大胆に、交響曲にトロンボーンを使ったのは誰でしょう? シューベルトです。第5回定演で取り上げる《未完成》では、第1楽章にも第2楽章にも第3楽章にも使っています3。1821年頃に試みた旧番号第7番のホ長調交響曲で、彼はすでに、トロンボーンを第1楽章から使いました4

ベートーヴェンが《第九》の作曲に着手するより前から、交響曲で躊躇せずに(?)トロンボーンを使ったシューベルト。 1839年にライプツィヒで《グレート》が演奏されたときは、第1楽章の序奏から活躍する3本のトロンボーンが、インパクトを与えたと考えられます。交響曲におけるトロンボーン普及に果たしたシューベルトの役割は、もっと評価されるべきでしょう。

余談ですが、まだトロンボーン奏者がいない聖フィルには、毎回同じ若い3人組が賛助に来てくださっています。前回までは、最後の曲の最後の楽章だけの出番で(第3回のブラ1と第4回《運命》)、ずーっと座っているだけのトロンボーンさんたちが気になった、という笑い話も聞きました。しかし! 今回は全曲全楽章で演奏。《フィンランディア》《ドボコン》には、チューバの賛助さんも加わります。重低音に支えられた、聖フィル初の19 & 20世紀プログラムを、どうぞお楽しみに。

  1. オッペルスドルフ伯爵宛、1808年3月頃の手紙。平野昭『ベートーヴェン事典』(東京書籍、1999)、61ページ。
  2. 土田英三郎『ベートーヴェン全集3』(講談社、1997)、曲目解説43ページ。
  3. 第3楽章の最初のページだけ、自筆スコアが残されています。
  4. 第1楽章の途中まで、スコアが完成されています((33) シューベルトの未完成交響曲たち参照)。
04. 8月 2011 · (40) 変更された《未完成》第1楽章コーダ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

コーダはイタリア語で「しっぽ」のこと1。曲の最後の締めくくり部分を指します。たとえば、《未完成》交響曲第1楽章のコーダは、チェロ&バスによる序奏部メロディーの回想から最後まで。シューベルトは、地の底から響いてくるようなオープニング部分を、再現部の導入には使わずにコーダに取っておいたんですね。憎い演出です。

譜例1の《未完成》ピアノ・スケッチ第1楽章コーダ部分(2小節目〜)を見ると、シューベルトがオーケストレーションするときに、この部分を大きく変更したことがわかります2。まず長さが違いますね。スケッチのコーダ、短いでしょう。現在のコーダは41小節ですが、スケッチでは24小節しかありません3

譜例1 《未完成》ピアノ・スケッチ第1楽章コーダ2小節目〜

譜例1 《未完成》ピアノ・スケッチ第1楽章コーダ2小節目〜

何よりも驚かされるのは最後の音。譜例1の2段目を見てください。5小節目から、ロ短調の主和音し-れ-♯ふぁ(このような暗い響きの三和音を、短三和音と言います)が、p から2小節間クレッシェンドし、次の2小節で からデクレッシェンドします。次に最後の和音が3小節続きますが、 pp の右隣にあるのは……なんと♯です!  左手パートにも♯。つまり、スケッチ段階でシューベルトは、《未完成》第1楽章をし-♯れ-♯ふぁの響き(こちらは長三和音と言います)で終わらせるつもりだったのです。

16世紀には、短三和音を主和音にする曲(ルネサンス時代には、まだ長調も短調も存在しなかったため、このようなややこしい表現になります)の最後の和音に♯を付けて、そこだけ明るい響きにすることがよくありました。この半音上げた音を、「ピカルディーの3度」と呼びます。聴いていると、曲の最後でふわっと浮き上がるような印象を受けます。

この習慣はバロック時代でも引き続き用いられましたが、古典派の時代にはあまり使われなくなりました。シューベルトもオーケストレーションの際、放棄しています4。さらに、強弱も変更。スケッチの最後の和音は、すでに述べたように pp と指示されていますから、第2楽章のみならず第1楽章も、静かに終わるつもりだったのですね……。弾く立場からすると、シューベルトが 第1楽章コーダをff で終わるように書き直してくれたのは、とてもありがたいと思うのですが、いかがでしょうか。

  1. 12/01/11追記:「シューベルトもコーダを変更した!」から改題。
  2. Franz Schubert: Sinfonie in h-Moll “Die Unvollendete”: vollständiges Faksimile der autographen Partitur und der Entwürfe. Emil Katzbichler, c1987. ドヴォルジャークもコーダを変更しました。(36) ドボコンに込められた想いを読み解くと、(38) ドボコンを読み解く試み その2を参照のこと。
  3. 続けて書かれた第2楽章のスケッチは、ほぼそのまま使われています。スケッチ2段目と3段目の間に、2小節分の音楽が加えられましたが、斜めの線で消された3段目の4小節も、そのまま使われています。
  4. 実はこのスケッチの最後の和音は、《未完成》の「普通でないこと」の1つを、部分的に説明してくれます。シューベルトは第1楽章のロ短調に続けて、ホ長調の第2楽章を書きました。これは実は、とても大胆な調選択です。でも、第1楽章をロ長調の和音で終わらせるつもりだったとすると、その大胆さがかなり薄まるのです。ただ、第2楽章をホ長調で終えたあと、何のクッションも置かずに第3楽章が再びロ短調で始まるので、調選択が「普通でないこと」は変わらないのですが。

