(32)《未完成交響曲》はなぜ未完成か?でふれたように、フランツ・ペーター・シューベルトが未完のまま残した交響曲は、ロ短調1曲ではありません。彼が生涯に手がけた交響曲の総数は13 (!) ですが、完成したのは7曲だけでした。
表1を見ると、初期の習作断片の後、6曲の交響曲がわずか4年半ほどの間に相次いで完成されたことがわかります(青字は完成されなかったもの)。これらは、シューベルトがヴァイオリンを弾いていたコンヴィクト(帝室王立寄宿制学校。彼は難関オーディションに合格し、1808年にウィーン宮廷礼拝堂の少年聖歌隊員になったので、質の良いギムナジウム教育を無料で受けることができました)の学生オーケストラの、主なレパートリーだったハイドンとモーツァルトや、ベートーヴェンの初期交響曲の影響が色濃く反映されています1。
D番号 | 調 | 作曲年代 | 旧目録 | 新目録 | 特記 (I, II: 楽章) | |
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1 | 2b | ニ長調 | 1811年? | 断片:Iのみ(以前は=D997) | ||
2 | 82 | ニ長調 | 1813年10月28日 以前 |
1 | 1 | |
3 | 125 | 変ロ長調 | 1814年12月10日~ 1815年3月24日 |
2 | 2 | |
4 | 200 | ニ長調 | 1815年5月24日~ 7月19日 |
3 | 3 | |
5 | 417 | ハ短調 | 1816年4月27日 以前 |
4 | 4 | 《悲劇的》 |
6 | 485 | 変ロ長調 | 1816年9月~ 10月3日 |
5 | 5 | |
7 | 589 | ハ長調 | 1817年10月~ 1818年2月 |
6 | 6 | 《The Little》 |
8 | 615 | ニ長調 | 1818年5月 | スケッチ I & IV | ||
9 | 708a | ニ長調 | 1820年以降 | スケッチ全楽章 | ||
10 | 729 | ホ長調 | 1821年8月 | 7 | スケッチ完成、スコア I:1/3 | |
11 | 759 | ロ短調 | 1822年10月 | 8 | 7 | 《未完成》スコア I & II、 スケッチ III:途中 |
12 | 936a | ニ長調 | 1828年秋? | 10 | スケッチほぼ完成(3楽章構成) | |
13 | 944 | ハ長調 | 1825~8年 | 9 | 8 | 《The Great》(《グムンデン= ガシュタイン交響曲》?) |
その後、交響曲を完成できない時期が続きます。シューベルトはロ短調を含む4曲の交響曲を試みますが、ピアノ・スケッチによると調の選択や循環形式(近いうちにコラムで取り上げる予定です)のような構成など、時に野心的な内容を含む、前途有望な滑り出しであるにも関わらず、いずれも途中で放棄してしまいます。
しかし、独自の様式を探し求める彼の苦闘は、ハ長調《グレート》にみごとに結実しました。ベートーヴェンが多用した動機労作や、3度調転調を使いながらも、はるかかなたへ穏やかに投げかけるような冒頭の響きから既に、先人たちとは決定的に異なる世界。600曲を超える歌曲を作ったシューベルトの、「メロディー・メーカー」としての強みも最大限に活かされています。シューベルトはもう1曲、ニ長調交響曲のスケッチをほぼ仕上げているそうです2。この独自の世界をさらに押し進めようとしたのでしょう。
ところで、《未完成》や《グレート》には複数のナンバリングが存在するため、混乱が生じています。広く使われている番号は、ドイッチュが1951年に刊行した主題総目録によるものです。ピアノ・スケッチが完成しているホ長調が7番、ロ短調《未完成》が8番、《グレート》が9番でした。ところが、改訂された新目録(1978年)では、オーケストレーションを補わなければならないホ長調に番号を与えるのをやめ、ロ短調《未完成》を7番、《グレート》を8番に繰り上げたのです(上記表1の旧目録と新目録参照)。
次回の聖フィル定演のプログラムやチラシの表記、悩ましいところです。現行の目録に従って「交響曲第7番(従来8番)《未完成》」にするか、大多数のCDのように古いナンバリングを用いて「交響曲第8番《未完成》」にするか3。悩むくらいならいっそのこと、ドイッチュ番号とニックネームのみの「交響曲ロ短調 D 759《未完成》」とするか。そのような表記のCDも存在します4。この情報で十分ですし、シンプルでかえって良いかもしれませんね5。
- 家で弦楽四重奏曲を演奏するときは、父がチェロ、兄たちがヴァイオリンを弾き、フランツはヴィオラを受け持っていました。彼の14人兄弟の中で、成人したのはフランツを含む5人だけです。 ↩
- この表は、Winter, Robert, “Schubert” in The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol.22 (Oxford Univ. Press, 2001) を基に、ドイッチュ番号順に並べてありますが、実際にはD936aは《グレート》より後に試みられたようです。 ↩
- 少ないながら、新番号が付けられたCDもあります。デイヴィス、ジュリーニ、スイトナーなどがドイツのオーケストラを振ったものなどです(スイトナー以外は輸入版)。 ↩
- 私が持っているブロムシュテットの《グレート》のCDには、ドイッチュ番号とニックネームしか書かれていません。 ↩
- 補筆された旧第7番ホ長調交響曲の中で最も有名なヴァインガルトナー版(1934)は、こちらから試聴できます:http://youtu.be/2j95oSmx0os(第1楽章は途中で途切れていて、最後の数分と第2楽章は http://youtu.be/gAFznN_Bq6Q に続きます)。シューベルトは亡くなる前にこの曲のピアノ・スケッチをほぼ仕上げ、第1楽章110小節をオーケストレーションしただけではなく、残りの部分もメロディー・ライン、時に低音パートや対位法的な処理などを、14段の五線紙に書き込んでいるそうです。 ↩