01. 7月 2015 · (243) オフィクレイドってどんな音? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

オフィクレイドをご存知ですか。以前ご紹介したセルパン((194) セルパンってどんな音?参照)に代わって、あるいは並行して使われた、金属製の低音楽器。ベルリオーズの《幻想交響曲》(1830年、 (173) 幻想交響曲の奇妙さ参照)の第4、5楽章や、メンデルスゾーンの《夏の夜の夢》序曲(1826年、(242) 真夏じゃなかった!? 《真夏の夜の夢》参照)が有名な使用例です。パリの楽器製作者アラリが1817年に考案、1821年に特許を取りました。メンデルスゾーンもベルリオーズも、できたてのほやほやの楽器を使ったことになります。ベルリオーズのカリカチュアにも登場(図右上)。

ギリシア語の ophis(蛇)と kleides(鍵)からの造語であるオフィクレイド。セルパンのようにぐにゃぐにゃ曲がっていませんが、やはり形はユニーク。コントラ・ファゴット、あるいはバリトン・サクソフォーンの金管楽器版という感じ(オフィクレイドがサクソフォーンの開発に役立ったのですから、本当は逆ですが)。リコーダーのようにサイズを変えて作られました。最も多く用いられたのはバス。C管で2.47m、セルパンの2.44mとほとんど同じ長さですね1

図1:オフィクレイド(右はJ. J. グランヴィルが1846年に描いたベルリオーズのカリカチュア)

図1:オフィクレイド(右はJ. J. グランヴィルが1846年に描いたベルリオーズのカリカチュア)

U字型をした太めの円錐状の管の先に、ゆるやかに広がるベル。曲がりくねった細い管の先に、トロンボーンのようなカップ型マウスピース。管にはサクソフォーンのような(しつこいようですが、本当は逆。サクソフォーンが受け継ぎました)大きなキーが9〜12個(多くは11)。最もベル寄りの音孔のみオープン・キー(=押すと閉じる)で、残りはクローズド・キー。1番大きな孔を塞ぐことで、基音(B管ならB)より半音低い最低音が出ます。音域は約3オクターヴ。

オフィクレイドの音は、セルパン(や、その改良楽器バス・ホルンなど)よりも力強くクリア。ただ、ベルから遠い位置にある音孔を開けて出す音は、響きが貧弱なのが欠点です2。倍音を出すために強く吹くと音程が悪くなることも。動画の3重奏を聴くと、確かに現在の金管楽器のパワフルな音とは比べものになりませんし、第一そんなに低くない。でも、柔らかくてなんだか懐かしい響きですね。その後、ヴァルブを備えたテューバに取って代わられますが、フランスではオーケストラや軍楽隊、吹奏楽で1870年以降まで、スペインの教会やイタリアの村の楽隊では、20世紀まで使われたそうです3

  1. Myers, Arnold, ‘Ophicleide,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 18, Macmillan, 2001, p. 498.
  2. 前掲書、p. 499.
  3. 同上。
24. 6月 2015 · (242) 真夏じゃなかった!?《真夏の夜の夢》 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

1826年に作曲された、メンデルスゾーンの演奏会用序曲《真夏の夜の夢》((167) 演奏会用序曲と交響詩参照)。序曲のお約束であるソナタ形式の枠組みの中で、シェイクスピアの喜劇の世界、森のざわめきや楽し気な妖精たちなどを描いています。完成時、メンデルスゾーンは17歳でした。結婚行進曲を含む12曲の劇付随音楽は、16年後の1843年にプロイセン王の依頼で作られたもの。

ところで、メンデルスゾーンがこの序曲に付けたタイトルは《Ein Sommernachtstraum》。直訳すると「1つの夏の夜の夢」。真夏という言葉は使われていないことをご存知ですか? 作曲のきっかけとなったのは、1826年に彼が読んだ、シュレーゲルとティークによるシェイクスピアのドイツ語訳1。そのタイトルが《Ein Sommernachtstraum》。真夏ではなくただの(!?)夏。