(32)《未完成交響曲》はなぜ未完成か?でふれたように、フランツ・ペーター・シューベルトが未完のまま残した交響曲は、ロ短調1曲ではありません。彼が生涯に手がけた交響曲の総数は13 (!) ですが、完成したのは7曲だけでした。

表1を見ると、初期の習作断片の後、6曲の交響曲がわずか4年半ほどの間に相次いで完成されたことがわかります(青字は完成されなかったもの)。これらは、シューベルトがヴァイオリンを弾いていたコンヴィクト(帝室王立寄宿制学校。彼は難関オーディションに合格し、1808年にウィーン宮廷礼拝堂の少年聖歌隊員になったので、質の良いギムナジウム教育を無料で受けることができました)の学生オーケストラの、主なレパートリーだったハイドンとモーツァルトや、ベートーヴェンの初期交響曲の影響が色濃く反映されています1

[表1 シューベルトの手がけた交響曲]
D番号 調 作曲年代 旧目録 新目録 特記 (I, II: 楽章)
1 2b ニ長調 1811年? 断片:Iのみ(以前は=D997)
2 82 ニ長調 1813年10月28日
以前
1 1
3 125 変ロ長調 1814年12月10日~
1815年3月24日
2 2
4 200 ニ長調 1815年5月24日~
7月19日
3 3
5 417 ハ短調 1816年4月27日
以前
4 4 悲劇的
6 485 変ロ長調 1816年9月~
10月3日
5 5
7 589 ハ長調 1817年10月~
1818年2月
6 6 The Little
8 615 ニ長調 1818年5月 スケッチ I & IV
9 708a ニ長調 1820年以降 スケッチ全楽章
10 729 ホ長調 1821年8月 7 スケッチ完成、スコア I:1/3
11 759 ロ短調 1822年10月 8 7 未完成》スコア I & II、
スケッチ III:途中
12 936a ニ長調 1828年秋? 10 スケッチほぼ完成(3楽章構成)
13 944 ハ長調 1825~8年 9 8 《The Great》(《グムンデン=
ガシュタイン交響曲》?)

その後、交響曲を完成できない時期が続きます。シューベルトはロ短調を含む4曲の交響曲を試みますが、ピアノ・スケッチによると調の選択や循環形式(近いうちにコラムで取り上げる予定です)のような構成など、時に野心的な内容を含む、前途有望な滑り出しであるにも関わらず、いずれも途中で放棄してしまいます。

しかし、独自の様式を探し求める彼の苦闘は、ハ長調《グレート》にみごとに結実しました。ベートーヴェンが多用した動機労作や、3度調転調を使いながらも、はるかかなたへ穏やかに投げかけるような冒頭の響きから既に、先人たちとは決定的に異なる世界。600曲を超える歌曲を作ったシューベルトの、「メロディー・メーカー」としての強みも最大限に活かされています。シューベルトはもう1曲、ニ長調交響曲のスケッチをほぼ仕上げているそうです2。この独自の世界をさらに押し進めようとしたのでしょう。

ところで、《未完成》や《グレート》には複数のナンバリングが存在するため、混乱が生じています。広く使われている番号は、ドイッチュが1951年に刊行した主題総目録によるものです。ピアノ・スケッチが完成しているホ長調が7番、ロ短調《未完成》が8番、《グレート》が9番でした。ところが、改訂された新目録(1978年)では、オーケストレーションを補わなければならないホ長調に番号を与えるのをやめ、ロ短調《未完成》を7番、《グレート》を8番に繰り上げたのです(上記表1の旧目録と新目録参照)。

次回の聖フィル定演のプログラムやチラシの表記、悩ましいところです。現行の目録に従って「交響曲第7番(従来8番)《未完成》」にするか、大多数のCDのように古いナンバリングを用いて「交響曲第8番《未完成》」にするか3。悩むくらいならいっそのこと、ドイッチュ番号とニックネームのみの「交響曲ロ短調 D 759《未完成》」とするか。そのような表記のCDも存在します4。この情報で十分ですし、シンプルでかえって良いかもしれませんね5

