25. 3月 2015 · (230) ビゼーの大胆ハーモニー はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

先日、カルメン組曲のご指導中に稲垣雅之先生が、「イ長調の曲が突然ハ長調になるから、当時の人は驚いたはず」という意味のことを言われました。えっ?!とあわてる私。言われてみると確かにハ長調ですが、違和感を持っていませんでした。そう、カルメン組曲第1の終曲〈トレアドール〉の話です。

オペラでは1番最初に演奏される、第1幕への前奏曲。「ちゃんちゃかちゃかちゃか ちゃんちゃかちゃかちゃか ちゃんちゃかちゃちゃか ちゃー」というにぎやかな4小節フレーズが3回繰り返され、4回目も前半は同じですが「ちゃんちゃかちゃちゃか ちゃーちゃん」と終わる冒頭部分(どこが違うかわかるよう、下線を引いておきました)。ファ・ド・ソに♯が付いたイ長調の曲なのに、13、14小節では、1拍目と2拍目の低音がナチュラルのドソドソ(譜例1参照)。ハ長調の1度(=トニック)ド・ミ・ソが響きます。

ハ長調とイ調なら、両方とも♯も♭も付かない平行調で、近い調(近親調。(77) 近い調、遠い調参照)。でも、イ調とハ長調は♯3つの調と調号無しの調ですから、かなり遠い関係。何事も無かったようにすぐイ長調に戻るとはいえ、この2小節でえっ?!と思うべきなのに。聴き慣れてしまって異質さを感じません。

この「ちゃんちゃか」部分には、実はもう1つ大胆な和声進行があります。「ちゃんちゃか」のうち、1回目と3回目(9小節目〜)は主調のイ長調。2回目(5小節目〜)は下属調のニ長調。イ長調とニ長調は、♯が3つと2つの近い関係ですが、4小節目後半のミ・ソ♯・シの和音が、次の5小節目でレ・ファ♯・ラになるのが問題。ミ・ソ♯・シはイ長調の属和音(ドミナント)ですから、トニックに解決しなければなりません。ラ・ド♯・ミ(あるいは6度のファ♯・ラ・ド♯)に進むべきなのに、レ・ファ♯・ラに直行。

ビゼー:〈トレアドール〉冒頭

譜例1:ビゼー作曲〈トレアドール〉冒頭

ビゼーの大胆さには気づいていたつもりでした。ホセがカルメンを刺す場面で登場する「運命の動機」で、ド♯ーシ♭の増音程(歌いにくいので、通常は避ける)を使ったり、〈ジプシーの踊り〉冒頭で、3和音を下にずらしていくハーモニーを使ったりしていますから。でも、聴き慣れた部分にも「普通はやらない」とか「本来やってはいけない」処理が見つかるのです。《カルメン》世界初演について書かれた「おそらく独創性を目指し過ぎて、時には奇妙さに近づいてしまっている。半音の変化が多すぎて、現代派の大胆さに慣れた耳ですら混乱する」という批評は当然でしょうね1

  1. Victorin Jonçières, La liberté (June 8), New York Opera Project: Carmen, Critical Reception (http://www.columbia.edu/itc/music/opera/carmen/reception.html)より。
18. 3月 2015 · (229) カルメン第2組曲〈ノクチュルヌ〉 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

(228)《カルメン》音楽史クイズでも書いたように、4月の聖フィル定演では、カルメン組曲を抜粋で演奏します。どの曲かは当日のお楽しみですが、有名な2曲〈ハバネラ〉と〈闘牛士の歌〉は、もちろん入っていますよ。オペラの中で歌われる状況を簡単に説明しましょう。〈ハバネラ:恋は野の鳥〉(第1幕)は、セビリアのたばこ工場の広場にいる大勢の女工たちや兵隊たちの前で、ジプシー女のカルメンが、初めて会った真面目なホセの気を引きながら歌う曲。情熱的で妖しく奔放なヒロインのキャラクターが印象づけられます。一方の〈闘牛士の歌:諸君の乾杯を喜んで受けよう〉は、第2幕で初登場する花形闘牛士エスカミーリョが、闘牛について語る歌。勇ましくて華やかです。下の歌詞の日本語訳を参考にしてください1

今回取り上げるのはポピュラーな曲ばかりと言いたいところですが、実は抜粋の中で、私が知らなかった曲が1つありました。カルメン第2組曲の3番目〈ノクチュルヌ〉。原曲は、第3幕のミカエラのアリア。歌の代わりにヴァイオリン独奏が、叙情的なメロディーを奏でます。ノクチュルヌ=夜想曲ですから、場面は夜のはず。ホセのフィアンセであるミカエラが、どういう状況でどのような内容の歌を歌うの??