もちろんシェイクスピアの戯曲のタイトルは《A Midsummer Night’s Dream》ですから、こちらは真夏!と言いたいところですが……。midsummer には真夏、盛夏という意味だけではなく、夏至のころという意味も。Midsummer(’s) Dayと大文字なら、今日6月24日の、洗礼者ヨハネの誕生日の祝日のこと。ヴァーグナーの《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第3幕で歌合戦が行われる、あのヨハネ祭です。

ヨーロッパ各地で古くから行われた、季節を祝う異教の祭、夏至祭。その前夜には、跋扈する悪魔や魔女たちから身を守るためにかがり火が焚かれました。聖人と結びつけられてキリスト教の祝日になった後も、祝日前夜に採取した薬草には特別な薬効があると信じられるなど、超自然なことと結びつけられています2。妖精たちが活躍する戯曲の背景として、夏至前夜はうってつけ。

ただ、夏至を意味するタイトルにも関わらず、夏至ではなく5月1日の五月祭を背景にしているという説も古くからあります3。理由は「5月の祭典 the Rites of May を祝うために起きた」というシーシアスの台詞。五月祭前夜は「ヴァルプルギスの夜」。魔女たちが宴(サバト)を開くとされた夜(ベルリオーズの《幻想交響曲》終楽章の舞台)ですから、こちらも妖精たちがいたずらするお芝居に合います。

いつのことか劇中に記されていないため、6月末か5月初めか、研究者たちの結論は出ていません。でも、いずれにしろ真夏のストーリーではないことは確か。少なくともメンデルスゾーンの序曲は、彼が付けたタイトルである《夏の夜の夢》と呼ぶべきですね。でも、習慣でつい《真夏の……》と言いかけてしまう私。反省。

  1. ウィッタカー、W. ギリス、「メンデルスゾーン:《真夏の夜の夢》序曲 作品21」オイレンブルク・ポケット・スコア(1974)解説、沼野雄司訳、全音楽譜出版、2005、iiiページ。
  2. 八木谷涼子『キリスト教歳時記』平凡社新書、2003、166ページ。
  3. 上記スコア解説で、ウィッタカーは「春の五月祭を背景にしている」と書いています。
15. 4月 2015 · (233) 《マイスタージンガー》のライトモティーフ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

あちこちの大学の入学式で、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第1幕への前奏曲が演奏されるようですね。堂々としていて落ち着いていて颯爽としていて、途中に甘い部分やユーモラスな部分もあり、長過ぎず短過ぎず、難し過ぎず簡単過ぎず。祝賀演奏にうってつけの曲ですが、それだけではありません。主人公が周囲の助けや愛情によって成長し、勝利を勝ち取るというオペラのストーリーも、入学式にふさわしいのです。

オペラ全体を凝縮した、かなり序曲的なこの前奏曲(序曲との違いは、(232)を参照)の冒頭旋律は、「マイスタージンガーのライトモティーフ Leitmotiv(独)」と呼ばれます。日本語では示導動機(しどうどうき)。楽曲解説に必ず出て来る用語ですが、いったい何でしょう?

ライトモティーフのライトは英語のリードなので、直訳すると「導く動機」。動機とは、旋律的なまとまりを持つ主題(テーマ)よりも、短い単位でしたね。マイスタージンガーのライトモティーフは、オペラの中でマイスタージンガーたちと結びつけて使われます。彼らが実際に登場するとき(歌合戦のために入場してくるる第3幕第5場など)はもちろん、マイスタージンガーのことが言及されるとき(マクダレーネがエーファの立場を説明する第1幕冒頭など)にも奏されます。

ここで、「イデー・フィクス(固定楽想)」を思い出した方は鋭い! ベルリオーズは《幻想交響曲》で、あこがれの女性を1つの旋律で表現していましたね。このイデー・フィクスが、ライトモティーフの直接の先駆。ただ、ベルリオーズのイデー・フィクスが1つだったのに対し、ヴァーグナーのライトモティーフは複数です。歌合戦で優勝を目指す「ヴァルターの動機」、そのライバル「ベックメッサーの動機」など人物だけではなく、優勝者に贈られる「花輪の動機」や、主人公の職業である「靴屋の動機」など物事、さらには「愛の動機」「情熱の動機」のような、目に見えない感情や想念のライトモティーフまで。