  1. 家で弦楽四重奏曲を演奏するときは、父がチェロ、兄たちがヴァイオリンを弾き、フランツはヴィオラを受け持っていました。彼の14人兄弟の中で、成人したのはフランツを含む5人だけです。
  2. この表は、Winter, Robert, “Schubert” in The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol.22 (Oxford Univ. Press, 2001) を基に、ドイッチュ番号順に並べてありますが、実際にはD936aは《グレート》より後に試みられたようです。
  3. 少ないながら、新番号が付けられたCDもあります。デイヴィス、ジュリーニ、スイトナーなどがドイツのオーケストラを振ったものなどです(スイトナー以外は輸入版)。
  4. 私が持っているブロムシュテットの《グレート》のCDには、ドイッチュ番号とニックネームしか書かれていません。
  5. 補筆された旧第7番ホ長調交響曲の中で最も有名なヴァインガルトナー版(1934)は、こちらから試聴できます:http://youtu.be/2j95oSmx0os(第1楽章は途中で途切れていて、最後の数分と第2楽章は http://youtu.be/gAFznN_Bq6Q に続きます)。シューベルトは亡くなる前にこの曲のピアノ・スケッチをほぼ仕上げ、第1楽章110小節をオーケストレーションしただけではなく、残りの部分もメロディー・ライン、時に低音パートや対位法的な処理などを、14段の五線紙に書き込んでいるそうです。
08. 6月 2011 · (32)《未完成交響曲》はなぜ未完成か? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

聖フィル♥コラムを書く時にいつも一番苦労するのは、短くまとめること。でも今回は、すごく短く仕上がりそうです。

問い: 第5回定演で取り上げる《未完成交響曲》はなぜ未完成か?
答え: わかりません。

おわり。

……というわけにもいかないので、このロ短調交響曲に関して「わかっていること」をまとめます1

  1. 表紙に、シューベルトのサインと、ウィーン、1822年10月30日と記入された自筆スコアを、アンゼルム・ヒュッテンブレンナーが1865年まで保有していた。このフル・スコアには1、2楽章全体と3楽章冒頭が書かれ、残りの五線紙は白紙。
  2. アンゼルム・ヒュッテンブレンナーは1815年、ウィーン宮廷楽長サリエリの弟子になり、先輩弟子であるシューベルトと知り合った2
  3. シューベルトは1823年4月6日に、グラーツのシュタイアーマルク音楽協会の名誉会員に迎えられ、同協会の会員であったアンゼルムは同年9月に、ウィーンに住む弟のヨーゼフを介してシューベルトにその証書を届けた。
  4. シューベルトは1823年9月20日付の手紙の中で、シュタイアーマルク音楽協会に感謝し、「近いうちに自分の交響曲のスコアを送る」と述べた。
  5. ピアノ・スケッチが存在する3。最初の数ページは失われていて、1楽章は最後約1/3のみ。2楽章は完成稿とほとんど一致。3楽章のスケルツォは、譜例1の真ん中あたりや一番下の段に見られるように、ところどころ左手パートに空白があるものの、ほぼ完成。トリオは16小節しか書かれておらず、しかも右手のみ。
  6. その後、シューベルトの自筆スコアの続き(第3楽章スケルツォの10〜20小節。裏側は白紙)が発見された。第3楽章冒頭9小節が書かれたページの次のシートが切り取られていて、新しく見つかったシートの端は、スコアに残る部分と一致する。切り取ったのはおそらくシューベルト本人。スケルツォ冒頭の9小節は、第2楽章の最後が書かれた裏に書き込まれていたために残された4

譜例1《未完成》ピアノ・スケッチ第3楽章24〜100小節部分(クリックすると拡大できます)

シューベルトは《未完成》のスコアを、名誉会員資格の返礼として進呈したのでしょう。しかし、なぜお礼に未完の交響曲スコアを送ったのか、なぜ完成させなかったのかは、わかりません。

ピアノ・スケッチの途切れ方から、シューベルトは3楽章の作曲中に、突然中断したと推測されます。1楽章、2楽章とも3拍子で作曲し、3楽章スケルツォもやはり3拍子なので行き詰まったとか、書きかけの3楽章が凡庸で放棄したとか、2楽章までで完成していると考えてそれ以上作るのをやめたとか、いろいろな説があります(個人的には、いずれの説も説得力に欠けると感じます)が、確実なのは、映画『未完成交響楽』(1933)の名せりふ「わが恋の成らざるが如く、この曲もまた未完成なり」という理由ではないということくらいです。

偶然が重なって、スコアを渡した方も受け取った方も忘れてしまったのでしょうか。ロ短調という、当時のオーケストラ曲には非常に珍しい調を選択していることなど、野心的な作品を計画していたように思われます。実はこの時期、規模の大きな器楽曲は途中で放棄されたものが多く、未完成の交響曲もロ短調だけではありません。この続きは、また改めて書きます。

  1. Schubert: Symphony in B minor, Revised, ed. by Chusid. Norton, 1971.
  2. シューベルトがアンゼルムの弦楽四重奏曲第1番を主題にピアノ変奏曲を作曲(D573)したり、アンゼルムがシューベルトの《魔王》に基づくワルツ (!!) 作って出版したこともありました。アンゼルムが故郷グラーツに帰ってからも交流は続きます。
  3. 音楽におけるスケッチとは絵画におけるそれと同様に、メロディーなどのアイディアをラフに書き付けたもの。シューベルトの場合、完成された交響曲にはピアノ・スケッチは存在しません。
  4. Landon, Christa. “New Schubert Finds” MR, XXXI/3, 1970.