調べてみたら、ミカエラの〈なんの恐れることがありましょう〉は夜に山の中で歌うアリアでした。彼女は、密輸団の仲間に入ってしまったホセに母親の危篤を知らせるためにやって来たのです。案内人を帰した後は、暗い中1人ぼっち。寂しくて怖くて「勇気を与えてください」と神に祈るのが、ホルンの柔らかい前奏で始まるゆったりした部分。短調に変わって(下の動画の1:46くらいから)、ホセを堕落させたカルメンを「近くでみてやりたい」「危険な女、でも美しい」「怖がってはいけない」「きちんと話をしてやる」。ヴァイオリンとヴィオラによる動きのある伴奏(分散和音の3連符やシンコペーション)は、決心したり弱気になったりと揺れる心を表わしているよう。その後、ゆったりした部分が戻ります。

実は、《カルメン》の中でアリアと名付けられた曲はこの1曲だけ(他はシャンソン=歌とか、二重唱など)。また、ミカエラは台本作者たち(メイヤックとアレヴィ)が加えたキャラクターで、原作のメリメの小説には登場しません。このアリアは地味ながら、ホセを想うミカエラの一途さがうまく表現されています。器楽曲としてノクチュルヌを聴いたり弾いたりするときにも、(妖艶なヒロインと対照的な)可憐で健気なミカエラを、思い出してくださいね。

  1. ハバネラ(第1幕、カルメン、合唱と一緒に)。安藤元雄訳(ミカエラのアリア以外の文中も)

    恋はいうことを聞かない小鳥 飼いならすことなんかだれにもできない
    いくら呼んでも無駄 来たくなければ来やしない。
    おどしてもすかしてもなんにもならない お喋りする人黙ってる人
    そのむっつり屋さんの方が気に入った なんにもいわなかったけどそこが好きなの。

    クプレ(〈闘牛士の歌〉第2幕、エスカミーリョ)

    この乾杯のお返しをさせてください。なぜってみなさん 軍人さんと
    闘牛士とはうまが合うもの、どちらも戦いが楽しみだから。

    闘牛場は満員、お祭りの日 闘牛場は満員、上から下まで。
    見物人はわれを忘れて大騒ぎ そのどよめき!
    わめいて叫んで足を鳴らして ついに興奮のるつぼとなる。
    なぜって今日は武勇のお祭り 血気さかんな人々のお祭りだから。
    そうら!構えはいいか!そらそら!ああ!

    トレアドール、構えはいいか トレアドール、トレアドール!
    だが忘れるな 戦いながらも忘れるな、黒い瞳がおまえを見てるぞ
    恋がおまえを待ってるぞ。トレアドール!
    恋が 恋がおまえを待ってるぞ!

11. 3月 2015 · (228) 《カルメン》音楽史クイズ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

オケ奏者やオケ・ファンって、オペラの中の曲を純粋な(?!)器楽曲のようにとらえて、弾いたり聴いたりする人が多いように感じられます。4月の聖フィル第12回定演で取り上げるカルメン組曲は、《カルメン》の中で歌われる、あるいは奏される曲を集めたもの。「カルメンのとりこになったホセが、闘牛士エスカミーリョに心変わりした彼女を殺す」という大筋しか知らない方、もったいないですよ! 有名なアリアがオペラのどのあたりでどのような状況で歌われるか、チェックしてみてくださいね。今回は《カルメン》の(西洋音楽史的な)おさらいです。

Q1:作曲者ビゼー(1838〜75)は何人?

    1. イタリア
    2. フランス
    3. スペイン

A:2。9歳でパリ音楽院入学し、1857年ローマ大賞((26) クラシック音楽ファンの常識参照)受賞。《カルメン》の舞台はスペインですが、ビゼーはスペインに行ったことはありませんでした

Q2:ビゼーと生まれた年が最も近い作曲家は?

    1. ヴァーグナー
    2. ブラームス
    3. ドヴォルジャーク

A:3。ヴァーグナーはずっと年上(1813年)。ブラームスは同じ1830年代生まれ(1833年)ですが、1841年生まれのドヴォルジャークが3歳違いで正解

Q3. そのドヴォルジャークが、《カルメン》(1873〜74年作曲)と近い時期に作ったのは?

    1. チェコ組曲
    2. 交響曲第8番
    3. チェロ協奏曲

A.:1。いずれも聖フィルで取り上げた(あるいは4月に取り上げる)曲。チェロ協奏曲はドヴォルジャークのアメリカ時代(1890年代)の作品、ドボ8は、やはりアメリカで作られた《新世界より》の1つ前の交響曲で、1880年代。1879年に作曲・初演されたチェコ組曲が正解

Q4:ビゼーが作曲したオペラは《カルメン》だけ?

A:No。彼が計画したオペラ30のうち、《真珠取り》《美しきパースの娘》など6つが上演可能な形で残っています1。《カルメン》と並んで組曲が有名な《アルルの女》は、オペラでなく劇の付随音楽

Q5:ビゼーの《カルメン》についての以下の文で正しいのは?

    1. 全3幕である
    2. せりふが含まれる
    3. 初演は成功だった

A:2。フランス人ビゼーが作った《カルメン》は、フランス語のオペラ。全3幕がお約束のイタリア・オペラと違い、4幕から成ります(3幕とする演出が多いのですが)。ビゼーは、オペラ・コミックと呼ばれるせりふが含まれた形で作曲。1875年3月3日に行われた初演は、聴衆にも批評家にも不道徳と批判されました。ちょうど3ヶ月後の6月3日、ビゼーは36歳で死去。

ところが、批判が逆に評判を呼び、初演の年だけで45回も再演(亡くなった日には、33回目の再演が行われたそうです)2。同年10月のウィーン公演のため、エルネスト・ギローがレチタティーヴォ((102) 話すように歌うレチタティーヴォ参照)を作曲。(外国人)歌手にとって、ステージでフランス語のせりふを話すよりも、フランス語の歌を歌う方が楽。全て歌われるこのグランド・オペラ版が、世界中の歌劇場における《カルメン》の普及・定着に大きく貢献することになりました3

  1. MacDonald, Hugo, ‘Bizet,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 3. Macmillan, 2001, p. 647.
  2. 同上。
  3. 東日本大震災から4年の2015年3月11日に、被災地の一日も早い復興を祈りつつ。