ある人・物・想いなどが関わるシーンで、それぞれのライトモティーフが奏されるヴァーグナーの新手法。オケ奏者なら、オペラの中に同じメロディーが何度も出て来てつまらない!なんて怒らないでくださいね。この手法は、演技や歌だけではなくオーケストラの音楽にも、意味を持たせることを可能にしました。これまで声楽では歌詞が何よりも重要でしたが、ライトモティーフを受け持つ伴奏部も、非常に複雑な内容を表現できるようになったのです。

しかも、ライトモティーフは真実の声。登場人物は嘘を歌うことができますが、ライトモティーフは嘘をつきません。もしも「あなたなんか大嫌い!」と歌っているときにオーケストラ伴奏が愛の動機を奏でていたら、本心は愛しているということ(ものすごく単純化したたとえ話ですが)。ライトモティーフの採用により、ヴァーグナーは劇音楽におけるオーケストラの役割を、各段に大きくしたと言えるのです。

マーラーの交響曲の変な(!?)ポイントについて書きながら((169) (170))、マーラーよりももっとずっと変てこりんな、いえ大胆で独創的な交響曲についてまだきちんと書いていないことを思い出しました。それは《幻想交響曲》。すでに何度か触れているので一部重複しますが、この曲についてまとめてみます。

フランスの作曲家エクトル・ベルリオーズが1830年に作りました。遅いテンポの序奏部付きアレグロ、ワルツ、緩徐楽章、マーチ、フィナーレの5楽章構成とか、コーラングレや Es管クラリネットの持ち替えとか、ハープが2台必要とか、ティンパニ奏者は4人も必要とか、そういうことはちょっと脇に置いて。

変てこりんなポイントその1は、ひとつの旋律が形を変えながら全ての楽章に現われ、全体を統一していること。ロマン派音楽で盛んに使われる循環形式の、出発点ですね。ポイントその2は、この曲が「ある芸術家の生涯におけるエピソード」であり(副題)、それを説明する標題(プログラム)がついていること(=標題音楽。英語ではプログラム・ミュージック)。「失恋して絶望した若い芸術家がアヘンを飲んで自殺を図るが死に切れず、奇怪な夢をみる」というような曲全体の標題だけではなく、楽章ごとの標題も(ベルリオーズは標題を何度も改訂し、《幻想》が演奏される時はパンフレットとして印刷しました)。

詳細に書かれた標題を音楽で表現するのに重要なのが、ポイントその1の循環する旋律。しかし、ただ何度も戻って来るだけではありません。この旋律は、芸術家が崇拝している女性の幻影「イデー・フィクス idée fixe(固定楽想)。ポイントその3です。第1楽章の初出ではチャーミングでエレガントな旋律が、終楽章の魔女たちの宴では、装飾音がごちゃごちゃ加えられ、甲高いEs管クラリネットが担当するグロテスクな旋律に。ポイントその1とその2は、いずれもベートーヴェンが先駆ですが(前者は《運命》、後者は《田園》)、ポイントその3の、旋律に特定の意味を持たせるのは交響曲では新しい試み!

ベルリオーズがこのような変てこりんな、いえ大胆で独創的な交響曲を作った直接の発端は、1827年9月11日に見た、イギリスのシェイクスピア劇団による《ハムレット》公演。オフィーリア役のハリエット・スミッソンに一目惚れしただけではありません。全くわからない英語による上演であったにもかかわらず、ベルリオーズはシェイクスピア劇のもつ壮大さ、崇高さ、劇的構想の豊かさに衝撃を受けました。

もうひとつ重要なのは、1828年3月に初めて、ベートーヴェンの第3番と第5番の交響曲を聴いたこと(アブネック指揮パリ音楽院演奏協会)。それまで声楽中心だった彼の音楽世界(ベルリオーズが音楽の道に進むきっかけとなったのはオペラ((103) ベルリオーズの人生を変えた音楽参照)。1830年にローマ大賞を受賞するまで26年から毎年、課題曲として作っていたのはカンタータでした)。それが、器楽の持つポテンシャルに気づいたことで、大きく広がります。

ベートーヴェンへの敬意の表明だったはずなのに、このような変てこりんな、いえ、大胆で独創的な交響曲になってしまった理由は? いろいろ考えられますが、たとえば交響曲では用いられなかったハープや鐘、コーラングレは、オペラでは以前から用いられていました。また、ベルリオーズは音楽を、表現力豊かで劇的な芸術と考えていて、《幻想》も「ベートーヴェンの交響曲の枠組みの中に、劇的および詩的なアイディアをうまく入れ込もうとした慎重で意図的な試み」と捉えることができます1。それに、《幻想》だけではなくご本人も、かなりエキセントリックな性格だったようですね。

  1.  Macdonald, Hugh, ‘Berlioz,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 3, Macmillan, 2001, 387.
19. 10月 2012 · (103) ベルリオーズの人生を変えた音楽 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

劇団の看板女優に恋をして、想いが叶えられなかった経験を《幻想交響曲》にしたベルリオーズ(1803〜69)。ロマン派時代にたくさん作られる「標題音楽」の出発点となったこの作品の作曲・初演は、1830年。ベートーヴェンの死のわずか3年後に、このような独創的な音楽が作られたことに、驚かされます(ドイツ音楽とは異なる、フランス音楽の伝統の上に生み出された曲ではありますが)。

エクトル・ベルリオーズは、フランス南部の小村ラ・コート=サンタンドレの、何代も続く旧家の長男として生まれました。父は高名な医者。エクトルも1821年、医学部に通うためにパリに出ます。ところが、もともと医学が嫌いだった彼はオペラ座通いを始め、ついには医学を捨て、音楽の道に進んでしまいます。

いったいベルリオーズは、オペラ座で誰のオペラを見たのでしょう? オーベールやマイヤベーアらがフランス独特の新しい「グランド・オペラ」を作るのは、1830年頃以降のこと。20年代に上演されていたのは、サリエリ、サッキーニ、メユール、スポンティーニ、ボワエルデューらのオペラでした。ベルリオーズは、初期の大規模作品の参考にしています1

でも、彼が深い感銘を受けて心の底から崇拝し続けたのは、グルック。聖フィル第3回定演で《オーリドのイフィジェニー(アウリスのイフィゲニア)》序曲を演奏した、あのグルックです。《幻想交響曲》の斬新さと、とっさに結び付きませんね。でも、1822年にグルックのオペラを抜き書きした楽譜が残されているそうです。

ベルリオーズが生まれて初めて見たオペラのうちの1つが、グルックの《トーリドのイフィジェニー》(1779年、オペラ座で初演)。ギリシア軍の総大将アガメムノン王は、狩りの女神ディアーナの怒りをかったため、順風が吹かず、アウリス(フランス語でオーリド)の港から出陣できません。怒りを鎮めるために、自分の娘イフィジェニーを生贄にするのが《オーリド》のストーリー。《トーリド》はその後日譚で、イフィジェニーはタウリス(フランス語でトーリド)にあるディアーナ神殿の祭司長として生きていて、生贄として連れて来られた弟オレストと再会します。

最近、《トーリドのイフィジェニー》をビデオで見ました2。彼の「オペラ改革」の理念が最も良く表された作品と言われるとおり、歌い手の名人芸を聴かせるイタリア・オペラとはかなり趣が異なります。イフィジェニーは、オレストか彼の親友ピラードのいずれかを生贄に選ばなくてはならず、しかも選んだ方のオレストが自分の弟であることが判明するという緊迫感が、ドラマの推進力。3人が室内で生と死について歌い交わす地味な内容ですが、情感あふれる歌詞とシンプルな音楽が緊密に結びついています。

《トーリド》をはじめとするグルックのオペラに魅せられなければ、両親と不仲になることもなく、送金を減らされ(時に止められ)て貧乏暮らしをすることもなかったベルリオーズ。でも、もし彼がそのまま医者になっていたら、コラムが2つも3つも書けるほど斬新な《幻想交響曲》は作られず、リスト(《幻想》の初演も聴いています)やヴァーグナーらに影響を与えることも無かったでしょう。グルックは、ベルリオーズの人生だけではなく、西洋音楽の歴史も変えたと言えますね。

  1. 以下、Macdonald, ‘Berlioz,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 3, Macmillan, 2001, pp. 385-6 に基づきます。
  2. kuko-cell さんの提供に感謝いたします。

「多楽章形式の楽曲において、同じ主題材料を全楽章あるいは数楽章に用いて、性格的統一をはかる手法」を循環形式と言います1。循環形式はしばしば、ベルギー出身の作曲家セザール・フランク(1822〜90)と結びつけられますが、実はルネサンス時代から存在します。たとえばパレストリーナは、(7) クリスマスに聴きたい音楽 part 2でご紹介したミサ曲《今日キリストが生まれたまえり Missa Hodie Christus natus est》において、「パロディ」と呼ばれる循環手法を使いました。

ルネサンス時代のミサ曲は、後の時代のオペラや交響曲のように、作曲家の力量を測る最重要ジャンル。パロディのような複雑な技法が編み出されたのは、このためです。交響曲と異なり、「キリエ」「グロリア」「クレド」「サンクトゥス」「アニュス・デイ」の5楽章は、ミサ典礼の中で続けて歌われるわけではありません。それでも作曲家たちは、循環する素材を用いて、5部分に統一感を与えようとしたのです。

ところで、19世紀の循環形式の開祖(?!)は、ベルリオーズ。恋人の幻影を表わす「イデー・フィクス idée fixe(固定楽想)」を、自伝的作品《幻想交響曲》(1830)の全楽章で、形を変えながら使用しました。初めは優雅なメロディーですが、第5楽章「サバトの夜の夢」では、前打音やトリルを加えEs管クラリネットに担当させて、魔女を連想させるようなグロテスクなものに(ふられた腹いせ!)。この手法に影響された、ヴァーグナーの「ライトモティーフ(示導動機)」や、リストの1つの主題を変容させながら曲を構成する手法((75)《レ・プレ》とソナタ形式参照)も、循環形式の一種と考えられます。

でも、ベルリオーズよりも先に、前の楽章の音楽を循環させた作曲家がいましたね。このコラムでも取り上げました。そうです、ベートーヴェン。《運命》の終楽章で、第3楽章の幽霊スケルツォ(弱音で奏される、トリオの後のスケルツォ)が回想されます((13) 《運命》掟破りのベートーヴェン参照)。また、(旋律とは言えないまでも)運命動機が変形されながら全楽章に使われ((5) 第2楽章の『運命動機』はどこ?参照)、全体を有機的に統一していますから、《運命》をロマン派循環形式の先駆とみなすことが出来るでしょう。

1880年前後から流行したこの形式を、ドヴォルジャークも取り入れています。《ドボコン》でも、終楽章に2楽章で引用した《ひとりにして》の旋律の回想がありましたね((36) ドボコンに込められた想いを読み解く参照)。《新世界》交響曲でも、ホルンによる厳かな第1楽章第1主題(上がって降りる分散和音。(90) 《新世界より》第1楽章の第2主題参照)が、すべての楽章に現われます。

  • 第2楽章:コーラングレの主題が戻って来る直前にトロンボーンが大音響で(96小節〜。前半の上行部分のみ)
  • 第3楽章:第2トリオの直前にチェロ(154〜)とヴィオラ(166〜)が密やかに。コーダでホルン&木管楽器が華やかに(252〜)
  • 第4楽章:展開部クライマックスの直前にファゴット、ホルン、低弦が力強く(190〜。前半の上行部分のみ)。コーダ直前にファゴットと低弦が力強く(275〜)

いずれも印象的! でも、《新世界》で循環するのはこれだけではありません。ドヴォルジャーク、さらに凝った構成を考えました。次回に続く。

  1. 音楽大事典3、平凡社、1982、1207ページ。